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東日本大震災への励まし-30

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。


池田大作名誉会長は、5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」に寄せて、全同志に記念の句を贈った。

 堂々と
  五月三日の
    創価かな

 偉大なる
  母は勝ちたり
     幸薫れ

 この一生
  勝利で飾れや
     師弟不二


クリス・ワンジャラ、ケニア口承文学協会会長との会談より(1989.7.13)
 名誉会長は、明治大学教授で、アフリカ文学を研究し、ナイロビ大学名誉教授でもある土屋哲氏が、ケニアの民話を紹介していることに言及。この民話は、ケニアの女性児童文学作家のパメラ・コーラさんが、子供のころ、暖炉の火を囲みながら、祖母が語ってくれた話を書きまとめたものである。祖母は、時に歌い、また、身ぶり手ぶりで生き生きと話してくれたという。
 その中の一つに「ヤギがどうしてわたしたちの友達になったのか」という、次のような話が紹介されている。
 ──むかしむかし、母さんヤギが子ヤギを連れて遠い遠い旅に出た。それは、いつもおなかをすかせながら、新しいすみかを求める旅であった。
 その折々にヤギの親子は、獰猛なハイエナやライオンに出あい、絶体絶命の窮地に立たされる。
 しかし、そんな時、母さんヤギは少しも動じない。ハイエナやライオンを前にしながら、悠然とこんな歌を歌う。

 〽わたしの歯は もうとがっていない。
  わたしの口は くたびれて もう くたくた。
  だってきょう
  ハイエナとゾウを たべてきたんだもん。

 もちろん“ハイエナやゾウを食べた”というのはウソである。本当は何も食べてなくて、おなかがペコペコだったのである。
 しかし、この母ヤギのとっさの機転と勇気に子ヤギたちもすっかり元気がわいてきて、こんな歌を歌った。

 〽ぼくたちは みんな戦うのが好きなんだ。
  ぼくたちの歯は かむのが好きなんだ。
  きのう ぼくたちを こわがったやつは だあれ?
  ハイエナは ぼくたち見て逃げてった。
 それじや きょう 逃げていくのは だあれ?

 この母子ヤギの姿に、さすがのライオンも恐れをなして逃げていった。
 そして、やがて母子ヤギはある村にたどり着いた。
 そこでは、村人たちはヤギの面倒をとてもよくみてくれた。ヤギもそのご恩返しにと、村の子供たちにたっぷりと乳をあげた。
 こうして、ヤギは私たち人間の友達になった(要旨)──というのである。
 このような物語が、アフリカの大地では世代から世代へと語り継がれてきた。
 「これは、素晴らしい話で、ケニアではよく知られている物語です」とワンジャラ会長は述べながら「ここには、アフリカの民衆の忍耐強さ、希望が描かれている。
 アフリカの発展途上国は、現在、多くの問題をかかえてはいる。しかし『生き抜こう』という意志、『生』への執念は、実に強いものがある。ゆえに、『自分』を表現するチャンスさえ与えられれば、アフリカの発展に積極的に参画していく、大いなる希望と意志がもてるものだ。その意味で、口承文学は、閉ざされた人々の心を開き、未来の発展に、自分自身が参加していこうとの力を与えてくれる源泉でもある」と語った。
 名誉会長は「『生き抜く』との『生』への強い意志を持った人は『黄金』の人である。仏法には『生老病死』が“金は生、銀は死、銅は老、鉄は病”ともたとえられているが、『生』は『黄金』である。アフリカの人々の心から発する『生』の黄金の輝きが、アフリカの大地に燦然と光を放ち、現実社会に素晴らしき幸の宮殿を築いていくにちがいない。『生きる』との強い意志こそ、世界を大きく変えていく力である」と強調した。

わが友に贈る
(2011. 5.3付 聖教新聞)
「大願とは 法華弘通なり」 尊き全同志に感謝! 新たな広布の峰へ 誉れの大行進を!

名字の言
(2011.5.3付 聖教新聞)
 桜前線が東北を縦断し、津軽海峡を渡った。北海道・厚田の戸田記念墓地公園が、8千本の桜に染まる日ももうすぐだ▼戸田第2代会長は、「城聖」を名乗る前に幾度か名前を変えた。若き日の筆名は「桜桃」。青雲の志に燃えた17歳は、そう名乗る理由を記した。「桜の如く咲き桃の如く実を結ぶ」「あたら散ってたまるか、桃の如く実を結ばずして」▼軍部権力による投獄、師匠・牧口初代会長の獄死、事業の失敗──苦難の連続の人生であった恩師が遂に、創価学会の会長として立ったのは60年前のきょう。五月晴れだった。陰には〝師匠を断じて会長に〟との、弟子の死闘があった。逆境の日々、ただ一人、師を支え抜いた池田名誉会長は詠んだ。「古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変れど われは変らじ」▼爛漫の桜と共に逝いた戸田会長は、広宣流布という、自らの一生をかけた悲願の結実を不二の弟子に託した。同じ五月晴れの5月3日に会長に就いた名誉会長によって、それは実現された▼三代会長の死身弘法ありて、今、私たちは妙法の大功徳を受け、どんな苦難をも恐れない人生を生き抜くことができる。永遠の師弟の栄光が刻まれた日。報恩と誓願の旅立ちの日。それが「5月3日」である。
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2011-05-03 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-29

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

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御書とともに 22 名誉会長が指針を贈る

母は尊極の生命

 宝浄世界とは我等が母の胎内なり(御義口伝、740㌻)

通解 
 (多宝如来の住む)宝浄世界とは、母親の胎内のことである。

同志への指針
 人間という生命の宝塔は、みな、どこから現れたのか。母からである。母こそが尊極なる宝浄世界なのである
 母を悲しませない母に喜んでもらおう──この心にこそ、正しき人生を生きる起点がある。平和な生命尊極の社会を創る原点がある。


創立60周年開幕──記念支部長会のスピーチより(1989.7.27)
 一、西洋中世の話である。
 ある勇者が敵につかまってしまった。敵は彼を取り巻き、勝ち誇って言った。
 「汝の城は、いずこにありや」
 ──“すべて失ったではないか”と、あざ笑ったのである。
 勇者は答えた。その胸に手を押し当て「我が城は、ここにあり!」と。
 その毅然たる姿は、敵すらも、あっぱれと感嘆するほどであった。
 ──我が城は、我が胸中にあり。極限の状況でも、そう言い切れるかどうか。
 何ものも頼らぬ。一歩もひかぬ。すべてを失っても、裸一貫、この我一人あれば、と。この究極の勇気、強さを持つ人が「人間としての勝者」であろう。
 そうした屹立した、確固たる人格。それをつくるのが「信仰」である。


創立60周年開幕──記念支部長会のスピーチより(1989.7.27)
 一、人生には当然、勝ち負けがある。ときには悲しみ、苦しむ場合もあるかもしれない。
 しかし、仏法は「煩悩即菩提」「生死即涅槃」である。悩みや苦しみが大きければ大きいほど、信心によって、大きな喜び、幸福へと転じていくことができる。
 そして、信心は、だれのためのものでもない。すべて自分自身に生き切っていくための信仰であり、行動である。自身の福徳を増し、幸福の道を開いていくための信心なのである。ゆえに、少々のことで一喜一憂したり、心を動かされるのでは信仰者とはいえない。
 一、ともあれ妙法の世界では、何があったとしても、必ず時とともに「変毒為薬」していけるのである。それがわからず、一時の姿や、また一時の状態をみて、
退転したり、反逆していく人が出たとしたら、これほど愚かなことはない。
 「薬」と「毒」の関係をいえば、実は両者の間には、ある意味で、明確な境界線はない。その配合や、服用する人の生命力との関係で、「毒」として働く場合もあ
れば、「薬」として働く場合もある。この事実を一言で「薬とは生命を救う毒」と表現した学者もいる。
 人生の勝敗においても、また同じである。最後に勝てば、一切が「薬」になったことになる。逆に、最後に負ければ、それまでいかに「薬」として働いていたものでも、結局は一切が「毒」となってしまったということができよう。
 一、では、最後の勝利とは何か。それは「信心の勝利」である。これこそ「人間としての勝利」であり、「三世永遠の勝利」につながる。
 いな学会において「信心の勝敗」以外に、本質的な勝敗はない。他のあらゆる勝敗は、すべて「化城」であり、「方便」なのである。
 結論していえば、誠実で、一生懸命に、広布の組織活動をしている人こそ、真の「勝利者」である。信心の活動をしない人は、本物の信仰者ではないし、諸天の絶大なる加護はない。人生の勝利者とはなれない。


わが友に贈る
(2011. 5.1付 聖教新聞)
創価の月が開幕! 勇気の励ましで 社会に活力を! 我ら学会こそ 日本の柱なり!

わが友に贈る
(2011. 5.2付 聖教新聞)
友好期間を 絶対無事故で! 火災・戸締まりにも 細心の注意を! 油断大敵だ。

今週のことば
(2011. 5.2付 聖教新聞)
栄光の五月三日 創価の太陽の母に 感謝の最敬礼を! さあ 全世界の友と 地涌の青年の拡大だ!

名字の言
(2011.5.1付 聖教新聞)
 「東洋のルソー」と称される、自由民権運動の指導者・中江兆民。彼の志の高さを物語る、晩年のエピソードがある▼大病を患い、53歳で医師から「余命は1年半」と宣告された時のこと。されば、と彼は喝破した。「一年半、諸君は短促なりといはん、余は極て悠久なりといふ」(『一年有半・続一年有半』岩波文庫)。そして、死と対決しながら、猛然と政治、文学、宗教を論じ、わずか4カ月で2冊の本を上梓。彼の残した言論は、100年以上を経た今も、色あせることなく人々を啓発し続けている▼誰しも、人生には限りがある。だからこそ、どう生きたか、何をなしたかに、人生の真価はあろう▼広布に励む友に触れ、何度も何度も胸を熱くした春だった。「東北の同志が頑張ってるんだから」と、坂道に息を切らせつつ、杖をつき、歩き続けた多宝会の婦人。不況で職を失っても、「自分より悩んでいる同志がいる」と、激励に献身し続けた壮年。それぞれが、黄金に輝く「永遠の歴史」をつくる姿に思えた▼仏法では「一日の命は、宇宙すべての財宝よりも素晴らしい」と説く。だからこそ真剣に、誠実に、友に尽くし、地域に尽くしながら、宝の一日一日を最大に光らせる人生を生きたい。

名字の言
(2011.5.2付 聖教新聞)
 わずか3年前に新築した自宅を、東日本大震災による津波で失った福島の男子部員がいる。住まいがあった場所に戻り、何か残ってはいないかと泥をかき分けた。見つけたもの──それは、創価班バッジだった▼指で、泥を丁寧に拭き取った。「創価班の大学校生だった1年間は、最も悩み、苦労したけれど、最も成長できた時でもあった。この小さなバッジに、無限の希望を見いだすことができました。これからも絶対に負けません!」。バッジに刻印された「S」の文字が、誓いの涙で、にじんで見えた▼未曽有の震災は、人々の人生を変えた。今まさに、人生の岐路に立っている人も多い。〝この先、どう生きていけばよいのか〟。この苦悩の闇を突き破る挑戦は、〝これまで、どう過ごしてきたか〟を深く考えることから始まるのではないか▼再起への道のりは長く、簡単ではない。自身の体験に裏付けられた生き方こそ、それを支える力となる。先の彼は、「これからも師と共に、広宣流布の人生を貫いていきます」と決意を語ってくれた▼日蓮大聖人は「妙とは蘇生の義なり」(御書947㌻)と教えられた。信心とは、どんな苦難をも勝ち越える「無限の希望」そのもの。この大確信で進みたい。
2011-05-02 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-28

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

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東日本大震災復興祈念勤行会へのメッセージ
 (2011.4.29 東北各会館)

 東日本大震災の被災地の一日も早い復興を祈念する勤行会が29日、東北方面の宮城・岩手・青森・秋田・山形・福島の主要会館で厳粛に行われた。震災から四十九日の追善法要の意義が込められた勤行会には、池田大作名誉会長からメッセージが寄せられた。各地の勤行会には、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ各部のリーダーが参列した。

「妙法を唱える大善は三世に永遠」

 各地で営まれた復興祈念勤行会の会場では、名誉会長が東北の友に贈ったメッセージが読み上げられた。
 そのなかで名誉会長は、「皆様は一日また一日、断固として生き抜き、耐え抜いてこられました。君も勇敢であった。貴女《あなた》も偉大であった。東北だからこそ負けなかった。東北だからこそ屈しなかった」と、震災から50日、同志のため、地域のために尽くしてきた友を心から讃えた。
 そして、亡くなられた、尊き同志、最愛の家族、大切な友人の方々に、追善回向の題目を送り続けてきたことを語り、「法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生《むりょうしょう》下無量生の父母等存外《ぞんがい》に仏となり給う」(御書1430㌻)の御聖訓を拝した。
 「皆様が、一人、厳然と立ち上がり、妙法を唱え抜いていくところ、一家一族にもつながり、皆、必ず必ず成仏できる。これは、御本仏の絶対の御約束であります」と述べ、妙法を唱え抜く大善が、三世にわたり、永遠に不滅であることを強調した。
 さらに名誉会長は、国土の復興も、「心の復興」から始まる。勇気ある信心と異体同心の団結が、東北新生の究極の力であると力説。
 この信心と団結で勇敢に苦難に立ち向かう東北の友こそが、一番なくてはならない、一番功徳を受ける人材の陣列であると強く語った。
 最後に、「この60年、皆様と私が命を懸けて築いた創価の青葉城は、永遠に崩れない。後継の青年部も本当に立派に戦ってくれています。わが東北家族が、この大難を勝ち越えゆくことこそ、世界広宣流布の最大の瑞相であり、全人類の希望の光である」と深き思いを込めた。


第2回未来部総会でのスピーチより(1989.8.10)
 一、南条時光の弟・七郎五郎は、16歳の若さで亡くなった。大聖人は、南条時光の母御前に、次のように仰せである。
 「かかるめでたき御経を故五郎殿(南条時光の弟)は御信用ありて仏にならせ給いて・今日は四十九日にならせ給へば・一切の諸仏・霊山浄土に集まらせ給いて・或は手にすへ・或は頂をなで・或はいだき・或は悦び・月の始めて出でたるが如く・花の始めてさけるが如く・いかに愛しまいらせ給うらん」(御書1570㌻)
 ──このようにありがたい法華経を故七郎五郎殿は信心されて仏になられました。今日は四十九日になられるので、 一切の諸仏が霊山浄土に集まられて、あるいは手にすえ、あるいは頭をなで、あるいは抱き、あるいは悦び、月が初めて出たように、花が初めて咲いたように、どんなにか(七郎五郎殿のことを)、愛されていることでしょう──。
 この御文は、信心を貫き通して亡くなった方の、死後の生命の境涯を示されている。生死にわたって、仏界の生命に包まれ、所願満足の幸福境涯に遊戯していけるのが妙法である(拍手)。
 そして、ひとたび仏界の境地に入れば、生々世々、自由自在に、自分の願う所と願った境涯に、生まれてくることができる。しかし、謗法の人、退転の人は、絶対に仏界に入ることはできない。苦悩の生命の連鎖を繰り返していかざるをえない。これが因果の法則である。


勇気の泉 18 小説「人間革命」「新・人間革命」から

わが人生を広宣流布に捧げん

〘1960年(昭和35年)4月19日、学会本部での全国代表幹部会で、山本伸一を第3代会長に推戴することが発表された。伸一は、恩師・戸田城聖が事業の失敗から理事長を辞任した苦闘の日々を思い起こす。〙

 伸一は誓った。
 「未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、此の師に学んだ栄誉を、私は最高、最大の、幸福とする」と。
 伸一は、必死に、戸田を守り、支え、仕えた。胸を病む彼は、熱にさいなまれ、時に血さえ吐きながらも、走り抜いた。
 彼は、死を覚悟していたのである。戸田に一身を捧げ、師とともに、偉大なる広宣流布の法戦を進め、戸田が生きているうちに、広布に散りゆこうと心に決めていた。
 そうしなければ、後世にまことの弟子の模範を残すことも、現代における真実の大聖人門下の鑑をつくることもできないと考えていたのである。
 伸一の悲壮なまでの心を見抜いた戸田は言った。
 「お前は死のうとしている。俺に、命をくれようとしている。それは困る。
 お前は生き抜け。断じて生き抜け! 俺の命と交換するんだ」
 伸一は、32歳の今日まで生きながらえ、これから、会長として広布の指揮を執っていく使命を思うと、恩師が自分に命を授け与えてくれたことが、実感されてならなかった。
 ──私を、鍛え、磨き抜いてくださった先生。信心という最高の宝を与えてくださった先生。広宣流布という最大の使命を教えてくださった先生。そして命さえも分け与えてくださった先生……。
 彼は、師のありがたさを思うと、込み上げる感涙を抑えることができなかった。
 ──私の人生は決まった。戸田先生の大恩に報い、先生の御遺志である広宣流布に一身をなけうとう。先生の子どもである同志を守りに守っていこう。わが命の燃え尽きる日まで。(『人間革命』第12巻「新・黎明」の章)

御書とともに 20 名誉会長が指針を贈る

創価学会は日本の柱

 我日本の柱とならむ我日本の眼目《がんもく》とならむ我日本の大船《たいせん》とならむ等とちかいし願《ねがい》やぶるべからず(開目抄、232㌻)

通解
 「私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」と誓った願いは断じて破る事はない。

同志への指針
 立正安国の仏法が、いかに大切か。日蓮大聖人に直結する創価学会こそ、日本の柱であり、眼目であり、大船である。何ものにも揺るがない。激動の時代に、社会を平和と安定と繁栄へリードしていく力なのである。

御書とともに 21 名誉会長が指針を贈る

報恩こそ「人間の正道」

 知恩をもて最《さい》とし報恩をもて前《さき》とす 世に四恩あり 之を知るを人倫《じんりん》となづけ知らざるを畜生とす(聖愚問答抄、491㌻)

通解 
 (聖人は)恩を知ることを最高とし、恩に報じていくことを第一としてきた。世の中には四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生という。

同志への指針
 恩を知り、恩に報いていく。この人間の正道を教えられたのが日蓮大聖人の仏法である。戸田先生も、皆が「第一級の人格」を鍛え「第一級の社会人」に育つように薫陶された。
 青年は実力をつけよ! 誠実に礼儀正しく、どこまでも「報恩の人生」を進み抜くのだ。

わが友に贈る
(2011. 4.28付 聖教新聞)
さわやかな挨拶が 心と心を結ぶ! 誠実な振る舞いで 信頼の根を張ろう! 徹して一人を大切に。

わが友に贈る

(2011. 4.29付 聖教新聞)
一人の女性の 聡明な振る舞いで 環境は大きく変わる! 皆が新時代を開く 幸福博士なり!

わが友に贈る
(2011. 4.30付 聖教新聞)
勇気ある信心が 新生の究極の力! 不撓不屈の魂光る 東北の皆様と共に 希望の明日へ前進!

名字の言
(2011.4.28付 聖教新聞)
 建長5年(1253年)のきょう、日蓮大聖人は南無妙法蓮華経の題目を示され、民衆救済の大闘争を開始された。題目を弘めることで、万人の胸中に大いなる生命力を呼び起こし、永遠にわたる幸福の道を開く戦いである▼その誓願を創価学会の三代会長が受け継ぎ、題目は世界に流布された。題目を唱える実践によって一人一人の生命を変革し、ひいては生活、人生、家庭、社会を変えていく人間革命運動。それが今、世界で展開され、人々と社会に価値をもたらしている事実に触れる時、あらためて仏法の力を感じる▼一遍の題目でも、偉大な力を秘めている。その題目を唱えられる幸せは例えようがない。天空から投げた小さなけし粒が、大地に立てた一本の針の先に刺さることよりも、題目に巡りあうことの方が難しい、とまで大聖人は述べておられる(御書941㌻)。それほどの題目に巡りあえたのである▼御書には、題目を唱える福徳は計り知れず、信心をして一日でも生きれば積もるような功徳がある、とも▼仏法に出あい、題目を唱えて生涯を送った人は、一人も残らず永遠の幸福境涯を得ることは間違いない。自分のみならず、一家一族の幸福の道を開く題目を、きょうも朗々と唱えながら前進したい。

名字の言
(2011.4.29付 聖教新聞)
 5・3「創価学会の日」を記念する本部幹部会は、関西と東北を中継で結び、開かれた▼阪神・淡路大震災の折、バイク隊として救援に携わった青年の体験が感動を呼んだ。今では消防職員として活躍。“あの時、生き埋めになった人をもっと助けたかった……”。その思いを胸に、使命の道を突き進む▼インドの詩聖タゴールは謳った。「きびしい闘いは闘われなければならない。それが人生に価値を与える」(『タゴール著作集6』、芝山幹郎訳、第三文明社)。仏法の眼から見れば、どんな人生の苦難もすべて意味がある。池田名誉会長も「妙法を唱え、師弟の道に生き抜くならば、すべての労苦は、永遠の栄冠に変わる」と▼幹部会の席上、関西の歌「常勝の空」と、東北の歌「青葉の誓い」が披露された。どちらも名誉会長の作詞である。16年前、関西の友は「いざや前進恐れなく」との歌詞のまま、力強く立ち上がった。今、東北の同志も「風雪越えし我等こそ/地涌の正義の旗頭」と高らかに歌う。頬はぬれても心は一歩も引いていない▼「負けたらあかん!」「負げでたまっか!」。交わされた心のエールに、学会精神の真髄が輝いた。全世界の友の希望の光源──栄光の「5・3」は、もうすぐである。

名字の言
(2011.4.30付 聖教新聞)
 東日本大震災が起きて50日が過ぎた。物理的な時間の経過は万人に等しい。しかし、時の流れの感じ方は人によって、置かれた状況によって異なる。あっという間だったという人。長い年月のように感じた人。時計の針が止まった感覚の人。さまざまだ▼先日、亡くなった詩人・童話作家の岸田衿子さん。彼女の詩「南の絵本」の一節に「いそがなくてもいいんだよ/種をまく人のあるく速度で/あるいてゆけばいい」とあった(『いそがなくてもいいんだよ』童話屋)▼長い人生の途上では、じっと耐え忍ぶことが必要な時がある。大地をしっかりと踏んで、再び歩き出すために、立ち止まり、熟考することが大切な場合がある▼〝青年よ、心に思索の暇をつくれ〟とは、戸田第2代会長の遺訓の一つであった。広宣流布の勝利の要諦は「電光石火」。だが、「考える」ことを放棄した盲進になっては長続きしない。「こうでなくては」という自身の物差しに固執すれば、目の前で苦しんでいる友の〝時間の流れ〟を見失ってしまうかもしれない▼寄り添い、耳を傾け、苦楽を分かち合い、友と同じ時間の流れを共有する。この「一人のため」に徹し、心を通わせる語らいは、間違いなく、自他共の幸福の種をまいている。
2011-04-30 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-27

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

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勇気の泉 17 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

師の大願を果たすのが弟子!


〘1963年(昭和38年)7月、静岡・伊豆で、男子部の代表で結成された「水滸会」の研修会が行われた。山本伸一を囲む指導会で、一人の青年が尋ねた。〙

 「私が担当しております組織は、男子部員も少ないうえに、実態は極めて厳しいものがあります。どうすれば、こうした事態を変えていくことができるでしょうか」
 即座に、伸一の大きな声が響いた。
 「君が立ち上がればいいんだ!
 事態が厳しければ、自分が一人立つ──常に、私はその精神でやってきた。
 蒲田支部の支部幹事として、折伏の指揮をとった時もそうだ。当時は、大支部といっても、折伏は100世帯そこそこだった。
 “これでは、戸田先生が掲げた75万世帯という大願を果たすことはできない”と、私は思った。
 では、誰がやるのか。弟子がやるしかない。ゆえに私は戦いを起こした。そして、1支部で201世帯という、当時としては未曾有の布教を成し遂げた。
 これは私が、24歳の時だ。支部には、もちろん壮年も、婦人もいた。ほとんどの幹部は、私よりも年上だ。しかし、最後は皆、私と心を合わせて動いてくれた。
 なぜか。私は真剣であったからだ。誰よりも、必死であったからだ。
 “自分たちには、あれほどの活動はできない。この人の言う通りにやれば、必ず壁を破ることもできるだろう”と、みんなが思ったからだ。そして、私は結果を出した。
 私の行くところは、事態、状況は、いつも最悪だった。そのなかで、勝って、戸田先生にお応えしてきた。
 それが弟子の道だ」(『新・人間革命』 第8巻「宝剣」の章)

わが友に贈る
(2011. 4.26付 聖教新聞)
広宣流布とは 無限の挑戦なり! 栄光の「5・3」へ 希望の歌声高く 朗らかに進もう!

わが友に贈る
(2011. 4.27付 聖教新聞)
先駆の青年部が 大きく道を開いた。 若き熱と力に喝采! 広宣流布の未来は 君たちに託す!

名字の言
(2011.4.26付 聖教新聞)
 「聖教の印刷に携わって、45年目になります」と語る、北海道の印刷会社の取締役。本紙創刊60周年に祝福の声を寄せてくださった。「45年、読んできました。気がつけば、毎日、心を動かされていました」▼毎夜、刷り出されたばかりの本紙を隅々までチェックしてきた、いわば“最初の読者”。「聖教には、人々の『絆』がある。逆境を乗り越える『力』がある。人への『慈愛』がある。私も、何度励まされたことか」と▼東北の被災地で、読者が語っていた。「私たちは被災者ですが、何より“復興者”です。そう前向きに感じられるようになったのは、聖教新聞があったからです」。本紙の使命の大きさを、逆に、教えられる思いがした▼60年前、戸田第2代会長の就任を目前にして生まれた本紙。恩師は、かつて述べた。「世の中が不幸であることはよくわかる。では、どうすれば幸福になれるか。誰も、何も答えていない」「しかし、聖教新聞には幸福への道が書かれている。こんな新聞はほかにはありません」と▼どんな時、どんな人にも「幸福への道」は必ずある。その希望を送り続けたことこそ、本紙の誇り。読者の皆さまに深く感謝しつつ、創刊70周年を目指し、一層の紙面の充実に努めたい。

名字の言
(2011.4.27付 聖教新聞)
 「踏まれても/踏まれても/なお咲く/タンポポの笑顔かな」。池田名誉会長が、胸に刻まれて離れない詩として、かつて紹介したことがある▼アスファルトで固めた道路のすき間から、タンポポが可憐な黄色い花を風になびかせている。“がんばれ”と心でつぶやきながら、通り過ぎた。都会に春を感じる瞬間である▼タンポポのたくましい生命力の秘密は、大地深く懸命に伸ばした根っこにある。中には、地下1メートルになるものもあるという。人の目に見えないところでの支えが“成長”の源になるのは、人間も同じだ▼花を咲かせた後、タンポポの茎は一度、地面に倒れる。種ができると、再び立ち上がる。種をつけた綿毛が風を受けて、より遠くに飛べるようにするためだ。自分が勝つために、そして次は、未来を託す世代のために、花は全力で生きている。人間もまた、こうありたい▼タンポポの英語名は「ダンデライオン」。“獅子の歯”の意味。ギザギザの葉が、それに似ていることから呼び名が付いた。晴れやかな広宣流布の勝利を永続的なものにするためには、後継の「師子」の成長こそ不可欠。「御信心のねのふかく」(御書1479㌻)、たくましい生命力を燃やして、新しい出発を切りたい。
2011-04-27 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-26

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。


御書とともに 19 名誉会長が指針を贈る

弟子の勝利を 断じて待つ

 何《いか》なる世の乱れにも各各《おのおの》をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄,1132㌻)

通解
 どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経や十羅刹女よ、助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとする思いで強盛に祈っている。

同志への指針
 “私が断固、わが門下を守る”と御本仏が宣言された。
 “門下よ、思う存分、戦い、すべてに勝ち抜くのだ!”
 ──この師匠の叫びに、勇猛精進して応えるのが、日蓮仏法の弟子の道である。

御書とともに 20 名誉会長が指針を贈る

創価学会は日本の柱

 我日本の柱とならむ 我日本の眼目《がんもく》とならむ 我日本の大船《たいせん》とならむ等《とう》とちかいし願《ねがい》やぶるべからず(開目抄、232㌻)

通解
 「私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」と誓った願いは断じて破る事はない。

同志への指針
 立正安国の仏法が、いかに大切か。日蓮大聖人に直結する創価学会こそ、日本の柱であり、眼目であり、大船である。何ものにも揺るがない。激動の時代に、社会を平和と安定と繁栄へリードしていく力なのである。

勇気の泉 15 小説「人間革命」「新・人間革命」から

誠実に、粘り強い対話を!

〘1974年(昭和49年)1月、香港を訪問した山本伸一は、メンバーの質問に答え、外交、渉外の在り方を語る。〙

 「外交を行ううえで重要なことは、まず、第一に『勇気』です。
 難しそうだと思う相手であっても、勇気をもって会い、胸襟を開いて、率直に対話する。それが外交の第一歩です。
 臆病な人間は、直接、人と会って、対話することを避けようとするものです。そこからは、何も開けません。
 次に大事なことは、どこまでも『誠実』であるということです。
 外交といっても、相手に“この人なら人間として信じられる”と思わせることができるかどうかです。それは、社交上の小手先の技術などではなく、誠実さ、真剣さによって決まる。
 また、『根気』『粘り強さ』が大切です。
 こちらが対話を求めても、時には、拒絶されたり、たとえ会えても、誤解が解けずに終わることもあるでしょう。そうした場合には、根気強く挑戦を重ねていくことです。
 本来、外交というのは、一度や二度で思い通りの結果が出るほど、甘いものではない。
 壁が厚ければ、厚いほど、闘志を燃え上がらせて、粘り強く立ち向かっていくんです。心ある相手は、それを、じっと見ているものなんです」(『新・人間革命』第18巻「飛躍」の章)

勇気の泉 16 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

一瞬一瞬を全力投球で奮闘!


〘1973年(昭和48年)5月5日、東京・豊島区のメンバーと山本伸一との記念撮影会が開かれた。同区の学生部員たちは、自発的に御書の索引集を作り、伸一に贈る。それを手にした伸一は、感嘆して言う。〙

 「これは新しい試みだね。
 青年の力はすごいな。青年が本気になれば、必ず新しい道が開かれる。若い世代が、どれだけ力を発揮していくかで、広宣流布は決まってしまう。
 青年ならば、自身の勝利のドラマをつくることだ。それが人生の軌道を決定づけるし、生涯の誇らかな財産となる」

〘学生部員たちは、不眠不休で索引集の編纂に当たってきた。作業が大詰めを迎えた時、彼らは語り合う。〙

 「これからが本当の戦いなんだ。不可能を可能にするんだよ。それが、学会の精神じやないか!
 あきらめの心をもつことこそが敗因なんだ。最後の最後まで、加速度をつけて頑張り抜けば、きっと完成する。
 疲れていようが、自分を燃やし尽くす思いで、大奮戦するんだ。最後の奮闘が、勝敗の分かれ目だと思う」
 もう一人のメンバーが頷きながら言った。
 「そうだな。最後の粘りを見せよう。
 これからは、最終の点検作業も大事になる。油断して、いい加減なチェックになってしまえば、ミスだらけの索引集になってしまうからね。それでは『九仞《きゅうじん》の功を一簣《いっき》に虧《か》く』ことになる。
 一瞬一瞬、全力投球、全力疾走だ。もし、間に合わないなんてことになれば、一生涯、後悔するぞ。
 限界を打ち破ってこそ本当の挑戦だ!」(『新・人間革命』 第17巻「民衆城」の章)

わが友に贈る

(2011. 4.22付 聖教新聞)
「仏法と申すは 勝負をさきとし」 執念で語れ! 師子吼で勝て! 異体同心で進め!

わが友に贈る
(2011. 4.23付 聖教新聞)
「今日」の勝利が 広布の未来を開く。 全員が師子となれ! 「法華経の兵法」で 断じて勝ちまくれ!

わが友に贈る
(2011. 4.24付 聖教新聞)
「いよいよ強盛に 大信力をいだし給へ」 不撓不屈の心で 愛する地域に 断じて栄光の旗を!

わが友に贈る
(2011. 4.25付 聖教新聞)
偉大な全同志の 不屈の闘争に感謝! 我ら青年学会は 勝ちに勝った! 新たな常勝劇を共々に!

今週のことば
(20011.4.25付 聖教新聞)
大勝利おめでとう! 諸仏も諸天も讃嘆。 百周年へ凱歌の開幕だ。 わが偉大なる友に 福徳と栄光あれ!

名字の言
(2011.4.22付 聖教新聞)
 この春、6年間の不登校を乗り越えて、大学合格を勝ち取った沖縄の女子学生部員が語ってくれた▼小学4年生の時、友人をいじめていた先輩を注意したことがきっかけで、矛先は彼女に向けられた。当時、周囲は、この状況を真剣に受け止めてくれず、次第に不登校に。中学進学後も、学校に行ったのは、わずか数回だけ▼しかし、人を信じられなくなった彼女のもとを、何度も訪ねた中学の教師がいた。何気ない会話の中で、“この先生は私の味方なんだ“と感じた。徐々に心を開いていった彼女は、中学卒業後、定時制高校に進学する。生徒会活動にも取り組み、人との関わりを大切にするように変わっていった。昼間は塾にも通い、大学受験を目指すようにもなった▼子どもは「愛されること」によって、初めて「愛すること」を知るという。刻まれた愛情は、心の中に生き続け、人生の支えとなっていく。彼女は「あの教師がいなかったら、今の私はありません」と、感謝の気持ちを忘れない▼「『思いやり』とは『思い遣る』、つまり思いを他の人まで差し向けることである」と池田名誉会長。口下手でもいい。悩み苦しむ友に、“思い“を届け続けたい。それはいつか、立ち上がり、前を向く力になるはずだ。

名字の言
(2011.4.23付 聖教新聞)
 ホテルに到着し、チェックインを済ませ、スタッフが部屋まで荷物を運ぶ。そのわずか数分間が、「そのホテルのすべての印象を決定する」。大手商社の創業者を祖父に持つ洋画家の益田義信氏が、自著『さよなら巴里』(三修社)に記していた▼ならば、ホテルに着いた客が最初に出会うドアマンは、ことのほか、その印象を左右することになろう▼創業120年余のある東京のホテルでは、ドアマンが30分ごとに白手袋を交換するという。客の荷物を汚さないため、などが理由のようだが、人は見ていないようで見ている。指先に宿った信念を。今日の伝統と信頼を築いたのは、この「30分への執念」の積み重ねでもあろう▼次々と訪れる客への対応に忙しい、などと、手袋交換の「マニュアル」をなし崩しにする理由はいくらでもある。だが、時々の判断で安易に変わるものを信念とは言わない。状況の変化を理由にしない「変わらないことへの誇り」こそが、偉大なものを作り上げる。これは、万般に共通する方程式であろう▼「今はできなくてもしかたない」と、ひるめば、そこで成長は止まってしまう。「ひとたび立ち上がったからには断じて勝つ」。この鋼鉄の信念が、広布と人生の勝利を切り開いていく。

名字の言
(2011.4.24付 聖教新聞)
 内村鑑三が『代表的日本人』の一人に挙げた江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山。「民は国の宝」を信念とした彼は、藩政改革の方針を「三助」として示した▼(1)自ら助ける「自助」(2)(互いに近隣が助け合う「互助」(3)藩政府が手を伸ばす「扶助」である。この三位一体の改革を次々と断行し、窮乏に沈む藩を見事に再建した▼災害対応でも、「自助」「互助」「扶助」のいずれもが欠かせない。住居や生活手段など、すべてを奪われた中で、東日本大震災の被災者は、「自助」「互助」の力を見事に発揮し、奮闘している。問われるのは「扶助」──社会全体で、これからどう支えるか▼内村鑑三は、鷹山らとともに日蓮大聖人を『代表的日本人』に挙げた。そこには「所謂『佛敵』には極めて假借なかった彼は、貧しきもの悩めるものに接する時、人として最も柔和なる人であった」と▼時の権力者に、正しい思想を根本とした為政を求めた「立正安国論」。その「国」には、「国構え(囗)」に「民」の字を多く使われた。民衆一人一人の幸福を離れて、社会の繁栄はないという国家観、民への大慈大悲の表れである。「人間のために」「民衆のために」。この根本精神を訴える我らの運動が、今ほど必要な時はない。

名字の言
(2011.4.25付 聖教新聞)
 信心の大先輩を訪ねた。長年、浪曲の曲師(三味線奏者)として活躍された錦宝会(多宝会)の友である▼著名な浪曲師だった父の気風を受け継いだのか、自分にも他人にも厳しく、「鬼」と評された。知人の紹介で入会はしたものの、反発ばかり。寒い日にわざと薄着をした。風邪をひいて「信心しても病気になったやないか!」と、紹介者に食ってかかろうとした。が、「風邪をひくどころか、日に日に元気になり、10年と生きられないと診断された持病が治っていたんや」▼「命を守ってもらった。御本尊さま、すいまへん」。以来、「恩返しの人生」を歩む。唱題と折伏、そして三味線しかない毎日だったという。妙法の功力を命で感じたら、後は不平も理屈も言わず、「信心即生活」一直線。潔い信心の人と話すと、こちらの背筋もしゃんとする▼信心して一番の変化は、困った人を見ると、居ても立ってもいられなくなったこと。周囲からは「他人にそんなに親切せんでもいいのに、アホやなぁ」と言われるが、「『鬼』が『アホ』に変わった」と笑う▼御書に「無二に信ずる故によって・此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり」(1244㌻)と。ひたむきに「心の財」を積んだ人生には、あせない輝きがある。

『平和の朝へ 教育の大光』(第三文明社刊)へのあとがき

 本年の3月11日、午後2時46分──。
 日本の東北・関東地域を、マグニチュード9.0という世界最大級の大地震が襲った。それに伴う大津波による被害も甚大で、多くの方々が犠牲となられた。
 さらに、福島県の第一原子力発電所において重大な事故が発生した。世界中の人々が心を痛め、励ましのエールを送ってくださった。
 この大震災で亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
 そして、皆様方が筆舌に尽くし難い困難を乗り越えられ、一日も早い復興を成し遂げられますよう、切にお祈り申し上げます。
          ◇
 ウクライナで、チェルノブイリ原子力発電所の大爆発事故が起こり、世界中に衝撃を与えたのは、この東日本大震災の四半世紀前──。
 1986年4月26日のことであった。
 この悲劇を乗り越えながら、ウクライナの人々は、今日まで平和への道を歩み続けてこられた。独立後の1994年、国内の核兵器全廃の道を選び、かつての「核ミサイル基地」には今、陽光に輝く「ひまわり畑」が広がる。
 どんな闇夜にも、必ず希望の朝は来る。
 日本は、第2次世界大戦で、世界最初の被爆国となった。広島、長崎の人々は、言葉に尽くせぬ苦しみの中、奇跡と言われた復興を成し遂げた。
 ウクライナと日本は遠く離れた国であるが、20世紀、同じような未曾有の苦難を経験してきた。
 両国の人々が厳然と示してきた人間の不屈の心、希望の心、同苦の心、連帯の心──。
 この心を幾重にも広げ、強固なものとしゆくかぎり、たとえ時間はかかったとしても、克服できない困難は断じてない、と私たち2人は確信してやまない。
 (中略)
 対談の中で、私たちが一際、強い関心をもって論じ合ったのは、やはり核兵器の廃絶の問題であった。
 本書の中で「自ら原子力の脅威を経験した日本とウクライナは、それを地球上のすべての人々が平和の大切さを理解するために役立てていく、という使命を与えられた国といえます」とズグロフスキーが表明したように、「核兵器のない世界」の建設は、ウクライナと日本の民衆の悲願だからである。
 それはまた、核兵器を“絶対悪”とし、廃絶を訴えた創価学会第2代会長・戸田城聖の「原水爆禁止宣言」を原点とする、世界192カ国・地域に広がるSGIの運動が共有するものである。
 新しい時代の主役は、いうまでもなく青年である。対談集でも、私たち2人は、青年を信頼し、青年を尊敬し、青年の育成を社会全体の最優先の目的としていくべきであると語り合った。
 青年の成長こそ、不滅の希望の太陽である。
 青年の連帯こそ、新しい平和の黎明である。
 こうした私たち2人の願いを込めて、対談集のタイトルを『平和の朝へ 教育の大光』とさせていただいた。


      2011年3月     ミハイル・Z・ズグロフスキー
                池田大作
2011-04-25 : 震災への励まし :
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