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第41回「SGIの日」記念提言「万人の尊厳 平和への大道」

第41回「SGIの日」記念提言「万人の尊厳 平和への大道」
                            (2016・1・26/27付 聖教新聞)

 きょう26日の第41回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田大作SGI会長は「万人の尊厳 平和への大道」と題する提言を発表した。提言ではまず、国連で昨年9月に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の基調をなす、「誰も置き去りにしない」との誓いに触れ、仏法の尊厳観とも相通じるものがあると強調。その尊厳観に立脚し、SGIが国連支援の活動で重視してきた基盤として教育と対話を挙げ、牧口初代会長や戸田第2代会長の思想を通しながら、人間の限りない力を引き出す教育や、歴史創造の最大の推進力となる対話の意義を浮き彫りにしている。続いて、戦後最大規模となった難民問題を踏まえ、5月の「世界人道サミット」で、難民の生命と人権、特に子どもたちを守るための対策とともに、多くの難民を受け入れている国々を支える国際協力の強化を合意に盛り込むことを提案。次に、温暖化防止の合意として先月採択されたパリ協定を軌道に乗せるために、日本と中国と韓国が協力して意欲的な挑戦を進める環境誓約を、日本で今年行われる日中韓首脳会談を機に制定を目指すよう提唱している。最後に軍縮に関連し、紛争やテロの拡大を防ぐために武器貿易条約の批准促進を呼び掛ける一方で、核兵器の問題に言及。ジュネーブで年内に開催予定の核軍縮をめぐる国連の公開作業部会を成功に導くとともに、青年を中心に民衆の連帯を広げる中で核兵器禁止条約の交渉開始を実現させ、核時代に終止符を打つことを訴えている。

民衆の力強い連帯と行動で人道の世紀開く曙光を!!

 私どもSGIが、国連を支援するNGO(非政府組織)としての活動を本格的に開始してから、今年で35年を迎えます。
 2度に及ぶ世界大戦の反省に立ち、国連が掲げてきた目標は、戦争の惨禍を食い止め、差別と抑圧をなくし、人権が守られる世界を築くことにありました。
 それはまた、私どもが信奉する仏法の根幹をなす、「平和」「平等」「慈悲」の理念とも通じ合うビジョンにほかなりません。人間には誰しも幸福に生きる権利がある。その権利を守るために民衆の連帯を広げ、地球上から「悲惨」の二字をなくすことに、SGIの運動の眼目はあり、国連支援はその当然の帰結ともいうべきものなのです。

難民と避難民が6000万人に
 世界で今、多くの人々の生命と尊厳を脅かす深刻な危機が広がっています。
 シリアでの紛争が続く中東をはじめ、各地で難民や国内避難民が急増し、戦闘や迫害から逃れるために家を追われた人々は6000万人にもなります。 
 また相次ぐ災害により、わずか1年の間に1億人を超える人々に被害が及びました。洪水や暴風雨など気候に関連したものが9割近くを占めるといわれ、地球温暖化がもたらす影響の拡大が懸念されます。
 こうした中、国連で史上初となる「世界人道サミット」が、5月にトルコのイスタンブールで行われることになりました。
 これまでのサミットの準備会合でも、かつてない規模で広がりをみせる人道問題への危機意識が高まっています。紛争の早期終結とともに、多くの人々が直面する厳しい状況を打開する道を何としても見いだしていかねばなりません。
 難民問題や災害をはじめとする「人道」をめぐる課題は、長年にわたって私どもが取り組んできたテーマでもありました。
 SGIとしても、国連NGOとして「世界人道サミット」に参加し、信仰を基盤にした団体が人道支援に果たす役割などについての議論を深めながら、市民社会の側から連帯の輪を大きく広げていきたい。
 創価学会が、国連広報局のNGOに登録されたのは1981年でした。
 SGIが、国連経済社会理事会との協議資格を持つNGOとなったのは、私がこの毎年の提言を最初に行った83年のことで、現在まで「平和・軍縮」「人道」「人権」「持続可能な開発」の4分野を中心に活動を続けてきました。
 そこで今回は、私どもが国連支援に取り組む上で基盤としてきたアプローチに触れつつ、人道危機などの地球的な課題を解決するために重要となる視座や、市民社会の役割に焦点を当てて論じたいと思います。

2030年に向けた国連の新目標が採択

「誰も置き去りにしない」との誓い
 国連で昨年9月、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」=注1=と呼ばれる、新しい目標が採択されました。
 2000年に合意され、昨年まで貧困や飢餓などの改善を進めてきたミレニアム開発目標に続くもので、そこで積み残された課題に加え、気候変動や災害といった喫緊のテーマを幅広く網羅し、2030年に向けて包括的な解決を図ることが目指されています。
 何より注目されるのは、目標の筆頭に掲げられた「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」との文言が象徴するように、すべての課題を貫く前提として「誰も置き去りにしない」との誓いが明記された点です。
 極度の貧困層の半減を達成したミレニアム開発目標の取り組みから、さらに踏み込む形で、誰一人として見捨ててはならないことが宣言されたのです。
 具体的には、さまざまな脅威の深刻な影響を受けやすい存在として、子どもや高齢者、障がいのある人をはじめ、難民や移民などを挙げ、最大の留意を促す一方で、そうした人々へのエンパワーメント(内発的な力の開花)が欠かせないことが強調されています。
 また、人道危機の影響を受けた地域の人々や、テロの影響を受けた人々が直面する困難を取り除くことと併せて、弱い立場にある人たちが特に必要とするものに対する支援の強化が呼び掛けられています。

5年に及ぶ紛争が引き起こした被害
 私もこれまで、国連の新目標に「誰も置き去りにしない」との骨格を据えることを訴えるとともに、項目の一つに「すべての難民と国際移住者の尊厳と基本的人権を守ること」を盛り込むよう提唱してきました。
 かつてない規模で難民が増加する中、その状況と真正面から向き合わずして、21世紀の人類の未来は開けないと考えたからです。
 その意味で、国連の新目標にとっての最初の正念場が、難民問題などが議題となる「世界人道サミット」だといえましょう。
 5年近くにわたり紛争が続くシリアでは20万人以上が犠牲になり、人口の約半数が家や故郷から追われる状態に陥っています。
 住居や商店、病院や学校など、あらゆる場所が戦渦に巻き込まれ、避難場所にも攻撃が及んでいるほか、主要な道路が封鎖され、食糧や救援物資の入手が困難になっている地域がいくつもあるといいます。
 その結果、紛争前には、「世界で最も多くの難民を受け入れてきた国」の一つだったシリアが、今では「最も多くの難民が発生している国」になってしまったのです。
 一向にやまない紛争から逃れるため、多くの人が国外脱出を余儀なくされたばかりか、行く先々で危険な目に遭い、家族と離れ離れになった子どもたちも少なくありません。中東を襲った大寒波や、地中海をわたる船の転覆事故などで亡くなった人も大勢います。
 「難民として生きる人生は、動くたびに沈む流砂にはまったようなものだ」(国連難民高等弁務官事務所のプレスリリース、昨年3月12日)
 国連難民高等弁務官を先月まで務めたアントニオ・グテーレス氏は、シリアから逃れた一人の父親が語ったこの言葉を紹介しつつ、状況の深刻さを訴えましたが、どこまで逃れても安心が得られず、先の見えない日々が続く中で生きる縁を失いかけている人は、今も後を絶たないのです。
 アフリカやアジアでも、難民や国内避難民が増加の一途をたどっています。国連難民高等弁務官事務所をはじめとする、さまざまな救援活動が行われてきましたが、依然として、多くの人々が支援を切実に必要とする状況にあるのです。

胸を痛める心が灯す「人間性の光明」
目の前の一人を徹して大切に


戦時中に難民を守り支えた人々
 大勢の難民がヨーロッパに向かうようになり、さまざまな反応が広がる中、国際通信社IPS(インター・プレス・サービス)の記事で報じられていた、イタリアの港町で暮らす人の言葉が心に残りました。
 「彼らも私たちと同じく生身の人間です。私たちは彼らが沖合で溺れているのを見て見ぬふりをしているわけにはいきません」(「進退窮まる移民たち」、昨年5月11日)
 世界人権宣言には、「すべての人は、迫害を免れるため、他国に避難することを求め、かつ、避難する権利を有する」とあります。
 しかしそれ以前に、先の言葉に宿っていたような〝胸を痛める心〟こそが、人権規範のあるなしにかかわらず、どんな場所でも灯すことのできる人間性の光明だと思うのです。
 創価学会平和委員会が協力し、昨年10月に東京で行われた「勇気の証言――ホロコースト展 アンネ・フランクと杉原千畝の選択」でも、その点がテーマとなりました。
 展示では、ナチスの迫害のためにオランダで身を隠す生活に置かれながらも希望を失わなかったアンネ・フランクの生涯とともに、6000人ものユダヤ難民を救うために、訓令に反してビザを発行し続けた日本の外交官・杉原千畝の行動が紹介されました。
 当時、ユダヤ人への迫害が広がっていたヨーロッパで、いくつもの国の外交官たちが、本国政府の方針に背くことを覚悟の上で、自らの「良心」に従う勇気をもって行動し、難民たちを救っていったことが、歴史に刻まれています。
 また、こうした難民の命を守る行動は、アンネの家族の隠れ家生活を命懸けで支えたオランダの女性をはじめ、多くの国の民衆が、人知れず行っていたものでもありました。私は、ここに歴史の地下水脈に流れる「人間性の輝き」をみる思いがしてなりません。
 同じく現代でも、自分たちが住む町に突然現れた難民の姿をみて、どれだけの辛酸を味わってきたことかと胸を痛め、やむにやまれず手を差し伸べてきた人は少なくないと思います。
 その一つ一つの手が、難民の人たちにとって、どれだけ大きな励ましとなり、かけがえのない命綱になってきたことか――。
 このことを考えるにつけ思い起こすのは、マハトマ・ガンジーが、周囲から投げかけられてきた〝大勢の人をすべて救うことなどできない〟との声を念頭に置きつつ、自分の孫に語りかけた言葉です。
 「その時々に、一人の命に触れるかどうかが問題なんだ。何千という人々すべてを見まわすことは、必要じゃない。あるとき、一人の命に触れ、その命を救うことができれば、それこそ私たちが作り出せる大きな変化なんだ」(塩田純『ガンディーを継いで』日本放送出版協会)
 ささやかな行動だったとしても、それがあるかないかは、差し伸べられた人にとって決定的な重みをもつ大きな違いなのです。

人間の苦しみに無縁なものはない
 このガンジーの信条は、私どもSGIが信仰実践の面はもとより、国連支援などの社会的な活動を展開する上でも銘記してきた、「徹して一人一人を大切にする」との精神と深く響き合うものがあります。
 仏法の根幹は、すべての人々の生命の尊厳にありますが、それは釈尊の次の教えが象徴するように、気づきや内省を促す中で説かれてきたものでした。
 「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)
 つまり、自分が傷つけられることを耐えがたく思い、わが身をかけがえのないものと感じる心――その動かしがたい生命の実感を出発点としながら、〝それは誰にとっても同じことではないのか〟との思いをめぐらせていく。
 そして、その「己が身にひきくらべて」の回路を開いていく中で、他の人々の痛みや苦しみが、わが事のように胸に迫ってくる。
 こうした「同苦」の生命感覚を基盤としながら、いかなる人も暴力や差別の犠牲にすることのない生き方を歩むよう、釈尊は呼び掛けたのです。
 仏法が説く「利他」も、自分を無にすることから生まれるものではない。
 それは、自分の存在と切っても切り離せない胸の痛みや、これまで歩んできた人生への愛しさを足場としつつ、人間の苦しみや悲しみに国や民族といった属性による違いなどなく、〝同じ人間として無縁な苦しみなど本来一つもない〟との生命感覚を磨く中で、おのずと輝き始める「人間性の異名」なのです。
 哲学者のカール・ヤスパースも釈尊の評伝をつづる中で、「曚くなりゆく世において、わたしは滅することなき法鼓を打とう」と立ち上がった釈尊の生涯は、「一切の者にむかうとは、ひとりひとりの人にむかうことにほかならない」との決意に貫かれていたと、強調していました(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)
 私どもSGIは、この精神を現代に受け継ぐ形で、目の前の一人の苦しみに寄り添い、共に涙し、喜びもまた共にしながら、手を取り合って生きるつながりを広げてきたのです。

法華経の世界を貫く誓いと歓喜の生命劇

これまでの苦難も人生の糧に変える
 仏法を貫く「徹して一人一人を大切する」との精神には、このような視座に加えて、もう一つの欠くことのできない重要な柱があります。
 それは、これまでどのような人生を歩み、どんな境遇に置かれている人であっても、誰もが「自分の今いる場所を照らす存在」になることができるとの視座であり、確信です。
 目に映る「現れ(これまでの姿)」で人間の価値や可能性を判断するのではなく、人間に本来具わる「尊厳」を見つめるがゆえに、その輝きによって、今ここから踏み出す人生の歩みが希望で照らされることを、互いに信じ合う。
 そして、これまで味わった苦難や試練も人生の糧としながら、自分の幸福だけでなく、人々のため、社会のために「勇気の波動」を広げる生き方を、仏法は促しているのです。
 私どもの信奉する日蓮大聖人は、すべての人々に尊極の生命が具わり、限りない可能性を開花させることができるとの「一切衆生皆成仏道」の法理こそが、釈尊の説いた法華経の真髄であり、仏教全体の肝心であると強調しました。
 法華経では、釈尊とその弟子をはじめとする、多くの人々が織り成すドラマを通じて、この法理が説かれています。
 ――まず、釈尊の説いた教えを理解した弟子の舎利弗が、自分自身にも尊極の生命が具わっていることを心の底から実感し、「踊躍歓喜」する。
 続いて、他の四人の弟子も、その歓喜のままに誓いを立てた舎利弗の姿と釈尊の励ましを目の当たりにして、同じく歓喜し、無量の宝を「求めずして自ずから得た」喜びを表すべく、自分たちの言葉で釈尊の教えを長者窮子の譬え=注2=を通して語りだす。
 こうした誓いと歓喜のドラマが幾重にも続く中、多くの菩薩たちが、人々の幸福のためにどんな困難も乗り越えて行動する決意を、「ともに同じく声を発して」誓い合う。
 そして最後に、釈尊の滅後に、そうした実践を誰が担っていくのかが焦点となった時に、数え切れないほどの地涌の菩薩が現れ、いついかなる時代にあっても、どのような場所においても、行動を貫き通すことを誓願する――。
 そこで広がっているのは、釈尊の教えに触れて、尊極の生命に目覚めて歓喜した弟子たちが、他の人々にも等しく尊極の生命が具わっていることに気づき、自他共にその生命を輝かせ、社会を照らす光明になっていきたいと決意し、次々と誓いを立てていく、〝誓願のコーラス〟ともいうべき光景です。

竜女の成仏の姿が周囲に広げた波動
 なかでも特筆すべき場面の一つは、「私は、大乗の教え(法華経)を弘めて、苦しんでいる人たちを救っていきます」との誓いを立てた幼い少女(竜女)が、誓いのままに行動する姿をみて、多くの人々が「心大歓喜」(心の底からの大歓喜)をもって称えた場面でありましょう。
 その歓喜の渦が巻き起こる中で、数え切れないほどの人々が、自分にも尊極の生命が具わっていることを覚知していきました。
 つまり、当時の通念として、成仏に最も縁遠い存在として捉えられていた幼い少女が、自らの誓いのままに行動する姿を通して周囲に歓喜の波動を広げ、「一切衆生皆成仏道」の法理を証明する希望の存在となっていったのです。
 大聖人も、この法華経の場面を踏まえつつ、人生の苦難を乗り越えようとする女性たちに、「竜女が跡を継ぎ給うか」(御書1262㌻)などの言葉を贈りながら、励まし続けました。
 13世紀の日本にあって、相次ぐ災害に苦しむ民衆を救おうと、為政者を諫めた大聖人は、何度も迫害を受けました。そうした中、流罪の地で弟子たちへの手紙をしたためたり、遠路はるばる訪ねてきた信徒に対し、真心を尽くして激励を重ねられました。
 また、一つ一つの手紙を周りにいる仲間たちと寄り合って読みながら、皆で支え合い、苦難や試練を共に乗り越えていくよう、励まされていったのです。
 私どもSGIが、創価学会の草創期からの伝統としてきた、小単位のグループで開催する座談会にも、そうした「誓い」と「歓喜」と「励まし合い」の世界が息づいています。
 座談会に参加し、悩みがあるのは自分一人ではないと知り、苦難を乗り越えようと奮闘する友の姿に勇気をもらう。そして、決意を新たにした自分の姿が、さらに多くの友の心に力強い勇気を灯していく。
 この励まし、励まされる心と心の往還を通し、一人の誓いが次の一人の誓いへと伝播する中で、困難に直面してもくじけることのない「希望の力」を共にわき立たせていく生命触発の場が、座談会です。
 老若男女、社会的な立場や境遇の違いを問わず、同じ地域に暮らす人々が集まり、かけがえのない人生の物語や心の中に積もった思いに耳を傾け合いながら、共に誓いを深める座談会は、今や世界の多くの国々に広がっています。
 それはまた、世界を取り巻く脅威や危機が拡大し、複雑化する中で、ともすれば埋没し、蔑ろにされがちな〝一人一人の生の重みと限りない可能性〟を取り戻すために、SGIが社会的使命として実践してきた「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」の基盤ともいうべき場にほかなりません。
 平和運動や国連を支援する活力も、そこから生まれているのであり、まさに信仰実践と社会的活動は地続きの関係にあります。
 私どもは、そうした往還作業を通し、「他人の不幸の上に自分の幸福を築かない」「一番苦しんだ人が、一番幸せになる権利がある」との誓いを共々に踏み固めながら、すべての人々の尊厳が輝く世界の建設を目指してきたのです。

貢献的生活を提唱した牧口初代会長 善いことをしないのは悪に通じる「応用の勇気」こそ教育の真価

「独立的生活」がもたらす危険性
 その挑戦を続けてきた私どもが、国連支援の活動において重視してきたのが、教育のアプローチであり、対話の実践です。
 まず、教育に関して言えば、二つの大きな役割に注目してきました。
 第一は、自分自身の行動がもたらす影響を正しく見定めながら、自分にも周囲にもプラスの変化を起こす力を磨く役割です。
 人間教育の先駆者だった創価学会の牧口常三郎初代会長は、1930年に発刊し、SGIの源流ともなった『創価教育学体系』で、人間の生き方には大別して3段階あるとして、「依他的生活」や「独立的生活」から脱却し、「貢献的生活」に踏み出すことを呼び掛けました(『牧口常三郎全集』第5巻、第三文明社)
 「依他的生活」とは、自分が持つ可能性をなかなか実感できず、目の前の状況をどうしようもないものとあきらめたり、周囲や社会の流れに合わせて生きていくほかないと考えてしまうような生き方です。
 また次の「独立的生活」は、自分の人生を舵取りしようとする意思は持ちあわせているものの、自分とは関わり合いのない人々へのまなざしは弱く、他人がどのような状況にあっても、基本的には本人の力で何とかすべきだと考えてしまう生き方といえましょう。
 牧口会長は、そうした生き方がはらむ問題を、次のようなわかりやすい譬えを通して、浮かび上がらせています。
 ――鉄道の線路に石を置く。これはいうまでもなく悪いことである。
 しかし、石を置いてあるのを知っていて、それを取り除かない、つまり善いことをしなかったら、列車が転覆してしまう。結果的には、善いことをしないことは悪いことをしたのと同じである――と。
 つまり、危険があることを知りつつも、自分に被害が及ばないからといって、そのまま放置しておくこと(不善)は、結果において悪と変わらないのであり、「悪行の罪だけは誰でも教えるが、不善の罪をとわないのは理由のないことであり、根本的な社会悪の解決策とはならない」と訴えたのです。
 なぜ〝何もしないこと〟が、悪と同義とまで言い切れるのか――。一見すると理解しがたいかもしれませんが、翻って自分が列車に乗っている身だと想像してみるならば、おのずと胸に去来する思いがあるのではないでしょうか。

「世界市民意識」の涵養が持続可能な未来を築く礎


関係性の網の中で変革の波を起こす
 現代においても、「最大多数の最大幸福を追求する上で、多少の犠牲が生じるのはやむを得ない」といった考え方が、政治や経済をはじめ社会のさまざまな分野でみられます。
 しかし、気候変動の問題一つをとってみても明らかなように、今は自分たちに関係ないように思えても、長期的にみれば、リスクと無縁な場所など地球上のどこにもありません。
 むしろ、他の人々の苦境を半ば看過するような考え方の行き着く先は、人類の生存基盤を突き崩しかねないことに、目を向けるべきだと思うのです。
 自分本位の短期的利益の追求が優先される風潮に警鐘を鳴らしてきた、政治哲学者のマーサ・C・ヌスバウム博士も、世界市民意識の涵養を呼び掛ける中で、こう述べていました。
 「過去のどの時代にも増して、私たちの誰もが、一度も会ったことのない人々に依存し、彼らもまた私たちに依存しています」
 「このグローバルな相互依存の外にいる人は一人もいません」(『経済成長がすべてか?』小沢自然・小野正嗣訳、岩波書店)
 地球的な課題の解決を目指して行動する民衆の連帯の裾野を広げるためには、まずもって、そうした関係性への「想像力」を、教育によって培う必要があるのではないでしょうか。
 人間の歩むべき生き方として「貢献的生活」を挙げていた牧口会長は、「真の幸福は、社会の一員として公衆と苦楽を共するのでなければ得る能ざるもの」(前掲『牧口常三郎全集』第5巻)と訴えましたが、そうした意識を地球大へと広げながら生きていくことが、今日、ますます要請されていると思えてなりません。
 仏法では、この世のすべての存在や出来事は、分かちがたい〝関係性の網〟で結びついており、その相互連関を通じて瞬間瞬間、世界は形づくられているとも説かれています。
 その〝関係性の網〟の中で、自分という存在が生き、生かされていることの実感を、一つまた一つと深めていく中で、「自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない」との地平が、一つ一つ開けてくる。
 そして、〝今ここにいる自分〟を基点とし、変革の波を起こす中で、自らが抱える課題のみならず、周囲や社会の状況をも好転させゆく「プラスの連鎖」を生み出していく――。
 こうした生命感覚を、自分と他者、自分と世界とのつながりを見つめ直すための座標軸の骨格としていくことを、仏法は呼び掛けているのであります。
 その意味からいえば、教育は、人間が他者の苦しみを前にした時に、〝胸の痛み〟を通じて浮かんでくる人生の座標軸の骨格に、一つ一つ肉付けをする上で、絶対に欠かせないものだといえましょう。
 例えば、環境問題や格差の問題にしても、教育による学びを通じて〝背景や原因を見つめるまなざし〟を磨いてこそ、問題に向き合う座標軸がより鮮明になり、揺るぎないものとなるのではないでしょうか。

自分だからこそできる価値創造
 この点に加えて、教育においてもう一つ重要となると思われるのは、困難に直面しても、くじけることなく行動する勇気を発揮していくための〝学び〟の場としての役割です。
 人類を取り巻くさまざまな課題は、貧困や災害といったように呼び名は同じでも、その具体的な様相は、問題が起きている場所や周囲の環境によって、それぞれ異なります。また、先に触れた気候変動のように、さまざまな脅威が引き起こす影響は、同じ地球に生きている以上、いつでもどこでも、誰の身にも及ぶ可能性があるものです。
 そこで必要となるのは、危機が深刻になる前に未然に防ぐとともに、被害に見舞われた場合でも、困難な状況をたくましく立て直していく知恵と行動――いうなれば「レジリエンス」の力を、それぞれの地域で日頃から強めていくことだといえましょう。
 牧口会長が教育の主眼として提起したのも、自分を取り巻く出来事の意味を見極め、能動的に応答する力を磨くことでした。
 教育で得た知識を最大限に生かすために、「応用の機会を見出す習慣」を養いながら、機会を捉えた時には逃さず行動につなげていく。そうした「応用の勇気」を一人一人が発揮することに、教育の目的があると呼び掛けたのです(前掲『牧口常三郎全集』第3巻)
 そこで求められるのは、「先ず応用せらるべき場合の最も多く存在する方面を示して、此の点に注意を集めしめること」(同、現代表記に改めた)であり、正解のようなものを提示することではない。教育で培った〝問題と向き合う道筋を見いだす力〟を糧としながら、自分自身で問題解決の糸口をつかんでいく「応用の勇気」の発揮に焦点を置くべきと強調したのです。
 この自発能動の学びに基づく「応用の勇気」こそ、状況に押し流されず、自らが望む未来を切り開く原動力となるものです。
 例えば、国連が新目標を通して築こうとしている「持続可能な地球社会」にしても、具体的な有り様が最初から決まっているわけではないと思います。
 問題や脅威の現れ方が、それぞれの場所で違うように、方程式で導かれるような“共通解”は、もともと存在しません。
 持続可能性を追求する上で「経済と社会と環境のバランス」に留意するにしても、何か一つの“収束点”に向けて着地を果たすこと自体が、ゴールとなるわけではないはずです。
 近年、刻々と変化する現実に応答する「レジリエンス」の重要性が注目される中、持続可能性の追求が本来目指すべきは、「琥珀に閉じ込められた静止状態ではなく、健全なダイナミズムである」(アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー『レジリエンス 復活力』須川綾子訳、ダイヤモンド社)との主張がなされています。
 先に言及した仏法の〝関係性の網〟に基づく世界観に照らしてみても、深く共感できるものです。
 「持続可能な地球社会」の姿も、一人一人が〝かけがえのないもの〟に思いをはせ、それをいかにして守り抜き、未来につないでいけるのかについて、知恵を出し合い、行動を重ねる中で、具体的な輪郭を帯びて浮かび上がってくるものではないでしょうか。
 であればこそ、今この場にいる自分でなければ発することのできない言葉や行動が生み出す「価値創造」の意義が、いやまして輝いてくると思うのです。
 私は、応用の実行といった表現ではなく、あえて「応用の勇気」との言葉を用いた牧口会長の思いに、一人一人の存在の重みをどこまでも大切にする心と、どんな困難にも屈しない力が人間に具わっていることへの限りない期待を感じてなりません。

8億6000万の夢と変化を生む力
 その意味で私は、国連ウィメン(国連女性機関)が企画し、ニューヨークの国連本部で昨年2月に行われた公開討論会で、アフリカのジンバブエ出身の10代の女性が語った言葉に、強い共感を覚えました。
 「私たちは発展途上国で暮らす8億6000万人の若い女性・女児です。しかし、単に8億6000万という統計上の数字に留まるのではありません。私たちには8億6000万の夢があり、考えがあり、変化をもたらす力があるのです」(国連ウィメン日本協会のホームページ)
 彼女の言葉が示唆している通り、世界で今、脅威や危機が広がれば広がるほど、その問題の大きさを前に埋没しそうになっているのが、一人一人の生の重みであり、限りない可能性だといえましょう。
 それぞれの人間が紡いできた人生の物語や大切な夢をはじめ、心の中に積もった思いや、足元から変化を起こす力までもが、おしなべて見過ごされそうになっているのです。
 私どもSGIが、教育によるエンパワーメントを通じて目指してきたのは、そうした一つ一つの重みをかみしめ合い、互いの可能性を豊かに開花させながら、自分たちを取り巻く現実に力強く応答する力を磨き、鍛え上げていくことにほかなりません。
 なかでも、1982年にニューヨークの国連本部で開催した「核兵器――現代世界の脅威」展以来、地球的な課題の解決に向けての〝民衆発の活動〟の中軸に、私どもが据えてきたのが世界市民教育です。
 SGIでは今述べてきたような教育の二つの役割を踏まえ、さまざまな角度から世界市民教育を展開し、次の四つの柱からなるプロセスを進めていくことを目指してきました。

 ①自分を取り巻く社会の問題や世界が直面する課題の現状を知り、学ぶ。
 ②学びを通して培った、人生の座標軸と照らし合わせながら、日々の生き方を見直す。
 ③自分自身に具わる限りない可能性を引き出すためのエンパワーメント。
 ④自分たちが生活の足場としている地域において、具体的な行動に踏み出し、一人一人が主役となって時代変革の万波を起こすリーダーシップの発揮。
 今回、国連の新目標で「世界市民教育」の重要性が明記されたことを受け、SGIとしても、この四つのプロセスに重点を置いた活動に、さらに力を入れていきたいと思います。

苦しみ抱える人々の声に耳を傾け地球的課題の解決を!

仙台防災枠組で掲げられた原則
 こうした教育のアプローチと併せて、私どもSGIがすべての活動の基盤として重視してきたのが、対話の実践です。
 「誰も置き去りにしない」世界を築くために、まずもって対話は絶対に欠かせない――それは、私自身の信念でもあります。
 人類が直面する課題の解決といっても、その取り組みによって一番に守るべき存在は何か、それを誰がどのようにして守っていけば良いのかについて、常に問い直しながら進むことが大切ではないでしょうか。
 つまり、「厳しい状況に置かれている人々の目線」から出発し、解決の道筋を一緒に考えることが肝要であり、その足場となるのが対話だと思うのです。
 近年、災害や異常気象による深刻な被害が相次ぐ中、昨年3月、仙台で第3回「国連防災世界会議」が行われました。
 採択された仙台防災枠組=注3=では、2030年までに世界の被災者の数を大幅に削減するなどの目標が掲げられましたが、私が注目したのは、原則の一つとして「ビルド・バック・ベター」の重要性が強調されたことです。
 「ビルド・バック・ベター」とは、復興を進めるにあたって、災害に遭う前から地域が抱えていた課題にも光を当てて、その解決を視野に入れながら、皆にとって望ましい社会を共に目指す考え方です。
 防災対策として、独り暮らしの高齢者の家の耐震化を進めたとしても、それだけでは、その人が日々抱えてきた問題――例えば、病院通いや買い物にいつも難儀してきたような状況は取り残されてしまう。こうした被災前から存在する、見過ごすことのできない課題も含めて、復興のプロセスの中で解決を模索していく取り組みなのです。

「三重の楼《たかどの》」の話
 こうした復興の課題を考える時、思い起こすのが、次の仏教説話です。
 ――ある時、富豪が建てた三重の楼を見て、その高さや広さ、壮麗さに心を奪われ、同じような建物が欲しいと思った男がいた。
 自分の家に帰り、早速、大工を呼んで依頼すると、大工はまず基礎工事に取りかかり、一階、二階の工事に入った。
 なぜ大工がそんな工事をしているのか、理解できなかった男は、「私は、下の一階や二階は必要ない。三階の楼が欲しいのだ」と大工に迫った。
 大工はあきれて述べた。
 「それは、無理な相談です。どうして一階をつくらずに二階をつくれましょう。二階をつくらずに三階をつくれましょうか」と(「百喩経」)――。
 その意味で、復興の焦点も、街づくりの槌音を力強く響かせることだけにあるのではない。
 一人一人が感じる〝生きづらさ〟を見過ごすことなく、声を掛け合い、支え合いながら生きていけるよう、絆を強めることを基盤に置く必要があるのではないでしょうか。
 つまり、人道危機の対応や復興にあたって、「一人一人の尊厳」をすべての出発点に据えなければ、本当の意味で前に進むことはできないことを、私は強調したいのです。
 そこで重要となるのが、危機の影響や被害を最も深刻に受けてきた人たちの声に耳を傾けながら、一緒になって問題解決の糸口を見いだしていく対話ではないでしょうか。
 深刻な状況にあるほど、声を失ってしまうのが人道危機の現実であり、対話を通し、その声にならない思いと向き合いながら、「誰も置き去りにしない」ために何が必要となるのかを、一つ一つ浮かび上がらせていかねばなりません。
 何より、つらい経験を味わった人でなければ発揮できない力があります。
 「仙台防災枠組」では、市民や民間団体の役割として、知識や経験の提供などを挙げていますが、なかでも被災地から発信されたものには何ものにも替えがたい重みがあると思います。
 東日本大震災でも、自らが被災者でありながら周りの被災者を励まし、心の支えとなる行動を続け、復興の力強い担い手となってきた人は大勢いました。私どもは復興支援を続ける中でその意義をかみしめながら、防災をめぐる国際会議などで「被災者の声と力が復興を進める重要な鍵となる」と訴えてきたのです。
 同様に、国連の新目標の推進にあたっても、厳しい状況にある人たちの声に耳を傾けることが、各国や国際機関、またNGOなどが、自らの活動の方向性を見定め、さらに実りあるものにする上で外せない一点ではないかと思います。
 その意味で、新目標のとりまとめに尽力した、国連のアミーナ・モハメッド事務総長特別顧問が、国際社会の結束を強めるための要諦について語った次の言葉に深く共感します。
 「この問題は、私たちの人間性の居場所を見つけることにもつながります。課題や紛争が山積し、来る日も来る日も、良いニュースがほとんどないような世界へと迷い込む過程で、私たちが落としてきたものを再び拾い上げる、ということです」(国連広報センターのホームページ)
 対話とはまさに、その人間性を社会が取り戻すために、いつでもどこでも誰でも始めることのできる実践ではないでしょうか。

マータイ博士とイチジクの木
 次に、対話が果たすもう一つの大切な役割は、対立が深まる時代にあって、自分と他者、自分と世界との関係を結び直す契機となり、時代を変革するための新しい創造性を生み出す源泉となることです。
 21世紀の世界を規定する潮流は何といってもグローバル化ですが、多くの人々が生まれた国を離れ、仕事や教育などのために他国に一時的に移動したり、定住する状況はかつてない規模で広がっています。
 多くの国にさまざまな文化的背景を持つ人たちが移り住む中、交流の機会も芽生え始めています。
 しかし一方で、レイシズム(人種差別)や排他主義が各地で高まりをみせていることが懸念されます。
 昨年の提言で私は、各国で社会問題化しているヘイトスピーチ(差別扇動)に警鐘を鳴らしましたが、「どの集団に対するものであろうと、決して放置してはならない人権侵害である」との認識を国際社会で確立することが、焦眉の課題となっているのです。
 排他主義や扇動に押し流されない社会を築くには何が必要となるのか――。
 私は、「一対一の対話」を通して自分の意識から抜け落ちているものに気づくことが、重要な土台になっていくと考えます。
 仏法には「沙羅の四見」といって、同じ場所を見ても、その人の心の状態で映り方が違ってくることを説いた譬えがあります。
 例えば、一つの川を見ても、清流の美しさに感動する人や、どんな魚がいるのかと思う人もいれば、洪水を心配する人もいる。
 問題なのは、その違いが「映り方」の違いで終わらず、結果的に「風景そのもの」を変える可能性をはらんでいることです。
 そのことを物語る具体例として思い起こされるのは、私の大切な友人であったケニアの環境運動家のワンガリ・マータイ博士が、自伝の中で紹介していた話です。
 ――博士が生まれたケニアの村では、皆が「畏敬の念」をもって大切にしていたイチジクの木を中心に、自然が守られていた。
 しかし、アメリカへの留学を終えた博士が、ある時、故郷に立ち寄ると、信じられない光景が広がっていた。
 イチジクの木が立っていた土地を新たに手に入れた人が、「場所を取りすぎて邪魔だ」と考え、イチジクの木を切り倒し、茶畑にするためのスペースがつくられていたのです。
 その結果、風景が一変しただけでなく、「地滑りが頻繁に起こるようになり、きれいな飲み水の水源も乏しくなっていた」と(『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳、小学館から引用・参照)
 自分が限りなく大切にしてきたものが、他の人には邪魔としか映らない――。
 こうした認識の違いが引き起こす問題は、人間と人間、ひいては文化的背景や民族的背景が異なる集団同士の関係にも当てはまるのではないでしょうか。
 つまり、自分の意識にないことは、「自分の世界」から欠落してしまうという問題です。

対話による生命の触発が新たな創造の地平を開拓

ステレオタイプを打ち破るための鍵

 人間はともすれば、自分と近しい関係にある人々の思いは理解できても、互いの間に地理的な隔たりや文化的な隔たりがあると、心の中でも距離が生じてしまう傾向があります。
 しかもそれは、グローバル化が進むにつれて解消に向かうどころか、情報化社会の負の影響も相まって、レッテル貼りや偏見などが、むしろ増幅するような危険性さえみられます。
 その結果、同じ街に暮らしていても、自分と異なる人々とは、できるだけ関わり合いをもたないようにしたり、ステレオタイプ的な見方が先立って差別意識を拭いきれなかったりするなど、相手の姿を〝ありのままの人間〟として見ることのできる力が、社会で弱まってきている面があるのではないかと思われます。
 私は、こうした状況を打開する道は、迂遠のようでも、一対一の対話を通し、互いの人生の物語に耳を傾け合うことから始まるのではないかと訴えたい。
 昨年、国連難民高等弁務官事務所は「世界難民の日」に寄せて、難民となった人たちの物語を紹介するキャンペーンを行い、その物語に触れた人が周囲や友人にも知らせることを併せて呼び掛けました。
 そこで、難民となった人たちの名前と共に紹介されていたのは、「園芸家・母親・自然愛好家」や「学生・兄・詩人」など、国籍の違いに関係なく“身近に感じられる姿”を通して語られる人生の物語であり、今の境遇への思いです。
 たとえ一人の物語であったとしても“身近に感じられる姿”を通して接する経験を持つことができれば、ともすれば一括りに扱われがちな難民の人たちに対する意識も、次第に変わってくるはずです。
 私も以前、デンバー大学のベッド・ナンダ教授と対談した際、インド・パキスタン紛争の勃発(1947年)によって、当時12歳だった教授が、母親と一緒に故郷を逃れて何日も何日も歩き続けた話を、伺ったことがあります。
 後に国際法の道に進み、人権や難民問題の第一人者となった教授が、「あの体験が、私の人生に大きな影響を与えたことは間違いありません。生まれ故郷を離れなければならなかった悲しみは、終生忘れられません」(『インドの精神』、『池田大作全集』第115巻所収)と語った言葉は今も胸に残っています。
 異なる民族や宗教に対する認識も、難民の人々に対するまなざしと同じように、たとえ「一人」でも直接会って話すことができる関係を持てれば、そこから見えてくる“風景”も、おのずと変わってくるのではないでしょうか。その「一人」と胸襟を開いて対話を重ねる中で、意識から抜け落ちていたものが目に映るようになり、自分にとっての世界の姿が、より人間的な輝きを放つようになっていくと思うのです。

心の世界地図を友情で描き出す

 思い返せば、冷戦対立が激化した時代に、反対や批判を押し切ってソ連を初訪問した際(74年9月)、私の胸にあったのは、「ソ連が怖いのではない。ソ連を知らないことが怖いのだ」との信念でした。
 対立や緊張があるから、対話が不可能なのではない。相手を知らないままでいることが対立や緊張を深める。だからこそ自分から壁を破り、対話に踏み出すことが肝要であり、すべてはそこから始まる――。
 モスクワに到着した夜、「シベリアの美しい冬に、人びとが窓からもれる部屋の明かりに心の温かさ、人間の温かさを覚えるように、私どももまた、社会体制は違うとはいえ、人びとの心の灯を大切にしてまいることを、お約束します」と、歓迎宴であいさつしたのは、その偽らざる思いからだったのです。
 時を経て96年6月、キューバを初訪問した時も、思いは同じでした。
 キューバによるアメリカ民間機撃墜事件が起こった4カ月後のことでしたが、平和への意思で一致できれば、どんな重い壁も動かすことができるとの決意で、カストロ議長と率直に意見交換したのです。
 そして、国立ハバナ大学での記念講演で述べた「教育こそが、未来への希望の架橋である」との信念のままに、教育交流をはじめ、文化交流の道を広げる努力を続けてきました。
 それだけに昨年7月、アメリカとキューバが54年ぶりに国交正常化を果たしたことは、本当にうれしく感じてなりません。
 現代において切実に求められているのは、国家と国家の友好はもとより、民衆レベルで対話と交流を重ね、民族や宗教といった類型化では視界から消えてしまいがちな「一人一人の生の重みや豊かさ」を、自分の生命に包み込んでいくことではないでしょうか。
 その中で、一人一人が「心の中にある世界地図」を友情や共感をもって描き出していくことが、自分を取り巻く現実の世界の姿をも変えていくことにつながると訴えたいのです。
 私の師である戸田城聖第2代会長も、さまざまな問題を〝国や属する集団の違い〟の次元だけで捉えて行動することの危険性を、常々訴えていました。
 国が違っても、個人同士の関係からみれば、互いに文化的な生活を送ろうとする人が少なくないはずなのに、ひとたび国家と国家の関係になると、「表面が文化的であっても、その奥は実力行使がくりかえされている」(『戸田城聖全集』第1巻)状況に陥ってしまう、と。
 また、思想の違いが原因となり、「地球において、政治に、経済に、相争うものをつくりつつあることは、悲しむべき事実である」(同第3巻)と述べ、集団の論理のぶつかり合いが“同じ人間”という視座を見失わせる弊害に、警鐘を鳴らしていました。
 そして戸田会長は、どの国の民衆も切望してやまない平和を結束点に、「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(同)との思いを共有する、「地球民族主義」という人間性の連帯の構築を呼び掛けたのです。

創立20周年迎える戸田平和研究所
 その師の名を冠する形で、私が創立した戸田記念国際平和研究所が、「世界的諸宗教における平和創出の挑戦」をテーマにした国際会議を、来月、東京で開催します。
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム、仏教など、異なる宗教的背景を持つ研究者や識者が集まり、宗教が本来持つ「人間の善性を薫発する力」に光を当てながら、暴力や憎悪ではなく、平和と人道の潮流を21世紀の世界で共に高めるための方途を探るものです。
 かつて「世界人権宣言」の起草に携わった哲学者のジャック・マリタンは、さまざまな思想の違いを超えて、人間の行動として外してはならない共通項を掘り当てる「良心の地質学」のアプローチの意義を強調しました(『人間と国家』久保正幡・稲垣良典訳、創文社)
 来月11日に創立20周年を迎える戸田記念国際平和研究所が、「地球市民のための文明間の対話」をモットーに続けてきた活動は、その挑戦を現代で展開してきたものでもあります。
 人間の心を深部において揺り動かすものは、定式化された教条や主張などではなく、その人自身でなければ発することができない〝人生に裏打ちされた言葉の重み〟です。
 そうした言葉の交わし合いによってこそ、互いの生命の奥底にある「人間性の鉱脈」が掘り当てられ、社会の混迷の闇を打ち払う人間精神の光が輝きをさらに増していく。私もその確信で、さまざまな民族的、宗教的背景を持った人々と対話を重ねてきました。
 思うに、歩んできた道が異なる人間同士が向き合うからこそ、一人では見ることのできなかった新しい地平が開け、人格と人格との共鳴の中でしか奏でることのできない創造性も育まれるのではないか。
 そこに、歴史創造の「可能性の宝庫」となり、「最大の推進力」となりゆく、対話の意義があると思えてなりません。
 同じ場所で同じ時間を過ごしながら、対話によって培われた友情と信頼――。その堅実な挑戦の積み重ねこそが、世界平和の創出と地球的な課題の解決のために行動する「民衆の連帯」のかけがえのない礎となると、私は確信してやまないのです。

「世界人道サミット」の共同宣言で難民支援の国際協力を強化

 続いて、国連の新目標が目指す「誰も置き去りにしない」世界を築くために、各国と市民社会の連帯した行動が急務となる課題として、①人道と人権、②環境と防災、③軍縮と核兵器禁止、の三つのテーマに関する提案を行いたい。

子どもの生命と権利を共に守る
 第一の柱は、人道と人権です。
 具体的には、5月にトルコで行われる「世界人道サミット」に関し、二つの提案をしたいと思います。
 一つ目は、深刻の度を増す難民問題について、サミットの場で「国際人権法に基づく対応を第一とすること」を確認した上で、特に難民の子どもたちの生命と権利を守るための対策を強化することを約し合うことです。
 難民の数が戦後最大規模に達する中、多くの受け入れ国の間で、社会不安の広がりや財政負担の増大、また、難民を装う形での入国によってテロ行為が引き起こされることなどへの懸念が生じています。
 こうした点を踏まえ、各国で何らかの対策を講じることが必要になってくるとしても、その対策は対策として、難民問題の対応の基盤は国際人権法の中核をなす「人間の生命と尊厳」の保護に置くことを再確認すべきだと思うのです。
 紛争によって、多くの人々が突然、住み慣れた場所を追われ、生きる希望を奪われた状態は、災害で家を失い、避難生活を余儀なくされた人々の窮状と変わらないものです。
 何より難民の半数以上を占める子どもたちは、なすすべもなく避難するほかなかった、紛争の最大の犠牲者にほかなりません。
 昨年は、紛争下の子どもたちの保護に関する国連安全保障理事会決議1612=注4=の採択から、10周年にあたりました。
 紛争によって子どもたちが暴力や搾取に巻き込まれる事態の防止はもとより、紛争から逃れるために避難を強いられてきた子どもたちを守ることが急務ではないでしょうか。
 この点、ユニセフ(国連児童基金)のアンソニー・レーク事務局長も、「すべての子どもは、あたりまえの子ども時代を平和に享受する権利をもっています」(日本ユニセフ協会のホームページ)と強調しています。
 国連の新目標でも、さまざまな脅威による深刻な影響を受ける存在として、子どもを筆頭に挙げており、この子どもたちの平和的に生きる権利の確保を“扇の要”として、難民への国際的な支援を強化すべきだと訴えたいのです。
 人道危機の解決といっても、子どもたちがつらい経験を乗り越え、未来への夢を抱いて前に進むことができるようになる中で、希望の曙光は輝き始めるのではないでしょうか。
 そうした子どもたちの笑顔はまた、故郷を離れて、新しい場所で生活を立て直そうとしている人々にとって、「生きる力」を取り戻す源泉となっていくに違いないと思うのです。

中東地域で進む受け入れ国支援
 次に、「世界人道サミット」に関する二つ目の提案として、国連が主導する中東地域での受け入れ国支援の強化と、アフリカやアジアなど他の地域でも同様のアプローチを重視することを合意に盛り込むよう、提唱したい。
 現在、世界全体の難民の9割近くが途上国で生活する状況となる中、水の確保や公共サービスの面で影響が出るなど、国際的な協力が得られなければ、受け入れを続けることが困難になってきている地域も少なくありません。
 難民条約の前文では、「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる可能性」への留意を促した上で、「問題についての満足すべき解決は国際協力なしには得ることができない」と記されていますが、この条約の原点に脈打つ国際協力の精神を今一度想起し、難民問題に臨むことが求められていると思うのです。
 私も昨年の提言で、難民となった人々へのエンパワーメント(内発的な力の開花)を進めるにあたって、受け入れ国の青年や女性も一緒に教育支援や就労支援を受けられるような仕組みを各国の協力で設けることを呼び掛けました。
 現在、この難民への支援と、受け入れ国への支援を組み合わせた国連主導の取り組みが、中東の5カ国で行われています。
 「シリア周辺地域・難民・回復計画」と呼ばれるもので、難民への人道支援と併せて、受け入れ国の社会的インフラの向上を図り、住民の生活や雇用を支援していく取り組みです。
 100万人以上のシリア難民が避難したトルコやレバノンをはじめ、多くの難民が身を寄せるヨルダン、イラク、エジプトの負担を国際協力によって軽減し、地域の安定に寄与することが目指されてきました。
 これまで食糧の確保や安全な飲み水の利用、保健に関する分野などで改善が進んでおり、先月には、今後の方針と具体的な目標が打ち出されました。
 私は、この国連主導の計画に関する討議をサミットで行い、課題や経験を共有しながら、資金面での協力を含め、今後の活動を軌道に乗せるために各国が連帯して行動することを、サミットの合意に盛り込むよう訴えたい。
 また、日本の取り組みとして、これまでシリアと周辺国への人道支援を続けてきた経験を生かしながら、今後は特に「子どもたちの未来を育むための支援」に大きな力を注ぐことを呼び掛けたいと思います。
 現在、トルコやレバノンなどでは、難民の子どもたちが学校や一時的な教育施設に通える状況も生まれていますが、大半の子どもは教育から取り残されたままとなっています。
 国連の計画では、さらに多くの難民の子どもが「学ぶ機会」を得られる環境づくりを目指しています。ユニセフと連携し、シリアや周辺国での教育支援を進めてきたEU(欧州連合)とともに、日本がその分野での貢献を果たしてほしいと願ってやみません。
 これに関連して、現在、日本のいくつかの大学が、国連難民高等弁務官事務所と協力して、難民となった若者たちに大学教育の機会を提供する「難民高等教育プログラム」を実施していますが、こうした若い世代への教育支援をあらゆる形で広げていくべきではないでしょうか。

排他主義に流されない人権文化の確立が急務

態度と行動を育む取り組みが焦点に

 市民社会の側からも、難民問題などの人道的課題に連帯して行動することが重要となってきており、SGIでは「すべての人々の尊厳を大切にする世界」を目指す観点から、特に人権教育の推進に力を入れていきたいと考えています。
 国連加盟国の合意として人権教育の国際基準を初めて定めた、「人権教育および研修に関する国連宣言」が採択されて、今年で5周年になります。
 難民と移民に対する偏見や蔑視をはじめ、人種差別や外国人嫌悪の動きが各国でみられる中、宣言の掲げる目的のうち、喫緊の課題になると思うのは次の二つの要素です。
 「自由で平和、多元的で誰も排除されない社会の責任ある一員として、人が成長するよう支援すること」
 「あらゆる形態の差別、人種主義、固定観念化や憎悪の扇動、それらの背景にある有害な態度や偏見との戦いに貢献すること」(阿久澤麻理子訳、アジア・太平洋人権情報センターのホームページ)
 ここで焦点となるのは、自分が差別をしないだけでなく、「誰も排除されない社会」を築くために、偏見や憎悪による人権侵害を許さない気風――すなわち、人権文化を社会に根づかせることにあります。
 この提言の前半で、教育の役割について論じた際、牧口初代会長が〝不善は悪に通じる〟と警鐘を鳴らしたことに言及しましたが、一人一人の行動が鍵を握る人権文化の建設には、そうした不善の意味に対する問い直しが強く求められるのではないでしょうか。
 国連の宣言では、人権に関する知識の習得や理解の深化にとどまらず、「態度と行動を育むこと」を明確に射程に入れているほか、人権教育と研修を「あらゆる年齢の人びとに関わる、生涯にわたるプロセス」と位置付けています。
 これはまさに、人権文化を豊かに花開かせるための要諦がどこにあるのかを、指し示したものにほかならないと思うのです。

SGIの新たな人権教育の展示
 起草段階から宣言の制定を、市民社会の立場から支援してきたSGIは、2011年12月の採択以来、映画「尊厳への道――人権教育の力」の共同制作や上映のほか、意識啓発の展示活動を行ってきました。
 また2013年には、アムネスティ・インターナショナル、人権教育アソシエイツなど他の団体とともに、「人権教育2020」という市民社会ネットワークを立ち上げました。
 国連の宣言や人権教育世界プログラムの推進を後押しする協力を深め合う中、「人権教育2020」では昨年、『人権教育の指標に関するフレームワーク』を出版し、各国での人権教育と研修の実践をより良いものにするためのガイドブックとして利用できるようになっています。
 SGIでは現在、「人権教育2020」に携わる他の団体とも協力し、宣言の採択5周年を期して、新たな人権教育展示を開催する準備を進めています。
 国連の新目標が掲げるさまざまなテーマを人権の角度から掘り下げつつ、「すべての人々の尊厳を大切にする世界」を築くための行動を誓い、共に強めていけるような展示を開催していきたいと思います。

温暖化防止の地域モデルを目指し「日中韓の環境誓約」制定を

世界195カ国がパリ協定に合意
 続いて、第二の柱として環境と防災に関する提案を行いたい。
 一つ目は、地球温暖化の要因である温室効果ガスの削減に関するものです。
 昨年11月から12月にかけて行われた国連気候変動枠組条約の第21回締約国会議で、温暖化防止の新たな合意となるパリ協定=注5=が採択されました。
 世界の平均気温の上昇を産業革命以前の時代から「2度未満」に抑えなければ、深刻な事態を避けることはできないとの懸念が広がる中、先進国のみならず、195カ国が〝共通の枠組みの下での行動〟を約束したことは、大きな意義があるといえましょう。
 目標達成の義務化は見送られたものの、各国がそれぞれ自主的に目標を定め、国内対策を実施することが義務付けられました。
 温暖化の防止は容易ならざる課題ではありますが、世界のほとんどの国の参加を得たことをパリ協定の最大の強みとしながら、各国が人類益に基づく積極的な貢献を果たす流れを協力してつくり出すことが重要ではないでしょうか。
 特に私は、異常気象による被害が相次いでいるアジア、なかんずく、世界の温室効果ガスの排出量の3割を占める、日本と中国と韓国の3カ国が連携し、意欲的な挑戦を先行して進めることを、提唱したいと思います。
 昨年11月、3年半ぶりとなる日中韓首脳会談が、韓国のソウルで開催されました。
 政治的な緊張を乗り越えての首脳会談の再開は、私も繰り返し訴えてきただけに、今回、首脳会談の定期開催を再確認したほか、日中韓の3カ国協力の完全回復が宣言されたことを、うれしく思っています。
 この3カ国協力の端緒となり、中核となってきたのが環境分野での協力です。
 「北東アジアは一つの環境共同体である」とは、3カ国の環境大臣会合で一致をみてきた認識であり、外交関係が悪化した時でも、環境協力をめぐる対話だけは毎年続けられてきた経緯があります。
 私は昨年の提言で、そのさらなる発展を願い、日中韓による「持続可能なモデル地域協定」を提案したところでした。
 大気汚染や黄砂といった、地域で焦点となっている課題とともに、温暖化防止のための地域協力を強めていくならば、パリ協定の目標達成に向けての重要な一つの足場となるに違いありません。
 具体的には、省エネルギーの分野をはじめ、再生可能エネルギーや3R(廃棄物の発生抑制、再使用、再資源化)の分野などで知識や経験を共有し、その相乗効果をもって3カ国が「低炭素社会」への移行をともに加速させていってはどうでしょうか。
 今年は日本で首脳会談の開催のほか、青年たちが北東アジアの平和や環境について話し合う「日中韓ユース・サミット」の開催が予定されています。
 そこで私は、パリ協定の目標となる2030年までの温暖化防止の協力に焦点を当てた「日中韓の環境誓約」の制定を、今年の首脳会談を機に目指していくことを呼び掛けたい。
 また、日本でのユース・サミットの開催を大成功に導きながら、3カ国の青年たちが創造的なアイデアと活動の経験を共有するための仕組みを設けることや、若い世代の発案による意欲的な活動と環境協力のための青年交流の支援を、3カ国の共同事業として立ち上げることを提案したいと思います。

世界各国の都市が連携強め低炭素社会への移行を加速

多くの市民の納得と誇りが推進力に
 次に私が、こうした国家間の協力に加えて呼び掛けたいのは、各国の都市が温暖化防止対策で連携し、パリ協定の推進を牽引する水先案内人の役割を担っていくことです。
 面積でいえば、地球の陸地部分のわずか2%にすぎない都市は、世界全体における炭素排出量の75%、またエネルギー消費の60%以上を占めるといいます。
 それだけ大きな環境負荷が世界の都市で生じているわけですが、この事実は半面で、「都市が変われば、世界が大きく変わる」可能性を示したものとはいえないでしょうか。
 確かに、密集性という都市の特徴は、さまざまな問題が一カ所に集中し、より大きな負荷を生み出す弱点ともなります。
 しかし一方で、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの導入といったように、都市が「低炭素社会」に向けて本格的に舵を切れば、その密集性によって効果が絶大なものとなることが期待されます。
 2年前に行われた「国連気候サミット」を契機に、世界の都市が独自の削減目標を立てて行動を起こす「首長誓約」と呼ばれる動きも始まっており、すでに400以上の都市が加わっています。
 ひとたび都市が新しい方向に動きだせば、変化が目に見える形で現れ、その手応えがまた、多くの市民に納得と誇りをもたらす。そこから市民の協力がさらに広がり、持続可能な社会に向けた勢いが増す――。
 こうした都市が持つ〝プラスの連鎖〟のダイナミズムこそが、パリ協定の達成に向けた各国の自主的な努力を軌道に乗せるエンジンになると思うのです。
 私は以前、国連の新目標を制定する出発点となった4年前のリオ+20(国連持続可能な開発会議)への提言で、多くの人が「これこそが私たちが果たすべき共通目標である」と納得し、そのために協力したいと思える目標を打ち立てるべきと訴えました。
 国連の新目標でテーマの一つに掲げられた「持続可能な都市」は、自分の足元での努力の積み重ねが、地球環境にとっての大きなプラスの変化につながるという意味で、まさに多くの人々が納得と誇りをもって取り組むことができる挑戦であると強調したい。

ハビタット3で対話フォーラム
 10月には、南米のエクアドルで第3回「国連人間居住会議」(ハビタット3)が行われます。
 各国政府だけでなく、地方自治体が公式に意見を表明できるこの会議は、それぞれの実績や教訓を分かち合いながら、「持続可能な都市」に向けた連携を国家の枠を超えて広げる絶好の機会となるものです。
 環境運動家のワンガリ・マータイ博士がケニアで始めた「グリーンベルト運動」も、1976年にカナダで行われたハビタット1に参加し、勇気づけられたことが契機となったといいます。
 「バンクーバー周辺の美しい環境や、私と同じように環境に対する懸念を募らせている人々とのふれあい」が、「失敗に落胆していた私が必要としていた気付け薬だった。私は再び元気をもらい、自分の考えをうまく実現させようと決意してケニアに帰ってきた」と(『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳、小学館)
 国や住む街が違っても、自分の子どもや孫たちの世代に〝より良い環境〟を残したいという気持ちに変わりはないはずです。
 先ほど私は、国レベルでの日中韓協力を呼び掛けましたが、ハビタット3の開催に合わせ、3カ国の地方自治体や環境分野で活動するNGO(非政府組織)の代表などが集まる形で、「環境協力のための自治体対話フォーラム」を開催してはどうでしょうか。
 昨年3月、仙台で第3回「国連防災世界会議」が行われた際、SGIの主催で、防災・減災分野で活動する日中韓の市民団体の代表らが参加するシンポジウムが開催されました。
 席上、シンポジウムを後援した日中韓三国協力事務局の陳峰事務次長が、「3カ国のうち、どこか1国で発生した災害は、他の2国にも同様に大きな苦しみを与える。ゆえに防災は、常に優先して協力すべき課題である」と強調しましたが、環境問題も同様の性質をもった課題であるといえましょう。
 日中韓3カ国の地方自治体の間では、合計で600を超える姉妹交流が結ばれています。この姉妹交流の絆を基盤としながら自治体同士の協力を広げ、互いの暮らす街が同じ「環境共同体」に属している意識を深め合っていくことは、日中韓3カ国の友好と未来にとって非常に大きな財産となっていくに違いないと、私は確信するのです。

生態系保全による防災・減災の活動
 二つ目の提案は、「生態系を基盤とした防災・減災」に関するものです。
 現在、世界で約8億人が飢餓や栄養不良に苦しむ中、食糧生産の基盤となる世界の土壌の3割が劣化した状態にあります。
 土壌は農業のみならず、水の貯蔵や炭素の循環をはじめ、生態系において欠くことのできないものでありながら、長い間、十分な注意が払われない状態が続いてきました。
 わずか1センチの厚さの土壌がつくられるまで100年以上も要するにもかかわらず、いったん劣化してしまうと簡単には再生できないのが、土壌なのです。
 また森林についても、減少率は鈍化していますが、毎年1300万ヘクタール(日本の面積の3分の1に相当)が失われているといわれ、生物多様性への影響など環境面で深刻な事態を招くことが懸念されています。
 国連の新目標でも、「土地の劣化の阻止・回復」や「持続可能な森林の経営」が掲げられており、生態系の保全や、炭素の貯留という温暖化防止の面でも、待ったなしの課題となっているといえましょう。
 近年、こうした生態系を守る取り組みは、防災の観点からも重要な意味を持つとの考え方が広がってきました。
 「生態系を基盤とした防災・減災」と呼ばれるもので、2004年にスマトラ島沖地震が起きた際、マングローブ林があった場所となかった場所との間で、津波による被害に大きな差があったことをきっかけに、注目されるようになったアプローチです。
 これまで砂丘を安定化させるための植林や、湿地を活用した水害防止、洪水被害を抑えるための都市緑化をはじめ、さまざまな取り組みが世界各地で進められてきました。
 特筆すべきは、その地域で暮らす人々による意欲的で継続的な関わりが何よりの支えとなる点です。
 5年前の東日本大震災によって被災した地域では、子どもたちも参加して、海岸防災林の再生や整備のために苗木を植える活動などが行われています。
 そうした活動は、地域における生態系の大切さを共にかみしめ合ったり、〝自分が植えた木が誰かの命を守ることにつながるかもしれない〟といった思いを広げる機会ともなってきているのです。
 このように皆で汗を流した体験の後、その場所を通るたびに目に映る〝風景〟は、以前にもまして「かけがえのないもの」として胸に迫ってくるのではないでしょうか。
 自分の日々の生活が、地域の生態系によって知らず知らずのうちに支えられているのと同じように、地域の環境や防災を支える上で自分の関わりが「なくてはならないもの」であることを心の底から実感する――そんな一人一人の思いが、年々、成長する一本一本の木と分かちがたく結びついていく中で、地域のレジリエンスは揺るぎない強さを帯びるようになるに違いないと、私は考えます。
 つまり、自分たちの手で地域の生態系を守ることがそのまま、地域の〝未来〟と〝希望〟を育むことにつながっていくのです。

若者と子どもは社会変革の主体

 折しも国連では、「持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」に続く取り組みとして、「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム」が始まっています。
 そこでは、重点項目の一つに「若者の参加の支援」が挙げられていますが、私はその一環として、植樹をはじめとする「生態系を基盤とした防災・減災」の取り組みを、若者や子どもたちと一緒になって、各地域で積極的に推進していってはどうかと提案したい。
 昨年3月の第3回「国連防災世界会議」で採択された仙台防災枠組でも、災害リスクの削減には社会をあげての関わりと協力が必要であるとし、若者と子どもを〝変革の主体〟と位置付けて、防災に貢献できるような環境づくりが欠かせないと強調されています。
 これまでSGIは、他のNGOとともに「ESDの10年」の制定を呼び掛けた2002年以来、「変革の種子」展や「希望の種子」展などの環境展示を各地で行ってきました。
 この展示は、小・中学校や高校の生徒たちが数多く訪れる環境教育の場ともなってきたものです。
 私どもがESDを重視してきた理由も、人間と環境との切っても切れないつながりを学びながら、教育の重要課題として牧口初代会長が提起していた「応用の勇気」を、子どもから大人にいたるまで、それぞれの地域で力強く発揮する輪を広げていきたいとの思いからにほかなりません。
 このように地域を足場にした行動を積み重ねる中で、地球環境を守るための確かな軌道も敷かれていくのではないでしょうか。

武器貿易条約への批准促進で紛争やテロの拡大を防止


通常兵器の拡散が招いた甚大な被害
 最後に第三の柱として、軍縮と核兵器禁止に関する提案をしておきたい。
 一つ目は、人道危機の悪化や各地で相次ぐテロ行為の背景にある「通常兵器の拡散」に歯止めをかけるための制度強化です。
 紛争地域に大量に流入した拳銃や自動小銃などの小型武器によって、毎年、世界で非常に多くの人たちが命を落としています。
 この〝事実上の大量破壊兵器〟とも呼ばれる小型武器をはじめ、戦車やミサイルなど通常兵器の取引を包括的に規制する武器貿易条約=注6=が、2014年12月に発効しました。しかし、現在の批准国は79カ国で、焦点となる武器移転の報告制度のあり方についても合意をみていません。
 昨年8月、メキシコで第1回締約国会議が行われましたが、報告内容を一般に公開するのか、対象となる武器はどこまで範囲が及ぶのかなど、多くの点で意見が完全には集約できず、結論が持ち越されることになったのです。
 武器取引の規制は、21世紀の世界の平和を展望する上で決して放置することのできない課題として、私も1999年以来、毎年の提言などで繰り返し訴えてきたテーマでした。
 難民問題が深刻化する今、この条約を基盤にして通常兵器の蔓延に終止符を打つことが、ますます切実な課題となっています。
 多くの武器の存在が、紛争の泥沼化を招く要因となり、多くの人々を難民状態に追いやる状況を生み続けているだけでなく、紛争が終結しても再燃の恐れが残るために、人々が安心して帰還する道までも塞いでしまうのです。
 なかでも小型武器は、持ち運びや取り扱いが容易であるため、子どもたちが兵士として動員される状況も招いています。
 その結果、世界で30万人もの子どもたちが、兵士として戦闘に参加させられ、命を落としたり、心に深い傷を負っているのです。
 また、各地で相次ぐテロの拡大を防ぐ上でも、通常兵器の取引を厳格に規制することは避けて通れない取り組みです。
 これまで、テロ防止のための条約が数多く整備されてきましたが、武器貿易条約との相乗効果によって、テロ防止の体制を強化することが急務ではないでしょうか。
 紛争の長期化や難民の増大に加え、子ども兵士やテロ問題の背景にあるのが、通常兵器の蔓延にほかならず、武器貿易条約を柱に、各地で高まる〝憎しみと暴力の連鎖〟を押しとどめる防波堤を築き上げねばならないと訴えたいのです。
 国連の新目標でも、武器取引は「暴力、不安および不正義を引き起こす要因」であるとし、2030年に向けて違法な武器取引を大幅に減少させることが打ち出されました。
 私は、この目標を軌道に乗せる誓いの証しとして、各国が武器貿易条約への批准を早急に果たしていくことを呼び掛けたい。
 また、報告制度についても、情報の一般開示や、武器取引の数量の明記など透明性を十分に確保し、条約の実効性を運用面でも高めることを望むものです。

原爆投下70年を機に高まった核なき世界を求める連帯
合意なく閉幕したNPT再検討会議

 二つ目の提案は、核兵器の禁止と廃絶に関するものです。
 広島と長崎への原爆投下から70年となった昨年、ニューヨークの国連本部でNPT(核拡散防止条約)再検討会議が行われましたが、最終合意を得られないまま閉幕しました。
 2010年の再検討会議での最終文書で、核兵器使用の非人道性と国際人道法の遵守への言及が盛り込まれて以来、3回にわたって「核兵器の人道的影響に関する国際会議」が開催されるなど、非人道性への懸念が幅広く共有されるようになりました。
 しかしながら、今回の会議でも核保有国と非保有国との溝は依然として埋まらず、この歴史的な節目にNPT加盟国の総意としての合意が実らなかったことは、極めて残念な結果と言わざるを得ません。
 それでも、希望が完全に失われたわけではありません。注目すべき動きが、さまざまな形で起こっているからです。
 その動きとは、①核問題を解決するための連帯を誓う「人道の誓約」の賛同国が拡大していること、②昨年末の国連総会で事態の打開を求める意欲的な決議がいくつも採択されたこと、③市民社会で核兵器の禁止と廃絶を求める声が高まる中、信仰を基盤にした団体による取り組みや、若い世代による行動が広がっていること、であります。
 このような新しい動きを突破口に「核兵器のない世界」への道筋を描き出し、具体的な行動をもって実現に導く挑戦を開始しなければならないと訴えたい。

一切を無にする非人道性の極み
 今月6日、北朝鮮が核実験を行う中、核拡散の脅威が高まり、国際社会の懸念が強まっています。
 どの地域であれ、ひとたび核兵器が使用され、核攻撃の応酬が始まるような事態が起これば、どれほど多くの人々が命を奪われ、後遺症に苦しむことになるのか計り知れません。
 そればかりか、山積する地球的な課題に対し、どれだけ努力を尽くしていったとしても、すべて一瞬にして無に帰してしまう元凶となりかねないのが、いまだ世界に1万5000発以上も存在する核兵器であるといってよい。
 例えば、難民問題一つをとってみても、核兵器の爆発による影響は国境を越えて非人道的な被害を及ぼすだけに、6000万人という現在の世界の難民の数をはるかに上回る、数億もの人々が住み慣れた場所から逃れ、避難生活を強いられる恐れがあります。
 また、わずか1センチの厚さを形成するのに最長で1000年を要するといわれる土壌を守るために、どれだけ努力を重ねたとしても、その土壌が核爆発によって広範囲にわたり汚染されてしまいかねません。
 さらに最近の研究によれば、核攻撃の応酬が局地的に行われただけでも、深刻な気候変動が生じることが予測されており、「核の飢饉」と呼ばれる食糧危機が起こるとともに、人間の生存基盤である生態系に甚大な影響が及ぶことへの警鐘が鳴らされています。
 これまで貧困や保健衛生の改善のために積み上げてきた国連のミレニアム開発目標の成果も、その後継として始まった国連の新目標の取り組み――例えば、防災や持続可能な都市づくりにしても、あらゆる取り組みの意味を根底から突き崩してしまうのが、核兵器の存在なのです。
 こうした破滅的な末路が避けられず、計り知れない犠牲を世界中に強いることになったとしてもなお、核兵器によって担保しなければならない国家の安全保障とは一体何でしょうか。
 国を守るといっても、多くの人々に取り返しのつかない被害を及ぼす結果を前提に組み上げるほかない安全保障とは、そもそも何を守るために存在するのでしょうか。それはつまるところ、本来守るべき民衆の存在を捨象した安全保障になりはしないでしょうか。
 現代まで続く軍事的競争の端緒となった20世紀の初頭(1903年)に、ある分野での競争が目的に適う手段として機能しない状態が続くと、競争の形式や質的な転換が迫られるようになると分析していたのが、私どもの先師である牧口初代会長でした。
 「交戦漸く久しきに亘れば、内国諸般の方面に影響を及ぼし、其極《そのきわみ》、国力の疲弊は免るべからざれば、其れによりて得る所は容易に喪《うしな》う所を償《つぐな》う能《あた》わず」(『牧口常三郎全集』第2巻、第三文明社、現代表記に改めた)
 牧口会長がこう指摘していた軍事的競争の限界は、第1次世界大戦と第2次世界大戦を経て、冷戦時代から現代にいたるまでの核軍拡競争によって、行き着く所まで行き着いてしまったのではないでしょうか。

国連の公開作業部会で一致点を見いだし核兵器禁止の交渉開始を

CTBTの制度が果たす人道的貢献
 実際、非人道性の観点からも、軍事的な有用性の面からも、核兵器が〝使うことのできない兵器〟としての様相を一層強めていく中で、軍事的競争の限界から生じた「人道的競争への萌芽」ともいうべきものが、一つの形を結ぶまでになってきています。
 それは、CTBT(包括的核実験禁止条約)の採択を機に誕生した国際監視制度が、さまざまな形で果たしてきた貢献です。
 条約は今なお、残り8カ国の批准が得られず発効にいたっていませんが、核爆発実験を探知する監視制度は、条約機関(CTBTO)の準備委員会によって整備されてきました。
 先日の北朝鮮の核実験をめぐる地震波の検知や放射性物質の観測のような本来の役割に加えて、最近では、世界中に張りめぐらされた監視網を活用して、災害の状況や気候変動の影響を幅広くモニターする活動なども行われるようになっています。
 例えば、海底地震の探知によって津波警報を早期に発令できるように支援したり、火山噴火の状況を監視して航空機のパイロットへの警戒情報につなげたり、大規模な暴風雨や氷山の崩壊を追跡するなど、〝地球の聴診器〟としての重要な役割を担ってきました。
 国連の潘基文事務総長が、「CTBTは、まだ発効していないうちから命を救っています」(IPS通信「核実験を監視するCTBTOは眠らない」、昨年6月17日)と功績を称えたように、核軍拡と核拡散に歯止めをかけるための制度が、多くの生命を守るという人道的な面でも欠くことのできない存在となっているのです。
 条約採択から20周年となる本年、残りの8カ国が一日も早く批准を果たし、CTBTを名実ともに力強く機能させ、核実験が二度と行われることのない世界への道を開くよう、あらためて呼び掛けたい。
 そして、核問題解決への取り組みを加速させ、軍縮の促進はもとより、CTBTの採択を土台に生まれたこの活動のような「世界の人道化」に向けた潮流を、本格的に強めていくべきではないでしょうか。

民衆の犠牲を前提にした安全保障
 かつて、冷戦対立の激化で核開発競争がエスカレートする中、私の師である戸田第2代会長は「原水爆禁止宣言」(1957年9月)を発表し、次のように訴えました。
 「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)
 つまり、核実験の禁止を求める世界の人々の切実な声に共感を寄せつつ、さらにそこから踏み込んで、多くの民衆の犠牲の上にしか成り立たない安全保障の根にある生命軽視の思想を克服しない限り、本当の意味での解決はありえないことを強調したのです。
 この師の叫びを胸に、私は、核問題の解決は核兵器保有の「奥に隠されているところの爪」を取り除くこと――すなわち、「目的のためには手段を選ばない」「他国の民衆の犠牲の上に安全や国益を追い求める」「将来への影響を顧みず、行動をとり続ける」といった現代文明に深く巣食う考え方を転換し、世界を人道的な方向に向け直す挑戦にほかならないと考え、行動を続けてきました。
 地球上に核兵器が存在する限り、核抑止力を保持し続けるしかないといった考え方が、核保有国やその同盟国の間に、いまだ根強くあります。
 しかし、核抑止力によって状況の主導権を握っているようでも、偶発的な事故による爆発や誤射の危険性は、核兵器を配備している国の数だけ存在するといってよい。
 その脅威の本質から見れば、核兵器の保有が実質的に招いているのは、自国はおろか、人類全体の運命までもが〝核兵器によって保有されている〟状態ではないでしょうか。
 核兵器の威嚇と使用に関する違法性が問われた国際司法裁判所の勧告的意見において、NPT第6条の規定を踏まえ、「すべての側面での核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる義務が存在する」との見解が示されてから、今年で20年を迎えます。
 にもかかわらず、核軍縮の完結の見通しが一向に立たないどころか、すべての保有国が参加する形での誠実な交渉が始まっていない現状は、極めて深刻であるといえましょう。

「人道の誓約」と意欲的な国連決議
 こうした状況の打開を求めて、昨年のNPT再検討会議への提出以来、賛同国が広がっているのが「人道の誓約」です。
 「核兵器を忌むべきものとし、禁止し、廃絶する努力」を、国際機関や市民社会などと協力して進める決意を明記した誓約には、国連加盟国の半数を優に超える121カ国が参加するまでになっています。
 その誓約の中で、早急に開始すべき具体策として提起されているのが、核兵器の禁止および廃絶に向けた法的なギャップを埋めるための効果的な諸措置を特定し、追求することです。
 昨年の国連総会でも、その追求を呼び掛ける決議がいくつも提出される中、効果的な措置について実質的な議論をするための公開作業部会の開催を求める決議が採択されました。
 決議では、ジュネーブで年内に行われる公開作業部会を「国際機関や市民社会の参加と貢献を伴って招集すること」と併せて、「全般的な合意に到達するための最善の努力を払うこと」が明記されています。
 NPT再検討会議での停滞を乗り越えて、実りある議論を行い、国際司法裁判所が勧告していた「核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる」道を何としても開くよう、強く呼び掛けたい。
 非人道性の観点からも、特に私は、①核報復のための警戒態勢の解除、②〝核の傘〟からの脱却、③核兵器の近代化の停止、の3項目について、市民社会の声も踏まえながら議論を進めることを提案したい。
 最初の2点について言えば、非人道性の観点からも軍事的な有用性の面からも、核兵器が実質的に〝使うことのできない兵器〟となっている状況を踏まえ、まずもって着手すべき課題だと考えるからです。
 2度の世界大戦を機に、各国が開発を競った化学兵器や生物兵器が、その非人道性ゆえに、どの国にとっても〝使うことが許されない兵器〟となった歴史を、今一度、想起すべきではないでしょうか。
 以前、アンゲラ・ケイン前国連軍縮担当上級代表もこう訴えていました。
 「どれだけの国が今日、自らが『生物兵器保有国』であることや『化学兵器保有国』であることを誇るでしょうか。攻撃か報復であるかにかかわらず、いかなる状況下であれ、腺ペストやポリオが兵器として使用されることが合法であると、誰が論じているでしょうか。私たちが、〝生物兵器の傘〟について話をすることがあるでしょうか」(2014年4月、ニュージーランドのビクトリア大学での講演)
 何より、軍事・安全保障上の核兵器の役割低減は、2010年の再検討会議での最終文書でも、保有国が速やかに取り組むべき課題の一つとして明確に掲げられていたものでした。
 その意味からも注目すべきは、昨年、ブラジルなどが国連総会に提出した決議で、核兵器の役割を低減させる取り組みを「核保有国を含む地域同盟の一員であるすべての国」に奨励したことに加え、日本が主導した決議においても、「関係する加盟国」に対して役割低減に向けた見直しが呼び掛けられた点です。
 この総会決議を主導した日本は、「関係する加盟国」の先頭を切る形で、〝核の傘〟による安全保障からの転換に着手すべきではないでしょうか。
 G7(主要7カ国)のサミットに先立ち、4月に広島で外相会合が行われますが、核兵器の非人道性に関する議論をはじめ、北朝鮮の核開発などの拡散防止の問題や、北東アジアの非核化に向けた核兵器の役割低減についても議論を行うことを強く望むものです。

核開発と近代化が世界に及ぼす弊害
 3点目の「核兵器の近代化」がもたらす問題については、昨年の提言でも警鐘を鳴らしましたが、核兵器の維持のために年間1000億ドル以上もの予算を費やし続けることにより、結果として〝地球社会の歪み〟を半ば固定化する恐れがあることです。
 南アフリカ共和国などが提案した総会決議でも、この点に関し、「人間の基本的ニーズがいまだ充足されていないこの世界では、保有核兵器の近代化に充てられる膨大な資金は、このような目的でなく持続可能な開発目標を達成するために振り向けることができる」(「核兵器・核実験モニター」第482-3号)と、提起されたところでした。
 このまま核兵器の近代化を進めることは、次の世代やそのまた次の世代まで、核兵器の脅威にさらされることを意味するだけではありません。核兵器が使用されない状態が続いたとしても、国連の新目標を達成するための道を閉ざしかねず、〝地球社会の歪み〟が今後も続く事態を意味するのではないでしょうか。
 「核軍縮は国際的な法的義務であるのみならず、道徳的・倫理的至上命題である」(同)とは、総会決議の提案にあたって南アフリカ共和国の代表が訴えた言葉であります。
 その思いは、原爆投下によって筆舌に尽くしがたい苦しみを味わってきた被爆者や、核開発と核実験の影響で被害を受けた各地の〝ヒバクシャ〟をはじめ、「人道の誓約」に賛同した国々、そして平和を求める多くの人々の一致した思いではないでしょうか。
 私どもSGIも、昨年のNPT再検討会議で発表された「核兵器の人道的結末に対する信仰コミュニティーの懸念」と題する共同声明に加わり、キリスト教、ユダヤ教、イスラムなどの各団体の代表とともに、次のようなメッセージを発信しました。
 「核兵器は、安全と尊厳の中で人類が生きる権利、良心と正義の要請、弱き者を守る義務、未来の世代のために地球を守る責任感といった、それぞれの宗教的伝統が掲げる価値観と相容れるものではない」
 「核兵器を禁止する新たな法的枠組みに関する多国間交渉について、すべての国々に開かれた、いかなる国も阻止できない場における、これ以上の遅滞ない開始を訴える」
 核開発競争は、軍事面でも意味を失いつつあるどころか、保持し続けるだけで世界に深刻な負荷を与え続けるという意味で、かつて牧口初代会長が軍事的競争の限界を論じていたように、実質的に破綻をきたしているとの認識に立つべきだと思うのです。
 年内にジュネーブで行われる公開作業部会で、「核兵器のない世界の達成と維持」のために必要となる効果的な措置をリストアップし、国連のすべての加盟国が取り組むべき共同作業の青写真を浮かび上がらせることができるよう、建設的な議論を行うことを切に希望するものです。
 そして、2018年までに開催されることになっている「核軍縮に関する国連ハイレベル会合」を目指し、核兵器禁止条約の締結に向けた交渉開始を実現に導くことを訴えたい。

青年世代の誓いの深さが人類の未来を決する鍵に

世界青年サミットを継続的に開催
 明年は、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」発表から60周年にあたります。
 この宣言を原点に活動を続けてきたSGIとしても、核兵器のない世界への潮流をいよいよ揺るぎないものに高めていきたい。
 そして、多くの国と市民社会が力を合わせ、民衆のイニシアチブによる“国際民衆法”としての意義も込めながら、核兵器の禁止と廃絶を何としても実現したいと決意するものです。
 「核兵器は過ぎ去った時代の象徴でありながら、今も現実の世界に甚大な脅威を突きつけています。しかし、私たちが紡いでいく未来には核兵器の居場所などありません」
 昨年8月、広島で行われた「核兵器廃絶のための世界青年サミット」で発表された「青年の誓い」の冒頭の一節です。
 SGIなど6団体からなる実行委員会が主催し、23カ国から青年が集ったサミットには、アフマド・アレンダヴィ国連事務総長青少年問題特使も出席し、被爆体験の継承や同世代の意識啓発をはじめ、人類共通の未来を守るための行動が誓い合われました。
 その成果は、国連総会第1委員会の関連行事として10月にニューヨークで行われた報告会でも発表され、若い世代が核兵器のない世界の実現に向け、国連や各地域でどのように行動し、問題解決のために参画できるかが議論されました。
 今後も志を同じくする人々や団体とともに、「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を継続的に開催していきたいと思います。
 「核兵器の廃絶は私たちの責務であり、権利だ。核廃絶のチャンスが失われるのを、もはや黙って見過ごしはしない」
 「私たち青年は、あらゆる多様性と深い団結のもと、この目標の実現を誓う。私たちは『変革の世代』なのだ」
 国の違いを超えて青年たちが広島で分かち合った誓いが、世界に大きく広がっていけば、乗り越えられない壁などなく、実現できない目標などありません。
 若い世代の心に脈打つ誓いの深さこそが、核兵器によって多くの生命と尊厳が踏みにじられる世界ではなく、すべての人々が平和的に生き、尊厳を輝かせていくことのできる世界を築く何よりの礎なのです。
 私どもSGIは、「変革の世代」である青年の連帯を基盤としながら、核兵器の禁止と廃絶とともに、国連の新目標の達成を後押しし、「誰も置き去りにしない」世界への軌道を確かなものにすることを、ここに固く誓うものです。



語句の解説

注1 持続可能な開発のための2030アジェンダ
 昨年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択された成果文書。宣言のほかに、17分野169項目からなる「持続可能な開発目標」が掲げられている。2030年までに、貧困や飢餓、エネルギーや気候変動など、多岐にわたる課題の包括的な解決を目指している。

注2 長者窮子の譬え
 法華経信解品にある譬喩。幼い頃に家出し、他国を流浪した男が長者の家で仕事を得て、財産管理を任されるまでになったが、財産は自分と無縁のものと思い込んでいた。しかし長者が臨終を迎える時、自分が長者の実の息子であったことを聞かされ、無上の宝聚を求めずして得た喜びで歓喜する物語。「仏」を父、「衆生」を子に譬え、すべての衆生が仏と同じ最極の生命を開くことができるとの法理を示した。

注3 仙台防災枠組
 2030年までの国際的な防災指針をまとめたもので、災害が起こる前からあった問題も含めて解決を目指す「ビルド・バック・ベター」の原則をはじめ、災害リスクの理解や強靱化に向けた防災への投資などを優先行動に掲げている。2005年から推進されてきた「兵庫行動枠組」の成果を踏まえ、昨年3月に採択された。

注4 国連安全保障理事会決議1612
 2005年7月、国連安全保障理事会で採択された決議。紛争下で子どもの命を奪う行為をはじめ、子ども兵士の徴集、学校や病院への攻撃、人道的なアクセスの妨害や拒否など、子どもの権利の重大な侵害行為を監視し報告する仕組みが設けられたほか、安全保障理事会に「子どもと紛争に関する作業部会」が設置された。

注5 パリ協定
 先進国の温室効果ガスの排出量削減を定めた「京都議定書」に代わる新しい枠組み。新興国や途上国を含め、195カ国が削減目標を国連に提出し、国内対策を実施することを義務付けた。2023年から5年ごとに進捗状況を検証する仕組みが設けられ、21世紀後半に排出量を森林などによる炭素吸収量と相殺して「実質ゼロ」にすることも目指されている。

注6 武器貿易条約
 6年以上に及ぶ交渉を経て、2013年4月に国連総会で採択された、通常兵器の国際取引を規制する初めての条約。国際人道法や国際人権法に対する重大な違反をはじめ、テロ防止に関する条約の違反につながらないことなどを輸出の判断基準とし、ジェノサイド(集団殺害)、人道に対する罪、戦争犯罪に使用されることが明白な場合には輸出を禁じている。
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2016-05-08 : 提言 :
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第41回「SGIの日」記念提言「万人の尊厳 平和への大道」

第41回「SGIの日」記念提言「万人の尊厳 平和への大道」
                     (2016・1・26/27付 聖教新聞)

 きょう26日の第41回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田大作SGI会長は「万人の尊厳 平和への大道」と題する提言を発表した。提言ではまず、国連で昨年9月に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の基調をなす、「誰も置き去りにしない」との誓いに触れ、仏法の尊厳観とも相通じるものがあると強調。その尊厳観に立脚し、SGIが国連支援の活動で重視してきた基盤として教育と対話を挙げ、牧口初代会長や戸田第2代会長の思想を通しながら、人間の限りない力を引き出す教育や、歴史創造の最大の推進力となる対話の意義を浮き彫りにしている。続いて、戦後最大規模となった難民問題を踏まえ、5月の「世界人道サミット」で、難民の生命と人権、特に子どもたちを守るための対策とともに、多くの難民を受け入れている国々を支える国際協力の強化を合意に盛り込むことを提案。次に、温暖化防止の合意として先月採択されたパリ協定を軌道に乗せるために、日本と中国と韓国が協力して意欲的な挑戦を進める環境誓約を、日本で今年行われる日中韓首脳会談を機に制定を目指すよう提唱している。最後に軍縮に関連し、紛争やテロの拡大を防ぐために武器貿易条約の批准促進を呼び掛ける一方で、核兵器の問題に言及。ジュネーブで年内に開催予定の核軍縮をめぐる国連の公開作業部会を成功に導くとともに、青年を中心に民衆の連帯を広げる中で核兵器禁止条約の交渉開始を実現させ、核時代に終止符を打つことを訴えている。

民衆の力強い連帯と行動で人道の世紀開く曙光を!!


 私どもSGIが、国連を支援するNGO(非政府組織)としての活動を本格的に開始してから、今年で35年を迎えます。
 2度に及ぶ世界大戦の反省に立ち、国連が掲げてきた目標は、戦争の惨禍を食い止め、差別と抑圧をなくし、人権が守られる世界を築くことにありました。
 それはまた、私どもが信奉する仏法の根幹をなす、「平和」「平等」「慈悲」の理念とも通じ合うビジョンにほかなりません。人間には誰しも幸福に生きる権利がある。その権利を守るために民衆の連帯を広げ、地球上から「悲惨」の二字をなくすことに、SGIの運動の眼目はあり、国連支援はその当然の帰結ともいうべきものなのです。

難民と避難民が6000万人に
 世界で今、多くの人々の生命と尊厳を脅かす深刻な危機が広がっています。
 シリアでの紛争が続く中東をはじめ、各地で難民や国内避難民が急増し、戦闘や迫害から逃れるために家を追われた人々は6000万人にもなります。 
 また相次ぐ災害により、わずか1年の間に1億人を超える人々に被害が及びました。洪水や暴風雨など気候に関連したものが9割近くを占めるといわれ、地球温暖化がもたらす影響の拡大が懸念されます。
 こうした中、国連で史上初となる「世界人道サミット」が、5月にトルコのイスタンブールで行われることになりました。
 これまでのサミットの準備会合でも、かつてない規模で広がりをみせる人道問題への危機意識が高まっています。紛争の早期終結とともに、多くの人々が直面する厳しい状況を打開する道を何としても見いだしていかねばなりません。
 難民問題や災害をはじめとする「人道」をめぐる課題は、長年にわたって私どもが取り組んできたテーマでもありました。
 SGIとしても、国連NGOとして「世界人道サミット」に参加し、信仰を基盤にした団体が人道支援に果たす役割などについての議論を深めながら、市民社会の側から連帯の輪を大きく広げていきたい。
 創価学会が、国連広報局のNGOに登録されたのは1981年でした。
 SGIが、国連経済社会理事会との協議資格を持つNGOとなったのは、私がこの毎年の提言を最初に行った83年のことで、現在まで「平和・軍縮」「人道」「人権」「持続可能な開発」の4分野を中心に活動を続けてきました。
 そこで今回は、私どもが国連支援に取り組む上で基盤としてきたアプローチに触れつつ、人道危機などの地球的な課題を解決するために重要となる視座や、市民社会の役割に焦点を当てて論じたいと思います。

2030年に向けた国連の新目標が採択

「誰も置き去りにしない」との誓い
 国連で昨年9月、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」=注1=と呼ばれる、新しい目標が採択されました。
 2000年に合意され、昨年まで貧困や飢餓などの改善を進めてきたミレニアム開発目標に続くもので、そこで積み残された課題に加え、気候変動や災害といった喫緊のテーマを幅広く網羅し、2030年に向けて包括的な解決を図ることが目指されています。
 何より注目されるのは、目標の筆頭に掲げられた「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」との文言が象徴するように、すべての課題を貫く前提として「誰も置き去りにしない」との誓いが明記された点です。
 極度の貧困層の半減を達成したミレニアム開発目標の取り組みから、さらに踏み込む形で、誰一人として見捨ててはならないことが宣言されたのです。
 具体的には、さまざまな脅威の深刻な影響を受けやすい存在として、子どもや高齢者、障がいのある人をはじめ、難民や移民などを挙げ、最大の留意を促す一方で、そうした人々へのエンパワーメント(内発的な力の開花)が欠かせないことが強調されています。
 また、人道危機の影響を受けた地域の人々や、テロの影響を受けた人々が直面する困難を取り除くことと併せて、弱い立場にある人たちが特に必要とするものに対する支援の強化が呼び掛けられています。

5年に及ぶ紛争が引き起こした被害
 私もこれまで、国連の新目標に「誰も置き去りにしない」との骨格を据えることを訴えるとともに、項目の一つに「すべての難民と国際移住者の尊厳と基本的人権を守ること」を盛り込むよう提唱してきました。
 かつてない規模で難民が増加する中、その状況と真正面から向き合わずして、21世紀の人類の未来は開けないと考えたからです。
 その意味で、国連の新目標にとっての最初の正念場が、難民問題などが議題となる「世界人道サミット」だといえましょう。
 5年近くにわたり紛争が続くシリアでは20万人以上が犠牲になり、人口の約半数が家や故郷から追われる状態に陥っています。
 住居や商店、病院や学校など、あらゆる場所が戦渦に巻き込まれ、避難場所にも攻撃が及んでいるほか、主要な道路が封鎖され、食糧や救援物資の入手が困難になっている地域がいくつもあるといいます。
 その結果、紛争前には、「世界で最も多くの難民を受け入れてきた国」の一つだったシリアが、今では「最も多くの難民が発生している国」になってしまったのです。
 一向にやまない紛争から逃れるため、多くの人が国外脱出を余儀なくされたばかりか、行く先々で危険な目に遭い、家族と離れ離れになった子どもたちも少なくありません。中東を襲った大寒波や、地中海をわたる船の転覆事故などで亡くなった人も大勢います。
 「難民として生きる人生は、動くたびに沈む流砂にはまったようなものだ」(国連難民高等弁務官事務所のプレスリリース、昨年3月12日)
 国連難民高等弁務官を先月まで務めたアントニオ・グテーレス氏は、シリアから逃れた一人の父親が語ったこの言葉を紹介しつつ、状況の深刻さを訴えましたが、どこまで逃れても安心が得られず、先の見えない日々が続く中で生きる縁を失いかけている人は、今も後を絶たないのです。
 アフリカやアジアでも、難民や国内避難民が増加の一途をたどっています。国連難民高等弁務官事務所をはじめとする、さまざまな救援活動が行われてきましたが、依然として、多くの人々が支援を切実に必要とする状況にあるのです。

胸を痛める心が灯す「人間性の光明」
目の前の一人を徹して大切に


戦時中に難民を守り支えた人々
 大勢の難民がヨーロッパに向かうようになり、さまざまな反応が広がる中、国際通信社IPS(インター・プレス・サービス)の記事で報じられていた、イタリアの港町で暮らす人の言葉が心に残りました。
 「彼らも私たちと同じく生身の人間です。私たちは彼らが沖合で溺れているのを見て見ぬふりをしているわけにはいきません」(「進退窮まる移民たち」、昨年5月11日)
 世界人権宣言には、「すべての人は、迫害を免れるため、他国に避難することを求め、かつ、避難する権利を有する」とあります。
 しかしそれ以前に、先の言葉に宿っていたような〝胸を痛める心〟こそが、人権規範のあるなしにかかわらず、どんな場所でも灯すことのできる人間性の光明だと思うのです。
 創価学会平和委員会が協力し、昨年10月に東京で行われた「勇気の証言――ホロコースト展 アンネ・フランクと杉原千畝の選択」でも、その点がテーマとなりました。
 展示では、ナチスの迫害のためにオランダで身を隠す生活に置かれながらも希望を失わなかったアンネ・フランクの生涯とともに、6000人ものユダヤ難民を救うために、訓令に反してビザを発行し続けた日本の外交官・杉原千畝の行動が紹介されました。
 当時、ユダヤ人への迫害が広がっていたヨーロッパで、いくつもの国の外交官たちが、本国政府の方針に背くことを覚悟の上で、自らの「良心」に従う勇気をもって行動し、難民たちを救っていったことが、歴史に刻まれています。
 また、こうした難民の命を守る行動は、アンネの家族の隠れ家生活を命懸けで支えたオランダの女性をはじめ、多くの国の民衆が、人知れず行っていたものでもありました。私は、ここに歴史の地下水脈に流れる「人間性の輝き」をみる思いがしてなりません。
 同じく現代でも、自分たちが住む町に突然現れた難民の姿をみて、どれだけの辛酸を味わってきたことかと胸を痛め、やむにやまれず手を差し伸べてきた人は少なくないと思います。
 その一つ一つの手が、難民の人たちにとって、どれだけ大きな励ましとなり、かけがえのない命綱になってきたことか――。
 このことを考えるにつけ思い起こすのは、マハトマ・ガンジーが、周囲から投げかけられてきた〝大勢の人をすべて救うことなどできない〟との声を念頭に置きつつ、自分の孫に語りかけた言葉です。
 「その時々に、一人の命に触れるかどうかが問題なんだ。何千という人々すべてを見まわすことは、必要じゃない。あるとき、一人の命に触れ、その命を救うことができれば、それこそ私たちが作り出せる大きな変化なんだ」(塩田純『ガンディーを継いで』日本放送出版協会)
 ささやかな行動だったとしても、それがあるかないかは、差し伸べられた人にとって決定的な重みをもつ大きな違いなのです。

人間の苦しみに無縁なものはない
 このガンジーの信条は、私どもSGIが信仰実践の面はもとより、国連支援などの社会的な活動を展開する上でも銘記してきた、「徹して一人一人を大切にする」との精神と深く響き合うものがあります。
 仏法の根幹は、すべての人々の生命の尊厳にありますが、それは釈尊の次の教えが象徴するように、気づきや内省を促す中で説かれてきたものでした。
 「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)
 つまり、自分が傷つけられることを耐えがたく思い、わが身をかけがえのないものと感じる心――その動かしがたい生命の実感を出発点としながら、〝それは誰にとっても同じことではないのか〟との思いをめぐらせていく。
 そして、その「己が身にひきくらべて」の回路を開いていく中で、他の人々の痛みや苦しみが、わが事のように胸に迫ってくる。
 こうした「同苦」の生命感覚を基盤としながら、いかなる人も暴力や差別の犠牲にすることのない生き方を歩むよう、釈尊は呼び掛けたのです。
 仏法が説く「利他」も、自分を無にすることから生まれるものではない。
 それは、自分の存在と切っても切り離せない胸の痛みや、これまで歩んできた人生への愛しさを足場としつつ、人間の苦しみや悲しみに国や民族といった属性による違いなどなく、〝同じ人間として無縁な苦しみなど本来一つもない〟との生命感覚を磨く中で、おのずと輝き始める「人間性の異名」なのです。
 哲学者のカール・ヤスパースも釈尊の評伝をつづる中で、「曚くなりゆく世において、わたしは滅することなき法鼓を打とう」と立ち上がった釈尊の生涯は、「一切の者にむかうとは、ひとりひとりの人にむかうことにほかならない」との決意に貫かれていたと、強調していました(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)
 私どもSGIは、この精神を現代に受け継ぐ形で、目の前の一人の苦しみに寄り添い、共に涙し、喜びもまた共にしながら、手を取り合って生きるつながりを広げてきたのです。

法華経の世界を貫く誓いと歓喜の生命劇

これまでの苦難も人生の糧に変える
 仏法を貫く「徹して一人一人を大切する」との精神には、このような視座に加えて、もう一つの欠くことのできない重要な柱があります。
 それは、これまでどのような人生を歩み、どんな境遇に置かれている人であっても、誰もが「自分の今いる場所を照らす存在」になることができるとの視座であり、確信です。
 目に映る「現れ(これまでの姿)」で人間の価値や可能性を判断するのではなく、人間に本来具わる「尊厳」を見つめるがゆえに、その輝きによって、今ここから踏み出す人生の歩みが希望で照らされることを、互いに信じ合う。
 そして、これまで味わった苦難や試練も人生の糧としながら、自分の幸福だけでなく、人々のため、社会のために「勇気の波動」を広げる生き方を、仏法は促しているのです。
 私どもの信奉する日蓮大聖人は、すべての人々に尊極の生命が具わり、限りない可能性を開花させることができるとの「一切衆生皆成仏道」の法理こそが、釈尊の説いた法華経の真髄であり、仏教全体の肝心であると強調しました。
 法華経では、釈尊とその弟子をはじめとする、多くの人々が織り成すドラマを通じて、この法理が説かれています。
 ――まず、釈尊の説いた教えを理解した弟子の舎利弗が、自分自身にも尊極の生命が具わっていることを心の底から実感し、「踊躍歓喜」する。
 続いて、他の四人の弟子も、その歓喜のままに誓いを立てた舎利弗の姿と釈尊の励ましを目の当たりにして、同じく歓喜し、無量の宝を「求めずして自ずから得た」喜びを表すべく、自分たちの言葉で釈尊の教えを長者窮子の譬え=注2=を通して語りだす。
 こうした誓いと歓喜のドラマが幾重にも続く中、多くの菩薩たちが、人々の幸福のためにどんな困難も乗り越えて行動する決意を、「ともに同じく声を発して」誓い合う。
 そして最後に、釈尊の滅後に、そうした実践を誰が担っていくのかが焦点となった時に、数え切れないほどの地涌の菩薩が現れ、いついかなる時代にあっても、どのような場所においても、行動を貫き通すことを誓願する――。
 そこで広がっているのは、釈尊の教えに触れて、尊極の生命に目覚めて歓喜した弟子たちが、他の人々にも等しく尊極の生命が具わっていることに気づき、自他共にその生命を輝かせ、社会を照らす光明になっていきたいと決意し、次々と誓いを立てていく、〝誓願のコーラス〟ともいうべき光景です。

竜女の成仏の姿が周囲に広げた波動
 なかでも特筆すべき場面の一つは、「私は、大乗の教え(法華経)を弘めて、苦しんでいる人たちを救っていきます」との誓いを立てた幼い少女(竜女)が、誓いのままに行動する姿をみて、多くの人々が「心大歓喜」(心の底からの大歓喜)をもって称えた場面でありましょう。
 その歓喜の渦が巻き起こる中で、数え切れないほどの人々が、自分にも尊極の生命が具わっていることを覚知していきました。
 つまり、当時の通念として、成仏に最も縁遠い存在として捉えられていた幼い少女が、自らの誓いのままに行動する姿を通して周囲に歓喜の波動を広げ、「一切衆生皆成仏道」の法理を証明する希望の存在となっていったのです。
 大聖人も、この法華経の場面を踏まえつつ、人生の苦難を乗り越えようとする女性たちに、「竜女が跡を継ぎ給うか」(御書1262㌻)などの言葉を贈りながら、励まし続けました。
 13世紀の日本にあって、相次ぐ災害に苦しむ民衆を救おうと、為政者を諫めた大聖人は、何度も迫害を受けました。そうした中、流罪の地で弟子たちへの手紙をしたためたり、遠路はるばる訪ねてきた信徒に対し、真心を尽くして激励を重ねられました。
 また、一つ一つの手紙を周りにいる仲間たちと寄り合って読みながら、皆で支え合い、苦難や試練を共に乗り越えていくよう、励まされていったのです。
 私どもSGIが、創価学会の草創期からの伝統としてきた、小単位のグループで開催する座談会にも、そうした「誓い」と「歓喜」と「励まし合い」の世界が息づいています。
 座談会に参加し、悩みがあるのは自分一人ではないと知り、苦難を乗り越えようと奮闘する友の姿に勇気をもらう。そして、決意を新たにした自分の姿が、さらに多くの友の心に力強い勇気を灯していく。
 この励まし、励まされる心と心の往還を通し、一人の誓いが次の一人の誓いへと伝播する中で、困難に直面してもくじけることのない「希望の力」を共にわき立たせていく生命触発の場が、座談会です。
 老若男女、社会的な立場や境遇の違いを問わず、同じ地域に暮らす人々が集まり、かけがえのない人生の物語や心の中に積もった思いに耳を傾け合いながら、共に誓いを深める座談会は、今や世界の多くの国々に広がっています。
 それはまた、世界を取り巻く脅威や危機が拡大し、複雑化する中で、ともすれば埋没し、蔑ろにされがちな〝一人一人の生の重みと限りない可能性〟を取り戻すために、SGIが社会的使命として実践してきた「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」の基盤ともいうべき場にほかなりません。
 平和運動や国連を支援する活力も、そこから生まれているのであり、まさに信仰実践と社会的活動は地続きの関係にあります。
 私どもは、そうした往還作業を通し、「他人の不幸の上に自分の幸福を築かない」「一番苦しんだ人が、一番幸せになる権利がある」との誓いを共々に踏み固めながら、すべての人々の尊厳が輝く世界の建設を目指してきたのです。

貢献的生活を提唱した牧口初代会長 善いことをしないのは悪に通じる「応用の勇気」こそ教育の真価

「独立的生活」がもたらす危険性
 その挑戦を続けてきた私どもが、国連支援の活動において重視してきたのが、教育のアプローチであり、対話の実践です。
 まず、教育に関して言えば、二つの大きな役割に注目してきました。
 第一は、自分自身の行動がもたらす影響を正しく見定めながら、自分にも周囲にもプラスの変化を起こす力を磨く役割です。
 人間教育の先駆者だった創価学会の牧口常三郎初代会長は、1930年に発刊し、SGIの源流ともなった『創価教育学体系』で、人間の生き方には大別して3段階あるとして、「依他的生活」や「独立的生活」から脱却し、「貢献的生活」に踏み出すことを呼び掛けました(『牧口常三郎全集』第5巻、第三文明社)
 「依他的生活」とは、自分が持つ可能性をなかなか実感できず、目の前の状況をどうしようもないものとあきらめたり、周囲や社会の流れに合わせて生きていくほかないと考えてしまうような生き方です。
 また次の「独立的生活」は、自分の人生を舵取りしようとする意思は持ちあわせているものの、自分とは関わり合いのない人々へのまなざしは弱く、他人がどのような状況にあっても、基本的には本人の力で何とかすべきだと考えてしまう生き方といえましょう。
 牧口会長は、そうした生き方がはらむ問題を、次のようなわかりやすい譬えを通して、浮かび上がらせています。
 ――鉄道の線路に石を置く。これはいうまでもなく悪いことである。
 しかし、石を置いてあるのを知っていて、それを取り除かない、つまり善いことをしなかったら、列車が転覆してしまう。結果的には、善いことをしないことは悪いことをしたのと同じである――と。
 つまり、危険があることを知りつつも、自分に被害が及ばないからといって、そのまま放置しておくこと(不善)は、結果において悪と変わらないのであり、「悪行の罪だけは誰でも教えるが、不善の罪をとわないのは理由のないことであり、根本的な社会悪の解決策とはならない」と訴えたのです。
 なぜ〝何もしないこと〟が、悪と同義とまで言い切れるのか――。一見すると理解しがたいかもしれませんが、翻って自分が列車に乗っている身だと想像してみるならば、おのずと胸に去来する思いがあるのではないでしょうか。

「世界市民意識」の涵養が持続可能な未来を築く礎

関係性の網の中で変革の波を起こす
 現代においても、「最大多数の最大幸福を追求する上で、多少の犠牲が生じるのはやむを得ない」といった考え方が、政治や経済をはじめ社会のさまざまな分野でみられます。
 しかし、気候変動の問題一つをとってみても明らかなように、今は自分たちに関係ないように思えても、長期的にみれば、リスクと無縁な場所など地球上のどこにもありません。
 むしろ、他の人々の苦境を半ば看過するような考え方の行き着く先は、人類の生存基盤を突き崩しかねないことに、目を向けるべきだと思うのです。
 自分本位の短期的利益の追求が優先される風潮に警鐘を鳴らしてきた、政治哲学者のマーサ・C・ヌスバウム博士も、世界市民意識の涵養を呼び掛ける中で、こう述べていました。
 「過去のどの時代にも増して、私たちの誰もが、一度も会ったことのない人々に依存し、彼らもまた私たちに依存しています」
 「このグローバルな相互依存の外にいる人は一人もいません」(『経済成長がすべてか?』小沢自然・小野正嗣訳、岩波書店)
 地球的な課題の解決を目指して行動する民衆の連帯の裾野を広げるためには、まずもって、そうした関係性への「想像力」を、教育によって培う必要があるのではないでしょうか。
 人間の歩むべき生き方として「貢献的生活」を挙げていた牧口会長は、「真の幸福は、社会の一員として公衆と苦楽を共するのでなければ得る能ざるもの」(前掲『牧口常三郎全集』第5巻)と訴えましたが、そうした意識を地球大へと広げながら生きていくことが、今日、ますます要請されていると思えてなりません。
 仏法では、この世のすべての存在や出来事は、分かちがたい〝関係性の網〟で結びついており、その相互連関を通じて瞬間瞬間、世界は形づくられているとも説かれています。
 その〝関係性の網〟の中で、自分という存在が生き、生かされていることの実感を、一つまた一つと深めていく中で、「自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない」との地平が、一つ一つ開けてくる。
 そして、〝今ここにいる自分〟を基点とし、変革の波を起こす中で、自らが抱える課題のみならず、周囲や社会の状況をも好転させゆく「プラスの連鎖」を生み出していく――。
 こうした生命感覚を、自分と他者、自分と世界とのつながりを見つめ直すための座標軸の骨格としていくことを、仏法は呼び掛けているのであります。
 その意味からいえば、教育は、人間が他者の苦しみを前にした時に、〝胸の痛み〟を通じて浮かんでくる人生の座標軸の骨格に、一つ一つ肉付けをする上で、絶対に欠かせないものだといえましょう。
 例えば、環境問題や格差の問題にしても、教育による学びを通じて〝背景や原因を見つめるまなざし〟を磨いてこそ、問題に向き合う座標軸がより鮮明になり、揺るぎないものとなるのではないでしょうか。

自分だからこそできる価値創造
 この点に加えて、教育においてもう一つ重要となると思われるのは、困難に直面しても、くじけることなく行動する勇気を発揮していくための〝学び〟の場としての役割です。
 人類を取り巻くさまざまな課題は、貧困や災害といったように呼び名は同じでも、その具体的な様相は、問題が起きている場所や周囲の環境によって、それぞれ異なります。また、先に触れた気候変動のように、さまざまな脅威が引き起こす影響は、同じ地球に生きている以上、いつでもどこでも、誰の身にも及ぶ可能性があるものです。
 そこで必要となるのは、危機が深刻になる前に未然に防ぐとともに、被害に見舞われた場合でも、困難な状況をたくましく立て直していく知恵と行動――いうなれば「レジリエンス」の力を、それぞれの地域で日頃から強めていくことだといえましょう。
 牧口会長が教育の主眼として提起したのも、自分を取り巻く出来事の意味を見極め、能動的に応答する力を磨くことでした。
 教育で得た知識を最大限に生かすために、「応用の機会を見出す習慣」を養いながら、機会を捉えた時には逃さず行動につなげていく。そうした「応用の勇気」を一人一人が発揮することに、教育の目的があると呼び掛けたのです(前掲『牧口常三郎全集』第3巻)
 そこで求められるのは、「先ず応用せらるべき場合の最も多く存在する方面を示して、此の点に注意を集めしめること」(同、現代表記に改めた)であり、正解のようなものを提示することではない。教育で培った〝問題と向き合う道筋を見いだす力〟を糧としながら、自分自身で問題解決の糸口をつかんでいく「応用の勇気」の発揮に焦点を置くべきと強調したのです。
 この自発能動の学びに基づく「応用の勇気」こそ、状況に押し流されず、自らが望む未来を切り開く原動力となるものです。
 例えば、国連が新目標を通して築こうとしている「持続可能な地球社会」にしても、具体的な有り様が最初から決まっているわけではないと思います。
 問題や脅威の現れ方が、それぞれの場所で違うように、方程式で導かれるような“共通解”は、もともと存在しません。
 持続可能性を追求する上で「経済と社会と環境のバランス」に留意するにしても、何か一つの“収束点”に向けて着地を果たすこと自体が、ゴールとなるわけではないはずです。
 近年、刻々と変化する現実に応答する「レジリエンス」の重要性が注目される中、持続可能性の追求が本来目指すべきは、「琥珀に閉じ込められた静止状態ではなく、健全なダイナミズムである」(アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー『レジリエンス 復活力』須川綾子訳、ダイヤモンド社)との主張がなされています。
 先に言及した仏法の〝関係性の網〟に基づく世界観に照らしてみても、深く共感できるものです。
 「持続可能な地球社会」の姿も、一人一人が〝かけがえのないもの〟に思いをはせ、それをいかにして守り抜き、未来につないでいけるのかについて、知恵を出し合い、行動を重ねる中で、具体的な輪郭を帯びて浮かび上がってくるものではないでしょうか。
 であればこそ、今この場にいる自分でなければ発することのできない言葉や行動が生み出す「価値創造」の意義が、いやまして輝いてくると思うのです。
 私は、応用の実行といった表現ではなく、あえて「応用の勇気」との言葉を用いた牧口会長の思いに、一人一人の存在の重みをどこまでも大切にする心と、どんな困難にも屈しない力が人間に具わっていることへの限りない期待を感じてなりません。

8億6000万の夢と変化を生む力
 その意味で私は、国連ウィメン(国連女性機関)が企画し、ニューヨークの国連本部で昨年2月に行われた公開討論会で、アフリカのジンバブエ出身の10代の女性が語った言葉に、強い共感を覚えました。
 「私たちは発展途上国で暮らす8億6000万人の若い女性・女児です。しかし、単に8億6000万という統計上の数字に留まるのではありません。私たちには8億6000万の夢があり、考えがあり、変化をもたらす力があるのです」(国連ウィメン日本協会のホームページ)
 彼女の言葉が示唆している通り、世界で今、脅威や危機が広がれば広がるほど、その問題の大きさを前に埋没しそうになっているのが、一人一人の生の重みであり、限りない可能性だといえましょう。
 それぞれの人間が紡いできた人生の物語や大切な夢をはじめ、心の中に積もった思いや、足元から変化を起こす力までもが、おしなべて見過ごされそうになっているのです。
 私どもSGIが、教育によるエンパワーメントを通じて目指してきたのは、そうした一つ一つの重みをかみしめ合い、互いの可能性を豊かに開花させながら、自分たちを取り巻く現実に力強く応答する力を磨き、鍛え上げていくことにほかなりません。
 なかでも、1982年にニューヨークの国連本部で開催した「核兵器――現代世界の脅威」展以来、地球的な課題の解決に向けての〝民衆発の活動〟の中軸に、私どもが据えてきたのが世界市民教育です。
 SGIでは今述べてきたような教育の二つの役割を踏まえ、さまざまな角度から世界市民教育を展開し、次の四つの柱からなるプロセスを進めていくことを目指してきました。

 ①自分を取り巻く社会の問題や世界が直面する課題の現状を知り、学ぶ。
 ②学びを通して培った、人生の座標軸と照らし合わせながら、日々の生き方を見直す。
 ③自分自身に具わる限りない可能性を引き出すためのエンパワーメント。
 ④自分たちが生活の足場としている地域において、具体的な行動に踏み出し、一人一人が主役となって時代変革の万波を起こすリーダーシップの発揮。
 今回、国連の新目標で「世界市民教育」の重要性が明記されたことを受け、SGIとしても、この四つのプロセスに重点を置いた活動に、さらに力を入れていきたいと思います。

苦しみ抱える人々の声に耳を傾け地球的課題の解決を!

仙台防災枠組で掲げられた原則
 こうした教育のアプローチと併せて、私どもSGIがすべての活動の基盤として重視してきたのが、対話の実践です。
 「誰も置き去りにしない」世界を築くために、まずもって対話は絶対に欠かせない――それは、私自身の信念でもあります。
 人類が直面する課題の解決といっても、その取り組みによって一番に守るべき存在は何か、それを誰がどのようにして守っていけば良いのかについて、常に問い直しながら進むことが大切ではないでしょうか。
 つまり、「厳しい状況に置かれている人々の目線」から出発し、解決の道筋を一緒に考えることが肝要であり、その足場となるのが対話だと思うのです。
 近年、災害や異常気象による深刻な被害が相次ぐ中、昨年3月、仙台で第3回「国連防災世界会議」が行われました。
 採択された仙台防災枠組=注3=では、2030年までに世界の被災者の数を大幅に削減するなどの目標が掲げられましたが、私が注目したのは、原則の一つとして「ビルド・バック・ベター」の重要性が強調されたことです。
 「ビルド・バック・ベター」とは、復興を進めるにあたって、災害に遭う前から地域が抱えていた課題にも光を当てて、その解決を視野に入れながら、皆にとって望ましい社会を共に目指す考え方です。
 防災対策として、独り暮らしの高齢者の家の耐震化を進めたとしても、それだけでは、その人が日々抱えてきた問題――例えば、病院通いや買い物にいつも難儀してきたような状況は取り残されてしまう。こうした被災前から存在する、見過ごすことのできない課題も含めて、復興のプロセスの中で解決を模索していく取り組みなのです。

「三重の楼《たかどの》」の話
 こうした復興の課題を考える時、思い起こすのが、次の仏教説話です。
 ――ある時、富豪が建てた三重の楼を見て、その高さや広さ、壮麗さに心を奪われ、同じような建物が欲しいと思った男がいた。
 自分の家に帰り、早速、大工を呼んで依頼すると、大工はまず基礎工事に取りかかり、一階、二階の工事に入った。
 なぜ大工がそんな工事をしているのか、理解できなかった男は、「私は、下の一階や二階は必要ない。三階の楼が欲しいのだ」と大工に迫った。
 大工はあきれて述べた。
 「それは、無理な相談です。どうして一階をつくらずに二階をつくれましょう。二階をつくらずに三階をつくれましょうか」と(「百喩経」)――。
 その意味で、復興の焦点も、街づくりの槌音を力強く響かせることだけにあるのではない。
 一人一人が感じる〝生きづらさ〟を見過ごすことなく、声を掛け合い、支え合いながら生きていけるよう、絆を強めることを基盤に置く必要があるのではないでしょうか。
 つまり、人道危機の対応や復興にあたって、「一人一人の尊厳」をすべての出発点に据えなければ、本当の意味で前に進むことはできないことを、私は強調したいのです。
 そこで重要となるのが、危機の影響や被害を最も深刻に受けてきた人たちの声に耳を傾けながら、一緒になって問題解決の糸口を見いだしていく対話ではないでしょうか。
 深刻な状況にあるほど、声を失ってしまうのが人道危機の現実であり、対話を通し、その声にならない思いと向き合いながら、「誰も置き去りにしない」ために何が必要となるのかを、一つ一つ浮かび上がらせていかねばなりません。
 何より、つらい経験を味わった人でなければ発揮できない力があります。
 「仙台防災枠組」では、市民や民間団体の役割として、知識や経験の提供などを挙げていますが、なかでも被災地から発信されたものには何ものにも替えがたい重みがあると思います。
 東日本大震災でも、自らが被災者でありながら周りの被災者を励まし、心の支えとなる行動を続け、復興の力強い担い手となってきた人は大勢いました。私どもは復興支援を続ける中でその意義をかみしめながら、防災をめぐる国際会議などで「被災者の声と力が復興を進める重要な鍵となる」と訴えてきたのです。
 同様に、国連の新目標の推進にあたっても、厳しい状況にある人たちの声に耳を傾けることが、各国や国際機関、またNGOなどが、自らの活動の方向性を見定め、さらに実りあるものにする上で外せない一点ではないかと思います。
 その意味で、新目標のとりまとめに尽力した、国連のアミーナ・モハメッド事務総長特別顧問が、国際社会の結束を強めるための要諦について語った次の言葉に深く共感します。
 「この問題は、私たちの人間性の居場所を見つけることにもつながります。課題や紛争が山積し、来る日も来る日も、良いニュースがほとんどないような世界へと迷い込む過程で、私たちが落としてきたものを再び拾い上げる、ということです」(国連広報センターのホームページ)
 対話とはまさに、その人間性を社会が取り戻すために、いつでもどこでも誰でも始めることのできる実践ではないでしょうか。

マータイ博士とイチジクの木
 次に、対話が果たすもう一つの大切な役割は、対立が深まる時代にあって、自分と他者、自分と世界との関係を結び直す契機となり、時代を変革するための新しい創造性を生み出す源泉となることです。
 21世紀の世界を規定する潮流は何といってもグローバル化ですが、多くの人々が生まれた国を離れ、仕事や教育などのために他国に一時的に移動したり、定住する状況はかつてない規模で広がっています。
 多くの国にさまざまな文化的背景を持つ人たちが移り住む中、交流の機会も芽生え始めています。
 しかし一方で、レイシズム(人種差別)や排他主義が各地で高まりをみせていることが懸念されます。
 昨年の提言で私は、各国で社会問題化しているヘイトスピーチ(差別扇動)に警鐘を鳴らしましたが、「どの集団に対するものであろうと、決して放置してはならない人権侵害である」との認識を国際社会で確立することが、焦眉の課題となっているのです。
 排他主義や扇動に押し流されない社会を築くには何が必要となるのか――。
 私は、「一対一の対話」を通して自分の意識から抜け落ちているものに気づくことが、重要な土台になっていくと考えます。
 仏法には「沙羅の四見」といって、同じ場所を見ても、その人の心の状態で映り方が違ってくることを説いた譬えがあります。
 例えば、一つの川を見ても、清流の美しさに感動する人や、どんな魚がいるのかと思う人もいれば、洪水を心配する人もいる。
 問題なのは、その違いが「映り方」の違いで終わらず、結果的に「風景そのもの」を変える可能性をはらんでいることです。
 そのことを物語る具体例として思い起こされるのは、私の大切な友人であったケニアの環境運動家のワンガリ・マータイ博士が、自伝の中で紹介していた話です。
 ――博士が生まれたケニアの村では、皆が「畏敬の念」をもって大切にしていたイチジクの木を中心に、自然が守られていた。
 しかし、アメリカへの留学を終えた博士が、ある時、故郷に立ち寄ると、信じられない光景が広がっていた。
 イチジクの木が立っていた土地を新たに手に入れた人が、「場所を取りすぎて邪魔だ」と考え、イチジクの木を切り倒し、茶畑にするためのスペースがつくられていたのです。
 その結果、風景が一変しただけでなく、「地滑りが頻繁に起こるようになり、きれいな飲み水の水源も乏しくなっていた」と(『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳、小学館から引用・参照)
 自分が限りなく大切にしてきたものが、他の人には邪魔としか映らない――。
 こうした認識の違いが引き起こす問題は、人間と人間、ひいては文化的背景や民族的背景が異なる集団同士の関係にも当てはまるのではないでしょうか。
 つまり、自分の意識にないことは、「自分の世界」から欠落してしまうという問題です。

対話による生命の触発が新たな創造の地平を開拓

ステレオタイプを打ち破るための鍵
 人間はともすれば、自分と近しい関係にある人々の思いは理解できても、互いの間に地理的な隔たりや文化的な隔たりがあると、心の中でも距離が生じてしまう傾向があります。
 しかもそれは、グローバル化が進むにつれて解消に向かうどころか、情報化社会の負の影響も相まって、レッテル貼りや偏見などが、むしろ増幅するような危険性さえみられます。
 その結果、同じ街に暮らしていても、自分と異なる人々とは、できるだけ関わり合いをもたないようにしたり、ステレオタイプ的な見方が先立って差別意識を拭いきれなかったりするなど、相手の姿を〝ありのままの人間〟として見ることのできる力が、社会で弱まってきている面があるのではないかと思われます。
 私は、こうした状況を打開する道は、迂遠のようでも、一対一の対話を通し、互いの人生の物語に耳を傾け合うことから始まるのではないかと訴えたい。
 昨年、国連難民高等弁務官事務所は「世界難民の日」に寄せて、難民となった人たちの物語を紹介するキャンペーンを行い、その物語に触れた人が周囲や友人にも知らせることを併せて呼び掛けました。
 そこで、難民となった人たちの名前と共に紹介されていたのは、「園芸家・母親・自然愛好家」や「学生・兄・詩人」など、国籍の違いに関係なく“身近に感じられる姿”を通して語られる人生の物語であり、今の境遇への思いです。
 たとえ一人の物語であったとしても“身近に感じられる姿”を通して接する経験を持つことができれば、ともすれば一括りに扱われがちな難民の人たちに対する意識も、次第に変わってくるはずです。
 私も以前、デンバー大学のベッド・ナンダ教授と対談した際、インド・パキスタン紛争の勃発(1947年)によって、当時12歳だった教授が、母親と一緒に故郷を逃れて何日も何日も歩き続けた話を、伺ったことがあります。
 後に国際法の道に進み、人権や難民問題の第一人者となった教授が、「あの体験が、私の人生に大きな影響を与えたことは間違いありません。生まれ故郷を離れなければならなかった悲しみは、終生忘れられません」(『インドの精神』、『池田大作全集』第115巻所収)と語った言葉は今も胸に残っています。
 異なる民族や宗教に対する認識も、難民の人々に対するまなざしと同じように、たとえ「一人」でも直接会って話すことができる関係を持てれば、そこから見えてくる“風景”も、おのずと変わってくるのではないでしょうか。その「一人」と胸襟を開いて対話を重ねる中で、意識から抜け落ちていたものが目に映るようになり、自分にとっての世界の姿が、より人間的な輝きを放つようになっていくと思うのです。

心の世界地図を友情で描き出す
 思い返せば、冷戦対立が激化した時代に、反対や批判を押し切ってソ連を初訪問した際(74年9月)、私の胸にあったのは、「ソ連が怖いのではない。ソ連を知らないことが怖いのだ」との信念でした。
 対立や緊張があるから、対話が不可能なのではない。相手を知らないままでいることが対立や緊張を深める。だからこそ自分から壁を破り、対話に踏み出すことが肝要であり、すべてはそこから始まる――。
 モスクワに到着した夜、「シベリアの美しい冬に、人びとが窓からもれる部屋の明かりに心の温かさ、人間の温かさを覚えるように、私どももまた、社会体制は違うとはいえ、人びとの心の灯を大切にしてまいることを、お約束します」と、歓迎宴であいさつしたのは、その偽らざる思いからだったのです。
 時を経て96年6月、キューバを初訪問した時も、思いは同じでした。
 キューバによるアメリカ民間機撃墜事件が起こった4カ月後のことでしたが、平和への意思で一致できれば、どんな重い壁も動かすことができるとの決意で、カストロ議長と率直に意見交換したのです。
 そして、国立ハバナ大学での記念講演で述べた「教育こそが、未来への希望の架橋である」との信念のままに、教育交流をはじめ、文化交流の道を広げる努力を続けてきました。
 それだけに昨年7月、アメリカとキューバが54年ぶりに国交正常化を果たしたことは、本当にうれしく感じてなりません。
 現代において切実に求められているのは、国家と国家の友好はもとより、民衆レベルで対話と交流を重ね、民族や宗教といった類型化では視界から消えてしまいがちな「一人一人の生の重みや豊かさ」を、自分の生命に包み込んでいくことではないでしょうか。
 その中で、一人一人が「心の中にある世界地図」を友情や共感をもって描き出していくことが、自分を取り巻く現実の世界の姿をも変えていくことにつながると訴えたいのです。
 私の師である戸田城聖第2代会長も、さまざまな問題を〝国や属する集団の違い〟の次元だけで捉えて行動することの危険性を、常々訴えていました。
 国が違っても、個人同士の関係からみれば、互いに文化的な生活を送ろうとする人が少なくないはずなのに、ひとたび国家と国家の関係になると、「表面が文化的であっても、その奥は実力行使がくりかえされている」(『戸田城聖全集』第1巻)状況に陥ってしまう、と。
 また、思想の違いが原因となり、「地球において、政治に、経済に、相争うものをつくりつつあることは、悲しむべき事実である」(同第3巻)と述べ、集団の論理のぶつかり合いが“同じ人間”という視座を見失わせる弊害に、警鐘を鳴らしていました。
 そして戸田会長は、どの国の民衆も切望してやまない平和を結束点に、「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(同)との思いを共有する、「地球民族主義」という人間性の連帯の構築を呼び掛けたのです。

創立20周年迎える戸田平和研究所
 その師の名を冠する形で、私が創立した戸田記念国際平和研究所が、「世界的諸宗教における平和創出の挑戦」をテーマにした国際会議を、来月、東京で開催します。
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム、仏教など、異なる宗教的背景を持つ研究者や識者が集まり、宗教が本来持つ「人間の善性を薫発する力」に光を当てながら、暴力や憎悪ではなく、平和と人道の潮流を21世紀の世界で共に高めるための方途を探るものです。
 かつて「世界人権宣言」の起草に携わった哲学者のジャック・マリタンは、さまざまな思想の違いを超えて、人間の行動として外してはならない共通項を掘り当てる「良心の地質学」のアプローチの意義を強調しました(『人間と国家』久保正幡・稲垣良典訳、創文社)
 来月11日に創立20周年を迎える戸田記念国際平和研究所が、「地球市民のための文明間の対話」をモットーに続けてきた活動は、その挑戦を現代で展開してきたものでもあります。
 人間の心を深部において揺り動かすものは、定式化された教条や主張などではなく、その人自身でなければ発することができない〝人生に裏打ちされた言葉の重み〟です。
 そうした言葉の交わし合いによってこそ、互いの生命の奥底にある「人間性の鉱脈」が掘り当てられ、社会の混迷の闇を打ち払う人間精神の光が輝きをさらに増していく。私もその確信で、さまざまな民族的、宗教的背景を持った人々と対話を重ねてきました。
 思うに、歩んできた道が異なる人間同士が向き合うからこそ、一人では見ることのできなかった新しい地平が開け、人格と人格との共鳴の中でしか奏でることのできない創造性も育まれるのではないか。
 そこに、歴史創造の「可能性の宝庫」となり、「最大の推進力」となりゆく、対話の意義があると思えてなりません。
 同じ場所で同じ時間を過ごしながら、対話によって培われた友情と信頼――。その堅実な挑戦の積み重ねこそが、世界平和の創出と地球的な課題の解決のために行動する「民衆の連帯」のかけがえのない礎となると、私は確信してやまないのです。

「世界人道サミット」の共同宣言で難民支援の国際協力を強化

 続いて、国連の新目標が目指す「誰も置き去りにしない」世界を築くために、各国と市民社会の連帯した行動が急務となる課題として、①人道と人権、②環境と防災、③軍縮と核兵器禁止、の三つのテーマに関する提案を行いたい。

子どもの生命と権利を共に守る
 第一の柱は、人道と人権です。
 具体的には、5月にトルコで行われる「世界人道サミット」に関し、二つの提案をしたいと思います。
 一つ目は、深刻の度を増す難民問題について、サミットの場で「国際人権法に基づく対応を第一とすること」を確認した上で、特に難民の子どもたちの生命と権利を守るための対策を強化することを約し合うことです。
 難民の数が戦後最大規模に達する中、多くの受け入れ国の間で、社会不安の広がりや財政負担の増大、また、難民を装う形での入国によってテロ行為が引き起こされることなどへの懸念が生じています。
 こうした点を踏まえ、各国で何らかの対策を講じることが必要になってくるとしても、その対策は対策として、難民問題の対応の基盤は国際人権法の中核をなす「人間の生命と尊厳」の保護に置くことを再確認すべきだと思うのです。
 紛争によって、多くの人々が突然、住み慣れた場所を追われ、生きる希望を奪われた状態は、災害で家を失い、避難生活を余儀なくされた人々の窮状と変わらないものです。
 何より難民の半数以上を占める子どもたちは、なすすべもなく避難するほかなかった、紛争の最大の犠牲者にほかなりません。
 昨年は、紛争下の子どもたちの保護に関する国連安全保障理事会決議1612=注4=の採択から、10周年にあたりました。
 紛争によって子どもたちが暴力や搾取に巻き込まれる事態の防止はもとより、紛争から逃れるために避難を強いられてきた子どもたちを守ることが急務ではないでしょうか。
 この点、ユニセフ(国連児童基金)のアンソニー・レーク事務局長も、「すべての子どもは、あたりまえの子ども時代を平和に享受する権利をもっています」(日本ユニセフ協会のホームページ)と強調しています。
 国連の新目標でも、さまざまな脅威による深刻な影響を受ける存在として、子どもを筆頭に挙げており、この子どもたちの平和的に生きる権利の確保を“扇の要”として、難民への国際的な支援を強化すべきだと訴えたいのです。
 人道危機の解決といっても、子どもたちがつらい経験を乗り越え、未来への夢を抱いて前に進むことができるようになる中で、希望の曙光は輝き始めるのではないでしょうか。
 そうした子どもたちの笑顔はまた、故郷を離れて、新しい場所で生活を立て直そうとしている人々にとって、「生きる力」を取り戻す源泉となっていくに違いないと思うのです。

中東地域で進む受け入れ国支援

 次に、「世界人道サミット」に関する二つ目の提案として、国連が主導する中東地域での受け入れ国支援の強化と、アフリカやアジアなど他の地域でも同様のアプローチを重視することを合意に盛り込むよう、提唱したい。
 現在、世界全体の難民の9割近くが途上国で生活する状況となる中、水の確保や公共サービスの面で影響が出るなど、国際的な協力が得られなければ、受け入れを続けることが困難になってきている地域も少なくありません。
 難民条約の前文では、「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる可能性」への留意を促した上で、「問題についての満足すべき解決は国際協力なしには得ることができない」と記されていますが、この条約の原点に脈打つ国際協力の精神を今一度想起し、難民問題に臨むことが求められていると思うのです。
 私も昨年の提言で、難民となった人々へのエンパワーメント(内発的な力の開花)を進めるにあたって、受け入れ国の青年や女性も一緒に教育支援や就労支援を受けられるような仕組みを各国の協力で設けることを呼び掛けました。
 現在、この難民への支援と、受け入れ国への支援を組み合わせた国連主導の取り組みが、中東の5カ国で行われています。
 「シリア周辺地域・難民・回復計画」と呼ばれるもので、難民への人道支援と併せて、受け入れ国の社会的インフラの向上を図り、住民の生活や雇用を支援していく取り組みです。
 100万人以上のシリア難民が避難したトルコやレバノンをはじめ、多くの難民が身を寄せるヨルダン、イラク、エジプトの負担を国際協力によって軽減し、地域の安定に寄与することが目指されてきました。
 これまで食糧の確保や安全な飲み水の利用、保健に関する分野などで改善が進んでおり、先月には、今後の方針と具体的な目標が打ち出されました。
 私は、この国連主導の計画に関する討議をサミットで行い、課題や経験を共有しながら、資金面での協力を含め、今後の活動を軌道に乗せるために各国が連帯して行動することを、サミットの合意に盛り込むよう訴えたい。
 また、日本の取り組みとして、これまでシリアと周辺国への人道支援を続けてきた経験を生かしながら、今後は特に「子どもたちの未来を育むための支援」に大きな力を注ぐことを呼び掛けたいと思います。
 現在、トルコやレバノンなどでは、難民の子どもたちが学校や一時的な教育施設に通える状況も生まれていますが、大半の子どもは教育から取り残されたままとなっています。
 国連の計画では、さらに多くの難民の子どもが「学ぶ機会」を得られる環境づくりを目指しています。ユニセフと連携し、シリアや周辺国での教育支援を進めてきたEU(欧州連合)とともに、日本がその分野での貢献を果たしてほしいと願ってやみません。
 これに関連して、現在、日本のいくつかの大学が、国連難民高等弁務官事務所と協力して、難民となった若者たちに大学教育の機会を提供する「難民高等教育プログラム」を実施していますが、こうした若い世代への教育支援をあらゆる形で広げていくべきではないでしょうか。

排他主義に流されない人権文化の確立が急務

態度と行動を育む取り組みが焦点に
 市民社会の側からも、難民問題などの人道的課題に連帯して行動することが重要となってきており、SGIでは「すべての人々の尊厳を大切にする世界」を目指す観点から、特に人権教育の推進に力を入れていきたいと考えています。
 国連加盟国の合意として人権教育の国際基準を初めて定めた、「人権教育および研修に関する国連宣言」が採択されて、今年で5周年になります。
 難民と移民に対する偏見や蔑視をはじめ、人種差別や外国人嫌悪の動きが各国でみられる中、宣言の掲げる目的のうち、喫緊の課題になると思うのは次の二つの要素です。
 「自由で平和、多元的で誰も排除されない社会の責任ある一員として、人が成長するよう支援すること」
 「あらゆる形態の差別、人種主義、固定観念化や憎悪の扇動、それらの背景にある有害な態度や偏見との戦いに貢献すること」(阿久澤麻理子訳、アジア・太平洋人権情報センターのホームページ)
 ここで焦点となるのは、自分が差別をしないだけでなく、「誰も排除されない社会」を築くために、偏見や憎悪による人権侵害を許さない気風――すなわち、人権文化を社会に根づかせることにあります。
 この提言の前半で、教育の役割について論じた際、牧口初代会長が〝不善は悪に通じる〟と警鐘を鳴らしたことに言及しましたが、一人一人の行動が鍵を握る人権文化の建設には、そうした不善の意味に対する問い直しが強く求められるのではないでしょうか。
 国連の宣言では、人権に関する知識の習得や理解の深化にとどまらず、「態度と行動を育むこと」を明確に射程に入れているほか、人権教育と研修を「あらゆる年齢の人びとに関わる、生涯にわたるプロセス」と位置付けています。
 これはまさに、人権文化を豊かに花開かせるための要諦がどこにあるのかを、指し示したものにほかならないと思うのです。

SGIの新たな人権教育の展示
 起草段階から宣言の制定を、市民社会の立場から支援してきたSGIは、2011年12月の採択以来、映画「尊厳への道――人権教育の力」の共同制作や上映のほか、意識啓発の展示活動を行ってきました。
 また2013年には、アムネスティ・インターナショナル、人権教育アソシエイツなど他の団体とともに、「人権教育2020」という市民社会ネットワークを立ち上げました。
 国連の宣言や人権教育世界プログラムの推進を後押しする協力を深め合う中、「人権教育2020」では昨年、『人権教育の指標に関するフレームワーク』を出版し、各国での人権教育と研修の実践をより良いものにするためのガイドブックとして利用できるようになっています。
 SGIでは現在、「人権教育2020」に携わる他の団体とも協力し、宣言の採択5周年を期して、新たな人権教育展示を開催する準備を進めています。
 国連の新目標が掲げるさまざまなテーマを人権の角度から掘り下げつつ、「すべての人々の尊厳を大切にする世界」を築くための行動を誓い、共に強めていけるような展示を開催していきたいと思います。

温暖化防止の地域モデルを目指し「日中韓の環境誓約」制定を

世界195カ国がパリ協定に合意
 続いて、第二の柱として環境と防災に関する提案を行いたい。
 一つ目は、地球温暖化の要因である温室効果ガスの削減に関するものです。
 昨年11月から12月にかけて行われた国連気候変動枠組条約の第21回締約国会議で、温暖化防止の新たな合意となるパリ協定=注5=が採択されました。
 世界の平均気温の上昇を産業革命以前の時代から「2度未満」に抑えなければ、深刻な事態を避けることはできないとの懸念が広がる中、先進国のみならず、195カ国が〝共通の枠組みの下での行動〟を約束したことは、大きな意義があるといえましょう。
 目標達成の義務化は見送られたものの、各国がそれぞれ自主的に目標を定め、国内対策を実施することが義務付けられました。
 温暖化の防止は容易ならざる課題ではありますが、世界のほとんどの国の参加を得たことをパリ協定の最大の強みとしながら、各国が人類益に基づく積極的な貢献を果たす流れを協力してつくり出すことが重要ではないでしょうか。
 特に私は、異常気象による被害が相次いでいるアジア、なかんずく、世界の温室効果ガスの排出量の3割を占める、日本と中国と韓国の3カ国が連携し、意欲的な挑戦を先行して進めることを、提唱したいと思います。
 昨年11月、3年半ぶりとなる日中韓首脳会談が、韓国のソウルで開催されました。
 政治的な緊張を乗り越えての首脳会談の再開は、私も繰り返し訴えてきただけに、今回、首脳会談の定期開催を再確認したほか、日中韓の3カ国協力の完全回復が宣言されたことを、うれしく思っています。
 この3カ国協力の端緒となり、中核となってきたのが環境分野での協力です。
 「北東アジアは一つの環境共同体である」とは、3カ国の環境大臣会合で一致をみてきた認識であり、外交関係が悪化した時でも、環境協力をめぐる対話だけは毎年続けられてきた経緯があります。
 私は昨年の提言で、そのさらなる発展を願い、日中韓による「持続可能なモデル地域協定」を提案したところでした。
 大気汚染や黄砂といった、地域で焦点となっている課題とともに、温暖化防止のための地域協力を強めていくならば、パリ協定の目標達成に向けての重要な一つの足場となるに違いありません。
 具体的には、省エネルギーの分野をはじめ、再生可能エネルギーや3R(廃棄物の発生抑制、再使用、再資源化)の分野などで知識や経験を共有し、その相乗効果をもって3カ国が「低炭素社会」への移行をともに加速させていってはどうでしょうか。
 今年は日本で首脳会談の開催のほか、青年たちが北東アジアの平和や環境について話し合う「日中韓ユース・サミット」の開催が予定されています。
 そこで私は、パリ協定の目標となる2030年までの温暖化防止の協力に焦点を当てた「日中韓の環境誓約」の制定を、今年の首脳会談を機に目指していくことを呼び掛けたい。
 また、日本でのユース・サミットの開催を大成功に導きながら、3カ国の青年たちが創造的なアイデアと活動の経験を共有するための仕組みを設けることや、若い世代の発案による意欲的な活動と環境協力のための青年交流の支援を、3カ国の共同事業として立ち上げることを提案したいと思います。

世界各国の都市が連携強め低炭素社会への移行を加速

多くの市民の納得と誇りが推進力に
 次に私が、こうした国家間の協力に加えて呼び掛けたいのは、各国の都市が温暖化防止対策で連携し、パリ協定の推進を牽引する水先案内人の役割を担っていくことです。
 面積でいえば、地球の陸地部分のわずか2%にすぎない都市は、世界全体における炭素排出量の75%、またエネルギー消費の60%以上を占めるといいます。
 それだけ大きな環境負荷が世界の都市で生じているわけですが、この事実は半面で、「都市が変われば、世界が大きく変わる」可能性を示したものとはいえないでしょうか。
 確かに、密集性という都市の特徴は、さまざまな問題が一カ所に集中し、より大きな負荷を生み出す弱点ともなります。
 しかし一方で、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの導入といったように、都市が「低炭素社会」に向けて本格的に舵を切れば、その密集性によって効果が絶大なものとなることが期待されます。
 2年前に行われた「国連気候サミット」を契機に、世界の都市が独自の削減目標を立てて行動を起こす「首長誓約」と呼ばれる動きも始まっており、すでに400以上の都市が加わっています。
 ひとたび都市が新しい方向に動きだせば、変化が目に見える形で現れ、その手応えがまた、多くの市民に納得と誇りをもたらす。そこから市民の協力がさらに広がり、持続可能な社会に向けた勢いが増す――。
 こうした都市が持つ〝プラスの連鎖〟のダイナミズムこそが、パリ協定の達成に向けた各国の自主的な努力を軌道に乗せるエンジンになると思うのです。
 私は以前、国連の新目標を制定する出発点となった4年前のリオ+20(国連持続可能な開発会議)への提言で、多くの人が「これこそが私たちが果たすべき共通目標である」と納得し、そのために協力したいと思える目標を打ち立てるべきと訴えました。
 国連の新目標でテーマの一つに掲げられた「持続可能な都市」は、自分の足元での努力の積み重ねが、地球環境にとっての大きなプラスの変化につながるという意味で、まさに多くの人々が納得と誇りをもって取り組むことができる挑戦であると強調したい。

ハビタット3で対話フォーラム
 10月には、南米のエクアドルで第3回「国連人間居住会議」(ハビタット3)が行われます。
 各国政府だけでなく、地方自治体が公式に意見を表明できるこの会議は、それぞれの実績や教訓を分かち合いながら、「持続可能な都市」に向けた連携を国家の枠を超えて広げる絶好の機会となるものです。
 環境運動家のワンガリ・マータイ博士がケニアで始めた「グリーンベルト運動」も、1976年にカナダで行われたハビタット1に参加し、勇気づけられたことが契機となったといいます。
 「バンクーバー周辺の美しい環境や、私と同じように環境に対する懸念を募らせている人々とのふれあい」が、「失敗に落胆していた私が必要としていた気付け薬だった。私は再び元気をもらい、自分の考えをうまく実現させようと決意してケニアに帰ってきた」と(『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳、小学館)
 国や住む街が違っても、自分の子どもや孫たちの世代に〝より良い環境〟を残したいという気持ちに変わりはないはずです。
 先ほど私は、国レベルでの日中韓協力を呼び掛けましたが、ハビタット3の開催に合わせ、3カ国の地方自治体や環境分野で活動するNGO(非政府組織)の代表などが集まる形で、「環境協力のための自治体対話フォーラム」を開催してはどうでしょうか。
 昨年3月、仙台で第3回「国連防災世界会議」が行われた際、SGIの主催で、防災・減災分野で活動する日中韓の市民団体の代表らが参加するシンポジウムが開催されました。
 席上、シンポジウムを後援した日中韓三国協力事務局の陳峰事務次長が、「3カ国のうち、どこか1国で発生した災害は、他の2国にも同様に大きな苦しみを与える。ゆえに防災は、常に優先して協力すべき課題である」と強調しましたが、環境問題も同様の性質をもった課題であるといえましょう。
 日中韓3カ国の地方自治体の間では、合計で600を超える姉妹交流が結ばれています。この姉妹交流の絆を基盤としながら自治体同士の協力を広げ、互いの暮らす街が同じ「環境共同体」に属している意識を深め合っていくことは、日中韓3カ国の友好と未来にとって非常に大きな財産となっていくに違いないと、私は確信するのです。

生態系保全による防災・減災の活動
 二つ目の提案は、「生態系を基盤とした防災・減災」に関するものです。
 現在、世界で約8億人が飢餓や栄養不良に苦しむ中、食糧生産の基盤となる世界の土壌の3割が劣化した状態にあります。
 土壌は農業のみならず、水の貯蔵や炭素の循環をはじめ、生態系において欠くことのできないものでありながら、長い間、十分な注意が払われない状態が続いてきました。
 わずか1センチの厚さの土壌がつくられるまで100年以上も要するにもかかわらず、いったん劣化してしまうと簡単には再生できないのが、土壌なのです。
 また森林についても、減少率は鈍化していますが、毎年1300万ヘクタール(日本の面積の3分の1に相当)が失われているといわれ、生物多様性への影響など環境面で深刻な事態を招くことが懸念されています。
 国連の新目標でも、「土地の劣化の阻止・回復」や「持続可能な森林の経営」が掲げられており、生態系の保全や、炭素の貯留という温暖化防止の面でも、待ったなしの課題となっているといえましょう。
 近年、こうした生態系を守る取り組みは、防災の観点からも重要な意味を持つとの考え方が広がってきました。
 「生態系を基盤とした防災・減災」と呼ばれるもので、2004年にスマトラ島沖地震が起きた際、マングローブ林があった場所となかった場所との間で、津波による被害に大きな差があったことをきっかけに、注目されるようになったアプローチです。
 これまで砂丘を安定化させるための植林や、湿地を活用した水害防止、洪水被害を抑えるための都市緑化をはじめ、さまざまな取り組みが世界各地で進められてきました。
 特筆すべきは、その地域で暮らす人々による意欲的で継続的な関わりが何よりの支えとなる点です。
 5年前の東日本大震災によって被災した地域では、子どもたちも参加して、海岸防災林の再生や整備のために苗木を植える活動などが行われています。
 そうした活動は、地域における生態系の大切さを共にかみしめ合ったり、〝自分が植えた木が誰かの命を守ることにつながるかもしれない〟といった思いを広げる機会ともなってきているのです。
 このように皆で汗を流した体験の後、その場所を通るたびに目に映る〝風景〟は、以前にもまして「かけがえのないもの」として胸に迫ってくるのではないでしょうか。
 自分の日々の生活が、地域の生態系によって知らず知らずのうちに支えられているのと同じように、地域の環境や防災を支える上で自分の関わりが「なくてはならないもの」であることを心の底から実感する――そんな一人一人の思いが、年々、成長する一本一本の木と分かちがたく結びついていく中で、地域のレジリエンスは揺るぎない強さを帯びるようになるに違いないと、私は考えます。
 つまり、自分たちの手で地域の生態系を守ることがそのまま、地域の“未来”と“希望”を育むことにつながっていくのです。

若者と子どもは社会変革の主体
 折しも国連では、「持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」に続く取り組みとして、「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム」が始まっています。
 そこでは、重点項目の一つに「若者の参加の支援」が挙げられていますが、私はその一環として、植樹をはじめとする「生態系を基盤とした防災・減災」の取り組みを、若者や子どもたちと一緒になって、各地域で積極的に推進していってはどうかと提案したい。
 昨年3月の第3回「国連防災世界会議」で採択された仙台防災枠組でも、災害リスクの削減には社会をあげての関わりと協力が必要であるとし、若者と子どもを〝変革の主体〟と位置付けて、防災に貢献できるような環境づくりが欠かせないと強調されています。
 これまでSGIは、他のNGOとともに「ESDの10年」の制定を呼び掛けた2002年以来、「変革の種子」展や「希望の種子」展などの環境展示を各地で行ってきました。
 この展示は、小・中学校や高校の生徒たちが数多く訪れる環境教育の場ともなってきたものです。
 私どもがESDを重視してきた理由も、人間と環境との切っても切れないつながりを学びながら、教育の重要課題として牧口初代会長が提起していた「応用の勇気」を、子どもから大人にいたるまで、それぞれの地域で力強く発揮する輪を広げていきたいとの思いからにほかなりません。
 このように地域を足場にした行動を積み重ねる中で、地球環境を守るための確かな軌道も敷かれていくのではないでしょうか。

武器貿易条約への批准促進で紛争やテロの拡大を防止

通常兵器の拡散が招いた甚大な被害
 最後に第三の柱として、軍縮と核兵器禁止に関する提案をしておきたい。
 一つ目は、人道危機の悪化や各地で相次ぐテロ行為の背景にある「通常兵器の拡散」に歯止めをかけるための制度強化です。
 紛争地域に大量に流入した拳銃や自動小銃などの小型武器によって、毎年、世界で非常に多くの人たちが命を落としています。
 この〝事実上の大量破壊兵器〟とも呼ばれる小型武器をはじめ、戦車やミサイルなど通常兵器の取引を包括的に規制する武器貿易条約=注6=が、2014年12月に発効しました。しかし、現在の批准国は79カ国で、焦点となる武器移転の報告制度のあり方についても合意をみていません。
 昨年8月、メキシコで第1回締約国会議が行われましたが、報告内容を一般に公開するのか、対象となる武器はどこまで範囲が及ぶのかなど、多くの点で意見が完全には集約できず、結論が持ち越されることになったのです。
 武器取引の規制は、21世紀の世界の平和を展望する上で決して放置することのできない課題として、私も1999年以来、毎年の提言などで繰り返し訴えてきたテーマでした。
 難民問題が深刻化する今、この条約を基盤にして通常兵器の蔓延に終止符を打つことが、ますます切実な課題となっています。
 多くの武器の存在が、紛争の泥沼化を招く要因となり、多くの人々を難民状態に追いやる状況を生み続けているだけでなく、紛争が終結しても再燃の恐れが残るために、人々が安心して帰還する道までも塞いでしまうのです。
 なかでも小型武器は、持ち運びや取り扱いが容易であるため、子どもたちが兵士として動員される状況も招いています。
 その結果、世界で30万人もの子どもたちが、兵士として戦闘に参加させられ、命を落としたり、心に深い傷を負っているのです。
 また、各地で相次ぐテロの拡大を防ぐ上でも、通常兵器の取引を厳格に規制することは避けて通れない取り組みです。
 これまで、テロ防止のための条約が数多く整備されてきましたが、武器貿易条約との相乗効果によって、テロ防止の体制を強化することが急務ではないでしょうか。
 紛争の長期化や難民の増大に加え、子ども兵士やテロ問題の背景にあるのが、通常兵器の蔓延にほかならず、武器貿易条約を柱に、各地で高まる〝憎しみと暴力の連鎖〟を押しとどめる防波堤を築き上げねばならないと訴えたいのです。
 国連の新目標でも、武器取引は「暴力、不安および不正義を引き起こす要因」であるとし、2030年に向けて違法な武器取引を大幅に減少させることが打ち出されました。
 私は、この目標を軌道に乗せる誓いの証しとして、各国が武器貿易条約への批准を早急に果たしていくことを呼び掛けたい。
 また、報告制度についても、情報の一般開示や、武器取引の数量の明記など透明性を十分に確保し、条約の実効性を運用面でも高めることを望むものです。

原爆投下70年を機に高まった核なき世界を求める連帯

合意なく閉幕したNPT再検討会議
 二つ目の提案は、核兵器の禁止と廃絶に関するものです。
 広島と長崎への原爆投下から70年となった昨年、ニューヨークの国連本部でNPT(核拡散防止条約)再検討会議が行われましたが、最終合意を得られないまま閉幕しました。
 2010年の再検討会議での最終文書で、核兵器使用の非人道性と国際人道法の遵守への言及が盛り込まれて以来、3回にわたって「核兵器の人道的影響に関する国際会議」が開催されるなど、非人道性への懸念が幅広く共有されるようになりました。
 しかしながら、今回の会議でも核保有国と非保有国との溝は依然として埋まらず、この歴史的な節目にNPT加盟国の総意としての合意が実らなかったことは、極めて残念な結果と言わざるを得ません。
 それでも、希望が完全に失われたわけではありません。注目すべき動きが、さまざまな形で起こっているからです。
 その動きとは、①核問題を解決するための連帯を誓う「人道の誓約」の賛同国が拡大していること、②昨年末の国連総会で事態の打開を求める意欲的な決議がいくつも採択されたこと、③市民社会で核兵器の禁止と廃絶を求める声が高まる中、信仰を基盤にした団体による取り組みや、若い世代による行動が広がっていること、であります。
 このような新しい動きを突破口に「核兵器のない世界」への道筋を描き出し、具体的な行動をもって実現に導く挑戦を開始しなければならないと訴えたい。

一切を無にする非人道性の極み
 今月6日、北朝鮮が核実験を行う中、核拡散の脅威が高まり、国際社会の懸念が強まっています。
 どの地域であれ、ひとたび核兵器が使用され、核攻撃の応酬が始まるような事態が起これば、どれほど多くの人々が命を奪われ、後遺症に苦しむことになるのか計り知れません。
 そればかりか、山積する地球的な課題に対し、どれだけ努力を尽くしていったとしても、すべて一瞬にして無に帰してしまう元凶となりかねないのが、いまだ世界に1万5000発以上も存在する核兵器であるといってよい。
 例えば、難民問題一つをとってみても、核兵器の爆発による影響は国境を越えて非人道的な被害を及ぼすだけに、6000万人という現在の世界の難民の数をはるかに上回る、数億もの人々が住み慣れた場所から逃れ、避難生活を強いられる恐れがあります。
 また、わずか1センチの厚さを形成するのに最長で1000年を要するといわれる土壌を守るために、どれだけ努力を重ねたとしても、その土壌が核爆発によって広範囲にわたり汚染されてしまいかねません。
 さらに最近の研究によれば、核攻撃の応酬が局地的に行われただけでも、深刻な気候変動が生じることが予測されており、「核の飢饉」と呼ばれる食糧危機が起こるとともに、人間の生存基盤である生態系に甚大な影響が及ぶことへの警鐘が鳴らされています。
 これまで貧困や保健衛生の改善のために積み上げてきた国連のミレニアム開発目標の成果も、その後継として始まった国連の新目標の取り組み――例えば、防災や持続可能な都市づくりにしても、あらゆる取り組みの意味を根底から突き崩してしまうのが、核兵器の存在なのです。
 こうした破滅的な末路が避けられず、計り知れない犠牲を世界中に強いることになったとしてもなお、核兵器によって担保しなければならない国家の安全保障とは一体何でしょうか。
 国を守るといっても、多くの人々に取り返しのつかない被害を及ぼす結果を前提に組み上げるほかない安全保障とは、そもそも何を守るために存在するのでしょうか。それはつまるところ、本来守るべき民衆の存在を捨象した安全保障になりはしないでしょうか。
 現代まで続く軍事的競争の端緒となった20世紀の初頭(1903年)に、ある分野での競争が目的に適う手段として機能しない状態が続くと、競争の形式や質的な転換が迫られるようになると分析していたのが、私どもの先師である牧口初代会長でした。
 「交戦漸く久しきに亘れば、内国諸般の方面に影響を及ぼし、其極《そのきわみ》、国力の疲弊は免るべからざれば、其れによりて得る所は容易に喪《うしな》う所を償《つぐな》う能《あた》わず」(『牧口常三郎全集』第2巻、第三文明社、現代表記に改めた)
 牧口会長がこう指摘していた軍事的競争の限界は、第1次世界大戦と第2次世界大戦を経て、冷戦時代から現代にいたるまでの核軍拡競争によって、行き着く所まで行き着いてしまったのではないでしょうか。

国連の公開作業部会で一致点を見いだし核兵器禁止の交渉開始を


CTBTの制度が果たす人道的貢献
 実際、非人道性の観点からも、軍事的な有用性の面からも、核兵器が〝使うことのできない兵器〟としての様相を一層強めていく中で、軍事的競争の限界から生じた「人道的競争への萌芽」ともいうべきものが、一つの形を結ぶまでになってきています。
 それは、CTBT(包括的核実験禁止条約)の採択を機に誕生した国際監視制度が、さまざまな形で果たしてきた貢献です。
 条約は今なお、残り8カ国の批准が得られず発効にいたっていませんが、核爆発実験を探知する監視制度は、条約機関(CTBTO)の準備委員会によって整備されてきました。
 先日の北朝鮮の核実験をめぐる地震波の検知や放射性物質の観測のような本来の役割に加えて、最近では、世界中に張りめぐらされた監視網を活用して、災害の状況や気候変動の影響を幅広くモニターする活動なども行われるようになっています。
 例えば、海底地震の探知によって津波警報を早期に発令できるように支援したり、火山噴火の状況を監視して航空機のパイロットへの警戒情報につなげたり、大規模な暴風雨や氷山の崩壊を追跡するなど、〝地球の聴診器〟としての重要な役割を担ってきました。
 国連の潘基文事務総長が、「CTBTは、まだ発効していないうちから命を救っています」(IPS通信「核実験を監視するCTBTOは眠らない」、昨年6月17日)と功績を称えたように、核軍拡と核拡散に歯止めをかけるための制度が、多くの生命を守るという人道的な面でも欠くことのできない存在となっているのです。
 条約採択から20周年となる本年、残りの8カ国が一日も早く批准を果たし、CTBTを名実ともに力強く機能させ、核実験が二度と行われることのない世界への道を開くよう、あらためて呼び掛けたい。
 そして、核問題解決への取り組みを加速させ、軍縮の促進はもとより、CTBTの採択を土台に生まれたこの活動のような「世界の人道化」に向けた潮流を、本格的に強めていくべきではないでしょうか。

民衆の犠牲を前提にした安全保障
 かつて、冷戦対立の激化で核開発競争がエスカレートする中、私の師である戸田第2代会長は「原水爆禁止宣言」(1957年9月)を発表し、次のように訴えました。
 「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)
 つまり、核実験の禁止を求める世界の人々の切実な声に共感を寄せつつ、さらにそこから踏み込んで、多くの民衆の犠牲の上にしか成り立たない安全保障の根にある生命軽視の思想を克服しない限り、本当の意味での解決はありえないことを強調したのです。
 この師の叫びを胸に、私は、核問題の解決は核兵器保有の「奥に隠されているところの爪」を取り除くこと――すなわち、「目的のためには手段を選ばない」「他国の民衆の犠牲の上に安全や国益を追い求める」「将来への影響を顧みず、行動をとり続ける」といった現代文明に深く巣食う考え方を転換し、世界を人道的な方向に向け直す挑戦にほかならないと考え、行動を続けてきました。
 地球上に核兵器が存在する限り、核抑止力を保持し続けるしかないといった考え方が、核保有国やその同盟国の間に、いまだ根強くあります。
 しかし、核抑止力によって状況の主導権を握っているようでも、偶発的な事故による爆発や誤射の危険性は、核兵器を配備している国の数だけ存在するといってよい。
 その脅威の本質から見れば、核兵器の保有が実質的に招いているのは、自国はおろか、人類全体の運命までもが〝核兵器によって保有されている〟状態ではないでしょうか。
 核兵器の威嚇と使用に関する違法性が問われた国際司法裁判所の勧告的意見において、NPT第6条の規定を踏まえ、「すべての側面での核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる義務が存在する」との見解が示されてから、今年で20年を迎えます。
 にもかかわらず、核軍縮の完結の見通しが一向に立たないどころか、すべての保有国が参加する形での誠実な交渉が始まっていない現状は、極めて深刻であるといえましょう。

「人道の誓約」と意欲的な国連決議
 こうした状況の打開を求めて、昨年のNPT再検討会議への提出以来、賛同国が広がっているのが「人道の誓約」です。
 「核兵器を忌むべきものとし、禁止し、廃絶する努力」を、国際機関や市民社会などと協力して進める決意を明記した誓約には、国連加盟国の半数を優に超える121カ国が参加するまでになっています。
 その誓約の中で、早急に開始すべき具体策として提起されているのが、核兵器の禁止および廃絶に向けた法的なギャップを埋めるための効果的な諸措置を特定し、追求することです。
 昨年の国連総会でも、その追求を呼び掛ける決議がいくつも提出される中、効果的な措置について実質的な議論をするための公開作業部会の開催を求める決議が採択されました。
 決議では、ジュネーブで年内に行われる公開作業部会を「国際機関や市民社会の参加と貢献を伴って招集すること」と併せて、「全般的な合意に到達するための最善の努力を払うこと」が明記されています。
 NPT再検討会議での停滞を乗り越えて、実りある議論を行い、国際司法裁判所が勧告していた「核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる」道を何としても開くよう、強く呼び掛けたい。
 非人道性の観点からも、特に私は、①核報復のための警戒態勢の解除、②〝核の傘〟からの脱却、③核兵器の近代化の停止、の3項目について、市民社会の声も踏まえながら議論を進めることを提案したい。
 最初の2点について言えば、非人道性の観点からも軍事的な有用性の面からも、核兵器が実質的に〝使うことのできない兵器〟となっている状況を踏まえ、まずもって着手すべき課題だと考えるからです。
 2度の世界大戦を機に、各国が開発を競った化学兵器や生物兵器が、その非人道性ゆえに、どの国にとっても〝使うことが許されない兵器〟となった歴史を、今一度、想起すべきではないでしょうか。
 以前、アンゲラ・ケイン前国連軍縮担当上級代表もこう訴えていました。
 「どれだけの国が今日、自らが『生物兵器保有国』であることや『化学兵器保有国』であることを誇るでしょうか。攻撃か報復であるかにかかわらず、いかなる状況下であれ、腺ペストやポリオが兵器として使用されることが合法であると、誰が論じているでしょうか。私たちが、〝生物兵器の傘〟について話をすることがあるでしょうか」(2014年4月、ニュージーランドのビクトリア大学での講演)
 何より、軍事・安全保障上の核兵器の役割低減は、2010年の再検討会議での最終文書でも、保有国が速やかに取り組むべき課題の一つとして明確に掲げられていたものでした。
 その意味からも注目すべきは、昨年、ブラジルなどが国連総会に提出した決議で、核兵器の役割を低減させる取り組みを「核保有国を含む地域同盟の一員であるすべての国」に奨励したことに加え、日本が主導した決議においても、「関係する加盟国」に対して役割低減に向けた見直しが呼び掛けられた点です。
 この総会決議を主導した日本は、「関係する加盟国」の先頭を切る形で、〝核の傘〟による安全保障からの転換に着手すべきではないでしょうか。
 G7(主要7カ国)のサミットに先立ち、4月に広島で外相会合が行われますが、核兵器の非人道性に関する議論をはじめ、北朝鮮の核開発などの拡散防止の問題や、北東アジアの非核化に向けた核兵器の役割低減についても議論を行うことを強く望むものです。

核開発と近代化が世界に及ぼす弊害
 3点目の「核兵器の近代化」がもたらす問題については、昨年の提言でも警鐘を鳴らしましたが、核兵器の維持のために年間1000億ドル以上もの予算を費やし続けることにより、結果として〝地球社会の歪み〟を半ば固定化する恐れがあることです。
 南アフリカ共和国などが提案した総会決議でも、この点に関し、「人間の基本的ニーズがいまだ充足されていないこの世界では、保有核兵器の近代化に充てられる膨大な資金は、このような目的でなく持続可能な開発目標を達成するために振り向けることができる」(「核兵器・核実験モニター」第482―3号)と、提起されたところでした。
 このまま核兵器の近代化を進めることは、次の世代やそのまた次の世代まで、核兵器の脅威にさらされることを意味するだけではありません。核兵器が使用されない状態が続いたとしても、国連の新目標を達成するための道を閉ざしかねず、〝地球社会の歪み〟が今後も続く事態を意味するのではないでしょうか。
 「核軍縮は国際的な法的義務であるのみならず、道徳的・倫理的至上命題である」(同)とは、総会決議の提案にあたって南アフリカ共和国の代表が訴えた言葉であります。
 その思いは、原爆投下によって筆舌に尽くしがたい苦しみを味わってきた被爆者や、核開発と核実験の影響で被害を受けた各地の〝ヒバクシャ〟をはじめ、「人道の誓約」に賛同した国々、そして平和を求める多くの人々の一致した思いではないでしょうか。
 私どもSGIも、昨年のNPT再検討会議で発表された「核兵器の人道的結末に対する信仰コミュニティーの懸念」と題する共同声明に加わり、キリスト教、ユダヤ教、イスラムなどの各団体の代表とともに、次のようなメッセージを発信しました。
 「核兵器は、安全と尊厳の中で人類が生きる権利、良心と正義の要請、弱き者を守る義務、未来の世代のために地球を守る責任感といった、それぞれの宗教的伝統が掲げる価値観と相容れるものではない」
 「核兵器を禁止する新たな法的枠組みに関する多国間交渉について、すべての国々に開かれた、いかなる国も阻止できない場における、これ以上の遅滞ない開始を訴える」
 核開発競争は、軍事面でも意味を失いつつあるどころか、保持し続けるだけで世界に深刻な負荷を与え続けるという意味で、かつて牧口初代会長が軍事的競争の限界を論じていたように、実質的に破綻をきたしているとの認識に立つべきだと思うのです。
 年内にジュネーブで行われる公開作業部会で、「核兵器のない世界の達成と維持」のために必要となる効果的な措置をリストアップし、国連のすべての加盟国が取り組むべき共同作業の青写真を浮かび上がらせることができるよう、建設的な議論を行うことを切に希望するものです。
 そして、2018年までに開催されることになっている「核軍縮に関する国連ハイレベル会合」を目指し、核兵器禁止条約の締結に向けた交渉開始を実現に導くことを訴えたい。

青年世代の誓いの深さが人類の未来を決する鍵に

世界青年サミットを継続的に開催
 明年は、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」発表から60周年にあたります。
 この宣言を原点に活動を続けてきたSGIとしても、核兵器のない世界への潮流をいよいよ揺るぎないものに高めていきたい。
 そして、多くの国と市民社会が力を合わせ、民衆のイニシアチブによる“国際民衆法”としての意義も込めながら、核兵器の禁止と廃絶を何としても実現したいと決意するものです。
 「核兵器は過ぎ去った時代の象徴でありながら、今も現実の世界に甚大な脅威を突きつけています。しかし、私たちが紡いでいく未来には核兵器の居場所などありません」
 昨年8月、広島で行われた「核兵器廃絶のための世界青年サミット」で発表された「青年の誓い」の冒頭の一節です。
 SGIなど6団体からなる実行委員会が主催し、23カ国から青年が集ったサミットには、アフマド・アレンダヴィ国連事務総長青少年問題特使も出席し、被爆体験の継承や同世代の意識啓発をはじめ、人類共通の未来を守るための行動が誓い合われました。
 その成果は、国連総会第1委員会の関連行事として10月にニューヨークで行われた報告会でも発表され、若い世代が核兵器のない世界の実現に向け、国連や各地域でどのように行動し、問題解決のために参画できるかが議論されました。
 今後も志を同じくする人々や団体とともに、「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を継続的に開催していきたいと思います。
 「核兵器の廃絶は私たちの責務であり、権利だ。核廃絶のチャンスが失われるのを、もはや黙って見過ごしはしない」
 「私たち青年は、あらゆる多様性と深い団結のもと、この目標の実現を誓う。私たちは『変革の世代』なのだ」
 国の違いを超えて青年たちが広島で分かち合った誓いが、世界に大きく広がっていけば、乗り越えられない壁などなく、実現できない目標などありません。
 若い世代の心に脈打つ誓いの深さこそが、核兵器によって多くの生命と尊厳が踏みにじられる世界ではなく、すべての人々が平和的に生き、尊厳を輝かせていくことのできる世界を築く何よりの礎なのです。
 私どもSGIは、「変革の世代」である青年の連帯を基盤としながら、核兵器の禁止と廃絶とともに、国連の新目標の達成を後押しし、「誰も置き去りにしない」世界への軌道を確かなものにすることを、ここに固く誓うものです。


語句の解説

注1 持続可能な開発のための2030アジェンダ
 昨年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択された成果文書。宣言のほかに、17分野169項目からなる「持続可能な開発目標」が掲げられている。2030年までに、貧困や飢餓、エネルギーや気候変動など、多岐にわたる課題の包括的な解決を目指している。

注2 長者窮子の譬え
 法華経信解品にある譬喩。幼い頃に家出し、他国を流浪した男が長者の家で仕事を得て、財産管理を任されるまでになったが、財産は自分と無縁のものと思い込んでいた。しかし長者が臨終を迎える時、自分が長者の実の息子であったことを聞かされ、無上の宝聚を求めずして得た喜びで歓喜する物語。「仏」を父、「衆生」を子に譬え、すべての衆生が仏と同じ最極の生命を開くことができるとの法理を示した。

注3 仙台防災枠組
 2030年までの国際的な防災指針をまとめたもので、災害が起こる前からあった問題も含めて解決を目指す「ビルド・バック・ベター」の原則をはじめ、災害リスクの理解や強靱化に向けた防災への投資などを優先行動に掲げている。2005年から推進されてきた「兵庫行動枠組」の成果を踏まえ、昨年3月に採択された。

注4 国連安全保障理事会決議1612
 2005年7月、国連安全保障理事会で採択された決議。紛争下で子どもの命を奪う行為をはじめ、子ども兵士の徴集、学校や病院への攻撃、人道的なアクセスの妨害や拒否など、子どもの権利の重大な侵害行為を監視し報告する仕組みが設けられたほか、安全保障理事会に「子どもと紛争に関する作業部会」が設置された。

注5 パリ協定
 先進国の温室効果ガスの排出量削減を定めた「京都議定書」に代わる新しい枠組み。新興国や途上国を含め、195カ国が削減目標を国連に提出し、国内対策を実施することを義務付けた。2023年から5年ごとに進捗状況を検証する仕組みが設けられ、21世紀後半に排出量を森林などによる炭素吸収量と相殺して「実質ゼロ」にすることも目指されている。

注6 武器貿易条約
 6年以上に及ぶ交渉を経て、2013年4月に国連総会で採択された、通常兵器の国際取引を規制する初めての条約。国際人道法や国際人権法に対する重大な違反をはじめ、テロ防止に関する条約の違反につながらないことなどを輸出の判断基準とし、ジェノサイド(集団殺害)、人道に対する罪、戦争犯罪に使用されることが明白な場合には輸出を禁じている。
2016-01-28 : 提言 :
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第40回「SGIの日」記念提言 「人道の世紀へ 誓いの連帯」

第40回「SGIの日」記念提言 (1015.1.26)

 きょう26日の第40回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田大作SGI会長は「人道の世紀へ誓いの連帯」と題する提言を発表した。提言ではまず、国連で採択予定の新しい国際目標に言及し、その挑戦を軌道に乗せる鍵として、①政治と経済の再人間化、②エンパワーメント(内発的な力の開花)の連鎖、③差異を超えた友情の拡大、の3点を提起。仏法の「中道」の思想と「維摩経」の逸話や、ガンジーとマンデラ元大統領の生き方などを踏まえつつ、すべての人々の尊厳が輝く世界を築くための視座を浮き彫りにしている。続いて、地球上から悲惨の二字をなくすために行動の共有が急務となる課題として、戦後最大の規模に達した難民や国際移住者が直面する厳しい状況に触れ、その改善を新しい国際目標の項目に盛り込むことや、難民のエンパワーメントを近隣諸国で共同で行う仕組みの整備を呼び掛けている。次に、核兵器の非人道性をさまざまな角度から掘り下げ、核拡散防止条約(NPT)に基づき、核兵器ゼロに向けた義務の履行を図る「NPT核軍縮委員会」の新設を提唱。広島と長崎への原爆投下70年を機に「核兵器禁止条約」の交渉に着手し、締結に向けて日本が積極的な役割を果たすことを訴えている。最後に、持続可能な地球社会の建設を展望し、モデル地域づくりを日本と中国と韓国で進めることを提案。「日中韓首脳会談」を早期に再開し、地域協力と青年交流の大幅な拡充を目指すことを呼び掛けている。

「人道の世紀へ 誓いの連帯」

地球上から悲惨の二字なくす
平和の波動を民衆の手で‼


 SGIの発足40周年を記念して、平和と人道の波動を民衆の連帯で広げ、地球上から悲惨の二字をなくすための方途を展望したいと思います。

創設70年迎える国連の新たな取り組み

新しい国際目標が目指す方向性
 未来は、今この瞬間に生きる人々の誓いの深さで決まります。たとえ自らが試練に見舞われたとしても、「同じ苦しみを他の誰にも将来の世代にも味わわせない」道を開く力が、人間には具わっています。
 創設以来70年、グローバルな諸課題に立ち向かうために活動の地平を広げてきた国連で、今、注目すべき動きがみられます。
 貧困や飢餓などに直面する人々の状況の改善を目指してきた国連の「ミレニアム開発目標」に続く、新たな枠組みの検討が進む中、「持続可能な開発目標」に関するオープン作業部会が昨年7月、国連総会に目標案を提出しました。
 特筆すべきは、「あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ」「すべての年齢の人々の健康な生活を確保し、福祉を推進する」などの項目が掲げられているように、すべての尊厳が一切の例外なく守られるべきとの方向性が打ち出されている点です。
 極度の貧困状態にある人が7億人減少し、初等教育の男女格差が大幅に解消されるなど、国連の「ミレニアム開発目標」は、一定の成果を上げてきました。しかし、改善の波が思うように広がらない地域や、取り残された人々への対応は積み残されています。
 作業部会の目標案は、その課題を念頭に置き、外してはならない一点を明確にした意義があります。
 私もこれまでの提言などで、誰も置き去りにしないことを、「ポスト2015開発アジェンダ」と呼ばれる新しい国際目標の基調にするよう、繰り返し訴えてきただけに、心から賛同するものです。

戸田第2代会長の地球民族主義
 思い返せば、私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長は、ハンガリー動乱=注1=で塗炭の苦しみを味わった人々に思いをはせ、「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(『戸田城聖全集第3巻』)と呼び掛けたことがありました。
 人権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング博士の言葉に、「正義とは分割できないもの」(『良心のトランペット』中島和子訳、みすず書房)とありますが、戦時中の日本で思想統制に抗して、牧口常三郎初代会長と共に投獄された戸田会長にとっても思いは同じでした。
 自分たちだけの平和と安寧も、自分たちだけの繁栄と幸福もないと考えていたからです。
 朝鮮戦争が激化した時も、「夫を失い、妻をなくし、子を求め、親をさがす民衆が多くおりはしないか」(『戸田城聖全集第3巻』)と、わが事のように案じていました。
 すべての立脚点は、民衆の苦しみに同苦する精神にあったのです。
 ゆえに戸田会長は、どの国で暮らし、どの民族に属しようと、人間には誰しも平和で幸福に生きる権利があると、「地球民族主義」のビジョンを提唱しました。その骨格をなす“地球上から悲惨の二字をなくしたい”との戸田会長の熱願こそ、私どもSGIが、国連支援を柱とする平和・文化・教育の運動の源流としてきたものなのです。
 “あらゆる場所”や“すべての人々”との包摂性を「ミレニアム開発目標」の後継枠組みの基盤に据え、さらなる協力の強化を図ることは、困難に満ちた道のりかもしれません。
 しかし、国連憲章の精神──「戦争の惨害から将来の世代を救い」「基本的人権と人間の尊厳及び価値」に関する信念を再確認し、「すべての人民の経済的及び社会的発達を促進する」との誓約が刻まれた前文に立ち返り、そこに記された「将来の世代」や「人間」や「すべての人民」には、例外などなかったことを、今一度、想起すべきではないでしょうか。
 そこで今回は、国連の新しい国際目標を軌道に乗せ、地球上から悲惨の二字をなくす取り組みを加速させるために、鍵を握ると思われるアプローチについて、三つの観点から提起したいと思います。

苦しみ抱える人々の目線に立った政治と経済の再人間化を

世界人権宣言が明確にした役割
 第一は、悲惨を生む要因を取り除くための「政治と経済の再人間化」です。
 昨年8月、私の創立した戸田記念国際平和研究所が、トルコのイスタンブールで上級研究員会議を開催しました。
 会議では、シリアでの内戦、イスラエルとパレスチナの紛争、イラクやウクライナをめぐる情勢、東アジアで高まる緊張などについて、事態の悪化を招いてきた要因を探る一方、世界で芽生え始めている希望的な要素に着目し、その動きを強めるための課題について意見交換を行いました。
 そこで、「国連などの国際機関の強化」や「他者の痛みへの想像力と時代を開く創造性を持った青年の育成」などと併せて、重要な課題として浮かび上がったのが、政治の主眼を一人一人の人間の苦しみを取り除くものに向け直す「政治の再人間化」です。
 国連憲章や世界人権宣言などで、基本的人権を守る役割が明確にされたはずの国家が、人々の生命や尊厳を脅かす事態を引き起こしてしまうケースが、しばしばみられます。
 この問題をめぐっては、私も、会議を主宰した平和学者のケビン・クレメンツ博士(同研究所総合所長)と語り合いました。
 その最たるものが紛争で、第2次世界大戦以降、紛争と完全に無関係だったのは、一握りの国にすぎないといわれます。
 また、安全保障を理由に人権を制限したり、国力の増強を優先するあまり、弱い立場にある人々への対応が後回しになって、窮状がさらに深まるような場合も少なくありません。
 加えて近年、災害や異常気象など、大勢の人々が突然、困窮の危機にさらされる事態が相次いでおり、そうした状況に政治が真剣に向き合うことが、強く求められています。
 同様の懸念は、経済にも当てはまります。
 以前、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が、「路上生活に追い込まれた老人が凍死してもニュースにはならず、株式市場で二ポイントの下落があれば大きく報道されることなど、あってはならない」(『使徒的勧告 福音の喜び』カトリック中央協議会)と訴え、経済のあり方に警鐘を鳴らしたことが話題となりました。
 実際、経済成長率をはじめとするマクロ指標の動向ばかりが注視される中で、ともすれば、現実の社会で生きている一人一人の生命と尊厳と生活が隅に追いやられ、経済の活力を高める施策が人々の生きづらさの改善につながっていない面もみられます。

安心の拠り所をつくり出す働き
 そもそも、政治を意味する英語のポリティクスが、ギリシャ語の「ポリテイア(市民国家のあり方)」などから派生し、経済という言葉も、「経世済民」に由来するように、民衆が幸福に生きる社会を築くことに元意があったはずです。
 ところが現代では、その元意がいつしか抜け落ち、政治や経済を突き動かす行動原理が、厳しい境遇にある人々をかえって苦しめてしまうような状態が生じてはいないでしょうか。
 この問題を考える時、私が想起するのは、原始仏教で、釈尊が人間の生きる道の根本として強調していた「ダルマ」です。
 ダルマとは、サンスクリット語で“たもつもの”を意味する「ドフリ」からつくられた言葉で、漢訳仏典では「法」、もしくは「道」と訳されてきました。
 つまり、一人一人の人間には、自分自身を“たもつもの”がなければならず、「人間として守らねばならない道筋」がある。それを、ダルマと呼んだのです(中村元『原始仏典を読む』を引用・参照、岩波書店)
 政治や経済が、時代の変遷につれて様相を変化させるのは、ある意味で当然だったとしても、そこには、曲げてはならない原則や、無視してはならない基準があるはずです。その根本を貫くダルマに則って生き抜くことを促した釈尊は、最晩年の説法で、ダルマを「洲」に譬えました。
 つまり、洪水が発生し、あたり一面が水没しそうな時に、人々の命を守り、安心の拠り所となる「洲」に譬えることで、ダルマの働きが実際の社会でどのように現れるかを、分かりやすく示したのです。
 その譬えを敷衍すれば、政治と経済が本来担うべき役割も、社会が試練に直面した時に一人一人の民衆、なかんずく最も弱い立場にある人々のために「安心の拠り所」をつくり、「生きる希望」を取り戻すための足場を築くことにあるといえないでしょうか。
 政治の成り立ちを民衆の目線から見つめ返してみれば、その源流には、投票などを通じて「少しでも社会をよくしたい」との祈りにも似た思いがあるはずであり、経済の源流にも、仕事などを通して「少しでも社会の役に立ちたい」との種蒔く人の思いが息づいているはずです。
 にもかかわらず、それがマクロの規模になると、政治の世界で民主主義の赤字(多くの民意があっても政策に反映されない状況)が発生したり、経済の世界でマネー資本主義の暴走(実体経済の規模をはるかに超える金融市場での過剰な投機が、実体経済に破壊的なダメージを及ぼす事態)が起きてしまっている。

ガンジーの信条と仏法の「中道」思想
 そうした事態に歯止めをかけて、政治や経済の軌道修正を図るには、どのような原則に立ち返ることが必要なのか──。
 私は、マハトマ・ガンジーが友人に贈った次の言葉を、一つの手掛かりとして挙げたいと思います。
 「これまでに会った中で最も貧しく、最も無力な人の顔を思い出して下さい。そしてあなた自身に次のように問いかけて下さい。自分がしようと思っていることは彼の役に立つだろうか?」(『私にとっての宗教』竹内啓二ほか訳、新評論)
 つまりガンジーが、重大な判断を下す時に忘れてはならない点として促したのは、政治の力学でもなければ、経済の理論でもない。自分と同じ世界に生き、苦境に陥っている人々の姿にあったのです。私はここに、仏法が説く「中道」の思想と通底するものを感じてなりません。
 「中道」とは、単に極端な考えや行動を排することではなく、“道に中る”と読むように、自分の判断や行動が「人間としての道」に反していないかどうか、常に問い直しながら、自分の生きる証しを社会に刻み続ける生き方に本義があるといえます。
 その意味では、釈尊が最晩年の説法で“ダルマ(法)を洲とせよ”と強調した際、“一人一人が自分自身を拠り所とせよ”と同時に促していた点は、「中道」の本義を示唆したものとも解されましょう。
 自らを拠り所にするといっても、自分本位の欲望のままに振る舞うといった意味では決してない。仏教学者の中村元博士は、釈尊の真意を、「だれの前に出しても恥かしくない立派な、本当の自己というものをたよること」(前掲『原始仏典を読む』)と提起しましたが、私も深く同意します。
 一人一人が、自分の行動によって影響を受ける人々の存在を思い浮かべ、その重みを絶えず反芻しながら、「本当の自己」を顕現する手掛かりとし、人間性を磨いていく。その営みが積み重ねられる中で、政治や経済のあるべき姿への問い直しも深まり、再人間化に向けた社会の土壌が耕されていく──。「中道」の真価は、この変革のダイナミズムにこそあると、私は強調したいのです。

牧口初代会長が尋問で訴えた信念
 自らの決断が時として、社会の空気や時流に逆らうものと非難される場合があるかもしれない。それでもなお、信念を貫き通さなければ「不善」となり、結果的に多くの人々を苦しめる「大悪」を招くことになると訴えたのが、創価学会の牧口初代会長でした。
 第2次世界大戦中の日本で思想統制を強行する軍部ファシズムに対し、牧口会長はその誤りを正すべく行動を続けました。
 会合を監視され、機関紙も廃刊に追い込まれ、ついに投獄された牧口会長は、当局の尋問に対し、次のように主張していたことが記録に残されています。
 「世間的な毀誉褒貶等に気兼して悪くはないが、善もしない所謂世間並に暮せばそれで足れりとして、小善に止まり甚しきに至っては法律に触れさえしなければ何をしても良いと謂う生活を総べて謗法と申します」(『牧口常三郎全集第10巻』第三文明社、現代表記に改めた)
 「謗法」とは一般的に、仏教の教えに反し、それを破ることを意味しますが、牧口会長の言葉には、より広い意味での「人間としての道」に反することへの問い直しが込められていたといえましょう。
 翻って現代、政治と経済の影響によって悲惨な事態が生じる背景には、「法律に触れさえしなければ何をしても良い」といった、他者の痛みを顧みない自己正当化の風潮が強まっていることが、往々にしてあるのではないでしょうか。
 その風潮が続く限り、一時的に繁栄を謳歌できているようにみえても、後に残るのは“わが亡き後に洪水よ来たれ”という身勝手さが招く悲惨ばかりで、「持続可能性の追求」など望み得べくもありません。

一人一人の意識変革が社会を変える原動力に

未来の鍵を握る5%の人々の力
 こうした事態を防ぐには、政治と経済の主眼を絶えず“人々の苦しみを取り除くこと”へ向け直す──すなわち、「政治と経済の再人間化」の回路を社会にビルトインする(組み込む)挑戦が必要です。
 その動きは、すでにいくつか生まれており、例えば政治の分野では、国連人権理事会などが呼び掛けてきた「国内人権機関」が110カ国に広がっています。
 人権に関する法制度や人権教育などの推進を確保するための国内機関で、私も1998年の提言で、NGO(非政府組織)との建設的なパートナーシップを目指す中で、より望ましい機関のあり方を模索することを提唱してきました。
 また経済の分野では、昨年5月、EU(欧州連合)加盟国の中で11カ国が「金融取引税」を共同導入することに合意しました。
 マネーゲームの過熱が金融危機を引き起こし、世界経済に深刻な打撃を与えた2008年のリーマン・ショックの教訓を踏まえ、金融取引に一定の課税を行い、過剰な投機の抑制と租税を通じた再分配を目指すもので、明年からの制度開始が予定されています。
 私は6年前の提言で、この取引税をはじめ、各国がアイデアを競いながら、「ミレニアム開発目標」を促進する国際連帯税の輪を広げることを呼び掛けましたが、今後、国連の新目標を推進するにあたり、その必要性はさらに増しているのではないでしょうか。
 こうした「政治と経済の再人間化」の最大の原動力となるのが、人間として譲れない一線に基づき、声を上げる民衆の連帯です。
 牧口会長も、「社会の精神とはいえども各個人を離れて存在するにあらず」として、一人一人の意識変革が「相伝播し、連絡し、遂に社会の全員に及ぼし、以って大なる社会精神なるもの生ずるなり」と強調しました(『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社、現代表記に改めた)
 以前、この社会変革の方程式をめぐり、平和学者のエリース・ボールディング博士と語り合った際、「共同体を構成する一人一人の成長に全力を傾注していく以外に、平和で健全な地球の未来は見えてこない」(『「平和の文化」の輝く世紀へ!』、『池田大作全集第114巻』所収)と、博士が強調していたことが忘れられません。
 それだけに、博士がある時に述べていた、「本当に未来の社会の動向を決定するのは、わずか5%の、活動的で献身的な人々の力なのです。その5%の人々が、やがて文化の総体を変革していくのです」との言葉が、希望のメッセージとして胸に迫ってきます。
 「政治と経済の再人間化」を前進させる鍵は、人数の多寡ではなく、連帯の底深さにあります。誰の身にも悲惨が及ぶことを望まない民衆の連帯を、国内でも国際社会でも築くことが、時代変革の波を大きく形づくるのです。

同苦と励ましの心の通い合いが自他共の尊厳を照らす光に

経済的な困窮と社会的な孤立
 第二は、苦しみを共に乗り越えるための「エンパワーメント(内発的な力の開花)の連鎖」です。
 東日本大震災をはじめ、中米ハイチでの地震やフィリピンを襲った台風など、近年、災害や異常気象が、世界各地に深刻な被害をもたらしています。
 20年前には阪神・淡路大震災が、10年前にはスマトラ沖地震とインド洋大津波があったように、災害は常に世界にとって重大な人道問題となってきました。
 国連の統計によれば、2013年だけでも、世界で2200万人が避難生活を余儀なくされ、その数は、紛争で家を追われた人の3倍にも及ぶといいます。
 家を失う深い悲しみ──振り返れば私の家族も、戦時中、父の病気や兄たちの相次ぐ出征で経済状況が悪化し、生家を手放さざるを得なくなったことがあります。転居先の家も、空襲の類焼防止を理由に取り壊され、次の移転先も、引っ越した直後に焼夷弾が命中して全焼しました。
 そうした体験からも、愛する人を失い、住み慣れた場所を離れざるを得なくなった方々の無念さや悲しみは、いかばかりかとの思いが募ります。それは、「自分が生きてきた世界を失う苦しみ」にほかならず、復興の真の課題は、被災した人たちが一人残らず「生きる希望」を取り戻せるよう、社会で支え続けることにあると思えてなりません。
 その上で私が提起したいのは、災害のような緊急時に顕著となる“居場所や安心の拠り所を失う悲しみ”は、目立たないながらも社会で日常的に生じており、多くの人々を苦しめる悲惨でもあることです。
 実際、日本をみても、65歳以上の高齢者の2割が貧困状態に置かれ、食事さえ十分にとれないなど、貧困に苦しむ子どもも6人に1人の割合に達しています。
 その多くが「経済的な困窮」に加えて、「社会的な孤立」という二重苦にさいなまれています。
 問題を打開する糸口を探るにあたり、私が着目するのは、アメリカの政治哲学者マーサ・ヌスバウム博士の考察です(『正義のフロンティア』神島裕子訳、法政大学出版局)
 社会契約説=注2=などの伝統的な理論が、高齢者や子ども、女性、障がいのある人などを、対象に入れずに構想されてきたことを指摘する博士は、こうした人々の苦しみが見過ごされがちな要因の一つとして、功利主義を挙げ、その危険性をこう述べています。
 「ある個人の大いなる苦痛と窮乏は、複数の人びとの幸運がそれに超過することで相殺されうる。ここでは各人の人生は一度きりであるという、もっとも重要な道徳的事実が、ぬぐいとられている」
 そこで博士は、「相互有利性」(互いの存在が利益を生むこと)を社会の唯一の基本原理であるかのように考える発想から脱却し、誰も排除しない「人間の尊厳」に基づく社会の再構築を呼び掛けました。
 そしてまた、どのような人であっても、病気、老齢、事故などで、他の人々の支えを絶対的に必要とする状況が生じかねないという現実を見つめ、社会の軌道修正がすべての人々に深く関わる課題であることに思いをいたすべきであると、強調しています。

「生老病死」への仏法のまなざし
 このヌスバウム博士の問題提起は、釈尊が出家を決意する機縁になったとされる四門遊観=注3=の逸話に象徴されるように、生老病死に伴う苦しみにどう向き合うかを根本課題としてきた、仏法のまなざしにも相通じるものです。
 ここで私が強調したいのは、釈尊がこの時、胸を痛めたのは、老いや病気そのものがもたらす苦しみにとどまらず、道端で孤独に死を迎えなければならない人や、誰からの世話も受けられずに病に伏す人の姿──つまり、周囲との関わりが断たれてしまい、独りで苦しみを抱えている状況に、深く胸を痛めたのではないかという点です。
 実際、釈尊が教法に努める傍ら、自ら足を運んで介護や看病にあたったのは、そのような人々に対してでした。弟子たちにも、黙って見過ごすことを厳しく戒めていたのです。
 「事がおこったときに、友だちのあるのは楽しい」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)との教えもありますが、病気になろうと高齢になろうと生命の尊さに変わりはない。にもかかわらず、周囲から疎外され、自分をありのままに受け止めてくれるつながりを得られず、苦しさばかりが募る状況を、釈尊は看過できなかったのです。
 大乗仏教では、生命と生命が織り成す連関性によって世界の森羅万象が形づくられるという縁起の法理が説かれます。その連関性を通じて、自分の生命も相手の生命も尊厳の輝きで照らし合うことができ、病気や老いさえも、人生を荘厳する糧に昇華できる、と。
 しかし、その連関性はおのずとプラスの方向に転じるのではなく、「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769㌻)とある通り、他者の尊厳を自己の尊厳と同様にかけがえのないものと感じ、大切にしたいと願う思いがあってこそ、初めてギアが入る。そして、そこで交わされる涙や笑顔が、そのまま、「生きる勇気」を灯し合うのです。
 「アイデンティティー」の概念を提唱したことで知られる心理学者のエリク・エリクソンは、縁起のダイナミズムにも通じる視座を、次のように描いていたことがあります。
 「『共に生きる』というのは、単なる偶然のつながりという意味ではない」
 「一方が動くと、他方も動く歯車のように噛み合いながらすすみいくものである」(『洞察と責任』鑪幹八郎訳、誠信書房)
 そこで私は、エリクソンの思想を交えながら、縁起が生み出す無限の可能性をさらに浮き彫りにしてみたいと思います。
 すなわち、苦しみを抱えた人自身が、自らの尊厳を輝かせることを通じて、地域や社会を照らす「エンパワーメント」の担い手として、いかに力を発揮できるかというテーマです。

ボールディング博士の晩年の姿
 まず、一つめの鍵は、「成熟した人間は必要とされることを必要とする」(『幼児期と社会1』仁科弥生訳、みすず書房)との思想です。
 この言葉を、私なりに読み解くと、次のような光景が想起されます。
 人間はどんな状況にあっても、誰かに必要とされていることを実感した時、相手の気持ちに応えたいとの思いがわき上がってくる。その思いの高まりが、生命に具わる内発的な力を呼び覚まし、尊厳の光を灯すエネルギーになっていく。
 この点を考えるにつけ、思い浮かぶのは、先ほど言葉を紹介した平和学者エリース・ボールディング博士の晩年の姿です。
 ──博士が亡くなられる数年前、SGIのメンバーが訪問した時、80歳を過ぎていた博士は、「最近は、自分の本を書くような力はもう出せないけれど、仲間や後輩が出す本に序文を寄せるぐらいはできます。だから、どれだけ依頼が来ても、一生懸命、書くように努力しています」と近況を語ったそうです。
 病気を患い、介護施設に入所してからも、「たとえ行動できなくても、自分に何ができるのか」との思いをめぐらしながら、毎日を送りました。
 見舞いに訪れた弟子のクレメンツ博士にも、「微笑みを忘れず、皆を称え、医療関係者の思いやりに感謝を述べることなどを通して、周りの人を幸せにすることは可能だと思う」と声を掛けたといいます。
 そして、亡くなられる直前も、かつて自宅を訪問した人たちを真心で出迎えていた時と同じように、見舞いに訪れた人たちに「美しいもてなしの心」を発揮しておられた、と。
 このように、どんな状況に置かれても、その人自身の存在を通して「つながり」が保たれている限り、周囲の人々が少しでも幸福な時間を過ごすことができ、人間性の輝きを増すようにできる。そして、その時間を通して、自分の心を相手の心に灯し、「生きてきた証し」を周囲に伝え残すことができる──。
 この生命の尊い輝きに、私は、いついかなる時でも人間が発揮できるエンパワーメントの偉大な力をみる思いがするのです。

勇気の連鎖を広げるSGIの体験談運動

人生の出来事の意味を練り直す
 二つめの鍵は、人生の意味を紡ぎ直す営みが、悲惨の拡大を防ぎ、連鎖を断つ力となると、エリクソンが考えていたことです。
 人生はやり直せない。しかし、その歩みを他の人に「語り直す」ことで、過去の出来事に新たな意味づけを行い、「練り直す」ことができる。その可能性に、エリクソンは人生の希望を見いだそうとしました(鈴木忠・西平直『生涯発達とライフサイクル』東京大学出版会、参照)
 この可能性は、私どもSGIが、信仰活動における大切な基盤としてきた体験談運動を通し、メンバーの一人一人が日々実感し、確信として深め合ってきたものにほかなりません。
 それは、牧口初代会長の時代以来、「座談会」という少人数の集いを中心に行ってきた伝統です。
 人生の喜びや生きがいはもとより、家族の喪失、病気や経済苦、仕事や家庭の悩みをはじめ、差別や偏見などに直面してきた体験を赤裸々に語り合うことで、「一人一人が生きてきた人生の重みとかけがえのなさ」を皆で一緒に受け止める場となってきました。
 人生の喜びや悲しみに共に涙し、悩みを懸命に乗り越えようとする姿を全力で励ます。その体験の分かち合いを通し、体験の語り手は、どんな出来事も“今の自分を形づくる上で欠くことのできない一里塚”であったことに思いをはせ、今後の人生を切り開く糧へと転じることができる。
 聞き手もまた、自分が抱える課題に立ち向かう勇気を、体験からくみ取り、わき立たせることができる。こうした同苦に基づく「エンパワーメントの連鎖」を、私たちは信仰を通して広げてきたのです。
 その上で強調したいのは、エリクソンが自らの哲学の生きたモデルとしてガンジーに着目し、評伝まで手がけて描き出したように、苦悩を抱えながらも、それを使命に変えた一人の人生の物語(生きざま)は、国境を超え、世代を超えて、多くの人々に「希望と勇気の波動」を広げていくという点です。
 評伝では、ガンジーのもとに集った若者たちの姿が、「打ち棄てられた者、迫害された者に対する、若い頃からの心痛む関心──それは初め彼らの家庭内にとどまっていたが、次第に広範囲にわたる強烈な関心になっていった──によって一つに結ばれていたように思われる」(『ガンディーの真理2』星野美賀子訳、みすず書房)とつづられています。
 それは、ガンジーを突き動かしていた精神と同根だったに違いありません。
 青年時代に受けた人種差別をきっかけに、南アフリカで人権闘争を開始し、インドでも非暴力闘争に挺身したガンジーの最大の願いは、人々が一人残らず抑圧から解放されることにありました。その尽きせぬ情熱が、若者たちにも深い感化を与えたのです。
 その生きざまは、ガンジーが逝去した後も、キング博士や南アフリカのマンデラ元大統領をはじめ、人間の尊厳のために闘う人々にとっての“導きの星”となってきました。
 マンデラ氏と再会した時(1995年7月)、私がガンジーの生誕125年を記念し寄稿した学術誌に、氏もガンジーの獄中闘争に関する論文を寄せていたことが話題になりました。
 その氏の論文には、「今世紀の初頭、囚人ガンジーも、その苦しみに耐えた。時代は離れているが、ガンジーと私との間には、ひとつの絆がある。それは共通の獄中体験であり、不当な法律への抗議であり、平和と和解への私たちの志が、暴力によって脅かされたという事実である」と、記されていました。
 マンデラ氏が27年半に及ぶ獄中闘争を勝ち越えることができたのも、自分と同じ茨の道を歩んでいた先人ガンジーの存在が、大きな心の支えとなっていたからではないでしょうか。
 今から半世紀前、私がライフワークとしてきた小説『人間革命』の執筆を開始するにあたり、主題をこうつづりました。
 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
 この主題とも響き合う、国境を超える空間的広がりと、世代を超える時間的広がりにこそ、「エンパワーメントの連鎖」が持つ可能性の真骨頂があるのではないでしょうか。

「平和の文化」築く挑戦を
排除の思想からの脱却が課題


個々の人権侵害を決して見逃さない
 第三は、共生の世界を築くための「差異を超えた友情の拡大」です。
 近年、紛争や内戦の様相に大きな変容がみられるようになる中で、新たな懸念が高まっています。
 例えば、当事者以外に他の国や集団が関わる「国際化した国内紛争」の割合が増える中、シリアでの内戦などのように停戦や和平が難しくなってきています。
 加えて、軍事行動の目的が、クラウゼヴィッツの『戦争論』で説かれていたような“力によって相手に自分たちの意志を認めさせる”という伝統的なものから、“敵とみなした集団の排除を進めること”へと重心が移る傾向がみられることも指摘されます。
 また、遠隔攻撃などによって、子どもを含む一般市民を巻き込んでしまう事態が、紛争地域で多発するようになっています。
 敵とみなす集団に属している人々も、自分と同じ「人間」であり、「生存の権利」があるのではないか──そんなためらいさえ、介在する余地が失われつつある状況の行き着く先は、一体何か。強い懸念を感じてなりません。
 いずれにしても、兵器の飛躍的な発達と、排除の思想が相まって引き起こされる惨劇は、国際人道法のみならず、「人間としての道」に照らして許されるものではないと思います。
 その意味で、昨年、国連で殺人ロボット兵器に関する議論が始まりましたが、紛争の現実は“戦闘の自動化”の一歩手前にまで進もうとしている実態に、目を向ける必要があるのではないでしょうか。
 それと同時に、留意しなければならないのは、排除の思想が紛争地域だけでなく、世界の多くの場所で広がっていることです。
 国連も2年前から「人権を最優先に」と題するイニシアチブを開始し、個々の人権侵害を警鐘として受け止め、大規模な残虐行為や戦争犯罪に発展する前に、できるだけ早く対処することを呼び掛けています。
 昨今、多くの国々で社会問題になっているヘイトスピーチ(差別扇動)は、ヘイトクライム(憎悪犯罪)のような直接的な暴力を伴わないものの、明確な憎悪に基づいて他者を意図的に傷つけるという点で、根は同じであり、どの集団に対するものであろうと、決して放置してはならない人権侵害です。
 そもそも、差別に基づく暴力や人権抑圧が、自分や家族に向けられることは、誰もが到底受け入れられないもののはずです。
 しかしそれが、異なる民族や集団に向けられた時、バイアス(偏向)がかかり、“彼らが悪いのだからやむを得ない”といった判断に傾く場合が少なくない。事態のエスカレートを問題の端緒で食い止めるには、何よりもまず、集団心理に押し流されずに、他者と向き合う回路を開くことが欠かせません。

舎利弗と天女をめぐる仏教説話
 この問題を考える時、示唆的と思われるのが、大乗仏典の「維摩経」に描かれている、舎利弗と天女のエピソードです。
 ──釈尊の意を受けた文殊が、病気になった在家の信徒・維摩詰の家を見舞いに訪れることになり、舎利弗たちも同行した。
 見舞いの場は、文殊と維摩詰との「仏教をめぐる対話」の場となり、それがクライマックスに達した時、その場にいた天女が喜びを表すかのように、花を皆に振りまいた。
 その花が自分の身にも付いた舎利弗は、修行者である自分にはふさわしくないと、急いで振り払おうとするが一向に取れない。
 その様子を見ていた天女は、“花は人を分別していないのに、あなたは花で人を分別しようとしている”と述べ、その執着が舎利弗の心を縛り、動きのとれない状態にしていることを、鋭く指摘した。
 納得はしたものの、その後も、天女に質問を続ける舎利弗に対し、天女は神通力を用いて、舎利弗を天女の姿に、自らを舎利弗の姿へと変化させた。
 驚き戸惑う舎利弗に、天女は、彼がまだ分別に深くとらわれていることを重ねて諭し、元の姿に戻した。その思いもよらない体験を通し、舎利弗は、目に見える姿の違いで心を縛られてはならず、どんな存在にも本来、固定した特性はないことを深く悟るにいたった──という話です。
 私がまず重要だと思うのは、舎利弗が天女の姿に入れ替わったことで、“相手に向けていたまなざし”がどんなものであったのかを身につまされて感じた結果、過ちを胸に刻むことができたという点です。
 グローバル化に伴い、多くの人が、住む場所を離れて移動することが日常的になった現代にあって、知らず知らずのうちに他の集団に向けていたまなざしを、他国を訪れたり、移住するようになった時、今度は自分が同じような形で向けられている経験をすることは少なくないと思います。
 だからこそ、相手の立場を互いに理解する努力が、ますます重要になってきています。
 その努力を欠いてしまえば、緊張が高まった場合などに、自分たちにとっての「平和」や「正義」が、他の人々の生命と尊厳を脅かす“刃”となる事態が生じかねません。
 その際、舎利弗が味わったまなざしの反転──つまり、自分と相手を取り巻く構図が反転して、他者を傷つける“刃”が、自分や家族に向けられるようになった状況に想像力を働かせてもなお、自分の主張や立ち位置は揺らがないままでいられるでしょうか。
 そもそも舎利弗が、釈尊から最初に見舞いに行くよう促された時、固辞したのも、維摩詰と顔を合わせることを躊躇する気持ちが先立ったからでした。文殊らと共に維摩詰の家に行った時に気になったのも、自分たちの座るべき席が見当たらないことだった。
 一方の維摩詰は、病気の理由を文殊から尋ねられた時、「一切衆生病むを以って、是の故に我れ病む」と答えました。自分の身を案じてくれるのであれば、病気で苦しむ他の人々を同じように気に掛け、励ましてほしいとの思いが、そこには満ちていました。
 いわば、舎利弗の心を大きく占めていたのは“自己へのこだわり”であったのに対し、維摩詰の心は自他彼此の区別なく“苦しみを抱えたすべての人々”に向けられていたのです。
 この対比を描いた「維摩経」の話を、現代の状況に照応させた時、次のような教訓が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
 本来、共有すべき善であるはずの平和や正義も、“自己へのこだわり”によって分割され、角突き合わせるようになれば、自分とは異なる集団への暴力や人権抑圧を正当化する免罪符となりかねない。
 そうではなく、地球温暖化に伴う異常気象の増加や核兵器の使用による壊滅的な被害といった、誰もが望まない悲惨を引き起こさないために、「課題を共有する連帯」を広げることが、人々の苦しみを取り除く鍵となる──と。

対話と交流で育む友情が「不戦の防波堤」の基盤に

互いの物語に耳を傾け合う
 その連帯を築くため、誰もがいつでもどこでも実践できるのが、対話の拡大であり、友情の拡大です。
 かつて、私がイスラムと仏教をめぐる対話を重ねたインドネシアのワヒド元大統領は、「民族性や文化的な違い、あるいは歴史的な背景にかかわらず、対話は人々に“人間の顔”を与えることができる」(『平和の哲学 寬容の智慧』潮出版社)と強調していました。
 出会いを結び、対話を重ねる中で、互いの人生の物語に耳を傾ける。そのプロセスの中で、民族や宗教などの属性が双方にとって大切な重みを持つことを深く理解しつつも、その一点だけで向き合うのではなく、出会いを通して育まれた共感や信頼を機軸に、相手としか奏でることのできない生命と生命のシンフォニーを豊かに響かせていく──そこに友情の真価があるのではないでしょうか。
 「真の世界の風景は計り知れない価値で輝いている」(『東から西へ』黒沢英二訳、毎日新聞社)とは、歴史学者アーノルド・J・トインビー博士の忘れ得ぬ言葉ですが、まさに友情とは、互いの属性に心を縛られることなく、相手の人間としての生命の輝きを見つめ、心を通わせる中で、自在に紡ぎ出すことのできる関係性にほかならないのです。
 トインビー博士との43年前の対話を起点に、さまざまな民族的、宗教的背景を持つ各国の指導者や識者と、人類の未来をめぐる課題の共有を紐帯にした対話を重ねる中で、一つまた一つと大切に育んできたのも、そうしたかけがえのない友情の輝きでした。
 私どもSGIは、この一対一の友情を基盤に、排他主義に支配された「戦争の文化」から、差異を多様性の源として喜び合い、互いの尊厳を守り抜くことを誓い合う「平和の文化」への転換を目指してきました。
 まず、教育交流と文化交流を通し、一人一人が顔を向き合わせ、信頼関係を築く中で、友情の絆を幾重にも広げてきました。
 国家間で緊張が高まり、排他主義に傾きかけた時に、この友情の絆が、傾斜を少しでも元に戻そうとするスタビライザー(安定化装置)の役割を担い、集団心理に流されない社会の頑強性につながっていくことを願ってきたのです。
 また、政治や経済の関係が冷え込んだ時にも、交流を絶やさずに「対話と意思疎通の回路」を維持することを心掛け、この努力を世代から世代へと受け継いできました。
 私が創立した民主音楽協会に、昨年、新たに民音音楽博物館付属研究所が発足しました。半世紀にわたり105カ国・地域と交流を深めてきた経験をもとに、音楽をはじめとする「文化の力」が平和構築に果たす可能性を追求していきたいと考えています。

「最良の自己」を共に顕現する道
 さらにSGIでは、文明間対話や宗教間対話に積極的に取り組む中で、憎悪と暴力の連鎖を断ち切るための方途を探り、教訓を分かち合ってきました。
 そこで根幹としてきたのは、“人々の苦しみを取り除くこと”を出発点とし、課題を共有する中で、互いの文明や宗教が育んできた英知を結集し、事態の打開に必要となる倫理や行動規範を浮き彫りにしていく、「問題解決志向型」のアプローチです。
 この挑戦を続けるにあたり、私が共感を深めてきたのは、交友を結んだチェコのハベル元大統領が以前、21世紀を展望して述べた次の言葉でした。
 「来たるべき世紀のヨーロッパに課せられている唯一無二の重要課題は、〈最良の自己〉であること、すなわち、その最良の精神的伝統を蘇らせ、それを通じて、新たな形の地球規模の共生の実現に創造的に関わっていくことである」(ウルズラ・ケラー/イルマ・ラクーザ編『ヨーロッパは書く』新本史斉訳、鳥影社・ロゴス企画)
 ここで論じられているヨーロッパを、それぞれの文明や宗教に置き換えれば、私どもSGIが目指してきた対話のモデルと合致するからです。文明間対話と宗教間対話の最大の意義も、互いの「最良の精神的伝統」の息吹を通い合わせ、互いの人間性を十全たらしめるためのまなざしを磨き合う中で、「最良の自己」に基づく行動を共に力強く起こすことにあるのではないでしょうか。
 SGIでは、この一連の取り組みを進めることで、互いが暴力や抑圧に加担せず、共生の精神の磁場となることを誓い合う「不戦の防波堤」を築くとともに、自分が望まない悲惨を誰にも味わわせないための「人道の連帯」を広げる挑戦を重ねてきました。
 先ほど触れた「維摩経」には、釈尊のもとに集った500人の青年の前に、全世界を包み込む宝蓋が現れるシーンがあります。
 その巨大な美しい傘は、どのようにして現れたのか。「はじめから一本の傘があったわけではなく、五百人の人々のそれぞれの傘(すなわち、共生できる社会をつくろうとする願い)が合わさった結果が一本の傘となった」(菅沼晃『維摩経をよむ』日本放送出版協会)ものに、ほかなりませんでした。
 それぞれが手に持つ傘で、雨風や強い日差しから自分の身だけを守るのではない。別々の人生を歩んできた青年たちが、あらゆる差異を超えて心を一つにすることで現出した、全世界を包む巨大な宝蓋のイメージに、私は、人間の連帯が生み出す限りない可能性をみる思いがします。
 国連が2030年に向けて推進する新しい国際目標の眼目も、地球上のすべての人々の生命と尊厳を、あらゆる脅威と悲惨から守るための“連帯の傘”をつくり上げることにあるのではないでしょうか。

人類共通の脅威に立ち向かう国連の創造的進化を‼

 続いて、地球上から悲惨の二字をなくすために、従来の発想を超えた創造的なアプローチが早急に必要となると思われる課題について、具体的な提案をしたいと思います。

ハマーショルド事務総長の信念
 創設70年を迎える国連の歴史を振り返る時、胸に浮かぶ言葉があります。
 それは、私がニューヨークの国連本部を初めて訪れた年(1960年)の年次報告書で、ダグ・ハマーショルド第2代事務総長がつづっていた一節です。
 「国連は我々の世代を取り巻く政治状況がつくり出した有機的な産物である。しかし同時に、国際社会はその中で政治的な自意識というべきものを実現化したため、国際社会は国連という組織を有意義に用いることで、国連をつくり出すことになった政治状況に影響を与えることができる」
 国連は主権国家の集合体としての制約や限界に常に直面しながらも、一方で、国連を舞台に育まれてきた“国際社会としての意識”こそが、国連の本来の使命を果たす突破口となりうるということです。
 例えば、世界人権宣言に象徴されるように、国連憲章の精神を実現するために“どの国であろうと揺るがしてはならない原則”を明確に打ち出すことで、各国の政策にも影響を及ぼしてきました。
 世界人権宣言の起草に深く関わった哲学者のジャック・マリタンは、「理論的な考え方において対立している人々も人権のリストに関して純粋に実践的な合意に到達することができる」(『人間と国家』久保正幡・稲垣良典訳、創文社)と強調しましたが、異なる思想的、文化的背景を持ったメンバーが最終的に意見を集約させることができたのも、国連という場の力があったからだと思えてなりません。
 その後も国連は、「持続可能な開発」や「人間の安全保障」などの重要な指標の提起や、国際年と国際の10年を通し、喫緊の課題に焦点を当ててきました。
 また、女性への暴力や児童労働をはじめ、国内レベルでは見過ごされがちだった深刻な問題を次々と取り上げ、国際的な対応を呼び掛けてきました。
 私は、こうした各分野での重なり合うコンセンサス(意見の一致)の形成と、虐げられた人々が直面する問題への注意喚起を通し、国際法の対象を「国家」だけでなく、「一人一人の人間」に向け、生命と尊厳の保障を図る領域を広げてきたことに、国連でしか成し得なかった重要な役割があったと考えます。
 「ミレニアム開発目標」よりも踏み込んだ内容が期待される新目標の採択に向けて歩み出そうとする今、必要なのは、ハマーショルド事務総長が「慣習的な思い込みや型にはめられた手法といった鎧を脱ぎ捨てて」挑むことを呼び掛けていた国連の「創造的進化」(マヌエル・フレーリッヒ「世界機構の政治哲学を求めて」、『世界平和への冒険旅行』所収、光橋翠訳、新評論)を、国際社会が力を合わせて成し遂げることではないでしょうか。
 昨年6月、その先駆けともいえる国連機関の強化が一つ実りました。
 国連環境計画の強化策として、国連のすべての加盟国が参加できる討議の場が設置され、ケニアのナイロビで初めての「国連環境総会」が開催されたのです。そこには、環境問題に取り組む市民社会の代表や企業の代表も参加しました。
 私はかねてから、地球的問題群の解決に臨む前提として何よりも欠かせないのは、「すべての国の討議への参加」を確保し、「国連と市民社会との協働」を積極的に進めることであると訴えてきました。
 環境の問題だけでなく、人間の生命と尊厳を脅かす多くの課題に立ち向かうために、その二つの要素に支えられた“行動の共有”を築くことに、創設70年を迎える国連が果たすべき「創造的進化」の主眼はあると思われるのです。
 そこで今回は、国連の使命を踏まえつつ、地球から悲惨の二字をなくすために“行動の共有”が急務になると思われる、①難民と国際移住者の人権保護、②核兵器の禁止と廃絶、③持続可能な地球社会の建設──に関して、それぞれ提案を行いたい。

国際移住者への差別や人権侵害の解消が急務

難民や避難民が5120万人に
 第一の柱は、難民と国際移住者の人権を保護するための“行動の共有”です。
 最初に提案したいのは、今秋に国連で採択が予定される新しい国際目標の項目に、「すべての難民と国際移住者の尊厳と基本的人権を守ること」を盛り込むことです。
 冒頭で触れた通り、私の師である戸田第2代会長が“地球上から悲惨の二字をなくしたい”と訴えた時、念頭にあったのは、1956年のハンガリー動乱で、多くの人々が難民となり、塗炭の苦しみにさいなまれている姿でした。
 20世紀を“難民の世紀”と呼んだ哲学者のハンナ・アレントは、「自分が生れ落ちた共同体への帰属がもはや自明ではなく絶縁がもはや選択の問題ではなくなったとき」、その人々は「市民権において保証される自由とか法の前での平等とかよりも遙かに根本的なものが危くされているのである」(『全体主義の起原2』大島通義・大島かおり訳、みすず書房)と警鐘を鳴らしました。
 まさに人間の尊厳の土台となる“自分を自分たらしめてきた世界”を丸ごと失い、人権が根こそぎ奪われる悲惨にこそ、難民の人々の苦しみの根源があるといえましょう。
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は当初、1950年に暫定的な機関として設置されたものでした。主要な目的は、第2次世界大戦によって生じたヨーロッパの難民を保護することにあったからです。
 それが、大規模な難民流出を引き起こしたハンガリー動乱を経て、アジアやアフリカなどでも難民問題が相次ぎ、何度も活動期限が更新される中、2030年の国連総会で「難民問題が解決するまで恒久的に存続する機関」とすることが決まった経緯があります。
 これまで多くの難民を救援してきたUNHCRの貢献は大きく、SGI(創価学会インタナショナル)もさまざまな形で活動の支援に取り組んできました。
 しかし近年、世界が混迷を深める中で難民問題は一段と深刻化し、国外に逃れた難民の数に、国内避難民や庇護申請者を合わせた数は、5120万人にのぼります。しかも、難民の半数を18歳未満の子どもたちが占めているのです。

牧口会長が提起した三つの自覚
 なかでも懸念されるのは、5年以上、自国から離れて生活することを余儀なくされている「長期化難民」の状況です。
 その数は、UNHCRが支援対象とする難民の半数以上にも達します。また、滞在年数の平均が約20年に及ぶため、避難してきた人々の子どもや孫の世代までもが、政治的にも経済的にも社会的にも著しく不安定な立場に置かれる恐れが広がっているのです。
 また、世界で1000万人以上と推定される「無国籍者」の問題も深刻です。UNHCRでは、今後10年間で「無国籍者」をなくすキャンペーンを、昨年から開始しました。
 国籍がないために、医療や教育を受けられないばかりか、家族の安全を守るために身分を隠して生活せざるを得ない人も少なくありません。人権抑圧や暴力から逃れようと避難する中で出産した場合、出生証明書が得られずに、子どもたちまで無国籍者になるケースも増えています。
 私はこの点に関し、牧口初代会長が『人生地理学』で提起した、人間の三つの自覚を思い起こします。
 つまり人間は、①地域に根差した「郷民(郷土民)」、②国家の中で社会生活を営む「国民」、③世界との結びつきを意識して生きる「世界民(世界市民)」、の三つの自覚を併せ持つことができ、その重層的なアイデンティティーを自分らしく輝かせる中で、人生の可能性を豊かに開花できる、と牧口会長は強調していたのです(『牧口常三郎全集第1巻』を参照。第三文明社)
 その意味で、長期化難民や無国籍者となった人々に閉ざされてしまうのは、国民として社会生活を営む道だけではありません。
 地域で自分らしさを保ちながら近隣の人たちと心を通わせて暮らすことも、他国の人々と連帯して自分たちが望む世界に向かって行動を起こす道も、断たれてしまうのです。
 こうした人々の苦しみを取り除くことを、国連の「創造的進化」に基づく対応が求められる課題として位置付け直すことが、新目標の骨格として志向される“あらゆる場所”や“すべての人々”との包摂性を、追求する上で欠かせないのではないでしょうか。
 そして、その挑戦こそが、世界人権宣言が希求する「普遍的な人権」の本旨に適うものではないかと強調したいのです。

生きづらさと疎外感の高まり
 難民をめぐる課題と並んで、世界で2億3200万人に達する国際移住者を取り巻く問題に目を向け、人権状況の改善を図ることも急務となっています。
 経済不況が長引き、社会不安が広がる国の間で、移住労働者の存在が悪いイメージで語られ、家族にまで差別や敵視が向けられる空気が強まっています。
 その結果、正規雇用の機会をはじめ、教育や医療を受ける権利が著しく制限されたり、日常生活で不当な扱いを受けても問題視されないために、移住労働者と家族が生きづらさと疎外感にさいなまれる状況が広がっているのです。
 そうした中、国連でも、移住労働者への誤解や偏見を改めることが呼び掛けられるようになりました。2年前の「国際移住と開発に関するハイレベル対話」でも、移住とその開発に対する重要性が、新しい国際目標に反映されるべきとの合意をみています。
 しかし私は、このテーマを開発の次元だけにとどめず、移住者と家族が直面する苦しみを取り除くことに重点を置く形で、その基本的人権の保護を新目標に明確に盛り込むことを訴えたいのです。
 90年に採択されながらも加盟国がまだ少ない、移住労働者権利条約=注4=の批准促進や、国際労働機関が提唱する「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)の確保など、既存の枠組みも活用しながら、国際移住者に焦点を当てた対策を強化すべきと思うのです。

アフリカの取り組みを踏まえ難民支援の枠組みを強化

被災地・仙台での国連防災世界会議
 二つめの提案として、多くの難民を受け入れている地域で、難民のエンパワーメント(内発的な力の開花)に、近隣諸国が共同で取り組む仕組みを整備することを呼び掛けたい。
 近年、紛争や内戦に加えて、災害や異常気象などによって、大勢の人々が難民状態に置かれる事態が相次いでいます。
 この問題をめぐって私が注目するのは、明年にイスタンブールで開催される「世界人道サミット」に向け、各地域で行われてきた準備会合での議論です。
 「世界人道サミット」は、紛争や貧困をはじめ、災害や異常気象などが引き起こす、さまざまな人道的危機に対し、国際社会が一致して立ち向かうための方策を探るもので、昨年7月に東京で行われた準備会合では、災害への対応が焦点となりました。
 そこで終始強調されたのは、人道支援活動の中心に「被災した人々」を据え、人々へのエンパワーメントをより強めて「尊厳ある暮らし」ができるようにする取り組みです。
 この観点は、災害に見舞われた地域の復興を目指す上で、私どもSGIが最も重視してきたものでもありました。深い苦しみに直面した人であればこそ、同じような苦しみを抱える人の“かけがえのない心の支え”となり、前に進もうとする力を共にわき出すことができるからです。
 東日本大震災から4年となる本年3月には、仙台で第3回国連防災世界会議が行われます。
 SGIでも、会議の関連行事として、「北東アジアの連帯によるレジリエンスの強化」をテーマにした会議を開催します。
 「レジリエンス」とは、災害に伴う被害の拡大を防ぎ、復興を後押しする「社会の回復力」ともいうべきものですが、この分野でどのような協力を深めていけるのか、日本と中国と韓国の市民社会の代表が集い、その可能性を追求することになっています。
 また、東北青年部の主催で「防災・復興における青年力」をめぐるシンポジウムを行うほか、宗教団体の復興支援のあり方に関する「信仰を基盤とした組織の役割」の討議にも参加する予定です。
 いずれの会議でも、「エンパワーメントの強化」を通じて、一人一人の人間、特に被災した人々がレジリエンスの担い手となることに焦点が当てられますが、このテーマは、「長期化難民」が増加する中、難民の尊厳と人権の問題を考える上でも、同じく重要になってくると考えます。
 人道的危機においては、紛争や災害といった原因の違いがあっても、慣れ親しんできた家を追われ、人生と生活の足場を失った苦しみ自体に変わりはなく、何よりも大切なことは「一人一人が生きる希望を取り戻すことができるかどうか」にあるからです。
 難民の8割以上を途上国が受け入れる中、この「長期化難民」の問題に関して注目されるのがアフリカの取り組みです。
 AU(アフリカ連合)やECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)=注5=を通し、難民問題への地域協力が模索され、枠組みづくりが進んできました。
 なかでも興味深いのは、アフリカでは庇護国での難民の長期滞在が一般的となる中、「事実上の統合」が進んできたケースもあると、専門家が指摘している点です。
 「事実上の統合」には、①強制送還の恐れがない、②キャンプなどに住むことが強要されない、③援助に頼らず、生計を立てることができる、④教育、職業訓練、医療などにアクセスできる、⑤冠婚葬祭などを通じて受け入れ地域との社会的ネットワークがある、といった特徴がありますが、アフリカのいくつかの農村部でその特徴がみられるというのです。
 またECOWASでは、2008年の閣僚理事会で、加盟国の市民と域内の難民を平等に扱うことが提言され、ナイジェリアなどに滞在する難民は、出身国から旅券の発行を受けられることになりました。その結果、難民は移住労働者としての新しい地位を得ることができ、正式に庇護国で定住する道が開かれたという事例もあります。

より人間的な顔を世界に与える
 ナイジェリアの作家で、私が友情を結んだウォレ・ショインカ氏の言葉に、「ほかの人の身になって想像力を働かせることが正義の基本」(「読売新聞」1995年11月29日付)とあります。
 アフリカでは、古くから人々の交流が盛んで、異なる文化を持つ人々を寛大に受け入れる慣習があるといわれますが、その精神が息づいたアプローチに、私は、難民問題の解決を考える上での新しい地平をみる思いがするのです。
 振り返れば、55年前に国連本部を初訪問した折、独立まもないアフリカの国々の代表が清新な息吹で討議に参加している姿をみて、「21世紀は、アフリカの世紀になる」と確信したことを思い出します。
 マンデラ元大統領の人権闘争や環境運動家のワンガリ・マータイ博士の植樹運動をはじめ、人類が希求する「平和と人道の21世紀」を先取りするような偉大な挑戦は、アフリカから起こってきました。
 同じく、困難に直面しながらも、地域での協力を模索し、難民問題への対応を積み上げてきたアフリカの経験も、新しい国際目標の挑戦を始めようとしている国連への、「世界にもっと人間的な顔を与えるという贈り物」(スティーヴ・ビコ『俺は書きたいことを書く』峯陽一・前田礼・神野明訳、現代企画室)となるのではないでしょうか。
 多くの難民を受け入れているアジア太平洋地域や、シリアの内戦で難民が急増する中東などでも、アフリカの事例などを参考にしつつ、「難民の人権を守るための地域協力」を充実させることを提案したい。
 例えば、難民の受け入れ国に対して、近隣国が協力する形でエンパワーメントの強化を担い、受け入れ国の青年や女性も一緒に教育支援や就労支援などを受けられる仕組みを設け、「域内市民への共同エンパワーメント」として推進していってはどうか。
 その機会を通じて、難民と受け入れ国の人々との個人的な絆を強めることが、難民支援における大きな支えとなり、地域全体のレジリエンスの強化にもつながると考えるのです。

核兵器の非人道性めぐる国際社会の懸念の高まり


155カ国・地域が賛同した共同声明
 第二の柱は、「核兵器のない世界」を実現するための“行動の共有”です。
 国連の創設に伴い、最初に取り組むべき課題として提起されたテーマは何か。それは、総会の第1号決議として採択された核兵器の問題にほかなりません。
 国連憲章が検討されていた段階では、核兵器の存在は公になっていなかったため、軍縮よりも安全保障に議論が集中しました。
 しかし、憲章の採択から1カ月余り後、広島と長崎に原子爆弾が投下され、世界中に衝撃が広がる中、国連でも早急な対応を求める声が高まったのです。
 決議は、「原子爆弾を他の大量破壊兵器とともに国家の軍備から撤廃する」との明確な表現をもって、例外のない完全廃棄を求めたものでした。
 その呼び掛けは、冷戦対立の激化で立ち消えそうになりながらも、朝鮮戦争での核兵器使用を思いとどまらせる上で影響を及ぼしたといわれる「ストックホルム・アピール」の署名運動や、東西対立を超えて集まった科学者らによって1957年に結成されたパグウォッシュ会議が提起した内容などが基礎となり、核兵器を規制する条約づくりを求める機運が次第に高まるようになりました。
 こうした市民社会での機運の高まりと、核戦争が瀬戸際まで迫った62年のキューバ危機などの教訓も相まって、ようやく70年に発効をみたのが核拡散防止条約(NPT)でした。
 そこで核軍縮の誠実な追求が約束され、国連創設以来の未完のプロジェクトがNPTに託されたものの、発効から45年となる現在も廃絶は達成されず、核軍縮は停滞したままです。
 しかし現在、「核兵器のない世界」を求める動きが新しい形で広がりをみせており、昨年10月には「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に155カ国・地域が賛同しました。
 国連加盟国の約8割にあたる国が、いかなる状況下でも核兵器が使用されないことを求める、共通の意思を明確に示したのです。

3回の国際会議で検証された内容
 また、2013年3月にノルウェーのオスロで、最初の「核兵器の人道的影響に関する国際会議」が開催されて以来、オーストリアのウィーンで先月に行われた会議まで3回にわたり、核兵器の使用がもたらす人道的影響についての検証が続けられてきました。
 一連の会議で浮き彫りになった事実の中で、被害を受ける人間の側から見て、特に重要と思われるのは、以下の3点です。
 ①いかなる国も国際機関も、核爆発によって引き起こされた直接的被害に適切に対処し、被災者を救援するのは困難であること。
 ②核爆発の影響は国境内に押しとどめることは不可能で、深刻で長期的な被害をもたらし、人類の生存さえ脅かしかねないこと。
 ③間接的な影響で社会開発が阻害され、環境も悪化するために、貧しく弱い立場に置かれた人々が最も深刻な被害を受けること。
 ウィーン会議では、初めて参加したアメリカとイギリスからも、非人道性をめぐるさまざまな議論が行われてきたことを理解するとの立場が示されました。
 核兵器の使用がどれだけ深刻な事態を引き起こすのかという実態の検証は、保有国にとっても向き合わざるを得ない重みを持っているといえましょう。
 ただし、そこからどう前に進めば良いのかは、意見が分かれています。
 会議の参加国の大半が“壊滅的結果を回避する唯一の保証は、核兵器の廃絶しかない”との認識を示す一方で、保有国とその同盟国の間では“核拡散が進む中では核抑止政策を続けつつ、段階的に措置を積み上げる形で核兵器のない世界を目指すべきである”との考えが根強いからです。
 では、国連創設以来の未完のプロジェクトの達成に向け、どのように“行動の共有”を形づくっていけば良いのか。
 まず、双方を隔てる溝は深いように見えて、実は同じ岩盤でつながっている──つまり、共同声明への賛否とは別に、「核兵器の使用がもたらす壊滅的結果とその影響」に懸念を抱く点では変わりはないことを、出発点に据えることが大切だと考えます。
 その上で肝心なのは、取り返しのつかない惨害が“自国や同盟国”に及ぶことだけを防ぐのではなく、“すべての国”で生じないようにするために、どのような新しい構想が必要かを見つめ直すことです。

民衆の生存権を第一義に掲げた戸田会長の「原水爆禁止宣言」

ロートブラット博士の高い評価
 そこで私は、検討を進めるための視座を、「兵器としての破壊力」だけにとどまらず、核兵器が他の兵器とはまったく性質の異なる存在として帯びている「より広い意味での非人道性」に関し、さまざまな角度から掘り下げることで提起したいと思います。
 一つめの観点は、「核兵器が地上から一瞬にして何を消し去るのかという重み」に根差した非人道性についてです。
 ウィーン会議の討議結果をまとめた文書で、私が強い共感をもって受け止めたのは次の一節です。
 「人間性を打ちのめし、今となっては誰にとっても受け入れがたいものである拷問のケースと同じく、核兵器使用による惨禍は法的問題に留まらず、道徳的観点からの評価を必要とするものである」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第462号)
 なぜなら、この問題提起は、私の師である戸田第2代会長が、冷戦対立の深まりで核開発競争が激化した頃(1957年9月)に発表した「原水爆禁止宣言」(『戸田城聖全集第4巻』所収)で、最も強調していた点と重なり合っていたからです。
 その中で戸田会長は、「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」と訴えました。
 仏法では、人間の尊厳に対する最も深刻な脅威は、一人一人の存在の重みを無に帰し、生きていることの意味そのものを奪い去る、「他化自在天」という生命の根源的な迷妄から生じる悪にあると説きます。
 戸田会長は、核兵器の奧に隠されているのは、この最も深刻な悪にほかならないと指摘し、核実験の禁止はもとより、問題の根本解決のためには、多くの民衆の犠牲を前提にしなければ成り立たない核抑止の思想からの脱却を、世界の民衆が持つ「生存の権利」の名において求め抜くしかないと主張したのです。
 この宣言発表と同じ年に発足したパグウォッシュ会議で、長らく中心者を務めたジョセフ・ロートブラット博士が、以前、次のような評価を寄せてくださったことがあります。
 「核兵器への対応には二通りあります。一つは法律的なアプローチで、もう一つは道義的なアプローチです。後者が、宗教者として戸田氏がなされたことであると思っています」(『地球平和への探究』潮出版社)と。
 拷問に関し、どんな理由でも正当化できない禁止規範が確立してきたように、核兵器についても道義的な問い直しを本格的に深めるべきではないでしょうか。

高度な技術でも復元できぬもの
 戦後、アメリカに続いてソ連が核開発に成功し、その後、イギリス、フランス、中国が続き、NPTが発効した後も核拡散がやまない中で、核兵器の対峙が、あたかも国際社会にとって“動かし難い基本的与件”であるかのような状態が続いてきました。
 しかし、その土台にある核抑止政策が究極的にもたらすのは、「敵側に属する民衆の殲滅」と「核攻撃の応酬に伴う自国民への甚大な被害」です。
 それは、戸田会長が剔抉していたように、「敵―味方」の範疇を超えて、一人一人が生きてきた証しや、社会や文明の営みを一瞬にして無にし、あらゆるものから存在の意味を奪うものにほかなりません。
 NPT再検討会議での上映に向けて、原爆投下以前の広島の復元映像を製作するプロジェクトの代表を務める田邊雅章氏は、「いかに高度なCG(コンピューター・グラフィックス)技術を用いても決して復元できないものがある」と述べています。その一言が、失われたもののかけがえのなさを、かえって物語ってはいないでしょうか。
 また、核抑止のもとで生きるということは、あらゆるものを“かりそめの現存在”に貶める不条理が、絶えずつきまとう世界に生きることを意味します。そうしたニヒリズム(虚無主義)によって、社会や文明が蝕まれるような状態が、これ以上続くことを決して許してはなりません。
 しかもウィーン会議で焦点の一つとなったように、核兵器が存在する限り、人為的ミスや技術上の欠陥、サイバー攻撃などによって「偶発的に核爆発が引き起こされる可能性」は常に残るといえます。
 何より、その問題は、核抑止政策にとって想定外の事態であるばかりか、核抑止政策を続ける国の数だけ危険性が増す構造であることに、留意する必要がありましょう。
 キューバ危機の際には、米ソ首脳が解決を模索し、熟慮を重ねる「13日間」という時間がありました。
 一方、何らかの理由で偶発的に核ミサイルが発射される事態が生じた場合に、攻撃目標に達するまでに残された時間は、わずか「13分」ほどしかないといわれます。その結果、多くの人々が避難もままならず、尊い命が容赦なく一瞬にして奪われ、攻撃目標となった地域の営みも、なすすべなく丸ごと破壊されてしまうことになるのです。
 幸福な人生を歩むためにどれだけ人間が努力を重ねようと、長い時間をかけて文化や歴史を育もうと、一切合切、無意味なものにしてしまう──この言語に絶する“理不尽さ”にこそ、圧倒的な破壊力という数値だけでは推し量ることのできない、「非人道性」の核心部分があるように思えてなりません。

核抑止による安全保障が世界に及ぼす多大な負荷

核開発と近代化がもたらす歪み
 二つめの観点は、「核開発や近代化の継続が世界にもたらす歪み」に基づく非人道性についてです。
 先月のウィーン会議で、核実験の影響が初めて議題に取り上げられました。
 「ヒバクシャ」という共通語が示す通り、世界各地には2000回以上にわたって行われてきた核実験の影響で、深刻な被害を受けてきた人々は少なくありません。
 例えば、マーシャル諸島共和国が、12年間にわたって経験することになった核実験の爆発規模を換算すると、1日あたり、広島型原爆1・6個分に相当するといいます。
 この事実が示すのは、核兵器の使用を防いできたと主張される核抑止政策が、実際、何をもたらしてきたかという点です。
 つまり、核抑止政策は、脅威がさらなる脅威を呼ぶ核軍拡競争を引き起こし、実験という形での核爆発が何度も行われたために、「いかなる国家や民族も背負ってはならない重荷」(マーシャル諸島のデブルム外相)を世界に積み増す結果を招いてきたのです。
 包括的核実験禁止条約(CTBT)が96年に採択されて以来、核爆発を伴う実験はゼロでないものの、ほぼ行われなくなりました。しかしこの状態は、183カ国が署名しながらも、CTBTが発効をみていない中、辛うじて保たれているにすぎません。
 また、CTBTでは「核兵器の近代化」は禁じられていませんが、ある国が近代化を図ると他の国も追随する構造は、核抑止政策が続く限り避けることはできず、世界全体で年間1050億㌦にも達する核兵器の関連予算がさらに増額する恐れもあります。
 その莫大な資金が、保有国の福祉や保健の向上のために充当され、また貧困などに苦しむ他の国々の支援に向けられれば、どれほど多くの人々の生命と尊厳が守られることにつながるか計り知れません。
 そもそも核開発を継続すること自体、世界の経済資源と人的資源の軍備転用を最少にすることを求めた国連憲章第26条の精神に反するだけでなく、助けることが可能な人々の窮状が続く状況を結果的にもたらしているという面で、「地球社会の歪み」を半ば固定化させる非人道性を生じさせてはいないでしょうか。

軍事的な緊張に周囲を巻き込む
 三つめの観点は、「核態勢の維持が多くの国を常に軍事的な緊張に巻き込む」という面での非人道性についてです。
 2010年のNPT再検討会議で核保有国は、速やかに取り組む課題として、安全保障政策における核兵器の役割と重要性の一層の低減を誓約しました。
 昨年、その進捗状況が報告されましたが、ほとんど変化はみられません。多くの保有国の指導者が、核兵器の使用が想定される状況は極めて考えにくく、今日的な脅威に核兵器では対応できないとの認識を示しているにもかかわらず、「核抑止政策の維持」を理由に誓約が果たされない状態が続いているのです。
 保有国にとって、自国と同盟国が核攻撃に脅かされる懸念を、現段階で完全に払拭することは難しいかもしれません。しかし、たとえそうであったとしても、あくまで先決なのは、緊張の要因を一つ一つ粘り強く取り除くことであり、「核兵器使用の威嚇」による対抗が唯一の方法とならない状況をつくりだす努力ではないでしょうか。
 そもそも、核兵器の使用はもとより、その威嚇も、国際司法裁判所の96年の勧告的意見で示された通り、一般的に違法とされるものにほかなりません。
 審理にあたったフェラリ・ブラボ判事が意見書で、「国連憲章第二条第四項と第五一条の間を隔てる川が、核抑止論という大きな石のために広がった」(NHK広島 核平和プロジェクト『核兵器裁判』、NHK出版)と述べたように、核抑止政策の存続は、憲章が当初想定していた自衛権をめぐる状況を大きく変えたと思われます。
 つまり、第2条第4項で「武力による威嚇または武力の行使」が原則的に違法とされているものの、甚大な被害をもたらす核兵器の対峙が続くために、武力攻撃を受けた場合のみの例外であって安全保障理事会が必要な措置をとるまでの期限付きとされる、第51条の「個別的または集団的自衛権」に基づく備えを、常に必須のものとする状況──いわば、原則と例外の逆転現象を招いてきたのではないかという点です。
 冷戦の終結以降も、この構造は変わっていません。国家間で武力衝突はおろか、対立が深まっていなくても、核抑止に基づく威嚇はそのまま背景において機能し続けるため、多くの国が軍事的緊張に常に巻き込まれてしまうのです。
 その結果、保有国や同盟国の間で、核兵器の機密保護や核関連施設の保安を淵源とする、セキュリティー第一主義ともいうべき態勢が敷かれるようになる一方、核兵器の威嚇にさらされる国の間で、核開発や軍備増強への誘因が高まる状況もみられます。それがまた最悪の場合には、他国による予防的な武力行使の検討さえも誘発しかねないという悪循環を生んではいないでしょうか。

オーストリアが表明した“誓い”
 以上、核兵器の非人道性について、兵器としての破壊力の観点にとどまらず、フレームを「核時代の継続が招く非人道性」にまで広げる形で、三つの角度から論じてきました。
 そこで浮かび上がってくるのは、核兵器が使用される事態を未然に防ぐために必要と主張されてきた核抑止政策が、どれだけ多くの負荷を世界にもたらしてきたかという現実です。
 広島と長崎への原爆投下以降、核兵器の使用を思いとどまらせるブレーキの役割を果たしてきたのは、抑止力よりも、「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的結果」への責任の重みではなかったでしょうか。
 実際、“核の傘”の外にある国々も、核攻撃の対象にされたことはありませんでした。例えば、非核兵器地帯のように核軍備の選択肢を共同で放棄したケースでは、「非核への誓いの重み」が、保有国に踏み越えてはならない一線を刻印する重要な要素になったのではないでしょうか。
 先月のウィーン会議では、オーストリアが議長国の立場を離れ、一国としての誓いを表明しました。
 受け入れがたい非人道的な影響と危険性を踏まえ、「核兵器のない世界」を実現するために、他の国や国際機関、市民社会などと協力して道を切り開くことへの誓いです。
 会議に先立ち、SGIがウィーンで、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)や世界教会協議会と共催した宗教間パネルでも、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教の信仰者が、核兵器廃絶の道を探る討議を行いました。
 その成果を、「私たちは誓う」と明記した共同声明としてとりまとめ、ウィーン会議の一般討論の席上、市民社会からの声の一つとして発表したのです。
 「核兵器のない世界」を実現する“行動の共有”を生み出す鍵は、こうした誓いを、広島と長崎への原爆投下から70年を迎える本年に、どれだけ結集できるかにかかっていると思えてなりません。

膠着状態を破る実りある討議を
 そこで、次の二つの具体的な提案を行いたい。
 一つめは、NPTに基づいて核軍縮に関する制度づくりを進めることです。
 先月の国連総会で、重要な意義を持つ決議が採択されました。本年の再検討会議で、NPT第6条が要請する「核軍縮のための効果的措置」の枠組みに関し、あらゆる選択肢を検討することを求める決議です。
 振り返れば、1995年にNPTの無期限延長が決定して以降、さまざまな合意がされながらも、ほとんどの内容が進展をみないまま、課題ばかりが山積する状況が続いてきました。
 総会の決議に169もの国々が賛同したのも、核問題をめぐる膠着状態が続くことへの強い危機感の表れといえましょう。
 ゆえに私はまず、できるだけ多くの首脳が再検討会議に出席することを呼び掛けたい。そして、各国の首脳らを前に「核兵器の人道的影響に関する国際会議」の総括報告を行う場を設けることを提案したい。
 また、各国の首脳もしくは代表がスピーチする際、2010年の再検討会議で全加盟国が一致して懸念を表明した「核兵器のもたらす壊滅的な人道的結果」を引き起こさないために、自国としてどのように行動するかについて、言及することを望むものです。
 その上で、NPT第6条が要請する効果的措置の検討を進め、特に「核軍縮」に関する項目については、新しい制度を設けて着実な履行を図ることを提唱したいと思います。
 NPTの3本柱のうち、拡散防止と原子力の平和利用に関しては、国際原子力機関が活動しているほか、CTBTや核安全保障サミットなどがあるものの、核軍縮については継続的に討議し、履行を確保する制度がありません。
 今一度、2000年の再検討会議で「核兵器の全廃を達成するという保有国による明確な約束」が行われたことを想起し、その約束を具体的かつ速やかに実行に移すための「NPT核軍縮委員会」ともいうべき条約の補助機関を新設してはどうでしょうか。
 例えばNPTには、加盟国の3分の1の要請で、会議を招集できる仕組みがあります。そこで「NPT核軍縮委員会」の設置を図り、軍縮計画や検証体制などに関する内容をとりまとめ、核兵器ゼロの基盤となる“後戻りができない大幅な核軍縮”を進めるべきだと思うのです。

広島・長崎への原爆投下から70年
核兵器禁止条約の交渉を


被爆国の日本が果たすべき役割
 二つめの提案は、「核兵器禁止条約」の締結に関するものです。
 私は、さまざまな困難や課題はあるものの、広島と長崎への原爆投下から70年を迎える本年を機に、「核兵器禁止条約」の交渉に、いよいよ本格的に踏み出すことを呼び掛けたい。
 NPT再検討会議の成果なども見定めた上で、条約交渉のためのプラットフォームを立ち上げることを提案したいと思います。
 2年前に国連で行われた「多国間核軍縮交渉の前進に向けたオープン参加国作業部会」をベースに、NGOとの協議を交えた条約交渉の場として発展させる形もあるでしょう。
 その上で例えば、国連総会の決議で2018年までの開催が要請されている、「核軍縮に関する国連ハイレベル会合」を明年に行い、条約案をまとめることを目指していってはどうか。被爆国の日本が、他の国や市民社会と力を合わせて、「核兵器のない世界」を築く挑戦を加速させることを強く望みたい。
 広島では、8月に国連軍縮会議が、10月と11月に世界核被害者フォーラムが行われるほか、長崎ではパグウォッシュ会議の世界大会が11月に開催されます。
 SGIでも、他のNGOと協力して「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を9月に開催することを検討しています。
 昨年、創価学会青年部では、核兵器の廃絶を求める512万人もの署名を集めました。サミットで、世界の青年の名において核時代との決別を誓う宣言を採択し、「核兵器禁止条約」を求める青年の連帯をさらに強めていきたい。
 思い返せば、70年代前半に歴史学者のトインビー博士と対談した折、核問題の解決には「自ら課した拒否権」を世界全体で確立することが鍵になると博士が強調していたこと(『21世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)が思い起こされます。
 今月21日、アメリカとキューバが国交正常化交渉を開始しましたが、国交断絶の翌年に起きたキューバ危機を解決に導いたのも、核使用を取り下げるという「自ら課した拒否権」を、米ソ両国が互いに示し合ったことによるものだったのではないでしょうか。
 私が「核兵器禁止条約」を展望する時にイメージするのは、この「自ら課した拒否権」を各国が持ち寄り、重ね合わせることで、「どの国の人々も、核兵器の使用がもたらす惨害に見舞われることがない時代」を共同で築き上げることにほかならないのです。

人材育成に努め成功事例を発信
 最後に第三の柱として、“行動の共有”を呼び掛けたいのは、持続可能な地球社会の建設です。
 温暖化をはじめとする地球環境問題に立ち向かうためには、教訓や経験を分かち合って事態の悪化を防ぐとともに、循環型社会への転換の道を共に模索する努力が欠かせません。
 それは、国連の新目標を進める上でも重要な鍵を握り、とりわけ近隣国同士の協力は、かけがえのない基盤となるものです。
 そこで私は、日本と中国と韓国が協力して「モデル地域」づくりに取り組み、人材育成をはじめ、成功事例の発信などに力を入れることを提案したい。
 昨年11月、日中首脳会談が約2年半ぶりに実現しました。緊張が高まった関係の改善に向け、一歩を踏み出せたことを、両国の友好を願い行動してきた一人としてうれしく思います。
 首脳会談を受け、「日中省エネルギー・環境総合フォーラム」が先月再開し、今月12日には「海上連絡メカニズム」に関する協議が行われました。
 不測の事態を回避するための仕組みの確保は急務となっていただけに、首脳会談で合意された早期の運用開始が実現するよう、準備が順調に進むことを願ってやみません。
 また本年は、日本と韓国の国交正常化50周年にあたります。
 両国の間でも政治的な緊張を解消することが課題となっていますが、毎年、500万人もの人々が往来するなど、交流の裾野は着実に広がっています。
 国交正常化当時の往来は年間で1万人でしたが、現在では日中間の往来を上回る規模に拡大しました。
 また、互いの国に良い印象を持たない人々の割合は依然として高いものの、日韓関係を重要と認識する人は共に6割を超えていること(言論NPOと東アジア研究院による「第2回日韓共同世論調査」)も注目されます。

「日中韓首脳会談」再開し次代担う青年交流を拡大

共通のプラスを一緒に生み出す
 加えて、私が期待を寄せるのは、ここ十数年の間に積み上げられてきた3国間協力です。99年に環境分野での3国間協力がスタートして以来、他の分野でも協力が模索される中、今や18の閣僚級会議を含む「50以上の対話メカニズム」と、「100を超える協力プロジェクト」が存在するまでになりました。
 さらなる発展を期すためには、政治的な緊張が高まった3年前から途絶えたままになっている、「日中韓首脳会談」の再開が強く望まれます。国連の新目標の採択を控えた今、できるだけ早い時期に、「日中韓首脳会談」を行い、緊張緩和の流れを確実にするとともに、「持続可能なモデル地域協定」の検討に着手してはどうでしょうか。
 戦後70年を迎える本年、過去の教訓を礎に「不戦の誓い」を世界に向けて宣言した上で、国連の新しい挑戦を後押しする地域協力を通じて、崩れない信頼を築く出発点にすべきであると呼び掛けたいのです。
 私がこれまで、中国の周恩来総理や韓国の李寿成元首相をはじめ、両国の指導者や識者と対話を重ねる中で共に展望してきたのは、日本と中国、また日本と韓国が友好を深め、地球益・人類益のために力を合わせて行動する姿でした。
 数世紀にわたって対立してきたフランスとドイツの和解の道を開くために尽力したジャン・モネは、かつて欧州各国との協議の場でこう呼び掛けました。
 「我々は共同作品を作るためにここにいるのだ。プラスを得るために交渉するのでなく、共通のプラスが我々のプラスなのだ」(『ジャン・モネ―回想録―』近藤健彦訳、日本関税協会)
 すでに3カ国の間には、2011年9月に設置された日中韓三国協力事務局=注6=があります。
 その役割の一つに「潜在的な協力案件を探求し及び特定すること」とありますが、国連の新目標に関わるあらゆる分野で「共通のプラス」を生み出す活動を、幾重にも広げるべきではないでしょうか。
 先述したように、SGIでは、仙台での国連防災世界会議の関連行事として、日中韓3カ国の市民社会の代表が集い、防災と復興における地域協力を模索する会議を行います。
 同事務局の協力などを得て開催するものですが、国連の新目標を後押しする地域協力は、政治のレベルのみならず、草の根の民衆レベルでも積極的に裾野を広げてこそ、大きな実りをもたらすと確信します。
 そこで、この裾野を広げるための提案を行いたい。
 一つめの提案は、青年交流の拡大です。
 フランスとドイツの戦後史を顧みる時、1963年のエリゼ条約を機に本格化した青少年交流の意義が、よく指摘されます。
 「積年の敵意は深い友情に場所を譲ることができる」──これは、条約締結50周年に際し、フランスのファビウス外相とドイツのヴェスターヴェレ外相が共同で寄稿した一文に記された印象深い言葉です。
 この言葉通り、これまで800万人以上の青少年が交流する中で、両国を結ぶ社会的な紐帯が形づくられてきたのです。
 日中韓の間でも8年前から青少年交流事業が始まっていますが、戦後70年を機に規模を大幅に拡大することを呼び掛けたい。高校生や学生を対象にした教育交流や文化交流の拡充はもとより、国連の新目標や3国間協力に関する活動に、青年たちが積極的に携われるような「日中韓青年パートナーシップ制度」を設けてはどうでしょうか。
 環境問題や防災など共通の課題をめぐって苦労を分かち合い、一緒に汗を流す経験は、若い世代にとって“自分たちの手で未来を切り開く”という何物にも替え難い人生の糧となるだけでなく、互いの国を将来にわたって結ぶ信頼の礎になると思うのです。
 創価学会の青年部でも、85年に中華全国青年連合会(全青連)と交流議定書を結んで以来、30年間にわたって往来を続けてきました。昨年5月には、今後10年間に関する交流議定書に調印し、友誼の潮流をさらに高めることを約し合いました。
 日本と韓国の間でも、九州青年部を中心に、さまざまな機会を通じて交流を広げてきました。顔と顔とが向き合う交流で育まれた青年のネットワーク以上に、「平和と人道の21世紀」を築く強靱な力はないと信じるからです。

自治体同士での姉妹交流を倍増
 二つめは、国連の新目標の達成期限となる2030年に向けて、「日中韓における自治体の姉妹交流の倍増」を目指すことです。
 思えば40年前、周総理にお会いした時、双方の最大の関心事は、いかに両国の民衆の友好を深めるかという一点にありました。
 国交正常化提言(68年9月)で私は、「国交の正常化とは、相互の国民同士が互いに理解しあい交流しあって相互の利益を増進し、ひいては世界平和の推進に貢献することができて、初めて意義をもつ」と訴えましたが、周総理も、民衆と民衆が心から理解し合い、信頼し合う関係になってこそ真に友好は結ばれると考えておられたからです。
 その信念の背景には、若い頃に留学を通して日本で1年半にわたって生活した時の経験があったのではないかと思われます。
 中国からの留学生とも交流していた思想家の吉野作造は、約100年前、周総理が留学する前年(1916年)に、険悪化する日中関係を見据えつつ、次のように述べていました。
 「国民的信任尊敬の関係があれば、時々個々の政治上経済上の問題に付て反目や誤解やがあっても、それは恰も風のまにまに起る大海の上の漣波の如きものであって、其底を流るる所の親善の関係と云うものには何等の動揺を見ないのである」(『吉野作造選集8』岩波書店、現代表記に改めた)
 私の年来の信条も同じであり、国籍は違っても互いを大切に思い、幸せを願う心の交流を幾重にも根付かせていく中で、友好の大樹はどんな風雪にも耐え、豊かに枝葉を茂らせて、未来へと受け継がれていくのではないでしょうか。
 これまで、日中では356、日韓では156、中韓では151にのぼる自治体の姉妹交流が結ばれています。今後さらに姉妹交流を拡大し、一対一の友情の絆を育む潮流を共に高めていくべきだと思うのです。

国籍は「世界」
 以上、三つの柱に基づいて提案を行いましたが、国連の新目標をはじめ、多くの課題に取り組む最大の原動力となるのは「民衆の連帯」にほかなりません。
 思えば40年前の1月26日、グアムでSGIが発足した時、私の胸に去来していたのは、“地球上から悲惨の二字をなくしたい”との戸田第2代会長の熱願であり、「地球民族主義」のビジョンでした。
 発足の場となった会議で行った署名の国籍欄に、私が「世界」と記したのも、師の思いを果たす誓いを込めてのものだったのです。
 会議では、51カ国・地域から集まったメンバーとともに採択した宣言で、SGIの基本精神を次のように確認し合いました。
 「平和創出のために、政治や経済の絆より強いものは、生命の尊厳に目覚めた民衆と民衆の心と心の連帯である」
 「永続的な平和は、人類のすべてが幸福を享受し得て、初めて実現する。したがって、われわれは、人類の幸せと、その未来の存続に『何をもって貢献できるか』という慈悲の理念を、今後の新しい思想の因子としていくことをめざしていく」
 192カ国・地域に活動の輪が広がった今も、その精神は変わりません。
 今後も、対話と友情の拡大を基盤に、「核兵器と戦争のない世界」の実現をはじめ、悲惨の二字をなくす挑戦に全力で取り組み、すべての人間の尊厳が輝く世界への道を切り開いていきたいと思います。


語句の解説
 
注1 ハンガリー動乱
 1956年10月、東欧のハンガリーで、非スターリン化を求めた民衆のデモを機に起きた政治的な動乱。デモは首都ブダペストを中心に各地に波及したが、ソ連軍の介入によって鎮圧された。その結果、1万数千人に及ぶ死傷者が出たほか、約20万の人々が弾圧から逃れるために国外に脱出し、難民となった。

注2 社会契約説
 人間は生まれながらにして自由と平等の権利を持ち、その権利を保障するには相互に契約を結んで社会を形成する必要があることを説いた近代政治思想。近代国家の正統性と存在理由を説明した理論で、17世紀から18世紀の市民革命期に登場した。代表的な思想家としてホッブズ、ロック、ルソーらがいる。

注3 四門遊観
 釈尊がシャカ族の王子だった頃、遊園に向かうために外出した時、さまざまな人々の姿を見て人間に生老病死の四苦があることを知った出来事。「四門出遊」ともいう。「修行本起経巻下」には、釈尊が王宮の東門、南門、西門から出た時に、老いや病気に苦しむ人々や死者の姿を見て、最後に北門から出た時に出家者の姿を見る中で、自らも出家を願うようになった、との話が記されている。
 
注4 移住労働者権利条約
 正式名称は「すべての移住労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約」で、2003年に発効。移住労働者に対して、その国の労働者と同一の報酬、社会福祉、医療サービスを受ける権利などを保障するほか、その子どもについても、出生と国籍の登録を行い、教育を受ける権利を有することなどが明記されている。

注5 西アフリカ諸国経済共同体
 関税障壁の撤廃や貿易の促進など、経済活動に関する統合の推進を目的に、1¥975年に設立された経済共同体。西アフリカ地域の15カ国が加盟している。難民問題をめぐる地域協力は、安全保障分野での統合の進展と関連する形でスタートし、難民の庇護国定住を実現するための合意形成などが進められてきた。

注6 日中韓三国協力事務局
 1999年に始まった日本と中国と韓国の協力関係の拡大を背景に、より効率的で組織化された体制をつくるため、2009年の日中韓首脳会談で設立が合意。2011年9月に韓国・ソウルに事務局を開設し、活動がスタートした。「3カ国の平等性」を基本とし、予算の3分の1ずつを各国が負担。事務局に関する決定も、3カ国から派遣された、事務局長と2人の事務次長によって行われている。
2015-01-31 : 提言 :
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第39回「SGIの日」記念提言 「地球革命へ価値創造の万波を」 

第39回「SGIの日」記念提言 (1014.1.26/27付 聖教新聞)

「地球革命へ価値創造の万波を」 

民衆の限りない力を結集し
「平和と希望の世紀」を開拓‼︎


 きょう26日の第39回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田SGI会長は「地球革命へ価値創造の万波を」と題する提言を発表した。提言ではまず、災害や異常気象の被害が深刻化する状況を踏まえ、脅威に対処し未来を切り開く力としての「レジリエンス」の意義に言及。「持続可能な地球社会」に向け、一人一人がなし得る挑戦として、①常に希望から出発する価値創造、②連帯して問題解決にあたる価値創造、③自他共の善性を呼び覚ます価値創造、の3点を提起し、南アフリカのマンデラ元大統領の信念や、日蓮大聖人の仏法が説く「誓願」の生き方と「十界互具論」を通しながら、すべての人々の尊厳が輝く社会の建設を呼び掛けている。続いて、その挑戦を軌道に乗せるための方策として、国連の新しい共通目標の柱に教育と青年を加えることや、国連の枠組みで「世界市民教育プログラム」を設けることを提唱。また、災害や異常気象に関して近隣諸国で連携を深めることが、安全保障の質的転換につながると強調し、その先行モデルをアジアで構築するべく「日本と中国と韓国の首脳会談」を行い、対話を積極的に進めるよう提案している。最後に核兵器の問題を取り上げ、広島と長崎への原爆投下から70年となる来年に、世界の青年たちの参加を主軸にした「核廃絶サミット」を行い、核時代に終止符を打つ宣言を採択することや、核兵器の人道的影響に関する共同声明の動きなどを軸に国際世論を喚起し、核兵器禁止条約の締結を目指すことを訴えている。

 「SGIの日」を記念して、21世紀の潮流を希望と連帯と平和の方向に力強く向けながら、すべての人々が尊厳を輝かせて生きられる「持続可能な地球社会」を築くための方途を探りたいと思います。

脅威への抵抗力と回復力を高める
 昨年は世界経済が緩やかな回復に向かい、軍事費も減少傾向が見られるなど明るい兆しもありましたが、一方で、紛争や内戦による人道危機は止まず、災害や異常気象による甚大な被害も相次ぎました。
 特に深刻さを増しているのがシリアの情勢です。紛争が4年目に突入する中、230万人以上が他国への避難を、650万人が国内での避難生活を余儀なくされており、一日も早く停戦を図り、人道支援の環境を確保するとともに、和平への努力が強められることを願ってやみません。
 また昨年11月には、過去最大級の猛烈な台風がフィリピンを襲い、6201人もの人々が亡くなり、避難した被災者は約409万人にのぼりました。
 こうした人道危機に対して事態の悪化を食い止め、難民や被災者として厳しい環境下に置かれている人々の窮状を救うために、国際社会のさらなる支援が強く求められます。
 また近年、災害や異常気象による被害が深刻化する状況を踏まえると、国際的な支援の強化のみならず、「いかに脅威に備えるか」「危機に直面した時にどう対応し、どう回復を図るのか」との観点に基づいた取り組みが急務であり、社会のレジリエンスを高める必要性が叫ばれるようになってきました。
 レジリエンスは元来、物理学の分野で、外から力を加えられた物質が元の状態に戻ろうとする“弾性”を表す用語ですが、その働きを敷衍する形で、環境破壊や経済危機のような深刻な外的ショックに対して“社会を回復する力”の意味合いでも用いられるなど、さまざまな分野で注目を集めている概念です。
 災害の分野においては、防災や減災のように「抵抗力」を強め、被害の拡大を抑えていく努力と併せて、甚大な被害に見舞われた場合でも、困難な状況を一つ一つ乗り越えながら、復興に向けて進む「回復力」を高めることを重視する考え方と言えましょう。
 そのためには、耐震性の強化や劣化したインフラ(社会基盤)の整備などの政策面での対応もさることながら、「強力な社会的レジリエンスの存在するところには、必ず力強いコミュニティが存在する」(アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー『レジリエンス 復活力』須川綾子訳、ダイヤモンド社)と指摘されるように、人的側面への留意が欠かせません。
 つまり、地域に住む人々のつながりや人間関係のネットワークのような、ソーシャル・キャピタル=注1=を日頃からどう育むかという点をはじめ、目には見えない“地域と社会を根底で支える人々の意思と生命力”こそが、重要な鍵を握るということです。
 このレジリエンスの重要性は、私が現在、平和学者のケビン・クレメンツ博士と進めている対談の中でも話題になり、災害時における事後的な対応に限らず、国連が呼び掛ける「戦争の文化」から「平和の文化」への転換のように、社会の土壌そのものを変革していく上でも、大きな意義を有することを語り合いました(「平和の世紀へ 民衆の挑戦」、「潮」2014年1月号所収)
 そこでの議論を踏まえて提唱したいのは、レジリエンスの概念に内包される豊かな可能性を「脅威に備えて対応する力」の範疇にとどめず、より積極的に「希望の未来を開くために発揮すべき力」へと拡張し、人々が勇んで連なりたいと願い、確かな手応えを感じられる挑戦として位置づけていくことです。
 つまり、脅威への対処だけでなく、未来の創出をも目的に据えて、それぞれの地域で誰もが関わることのできる「レジリエンスの強化」を通しながら、「持続可能な地球社会のかけがえのない基盤を築くこと」を人類の共同作業として進める挑戦です。

人類の歴史に新たな足跡を

トインビー博士が寄せた力強い期待
 この大いなる挑戦を展望するにあたって思い起こされるのは、20世紀を代表する歴史家のアーノルド・J・トインビー博士が述べていた、「われわれは、歴史をして繰りかえさせるべく運命づけられているのではありません。つまりわれわれ自身の努力を通じて、われわれの順番において何らかの新しい、先例のない変化を歴史に与える道がわれわれには開かれている」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、社会思想社)との言葉です。
 ここで言う、「何らかの新しい、先例のない変化を歴史に与える道」とは何か──。私は、一人一人の人間の立場に約して、人々のため、社会のため、未来のために、自分にしかできない価値を創造し続ける挑戦として提起したい。
 以前(2002年8月)、環境開発サミットに寄せた提言で、「迂遠のようではあっても、人間に帰着し、人間生命の開拓と変革から出発する『人間革命』こそ『地球革命』を実現させゆく王道」と呼び掛けたことがあります。
 一人一人の無限の可能性を引き出すエンパワーメント(内発的な力の開花)を基礎に置く「人間革命」も、個人の内面の変化にとどまってしまえば真価を発揮することはできません。
 その“内なる変革”がもたらす勇気や希望が、厳しい現実を突き破るための価値の創造に結実してこそ、“社会的な変化”を起こすことができ、その変化が積み重なる中で、人類が直面する問題を乗り越える「地球革命」の道が、一歩一歩踏み固められていく。
 また、「地球革命」が前に進むことで、苦しみに沈んでいた人たちが笑顔を取り戻し、その人たちがまたエンパワーメントを通じて無限の可能性を開花させ、地球的問題群に立ち向かう連帯に勇んで連なっていく──このミクロとマクロの変革を同軸でつなぎ、双方の前進を連動させながら時代変革の潮流を高めるものこそ、「価値創造」の挑戦だと思うのです。
 そこで今回は、脅威を乗り越えるためのレジリエンスを高め、さらには「持続可能な地球社会」を築く上での原動力となりゆく「価値創造」の挑戦について、①常に希望から出発する価値創造、②連帯して問題解決にあたる価値創造、③自他共の善性を呼び覚ます価値創造、の三つの観点から論じてみたい。

パキスタンの少女 マララさんの信念
 第1の柱として提起したいのは、「常に希望から出発する価値創造」です。
 昨年4月、国連総会で武器貿易条約が採択され、戦車や戦闘機といった大型兵器から自動小銃などの小型武器にいたるまで、通常兵器の輸出入を初めて規制する条約が誕生しました。
 対人地雷の禁止やクラスター爆弾の禁止に続き、この条約の制定に最大の後押しをしたのもNGO(非政府組織)の連帯でした。
 いずれも、明確なビジョンを掲げて、民衆が力を合わせて行動する時、「先例のない変化を歴史に与える道」が開かれることを示した希望の実例に他ならないと言えましょう。長年、武器取引の規制を訴えてきた私も、条約が一日も早く発効し、人権侵害や残虐行為を助長してきた武器の拡散に歯止めがかかることを強く願うものです。
 今なお世界では、紛争や内戦に加えて、武装勢力や犯罪組織による暴力が横行し、問答無用で命が奪われたり、深い傷を負わされる人が後を絶ちません。
 女性の教育を受ける権利を訴える中、2年前に銃撃を受けて瀕死の重傷を負ったパキスタンの少女、マララ・ユスフザイさんもその一人です。奇跡的に一命をとりとめた後も屈することなく行動を続ける彼女は、昨年7月に国連本部でスピーチした折に、その心情をこう語りました。
 「わたしのなかで変わったことなど、なにひとつありません。あるとすれば、ひとつだけ。弱さと恐怖と絶望が消え、強さと力と勇気が生まれたのです。わたしはそれまでと同じマララです。目標に向かっていく気持ちも変わっていません。希望も、夢も、前と同じです」(マララ・ユスフザイ/クリスティーナ・ラム『わたしはマララ』金原瑞人・西田佳子訳、学研パブリッシング)
 その後も脅迫を受けながら、一歩も退かず行動を続ける彼女を支えているもの──それは、自分と同じく理不尽な抑圧や不当な扱いに苦しんでいる女性や子どもたちが声を上げ、状況を改善するために自ら立ち上がることを願う、強い思いに発したものでした。
 災害や経済危機のような突発的な脅威に見舞われたり、日常的に行われる政治的な弾圧や人権抑圧の脅威にさらされたりすると、人間は恐怖や悲しみ、また苦しみのあまり、深い絶望に沈み込んで、身動きがとれなくなってしまうことが少なくありません。
 しかし、絶望の闇に人々の心が覆われ、あきらめと無力感で立ちすくんでしまう状態が続けば、問題の解決は遠のくばかりか、同様の脅威が各地で猛威を振るう事態が繰り返されてしまうことになります。

苦難に屈しない生命の輝きが人々を勇気づける光明に

牧口初代会長が重視した人格価値
 こうした絶望の闇を打ち払う希望の光明は、「自己目的」ではなく、「何かのため、誰かのために苦悩するときだけ」(『苦悩する人間』山田邦男・松田美佳訳、春秋社)輝き始めると強調したのは、第2次世界大戦中に強制収容所に送られた時の壮絶な体験をつづった『夜と霧』で知られる、精神医学者のヴィクトール・E・フランクル博士でした。
 フランクル博士は、苦難に直面した時の人間精神による応戦劇の真骨頂を、次のように記しています。
 「重要なのは、避けることのできない人生の運命的な打撃をどのような態度で、どのような姿勢で受け止めるかである。したがって人間は、最後の息を引き取るそのときまで、生きる意味をかちとってわがものとすることができる」(以下、V・E・フランクル/F・クロイツァー『宿命を超えて、自己を超えて』山田邦男・松田美佳訳、春秋社)
 博士はこの人間精神による応戦を「態度価値」と名付けました。それは、「どのような条件、どのような状況のもとでも人生には意味がある」との思いを奮い起こし、苦難と向き合う中で、その生命の輝きが苦しみを抱える他の人々を勇気づける光明となり、「自分個人の悲劇を人間の勝利に変える」道をも開く価値創造に他なりません。
 博士が人生最大の苦難に直面した第2次世界大戦中に、思想統制を強める日本の軍部権力と対峙したために投獄された、私ども創価学会の牧口常三郎初代会長も、この「態度価値」を貫く人間精神の輝きと相通じる、「人格価値」を育むことに教育の最大の目的があると訴えていました。
 そして、自らの教育学説を発刊するにあたって、同じく教育者であった弟子の戸田城聖第2代会長との対話を通し、その名称に価値創造を意味する「創価」を冠したのです。 
 この『創価教育学体系』が発刊されてから来年で85周年を迎えますが、牧口初代会長はその中で人格価値を体現した姿の例として、「普段はそれほど注目されなくても、何か起こった時には『あの人がいてくれれば』と皆から慕われる人であり、常に社会で人々の心をつなぐ存在」(『牧口常三郎全集第5巻』第三文明社、趣意)を挙げていました。

希望を武器に闘い抜いたマンデラ氏
 現代において、この「人格価値」の光を放ち、世界中の人々に勇気と希望を与えてきたのが、先月惜しくも亡くなられた南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領でした。
 悪名高いアパルトヘイト(人種隔離)政策の嵐が吹き荒れる中、27年半に及ぶ獄中闘争を勝ち越えたマンデラ氏も、獄中で母の訃報に接したのに続き、妻が逮捕され、長男までもが事故死するという悲劇が相次いだ時には、さすがに気力を失いかけたといいます。
 しかし、氏は屈することなく、知人への手紙に、「他に何も残っていないとき、希望は強力な武器となります」(『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳、明石書店)とつづりました。
 その後、孫娘が生まれた時には、マンデラ氏が最後のよりどころとしてきた“希望”を意味する言葉を名付け、彼女がやがて、「アパルトヘイトを遠い記憶に持つ南アフリカの新世代の一員となること」(以下、『自由への長い道(下)』東江一紀訳、日本放送出版協会)を確信し、その夢を現実にするまで闘い抜くことを誓って、1万日にわたる獄中生活を耐え抜いたのでした。
 マンデラ氏とは二度お会いする中で、歩んできた道は異なるものの、その実現に向かって共に人生をささげてきた、「すべての人間の尊厳が輝く社会」をめぐって語り合ったことが思い起こされます。
 特に感銘したのは、アパルトヘイト撤廃という歴史の新章節を開いたのは自分一人の功績ではなく、多くの人々の意志が積み重なってのものであるとのマンデラ氏の信念でした。1994年に大統領就任が決まった際、多くの民衆の前で述べた次の言葉には、その信条が凝縮していたように思えてなりません。
 「皆さんは、この国を自分の手に取りもどすために、あれだけの穏やかで粘り強い決意を示し、だから今、屋根の上から高らかな喜びの声を発することができるのです。自由だ、とうとう自由になった、と」
 その意味で私は、フランクル博士が提起した点(態度価値は、どんな厳しい環境でも、息を引き取る瞬間まで発揮できる)に加えて、マンデラ氏が実例をもって強調した点(人格価値は、特別な人間だけではなく、普通の人々にも開かれたものである)において、この価値創造の挑戦には常に二つの希望が宿っていると強調したいのです。

自分の今いる場所を「使命の舞台」に転換

現実変革の法理を説いた日蓮大聖人
 私どもが信奉する仏法の思想も、自分の置かれた環境がどんな深刻な状況に見舞われようとも、自らの使命を成し遂げるための場と定めて“希望の物語”を紡ぎ出していく、「誓願」の生き方を促しています。
 それは、13世紀の日本の封建社会にあって、時の権力者の前で、「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(御書287㌻)と、何ものにも侵されることのない精神の自由を高らかに宣言した、日蓮大聖人が説いたものでした。
 当時、地震や台風などの災害をはじめ、飢饉や疫病が度重なり、多くの民衆が塗炭の苦しみにあえぐ中、大聖人はその状況を何としても打開したいとの思いで、幕府の権力者に対し、政道の誤りを正すよう諫言を重ねました。
 そのため、襲撃や死罪の宣告に加え、二度の流罪に遭いながらも、「日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224㌻)と、人々の苦しみを取り除くために信念の行動を緩めませんでした。
 相次ぐ災難で生きる望みを失いかけた民衆から、最後の気力まで削ぐような思想に対し、徹底的に闘う一方で、苦悩に打ちひしがれた人々を抱きかかえるように励まし、「地にたう(倒)れたる人は・かへりて地よりを(起)く」(同1586㌻)と、いかなる苦難にも打ち勝つ力が万人の胸中に備わることを訴え、勇気づけていったのです。
 例えば、厳しい状況から何とか抜け出したいと願う人たちに、“どこか違う場所に行けば、ただちに問題が解決し、幸福になれる”との思いを抱かせる思想に対し、立ち向かった大聖人は、「此を去って彼に行くには非ざるなり」(同781㌻)と強調しました。
 「浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり」(同384㌻)とあるように、自分の今いる場所で苦悩と正面から向き合い、絶望の闇に覆われかけたその場所を「悲劇の舞台」から「使命の舞台」へと変えていく。そして、苦悩に挑む自身の姿を通し、「同じ苦しみを抱える人々が、生きる希望を取り戻す場」へと転換させる道を選び取るよう、促したのです。
 さらに大聖人は、社会でどんな悲劇が起ころうとも我関せずと自分の世界に閉じこもる「現実逃避」の傾向を強めかねない思想に対しても、誤りを正すために闘い抜きました。
 ──仏教でも、不幸に沈む人々を救う方便として、苦しみや迷いといった執着から離れる道を説いたものがある。しかしそれは、あくまで仮の教えであって、釈尊の本意ではない。
 ゆえに、法華経薬王品の「離一切苦」(一切の苦を離れしむ)の経文についても、「『離』の字を『明らむ』と読むのである」(同773㌻、趣意)と。
 つまり、目の前の問題をあたかも存在していないかのように意識から閉め出すのは、問題の先延ばしにすぎないばかりか、状況をより悪化させるだけであり、苦しみに真正面から向き合って原因を明らかにし、解決への道筋を見極めつつ、悲劇に見舞われる前の状況よりも、平和で幸福な社会を築く道を選び取るべきであると説いたのです。

「誓願」とは自身の生きる証しの異名
 また大聖人は、社会の混迷が深まる状況を動かし難い現実として甘受するほかないといった「現実追従」の思想に対しては、仏法で説く「如蓮華在水」の法理を通し、混迷が深ければ深いほど人間の生命は限りない力を湧き出すことができると強調しました。
 蓮華の花が泥水の中にあって、汚れに染まることなく美しい花を咲かせるように、社会に混迷をもたらすさまざまな課題の只中に勇んで身を投じ、現実の課題との格闘の中から、自己の生命力を強めるための養分を、一つまた一つと汲み上げていく。その中で、自分自身を“希望の大輪”として花開かせるとともに、社会に“現実変革の実り”をもたらす道を選び取るように訴えたのです。
 翻って現代においても、核兵器の脅威や環境破壊のように問題が深刻であればあるほど、できるだけ考えないでおきたい課題として遠ざけようとする風潮が強く、たとえ危機意識を持った人でも、自分一人が行動したところで何も変わらないとあきらめてしまう場合が少なくありません。
 その無意識や無気力の壁を破るには、マンデラ氏が「人間として、何もせず、何も言わず、不正に立ち向かわず、抑圧に抗議せず、また、自分たちにとってのよい社会、よい生活を追い求めずにいることは、不可能」(前掲『自由への長い道(下)』)と叫んだような“使命感”や、環境活動家のワンガリ・マータイ博士が「私たちは、傷ついた地球が回復するのを助けるためにこの世に生を受けた」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース・ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)と述べたような“誓い”に貫かれた行動が、何よりも必要となってくると私は考えます。
 先ほどの「如蓮華在水」も、混迷深まる時代に生まれることを自ら求め、失意に沈む人々のために行動する生き方を貫くことを、釈尊の前で「誓願」した地涌の菩薩の姿を示した法華経の言葉でありました。
 ここで言う「誓願」は、誰かが行動することを期待して事態の変化を待ちわびるような願望でも、状況が厳しくなった時に吹き飛んでしまうような約束でもない。どんな困難や試練が押し寄せても、どれだけ歳月や労力がかかっても、必ず成し遂げていく──自分の全存在を賭けた“生きる証し”の異名ともいうべきものに他なりません。

あきらめの壁を打破する力は誓いに生き抜く人生に宿る

国連の活動支援は仏法者として必然
 私どもSGIは、大聖人が仏法の肝心として強調した、地涌の菩薩の「誓願」の生き方を範としています。それは、自ら立てた誓いを果たそうとする中で、どんな現実からもプラスの価値を生み出す内発的な力を磨きながら、それぞれの地域で苦しみを抱える人たちに寄り添い、励まし合いながら「自他共の幸福」を目指す生き方です。
 そして社会にあっては、地球的問題群の解決に取り組む国連のさまざまな活動を、市民社会の立場から一貫して支援してきました。
 その支援にかける思いを以前(1989年12月)、国連のラフューディン・アーメド事務次長とヤン・モーテンソン事務次長との会談で、次のように述べたことがあります。
 「『平和』『平等』『慈悲』を説く仏法の理念は、国連の目指す道にも通じている。その国連への支援は、私どもにとって、いわば“必然”なのです。また、そうでなくては、仏法者としての自身の使命を偽ることにもなります」と。
 理想が大きければ大きいほど、自分の代だけで完全に果たすことができない場合もあるかもしれない。
 しかしマンデラ氏やマータイ博士のように、自分の存在と切り離せない“使命感”や“誓い”に生き抜く姿は、その一生を終えた後でも、多くの人々を勇気づける導きの星となって輝き続けるのであり、その原理は大聖人が「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(御書1086㌻)と示していたものでもありました。
 いかなる状況の下でも、どんな人であっても発揮でき、未来までも照らすことができる──この三重の意義を持った“希望”から常に出発する価値創造の挑戦こそ、深刻な脅威や問題に立ち向かうための基盤となり、「平和と共生の地球社会」というビジョンを実現するための架橋となるのではないでしょうか。

苦しんでいる人を絶対に見捨てない
 次に、第2の柱として提起したいのは、「連帯して問題解決にあたる価値創造」です。
 近年、レジリエンスに関する研究が進む中で、その鍵を握るものとして、いくつか重要な要素が浮かび上がってきています。
 例えば、「混乱に対処し、傷を癒すためにレジリエントなコミュニティが拠り所とするのは、深い信頼に根ざしたインフォーマルなネットワーク」であることや、「レジリエンスを人為的に植えつけようとする努力は功を奏しがたいが、その努力が真に日常の活動に根ざした人間関係から生まれるとき、レジリエンスは花開く」(前掲『レジリエンス 復活力』)といった点などが挙げられます。
 しかし、「深い信頼」を育む磁場となり、「日常の活動に根ざした人間関係」を築くための足場となるはずのソーシャル・キャピタルは、年々、弱体化している傾向がみられます。
 それがまた、ソーシャル・キャピタルが持つ緩衝地帯としての力を弱め、さまざまな脅威や社会が直面する問題の影響が、そのまま直接、一人一人に襲いかかる状態を招いている。
 その結果、厳しい状況に置かれた人々の多くが、苦しみを独りで抱えたまま、生きる希望を失ってしまうか、もしくは何事も自分のことを優先させ、生き残りを図るかという、両極端の“孤立”に引き裂かれる事態が生じていることが、強く懸念されます。
 経済哲学者のセルジュ・ラトゥーシュ氏が、弱肉強食的な経済競争で見捨てられてきた人々の尊厳を取り戻すために、「ディーセントな社会」(民衆を辱めない社会)を目指す必要性を訴え、他者と楽しみや喜びを分かち合うことを意味する「コンヴィヴィアリテ」の価値をその機軸の一つに挙げていますが(『〈脱成長〉は、世界を変えられるか?』中野佳裕訳、作品社)、大事な問題提起ではないでしょうか。
 仏法においても、この「コンヴィヴィアリテ」の志向性と響き合う、「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(御書761㌻)との教えが説かれています。
 現代社会の骨格に据えるべきものは、こうした喜びの分かち合いを通じて、社会を“富の輝き”ではなく“尊厳の輝き”で満たしていくためのビジョンであり、「最も苦しんでいる人を絶対に見捨てない」という同苦の精神ではないかと私は思うのです。
 人間と人間とのつながりが希薄になってきた時代の流れの中で、そうした社会への転換を目指すことは、途方もない難題に思えてしまうかもしれません。
 しかし、それがどれだけ抗しがたい流れに見えたとしても、人権運動の闘士マーチン・ルーサー・キング博士が強調していたように、「われわれはすべて、相互依存という逃れがたい網の目に捕えられており、同じ一枚の運命の衣裳のなかに結びつけられている」のであり、「われわれは力を合わせてともに生きるべく創られている」(『良心のトランペット』中島和子訳、みすず書房)というのが、この世界の実相ではないでしょうか。
 仏法の思想においても、キング博士の主張と相通じる「縁起観」が説かれていますが、人間同士の表面的なつながりがどれだけ失われても、生命と生命が織り成す連関性の中で世界が形づくられているという実相は変わるものではなく、人々の行動によって幾重にも「プラスの連鎖」を起こすことは可能なのです。

「同苦」の精神と対話が連帯の心を呼び覚ます

ハマーショルドが親友に遺した言葉
 世界の被災地を取材したノンフィクション作家のレベッカ・ソルニット氏も、災害時の暗闇を照らす「団結と利他主義と即時対応性でできた星座は大半の人々の中にすでにあり、大事な場面では、それが現れる」(『災害ユートピア』高月園子訳、亜紀書房)と強調しており、大切なのは、緊急時以外は「冬眠中」になりがちな支え合いや同苦の精神を、日頃から生き生きと発揮できるように、心がけていくことではないでしょうか。
 ソルニット氏は「聖教新聞」のインタビュー(2012年4月24日付)で、災害時に支え合いの心が生まれる条件として、「一人一人がコミュニティーの一員であると感じられる」ことや、「コミュニティーの中で、自ら声を上げ、働きかけ、自身の役割を感じられること」を挙げていました。
 私は、これらの点がそのまま、キング博士が「われわれは力を合わせてともに生きるべく創られている」との言葉で表した人間性を、どんな時にも呼び覚ます要件となり、問題解決に向けての行動の連帯を広げる前提になるのではないかと提起したいのです。
 そこで思い起こされるのが、国連の第2代事務総長を務めたダグ・ハマーショルドの言葉です。
 それは、長年の友人だった作家のジョン・スタインベックとの会食の席で、スタインベックが「ハマーショルドと国連のためにできることはないか」と尋ねた時のものでした。
 「地に腰を下ろし、人々に語りかけてください。これが、もっとも大切なことです」(ペール・リンド/ベングト・テリン「自然と文化──ハマーショルドが愛したもの」、『世界平和への冒険旅行』所収、光橋翠訳、新評論)
 各地の紛争解決のために困難を顧みずに行動し、国連の良心として今なお慕われる人物にして、この言であります。しかもそれは、アフリカのコンゴ動乱の調停に赴く途上で不慮の死を遂げる2週間ほど前に語ったものに他ならず、私にはその短い言葉から──国連や人類が抱える問題を解決するといっても、千里の道も一歩からで、一人一人が自分の人生の錨を下ろしている場所で、皆と心を開いて話し合いながら、連帯して行動を起こす以外に道はない──とのハマーショルドの思いが伝わってくる気がしてなりません。
 その意味でも、ソルニット氏が挙げた「一人一人がコミュニティーの一員であると感じられる」状況をつくり出す上で欠かせないのは、何にも増して「対話」であると言えましょう。
 対話といっても、堅苦しく考えて身構えてしまったり、解決策を見つけるまで止めることができないといった窮屈なものでは決してなく、ハマーショルドの言葉に宿る温かみのように、“共に語り合いの場所にいることを喜び合う”という対話のプロセスそのものを大切にすることに、意義があると思います。
 私自身、多くの人たちと深く知り合うことができる「対話」を、何よりも楽しく感じ、人生の最大の喜びの糧としてきました。
 何より、生活の場である地域で「対話」を広げることは、自分の存在を受け止めてくれる“安心の空間”を広げることにもつながります。また「対話」には、さまざまな垣根を越えて、同じ問題に胸を痛める人々を一つに結びつける力があり、「対話」を通じて互いの心の中に“同じ志”を発見する喜びは、共通の問題に臨むための連帯を自ずと強めていきます。
 一人の人間に無限の可能性があるといっても、連帯という横のつながりがなければ、その真価を発揮させることは難しく、「対話」を通じて培った連帯であってこそ、問題解決の途上で壁にぶつかった時も、再びの「対話」で新たな道筋を見いだすことができる。
 そして、勝ち取った一つ一つの“小さな前進”を共に喜び合いながら、ゴールに向かってさらに前へ進むことができるのです。

「他者への行動」が生むプラスの連鎖
 次に、コミュニティーの中で「自身の役割を感じられること」という二つ目の要件に照らして、大切な意味を持つのが、さまざまな問題がもたらす苦しみを分かち合い、連帯して行動を起こすことです。
 私は現在、ローマクラブの共同会長を務めるエルンスト・U・フォン・ヴァイツゼッカー博士との対談を進めていますが、そこで話題になった「自発的労働」(周囲の人々や将来世代のために自分から進んで行う活動)は、苦しみを分かち合う連帯の意義を考える上で、一つの示唆を与えてくれるのではないかと思われます(「地球革命への挑戦」、「東洋学術研究」第52巻第2号所収)
 「自発的労働」の意義は“他者のために尽くす”という点のみに帰着せず、その行為を通じて“より良い自分自身が形づくられる”という「プラスの連鎖」が起こる点にあります。
 人間の尊厳はひとりでに輝くものではなく、自分と他者という二つの岸を結ぶ心の橋が架けられてこそ、尊極なる輝きを放ち始めるものに他なりません。
 仏典に「人のために火をともせば・我がまへあき《明》らかなるがごとし」(御書1598㌻)とあるように、他者に尽くす行為が放つ光がそのまま、自身の尊厳を照らし返す光となっていく。どんな厳しい状況に直面し、深い苦しみを抱えていても、励ましの炎を灯すことはできるのであり、その炎が放つ光が相手の苦しみだけでなく、自分の心に覆いかぶさった苦しみの闇をも晴らしていくと、仏法では説くのです。
 地域での貢献活動やボランティア、NGOの活動に限らず、苦しみを抱える人々が互いに手を取り合い、「プラスの連鎖」で喜びを広げていく行動は、「対話」とともに、すべての人々の尊厳が輝く社会を築く上で大きな原動力になると確信してやみません。
 その無限の可能性は、国連開発計画のヘレン・クラーク総裁が、「もし世界の70億人が人類共通の問題の解決を見出すために協働するならば、計り知れない変化を生み出せることでしょう」(国連開発計画駐日代表事務所のホームページ)と強調していたところでもあります。
 地域の問題はもとより、人類共通の課題の解決に向けて計り知れない変化を生み出す礎となるものこそ、「他者との喜びの共有」を軸とした連帯であり、その連帯に基づく価値創造の挑戦だと思うのです。

憎悪や排他の感情に押し流されず善性を薫発し合う生き方を

第1次大戦を機に生じた戦争の変異
 最後に、第3の柱として提起したいのは、「自他共の善性を呼び覚ます価値創造」です。
 今年で第1次世界大戦の勃発から100年となりますが、戦争の様相はこの大戦を境目に大きな変異を遂げたと言われます。
 その一つは「対象の無差別性」で、工業力の発達で距離や地理的制約を超えての攻撃が可能となり、前線と銃後の境界が実質的に消滅する中、戦闘機による一般市民を巻き込んだ都市爆撃や、潜水艦による民間船を含む無差別の魚雷攻撃が行われたことです。
 もう一つは「手段の無制限性」で、戦争の規模が大きくなったために、個々の戦局を少しでも早く有利に運ぶことが重要課題となる中、戦果を効率よく上げるために、毒ガスなどの非人道的な兵器が使用されるようになったことです。
 これらは、国民と資源を最大限に投入して敵国を圧倒しようとする「総力戦」の思想が芽生える中で進められたもので、その結果、第1次世界大戦では戦闘員の犠牲者が増大したほか、一般市民の間でも多くの犠牲者が出ました。こうした傾向は第2次世界大戦でさらにエスカレートし、戦闘員の犠牲者が1700万人に対し、一般市民の犠牲者は3400万人にのぼったと推定されています。
 現在にいたるまで、この“二つの無差別性”はとどまることなく追求されており、その最たるものが敵側に属する人間すべての殲滅も辞さない「核兵器」であり、もう一つの象徴が、遠隔攻撃の最終進化形ともいうべき存在として近年、国際社会で懸念が高まっている「無人機攻撃」です。
 無人機攻撃は、テロ組織や武装勢力など“自国に対する脅威”とみなした存在を、遠隔操作による空爆で排除しようとする行為ですが、本来裁判などで対処すべきところを、問答無用で武力行使することに加え、周辺の住民が攻撃に巻き込まれても“付随的被害”として容認する姿勢が問題視されており、昨年には国連人権理事会の依頼を受けた専門家チームによる実態調査も行われました。
 核兵器と無人機攻撃は、いずれも人道や人権の精神に反するだけではありません。その根底には、いったん敵とみなせば、どんな人間であろうと生かしておく余地はなく、いかなる手段をとろうと、どんな犠牲が生じても構わないという、「究極の排除」の思想が横たわっています。
 
善悪二元論による峻別が社会を蝕む
 こうした善悪二元論的な峻別が、人間の精神をどのように蝕んでいくのか。
 かつて社会倫理学者のシセラ・ボク博士が、スペイン内戦=注2=に身を投じた詩人のスティーヴン・スペンダーの報告を通して、次のように論じていたことが思い起こされます。
 ──スペンダーは党派心の結末をこう記していた。
 敵対するファシスト勢力に殺された子どもたちの写真を見た時には「激しい悲しみに襲われた」ものの、左派勢力による残虐行為をファシスト勢力が非難した時には「奴らはあんなうそをついていると怒りを感じた」だけだった、と。
 そんな彼にも、「殺されたすべての子どもたちのことを公平に気遣うのでなければ、明らかに子どもが殺されることが全く気にならなくなっていく」と思う時があったが、心がそう働くことに、彼はある種の恐怖を覚えたほどだった。
 つまりスペンダーは、「彼の側に立って戦う人たちの生命の危険に対する猛烈な関心と、ファシストの策略に対する彼の恐怖と不信」によって認識が歪められてしまった結果、「ファシスト側の子どもたちへの関心をすっかりなくし、彼らの災難をただのプロパガンダとみなすようになった」と(『戦争と平和』大沢正道訳、法政大学出版局を引用・参照)
 自分の側に「善」を置き、自分が敵視する人々をおしなべて「悪」とみなす思想は、イデオロギー対立が世界を分断した東西冷戦が終結した後も、さまざまに形を変えて多くの問題を引き起こしています。
 例えば、「テロの脅威」を理由に特定の宗教を信仰する人々を十把一絡げに危険視する風潮を煽るような動きをはじめ、「社会の不安」の高まりを背景に原因の矛先を特定の民族や人種に向けるヘイト・クライム=注3=やヘイト・スピーチ、さらには「安全保障」の名の下に人々の自由に制限を加えたり、監視の強化を人権よりも優先させる形で推し進める傾向が強まっていることなどに現れていると言えましょう。
 テロの脅威や社会の不安への対処とともに、安全保障への配慮が必要だとしても、その底流に善悪二元論的な思想がある限り、かえって恐怖や不信の渦を強めて、社会の亀裂をさらに深めてしまう恐れがあると、言わざるを得ません。
 そこには、常に「善」の側に立っていると自負しながらも、知らず知らずのうちに、自分が「悪」とみなしてきた対象に投影してきたイメージ──非人道的で抑圧的な行動を、映し鏡のように自ら実行に移してしまっている状況が生じていないでしょうか。
 そうではなく、マンデラ氏が大統領就任にあたり、「わたしたちは、なおも続く貧困や欠乏、苦難、差別から、すべての同胞を解き放つことを誓います。絶対に、二度とふたたび、この美しい国で、人が人を抑圧するようなことがくり返されてはなりません」(前掲『自由への長い道(下)』)と世界に向けて宣誓したように、テロの脅威や社会の不安への対処、また安全保障への配慮を行う場合でも、“いかなる人も抑圧してはならない”との原則に立って、社会の歪みを一つ一つ修復する努力を粘り強く進める中でこそ、問題解決の地平は開けてくるのではないかと思うのです。
 
仏法の十界互具論が提示する視座
 仏法で説く「十界互具論」は、この善悪二元論的な思想を乗り越えるための視座を提示しています。
 善なる生命状態にある人にも悪しき心の働きが備わっており、縁に紛動されて押し流されてしまうことを戒める一方、どんな悪しき生命状態に覆われたとしても、それは固定的なものではなく、自らの一念の転換と行動で善性を薫発することが万人に可能であることを強調した教えです。
 前者の例を象徴するものとして、「乞眼の婆羅門」の説話があります。
 ──釈尊の十大弟子の一人である舎利弗が過去世において、菩薩道の修行として布施行に励んでいた時、婆羅門が訪ねてきて眼が欲しいと言った。舎利弗が眼を差し出したところ、感謝の言葉さえないばかりか、その臭いを嫌って地面に捨てられ、足で踏みにじられた。愕然とした舎利弗は、“こんな人を救うことなどできない”と、長年続けてきた修行をやめてしまった──という話です。
 ここで重要なのは、眼を差し出す行為がつらかったのではなく、その行為を踏みにじられたことが我慢ならなかったという点です。眼を差し出すまでは利他の精神が心の重心にあったものの、その思いが踏みにじられた瞬間に消し飛んで、他人の幸福などより自分の悟りだけを追求しようと心を閉ざしてしまった結果、舎利弗は長い間、エゴの闇に囚われて苦しみ続けることになったのです。
 日蓮大聖人はこの説話を通して、どんな人でも縁に紛動されやすいことを指摘しつつ、その負の力に打ち勝つためには、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)と、人々のために行動することを誓い、何が起ころうとも常にその誓いに立ち返る以外にないと訴えたのです。
 一方、後者の例にあたるものとして、古代インドのアショカ大王が改悛した史実が挙げられます。
 ──紀元前3世紀頃、マガダ王国のアショカ大王はカリンガ国を征服した。
 10万人が殺され、15万人が捕虜となり、家を焼かれて肉親を失った人々の嘆きが天地を覆うという地獄図を前にして、暴虐の限りを尽くしてきたアショカも、痛切な悔恨にさいなまれずにはいられなかった。
 自分を責め、苦しみ抜いた果てに改悛したアショカは、戦争を二度と起こさないと固く誓い、他国への平和使節の派遣や文化交流に努めるとともに、不殺生などの思想を広めるために法勅を石柱などに刻んで各地に残していった──と。
 こうしたアショカ大王の“魂の転換劇”をめぐって、インドのニーラカンタ・ラダクリシュナン博士と語り合ったことがあります。
 マハトマ・ガンジーの研究で名高い博士が、「最初は暴君と恐れられたアショカ大王でさえ、平和の指導者へと変わることができた。自己を変革することができた。つまり“アショカ”は、一人ひとりの心のなかにいる。誰もが自分を変えることができる──そうガンジーは見たのです」(『人道の世紀へ』第三文明社)と指摘していたことが忘れられません。

社会の悪弊の根を断ち「人権文化」建設に挑戦

沈黙や傍観の壁を打ち破るための道
 この史実に裏付けられた確信があればこそ、ガンジーは「内なる悪」との対峙という不断の精進を自身に課すと同時に、「人間性には相反応し合うものがあるとの不滅の信念」(『非暴力の精神と対話』森本達雄訳、第三文明社)を燃やし、「自らも前進をするとともに、ときには、敵対する者たちまでも共に携えて行く」(『わが非暴力の闘い』森本達雄訳、第三文明社)アヒンサー(非暴力)の道を、貫き通すことができたのではないでしょうか。
 仏法の「十界互具論」が促しているのも、互いを“悪”として糾弾したり、排除し合うのではなく、同じ人間として引き起こす可能性がある“社会の悪弊”の根を断つために、「内なる悪」への眼差しを互いに忘れず、自他共に「善性」を薫発し合う生き方を選び取ることなのです。
 ある集団の中に排他的で暴力的な志向を強める人々がいたとしても、集団全体を敵視することは憎悪の連鎖を招くだけであり、あくまで大切なのは、“いかなる排他的で暴力的な行為にも明確に反対する人々の連帯”を堅固にする努力を、あらゆる差異を超えて社会全体で押し上げていくことではないでしょうか。
 私どもSGIが、国連が呼び掛ける「平和の文化」や「人権文化」の建設に、これまで力を入れてきたのも、そうした社会の土壌を育むことにつながると確信してきたからでした。
 ガンジーの思想を受け継ぎながら、人権のために闘ったキング博士は、自らの運動を攻撃する勢力以上に自由獲得の大きな障壁となるものとして、「正義よりも〈秩序〉の維持に熱中」する態度をはじめ、「善人のぞっとするような沈黙」や「自己満足の〈無為傍観主義〉」などを挙げ、警鐘を鳴らしたことがあります(『黒人はなぜ待てないか』中島和子・古川博巳訳、みすず書房)
 いわば「人権文化」の建設は、そうした陥穽──つまり、社会悪の蔓延に結果的に加担してしまう態度を互いに戒めるだけでなく、一人一人の善性を薫発するエンパワーメントを通し、誰もが人間の尊厳を守る主体者として貢献できる社会を目指しながら、皆の力で人権の強度を高めていく挑戦に他なりません。
 折しも、国連が推進する「人権教育のための世界プログラム」の第3段階(2915年~2019年)では、メディアなどを優先対象にすることに加えて、特にステレオタイプ(固定観念)や暴力に対して取り組み、「多様性の尊重」を培う平等や非差別に関する教育と研修を進めていくことになっています。
 SGIとしても、2005年の開始以来、一貫して取り組んできた「人権教育のための世界プログラム」への支援を柱としつつ、国連機関や他のNGOと力を合わせて、「自他共の善性を呼び覚ます価値創造」の挑戦に邁進していきたいと思います。

「教育」「青年」を共通目標の柱に掲げ人間の尊厳輝く世紀を

 続いて、すべての人々が尊厳を輝かせて生きられる「持続可能な地球社会」を築くために、3つの角度から提案を行いたい。
 第1の柱は、教育と青年に関するものです。
 前半で、歴史家トインビー博士の「われわれ自身の努力を通じて、われわれの順番において何らかの新しい、先例のない変化を歴史に与える道がわれわれには開かれている」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、社会思想社)との言葉を踏まえながら、民衆による民衆のための価値創造の挑戦について論じてきましたが、その力を引き出すエンパワーメントの源泉となるのが教育に他なりません。
 振り返れば、信念の闘争を貫いて出獄を果たしたマンデラ氏と初めてお会いした時(1990年10月)、新しい時代を建設するための最重要のテーマとして語り合ったのが教育であり、青年の育成でした。
 新生・南アフリカの建設の礎は教育にあるとの信念を持つマンデラ氏に対し、「100年先、200年先という未来を展望するとき、国家の発展の因を何に求めるか。それは『教育』である」との強い共感を、お伝えしたことを懐かしく思い起こします。
 対話を通して、“教育こそ、人間の尊厳を照らす光源である”との信念を私たちは強め合いましたが、そうした教育は一国の単位に限らず、人類全体の未来の命運を握るものと言っても過言ではありません。
 マンデラ氏が1万日に及ぶ獄中闘争を勝ち越えたのも、絶えず自身に“教育の息吹”を取り込み、恩讐を超えて平和と共生の社会を築くという夢を大きく育てていたからでした。
 「強固な壁の後ろに閉じ込めることができるのは、私の肉体だけなのです。私は依然としてコスモポリタン的な考えを持っています。心の中では、ハヤブサのように自由なのです。私のあらゆる夢の錨となっているものは、人類全体に共通する英知です」(『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳、明石書店)と、精神の翼を広げ、ギリシャの古典劇を読んで逆境に屈しない心を鼓舞したり、仲間の囚人と獄中で“大学”を開いて、理想の未来をつくりあげる力を共に養うことを怠らなかったのです。
 世界で今、脅威に直面して深刻な苦しみを抱えている人々、社会を何としても良い方向に変えたいと願っている人々、そして、これからの未来を担いゆく若い世代にとって何より必要なのは、この「不屈の希望」と「人類の英知に学ぶという精神性」に裏打ちされた価値創造の力を育む教育ではないでしょうか。

国連の新たな枠組みで「世界市民教育」を推進

30年以上にわたり国連の活動を支援

 昨年9月、国連で「ミレニアム開発目標に関する特別イベント」が開催され、ミレニアム開発目標に続く新しい国際共通目標=注4=の制定に向け、今年9月から政府間交渉を開始し、来年9月の首脳級サミットで採択するとのスケジュールが決まりました。
 これまで私は、新しい国際共通目標の対象分野として、循環型社会の追求や防災・減災をはじめ、人権、人間の安全保障、軍縮などを掲げることを訴えてきましたが、今回、そのリストに「教育」を加える形で提案を行いたい。
 具体的には教育の分野において、「初等教育と中等教育の完全普及」や「すべての教育レベルでの男女格差の解消」と併せて、「世界市民教育の推進」の項目を共通目標に盛り込むことを提唱するものです。
 そして特に3つ目の項目を軌道に乗せるために、今年で終了する「国連持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」の後継枠組みとして「世界市民教育プログラム」を新たに設け、国連と市民社会との協働プロジェクトとして進めることを呼び掛けたい。
 「世界市民教育」の重要性は、40年以上前に行ったトインビー博士との対談以来、各国の指導者や識者との対話を重ねる中で、私が一貫して強調してきたテーマであります。87年に発表した提言では、具体的な構想として、環境、開発、平和、人権の四つの分野を軸に、人類的価値を追求する「世界市民教育」の推進を提唱しました。
 この構想は、SGI(創価学会インタナショナル)が82年にニューヨークの国連本部で「核兵器──現代世界の脅威」展を開催して以来、国連の世界軍縮キャンペーンの一環として各国での巡回を進める中、“地球的問題群の解決には教育が不可欠の要素になる”との年来の信念を一層深め、提案したものでした。
 その後も89年から「戦争と平和」展を行ったほか、95年に始まった「国連人権教育の10年」や2000年以降の「平和の文化」に関する国連の一連の取り組みを、市民社会の立場から支援するために、「現代世界の人権」展や「世界の子どもたちのための平和の文化の建設」展などを開催し、草の根の意識啓発に全力を注いできました。
 また、他のNGO(非政府組織)と協力して、「ESDの10年」の制定と人権教育の国際枠組みの継続を訴え、2005年に「ESDの10年」と「人権教育のための世界プログラム」がスタートしてからは、この二つの国連の枠組みを支援する活動にも積極的に取り組んできたのです。
 このほか、持続可能な未来のための人間の行動規範と価値を謳った「地球憲章」の制定作業を支援し、その精神を普及するための活動を進めてきました。
 こうした30年以上にわたる活動を通し、さまざまな分野で連携と協力を深めてきたNGOとともに、2年前のリオ+20(国連持続可能な開発会議)では、公式関連行事として「私たちが創る未来」と題する円卓会議を開催しました。来月にはニューヨークで、「世界市民と国連の未来」をテーマにした円卓会議を行う予定となっています。
 リオの円卓会議で浮かび上がったのは、教育を問題への理解を深めることだけに終わらせず、一人一人が内面に備わる無限の力に目覚めていく「エンパワーメント」の触媒となり、時代変革への行動に勇んで立ち上がる「リーダーシップの発揮」の揺籃となるよう、教育を一連のプロセスとして追求する重要性です。
 その意味で、これまでの国連による活動の成果を踏まえつつ、次なるステップとして、「一人一人のエンパワーメント」から「すべての人々による価値創造の挑戦」までのプロセスを重視する新たな教育枠組みについて、検討を開始すべきではないでしょうか。

他国の犠牲の上に繁栄を追求しない
 そこで、「世界市民教育プログラム」の骨格に据えることが望ましいと考える3つの観点を提起したい。
 一、人類が直面するさまざまな問題への理解を深め、その原因に思いを馳せる過程を通じて、「どんな困難な問題でも人間が引き起こしたものである限り、必ず解決することはできる」との希望を互いに共有していくための教育。
 一、グローバルな危機が悪化する前に、それらの兆候が表れやすい足元の地域において、その意味を敏感に察知し、行動を起こしていくための力をエンパワーメントで引き出しながら、連帯して問題解決にあたることを促す教育。
 一、他の人々の苦しみを思いやる想像力と同苦の精神を育みながら、自国にとって利益となる行動でも、他国にとっては悪影響や脅威を及ぼす恐れがあることを常に忘れず、「他国の人々の犠牲の上に、自国の幸福や繁栄を追い求めない」ことを、共通の誓いに高め合うための教育。
 以上、3つの観点を提起しましたが、こうした点を加味した「世界市民教育」を、各国の中等教育や高等教育のカリキュラムに盛り込むことと併せて、市民社会が主体となって生涯学習の一環としてあらゆる機会を通じて進めていくべきではないでしょうか。
 国連の潘基文事務総長も2年前に、教育を国際社会の最優先課題にする「グローバル・エデュケーション・ファースト」のイニシアチブを立ち上げ、その柱の一つに地球市民の育成を掲げています。このように、国連においてグローバルな意識の涵養を重視する動きが見られることは、誠に心強い限りです。
 11月に名古屋市で行われる「ESDに関するユネスコ世界会議」でも、この地球市民の教育に対するESDの貢献と今後の取り組みが協議される予定であり、会議の成果などを踏まえながら、「世界市民教育プログラム」の制定を目指すべきだと思うのです。

若者たちをめぐる雇用環境の改善を
 続いて、この教育と並んで、新しい共通目標の対象に含めることを提唱したい分野は「青年」です。
 世界人口の4分の1を占める青年は、共通目標の影響を最も強く受ける世代であると同時に、その達成を図る上で最も影響力のある存在に他なりません。ゆえに世界の青年が、より良き社会を建設するための価値創造に積極的に挑戦できるような道筋を、共通目標に組み込む意義は大きいのではないでしょうか。
 具体的には、①「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)の確保に各国が全力を挙げること、②社会が直面する問題を解決するプロセスに「青年の積極的な参加」を図ること、③国境を超えた友情と行動の連帯を育む青年交流を拡大すること、の3項目を目標に設定することを提案したい。
 世界では現在、失業者が約2億200万人に達し、約9億の人々が仕事があっても1日当たり2ドルの貧困線を上回る収入を得られないと推定されています。
 特に若者をめぐる状況は厳しく、定職がない状態が続いたり、仕事があっても低賃金、劣悪な職場環境、不安定な雇用形態、男女間の待遇の格差などに苦しむ状況が広がっています。
 この状態が長引けば、多くの若者の尊厳が深く傷つけられ、未来への希望と生きる力を失ってしまいかねません。国際労働機関でも「ディーセント・ワーク」の確保に向けた努力を各国に呼び掛けていますが、その追求を共通目標で明確に掲げることで、状況改善の勢いを本格化させるべきであると思うのです。
 また2番目の、青年の問題解決への関与は、今後の世界を考える上で絶対に外せない要素であり、昨年9月にコスタリカで行われた「グローバル・ユース・サミット」の宣言でも、青年たちによる要請として強調されていた点でした。
 私も2006年の国連提言などで訴えてきたところであり、その一環として国連が昨年8月に開設した、青年のためのオンライン国連プラットフォームを強く歓迎するものです。
 各国でも同様に、青年の声を反映する仕組みを整備する努力を加速させるべきではないでしょうか。
 3番目の青年交流の拡大は、学生中心に進められてきた各種の交流をさらに幅広く青年一般に広げて定着させることを、国際社会の合意として共通目標に掲げることが望ましいと考え、提案したものです。
 その意義は、相互理解の深化や関心の継続だけにとどまりません。
 交流を通じて育まれた友情や心の絆は、憎悪や偏見に基づく扇動や、集団心理に流されない“防波堤”となっていくものです。
 どの国においても軍事力への依存と排他的な政治に歯止めをかけ、平和で人道的な社会を築くには、「他国の人々の犠牲の上に、自国の幸福や繁栄を追い求めない」という世界市民意識を持つ人々──なかんずく青年世代の裾野を広げることが欠かせません。
 顔と顔を合わせ、同じ時間を過ごす中で育んだ友情は、それぞれの国で次代を担う青年たちの心に「不戦への誓い」を一つまた一つと灯しながら、「地球的問題群の解決に向けた行動の連帯」という実りをもたらす、人類にとって無上の宝となるものです。
 創価学会でも、社会が直面する問題を青年の視点から考え、青年による行動の連帯を広げることを目指す運動「SOKAグローバルアクション」を、今年からスタートしました。
 他のNGOや諸団体とも協力しながら、青年が問題解決の最前線で行動する時代を力強く切り開いていきたいと思います。

多発する災害と異常気象 復興への協力強化が急務


「レジリエンス」を地域全体で高める
 次に提案の第2の柱として、災害や異常気象による被害を最小限に抑えるための国際協力について述べておきたい。
 世界気象機関が昨年に発表した報告書によると、21世紀の最初の10年間(2001年~2010年)は、ハリケーン・カトリーナやパキスタンでの洪水、アマゾン川流域の干ばつなど、異常気象が各地で発生した結果、犠牲者は37万人にのぼったといいます。
 異常気象が多発する状況は2010年以降も続いており、昨年だけでも、台風30号がフィリピンやベトナムに深刻な被害をもたらしたのをはじめ、ヨーロッパ中部やインドなどが豪雨による洪水に見舞われ、北半球の多くの地域が記録的な熱波に襲われました。
 また、こうした直接的な被害以外にも、気候変動は人々の生活を支える農業、漁業、林業などに深刻な影響を及ぼし、世界全体の経済的損失額は年間2000億ドルにも達しています。
 そのため、地球温暖化の防止に関する国連気候変動枠組条約の締約国会議でも、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量削減とは別に、損失や被害への対応が議題にのぼるようになり、昨年11月に行われた第19回締約国会議では、気候変動に伴う損失と被害に関する「ワルシャワ国際メカニズム」の設立が合意されました。
 しかしこの制度も、途上国への資金援助の提供を先進国に要請するだけで、拘束力はなく、メカニズムの見直しの機会も2016年まで持ち越されるなど、気候変動の悪影響に苦しむ人々の状況の改善にはつながらない恐れがあります。
 国連大学の環境・人間の安全保障研究所は、「現行レベルの適応策や緩和策では、さまざまな気候ストレスからの負の影響を回避するには十分ではない」(国連大学のホームページ)と警鐘を鳴らしていますが、何らかの新しいアプローチを見いだし、早急に対策を講じる必要がありましょう。
 そこで提案したいのは、国連気候変動枠組条約によるグローバルな規模での対応策と並行する形で、アジアやアフリカをはじめとする各地域で、災害や異常気象による被害を軽減し、復興を成し遂げるための「レジリエンス」の力を強化する協力体制を整備していくことです。
 災害や異常気象への対応は、「事前の備え」「被災時の救援」「復旧・復興」の3本柱から成りますが、このうち被災時の救援は、各国から支援が寄せられる場合が少なくないものの、残りの2つの分野における国際協力に関しては、より一層の拡充が必要ではないかと思います。
 どれだけ緊急支援が寄せられても、その後、一国の力だけで復興を成し遂げ、災害への備えを強化するには、かなりの困難が伴うことが、各地の事例で浮かび上がっているだけに、教訓を共有しながら助け合う制度を設けることは、急務だと言えましょう。
 現在、紛争については、国連の平和構築委員会などを通じて、紛争予防、紛争解決、平和構築が一連のプロセスとして取り組まれるようになっています。
 災害や異常気象についても同様に、「事前の備え」や「被災時の救援」から、「復旧・復興」にいたるまでの一貫した協力体制を、近隣諸国の間で築いていくべきだと思うのです。

近隣国同士の助け合いで安全保障の質的な転換を
 
気候変動を脅威に感じる国々が増加
 なぜ、その対応にあたって近隣関係を基盤にすることが望ましいのか。
 被災直後の支援とは異なり、「事前の備え」と「復旧・復興」は息の長い協力が必要なだけに、近隣国の間で助け合うことは無理が少ないだけでなく、地理的に近い関係であればこそ、自国にいつ襲いかかるかもしれない異常気象に関する教訓や備えを共有する意味が重みを増すからです。 
 それだけでも大きな意義があると思いますが、こうした災害や異常気象に関する近隣諸国での協力が軌道に乗れば、それ以上の計り知れない価値を地域全体にもたらす可能性を秘めていると、私は考えます。
 それは、近隣諸国間における安全保障のあり方を転換させる可能性です。
 昨年3月、韓国のソウルでアジア太平洋地域気候安全保障会議が開催されましたが、そこで発表された報告書によると、少なくとも110カ国が気候変動の問題を“安全保障上の脅威”として受け止めるようになってきたといいます。
 これまで多くの国が気候変動を“環境問題の一つ”と捉え、経済成長と比べて低い優先順位に置いてきたものの、ここ数年の間に認識が変わり、“安全保障上の脅威”として対応を図ることが必要と考える国々が増加しているのです。
 特筆すべきは、こうした面での安全保障を高めることは、軍事力を強化する場合に生じる「安全保障のジレンマ」──ある国が軍備を増強すると、他の国が脅威と受け止めて対抗措置をとるといったように、軍拡がさらなる軍拡を呼び、かえって不安や緊張が増すという負の連鎖に拍車がかかる状況──を招く恐れがないという点です。
 その上、災害や異常気象はどの国にとっても、いつ降りかかるかわからない性質のもので、被災直後に多くの国が救援に駆けつけ、支援を厭わないように、まさに“被災した時はお互いさま”という、国と国との垣根を越えた「同苦」と「連帯」の地平を開くものに他なりません。
 このことは、3年前にクライストチャーチ地震と東日本大震災に見舞われた、ニュージーランドと日本に住む、平和学者のクレメンツ博士と私が対談で語り合った点であり、博士はこう述べていました。
 「災害時に大規模な国際協力と支援の態勢がとられるのを目の当たりにして、非常に心強く思いました。それ自体、私たちの誰もが心の奥底で“文化や言語や国籍は違っても、ともに同じ人間である”と感じていることを物語っています。そのことが危機的状況でしか実感されない場合が多いのは残念という他なく、それだけに平時においても、災害時のような『相互扶助の精神』を保つことが大切だと思えてなりません」
 全く同感であり、そのためにレジリエンスの強化や復興支援の面で、近隣国同士が息の長い協力を積み重ねていく中で、「助け合いと支え合いの精神」を地域の共通文化として育むべきではないでしょうか。

地球公共財として情報の共有を図る
 実際、この分野で必要とされるような知識や情報、技術やノウハウは、従来の軍事的な安全保障で優先される情報保全とは違って、各国の間で共有してこそ、より大きな価値を発揮することができるものです。
 情報や技術を共有する国が増えれば増えるほど、各国で被害を最小限に食い止めるための道が開かれ、地域全体の災害リスク(安全保障上の脅威)の低減につながっていくからです。
 それはまさに、アメリカのジェファーソン第3代大統領が語った「私のろうそくの光を暗くせずに、彼のろうそくに火を灯すことができるように、彼は私のアイデアを減らさずに、それを受け取ることができる」との言葉を通し、経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ博士が概念の輪郭を描いた「地球公共財としての知識」に該当すると言えましょう(インゲ・カール/イザベル・グルンベルグ/マーク・A・スターン編『地球公共財』FASID国際開発研究センター訳、日本経済新聞社)
 災害に関するレジリエンスは、頑強性(社会的機能が容易に損なわれない)、代理機能性(不測の事態に代替手段で対応できる)、機転性(再起のための社会的な体力と知恵を備える)、迅速性(深刻な影響が広がる前に復旧の道筋をつける)の4項目で構成されますが、いずれもジェファーソンの言う「彼は私のアイデアを減らさずに、それを受け取ることができる」性質のものなのです。
 私は、この地域間協力の先鞭を、災害による被害が最も深刻であるアジア地域がつけ、世界の他の地域にも「レジリエンス強化と復興支援の協力の輪」を広げる流れをつくりだすことを呼び掛けたい。
 その基盤は既に存在しています。ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々に加えて、日本や中国、韓国や北朝鮮などが参加するARF(ASEAN地域フォーラム)=注5=が、安全保障に関する優先課題の一つとして「災害救援」を掲げ、協力のあり方を定期的に検討する枠組みができているからです。
 注目すべきは、ARFの活動の一環として、「災害救援」をテーマにした多国間の実動演習が、これまで3回実施され、文民主導・軍支援のコンセプトの下、医療部隊や防疫部隊、給水(浄水)部隊なども参加しての合同訓練が行われてきたことです。
 私は、この実動演習に、牧口初代会長が20世紀の初頭(1903年)に著した『人生地理学』で提唱していた、排他的な軍事的競争を人道的な方向へと転換させる可能性の萌芽をみる思いがしてなりません(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)
 牧口会長は、帝国主義や植民地主義が跋扈していた時代にあって、各国による競争の主軸が軍事的競争から政治的競争、さらには経済的競争へと変遷していくことを指摘しつつ、こうした“他の犠牲の上に自らの繁栄を追求する”競争からの脱却を果たし、国家の目的を「人道的競争」へと向け直していかなければならないと訴えました。
 そして、その挑戦を進める過程で、軍事や政治や経済面での競争の質的転換をも図ること──すなわち、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する方法」を選択し、「共同生活を意識的に行う」道を歩むよう、競争の重心を移すことを呼び掛けたのです。

隣国との友好こそ世界平和の基盤
「日中韓の首脳会談」開催を


自治体間の交流で防災力を高め合う
 この主張から1世紀以上がたちますが、ARFが「災害救援」の協力強化のために始めた実動演習を、牧口会長の言う「目的を利己主義にのみ置かずして、自己と共に他の生活をも保護し、増進せしめんとする」人道的な観点に立った軍事的競争の質的転換を各国に促す契機にしていくべきだと思うのです。
 「災害救援」の協力を重ねる中で、互いの国に対する不信やわだかまりを解きほぐしながら、「復旧・復興」のプロセスにまで協力体制を継続させることを目指していく。そして、「事前の備え」としてのレジリエンスの強化については、地方自治体の姉妹交流を通じて、顔と顔が向き合う間柄での協力を、それぞれの国で根を下ろしたものにする取り組みを進めていってはどうでしょうか。
 私はその取り組みを軌道に乗せる具体的な枠組みとして、ARFでの実績などをベースに「アジア復興レジリエンス協定」を締結することを提案したい。
 そして、アジア地域での先行モデルを構築するために、日本と中国と韓国が、地方自治体の姉妹交流を機軸にしたレジリエンスの強化に積極的に取り組むことを提唱したいのです。
 現在、日本と中国との間には354、日本と韓国の間には151、中国と韓国の間には149もの姉妹交流が結ばれています。99年からは、日中韓3カ国による「地方政府交流会議」も毎年行われ、交流の促進が図られてきました。
 こうした基盤の上に、各自治体の青年が中心となって、防災や減災を含むレジリエンス強化のための交流を進め、「友好と信頼の絆」を堅固にしていく。そして自治体間の交流という点と点を結び、「行動の連帯」の線を国家の垣根を越えて幾重にも描きながら、「平和的共存」という面を地域全体に浮かび上がらせていく──。
 隣国との友好を誠実に築く努力なくして、世界平和をどれだけ展望しても、画竜点睛を欠くことになってしまう。災害時に相身互いで支援をしてきたような精神こそ、隣国同士の関係の礎に据えるべきです。
 アジアのみならず世界に新たな価値創造の息吹をもたらすこの挑戦に着手すべく、「日中韓の首脳会談」を開催し、昨年の提言で訴えた環境問題での協力も含めて対話を促進することを強く望むものです。
 そして、来年3月に仙台で行われる「第3回国連防災世界会議」を契機に、どのような協力を具体的に進めるかについての協議を本格化させることを、呼び掛けたいと思います。

核兵器依存からの脱却は「非人道性」の観点が鍵に

日本を含む125カ国が共同声明に賛同

 最後に第3の柱として、核兵器の禁止と廃絶に向けての提案を行いたい。
 先に論じた地震や津波などの災害は、事前の備えで被害の軽減は図れても発生自体は止められないものであるのに対し、その災害以上に取り返しのつかない惨劇をもたらす核兵器の脅威は、大多数の国々の明確な政治的意思を結集することができれば、防ぐことのみならず、なくすことさえ可能なものであります。
 昨年8月、シリアで化学兵器が使用され、多くの市民が犠牲になったことに対し、国際社会で強い非難が巻き起こりました。
 このシリアでの事態を受け、国連の安全保障理事会でも、「シリアのいかなる主体も、化学兵器を使用、開発、生産、取得、貯蔵、保持、もしくは移転してはならない」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第433―4号)と強調し、化学兵器を迅速に廃棄することを求める決議を採択しました。
 化学兵器が現実に使用され、その非人道性があらためて浮き彫りになる中で、“誰であろうと保有も使用も許されない”との原則が安全保障理事会で厳格に示されたわけですが、大量破壊兵器の最たる存在である核兵器について、同じ原則がいまだ適用されずにいるのは、明らかにおかしいと言わざるを得ません。
 国際司法裁判所が96年に示した勧告的意見の中で、「核兵器の破壊力は、空間にも時間にも閉じこめておくことができない。核兵器は、あらゆる文明と地球上の生態系の全体とを破壊する潜在力をもっている」(浦田賢治編著『核不拡散から核廃絶へ』憲法学舎)と警告したように、核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果は、化学兵器とは到底比べものにならないからです。
 この壊滅的な人道的結果と正面から向き合い、核兵器の問題を論じることは、安全保障の論理を最優先にする国際政治の下で長らく遠ざけられてきましたが、2010年に開催されたNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書で深い懸念が示されて以来、新たな動きが国際社会で生まれ始めています。
 昨年3月、ノルウェーのオスロで行われた国際会議は、70年近くに及ぶ核時代の中で、人道的影響の観点から核兵器の問題を捉え直すことを目的とした初めての会議となりました。
 そこで科学的見地に基づく検証などを行った結果、会議の出席者が共有したのは、「いかなる国家も国際機関も、核爆発によって引き起こされた直接的な人道的非常事態に適切に対処し、被災者を救援しうるとは考えにくい」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第419―20号)との認識でした。
 こうした中、この検証などを追い風としながら、核軍縮と不拡散をめぐるすべての協議の中心に「核兵器の人道的影響」を据えることを求める国々の輪が徐々に広がっています。
 1012年5月以来、核兵器の人道的影響に関する共同声明の発表が重ねられる中、4回目となった昨年10月の声明の際には、賛同国が“核の傘”の下にある日本などを含めた125カ国にまで拡大しました。
 その背景には、「核兵器がもたらす惨劇を誰にも味わわせてはならない」と訴え続けてきた広島と長崎の被爆者をはじめ、核兵器廃絶を求める人々の力強い支持がありましたが、国連加盟国の3分の2を占める国々が「いかなる場合にも」と一切の例外を認めず、核兵器の使用は壊滅的な人道的結果をもたらし、人類の利益に反することを確認したことは、重要な意義を持つと言えましょう。

レイキャビクでの米ソ首脳の対話
 歴史を振り返れば、アイスランドのレイキャビクで1986年に行われた米ソ首脳会談で、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長が「核兵器の全廃」の合意に向けて胸襟を開いて対話した背景にあったのも、核戦争がもたらす壊滅的結果への恐れでありました。
 ゴルバチョフ氏は、会談の半年前にチェルノブイリで原発事故が起きたことなど、当時を回想して、次のように述べています。
 「チェルノブイリがなかったら、レイキャビクはなかった。そしてレイキャビクがなかったら、核軍縮は進まなかっただろう」
 「一基の原子炉の放射能に対してさえも、十分に対応できなかったのに、ソ連全土や、米国、日本で核爆発がどんどん起きたら、どうなるか。放射能汚染への対応など、とても手に負えない。もう、おしまいである」(吉田文彦『核のアメリカ』岩波書店)と。
 この時、アメリカのSDI(戦略防衛構想)をめぐる意見対立が解消できず、「核兵器の全廃」は合意寸前で幻に終わってしまったものの、「われわれの子や孫をこんな恐ろしい兵器から解き放ちたい」(太田昌克『アトミック・ゴースト』講談社)との思いを抱いていたレーガン大統領との間で、翌86年にはINF(中距離核戦力)全廃条約という米ソ間で初めての核軍縮条約が実現したのです。
 それから四半世紀以上を経た今、人類を取り巻く状況はどう変わったのか。
 それは、昨年6月のベルリンでの演説で「我々は、もはや世界的な絶滅の危機の中にはいないと言えるかもしれない。しかし、核兵器が存在する限り我々は真に安全ではない」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第427―8号)と述べたアメリカのオバマ大統領の言葉が物語っていると言えましょう。
 偶発的事故や誤った情報に基づく核攻撃、また懸念が高まっている核テロリズムによって、壊滅的な人道的結果がもたらされる可能性は常に横たわっているのであり、核兵器を保有する国が増えた分だけ、危険性も増しているからです。
 しかし、冷戦時代と現在を比べて、決定的な違いと動かし難い共通点があることに着目することで、「核兵器のない世界」に向けての新たな地平が浮かび上がってくるのではないかと、私は提起したい。
 まず決定的な違いとは、保有国の間での核攻撃による徹底抗戦という冷戦時代に危惧されたような事態が実際には考えにくくなっていることや、テロをはじめとする今日的な脅威に対応できないとの観点から軍事的な有用性の認識に変化がみられることです。
 つまり、「深刻な対立が存在した」からこそ危険だった時代から、深刻な対立が抜け落ち、「核兵器が存在し続けている」からこそ危険という時代へと移り変わったということです。
 冷戦時代には「抜き差しならない対立」が互いの危機意識を高め、抑止政策によって核兵器が角突き合わせる対峙を招いていたのに対し、現在では「世界に核兵器が存在している状況」が常に不安を生むために、新たに保有を望む国が出てきたり、どの保有国も核兵器を手放せない心理が働いているとは言えまいか。
 2008年に世界経済危機が発生してから、どの国も厳しい財政問題に直面しているにもかかわらず、軍事的な有用性が低くなる一方の核兵器を保持するために全保有国で毎年1000億㌦も費やしている事実を前に、核兵器は“国の威信を高める資産”というよりも、“国の財政を傾ける重荷”になりつつあるとの声も上がっています。
 こうした状況に鑑みて、保有国は核兵器の存在がもたらす脅威を解消するための行動に踏み出すべきではないでしょうか。

核兵器の本質を剔抉《てっけつ》した戸田会長
 そして、もう一つの鍵となる動かし難い共通点とは、広島と長崎への原爆投下以来、68年間にわたり、どの国も、どの指導者も、核兵器を使用しなかったという事実です。それは、冷戦の終結前も終結後も変わることはありません。
 この点を考えるにつけ、思い起こされるのは、広島と長崎への原爆投下を決断したトルーマン大統領が、その3年後(1948年)に述べた保有国の指導者としての自戒の言葉です。
 「これは軍事的な兵器ではないことを理解しなければならない。女性や子ども、武装していない人々を消し去るために使用された兵器であり、軍事的なものではなかった。ライフルや大砲といった、普通の兵器とは違う扱いをしなければならない」(前掲『核のアメリカ』)
 ソ連がアメリカに続いて核実験を成功させたのは、翌49年でした。以来、抑止論が世界を覆うようになって今にいたるわけですが、「軍事的な兵器」でもなく「普通の兵器とは違う扱いをしなければならない」という核兵器の性質を、多くの指導者が核のボタンの責任を背負う中で知らず知らずのうちに感じ取ってきたことが、“核不使用の楔”になってきたのではないかと思えてなりません。
 新しい動きとして昨年、国連総会の決議に基づき、多国間核軍縮交渉を前進させるためのオープン参加国作業部会が設置され、協議が行われましたが、この決議を主導したオーストリアは、6月に提出した文書で次のような問題提起をしていました。
 「核兵器のない世界を達成し維持するという普遍的な目標では、全ての国家が一致している。しかし、核兵器の後戻りのできない廃絶に向けた最も効果的な道筋に関する共通の認識はない。この認識の溝に橋を架けるにはどうしたらよいだろうか?」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第429号)
 私は、核兵器の人道的影響に関する共同声明に基づく連帯と、トルーマン大統領に端を発する“他の兵器とは異なる核兵器の性質”を感じながらも安全保障上の観点から保持してきた指導者との間に架ける橋は、「誰も核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果を望んでいない」との思いではないかと考えるのです。
 核開発競争が激化していた57年9月に「原水爆禁止宣言」を発表し、世界の民衆の生存権を脅かす核兵器の本質について剔抉した私の師・戸田第2代会長は、その宣言に先駆ける形で、「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(『戸田城聖全集第3巻』)と訴えていました。
 先の共同声明で核兵器の使用について掲げられた「いかなる場合にも」との文言に対し、安全保障のための軍事オプションが制約されることへの懸念を、真っ先に考えてしまう指導者は少なくないかもしれません。しかし、その文言を「いかなる人にも」と、壊滅的な人道的結果を被る一人一人の立場に置き換えてみれば、核兵器の使用を正当化できるような例外的事由を設けることが、果たして許されるのかどうか。
 「武装していない人々を消し去る」という、まさにレッドライン(越えてはならない一線)を越えた、核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果は、世界の民衆の生存権を根本から脅かすものとして戸田第2代会長が指弾していたように、「どの国であろうと」「誰であろうと」受け入れ難いものであるとの思いを共有することが、安全保障上の理由から核兵器の使用を容認する思想を乗り越える鍵になると思うのです。

核兵器禁止条約の制定へ市民社会の連帯を拡大‼︎

不使用協定に向け日本は積極貢献を
 以前から私は、原爆投下から70年となる来年に「核廃絶サミット」を広島と長崎で開催することを提唱してきましたが、このサミットの開催をもって、国や立場の違いを超えて「核兵器のない世界」を求める人々が集い、同じ地球に生きる人間として行動を誓い合う場としていくべきではないでしょうか。
 具体的には、先ほどの共同声明に賛同する国々や、NGOの代表をはじめ、保有国を含む各国の青年たちを参加者の主軸に据えていくことで、「世界青年核廃絶サミット」と銘打って、核時代に終止符を打つ誓いの宣言を青年が中心となって取りまとめ、宣言の採択を機に新たな行動を起こすことを呼び掛けたい。
 その上で、この開催に加えて、具体的な課題として2つの提案を行いたいと思います。
 1つ目の提案は、来年のNPT再検討会議で「核兵器の壊滅的な人道的結果」を中心議題の一つに取り上げ、核軍縮の誠実な追求を定めたNPT第6条の履行を確保する措置として「核兵器の不使用協定」の制定に向けた協議プロセスを立ち上げることです。
 そもそもNPTの無期限延長が95年に決まった時から、非保有国に対して保有国が核攻撃をしないという「消極的安全保障」を法的拘束力のある文書で定めることは、大きな課題となってきました。
 私はこれを、NPT加盟国に核兵器を使用しないことを“NPTの基本精神に根差した義務”として保有国が遵守する協定へと発展させる形で、成立を図るべきだと思います。
 その目的は、「不使用協定」を通し、核兵器の存在がそれぞれの地域にもたらしている不安定要因を大幅に取り除き、核兵器の役割を縮小させる道を現実に開くことにあります。
 2010年のNPT再検討会議での最終文書では、保有国が速やかに取り組むべき措置を列挙し、今年の準備委員会で「履行状況を報告すること」に加えて、来年の再検討会議で「NPT第6条の完全履行に向けた次なる措置を検討すること」を求めています。
 その1つが核兵器の役割縮小であり、安保理常任理事国である5カ国の間でも「核兵器の不使用協定」の成立を期すことが強く求められます。2016年に日本で行われるG8サミットの開催に併せて、「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」を行い、早期の協定調印を誓約することを呼び掛けたい。
 すでに2年前のNATO(北大西洋条約機構)サミットで、「核兵器の使用が考慮されねばならないような状況は極めて考えにくい」(梅林宏道監修『イアブック「核軍縮・平和2013」』ピースデポ)との認識が、NATO加盟国の一致した見解となっています。保有国は今こそ、NPTの誓約を果たす政治的意思を示し、それを協定へと結実させるべきではないでしょうか。
 また核兵器による拡大抑止には、冷戦時代にイギリスの国防相を務めたデニス・ヒーリーが提起した法則がみられると言います。
 ヒーリーによれば、ロシアの核攻撃を抑止するにはアメリカによる報復の確実性が「5%」あるだけで十分だが、“核の傘”の下にあるヨーロッパ諸国を安心させるにはアメリカが報復する確実性が「95%」も必要になる、と。その意味では、“核の傘”に依存してきた国々の方針が、現行の過剰なまでの核軍備を維持させる要因になってきたとも言えましょう。
 そこで「不使用協定」を成立させることによって、“核の傘”の下にある国々にも、新たな安心と安全の枠組みが確保できるようになれば、自国にも他国にも壊滅的な人道的結果をもたらす核兵器に安全保障を依存しなくても済む道が開かれ、核兵器の役割縮小の前提条件が整うことになるに違いありません。
 そして、「不使用協定」を突破口に、北東アジアや中東など非核兵器地帯が実現していない地域で、その前段階としての「核不使用地帯」の設置を目指すべきだと思うのです。
 “核の傘”の下にありながら、共同声明に賛同した日本は、被爆国としての原点に立ち返って、「不使用協定」の成立とともに、「核不使用地帯」の設置に向け、積極的に貢献することを強く望みたい。

懸念を解消させる制度的保障が重要

 2つ目の提案は、こうしたNPTに基づく枠組みと並行させる形で、核兵器の人道的影響に関する共同声明の取り組みなどを軸としながら、国際世論を幅広く喚起し、核兵器の全面禁止に向けての条約交渉を開始することです。
 私は2年前の提言で、条約と議定書のセットで核兵器の禁止と廃絶を図るアプローチを提案しましたが、例えば条約には「核兵器による壊滅的な人道的結果に鑑み、安全保障の手段として核兵器に依存することを将来にわたって放棄する」との趣旨の条文だけを設けて、具体的な禁止事項や廃棄と検証に関する内容は議定書で定めるという方式も考えられましょう。
 仮に議定書の発効に時間がかかったとしても、条約の締結で“核兵器は世界にあるべき存在ではない”との国際社会の意思が決定づけられ、それが必ずや、核時代の終焉につながっていくと確信するのです。
 その一つの方向性として、包括的核実験禁止条約=注6=の方式を踏襲し、厳格な発効要件を満たさない限り、議定書は発効しないとの構造を盛り込む考え方もあるのではないでしょうか。条約の主眼は「核兵器の使用を罰すること」ではなく、あくまで「禁止規範の確立とその普遍化」にあると考えるからです。
 共同声明に賛同した125カ国以外にも、安全保障上の理由で使用の禁止は容易に認め難いものの、壊滅的な人道的結果への懸念を共有する国は少なくないと思います。そこで、条約の基本構造に“安全保障上の懸念に対する配慮”が担保される制度的保障を組み込めば、より多くの国が安心して加盟できるようになるのではないでしょうか。
 この方式の是非はともあれ、「不使用協定」も最終目的にいたる橋頭堡にすぎないだけに、核兵器の禁止と廃絶に向けた挑戦を加速させることが急務であり、市民社会の連帯で後押しすることが欠かせません。

青年主体の「核廃絶サミット」で核時代に終止符を打つ宣言を!


SGIの青年部が実施した意識調査

 その観点から重要となるのが、オスロでの国際会議に続く形で来月にメキシコで行われる「核兵器の人道的影響に関する国際会議」から、広島と長崎への原爆投下70年を迎える来年8月までの期間であると言えましょう。私どもSGIでも、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)をはじめ、「核兵器のない世界」の実現を求める多くの団体と力を合わせて、グローバルな民衆の意思──特に青年世代の声を結集していきたいと思います。
 SGIの青年部では、9カ国の青年層を対象にした「核兵器の非人道性」に関する意識調査を実施し、その結果を昨年4月にNPT再検討会議準備委員会のコーネル・フェルタ議長に提出しましたが、そこでは9割以上が核兵器を非人道的と考え、8割が禁止条約の制定を支持していることが明らかになりました。
 「核兵器のない世界」の建設は、核兵器の脅威を取り除くことだけが目標ではなく、平和と共生に基づく時代への道を民衆自身の手で切り開く挑戦に他なりません。そしてそれは、将来の世代を含めて、すべての人々が尊厳を輝かせて生きていくことのできる「持続可能な地球社会」の必須の前提となるものです。
 それが、21世紀に生きる私たち民衆が連帯して成し遂げるべき価値創造の挑戦であるとするならば、その最大の主役は青年です。
 次代を担う青年たちが、「核兵器による悲劇を誰にも味わわせてはならない」「核兵器と人類は共存できない」との思いを結集し、行動の連帯を大きく広げていけば、乗り越えられない壁などないはずです。
 私どもSGIは、核兵器の廃絶をはじめ、地球上から悲惨の二字をなくすために、青年世代の活動を柱に希望のビジョンを共有する人々や団体と協力し、価値創造の万波を力強く起こしていきたいと思います。


語句の解説
 
注1 ソーシャル・キャピタル
 社会や地域での信頼関係や結びつきを表す概念で「社会関係資本」と訳される。これが蓄積された社会では、相互の信頼や協力が得られやすいため、経済や教育、健康や幸福感の面でも良い影響がみられることについて、政治学者のロバート・パットナムによる実証研究など、さまざまな研究が進められてきた。

注2 スペイン内戦
 1936年から39年までスペインで続いた内戦。人民戦線派(左派勢力)による政府に対し、軍部・右翼勢力が蜂起。政府側はソ連や国際義勇軍の支援を受けたが、ドイツとイタリアのファシズム勢力から援助を受けた軍部・右翼勢力に敗れ、フランコ将軍の独裁体制が成立した。当時、国際義勇軍には、小説家のジョージ・オーウェルや詩人のスペンダーをはじめ、多くの知識人も加わった。

注3 ヘイト・クライム
 人種、民族、宗教など特定の属性への憎悪や偏見に基づく犯罪。90年代以降、アメリカを中心に広がり、近年も経済不況の影響で増大する人々の不安や不満を背景に深刻化してきた。ヘイト・スピーチ(明確な差別的な意図に基づく暴言や差別的行為を扇動する言動)とともに、各国で大きな社会問題になっている。
 
注4 新しい国際共通目標
 国連が2015年を目指して進めてきたミレニアム開発目標に続く枠組みで、「ポスト2015開発アジェンダ」との名称で呼ばれる。現在、この検討作業と並行する形で「持続可能な開発目標」の内容検討も進んでいるが、最終的にはこの二つの流れが統合され、単一の共通目標として制定される見込みとなっている。

注5 ASEAN地域フォーラム
 アジア太平洋地域の安全保障環境の向上を目的とした政府間フォーラム。1994年に第1回閣僚会合が行われて以来、信頼醸成の促進や予防外交の進展などが図られてきた。アメリカやロシアを含めた26カ国とEU(欧州連合)が参加し、災害救援のような非伝統的な安全保障分野での連携にも力が入れられている。

注6 包括的核実験禁止条約
 大気圏内外、水中、地下での爆発を伴う核実験を禁止する条約。略称はCTBT。96年9月に国連総会で採択された。まだ発効していないものの、自発的な核実験停止の流れを下支えし、国際監視制度の整備も進むなど、条約の存在自体が一定の役割を果たしてきた。発効には、核兵器の開発能力のある44カ国すべての批准という厳しい条件があり、残り8カ国の批准が必要となっている。
2014-01-30 : 提言 :
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第38回「SGIの日」記念提言 「2030年へ 平和と共生の大潮流」

第38回「SGIの日」記念提言 「2030年へ 平和と共生の大潮流」

 きょう26日の第38回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田SGI会長は「2030年へ 平和と共生の大潮流」と題する提言を発表した。
 提言ではまず、国連で新たな取り組みとして「持続可能な開発目標」の制定が目指されていることに触れ、その精神的基軸に「生命の尊厳」を据えることを提唱。貧困や格差、人権侵害、差異に基づく紛争や対立の問題に言及し、解決への方途を仏法思想を通して探りつつ、社会で育むべき精神性として、「他者と苦楽を共にしようとする意志」「生命の無限の可能性に対する信頼」「多様性を喜び合い、守り抜く誓い」の3点を挙げている。
 続いて、平和と共生の地球社会の建設に向けた挑戦として、核兵器を含めた軍縮の推進を提起。広島と長崎への原爆投下から70年となる2015年にG8サミットを開催する際に「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」を行うことや、2030年までに「世界全体の軍事費の半減」を目指すことを訴えている。また人権の観点から、極度の貧困に苦しむ人々が尊厳を取り戻すための「社会的保護の床」を全ての国で整備することや、国連の枠組みとして「人権教育と研修のための地域拠点」を設けることを提案。
 最後に、緊張が高まる日中関係について、事態の悪化を防ぐための対話を早急に行った上で、「首脳会談の定期開催」による関係の緊密化や「東アジア環境協力機構」の設立を通し、日中の青年たちが力を合わせて人類の未来のために貢献する時代を築くことを呼びかけている。


 「SGIの日」を記念して、平和と共生の地球社会の建設に向けた2030年へのビジョンを展望したいと思います。

ミレニアム開発目標の一部が達成
 国連では創設以来、今年で採択65周年を迎える「世界人権宣言」をはじめ、国連総会や世界会議での決議を通して、環境と開発に対する「持続可能な開発」、紛争や構造的暴力に対する「平和の文化」など、人類が共同して追求すべき理念や指標を明示することで、国際協力を推進するための旗印にしてきました。
 昨年9月にも「人間の安全保障」に関する決議が採択されましたが、こうした理念の設定が重要なのは、“現代の世界で何が蔑ろにされているのか”を浮き彫りにすると同時に、どのような取り組みが急務なのかを明らかにして注意を喚起するためです。
 実際、国連で重点課題とされてきたミレニアム開発目標=注1=について、「世界で極度の貧困に苦しむ人々の割合を半減する」との項目が2015年の期限を待たずに達成されました。「安全な飲料水を継続的に得られない人々の割合を半減する」などの目標も実現しており、「初等教育における男女格差の解消」は、あと一歩というところまで前進しています。
 もちろん、このままのペースでは達成が危ぶまれる項目も少なくなく、また、仮に全ての目標が達成できたとしても、多くの人々が劣悪な環境で生命や尊厳を脅かされる状況は依然として残るだけに、さらなる取り組みが急務であることは論をまちません。
 しかし部分的ではあるにしても、これらの成果が意味するものは、“問題意識を共有し、克服すべき課題と期限を明確にした上で、一致した努力を傾注する流れをつくり出すことができれば、世界は着実に変えることができる”という点ではないでしょうか。
 折しも昨年6月の「リオ+20」(国連持続可能な開発会議)で、新たに「持続可能な開発目標」の制定を進めることが決まり、先月には検討のための作業部会が設立されました。
 新目標の期限として予定されている2030年までに何を成し遂げ、どんな世界を築いていくのか──今こそ衆知を結集して、地球社会のグランドデザイン(青写真)を描き出すべきであると訴えたい。

悲劇の流転を断つ挑戦を!

文豪ゲーテが剔抉した文明の病理
 「今はすべてが悪魔的速度で、思考においても行動においても一瞬たりとも休むことなく走り過ぎていく」
 「若者たちは非常に幼いうちから急き立てられ、時の渦に飲み込まれていく。豊かさと速さこそ世間が称賛し、誰もが求めてやまないものとなった」(マンフレート・オステン『ファウストとホムンクルス』石原あえか訳、慶應義塾大学出版会)
 この鋭い文明批評は、現代の思想家によるものではありません。18世紀後半から19世紀にかけて活躍した文豪ゲーテの言葉です。
 私は現在、ワイマール・ゲーテ協会顧問のマンフレット・オステン博士と、ゲーテの思想と人生をめぐる連載対談を行っています。
 オステン博士は、ゲーテが『ファウスト』でこの文明の病理を真正面から取り上げ、「すばやいマント」(移動手段)や「すばやい剣」(兵器)、「すばやい金」(マネー)を駆使して欲望を次々とかなえながらも、ついには破滅する人間の姿を描いたことに、注目していました(「加速する時間あるいは人間の自己破壊」山崎達也訳、『東洋学術研究』第44巻第1号)
 そして、ファウストのためにメフィストが提供したこれらのものを、「形態と呼称は二一世紀初頭と異なるものの、内容的にはまったく同一のものをさす件の悪魔的速度の道具」と位置付け、「現代人にはファウスト博士を同時代人と認める能力が備わっているのだろうか?」と訴えましたが(前掲『ファウストとホムンクルス』)、一体どれだけの人が自分たちの社会と無縁な話と受け流せるでしょうか。
 自国を守るために人類を絶滅させかねない核兵器しかり、格差の拡大や弱者の切り捨てを招いてきた競争至上主義的な社会しかり、経済成長の最優先で歯止めのかからない環境破壊しかり、投機マネーによる価格高騰が引き起こす食糧危機しかり、であります。
 その結果、蔑ろにされてはならないものが、いとも簡単に踏みにじられる悲劇が何度も生じている。それもメフィストの助力を借りずして──。ゲーテが剔抉した病理は、現代においてまさに極まれりと言うほかありません。
 ミレニアム開発目標の趣旨は“世界から、できうる限りの悲惨をなくす”ことにありましたが、この文明の病理に本腰を入れて対処することなくして、事態の改善が一時的に図られたとしても、次々と問題が惹起し、状況が再び悪化してしまう恐れが残ります。
 では、その荊棘を前にして、2030年に向けた新たな挑戦にどう取りかかっていけばよいのか。
 「いつかは終局に達するというような歩き方では駄目だ。その一歩々々が終局であり、一歩が一歩としての価値を持たなくてはならない」(エッケルマン『ゲェテとの対話』上、亀尾英四郎訳、岩波書店。現代表記に改めた)との、ゲーテの言葉が示唆を与えてくれると、私は考えます。
 つまり、事態改善に向けての努力を弥縫策に終わらせず、さまざまな脅威に苦しむ人々が「生きる希望」や「尊厳ある生」を取り戻すための糧として、一つまた一つと結実させながら、時代の潮流を破壊から建設へ、対立から共存へ、分断から連帯へと向け直す挑戦を進めていくことです。
 ゆえに新目標の制定においても、“社会で蔑ろにしてはならないものは何か”を問い直しつつ、平和と共生の地球社会に向けての確かな一歩一歩を導くような精神的基軸を据えることが求められます。私は、その基軸として「生命の尊厳」を提示したい。
 平和と共生の地球社会を一つの建物に譬えるならば、「人権」や「人間の安全保障」などの理念は建物を形づくる柱であり、「生命の尊厳」はそれらの柱を支える一切の土台と位置付けることができます。
 その土台が抽象的な概念にとどまっている限り、危機や試練に直面した時、柱は不安定になり、建物の瓦解も防げない。建物の強度を担保する礎として十分な重みを伴い、一人一人の人間の生き方という大地に根を張ったものでなくては意味を持ち得ません。
 そこで私は、「生命の尊厳」を基軸にした文明のビジョンを浮かび上がらせるために、社会で常に顧みられるべき精神性として、3つのメルクマール(指標)を提起してみたい。

アフリカの世紀へ力強い連帯の輪を
 第1の指標は、「他者と苦楽を共にしようとする意志」です。
 思い返せば「生命の尊厳」は、40年ほど前、歴史家のアーノルド・J・トインビー博士と21世紀の世界を展望する対談をした際、締めくくりに論じたテーマでした(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)
 そこでトインビー博士が「尊厳は、何ものによっても代替できません」と強調していたように、端的にいうならば「生命の尊厳」は“かけがえのなさ”という代替不可能性に由来するものといえましょう。
 加えて博士は「他の人々の尊厳を重んじなければ、自己の尊厳をも失う」と指摘していましたが、人間同士のつながりという関係性において「生命の尊厳」を捉える視座は、実に大切なものだと思います。
 世界で多くの人々に尊厳の危機をもたらし、国際的な協力が強く求められているのが貧困の問題です。
 冒頭で触れた通り、ミレニアム開発目標のいくつかの項目が既に達成をみたわけですが、悲惨な状況に苦しむ人々の“割合の半減”が焦点だっただけに、取り組みをさらに加速させない限り、2015年の時点で約20億人が極度の貧困に苦しみ、6億人以上の人々が安全な飲料水を得られない状態に置かれたままになると予測されています。
 なかでも貧困削減のペースには地域差があり、特にサハラ砂漠以南のアフリカ地域では思うように改善が進んでおらず、同じく極度の貧困に苦しむ人々の半減が達成されていない南アジアや中南米にくらべても、厳しい状況が続いていることが懸念されます。
 6月には、横浜で第5回アフリカ開発会議が開催されます。主要テーマの一つに「包摂的で強靱な社会」が掲げられていますが、全ての人々が尊厳を輝かせ、アフリカから世界へ平和と共生の価値創造の潮流が幾重にも広がっていく「アフリカの世紀」の建設に向けて、国際的な連帯がより強固なものになるよう、実りある成果が得られることを願ってやみません。
 一方で、多くの人々の尊厳を脅かす貧困の問題は、経済的に豊かな国々の間でも深刻化しています。
 いわゆる「格差社会」の問題です。
 この問題を研究するリチャード・ウィルキンソン氏とケイト・ピケット氏は、経済的な困窮と相まって、格差がもたらす人間関係の劣化が人々の苦しみをさらに強め、その悪影響が巡り巡って社会全体を蝕んでいるとして、次のような警告を発しています。
 いわく、格差が大きくなればなるほど人々の健康や社会的な問題は深刻さを増すにもかかわらず、「格差社会ほど人々は互いを構わなくなり、人間関係も希薄になって、自力で世渡りしていかなければならなくなる。だから、どうしても信頼関係は弱くなる」。
 「格差は、社会をさまざまな側面で全体的に機能不全に陥れる」のであり、「貧困層だけでなくすべての所得層の人がうまくいっていない」状態を招いてしまうことになる、と(『平等社会』酒井泰介訳、東洋経済新報社)
 経済的な困窮は、それだけでも、毎日の一つ一つの出来事に生きづらさを感じさせるものです。そこに追い打ちをかけ、不条理性を増すのは、自分が軽視されたり、疎んじられたりして、居場所や生きがいを失い、社会とのつながりを断たれてしまうことではないでしょうか。
 「なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか」と煩悶しながらも、何とか少しでも前に進みたいと願う人々にとって、そうした周囲の視線や冷たい反応が、どれだけ尊厳を傷つけ、孤立感を深めさせてしまうことか。
 近年、経済的な側面からの貧困問題への取り組みに加えて、他者とのつながりや生きがいの回復を通じた「社会的包摂」のアプローチの重視が叫ばれているのは、そうした観点を踏まえてのものと思われます。

苦悩を分かち合い、心を尽くす中に自他共の幸福を開く大道が

他の人々の老いや病気を忌み嫌う心
 時代状況は異なりますが、仏法の成立にあたって、その出発点に横たわっていたのも、“さまざまな苦しみに直面する人々に、どう向き合えばよいのか”とのテーマでした。
 何不自由のない生活が約束された王族に生まれた釈尊が、若き日に出家を決意するまでの心境の変化は、四門出遊=注2=の伝承に凝縮した形で描かれています。しかし釈尊の本意は、生老病死を人生に伴う根本苦として、無常をはかなむことにはなかった。
 釈尊は後に当時の心境について、「愚かな凡夫は、自分が老いゆくものであって、また、老いるのを免れないのに、他人が老衰したのを見ると、考えこんで、悩み、恥じ、嫌悪している──自分のことを看過して」との思いがよぎり、病や死に対しても人々が同じ受け止め方をしていることを感じざるを得なかったと回想しています(中村元『ゴータマ・ブッダI』、『中村元選集[決定版]第11巻』所収、春秋社)
 あくまで釈尊の眼差しは、老いや病に直面した人々を──それがやがて自分にも訪れることを看過して──忌むべきものと差別してしまう“心の驕り”に向けられていたのです。
 であればこそ釈尊は、周囲から見放された高齢の人や、独りで病気に苦しんでいる人を見ると、放っておくことができなかった。
 それを物語る逸話が残っています。
 ──一人の修行僧が病を患い、伏せっていた。
 その姿を目にした釈尊が「汝はどうして苦しんでいるのか。汝はどうして一人で居るのか」と尋ねると、彼は答えた。「私は生まれつき怠けもので、[他人を]看病するに耐えられませんでした。それで今、病気にかかっても看病してくれる人がありません」
 それで釈尊は「善男子よ。私が今、汝を看よう」と述べ、汚れていた敷物を取り換えただけでなく、彼の体を自ら洗い、新しい衣にも着替えさせた。
 その上で釈尊は、「自ら勤め励みなさい」との言葉をかけ、修行僧は心も身も喜びにあふれた、と(玄奘『大唐西域記』水谷真成訳、『中国古典文学大系22』所収、平凡社)
 思いもよらない献身的な介護もさることながら、釈尊が他の健康な弟子たちにかけるのと何ら変わらない言葉を自分にもかけてくれたことが、尽きかけようとしていた彼の生命に“尊厳の灯火”を再び燃え立たせたに違いないと、私には思えてなりません。

生老病死の苦しみも人生を荘厳する糧に

自己責任論の驕りを打ち破った釈尊
 その上で、この逸話を、他の経典における伝承と照らし合わせると、もう一つの釈尊の思いが浮かび上がってきます。
 ──釈尊は、修行僧の介護をした後、弟子たちを集めて、次々と尋ね聞いた。その結果、修行僧が重病に苦しんできたことも、どんな病気を患っていたかも、弟子たちが以前から承知していたことを知った。
 にもかかわらず、誰一人として手を差し伸べようとしなかったのはなぜか。
 弟子たちから返ってきた答えは、修行僧が病床で語っていた言葉の鏡写しともいうべき、「彼が他の修行僧のために何もしてこなかったので、自分たちも看護しなかった」との言葉だった(「律蔵大品」から趣意)
 この答えは、現代的に表現すれば、「日頃の行いが悪いから」「本人の努力が足りないから」といった自己責任論に通じる論理といえましょう。それが、修行僧にとっては運命論を甘受する“あきらめ”となって心を萎えさせ、他の弟子たちにとっては傍観視を正当化する“驕り”となって心を曇らせていた。
 そこで釈尊が、弟子たちの心の曇りを晴らすべく、気づきを促すように説いたのが、「われに仕えようと思う者は、病者を看護せよ」(前掲『ゴータマ・ブッダI』)との言葉でした。
 つまり、仏道を行じるとはほかでもない。目の前で苦しんでいる人、困っている人たちに寄り添い、わが事のように心を震わせ、苦楽を共にしようとする生き方にこそある、と。
 ここで留意すべきは、そうした過程で尊厳の輝きを取り戻すのは、苦しみに直面してきた人だけでなく、その苦しみを共にしようとする人も同時に含まれているという点です。
 生命は尊厳であるといっても、ひとりでに輝くものではない。こうした関わり合いの中で、他者の生命は真に“かけがえのないもの”として立ち現れ、それをどこまでも守り支えたいと願う心が自分自身の生命をも荘厳するのです。
 また釈尊が、先の言葉で「われ(仏)」と「病者」を等値関係に置くことで諭そうとしたのは、病気の身であろうと、老いた身であろうと、人間の生命の尊さという点において全く変わりはなく、差別はないという点でした。
 その意味から言えば、他人が病気や老いに苦しむ姿を見て、人生における敗北であるかのようにみなすことは誤りであるばかりか、互いの尊厳を貶めることにつながってしまう。
 釈尊の思想の中で「法華経」を最重視した日蓮大聖人は、「法華経」において生命尊厳の象徴として登場する宝塔の姿を通し、「四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(御書740ページ)と説きました。
 つまり、宝塔を形づくる4つの面は、生老病死に伴う苦しみを乗り越えていく姿(4つの相)をもって輝きを増すのであり、一見、マイナスでしかないように思われる老いや病、そして死さえも、人生を荘厳する糧に昇華できる、と。
 生命の尊厳といっても、現実のさまざまな苦悩を離れて本来の輝きを放つことはできず、苦悩を分かち合い、どこまでも心を尽くす中で、「自他共の幸福」への道を開く生き方を、仏法は促しているのです。
 ゆえに私ども創価学会は、草創の頃から、「貧乏人と病人の集まり」と時に揶揄されながらも、さまざまな苦しみを抱える人々の真っただ中で“共に支え合って生きる”ことを最大の誇りとして前進を続けてきました。
 まして昨今は、災害や経済危機に象徴される「突然襲いくる困窮の危険」が、多くの人々から大切なものを一瞬にして奪い、背負い切れない苦しみをもたらす事態が各地で相次いでいるだけに、孤立化を防ぐ要請はますます高まってきているといえましょう。
 3年前のハイチ大地震や2年前の東日本大震災のように、甚大な災害に見舞われた地域では、復興がいまだ本格的に進んでいない場所が少なくありません。
 何より、被災した方々の「心の復興」や「人生の復興」という大きな課題があります。そこで大切なのは、被災した方々の苦しみを忘れず、社会をあげて被災地の再建を全力で支えることであり、「生きる希望」を共に育む絆を、十重二十重に結んでいくことではないでしょうか。
 苦しんでいる人がいれば、その人に笑顔が戻るまで徹して励まし続け、苦楽を分かち合い、どこまでも一緒に寄り添っていく──こうした“共に生きようと願う人々の絆”がある限り、一つの苦難を乗り越えた先で、再び別の試練が訪れたとしても、不条理の闇を打ち払う陽光が必ず差し込んでいくはずです。
 その確信を手放すことなく、「かけがえのないものを守り、自他共の尊厳を輝かせていく」行動を粘り強く起こしていく中に、格差社会の克服をはじめ、一人一人を大切にする「社会的包摂」の基盤を揺るぎないものにする要諦があると、私は考えるのです。

法華経のドラマと譬喩で描かれた──万人の平等性と無限の可能性


人権教育映画に込めたメッセージ

 次に第2の指標として挙げたいのは、「生命の無限の可能性に対する信頼」です。
 昨年9月、私どもSGIが、人権教育アソシエイツや国連人権高等弁務官事務所と共同して制作を進めてきた映画「尊厳への道──人権教育の力」が完成しました。
 この人権教育映画は、2011年12月に採択された「人権教育および研修に関する国連宣言」=注3=を受けて、その内容と理念を広く一般市民に普及させることを目指したもので、インターネット上でも視聴可能になっています。
 映画では3つの地域における人権教育の実践を紹介しており、それぞれのケースが直面する課題は異なりますが、そこに込められたメッセージの核心は、「社会は必ず変革できる。そしてそれは、一人一人の人間の内なる変革から始まる」との点にあります。
 SGIでは、国連NGO(非政府組織)としての活動の柱の一つとして、人権教育の推進に力を入れてきました。その根底に流れるのが、仏法思想に基づく信念に他なりません。
 釈尊は「生れを問うことなかれ。行いを問え」と、過去世の罪業によって現世での境遇が決まるといった運命論的な世界観を批判する一方で、「火は実にあらゆる薪から生ずる」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)との譬えを通し、どんな人にも尊極な生命が内在しているがゆえに、人間は根源的に平等であると同時に、無限の可能性を発揮していく道が開かれていることを強調しました。
 運命論的な世界観は、差別をする側に良心の痛みどころか、疑問に思う契機すら与えないために、人権軽視による悲劇の横行を許す温床となります。
 また差別される側にとっても、“自分が本来、かけがえのない存在である”との自覚が生まれる芽を摘んでしまい、“どれだけ努力しても無駄で意味がない”とのあきらめをもたらす原因となるものです。
 こうした“過去による現在の呪縛”は、あらゆる人々に対して──差別される側はもとより、差別をする側に対しても、「生命の尊厳」の土台を蝕むだけに、釈尊にとって到底放置できるものではなかった。
 ゆえに釈尊は、「生れを問うことなかれ。行いを問え」と呼びかけ、「因」と「果」の関係は必ずしも固定的ではなく、“今この瞬間の行為(または一念)”が新たな「因」となり、それによって全く別の「果」が生じる可能性が開かれるのであり、人間の尊貴はあくまで現在の行為で問うべきと説いたのです。
 それに加えて仏法では、縁起の法理が説かれ、全てのものが互いに影響を与え合う中で存在するという相依性の連関を踏まえるべきことを強調しています。
 つまり、瞬間瞬間で変化しゆく「因」と「果」が、相依性の連関を通じて、他の存在にもさまざまな影響を及ぼしていくのであり、“今この瞬間の行為”が自分だけでなく、周囲や社会にプラスの価値をもたらす変革の連鎖を起こすことができる。その生命の偉大な力用は、釈尊が「火は実にあらゆる薪から生ずる」との道理によって示そうとしたように、どんな人にも内在しているのです。

長者窮子の譬えと衣裏珠の譬え
 全ての人々に尊極なる生命が宿っていることに目覚めることで、自身の生命に具わる無限の可能性を発揮していく道が開かれる──この仏法の生命観は「法華経」において卓越した譬喩として結晶していますが、注目すべきは、それが釈尊の言葉としてだけでなく、弟子たちの言葉としても綴られていることです。
 例えば、「長者窮子の譬え」(幼い頃に失踪した息子と資産家の父親の物語)は、須菩提ら声聞を代表する弟子たちが語り、「衣裏珠の譬え」(貧しい男と裕福な友人が二度めぐり合う物語)は、憍陳如をはじめとする阿羅漢たちが披歴したものです。
 前者の譬えは、不遇の身をかこってきた人が放浪の先に働き始めた家にあった多くの宝(父親の財産)を見ながらも自分とは無縁の存在と思い込む話であり、後者は、常に身にまとう衣服に宝(友人が以前に縫い込んだ宝石)が付いていることを知らず、苦しい生活を送っていた男が、友人と再会し、尊極な宝がもともと自分の手中にあったことを知るという話です。
 これらの譬喩は、全ての人々に仏性があり(万人の平等性)、仏と同じ甚深無量の智慧が発揮できる(万人の無限の可能性)との釈尊の教えの核心に触れて、自らの尊厳と使命に目覚めた弟子たちが、あふれる歓喜と決意を仮託したものだったのです。
 この弟子たちの身に起こった変革の姿と、彼らが思いを託した譬喩を通して、「法華経」で二重に描かれた、目覚めから歓喜、そして決意(行動)へと昇華しゆく生命のドラマ──。
 私どもSGIが人権教育を推進する上で、「エンパワーメント(内発的な力の開花)」から「リーダーシップの発揮」に至るプロセスを重視してきたのは、釈尊の目覚めが弟子たちの目覚めへと連鎖していったように、一人に可能なことは万人に可能であり、その道は人間同士の生命と生命の触発を通して一歩また一歩と開かれるという、仏法の思想を踏まえてのものに他ならないのです。

一人の人間の内なる変革が現在と未来を希望で照らす

自己信頼の力と希望のぬくもり
 人権教育映画では、望まない結婚を若くして強いられた上に、夫の暴力に苦しめられたトルコの女性の話が紹介されています。
 ──夫の暴力に苦しみ続けた彼女は離婚を決意するが、そのために自分の家族からも脅されることになった。しかし、女性団体の保護を受けて人権について学び、意識を薫発される中で、新しい人生を踏み出す決意を固めた。
 そして、「私はとても強くなりました。他の女性も助けられたら、もっと嬉しいです。皆の模範になりたいです」と、同じ苦しみを抱える女性たちの力になりたいとの強い思いを抱くまでになった、と。
 まさに人権教育の尊い実例をみる思いですが、私は何よりも、この過程を通じて生きる力を取り戻した女性の笑顔に、尊厳への目覚めがもたらす“自己信頼の力”と“希望のぬくもり”を感じてなりません。
 この“希望のぬくもり”のイメージをより的確に伝えるために、哲学者のミルトン・メイヤロフ氏の言葉を紹介したいと思います。
 メイヤロフ氏は、「エンパワーメント」と志向性を同じくする、他者との専心的な関わり合いを基盤としたケアリング論を先駆的に研究した人物です。
 「私のケアをとおして相手が成長していくという希望(Hope)がある」「ある意味では、春の到来のときに感じられる希望に似ている」「この希望の持つ意味は、待ち望んだ未来には充足性があるが、現在には充足性がないというものではない。それどころか希望は、現在の豊かさの表現であり、可能性の期待でいかにも生き生きした現在そのものなのである」(『ケアの本質』田村真・向野宣之訳、ゆみる出版)
 ここで重要なのは、希望が未来への約束手形として棚上げされてしまうのではなく、今この瞬間を“生の充足感”で満たす形で、目の前に希望そのものが現出していることです。
 「貧窮下賤の者と生れ」(御書958ページ)と庶民の出自であることを誇りとし、社会の悪弊に苦しむ人々の側に終生立ち続けた日蓮大聖人は、“希望のぬくもり”をもたらす生命の力用のダイナミズムについて、「水の底なる石に火のあるが如く百千万年くら(闇)き所にも燈を入れぬればあか(明)くなる」(同1403ページ)と説きました。
 それまでの境遇がどうであろうと関係ない。自分の本来の尊さに目覚め、今ある状況を変えたいと立ち上がった瞬間に、周囲を照らす希望の光はわが身から力強く発している、と。
 どれだけ大きな希望であっても、はるか遠くの未来でしか実現するものでなかったとすれば、可能性の種子が芽吹いたとしても、それが花を咲かせ、実を結ぶまで、自分の気力を奮い立たせ続けることは容易ではない。まして、自分自身が変化した姿をもって、周囲に変革の波動を広げることは難しいでしょう。
 そうではなく、先ほどの「春の到来」のような希望であってこそ、日々、喜びと誇りをもって、自身の可能性の種子を大切に育み続けることができる。そして、その姿を通して、変革の波動は自ずと周囲にも広がり、社会の土壌を持続的に耕すことができる。
 このビジョンは「人権文化」に限らず、「持続可能な社会」の建設にあたっても、有益な視座を提供するものだと思います。
 私は昨年6月の環境提言で、持続可能性を追求するにあたっては、「より良い未来を目指す中で、現在の状況をさらに良いものに変えていく」という往還作業を軸にする必要があることを呼びかけました。
 思うに、未来の生だけでなく現在の生も“希望のぬくもり”で満たす取り組みであってこそ、冒頭で私がゲーテの言葉に託して展望した、一歩一歩が「終局」の重みを持ち、「一歩としての価値」を放つ、時代変革の挑戦の地平が開けていくのではないか。
 2030年に向けた壮大な挑戦の成否も、こうした「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」への波を起こす取り組みをどれだけ各地で根づかせていけるかにかかっていると、私は思うのです。

憎悪と暴力の連鎖から脱却し多様性を喜び合う世界を

グローバル化がもたらした光と影

 最後の第3の指標は、「多様性を喜び合い、守り抜く誓い」です。
 私が長年、さまざまな民族や宗教を背景とする人々と対話をする中で強めてきたのは、多様性は単に尊重すべき対象にとどまらず、自己を見つめ直し、互いの生の意味を豊かにする源泉であるとの実感です。
 現代の世界を貫くグローバル化と情報化社会という2つの潮流は、文化的な背景が異なる人々と交流する機会を飛躍的に増大させるとともに、意思の疎通を瞬時に図ることのできる手段を発達させました。
 しかし一方で、この2つの潮流は、経済を軸としたフラット化(均質化)が各地の文化的土壌を浸食する現象や、越境して移住する人々の増加に伴う文化的な摩擦をめぐって憎悪や排他的な感情が声高に煽られる現象を招いています。
 そのために、本来は多様性の源である差異が、攻撃の的や社会を分かつ壁と化して、暴力や紛争に発展するケースは後を絶たず、人々の生命や尊厳が脅かされる事態が相次いでいることが強く懸念されます。
 かつてユネスコ(国連教育科学文化機関)で採択された「暴力についてのセビリア声明」で、戦争や暴力が“人間の本性に遺伝的にプログラムされている”との考えや“本能によって引き起こされる”との考えは、科学的に正しくないとの見解が示されました。
 私も全面的に同意しますが、現実に今なお続く紛争と暴力を前にして、その連鎖を断つためには、いまだ多くの困難な壁を乗り越えていかねばならないことも否めない事実です。
 では、一体何が、戦争や暴力へと人々を駆り立てる引き金となるのか──。
 釈尊は、他者の生命も、自分の生命と同じくかけがえのない尊いものであることを受け止められない「無明」(根源的な迷い)から抜け出せないことが根本にあると考えました。
 釈尊の生きた古代インドでも、水の確保をめぐる部族抗争や国家間の勢力争いなど、暴力的な衝突がしばしば起きていました。
 その姿を目の当たりにした釈尊は、人々の「心の中に見がたき煩悩の矢が潜んでいるのを見た」(前掲『ブッダのことば』)との言葉を通して、問題の所在を浮き彫りにしたのです。
 つまり、根源的な迷いが、目に見えない一本の矢となって心を射貫いているため、エゴイズム(自己中心主義)の執着から離れられないでいる、と。
 釈尊は、対峙する集団が「水の少いところにいる魚」(同前)のように、同じ焦燥に駆られているにもかかわらず、心が曇らされているために、他の集団が自分たちと同じ苦しみに直面していること──例えば、水不足に困っているとか、他国に滅ぼされるのではないかと不安が消えないこと──が目に映らなくなっていると誡めました。

生き方を180度転換した鬼子母神

 であればこそ釈尊は、不殺生を説く際にも、「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)との諭しをしました。
 ここには2つの重要な視座があります。
 1つ目は、外在的に与えられたルールに従う形ではなく、「己が身にひきくらべて」とあるように、内省を通じて他者の苦しみや置かれた境遇に思いをはせることを、自己を律する基盤としていることです。
 2つ目は、「殺してはならぬ」との後に「殺さしめてはならぬ」と続いているように、単に自分が殺生を行わないだけでなく、自己の全存在をかけた対話を通して、他者の生命に内在する善性を薫発し、共に不殺生を誓い合う生き方を促している点です。
 仏典には、釈尊がこの内省と対話の2つの回路を通じて、多くの子どもたちの命を奪う悪行を続けてきた鬼子母神の生き方を転換させた話があります。
 ──鬼子母神の悪行に苦しめられてきた人々が、釈尊に窮状を訴えたところ、釈尊は一計を案じて、鬼子母神に気づきを与えるために、彼女が最も大切にしている末子を隠した。
 7日間、血相を変えて探し回ったものの、末子は見つからず、憔悴しきった鬼子母神は、“釈尊には全てを知る力が具わっている”と聞き、すがる思いで釈尊のもとを訪れた。
 末子の居所を知りたいと願う鬼子母神に、釈尊はこう述べた。
 「あなたには、数え切れない程のたくさんの子どもがいるというではないか。それなのに、たった一人を失い、なぜそれほど苦悩するのか。普通の家は子ども一人、あるいは三人か五人といったところである。その子どもたちの命をあなたは奪ってきたのだ」と。
 その言葉を聞き、自分が今直面している苦しみを、どれだけ他の親たちに与え続けてきたのかを思い知った鬼子母神は、二度と悪行をしないと釈尊の前で約束し、末子との再会をようやく果たすことができた、と(「雑宝蔵経」から趣意)
 以来、鬼子母神はあらゆる子どもたちを守ることを自分の使命とするようになり、「法華経」では他の鬼神らと一緒に、皆の幸福を願い行動する人々を守ることを誓ったのです。
 重要なのは、日蓮大聖人が「流転門の時は悪鬼なり還滅門の時は善鬼なり」(御書778ページ)と説いたように、姿はそのままで鬼子母神が生き方を180度転換させたことです。つまり、心の重心が「鬼神」から「母親」のアイデンティティ(自己規定)へと移り、「己が身にひきくらべて」という内省の回路が開かれたことで、他の母親たちの苦しみが初めて胸に迫り、鬼子母神は“自分が感じた苦しみを二度と誰にも味わわせてはならない”と決意するにいたったのです。

集団心理や扇動に押し流されない
 一人の人間には民族や宗教だけでなく、さまざまに自己を規定する要素が複層的に折り重なっています。この「アイデンティティの複数性」が、現代において人々が集団心理や暴力的な扇動に押し流されないためのカギになると訴えたのは、経済学者のアマルティア・セン博士でした。
 幼い頃、紛争で多くの人が“宗教の違い”だけを理由に命を奪われる姿を目にして、深く胸を痛め、その悲劇を防ぐための研究と思索を続けてきたセン博士は、「たとえ暗黙のうちにであっても、人間のアイデンティティは選択の余地のない単一基準のものだと主張することは、人間を矮小化するだけでなく、世界を一触即発の状態にしやすくなる」と警告した上で、こう述べています。
 「問題の多い世界で調和を望めるとすれば、それは人間のアイデンティティの複数性によるものだろう。多様なアイデンティティはお互いを縦横に結び、硬直した線で分断された逆らえないとされる鋭い対立にも抵抗する」(大門毅監訳/東郷えりか訳『アイデンティティと暴力』勁草書房)と。
 同じ民族に属していようと、同じ宗教を信じていようと、育った環境も違えば、職業や趣味も違い、信条や生き方も異なる。人それぞれ千差万別なのが、世界の実相です。民族や宗教の違いとは位相を異にしつつ、人間と人間の一対一の関係において、さまざまなアイデンティティが時に交錯し、共鳴し合う可能性が常に開かれている。
 そこに、セン博士が洞察したような、逆らいがたい分断の壁を超えて、友情や共感の絆が結ばれる契機が生じるといってよい。
 私が世界の識者と「文明間対話」や「宗教間対話」を進めるにあたって、家族の話や生い立ち、青春時代の思い出、現在の道に進むまでの経緯などを伺うとともに、地球的問題群の解決策や人類の未来の展望について幅広く語り合ってきたのは理由があります。
 民族や宗教のラベルで埋もれてしまいがちな「その人ならではの人生の豊饒さ」と「その人を突き動かしてきた信念」を浮き彫りにしつつ、その相手との間でしかできない生命と生命との交響楽を「対話」を通して奏で合い、世界を真に人間的なものにするための道筋を照らし出すことを願ってきたからでした。
 その交響楽の中で、民族や宗教といった自己と他者の違いを際立たせる差異さえも、「最良の自己」を互いに顕現していくための、かけがえのない旋律として立ち現れるのです。

対話で結ぶ友情こそ平和の文化を築く礎

民族や宗教による社会の分断を防ぐ
 この点に関し、セン博士の問題意識とも通じる「人間の複数性」──私が「その人ならではの人生の豊饒さ」との表現を用いて示そうとした人間の無限の多様性──を自らの哲学の要石としていた、哲学者のハンナ・アレントが印象深い言葉を残しています。
 「われわれが世界の物事にどれほど影響されようと、それがどれほど強くわれわれを感動させかつ刺激しようと、仲間とそれについて討論することができる場合にのみ、そうしたことはわれわれにとって人間的なものとなる」(『暗い時代の人々』阿部齊訳、筑摩書房)
 ここに出てくる「仲間」の意味を、アレントが同胞愛ではなく友情、それも、真理に対する見解が異なる人間同士の友情の文脈で論じているように、差異があるからこそ、対話によって世界は人間性を帯びるのであり、友情があるからこそ、一人一人の生命も多様性が織り成す妙なる輝きを増していくのです。
 心と心が通い合っていなければ成り立たない、この友情こそ、多様性の源である差異が“排他の記号”と化して社会を分断することを食い止める防波堤となるものであり、憎悪や暴力が渦巻く「戦争の文化」の激流に他者への共感や同苦の心を押し流されないために、人間がどこまでも守り抜いていくべき魂の紋章ではないでしょうか。
 先のユネスコの声明が一つの淵源となり、国連が推進してきた「平和の文化」の構築は、こうした「戦争の文化」からの脱却を目指すものでした。
 SGIでは、「世界の子どもたちのための平和の文化と非暴力の国際10年」(2001年~2010年)の期間中はもとより、現在も展示活動をはじめ、民衆レベルでの意識啓発や対話に取り組んでいます。
 「平和の文化」を地球の全ての場所に定着させるには、憎悪や対立の根を一つ一つ辛抱強く取り除いていかねばなりません。
 しかし私たちには、同じ人間である以上、「己が身にひきくらべて」他者の苦しみに思いをはせることができる「内省」という名の心の音叉があり、誰に対してもどこにでも架けることのできる「対話」という名の橋がある。そして、どんな荒れ地も耕すことのできる「友情」という名の鍬があり、鋤がある。
 仏典に「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(御書761ページ)とありますが、「平和の文化」の沃野を広げゆく友情とは、同じ世界に生きる人間として互いの存在を喜び合い、どんな差異があろうとも互いの尊厳ある生を守り抜く誓いの異名であると言えないでしょうか。

21世紀の宗教が果たすべき役割
 以上3点にわたり、「生命の尊厳」に基づく文明を築くための指標と考えるものを論じてきました。
 この3つの指標を、私がコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでの講演(「『地球市民』教育への一考察」、1996年6月)で提示した地球市民の要件と照らし合わせると、①他者の苦しみに寄り添う「慈悲」、②生命の平等性と可能性を深く認識する「智慧」、③どんな差異も互いの人間性を薫発する糧としていく「勇気」、という生命の力用に集約することができます。
 この生命の力用が全ての人々に内在していることに目を向けることから、平和と共生の地球社会を建設するための挑戦は始まるのではないでしょうか。
 そして、21世紀の宗教に求められる社会的使命も、こうした生命の力用を豊かに開花させる後押しとしての役割を果たし、「生命の尊厳」の息吹を社会に脈動させる民衆の連帯を育むことにあると、私は考えるのです。

「非人道性」の観点に基づき核兵器禁止条約を制定

 続いて、2030年に向け、平和と共生の地球社会の建設を進めるにあたり、「生命の尊厳」の視座に基づいて特に明確な軌道を確立する必要があると思われる「核兵器の禁止と廃絶」と「人権文化の建設」の2つの課題について具体策を論じておきたい。
 第1の課題は、核兵器の禁止と廃絶です。
 核兵器は、冒頭で触れた『ファウスト』の話に照らせば、「すばやい剣」を現代において体現したものといえます。この「すばやい剣」を求める人間の心理についてゲーテが掘り下げた洞察にも通じる形で、現代文明が抱える諸問題を「速度」の観点から考察してきた思想家に、ポール・ヴィリリオ氏がいます。
 そのヴィリリオ氏が『速度と政治』(市田良彦訳、平凡社)と題する著書で、「核兵器とそれが想定する兵器体系の危険性は、爆発の危険性であるよりはよほど、それが存在し、精神の中で内破する危険性なのだ」と警告していたことがあります。
 もとよりこれは警句的な表現で、核兵器の爆発による被害が甚大で取り返しのつかないものであることは言うまでもありません。あくまで氏が強調しようとしたのは、核使用の有無にかかわらず、世界が核兵器の脅威で覆われている状態が意味する異常性、また、その状態が続くことが社会に及ぼす精神的な影響に目を向ける必要性です。
 私も、こうした問題意識に強く共感します。
 そうでなければ、核兵器の保有の是非が専ら安全保障の観点から論議される中で、ともすれば見過ごされてきた点──例えば、氏が『自殺へ向かう世界』(青山勝・多賀健太郎訳、NTT出版)で、「核による抑止とは、総力戦を別のやり方で継続することにほかならず、これによって戦時と平時とのあいだの微妙な区別が失われ」たと指摘していたような、世界の実相が浮かび上がってこないからです。

戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」
 半世紀以上も前(1957年9月)、東西冷戦下で核開発競争が激化する中、「原水爆禁止宣言」を発表し、核兵器の保有にひそむ「生命の尊厳」への重大な冒とくを許さず、その徹底的な打破を訴えたのが、私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長でした。
 戸田会長は宣言の中で、「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」(『戸田城聖全集第4巻』)と述べ、核実験を禁止する重要性を踏まえつつ、問題の本質的な解決のためには、核兵器の保有を容認する思想の根を絶つ以外にないことを強調しました。
 都市をまるごと壊滅させ、戦闘員と非戦闘員の区別なく多数の人々の命を一瞬にして奪い、生態系にも深刻な影響を及ぼす一方で、爆発後も後遺症などで人々を長期にわたって苦しめるのが、核兵器です。
 広島と長崎への原爆投下で、言葉には言い尽くせない非人道性が明らかになったにもかかわらず、今なお核兵器の保有を是認し続けようとする思想の根底にあるものは何か。
 思うにそれは「総力戦」の行き着く果ての心的態度──前半での考察に沿った形で表現すれば、敵側に属する以上、誰であろうと関係性そのものに変わり得る余地はなく、つながりごと絶つしかないという、「生命の尊厳」の究極的な否定ではないでしょうか。
 そこには、哲学者のアレントが『暗い時代の人々』(阿部齊訳、筑摩書房)で論じていたような「他の人々と世界を共有する心づもり」など介在せず、あるのは、他の人々を「ともに喜びにひたるに値すると思わない」とみなす冷酷さしかない。いわば、仏法で説く「元品の無明」から生じる、人々の生命を根本的に軽視し、破壊しようとする衝動が、底流に渦巻いている。
 ゆえに戸田会長は、核保有の「奥に隠されているところの爪」をもぎ取り、世界の民衆の生存権を守るために、「もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきである」と訴えました。
 仏法者として死刑反対を主張していた戸田会長が、あえて極刑を求めるかのような表現を用いたのはなぜか。それは、“どの国であろうと、どんな理由があろうと、核兵器の使用を絶対に許してはならない”との思想を鮮明にするためであり、さらには、民衆の生存権を人質にしてまで国家の安全を図ろうとする核保有の論理に明確な楔を打つためだったのです。
 当時、東西の陣営に分かれて、相手側の核保有ばかりを問題視する主張の応酬が続く中で、イデオロギーや国家の利害にとらわれることなく、戸田会長は「世界の民衆」の名において核兵器を現代文明の“一凶”として断罪し、その廃絶を呼びかけたのです。
 時を経て現在、核拡散が進む中で、その防止策に焦点が向きがちですが、もちろんその対応は急務であるとしても、核兵器をめぐる問題の本質は戸田会長が「原水爆禁止宣言」で剔抉していた点にあることを断じて忘れてはならない。
 この点に関して、国連の潘基文事務総長も、「ある者が核兵器を保有することは他の者が獲得することを奨励します。それは、核拡散と、伝染的な核抑止ドクトリンの蔓延を招きます」(2010年8月の早稲田大学での講演、国連広報センターのホームページ)との警告を発しています。
 なぜそのような伝染が生じるのかという根源の問題に向き合わずして、いくら防止策を講じても実効性の確保は難しく、今後も新たな拡散を招きかねないのではないでしょうか。

核依存の安全保障を脱却し日本は核廃絶への行動を‼

NPT再検討会議を機に生じた動き
 こうした中、2010年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議を契機に、核兵器を非人道性に基づいて禁止しようとする動きが芽生えつつあります。
 NPT再検討会議では、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」(梅林宏道監修『イアブック「核軍縮・平和2012」』ピースデポ)との一文が最終文書に盛り込まれました。
 以来、2011年11月に国際赤十字・赤新月運動の代表者会議で、核兵器の使用禁止と完全廃棄を目指す条約の交渉を求める決議が採択されたほか、昨年5月には、次回のNPT再検討会議に向けて行われた準備委員会の場で、ノルウェーやスイスを中心とした16カ国による「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」が発表されました。
 共同声明では、「冷戦の終結後においてすら、核による絶滅の脅威が、21世紀における国際的な安全保障の状況の一部であり続けていることは、深刻な懸念」との認識を示した上で、次のような呼びかけを行っています。
 「もっとも重要なことは、このような兵器が、いかなる状況の下においても二度と使用されないことです」
 「すべての国家は、核兵器を非合法化し、核兵器のない世界を実現するための努力を強めなければなりません」(前掲『イアブック「核軍縮・平和2012」』)と。
 昨年10月には、この共同声明に若干の調整を加えたものが国連総会第1委員会で発表され、賛同の輪はオブザーバー国を含めて35カ国にまで拡大しました。
 そして今年3月には、共同声明を踏まえる形で、ノルウェーのオスロで「核兵器使用の人道的影響」をテーマにした政府レベルの国際会議が開かれます。
 この国際会議は、科学的な見地から、核兵器の使用による即時的影響や長期的影響、人道救援の困難性について検証することを目的としたものです。
 また、9月には国連で、核兵器の完全廃棄をテーマにした「核軍縮に関する総会ハイレベル会合」の開催も予定されています。
 私は昨年の提言で、有志国とNGO(非政府組織)を中心とした「核兵器禁止条約のための行動グループ」の発足を提案しましたが、これらの会議を通じて機運を高め、共同声明への賛同の輪を大きく広げながら、可能であれば年内に、非人道性の観点から核兵器を禁止する条約づくりのプロセスを開始することを、強く呼びかけたい。

北東アジアの平和を切り開くために
 そこで今後、重要なカギを握るのが、核保有国による“核の傘”に自国の安全保障を依存してきた国々の動向です。
 共同声明には、非核兵器地帯に属する国々や、非保有国で核廃絶を求める国々などと並んで、NATO(北大西洋条約機構)の加盟国として“核の傘”の下にあるノルウェーとデンマークも加わっています。しかも両国は、声明づくりにも関わってきました。
 アメリカの同盟国として同じく“核の傘”の下にある日本も、非人道性の観点から核兵器の禁止を求めるグループに一日も早く加わり、他の国々と力を合わせて「核兵器のない世界」を現実のものとするための行動に踏み出すべきである、と訴えたい。
 核兵器の脅威がある限り、核兵器で対峙し続ける以外にないと考えるのではなく、被爆国として、“保有する国の違いによって、良い核兵器があるとか、悪い核兵器があるかのような区別は一切ない”との思想を高め、核兵器禁止条約の旗振り役の一翼を担うべきではないでしょうか。
 私は前半で、釈尊の「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)との言葉に言及しました。
 核兵器についても、広島や長崎の人々が自らの被爆体験を踏まえ、「どの国も核攻撃の対象にしてはならない」「どの国も核攻撃に踏み切らせてはならない」との二重の誓いをメッセージとして発信してきたように、核兵器による惨劇をなくす挑戦の最前線に日本が立つことを望みたい。
 具体的には、日本が「核兵器に依存しない安全保障」に舵を切る意思を明確にし、「地域の緊張緩和」と「核兵器の役割縮小」の流れを自ら先んじてつくり出していく。そして、北東アジアに「非核兵器地帯」を設置するための信頼醸成に努める中で、グローバルな核廃絶の実現に向けての環境づくりに貢献すべきであると思うのです。

核保有国の間でも広がる認識の変化
 実際、今や保有国の間でも、核兵器の有用性に対する認識の変化がみられるようになってきています。
 昨年3月、アメリカのバラク・オバマ大統領は韓国で行った講演で「我が政権の核態勢は、冷戦時代から受け継いだ重厚長大な核兵器体系では、核テロを含め今日の脅威に対応できないとの認識にたつ」(「核兵器・核実験モニター」第398号、ピースデポ)と述べました。
 また昨年5月のNATOサミットで採択された文書でも、「核兵器の使用が考慮されねばならないような状況は極めて考えにくい」(同、第401―2号)との見解が示されています。
 いずれも、「核兵器が存在する限り」との前提に立って抑止政策を堅持する姿勢は崩していないものの、核兵器を安全保障の中心に据え続けねばならない必然性が現実的には低下していることを示唆したものとして注目されます。
 このほか、核兵器に対する問題提起は、他の観点からも相次いでいます。
 例えば、世界的な経済危機が続く中、トライデント(潜水艦発射弾道ミサイル)による核兵器システムの更新がイギリスで財政問題に関連して争点化したように、核保有に伴う甚大な負担の是非を問う声が各国で挙がり始めています。
 世界全体で核兵器の関連予算は、年間で1050億ドルにのぼるといいます。
 その莫大な資金が各国の福祉・教育・保健予算に使われ、他国の開発を支援するODA(政府開発援助)に充当されれば、どれだけ多くの人々の生命と尊厳が守られるか計り知れません。核兵器は保有と維持だけでも重大な負荷を世界に与え続けているのです。
 加えて昨年4月には、核戦争が及ぼす生態系への影響についての研究結果をまとめた報告書「核の飢餓」が発表されました。
 IPPNW(核戦争防止国際医師会議)とPSR(社会的責任を求める医師の会)が作成したもので、比較的に小規模な核戦力が対峙する地域で核戦争が起きた場合でも、重大な気候上の変動を引き起こす可能性があり、遠く離れた場所にも影響を与える結果、大規模な飢餓が発生して10億人もの人々が苦しむことになると予測しています。

SGIの新展示が目指しているもの
 戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」を原点に、核兵器の禁止と廃絶を求める運動に長年取り組んできたSGI(創価学会インタナショナル)では、こうしたさまざまな観点を踏まえつつ、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)と共同して、「核兵器なき世界への連帯──勇気と希望の選択」と題する展示を新たに制作しました。
 昨年8月に広島で初開催したこの展示は、政治的・軍事的観点からのみ論じられ、袋小路に陥ってしまっている核兵器の問題について、非人道性に加え、人間の安全保障、環境、経済、人権、ジェンダー(社会的性差)、科学など、多様な角度から問い直しを迫る内容となっています。
 今回の展示の主眼は、それぞれの人が関心を持ち、懸念を抱いているテーマを入り口としながら、核兵器の問題を今一度、自身に深く関わる課題として考え直す機会を提供することで、「核兵器のない世界」を求める連帯の裾野を大きく広げることにあります。
 私どもが半世紀以上にわたって核兵器の問題に取り組んできたのは、核兵器の存在自体が「生命の尊厳」に対する究極の否定であり、その禁止と廃絶を実現させる中で、“国家として必要ならば、大多数の人命や地球の生態系を犠牲にすることも厭わない”との非道な思想の根を断つことにありますが、理由はそれだけにとどまりません。
 もう一つの大きな目的は、核兵器の問題というプリズムに、展示項目として先に列挙したような環境や人権といった、さまざまな観点から光を当てることで、“現代の世界で何が蔑ろにされているのか”を浮き彫りにし、世界の構造をリデザイン(再設計)すること──そして、将来の世代を含め、全ての人々が尊厳ある生を送ることができる「持続可能な地球社会」の創出にあります。

持続可能な未来のために世界の軍事費の半減達成を!
2015年のサミットで核問題の首脳会合を開催


核時代に終止符を打つ道徳的な責任
 そこで私は、3つの提案を行いたい。
 1つ目は、「持続可能な開発目標」の主要テーマの1つに軍縮を当て、2030年までに達成すべき目標として「世界全体の軍事費の半減(2010年の軍事費を基準とした比較)」と「核兵器の廃絶と、非人道性などに基づき国際法で禁じられた兵器の全廃」の項目を盛り込むことです。
 私は昨年6月の環境提言で、「持続可能な開発目標」の対象分野にグリーン経済や再生可能エネルギー、防災・減災などを含めることを提案しましたが、これに軍縮も加えるべきではないでしょうか。
 このうち軍事費の削減は、現在、国際平和ビューローと政策研究所の2つのNGOが中心となって呼びかけており、SGIとしても「人道的活動としての軍縮」を重視する立場から、その運動に参加していきたいと思います。
 2つ目は、核兵器の非人道性を柱としつつ、核兵器にまつわる多様な角度からの議論を活発化させながら、国際世論を幅広く喚起していくことで、核兵器禁止条約の交渉プロセスをスタートさせ、2015年を目標に条約案のとりまとめを進めることです。
 3つ目は、広島と長崎への原爆投下から70年となる2015年にG8サミット(主要国首脳会議)を開催する際に、国連や他の核保有国、非核兵器地帯の代表などが一堂に会する「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」を行うことです。
 例えば、2015年のホスト国であるドイツと交代する形で、2016年の担当国である日本がホスト役を務め、広島や長崎での開催を目指す案もあるのではないかと思います。
 これまで私は、こうした首脳会合の方式として、2015年のNPT再検討会議の広島や長崎での開催を提唱してきました。
 その実現を切望するものですが、190近くの国が参加する大規模な会議であることなどの理由から、慣例通り、国連本部での開催が決まった場合には、再検討会議の数カ月後に行われるG8サミットの場で議論を引き継ぐ形で、「拡大首脳会合」を広島や長崎で行うことを検討してみてはどうかと思うのです。
 その意味で、先ほど触れた韓国での講演でオバマ大統領が述べていた次の言葉は、私の心情と深く響き合うものがあります。
 オバマ大統領は、「米国には、行動する特別な責務がある。それは道徳的な責務であると私は確信する。私は、かつて核兵器を使用した唯一の国家の大統領としてこのことを言っている」と、2009年のプラハ演説=注4=で述べた信念をあらためて表明した上で、こう続けました。
 「何にもまして、二人の娘が、自分たちが知り、愛するすべてのものが瞬時に奪い去られることがない世界で成長してゆくことを願う一人の父親として言っているのだ」(前掲「核兵器・核実験モニター」第398号)と。
 この後者の言葉、すなわち、国や立場の違いを超えて一人の人間として発した言葉に、あらゆる政治的要素や安全保障上の要請を十二分に踏まえてもなお、かき消すことのできない“本来あるべき世界の姿”への切実な思いが脈打っている気がしてなりません。
 私はここに、「国家の安全保障」と「核兵器保有」という長年にわたって固く結びつき、がんじがらめの状態が続いてきた“ゴルディオスの結び目”=注5=を解く契機があるのではないかと考えるのです。
 核時代に生きる一人の人間として思いをはせる上で、広島や長崎ほどふさわしい場所はありません。
 2008年に広島で行われたG8下院議長サミットに続いて、各国首脳による「拡大首脳会合」を実現させ、「核兵器のない世界」への潮流を決定づけるとともに、2030年に向けて世界的な軍縮の流れを巻き起こす出発点にしようではありませんか。

世界人権宣言の採択から65周年
 続く第2の課題は、人権文化の建設です。
 先ほどの「核兵器の禁止と廃絶」が国連総会で初めて採択された決議のテーマであったように、「人権」もまた国連の創設当初から目的の柱に据えられてきたテーマでした。
 国連憲章の草案における人権規定が極めて限定的だった中、1945年のサンフランシスコでの制定会議で「平和の礎石を据えるつもりならば、誠実かつ正しくその基礎をおかなければならない」(ポール・ゴードン・ローレン『国家と人種偏見』大蔵雄之助訳、TBSブリタニカ)といった意見が相次ぎ、NGOからも明確な規定を求める声があがった結果、国連憲章の第1条で国連の主要目的として人権が位置付けられただけでなく、憲章で唯一、専門の委員会の設置が明記されたのです。
 そして翌46年に人権委員会が設置されたのに続き、48年には「世界人権宣言」が採択されました。
 人権委員会の初代委員長として制定作業に携わったエレノア・ルーズベルトが「あらゆる場所のすべての人にとって国際的マグナ・カルタとなりうる」(同前)と予見した通り、「世界人権宣言」は多くの国の人権規定に影響を与え、人権に関する諸条約を成立させる理念的基盤としての役割を果たしたほか、人権のために行動する人々を鼓舞し続けてきました。
 その採択から65周年を迎える現在、「人権基準の設定」や「権利保障と救済のための制度整備」に続き、国際社会で重視されるようになってきたのが「人権文化の建設」です。
 これは、人間の尊厳を共に守る気風を社会全体で育む取り組みを通し、規範の設定や制度の整備だけでは完結しえない人権保障の強度を、一人一人が意識をもって鍛え上げていくことを目指したものです。
 まさしくそれは、私が、「生命の尊厳」に基づく文明を築くには、一人一人のかけがえのなさに目覚め、それを大切に守り抜こうとする心が社会全体に脈動しなければならないと訴えた方向性と、軌を一にする挑戦に他なりません。

貧困に苦しむ人々の尊厳 社会的に保護する制度を!

人権文化の建設へ取り組むべき課題
 国連では2005年にスタートした「人権教育のための世界プログラム」を通し、「人権文化の建設」を推進してきました。
 私は、この取り組みを今後も強化することと併せて、2030年に向けての「持続可能な開発目標」の柱に、先ほどの軍縮と並んで人権の分野を加えることを呼びかけたい。
 この点、国連のナバネセム・ピレイ人権高等弁務官が昨年6月、リオ+20の成果を踏まえつつ、“我々は「持続可能な開発目標」が人権に関する枠組みであることを確実にしなければならない”と訴えていたことに、深く共感します。
 そこで私は、「人権文化の建設」の観点から、2030年までの目標として具体的に2つの項目を盛り込むことを提案したい。
 1つ目は、極度の貧困に苦しむ人々が尊厳ある生を取り戻すための「社会的保護の床」を全ての国で整備することです。
 「世界人権宣言」で生活水準についての権利が謳われているにもかかわらず、人間らしい生活をするための最低限の水準を保障する社会的保護を受けることができず、苦しい毎日を送らざるを得ない人々が世界で大勢います。
 特に近年、世界経済危機のために、雇用や保健、教育などの面で人々が被る影響が厳しさを増しており、国連は2009年に「社会的保護の床イニシアチブ」を立ち上げました。
 従来、こうした問題の対策としてセーフティーネット(安全網)の整備が考えられてきましたが、“網”では抜け落ちてしまう人も出てくる恐れがあり、全ての人を受け止め、尊厳ある生が送られるように支える“床”の概念が提起されるようになったのです。
 世界中の人々に「社会的保護の床」を確保することは、かなりの難題のように思われますが、国連機関の試算では、最低限の所得や生計の保障に関する基礎部分の整備に限っていえば、どのような経済発展の段階にある国でも負担は可能であることが示されており、すでに約30カ国の途上国で導入が進んでいます。
 こうした中、国連人権理事会でも「極度の貧困と人権」の問題が焦点となり、昨年9月には、その問題に取り組むための指針原則が採択されました。
 そこでは、極度の貧困にある人が自分自身について決定を下す権利や、参加とエンパワーメントなどを原則に掲げる一方で、貧困の削減と社会的排除を解消する包括的な計画や、極度の貧困にある人に重点を置いた政策の策定が各国に呼びかけられています。
 グラミン銀行の創設者であるムハマド・ユヌス氏が「貧困は運命をコントロールしようとするあらゆるものを人々から奪うため、人権の究極の否定になる」(『貧困のない世界を創る』猪熊弘子訳、早川書房)と訴えたように、貧困は尊厳の土台を蝕むものとして緊急性をもって取り組むべき課題です。
 特に懸念されるのは、若者を取り巻く状況です。
 世界の若者の12%が失業中で、仕事があっても2億人以上が1日2ドルに満たない賃金労働を余儀なくされており、ILO(国際労働機関)の総会が昨年6月に採択した決議では、「『活発な行動を即時に取らない限り、地球社会は失われた世代という悲惨な遺産』に直面することになる」(ILO駐日事務所のホームページ)との警告がなされています。
 若者たちが希望を持てない社会に、持続可能な未来など描けるはずもなく、人権文化を育む気風が根づくこともありません。
 ゆえに、「社会的保護の床」の確保こそ、持続可能性と人権文化の大前提であるとの意識で取り組むべきだと訴えたいのです。

キング博士の人権闘争の主眼
 2つ目の項目は、全ての国で人権教育と人権研修を普及させることです。
 前半で私は、どんな状況に直面している人であっても、人々との触れ合いや社会の支えが、絆や縁となって、生きる希望と尊厳を取り戻すための道が開かれることを強調しました。
 人権の文脈でいえば、人権保障や救済措置といった法制度とともに、人権教育や研修を通じた意識啓発が、その縁になり得ると思います。前半で触れた人権教育映画では、人権侵害の被害者や、場合によって加害者になる可能性のある人々が、その縁に触れたことで、どんな変化が生じたかが紹介されています。
 ──差別に苦しんできた一人の少年は学校で人権教育を受けたことをきっかけに、おかしいと感じたことは思い切って言えるようになった。近所で少女が強制的に婚約させられた話を聞いた時には、家庭が貧しいからと理由を語る両親に、少年が「それは間違ってます。女の子も教育を受けないと」と懸命に訴えた結果、結婚はとりやめになり、少女は学校にとどまり続けることができた。
 また、オーストラリアのビクトリア州の警察では、全職員が人権教育を受け、捜査や逮捕、勾留における対応の見直しが進められた結果、人権侵害への苦情が減り、市民との信頼関係も高まった──と。
 この映画が浮き彫りにしているのは、自己の尊厳や他者の尊厳への目覚めを通して、人権に対する意識が実感をもって一人一人の心に宿ることで、人権文化の礎石が社会で着実に敷かれていくという事実です。
 歴史学者のビンセント・ハーディング博士は、私との対談集で、盟友であったマーチン・ルーサー・キング博士の人権闘争の目的は「単に『不正や抑圧に終止符を打つ』だけではなく、『新しい現実を創造すること』にあった」(『希望の教育 平和の行進』第三文明社)と指摘しましたが、人権文化を建設する生命線も、この「新しい現実」の創造にあるのではないでしょうか。
 そこで私は、「持続可能な開発のための教育の10年」=注6=に基づき、国連大学が進めてきた活動にならう形で、「人権教育と研修のための地域拠点」制度を国連の枠組みとして設けることを提案したい。
 現在、同10年を推進するために世界で101の地域拠点が設けられ、大学やNGOなどが協力する形で、地域をあげて「持続可能な開発のための教育」を効果的に実践するための活動が行われています。
 人権教育においても同様の制度を導入し、模範的な活動が進んでいる地域だけでなく、深刻な問題に直面した歴史を持ちながらも改善への努力を懸命に続けてきた地域を、積極的に対象に組み入れ、“多くの痛みを実際に経験した地域”ならではのメッセージを発信する体制を整えていくことを呼びかけたい。
 それが、同様の問題を抱える他の地域にとっての何よりの希望や励みになるだけでなく、より多くの人々が実感をもって人権文化を世界中で育んでいく力になると信じるからです。

子どもの権利を守る国内法を各国で整備

子ども第一の原則を確立するために
 続いて、「人権文化の建設」を進める上で重要な担い手となる、子どもたちを取り巻く状況を改善するために、全ての国が「子どもの権利条約」とその選択議定書を批准し、条約に関わる国内法の整備を進めることを呼びかけたい。
 1989年に採択された「子どもの権利条約」は、今や締約国が193に及ぶ、国連でも最大の人権条約となっています。
 しかし、関連する国内法の整備が各国で十分に進んでおらず、また社会における意識の浸透にも課題が残っているため、いとも簡単に権利が無視されたり、重大な侵害が続く場合が少なくないのが現実です。
 こうした中、特に重大な侵害を防ぐために制定されたのが選択議定書で、18歳未満の子ども兵士の禁止や、子どもの売買等に関する2つの議定書に加えて、2011年12月には権利侵害の通報手続に関する議定書が採択されました。
 このうち、子ども兵士の禁止は、私も提言などで繰り返し訴えてきたものですが、シエラレオネでの内戦で子ども兵士として従軍した経験を持ち、現在は子どもの権利の実現を訴える活動に取り組んでいるイシュマエル・ベア氏が述べた言葉が忘れられません。
 ベア氏は16歳の時、会議出席のために国連を訪れ、「子どもの権利条約」を初めて知った時の衝撃を、「この知識が──とりわけ紛争で荒廃した国々から来た子どもたちにとって──いかに私たちの生命の価値と人間性を改めて呼び覚ますものであったかを覚えている」と述懐した上で、こう強調しています。
 「私の人生は、第12条及び13条によっても豊かなものとなった。そこでは、子どもや若者たちに、自分たちに影響を及ぼす事柄について自由に考えを表明する権利と、あらゆるメディアを通じてあらゆる種類の重要な『情報及び考えを求め、受け及び伝える』権利が保障されている。これらの条項のおかげで、大勢の子どもたちが、自分たちに影響を及ぼす問題に対する解決策を見つけるため、積極的に参加できるようになった」(『世界子供白書 特別版 2010』日本ユニセフ協会)と。
 私は、ベア氏の経験に象徴されるように、「子どもの権利条約」が自らの尊厳性に目覚める源泉となり、若い世代の生きる希望の拠り所となるように、各国で条約を守る気風を確立し、社会全体に“子ども第一”の原則を根づかせていくべきであると訴えたい。
 この気風の中で育った若い世代が社会の担い手となり、彼らがまた同じ心で次の世代を大切に育てていく──同条約の淵源となった1924年の「児童の権利に関するジュネーブ宣言」の前文に「人類が児童に対して最善のものを与えるべき義務を負う」と記されていますが、この崇高な誓いを世代から世代へ受け継ぐ流れを確立する中で、人権文化は社会を支える中軸に結実していくに違いないと思うのです。

緊張緩和と関係緊密化へ「日中首脳会談」を定期開催

国交正常化40周年に高まった緊張
 最後に、平和と共生の地球社会の建設というテーマに関連して、緊張が続く日本と中国の関係改善と未来の展望について、私の考えを述べておきたい。
 昨年は、日中国交正常化40周年という節目の年であったにもかかわらず、かつてないほどの緊張と摩擦が高まり、日中関係は戦後最悪の状態に陥ったとさえ言われます。
 実際、40周年の意義をとどめる行事や交流計画の中止と延期が相次いだほか、経済の面でも関係は大きく冷え込みました。
 しかし私は、日中関係の未来を決して悲観しておりません。
 なぜなら日中の友好は、国交正常化の前から、「涓滴《けんてき》岩を穿《うが》つ」の譬えの如く、心ある先人たちが一滴また一滴と、両国の間に立ちはだかる頑強な岩盤を穿ちながら切り開いてきたものであり、今日まで長い歳月を通じて堅実に積み重ねられてきた友好交流の絆の重みがあるからです。
 私が国交正常化の提言を行った当時(1968年9月)は、中国との友好を口にすることさえ憚られる空気があり、ある意味で、現在以上に厳しい状況にあったともいえます。しかし、隣国との友好なくして日本の未来はなく、日中関係の安定なくしてアジアと世界の平和も開けないというのが私の信念でした。
 提言発表から6年後(1974年12月)、北京を訪問し周恩来総理と鄧小平副総理にお会いした時、お2人が“中国の人民だけでなく日本の民衆も、日本の軍国主義の犠牲者である”との思いを抱いていることを痛感した私は、「戦争の悲劇を2度と起こさないために、民衆と民衆との崩れざる友誼の橋を何としても築き上げるのだ!」との決意をさらに深くしました。

友好の纜《ともづな》を断じて離してはならない
 以来、今日まで私は、若い世代を中心とした友好交流の推進に情熱を注ぎ続けてきたのです。
 国交正常化後、中国から初の国費留学生6人を、私が身元保証人となり、創価大学にお迎えしたのが1975年でしたが、歳月を経て、今や中国から年間10万人の留学生が日本で学び、中国では1万5000人の日本人が学ぶ時代が到来しています。
 その他にも、文化や教育などさまざまな分野での交流をはじめ、両国の地方自治体が結んできた349に及ぶ姉妹交流の広がりや、四川大地震や東日本大震災で互いの国が苦難に陥った時に助け合ってきた歴史があり、何度か緊張が生じても友好の水脈は着実に水嵩を増してきたのです。
 この水脈に注がれてきた一滴一滴は、顔と顔が向き合う“一対一の心の交流”を通じて育まれてきた友情の結晶に他ならず、どんな試練や難局に直面しても容易に枯渇してしまうものではないし、断じてそうさせてはならないとの思いを強めています。
 私は以前、北京大学での講演(「教育の道 文化の橋──私の一考察」、1990年5月)で、「両国の間にいかなる紆余曲折が生じようと、私たちは断じて友好の纜から手を離してはならない」と呼びかけました。まさに今が、その一つの正念場であると思えてなりません。
 政治と経済の分野では、大なり小なり波が起こるのは歴史の常です。穏やかで凪のような時は例外的であるかもしれません。
 ゆえに大切なのは、日中平和友好条約で誓約した「武力または武力による威嚇に訴えない」「覇権を求めない」との2点を、どんな局面でも守り抜くことではないでしょうか。
 その原則さえ堅持していけば、たとえ時間はかかっても乗り越えるための道は必ず見えてくるはずです。むしろ順調な時よりも逆境の時のほうが、両国の絆をより本格的に深める契機となる可能性がある。

東アジア環境協力機構を設立し青年が力合わせ行動する時代を

胸襟を開いた対話を粘り強く
 そこで、現在の状況を乗り越えるために、平和友好条約の2つの誓約の堅持を再確認した上で、“これ以上の事態の悪化を招かないこと”を目的にしたハイレベル対話の場を早急に設けることを求めたい。
 その場でまず、「緊張を高める行為の凍結」についての合意を図り、その後、対話を継続していく中で、今回の対立に至った経緯を再検証し、互いの行動が相手側にどう映り、どんな反応を起こしたのかを冷静に分析しながら、今後の危機回避のためのルールづくりに取り組んでいくべきではないでしょうか。
 もちろん、対話の過程で激しい意見の応酬は避けられないと思います。しかし、それを覚悟の上で向き合わなければ、両国の関係回復はおろか、アジアの安定、そして世界の平和は遠ざかるばかりです。
 思い返せば、冷戦終結まもない頃、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領にお会いした時(1990年7月)、私は開口一番、「きょうは、大統領と“けんか”をしにきました。火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう。人類のため、日ソのために!」と切り出しました。
 このような言葉の表現をあえて行ったのは、日ソ関係が不透明な中、“儀礼的な会見に終わらせず、本音で語り合いたい”との思いを伝えたかったからに他なりません。
 状況が厳しければ厳しいほど、胸襟を開いて話し合うことが大切ではないでしょうか。平和共存を目指すという大前提に立った、真摯な意見の火花散る対話は、互いの主張の奧にある「相手がどのようなことを懸念し、何を最も重視しているのか」という心情を浮き彫りにする上で欠かせないプロセスです。
 私はそのことを踏まえて日中首脳会談の定期開催の制度化を呼びかけたい。
 今月、フランスとドイツが「エリゼ条約」を調印して50周年を迎えました。
 両国の間には、何度も戦火を交えた歴史がありましたが、首脳会談を年2回、外務・国防・教育の閣僚の会合を年4回行うことなどを定めた同条約によって、関係の緊密化が大きく前進しました。
 日本と中国も、かつてない難局に直面した今だからこそ同様の制度を設けて、どんな状況下でも両国の首脳が顔を合わせて話し合える環境づくりをしておくべきだと思うのです。
 そして、まずは2015年に向けて、「平和共存」と「人類益のための行動の連帯」を基軸にした新しいパートナーシップ関係を構築することを望みたい。
 具体的な構想の一つとして、例えば、日中両国が共同で主導する形で「東アジア環境協力機構」の設立を目指していってはどうでしょうか。
 環境の改善は双方にとって「共通のプラス」となるものであり、私はその機構の活動を通して、日中の青年たちが一緒に行動できる機会を積極的に設けながら、東アジア地域の平和と安定はもとより、「持続可能な地球社会」の創出のために、両国が共に貢献する流れをつくり出すべきだと訴えたいのです。
 私は45年前(1968年9月)に行った国交正常化提言で、「日本の青年も、中国の青年もともに手を取り合い、明るい世界の建設に笑みを交わしながら働いていけるようでなくてはならない」と呼びかけましたが、その礎となるものは、これまでの交流を通し、さまざまな形で育まれてきたのではないでしょうか。
 今後の焦点は、青年交流をさらに活発に進めつつ、これまで育まれてきた友好の礎を、いかに具体的な協力へと発展させていくかにあると思います。
 そのためにも、中長期的な観点に立って、両国が互いに協力できる分野を一つまた一つと開拓し、整備していくことが重要であり、こうした挑戦の積み重ねの中で、日中友好の絆は世々代々と受け継がれ、崩れないものとなっていくと、私は確信するのです。

牧口初代会長が洞察した社会観
 以上、2030年に向けたビジョンと行動目標について論じてきましたが、平和と共生の地球社会の建設を進める上で欠かせないのが民衆の連帯です。
 創価学会の牧口常三郎初代会長は大著『創価教育学体系』で、なぜ一部の例外を除いて、より良い社会を目指して立ち上がった人々の多くが挫折を余儀なくされてしまうのか、その背景について、次のように考察していました。
 「善人は古往今来必ず強大なる迫害を受けるが、之れを他の善人共は内心には同情を寄するものの何等の実力がないとして傍観するが故に善人は負けることになる」と。
 つまり、善人たちが迫害を受けていることに同情はしても、自分には何も力がなく彼らを支えることはできないと考え、最終的に傍観してしまう人々は、生き方の底流に「単なる自己生存」の意識しかないため、「社会の原素とはなるが結合力とはなれず、分解の防禦力ともなり得ぬ」と、問題の所在を明らかにしたのです(『牧口常三郎全集第6巻』第三文明社、現代表記に改めた)
 この悲劇の流転を断つために、牧口初代会長は戸田第2代会長と創価学会を創立し、「単なる自己生存」ではなく「自他共の生命の尊厳」を求めて行動する民衆の力強い連帯の構築に立ち上がりました。
 現在、その民衆の連帯は192カ国・地域に広がっています。
 「持続可能な開発目標」の推進という国際社会の協力において大きな節目となる2030年は、創価学会の創立100周年にもあたります。
 私どもSGIは、この2030年に向けて、平和と共生の地球社会の建設というビジョンを共有する人々や団体と力を合わせながら、グローバルな民衆の連帯を幾重にも広げていきたいと思います。


語句の解説
注1 ミレニアム開発目標
 2000年9月に採択された国連ミレニアム宣言等をもとにまとめられた8分野21項目にわたる国際目標。昨年までの段階で、極度の貧困、飲料水、スラム居住者の生活に関しては達成をみたが、乳幼児死亡率の削減や妊産婦の健康改善など、他の全ての項目を2015年までに達成するにはさらなる努力が必要となっている。

注2 四門出遊
 釈尊が王子の頃、遊園に赴くために外出した時、人々の姿を見て人間に生老病死の四苦があることを知った出来事のこと。「修行本起経巻下」には、釈尊が王宮の東門、南門、西門から出た時に、老いや病気に苦しむ人々や死者の姿を見て、最後に北門から出た時に出家者の姿を見る中で、自らも出家を願うようになった、との話が記されている。

注3 人権教育および研修に関する国連宣言
 人権教育の国際基準を国連として初めて定めたもので、2011年12月に国連総会で全会一致で採択された。国家があらゆる適切な手段を通して、人権教育・研修の権利の十分な実現を図る義務があることや、NGOを含む市民社会の役割の重要性などが謳われている。

注4 プラハ演説
 2009年4月、チェコ共和国の首都プラハでアメリカのオバマ大統領が行った演説。「核兵器を持つ国として、そして唯一核兵器を使用した核保有国として、アメリカには行動する道徳的責任がある」と表明し、「核兵器のない世界」に向けての共同行動を各国に呼びかけた。核保有国のリーダーが道徳的責任に言及した発言として注目を集めた。

注5 ゴルディオスの結び目
 紀元前333年、東方遠征の途中で古代フリギアの都を占領したアレクサンドロス大王は、「ゴルディオス王が結んだ複雑な縄を解いた者は、アジアの支配者となる」との予言を耳にし、その縄を剣で両断した。この故事に由来し、転じて「至難の問題」を意味する。

注6 持続可能な開発のための教育の10年
 一人一人の人間が、世界の人々や将来世代、また環境との関係性の中で生きていることを認識し、行動を変革するための教育を推進する国連の枠組み。2002年の国連総会で決議され、2005年からスタートした。最終年となる来年には、10年間の取り組みを総括する世界会議が日本で行われる予定となっている。
2013-01-27 : 提言 :
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