魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第15回(最終回) 勇気の調べを青年と共に(2011.12.2/3/5付 聖教新聞)

人間革命の響きを地球革命のために

ショーター 日本では創価青年大会が、合唱あり演奏ありで、各地で賑やかに行われていると聞きました。音楽とともに沸き立つ力で、青年の連帯が広がっていくことは、心躍ります。
 古代ローマでは、凱旋した将軍シーザーたちを、楽団の演奏が迎えました。
 そのように、音楽は戦争のために用いられることもありましたが、今は、平和のリーダーたちのために、創価の音楽隊や鼓笛隊などの友が、栄光の音楽を奏でてくれていますね。
池田 広宣流布は、明日の世界に、人間主義の永遠の都を築き、民衆勝利の凱歌を奏でゆく壮大な運動です。
 その颯爽たる旗手が、音楽隊や鼓笛隊、さらにオーケストラ、合唱団等のメンバーです。仕事や学業に真剣に励みながら、努力を重ね、文化運動を力強く推進してくれています。
 それは、新たな人材群の大いなる潮流でもあります。音楽を心の友として、尊い「信」「行」「学」の錬磨の青春を走り抜いた人材が、二陣三陣と躍り出て堂々と各界で活躍している。こんなに嬉しいことはありません。
ハンコック アメリカの独立の戦いの時には、音楽隊の行進が皆を鼓舞しました。平和的な組織であるSGI(創価学会インタナショナル)において、わが音楽隊の友らが奏でる力強い楽曲は、私たち自身の生命の根本的な迷いである「元品の無明」との間断なき戦いに勇気を与えてくれるのです。
池田 まさしく、勇壮な「人間革命の響き」です。「正義の行進曲」です。
 ショーターさんとハンコックさんのお二人が、ジャズを通して人々を啓発し、多くの青少年に勇気と希望を贈ってこられたことも、偉大な歴史です。
ハンコック ありがとうございます。池田先生が見守ってくださっているおかげです。
 ウェインと私は、ジャズ・ピアノの偉人にちなんで名付けられた「セロニアス・モンク・ジャズ研究所」という教育機関の設立当初から関わってきました。この数年間、私が代表も務めてきました。「10代の若者の人間性向上に役立てたい」「21世紀には文化や教育がより重要になる」との思いからです。ヨーロッパの学生たちがバッハやモーツァルト、ベートーベン等を知るのと同じように、ジャズがアメリカの歴史の一部であると認識されるよう、セロニアス・モンク・ジャズ研究所では小学校や中学・高校等での授業プログラムも持っています。
 また、アメリカ国務省と連携し、世界を舞台に活動しています。昨年の上海万博でも依頼を受け、演奏しました。ジャズは国際的な音楽ですから、アメリカと他国のかけ橋の機能も果たしているのです。
ショーター ベトナムへ演奏に行った時のことです。記者会見の席で興味深い話し合いが行われました。あるNGO(非政府組織)に同行していたアメリカ人ジャーナリストが、国務省のスタッフの一人に、この地にジャズを紹介することの素晴らしさを語りました。それに応じ、その女性スタッフは言いました。「ジャズは芸術性の高い音楽ですから、人々がそれに接してよい影響を受けるようにしなければなりません。私たちは、その手助けをしたいのです」と。
 ジャズの勝利だと思いました。ジャズが「創造」を旨とする音楽であるという芸術性を、国務省から来た一人の女性が深く認識していたからです。まさにジャズがアメリカを代表する芸術であることを示しているのです。
池田 その通りですね。アメリカという新天地で、言いしれぬ苦労を重ねてきたアフリカ系の人々の中から、ジャズが生み出され、そして今や、アメリカはもとより、人類の宝として愛されている。これは、文化の力の真髄です。
ハンコック この研究所の活動の一環で一昨年、キング博士の子息であるマーチン・ルーサー・キング3世および8人の連邦議会議員と一緒にインドに行く機会がありました。キング博士の「インド旅50周年」を祝賀するためです。私たちは学生バンドと一緒に参加しました。その時、現地を訪問中に、私は偉大なタブラ(古典打楽器)奏者であるSGIメンバーとも会うことができました!
池田 世界の旅先で同志と出会うことほど、嬉しいことはありませんね。
 半世紀前のキング博士のインド訪問の足跡については、ガンジー記念館元館長のラダクリシュナン博士とも語り合いました。マハトマ・ガンジーの思想を人権闘争の範としたキング博士が、このインド訪問を「巡礼」と意義づけていたことも紹介されていました。
 ラダクリシュナン博士ご自身も、アトランタを訪れた際、キング3世と母上(コレッタ夫人)から受けた温かな歓迎を思い出深く語られていました。
 ガンジーとキング博士の非暴力の魂の共鳴を、私たちはさらに強く深く広げていきたいものです。
 ショーターさんも、後輩を立派に育ててこられましたね。若い楽団員たちから「どれほど啓発されたか分からない」と感謝されていると伺っています。ショーターさんの生き方から、「自分たちにも次の世代へ伝えるべき深い使命があるということを学んだ」と語っているとも聞きました。
ショーター ありがとうございます。私がやっていることは、いわば裏方の働きです。人間の精神を向上させる仕事です。
 若い楽団員たちは皆、私の半分ほどの年齢ですが、私がどんな目的を持って行動しているのかについて話し合っています。
 彼ら全員が“音楽の目的は何か”について思索し、次代のミュージシャンたちに何を伝えるべきかを深く認識してくれています。
        ♪
池田 「若さ」には何ものにも勝る力があり、創造へのエネルギーがあります。
 御書に「従藍而青」という言葉があります。後継者が立派に成長していくことの譬えとして用いられています。
 「青は藍より出でて、しかも藍より青し」──私たちで言えば、後輩を励まし伸ばして、自分以上の偉大な人にしていくことにも通じるでしょう。
 中国の周恩来総理も、「若い人たちが成長したのは、年輩の人たちが手塩にかけて育てたから」(中共中央文献編集委員会『周恩来選集』外文出版社)と言っていましたね。これは、古今東西、変わらぬ道理でしょう。
ハンコック 本当にそうですね。「イマジン・プロジェクト」というアルバムを共同で作り上げたグループの一つに、西アフリカのマリ北部出身の「ティナリウェン」という楽団があります。その楽団と一緒に作った歌に、「若者と自分の体験を分かち合う」「若者の声を聞く」という内容が入っていました。体験から学んだ智慧を共有することは、人を育てるのに不可欠です。
 私が若かったころ、音楽的に成長を遂げるための答えを探し求めていた時、本当に多くの音楽の先輩たちが自分たちの体験を分かち合ってくださり、励まし、助けてくれました。
 今、わが人生を振り返ると、もし自らの体験を喜んで共有してくれたあの先輩たちがいなかったら、今日の自分はなかったと実感します。だからこそ私も、若者に自分の体験を分かち合うというジャズの伝統を引き継ぎたいと思っています。私の体験がちょっとでも彼らの成長に役立ち、何らかの糧になればと思っています。
池田 大事なお話です。「あの人がいたから、今の自分がある」──それは、多くの学会員が持っている感謝の真情でしょう。
 青年を育てるには、「会う」「語る」そして「一緒に行動する」ことです。「体験を共有し合う」ことです。「断じて、この人を人材に」という情熱を持って、真剣に祈り、真心を尽くしたことは、必ず相手の心に「種」となって残ります。今は目に見えなくとも、必ず大きく花開く時が来ます。
 私が青年時代から心してきたのも、この一点です。
 仏法では「物たね(種)と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(御書971㌻)と説かれています。人材育成とは、励ましの種、触発の種を蒔き続ける挑戦といってよいでしょう。
ハンコック 未来は、他のどの世代よりも、若い世代の発想と努力で決まると信じます。未来はそれを必要としています。現状維持や、従来のやり方を大きく飛び越えるには、多くの労を要します。今、必要なことは、全く新しい地球規模のビジョンを創造することです。それが出来るのは、青年しかいないと思います。なぜなら彼らは、私たちのように古いやり方に束縛されていないからです。今はまさに、全く新しい挑戦の時です。
 先生が言われるように、未来のために種を蒔く時です。
池田 わが師・戸田先生は、青年を絶対的に信頼してくださる指導者でした。
 青年を信じ、青年に託す以外にない──それは、戦時中の大弾圧を、牧口門下生として、ただ一人耐え抜かれた先生の結論でもありました。
 先生は、「一人の青年が命をかければ、広宣流布は必ずできる」と、私を薫陶してくださいました。その師恩に応え抜くために戦ってきたのが、私の人生です。
 ともあれ、青年を見下したり、利用したりしては、絶対になりません。
 いずこの世界でも、青年を尊敬し、青年の持てる創造性を伸びやかに発揮できるようにしてこそ、新しい挑戦が生まれ、新しい発展が開かれます。
ショーター 音楽界の新しい挑戦という意味では、私は、即興演奏するオーケストラが出現してもいいと思っています。演奏前には楽譜を見ても、演奏中は閉じてしまうのです。
 それには、高度なイヤートレーニング(耳の鍛錬)が必要です。即興で演奏しながらも、バイオリンやその他の弦楽器を含む、全ての楽器が出す音をお互いに聴き合えるようなレベルにまで達した時、自ずと即興の交響楽が始まるのではないでしょうか。そこでは指揮者がいなくても、お互いの出す音に時間的なズレはありません。
 すでに小さな室内楽団が、これに似た試みをしていると聞きました。彼らは、たくさんのイヤートレーニングを、皆で一緒に行っています。
 実は、私たちの楽団の四人も毎晩、ステージの上で、それを行っているのです。このことを通して、今まで考えられなかったような深い自覚が生まれ、一人一人のリーダーシップが高まりました。メンバーの境涯が高まるので、各人が大きな尊敬を受けるようになり、一人一人が真にリーダーの役割を果たす楽団となると思っています。

新しい人材の誕生を世界が熱望
若い世代は“本番”で鍛えられる


池田 音楽に限らず、いかなる分野でも一人一人が勇気を持って、互いに切磋琢磨していく挑戦の中でこそ、いまだかつてない創造は成し遂げられていくものです。
 仏法では、人を幸福にする地涌の菩薩の力の譬喩として、「火は焼照を以て行と為し・水は垢穢《くえ》を浄《きよむ》るを以て行と為し・風は塵埃を払ふを以て行と為し・又人畜草木の為に魂となるを以て行と為し・大地は草木を生ずるを以て行と為し・天は潤すを以て行と為す」(同1338㌻)と説かれます。
 この大自然の働きの如く、わが生命に本然的に具わっている勇気と慈悲と智慧の力を発揮して、他者のために尽くしていくのが、菩薩の行動です。
 しかも、自分一人だけではない。それを、後に続く人々と共有し、新たな道を開いてこそ、真の菩薩です。
ハンコック よく分かります。
 ですから、私たちは、青年たちを前に押し出して、指導的な立場に立たせていかなければなりません。
 一般的に、人々は指導者が自分たちの前に立って道を示してくれることにあまりにも慣れてしまっています。自分たちでその道を発見する力を持っているとは考えられないからです。人々は自分自身の人生のために、そのような責任を担うことに慣れていません。誰かがやってくれるのを待っているのです。あるいは、多くの場合、誰か別の人が責任を取ったり、非難を引き受けてくれるのを待っています。
        ♪
池田 そうですね。
 ガンジー記念館元館長のラダクリシュナン博士は、先日、来日したインド創価学会の首脳に伝言を託してくださいました。
 ──マハトマ・ガンジーは、晩年、記念式典などには出席せず、ネルー首相など、あえて後継のリーダーたちを前面に立てて、次への流れをつくっていました。だからこそ、インドの盤石な基盤ができました。
 その意味において、SGIが「青年学会」を掲げ、若い力をどんどん伸ばしていることは、本当に見事であるし、理想的です──と。
 世界の知性は、よく見抜いておられます。
ハンコック 本当です。驚きました。池田先生が、実践の中で、若い世代に責任を持たせ、薫陶されていることは、永遠性への軌道ですね。
 日蓮大聖人の仏法が説いていることは、一次元から言えば「一切の責任を担い立つ」ということではないでしょうか。自分自身の振る舞いや、個人的な役割のみならず、社会やそこで起こっていること全てに対しての責任です。これは本当に素晴らしいと思います。
 この仏法の実践の偉大な功徳の一つは、その責務をもっと意欲的に受け入れる勇気が、自分の生命の中から湧き上がってくることを感じて、こうした責任を担うことをあまり恐れなくなることです。それは凄いことです。
池田 その通りです。
 日蓮大聖人は「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(同758㌻)とまで仰せになられています。
 「一人立つ精神」こそ、創価の伝統です。牧口先生は「羊千匹より獅子一匹」と叫ばれました。
 「青年学会」の意義とは、いずこにあっても、この創価の師弟の心を受け継ぐ青年が、一人、責任を持って立ち上がることです。
 その一人の青年に続いて、「二人・三人・百人と」(同1360㌻)、必ず立ち上がり、勢いを増して前進していくのです。
 そのために、私は手を打っています。青年が応えてくれています。
 だから、断じて行き詰まることがありません。
 心の継承と言えば、ショーターさんは本年六月、ブラジルを訪問された折の講演でも、ご自身を育てたジャズの先達でドラマーのアート・ブレイキーさんから学んだ信条等を、とりわけ大事に語っておられたと伺いました。
ショーター はい。アート・ブレイキーは言いました。
 「君たちは、楽器の陰に隠れることもできる。やろうと思えば簡単にできるが、僕は、ドラムの陰に隠れたりはしない。もし君たちが演奏して何も表現できないなら、それは勉強が足りないからだ。自分が接した世界で目にし、理解したことを演奏しようとしていないんだ。何も真剣に心に掛けていないんだ。だから、技術ばかり立派になろうとして、楽器の陰に隠れているんだ」と。
 私も、招かれてスピーチする時や、向上心のある音楽家たちと話す時は、音楽についてではなく、人生について語るようにしています。
        ♪
池田 味わい深いお話です。真に人間として偉大な音楽家を育てようとされたのですね。
 ともあれ、一人一人が日々、価値創造しながら、社会のため、人々のために助け合い、支え合って、より良き共同体を築いていく──その主体者は何か特別な、特定の人ではない。本来、全員が主体者なのです。
 そして、何より青年を育てる以上の社会貢献はありません。今、世界はさまざまな難問に直面しています。政治も経済も環境問題も、今までの古い考え方の延長では解決できない。新しい創造を生むための、新しい発想を持った、新しい世界市民の誕生を、世界が熱望しているのではないでしょうか。
 「平和の文化」の創出や「対話の文明」の構築といっても、その鍵を握っているのは「青年の育成」である。──私が世界の指導者や知性と語り合ってきた結論も、この一点でした。
ハンコック 「世界市民の育成」や「平和の文化の促進」という考えは未来のための土台であり、それは実に、創価教育の父である牧口初代会長の「個人への尊敬」とその視点の促進というビジョンにまで遡ることができます。
 アメリカ創価大学や創価一貫教育は、未来の教育のモデルです。世界中の多数の教育機関が、このビジョンの影響を受けるだろうと思います。
 それは21世紀にとって極めて必要なものであるという意味で、時宜にかなっています。池田先生は、不思議にも、必要な手を全て打ってくださいました。
 基盤は、できあがっています。私たちがなすべきことは、言ってみれば、先生が打ち込んでくださった点に沿って、それらを結んでいくことです。
 しかし、それは、たやすいことではありません。本当に、大きな勇気と慈悲と智慧を要するのです。私たちはこの挑戦に立ち向かわなければなりません。未来は私たちにかかっているのですから!

音楽は希望! 全人類を救う
誰もが「美の価値」の創造者


池田 ショーターさん、ハンコックさん、お二人のジャズの創造の旅路は、半世紀を超えます。
 この50年を振り返って、ジャズの世界で一番大きな変化は何でしょうか? また、これから50年後のジャズの未来の姿をどう想像されますか? これは、私たちの盟友である日本の芸術部の友から寄せられた質問です。
ショーター 何よりも大きく変わったのは、ジャズの「音」ではないかと思います。つまり、ジャズの定義および表現方法です。1920年代に始まり、30年代、40年代、50年代、60年代と、それぞれの時代に、伝統的なジャズと結びついた独自の顕著な要素と表現方法がありました。言い換えれば、「人間の心」を奏でる「音」として、ジャズはこう奏でられるべきだという、ある形式のようなものがありました。しかし、今のジャズには、そのような意味での束縛はありません。
 ただ、今でも、ほとんどのグループが、ややもすれば、「ジャズとは、こう演奏すべきもの」また「ジャズは、伝統的に、こんな特徴を備えた音楽である」と考える傾向があります。そして、そのような固定的な考え方だけで音楽が規定されてしまう場合があります。
 これからの50年間、音楽界には、大いなる創造の作業が必要とされます。未踏の道を切り拓く創造的な啓発の波が次から次へと生み出され、それらが人間社会のあらゆる分野に浸透していかなければならないと思います。
ハンコック これは大変に難しい質問ですね(笑い)。というのは、私自身がその渦中にいるからです。
 仏法では「自行化他」と説きますが、私たちは自分のために実践するとともに、他者のためにも実践すべきです。わが人生をその価値ある日々の積み重ねとして見るならば、ジャズも、全ての側面において、「自分のためと同時に他者のための実践」であり、そういう観点から見ていくように心がけています。その意味において、「即興性」や「対話性」といったジャズの特性は、熟視すべき重要な資質であると思うのです。
 私は、これらのジャズの特性は、豊かな人生を生きるために必要なものであると考えており、それらが最大限に生かされることを望みます。単に音楽演奏のみならず、日常生活の中でも生かすことができるものであることを知ってほしいのです。音楽は希望! 全人類を救う
池田 自分のためと同時に、他者のために実践する──ともすれば利己主義に流されがちな現代において、芸術も、学問も、宗教も、目指すべき本来の方向性が、ここに示されています。
 歴史家のトインビー博士が、私との対談で、核兵器や環境破壊など人類の生存を脅かす諸悪の原因は、人間の貪欲性と侵略性にあり、それは自己中心性から発すると指摘されていたことが思い起こされます。
 そして、その自己中心性とは「一人一人の心の中の革命的な変革によってのみ、取り除くことができる」と喝破されました。さらに、そのために果たす「宗教の啓発の力」に注目され、私たちの「人間革命」の思想に大いなる期待を寄せてくださったのです。
 音楽と宗教は、人間の魂を啓発するという目的を、深い次元で共有しているといってよいでしょう。
 人々を鼓舞し、励まし、勇気を生む音楽の律動は、一人のうちにとどまることはありません。一人の魂を揺さぶる音楽は、予想もできぬ速さで一気に広がり、多くの人々の心を普く潤していくものです。この音楽のみずみずしい波動性こそ、社会を若々しく蘇生させゆく源泉ではないでしょうか。
ショーター そう思います。
 よく他のミュージシャンたちが、私たちのところへ来て、「なんで、君とハービーは、そんなに若々しいのかい?」と聞きます。若い世代の人からは「あなた方は年齢からして、もっと“お年寄り”だと思っていました!」と驚かれます(笑い)。
 「9・11」の米同時多発テロの後、このような声がさらに寄せられるようになりました。これも、信仰を持った私たちが、音楽だけでなく、普段の生活においても、人に希望を贈りたいと挑戦しているからだと思います。
池田 お二人がいつまでも青年の輝きを放つのは、未来を見つめ、若い世代の育成に汗を流しているからでしょう。
 御書には「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(1135㌻)と仰せです。妙法という音律を唱え弘めゆく人生が、その通りの軌跡となることは、それこそ世界の多宝の友が示されている通りです。
 喜劇王チャップリンが、「あなたの最高傑作は?」と聞かれて、「ネクスト・ワン(次の作品さ)」と応じたことは有名です。お二人のこれからの「夢」は、何でしょうか? これは、未来部の友からの質問です。
ハンコック 私も、いつも「最高傑作は、次の楽曲であってほしいと思います」と言います。私がそのような姿勢でいるのは、「前向き」であることが常に最良だと考えるからです。
 過去に自分が何をなしたかは分かっています。やったことは既に、私の持ち物なのです。無くなるわけではありません。いわば、ポケットやカバンの中にあるのです。ここに、ずっとあるのです。しかし、次のステップをどうするか。それが最も大事なことです。私たちが踏み出す、次の一歩は何かということです。

挑戦を続ける2人のモットー
ショーター氏
常にこれから! ネバー・ギブアップ(決してあきらめない)
ハンコック氏
恐れなく! 確信と決意の人生を

        ♪
ショーター 偉大な作曲家でバンドリーダーのデューク・エリントンも同じことを語っていましたね。
 私が「これから」抱く夢は、人々と会い、人々から聞き、老いも若きも多くの人たちが、創造的作業の交流に参加することの価値に目覚め、その価値をつかむための手助けをすることです。
 その創造的作業に必要となるのが、冒険的な探究、冒険心に基づく発見、そして、感謝の心を持って未知の事柄を学ぶことです。それは、冒険心を伴った感謝の心です。これは、とても大きな仕事ですので、私には「これから」なすべきことが実に、たくさんあります。
池田 どんな立場になっても、感謝の心を忘れない人には、生命の張りがあります。その報恩の心から、後輩たちへの献身の行動も生まれます。
 法華経の宝塔品の会座には、釈尊と多宝如来のもとへ、十方分身の諸仏が無量無数の国土から、こぞって来集します。
 それは一体、何のためか?
 「開目抄」には、「未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心」(御書236㌻)であると説かれています。焦点は「未来」です。「未来」に生きゆく「青年」たちのためです。
 これが法華経の世界です。ゆえに、私たちは命ある限り、青年と共に、青年のために、勇敢に前進あるのみです。
 お二人から、日本、そして世界の若き芸術部の友にメッセージをお願いします。
ショーター 芸術部は、世界の中で人間の尊厳を高める、価値ある活動をしています。その目標は、より深いレベルで人間的な芸術を触発することにあります。
 芸術部メンバーの活動は、やがて見事に花開き、多くの人々を感動させる日が来るはずです。その時、皆が感嘆の声をもらすことでしょう。
 ハービーと私は、その手助けをしたいと、いつも語り合っています。
ハンコック そうです。私は絶えず、アメリカの芸術部の友一人一人に、特に自身の人間性の開発のために、より時間を使うように励ましています。
 人間としての成長こそが重要です。なぜなら、自己の内面にあるものが、自らの芸術によって語られる物語の源泉となるからです。
 その意味では、「あの音」や「この和音」といったことを問題にするよりも、むしろ、自分の芸術分野と異なる社会環境に生きる他の人々と交流していくことが、極めて重要なのです。
 最もよい例が、あの「スーパーマン」を演じた名優クリストファー・リーブです。
 彼は乗馬中に転落して、首から下が完全に麻痺してしまいました。しかし、その苦難ゆえに、同じく身体の麻痺に苦しむ人々に大きく貢献していくことができたのです。
 もちろん、誰も、そんな事故に遭うことは望みません。しかし彼は、事故後、その状況に対応して、新たな舞台で、自身の人生の新たな目標に挑戦し、終に、より大きな人類への貢献を実際に成し遂げました。
 私は、もし偉大な芸術家になりたければ、「最大の情熱と熱意を持って強く生きなければならない」と心から思います。
 当然、芸術の道具や技術も持たねばなりません。練習や訓練も必要です。しかし音楽家は、音楽それ自体以上に、他の人々と関わり合うことが、特に重要なのです。
池田 たとえ芸術家でなくても、汝自身が、無限にして無窮の美の価値を創造しゆく当体です。
 難を受け、試練を乗り越えながら、人々のために尽くし抜く生命は、誇り高き人間讃歌を、不滅の人生の名画を創り残していくことができます。
 それは今、言われたように、人との関わりの中で、織り成されるものです。
 仏典に登場する勝鬘夫人は、
 愛語(思いやりのある優しい言葉をかけること)
 布施(人々に何かを与えゆくこと)
 利行(他者のために行動すること)
 同事(人々の中に入って共に働くこと)という菩薩道の実践を誓い、人々の善性を薫発していきました。
 これは、お二人が世界各地で、人々のため、平和のために続けてきた音楽活動の精神にも、相通じるのではないでしょうか。
 今年、日本では、東日本大震災という、かつてない災害を経験しました。台風の甚大な被害もありました。
 未曽有の危難に直面し、今、日本の社会全体が大きく変わりつつあると、皆が感じ始めています。
 悩み苦しむ人のために自分に何ができるのか、どうすれば希望を贈ることができるのか──そう考える人が増えているのです。
 では、いかに行動すべきか。
 さまざまな方途があるでしょうが、まず「目の前の一人に心からの励ましを贈る」ことは、誰にでもできることです。小さいように見えて、真心の励ましの声は、必ず相手の心を動かしていきます。
 御聖訓には、「小音なれども貝に入れて吹く時・遠く響くが如く、手の音はわずかなれども鼓を打つに遠く響くが如し」(同808㌻)とあります。強く正しき一念から発する音声には、計り知れない力があります。その生命の脈動は、周囲にも伝わり、社会へ広がらずにはおかないものです。
 この励ましのスクラムの中心に光るのは、常に女性です。そこで、これまでジャズ界で活躍してきた女性の中で、お二人が特に挙げたい人物は、という質問もありました。
        ♪
ショーター そうですね、やはり20世紀前半に活躍したビリー・ホリデイを挙げなければなりません。彼女は、人間の尊厳性を歌ったジャズシンガーでした。その人生の生きざまや苦闘を、彼女が歌う歌の中で描き、ジャズが創造性を表現する芸術であることを示しました。さまざまな苦労があったと思いますが、人々に勇気を贈る感動的な歌をいくつも残しています。
ハンコック ビリー・ホリデイの歌は人の心を射る矢のようでした。過酷な人生を送ってきたことがよく分かります。なぜなら、彼女の歌は、どれも人間性の核心に触れる歌ですから。歌というものの本質をつかみ、その真意を汲み取る才能をもち、それを信じられないほど力強く表現するのです。その歌声はまるで「あなたの苦しさが、私にはよく分かるのよ」と語りかけてくるようでした。彼女の影響を受けた歌手は枚挙に暇がありません。
池田 宿命に泣く女性の歴史を何としても転換したい──それが、恩師・戸田先生の悲願でした。ゆえに私は「21世紀を女性の世紀に」と訴えてきました。日本でも、世界でも、この「女性の世紀」を創造しゆくリーダーが、颯爽と躍り出ていることを、私も妻も、何よりも喜んでおります。
 まだまだ、質問は山ほど寄せられているのですが、残念ながら、お二人からの授業もいったん終了となりますね(笑い)。
ハンコック 池田先生! 先生のアメリカに対する50年来のご指導の「集大成」として始めていただいた鼎談の“受講者”として、私たちを選んでくださったことに感無量です。
 先生のご精神を日常生活の瞬間瞬間の中で、私自身の振る舞いを通して示せるようにと祈っています。
 この日蓮大聖人の仏法の信仰を始めるまでは、自分が何のために戦ってきたのか気付きませんでした。まるで、それまでの私は、深い眠りについていたようなものでした(笑い)。
 以前とは異なり、今は、はるかに大きく目覚めているように感じます。道のりはまだ長いですが、もう恐れません。もっと大きな夢を目指していく自信があり、恐れず、ひたすら積極的に前に進んでいきます。
 「確信と決意をもって、自由で恐れなき人生を生きる」。それが私のモットーです。それは私に、そのような能力が自分にあることを自覚させてくれます。
        ♪
ショーター 私は、この鼎談を振り返る時、自分が池田先生の生命から発せられる言葉と智慧、脈々と受け継がれてきた日蓮大聖人の真実の教え、そして遠くは釈尊の悟りと同じ方向に、自分も進んでいるのかどうかを確かめねばならないとの思いに駆られます。私は、その道から決して逸脱しないと強く決意しています。
 私のモットーは、「ネバー・ギブアップ(決して諦めない)!」です。いつも新鮮で、色褪せないモットーです。
 初心を忘れず、「常にこれから」という「本因妙」の精神で、さらに大きな課題に挑戦し続けていきたいのです。
 今、ある音楽の制作に取り組んでいます。その歌詞の一部を紹介させていただきたいと思います。まだ推敲中なのですが……。

 広漠たる人生の大海原を
 僕らは乗り越えていく。
 山なす波浪も
 鏡のような眼に映し出された
 あの深く秘沈する実在を
 覆い隠すことはできない。
  …… ……
 さあ、思い切って
 わが視力の及ぶ範囲をも超えて
 さらに先へと
 飛翔しよう。
 そして
 あらゆる欺瞞の人生に宿るものを
 見究めようではないか! (抜粋)
池田 素晴らしい前進の息吹に満ちた詩です! 音楽を愛する心に、国境も、民族の違いもありません。音楽を聴く時、そこには、ただ「人間」がいるだけです。
 私たちは、日本人である前に、アメリカ人である前に、同じ「人間」なのです。音楽は、その共通の原点に、人類を立ち返らせてくれます。
 殉教の師父・牧口常三郎先生は、既に1世紀前に、人類の壮大な進歩の道を展望しておりました。
 すなわち「軍事的・政治的・経済的競争」から「人道的競争」への大転換です。それを成し遂げゆく、大いなる力は、「人間」に希望を贈る「音楽の力」であり、「文化の力」であり、「教育の力」であるといえましょう。今こそ、人類の魂を蘇生させゆく音楽が求められています。人々を触発し、鼓舞する“魂の人間讃歌”が必要なのです。
 私たちは、青年と共に、青年のために、恩師から学んだ「平和の曲」「幸福の曲」そして「勝利の曲」「勇気の曲」を奏でながら、広宣流布の道を前進したい。
 青年の心で創造を続けるお二人の更なる活躍を、世界の同志と共に期待しています。希望輝く未来へ、新たな調べを奏でていきましょう!
ハンコック 私たちも永遠に先生と一緒に前進していくことを誓います。今から、人生という舞台で、心躍る、新たな生命の演奏を目指し、挑戦していきます。
ショーター (演奏開始の合図)1(ワン)、2(ツー)、1、2、3(スリー)、 ♪ ♪ ♪……。〈完〉
2011-12-21 : 音楽を語る :
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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

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第14回 地球と人間の律動(2011.10.28/29付 聖教新聞)

万人の善性を引き出せ! 解き放て!

南アフリカの英知の言葉
忍耐の人に不幸はない

ジャズの魂の故郷、人類の命の故郷・アフリカ

ショーター氏
音楽は生きる喜びを讃える“言葉”
ハンコック氏
音楽は1000年の歴史を伝える“記憶”

池田 アフリカは、ジャズの魂の故郷であり、人類の命の故郷です。
 私は長年、「21世紀はアフリカの世紀」と主張し、交流を深めてきました。人類の発祥の天地が栄えずして、21世紀の繁栄はありません。
 アフリカは、いずこの大陸にもまして、苦難を余儀なくされてきました。
 一番苦労した人が、一番幸福にならねばならない──これが仏法の精神です。
 そしてまた、だからこそ、私は、大震災などの災害を乗り越え、復興に汗を流しておられる皆様方の幸福勝利を真剣に祈っています。
 「忍耐の人に不幸はない」──これは、南アフリカのマンデラ元大統領の故郷の格言です。この不屈の信念を、元大統領と語り合ったことも、忘れ得ぬ歴史です。
ハンコック マンデラ氏は、正義と人間主義の賢者として、驚くべき模範の存在です。(アパルトヘイト=人種隔離政策の)圧政に苦しんだにもかかわらず、自分の心の中に復讐心が入り込むことを決して許しませんでした。氏は、27年半の投獄という、実に最悪の状況下で、さらに進歩した人間へと成長しました。
 その出獄の勝利の年(1990年)に、マンデラ氏は日本を訪問し、池田先生とお会いされたのですね。
池田 その通りです。この正義の大英雄を、多くの青年たちと熱烈に歓迎させていただきました。
 獄中で学び続けておられたマンデラ氏は、雑誌に載った私の言葉にも目を止めてくださったようです。
 この年、マンデラ氏は72歳。
 今のショーターさんや、ハンコックさんと同じ年代でした。
 私は、釈尊が「一切衆生の平等」と「永遠の生命」を明かした「法華経」を説き始めたのが72歳とされることを紹介し、「いよいよ、これからですね」と申し上げました。
 大統領として再び来日された氏と、嬉しい再会を果たしたのは、5年後のことです。
ショーター 私たちも、「いよいよ、これから」という不屈の闘志で戦います。
 クリントン大統領の第2期の時、私はホワイトハウスでマンデラ氏を初めて見ました。
 氏は、決して変節しない人物でした。氏について思う時、いつも平和の特使・実践者として、マハトマ・ガンジー、マーチン・ルーサー・キング、そして池田先生のことが頭に浮かびます。
 マンデラ氏は若いころ、ボクシングをしていました。氏にとってボクシングは、互いにしのぎを削りながらも、その中で両者が対等の人間として学び合い、相対することであったといいます。氏は、実際の人生にあっても、まるで防具を身につけているかのように、確信をもって相手に立ち向かったのです。
池田 マンデラ氏との語らいは尽きず、一緒に歩きながら、「迫害を乗り切り、戦い勝ってこそ、偉大な人生です」とも語り合いました。
 あの「マンデラ・スマイル」は、「こんなに素晴らしい笑顔をもつ人を大統領にした国民は幸福だ」と世界から讃えられましたね。
ハンコック マンデラ氏が南アフリカ共和国の大統領になった時、その視座は、皆の期待も不安も超えて、はるかに壮大でした。南アフリカの中の黒人だけでなく、全国民の大統領であることを自覚していたのです。
 氏は、それまでのアパルトヘイト政府に従事した白人職員を排除するのではなく、移行策への力添えとして、彼らの多くをそのまま採用しました。全く予想外のことでした。氏は、そのようなビジョンをもって、いかにすれば国を堅持して崩壊を防ぐことができるかを考えながら決断を下していったのです。それは見事に成功しました。
        ♪
池田 マンデラ氏の大きさ、深さが、人種を超え、一人一人に脈打つ人間の善性を引き出し、開花させ、解き放っていったのです。偉大な人間教育者でもありました。
 最初の会見の折、私も、教員や留学生の相互交流、南アフリカの大学への図書贈呈、南アフリカの芸術家を招いての民音公演、アパルトヘイトの惨状を訴える写真展や人権展の開催を提案しました。一つ一つを、全力を挙げて実行してきました。
 信義の交流は、今も変わりません。
ハンコック 当時、ここまでの約束をし、それを果たした人がいるでしょうか。マンデラ氏にとっても、どれほど支えとなったか知れません。
 氏が命を賭して、まさに池田先生と語り合われた通りの道を進み抜いたからこそ、南アフリカは、非常に困難な移行期を勝ち越えることができたのでしょう。南アフリカは、昨年のサッカーのワールドカップでも大成功を収め、力強く発展を続けています。
池田 ともあれ、アフリカには大いなる魅力が満ち溢れています。
 先日のSGI(創価学会インタナショナル)の青年研修の折にも、アフリカの青年たちが披露してくれた、大地から湧き出でるような群舞に、世界の友が感嘆しました。
 民音では、アフリカの10を超える国の伝統音楽・芸術を日本に招聘してきました。毎回、会場では一緒に踊り出す人がいるほど、アフリカの音楽には“生命の根底”を突き動かすリズムがあります。こうした交流から、互いの文化の宝を発見できます。学び合うことは進歩と向上の力になります。
ショーター 私も、アフリカ大陸は、数100万年前の人類の発祥以来、存在してきた文化の営みへの自覚を常に持ちながら、発展していくであろうと期待しています。このような文化の営みは、彼らの食事、飲み物や考え方と関係します。また、遊んでいるように見える音楽であったとしても、実は文化的な儀式だったりします。
 そもそも音楽の役割とは、「生命」というもの、つまり「生きていることの不思議さ」を感じた時の高揚感や、喜びを祝うためにあるものだと思います。その喜びや驚きは、簡単に言葉で表すことはできない。だからこそ、音を使って喜びを表し、祝うのではないでしょうか。私は、その原点をアフリカの音楽に感じるのです。
ハンコック 音楽は、アフリカ人の生活の様々な面に溶け込んでいます。それが農耕であれ、労働や宗教にかかわることであれ、彼らの生活のさまざまな側面から音楽を切り離すことは不可能です。彼らの日常生活に深く溶け込んでいるからです。
池田 文字ではなくして、言葉、声という音の響きによって表現される口承文学も、アフリカの文化全体に通じる大きな特徴ですね。
 「声仏事を為す」(御書708㌻)、「声を聞いて心を知る」(同469㌻)等々、日蓮仏法においても「声」の重要性に繰り返し言及されています。ケニアの作家協会会長であるヘンリー・インダンガシ博士とも、アフリカの悠久の大地に、大河のごとく流れ通ってきた口承文学の伝統を語り合いました。
ハンコック 西アフリカ地域では、各民族の歴史は、伝統的に「グリオ」と呼ばれる語り部・吟遊詩人によって伝承されます。それは口承の歴史です。そこでは今もグリオの家系の家族があり、物語が世代から世代へと伝えられます。そうです! それはいまだに存在するのです。
 この口承の歴史は、音楽を通して伝承されます。グリオたちは、楽器を奏でて、音楽を使って、歴史の伝承のみならず、それを記憶するための手助けをするのです。ここで述べている歴史というのは、1000年にわたるような壮大な歴史の物語です。
池田 そうですね。アフリカのある地域では、言葉の代わりに楽器を使って遠距離などでの会話を行う“楽器ことば”があるとも聞きました。
 音楽にのせて、遠い過去から現在へ、そして遥かな未来へ、物語が伝えられ、歴史が継承され、精神が継承されていく──。世代から世代へ、魂の声の響きによって、心が結ばれ、文化が共有されています。この事実は、現代社会が失いつつある心の絆を、どう取り戻すかを、私たちに示唆してくれます。
 創価学会が、座談会という対話の広場を大切にし、歌声を大切にしてきたことも、アフリカの心と深く共鳴しています。
ハンコック 私もそう思います。そもそも歌うことは、大陸の中の全てのアフリカ人の生活にとって大事な部分です。そのことを、私は現地で知りました。
池田 歌は「うったう(訴う)」ことです。天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます。歌は生命を解放し、強め、清める力がある。古代エジプトでは、音楽は「魂の薬」とも呼ばれたという。アフリカの伝統歌謡には、そうした素朴な祈りと心が深く込められていると、私は感じとってきました。
 私自身、多くの学会歌を同志の励ましになればとの思いで作ってきました。「紅の歌」を、四国の青年たちと一緒に作ってから、30年になります。青年が徹夜して持ってきてくれた歌詞の原案から出発し、何度も何度も推敲しては口ずさみました。青年と一緒に納得できるまで、徹底して取り組み、完成させた歌です。
 今、世代を超え、国を超えて、歌い継がれており、嬉しい限りです。
ハンコック 「紅の歌」は、私も、ウェインも大好きです。
 アフリカ音楽の大部分は、まさに即興です。それはリズム音楽だけではありません。メロディーを奏でる楽器もあります。西洋人は、アフリカ音楽はハーモニックではなく、ほとんどがリズミックだと考える傾向がありますが、アフリカには、色々なホーン(管楽器)があります。声楽の種類も沢山あります。
        ♪
ショーター 私は中近東やブラジル、東洋の音楽だけでなく、アフリカの宗教儀式の音楽の要素を取り入れてきました。なぜなら、人間としての素朴さ、人間としての自然さの重要性を現代に訴えたかったからです。
 現在、多彩な楽器を持つ、完璧な陣容のオーケストラと共同作業しながら、その音楽的色彩の全てを使って、「新たな日」について語る音楽作品を作曲しています。
池田 「生命の讃歌」「創造の喜び」が、アフリカ音楽の根底に流れているとも言えますね。音楽や文化を通して、人間本来の感動を共有し、共に生き生きと人生を蘇生させていく意義はあまりにも大きい。
 アフリカの人々は、苦労に苦労を重ねてこられた。筆舌に尽くせぬ苦しみを乗り越えて、たくましく生き抜いてこられました。私は、歴史学者のトインビー博士とも、アフリカが人類の未来に果たす役割は計り知れないと語り合ってきました。
 21世紀──それは、世界がアフリカの心に学ぶ時であり、アフリカの力によって世界が新しく変わる時だと信じています。

「生命」こそ人類共通の大地

ショーター氏

異文化への尊敬は創造の目覚め
ハンコック氏
異文化との協調は人を結ぶ磁石

ショーター 池田先生、アフリカの名門ザンビア大学からの名誉法学博士号のご受章(2011年9月25日)、誠におめでとうございます!
 国境を超えた「平和」と「人権」への貢献に対する、最大の尊敬と感謝が込められています。
ハンコック 本当に嬉しいことです。アフリカの大学ということで、私たちにとっては、二重のお祝いの気持ちになります。
 ザンビア大学の初代総長は、アフリ力の賢人として名高いケネス・カウンダ元大統領です。元大統領からも、真心あふれるメッセージが寄せられていましたね。
池田 恐縮です。これも、ザンビアの同志がよき国民、よき市民として社会に貢献されているからです。
 とくに、ザンビア大学の教壇に立ち、ザンビアSGIの理事長であられた、亡きダーリントン・カラブラさんのことが偲ばれます。
 奥様のハツコさん、また後継の青年たちが、その尊き志を、立派に受け継いで、活躍してくれています。
 ザンビアをはじめ、40カ国に広がったアフリカSGIの同志と共に、私は今回の栄誉を拝受させていただきました。
 ザンビア大学のご一行を、わが高等部の正義合唱団は、ザンビアの「ティエンデ・パモジ(さあ! 心を一つに団結しよう!)」という歌を美事に歌い上げて、歓迎してくれました。それはそれは喜んでいただきました。
 その国の文化を、深い尊敬の心で学び、生き生きと弾む命で共鳴を奏でゆく──。これは、未来へ広がる希望の音律です。
ハンコック ここにも、池田先生が創ってくださった、すばらしい文化交流の潮流がありますね。
 一口にアフリカといっても、言語だけでも一説には800種類以上あると言われます。北アフリカ、南アフリカ、西アフリカ、中央アフリカなど、それぞれの地域によって大きく異なります。
 この多様性が大きな特徴であり、豊かな文化の源泉となっています。
池田 そもそも約3千万平方キロというアフリカ大陸の総面積は、アメリカ合衆国の3倍の広さになりますね。
 そこには、万年雪が輝くキリマンジャロのような山岳地帯もあれば、砂漠、熱帯雨林やサバンナ、多種多様な気候地帯が広がり、ヨハネスブルクやナイロビなどの大都市には高層ビルが林立しています。
 さらに民族間の交流、またキリスト教やイスラムの文化の影響も相俟って、多彩な文化や音楽が生み出されているのですね。
ショーター アフリカは、ともかく多種多様です。
 私か忘れられないのは、そのアフリカの26カ国の駐日大使館の総意で1991年、池田先生に「教育・文化・人道貢献賞」が贈られたことです。また昨年(2010年)も「在東京外交団」の総意で「アフリカ友好記念牌」が贈られました。
 特に1991年の顕彰は、あの邪宗門による学会への「破門通告書」が一方的に送りつけられた翌日だったのに、先生はいつもの通り変わらず、世界のSGIの同志にも大いなる勇気を贈ってくださいました。
 「池田先生はアフリカの心を、アフリカ人以上に知っている」と語った識者もいます。先生の平和思想と行動がどれほど卓越していたかを物語っていると思います。
        ♪
ハンコック その通りですね。
 アフリカ大陸は、人類発祥の地であると共に、人類共通の大地であると思います。
 私は、ケニアに初めて行った時のことを覚えています。サファリ・ツアーは最も感動的な体験でした。ナイロビから自然保護公園に向かって、1時間ぐらい行ったところで最初に見たのは、キリンの家族が道を渡っている姿でした。
 キリンは、何度も動物園で見たことがあります。それなのに、私は、自分が涙していることに気がつきました。
 「なぜ、私は泣いているのだろう?」
 「なぜ、こんなに心が揺さぶられたのだろう?」──キリンが自然の草地で「生」を営んでいる姿を見て、私は、初めて、実際にケニアの地を訪れたという実感を得ることができたのです。
 その後、ケニアでの自分の反応は、ただ単に私のアフリカの祖先の地を訪ねているという感覚より以上に、もっと深くて根源的なものとの一体感であったと感じました。このことを、ある日本人の友人に話すと、彼も同じ体験をしたと言うのです。
 それで私は、ケニアに行って、それほどにも感動するのは、「人間としてのルーツ(根)」ゆえだと感じました。
ショーター そうです。アフリカには、人間に人間としての自覚を促し続ける「栄養素」を運ぶ文化のルーツがあります。
池田 以前、アフリカのSGIリーダーに、「なぜアフリカ音楽が国境を超えて、世界の人々の心を打つと思いますか」と尋ねたことがあります。
 「アフリカが人類のルーツだからだと思います」と誇り高く答えてくれたことを思い起こします。
 根(ルーツ)が深いほど、枝は大きく茂ります。アフリカが湛える奥深い人間文化の根っこは、世界の宝です。
 ともあれ、人間には「生命」という共通の大地があります。その生命の大地から、人類は、まだまだ尽きることのない創造のエネルギー、発展の智慧を湧き上がらせていくことができます。法華経に説かれる「地涌の菩薩」とは、濁世の真っ只中で民衆の幸福のために、無限にして永遠なる大生命力を発揮して戦う勇者です。
 日蓮大聖人は、「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書1300㌻)と仰せになられました。
 わがアフリカにも、この地涌の生命を旭日のように輝かせて、青年たちが澎湃と踊り出ています。
ハンコック アフリカは我々を暗闇から救い出す潜在能力をもっています。アフリカは私たちに多くの面で影響を与えてきました。
 例えばピカソの絵画を取り上げても、彼は明らかにアフリカ芸術から影響を受けました。しかし、ピカソにひらめきを与えたアフリカ人たちが、その功績を認められることは、ほとんどありませんでした。
 同様に、西洋が発見し、創造したとされる多くの発想の中にも、アフリカからの影響を受けているものが数多くあります。その場合、発想をした人々は「生徒」であり、その「教師」はアフリカから来たと言えるのではないでしょうか?
 私は今後、さらに「アフリカ大陸発」のものが数多く存在することが分かり、それらが未来をより建設的に形成していくであろうと確信しています。
池田 「教師」と「生徒」というのは、的を射て分かりやすい例えです。
 私たちが交流を深めてきた、アルゼンチン・タンゴの巨匠マリアーノ・モーレス氏も、「タンゴの呼称はアフリカの打楽器を伴う踊りのリズムに由来しています」と語られていました。驚きました。そうした淵源の探求は、文化に一層の深みと新たな活力をもたらすことでしょう。
 翻って、日本も、中国や韓国の文化に大恩があります。
 日蓮大聖人は、「日本国は彼の二国の弟子なり」(同1272㌻)という表現もされています。ですから、「そうした国々の大恩を絶対に忘れてはならない。その恩義に報いていくことが人間の正しき道である。そこから未来へ共に勝ち栄えていく力が生まれる」と、私は青年たちに折あるごとに訴えてきました。
ショーター 自分たちの文化が発達する時には、他の文化からの恩恵を必ず受けています。その恩を知ること、その「感謝の心」は、私たちの智慧を成長させる“薪”です。
 何かを成し遂げた時に、何にも感謝せず、先人をさしおいて、まるで、すべて自分でやったかのように振る舞うことは恥ずべきことだと思います。
池田 その通りです。私たちは一人では存在しません。国もそうです。多くの国々と支え合いながら存続している。人種・民族や文化の差異を恐れたり、拒否したりするのではなく、尊重し、理解し、自他共の成長の糧とすることです。
 同時に、私たちは過去と切り離して存在できません。必ず先人たちの営為や文化の恩恵に浴しています。
 生命の連関性をそのように認識する智慧こそ現代に求められるものです。
 仏法の「縁起の思想」は、その智慧に目覚めていくことを促しています。
ハンコック よく分かります。かつて音楽監督を務めた「東京JAZZ」や、このたびの「イマジン・プロジェクト」のアルバム作りで体験したことですが、自分とは異なる文化をもった、さまざまな文化的背景の人々と一緒に仕事ができることは、私たちにとって、胸躍るようなことでした。
 このような取り組みへと私たちを動かした最大の理由は、そうしたグローバル・コラボレーション(地球規模の共同制作)が、私たちの好奇心を超えて、人間の魂を引きつける強力な磁力のような魅力を持っていたことにあったと思います。
 私は、どこで演奏しても、人々に語ります。「私は、自分たちの文化を開いて、他の文化を取り入れ、尊敬することによって、どんなことが達成できるか示したいのです。自分たちだけの文化のみでは達成できない、もっとたくさんのことが、どれだけ達成できるかを示したいのです」と。それは一緒に作業することによってのみ可能です。新しい発想であり、新しい物事の見方です。
ショーター 私はジャズとは創造性に「目覚める」ことだと思っています。
 以前、私か知り合った何人かのクラシック音楽の演奏家が、私たちのステージを見て、コラボレーションを申し出てきたことがありました。
 さらには、私たちのコンサート終了時に、一人のクラシック音楽のピアニストが私たちの楽屋を訪ねてきて、私の楽団の仲間の一人に語りかけてきたこともありました。「いやあ、君らの演奏は実に新鮮だね! 私には、本物の人間性から発せられる音楽と、現代的で巧みであるが、事前に準備された音楽との違いが分かるんだ」と。
 これに対して彼は答えました。「僕らが望むのは、よくデザインされた巧みな音楽ではなく、人間味のある音楽、生命を目覚めさせる音楽です」と。
池田 新しい創造への勇気、若々しい生命の冒険──それは、国境を超えて人々に愛される、ジャズの魅力ではないでしょうか。
ハンコック 音楽は、人々を結びつける極めて有効な方法です。この、人々を結束させるチームの一員でありたいと思っています。最近では、人々の間を引き裂く状況があまりにも多く、そこから紛争が起こり、多くの人々が犠牲になっています。人々を結束させる方法を見つけることが、ますます重要になっていると思います。その一つの方法が音楽だと信じています。
池田 そうです。一緒に音楽を演奏し、一緒に音楽を味わう。それは、明るく賑やかな友情の前進であり、平和の行進です。
 ジャズでは、よく互いに目配せし合ったり、驚いたような笑顔を交わしたりと、本当に楽しそうに演奏していますね。皆さんが折々の会合で披露してくださった記念演奏などで、特に感じてきました。
ショーター いつも温かく見守っていただき、ありがとうございます。
 大事なのは演奏者として、より陽気に、より笑顔でいることです。沈んだ重い心も、快活な心へ転換していくのです。
 そういえばハービーと一緒に、各国首脳の前で演奏したこともあったね。
ハンコック ああ、覚えているよ。さまざまな国の大統領や代表の種々の会議があり、最終日に、その演奏会がありました。私たちは、パフォーマンスのゲストに呼ばれたのです。
 ウェインと私と何人かの演奏家は、始まる前に題目を唱えました。舞台に上がり、演奏を始めると、すべてがうまくまとまりました。すべてがしっくりいきました。
 私は、演奏が始まる前の聴衆の様子を覚えています。異なる国のリーダーたちは、双方見合いながら、お互いに距離をおいていました。しかし、演奏が始まると、少しずつ、前の方へ移動してくるのが分かりました。組んでいた腕を開いて、笑顔になっていました。私たちは即興で演奏していたので、皆、演奏を楽しみ、私たちとの旅の一時を楽しみ、良い時間を過ごしていました。演奏が終わると、総立ちで、拍手喝采となりました。
池田 劇的な光景ですね。即興の名演奏に触れた心からの感動が、巧まずして人々に差異や隔たりを忘れさせ、「人間」という共通の大地に立たせていった──。まさしく平和を創造する音楽の力を象徴しています。
 20年ほど前、ロサンゼルスを訪問した折、アメリカの多様性を讃えて、一詩(「新生の天地に地涌の太陽」)を贈りました。

自らのルーツを索《もと》めて
社会は千々に分裂し
隣人と隣人が
袂《たもと》を分かちゆかんとするならば
さらに深く 我が生命の奥深く
自身のルーツを徹して索めよ
人間の“根源のルーツ”を索めよ
そのとき 君は見いだすにちがいない
我らが己心の奥底に
厳として広がりゆくは
「地涌」の大地──と!

その大地こそ
人間の根源的実在の故郷
国境もなく 人種・性別もない
ただ「人間」としてのみの
真実の証の世界だ
“根源のルーツ”をたどれば
すべては同胞《はらから》!
それに気づくを「地涌」という!

 いかなる差異も超えて、人間根源の大地に根ざした生命の連帯を広げゆくのが、創価の文化運動なのです。
2011-10-29 : 音楽を語る :
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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る 第13回

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第13回 アメリカの理想を詠う(2011.9.14/16付 聖教新聞)

希望は輝く!「不屈の一人」がいる限り

ショーター氏
新しい社会の建設は「対話」から
ハンコック氏
「開かれた心」「感謝の心」を広げ

ハンコック 池田先生、アメリカ創価大学へ、素晴らしい歌「希望の光」をプレゼントしてくださり、本当にありがとうございます。
 学生の皆さんはもちろん、私たちにとっても嬉しいサプライズでした。
♪希望の光を 世界に広げて
 自由と人道の旗を
 ついに朗らかに翻すのだ
 ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
 この悩める世界が
 我ら皆を待ちわびている
 我らの勇敢なる心が
 その呼びかけに応じる限り……
 先生が綴ってくださった歌詞の一節一節が、試練に立ち向かう、すべての友への限りない励ましです。大いなる「希望の光」が、まさにアメリカ創価大学から輝き広がっています。
池田 ありがとうございます。開学10周年のせめてものお祝いにと、準備を進めました。
 歌をつくるということは、何度やっても大変です。喜んでいただき、安心しました(笑い)。
 お二人の盟友であるアメリカ芸術部の作曲家ウェイン・グリーンさんが、一緒に曲を練ってくれました。何度も打ち合わせを重ねて、見事に仕上げていただき、心から感謝に堪えません。
ショーター この時代の闇を払い、新しい歴史を開きゆこうとする「一人立つ精神」が漲る歌です。「新しい歴史を築け!」との師の呼びかけと、それに呼応する弟子の誓願によって、正しい精神が受け継がれ、未来へと流れていく──そうした姿が彷彿として描かれた歌です。
 私たちの同志であるウェイン・グリーンが先生と一体で作曲に当たったことも、何よりの誇りです。
池田 皆さん方が、いかに深く強く麗しい同志愛と友情で結ばれているか。よく存じ上げております。
 5年前に東京牧口記念会館で、お二人をはじめアメリカ芸術部の皆さんが力強い合唱「私は奮い立つ」を披露してくれました。一生涯、私の胸奥から離れない響きです。あの歌を作詞・作曲してくれたのも、ウェイン・グリーンさんでしたね。
ハンコック おっしゃる通りです。
 師弟不二の労作業で、新しい「希望の光」という名曲が生まれたことに感動を禁じ得ません。
池田 歌は、つくるに際しても、歌うに際しても、心と心を一つに結び、新しい創造の生命をわきたたせる、妙なる力を持っています。
 この夏、東北学生部が主催した音楽祭にも、ハンコックさんからメッセージをいただき、参加された友人も驚き、皆が喜ばれていたそうです。
ハンコック 光栄です。メッセージに記した通り、私自身、今も、日々演奏するピアノの鍵の一打一打に祈りとエールを込めながら演奏しています。被災者の皆様と一緒に歩みゆく思いでおります。
池田 ありがとうございます。
 メッセージには、「音楽には、何か起ころうと、それを生かして、春のように花を咲かせていく力があります」とありました。まったく同感です。
 この音楽の持つ究極の力を、お二人は人生を通して示し切ってこられた。東北の被災地の青年たちも、その魂を受け継ぎ、「ロック・ザ・ハート(心を揺り動かせ)」とのテーマを掲げて、力強く歌声を響かせました。
ショーター 尊い取り組みです。
 音楽は、大目的のために、また家族のために、自分自身のために、変革し、戦う力を与えてくれます。
 それは、試練が襲いかかってきた時に、逃げ隠れしたり、人に押しつけたりせずに、立ち向かっていく力です。
 たとえ、人生にひとたび絶望してしまっても、踏み止まって、再び生き抜いていこうと、立ち上がる力です。
池田 その力を、青年がいやまして奮い起こしていけるように、私たちはさらに励ましを贈っていきたい。
 以前、ショーターさんが敬愛を込めて語っておられた、偉大なサックス奏者ジョン・コルトレーン氏の忘れ得ぬ言葉があります。
 「悲しみや苦しみに打ち勝ち、乗り越えたあと、人は必ず強くなる。以前とは比べものにならないほどに」(『ジョン・コルトレーン インタヴューズ』小川公貴・金成有希訳、シンコーミュージック・エンタティメント)
 人類の前途には、これからも、さまざまな苦難が立ちはだかるでしょう。しかし、断じて乗り越えていかねばならない。また絶対に「変毒為薬」して勝ち越えていける力が、人間には具わっています。
ハンコック 今回の東日本大震災をはじめ、近年、これまでは考えもしなかった、今までの人生で見なかったような出来事や災害が増えてきています。
 現代の直面する挑戦課題は、人類が存続できるかどうか、そのものを問いかけています。だからこそ、大切なのは、どのように行動していくかです。
 私自身、さまざまな困難にもぶつかってきました。その中で学んだことがあります。それは、困難な環境そのものは一時的な事象で終わったとしても、その困難にどう対処していくかによって、永続的な影響がもたらされるということです。
ショーター そうですね。特に、人生における、いくつかの決定的な分岐点は無視することはできません。
 なかでも、9・11「米同時多発テロ」事件は、私に大きな影響を与えました。その後、私自身は新たな使命感を抱くようになりました。
        ♪
池田 「9・11」から、今年で10年──。私は妻と共に、犠牲になられたすべての方々に、あらためて懇ろに追善の祈りを捧げました。追善は平和の土台でもあります。
 光に満ちた希望の21世紀の幕開けが一転して、テロによる暗雲に覆われた衝撃は、言葉に言い表せません。
 「9・11」は、生命の尊厳を踏みにじる、いかなる暴力も断じて許さぬという「誓いの日」です。お二人は、あの日、どこにおられましたか?
ハンコック その日、私は事件のあったニューヨークのマンハッタンにいました。ホテルで、朝、仕事仲間の一人からの電話で起こされたのです。
 彼に言われるまま、テレビのスイッチを入れ、度肝を抜かれました。ちょうど2機目の飛行機が建物に衝突する直前だったのです。
 初めは、外国の軍隊が侵略してきたのかと思いました。何が起こっているのか理解できませんでした。ニューヨークは全くの混乱状態に陥り、私は4日間、そこから出ることができませんでした。
ショーター 私は、フロリダ州のマイアミにいました。私たちの住んでいたコンドミニアム(分譲マンション)のジム(体操施設)でランニングマシンを使いながら他の人々とテレビを見でいました。突然、ニュースキャスターが大きな声で叫び出しました。テレビ画面に衝突のシーンが何度も繰り返し映し出されていました。
 アメリカは「無敵」であるとの観念が突然、打ち砕かれる思いでした。
 なぜ、このような悲劇が起こったのか。人々は当初、「彼らはアメリカ人を僧んでいる」と言っていましたが、私は、もっと深い問題だと感じました。
 なぜなら、あの建物にいて犠牲になった方の中には、イスラム系の人々も大勢いたからです。本当に疑問だらけで、世界の出来事について自分がいかに無知であるかを思い知らされました。その時、アメリカに関する私の考えや気持ちに、変化や転換、超克、そして目覚めが生まれました。
ハンコック 当時、大変な混乱状態でした。我々に必要なことは、「我々の行為の何が、あの暴力行為につながったのか」「我々のやってきた行為の中に、あの暴力行為を引き起こす何かがあったのか」ということを反省するだけでなく、「人々にアメリカ人をもっと肯定的な目で見てもらえるようにするために我々のできることは何か」についても考えるように働きかけ、励ますことでした。
池田 傷つき苦悩するアメリカの人々と共に悩み、共に新たな蘇生の一歩を踏み出すため、お二人はそれぞれ、事件の直後から演奏のツアーに出られたと伺いました。
 仏法者として、芸術家として、人間として、やむにやまれぬ使命感にかられての行動だったと推察します。
ハンコック 私は当時、自分が正しい姿勢を持てるようにと、本当にたくさんのお題目を唱えました。ツアーの中では対話や癒し、立ち上がること、共通の長所を称え合うことの必要性について、単刀直入に発言しました。
 聴衆は、失われたものについての、重苦しく、悲しい、内省的な音楽を予想していたと思います。しかし、私は「そのような音楽は演奏しません。明るく楽しく、啓発的で、創造力と希望をかき立てる、まるで不死鳥が灰の中から昇ってくるような音楽にします」と言いました。
 アメリカは大丈夫です。元気になります。このような行為が2度と起こらない環境や世界をどうやったら創れるか、その答えを見つけるには人間の内面を見つめる必要があります」──このことを、すべての人々に伝えるために演奏ツアーを活用することが自分の使命であると思いました。
 すでに多くの言葉が飛び交っていましたので、長々と語りたくはありませんでした。スピーチは、ほんの数分、簡潔な言葉を述べるにとどめて、音楽のもつ歓喜と創造力に私たちの言いたいことを語らせました。
ショーター そうだね。どこで公演しても、アメリカの偉大さとか、アメリカになされた不正について語ったり、アメリカは天使で、中東は悪魔であるかのような話は、決してしませんでした。演奏を終えると、多くの人々が称賛の言葉を送ってくれました。聴衆の皆さんは「このような音楽がもっと必要だ。このような本物の文化がもっと必要だ」と言ってくれました。
池田 「文化の戦人」の信念に感銘しました。智慧を働かせて、聡明に皆をリードしていくことが、永遠に栄え続けていく道です。
 文化とは、人間性を破壊しようとする蛮性との闘争です。人間の絆を引き裂く分断との闘争です。生命の善性を目覚めさせ、結び合わせる戦いです。
 この「文化」の真髄の力を、いざという時に、お二人は全生命で発揮され、魂の共鳴を広げていかれたのです。
ショーター ありがとうございます。私自身、英語の「文化(culture)」という言葉は、極めて重要な価値と理念を表すいくつかの言葉の頭文字から成り立っていると思っています。
 Cは結びつき(connection)、Uは団結(unity)、Lは学ぶこと(learning)、Tは粘り強さ(tenacity)、二つ目のUは不屈(undaunted)、Rは弾力的な結合力(resilience)、Eは永遠(eternal)を、それぞれ示します。
池田 一つ一つが的確であり、重要な定義ですね。私も仏法者として、“暴力的な報復は、また新たな報復を生み、悪循環となる。相手の善の心を信じ、差異ではなく共通点を探すところから始めてこそ、平和は生まれる”と訴えてきました。
 テロの直後、アメリカで発刊された書籍『灰の中から』にも寄稿しました。
 「仏法では、『人間の生命は、全宇宙の財宝よりも尊い』と説く。その生命をいとも簡単に踏みにじるテロは、どんな大義や主張を掲げようとも、絶対悪である。ましてや、宗教の名においてテロが行われたとしたら、それは“宗教の自殺行為”であろう。人間を救うべき宗教にとって、絶対に許されるものではない」と。
ショーター 心から賛同します。
 『灰の中から』の副題は「米国へのテロ攻撃に応える心の声」でしたね。仏教、キリスト教、イスラム、ユダヤ教、ヒンズー教の各宗教を代表するリーダーをはじめ、世界の精神的指導者70人が寄稿しています。メディアでも大きく取り上げられ、多くのアメリカ人が求めて手にしました。
 池田先生は、そのなかで「たとえ時間がかかったとしても、人間にそなわる善性を信じ、そこに呼びかけ、働きかけていく『文明間の対話』という地道な精神的営為を、あらゆるレベルで重層的に進めていくことが肝要ではないだろうか」と呼びかけられています。
 まさに先生が示されている通り、理想の世界を創造するためには、「学習」や「対話」というプロセスが大切です。「急がば回れ」です。それは互いに学び合いながら、マイナスをプラスへと転換し、そして毒から薬を抽出していくプロセスです。
池田 私は、その翌春、インドネシアを代表するイスラム指導者のアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領ともお会いし、新しい対話を開始しました。それは『平和の哲学 寛容の智慧──イスラムと仏教の語らい』という対談集として結実しました。今こそ宗教間対話が大事であるという思いが、互いに強くありました。元大統領が音楽をこよなく大切にされていたことも、懐かしく思い出されます。
 文化を愛し、芸術を愛する人間同士の対話は、あらゆる差異を超え、心と心を結んでいく──これも、ワヒド元大統領をはじめ、世界の知性と一致した結論でもあります。
ハンコック 私たちは、人々、特にアメリカ人を励まし、世界の人々や文化に感謝するよう促さなければなりません。なぜなら、この国は移民の国ですから、世界の他のすべての人々は、祖先をたどれは、私たちの兄弟姉妹であり、彼らの文化の中に私たちの文化の起源があるからです。
 アメリカ人が「開かれた心」を持ち、自分たちの社会の外側にいるかもしれない人々を理解し、その人々と対話し、そして、その人々に感謝するよう、励ましていくことが私たちの仕事です。
池田 「開かれた心」そして「感謝の心」──キーワードですね。ジャズの巨人コルトレーン氏も、万事において、互いに「理解するよう努める」ことを強調していましたね。「理解があれば、きっと想像もつかないことを成し遂げられる」(前掲書)と。
 ともあれ、暴力の連鎖に歯止めをかけるのは、「それでも対話を!」という人間の生命の奥底からの叫びであり、その粘り強い地道な作業です。
 対話こそ意志が生み出すものです。非暴力とは真理に基づく運動であり、真の強さの証しなのです。
ショーター 先生がおっしゃった、人の善性を信じ、語りかけるためには、自らの生命の境涯を上げなければなりません。そうすれば、対話が始まったときに肯定的な何かが生まれます。
 私は今、社会が「暴力」でなく、「対話」の選択肢へ向かっているような兆しを感じます。その「対話」への願望が「恐れ」から生じていなければ、なおさら良いことです。なぜなら、たとえ「対話」がなされても、そこに「恐れ」や相手を一方的に「判断」することがあれば、相手に耳を傾けていることにはならず、実りある「対話」にはならないからです。
池田 「対話」というものの本質を鋭く突く言葉です。かのケネディ大統領は、有名な就任演説の中で訴えました。「決して恐怖から交渉してはならない。しかし、決して交渉することを恐れてはならない」(ケネディ著『ケネディ登場』高村暢児訳、中央公論新社)。この「交渉」という言葉を「対話」と置き換えれば、そのまま対話の心得ともなります。
 対話は、相手次第ではなく、自分次第なのです。恐れに支配されることなく、勇気をもって自分自身の心を開き、相手と対等な立場で語り合うことです。
ショーター 敵と思う相手でも、真正面から向き合い、目と目で見つめ合えば、お互いが抱いていた偽りの想定の向こうにあるものが見えてきます。同じ人間として接する時、何かが起こるのです。敵愾心に代わる新たなものが見えてくるのです。それは、「開かれた心」への道です。
池田 その通りです。先ほどハンコックさんが言われた通り、異なる文化的背景を持って集った人々が建設した多様性豊かな大地がアメリカです。
 自由で気取らないアメリカ、明るく朗らかなアメリカ、創造性光るアメリカ──私の胸中に輝くアメリカは、虹のごとく多彩にして鮮やかです。

前進こそ勝利! 前進する人が勝者!!

ショーター氏
向上のチャンスは常に「今この時」
ハンコック氏

艱難を乗り越えてこそ道は開く!

池田 「9・11」事件は、アメリカ創価大学(SUA)の第1回入学式から、わずか18日後の出来事でした。その中で、誉れの第1期生は、SUAのモットーの一つ「平和連帯の世界市民たれ!」の意義を真剣に思索し、自分たちの使命を確かめ合いながら、力強く歩み出してくれました。
 SUAでは、あのテロで大好きな父を亡くした姉弟も学んできました。断じて負けないで、お母様を守りながら、懸命に学び抜いて卒業し、今、学究また教育の分野で大活躍しています。強く明るく生き抜くご一家の勝利の晴れ姿が、私は本当に嬉しい。
 ショーターさんとハンコックさんのお二人も、幾度となくSUAを訪問し、学生たちを励ましてくださいましたね。
ショーター 私たちこそ、アメリカ創価大学やアメリカSGIの青年たちに、いつも「希望の光」を送ってくださる池田先生に感謝申し上げます。
 アメリカには、青年への激励が必要だと感じます。なぜならアメリカの未来は、青年の手中にあるからです。
 そしてまたアメリカは、今後ますます、世界の舞台で、とても青年らしい役割を果たしていくと思います。建国200年を過ぎたばかりの最も若い大国の一つなのですから!
池田 私も、そう信じます。アメリカSGIメンバーは、青年を中心に「平和の文化の建設」展や「ビクトリー・オーバー・バイオレンス(VOV=暴力に打ち勝つ)」運動を展開し、全米に生命尊厳と人間革命の哲学の潮流を起こしました。VOV教材を使った「非暴力教育」は、地域の公立校でも採用されました。
 試練があればあるほど、生き生きと活力を漲らせ、一人一人が新たな可能性を開きながら、雄々しき挑戦の連帯を広げていく。私は、そこにアメリカの偉大な精神を感じます。そうした気風を心から尊敬し、愛する一人です。
 それはまた、仏法の精神にも通じます。妙とは「開く義」「具足・円満の義」そして「蘇生の義」と明かされている通りです。
ショーター アメリカは、合衆国憲法の精神とその意図していることを守らなければなりません。合衆国憲法には、さまざまな解釈が可能で、意見の不一致を生むような内容が含まれています。それらは憲法発布の当初から現在に至るまで政治的論議の中心的な問題となってきました。
 これらの問題は、私たちが自分たちで考える必要があり、一種の対話のきっかけとなるものです。合衆国憲法のこの特徴は、ジェファーソンをはじめ建国の父たちが意図的に盛り込んだものです。それをアメリカの若者たちは理解しなければなりません。
 私は、そうした対話についての発想は、「意見の相違があるとゲームで解決した」というアメリカの先住民の知恵からも学ぶことができると、ある本で読んだことがあります。しかし、それは本で読む以前に、池田先生に教えていただいたことです。
池田 アメリカは「青年の国」です。「永遠の完成」に向けて、決然と歩みゆく「未完成」──そこに、私は開拓の生命の躍動を感じます。
 人々は青年の魂を愛するように、その伸びゆく息吹に魅了されてきました。建国の父たちの発想に、先住民の知恵が合流していたことも、本来、青年らしい「学ぶ心」と無縁ではないでしょう。
ハンコック アメリカ、そしてアメリカの同志に対する先生の温かいまなざしと慈愛に感謝します。
 アメリカ合衆国は、希望に輝く世界である反面、移民の国としての建国の歴史の中で、不名誉な過去をもっています。先住民の大虐殺を犯し、奴隷を連れてきて、奴隷制度も用いました。それは、大変に汚れた過去なのです。
 にもかかわらず、今のアメリカの姿を見ると、長年にわたるこれら「過去」の行為の負の影響をしのぐ事業を、さまざまな形で開始しました。そこから新たな文化の形が現れました。
 例えば、アメリカの文化の形成は、音楽や言語やファッションに関して言えば、明白にアフリカ系アメリカ人社会のトレンドから直接、影響を受けており、これらの貢献は、アメリカ人の生活の中に深く取り込まれています。
 文化に対して開かれたこの態度は、アメリカの偉大さを表しています。下層階級の地位の低かった人々が、アメリカ文化を形成する上で、そのリーダーになったことは、まさに、アメリカの偉大さを示す一例です。
 今や、アフリカ人を父に持つ大統領も誕生していますが、それは終着点ではなく、アメリカがその偉大な未来性を今なお維持していることを示す、世界への明確なメッセージです。
        ♪
池田 アメリカの若々しい創造力は尽きません。そのみずみずしい文化が育んだ象徴的な詩人が、私も青春時代から親しんできたホイットマンです。
 ホイットマンの詠うアメリカとは、理想の社会、未来の来るべき社会としての“アメリカ”です。
 「“人の自主”をわたしは歌う、素朴な、個の人間を、
 が、それにもかかわらず口にする、“民主的”という言葉を、“大衆と一緒に”という言葉を」
 「わたしたちはここにぐずぐずしてはいられないのだ、
 愛する人々よ、わたしたちは進軍しなければならない、わたしたちは危険な矢面に立って耐えきらなければならない」(ホイットマン著『草の葉』富田砕花訳、第三文明社)
 個人の確立と民主主義を基盤とした人間の連帯。そして、そこに向けての誇り高き不断の前進と不屈の闘争──アメリカの理想と使命をホイットマンは誰にでも分かる言葉で詠い、呼びかけました。
 そうした“理想のアメリカ”と“現実の合衆国”のはざまで、貴国は揺れ動いてきました。
「9・11」という歴史的な試練にも遭い、今も多くの課題があるかもしれません。しかし、アメリカは必ず、ホイットマンが詠ったごとく、理想に向かって進み続けるでしょう。
ハンコック 本年、池田先生はホイットマン生家協会から「ウォルド・ホイットマン文学の英雄賞」を受けられましたね。あらためてお祝い申し上げます。
 アメリカで生まれたジャズも、一曲一曲は未完成といえます。演奏のたびごとに、完成へと向かっていく不断の挑戦です。
 だからこそ人々を引きつけてやまないのです。
ショーター 理想的なアメリカを思うと、これまで失われたり、あるいは疎かにされたり、見落とされてきた事柄があります。
 詩歌等の活字、および音楽や演劇を通しての文化交流は重要な役割を担っています。これらの文化的な表現手段を通して、お互いを理解し合い、私たちの理想的なアメリカの姿を思い描くことができるのです。アメリカ社会の現実生活の中に、理想的なアメリカが映し出されるべきです。
 果たして「アメリカの現実」と「理想のアメリカ像」は、合致しているのでしょうか。残念ながら、「ノー」と言わざるを得ません。現実のアメリカは、私たちが望むアメリカの姿を反映してはいません。だから、私たちは自分たちの思い描くアメリカを創りあげなければならないのです。
 私たちの目の前にあるアメリカは、実は、私たちの内なる生命、内面の思考・言葉・行動の表れです。アメリカ人は、長年の傾向として、内面的な思考や内省から逃避しがちです。また、人々はいつも「私の内面的世界は、あまりにも私的なものだ」と言います。しかし、それは、大いなる「心の財」を他の人々と共有しないことの弁解に過ぎないのです。
池田 大事な指摘です。
 仏法では「心の一法より国土世間も出来《しゅったい》する事なり」(御書563㌻)と説かれています。人間の「心の一法」のあり方で、国土も社会も大きく変えていくことができる。ショーターさんが言われるように、大いなる「心の財」を皆で共有する祈りと行動にこそ、この現実の社会に、人間共和の理想郷を一歩また一歩、築き広げていく道があるのです。
 詩や芸術も「心の財」の共有です。ホイットマン研究の第一人者であるエド・フォサム博士は、ホイットマンが考えていた「詩の本質」について、こう語られていました。
 「詩は、時代を超え、文化を超え、人々に開かれた“対話への心”を啓発する力を持っている」
 またホイットマンは、長い将来にわたり、合衆国にとって必要にして不可欠な問題として、「芸術を愛する国家へ変革していくこと」(ホイットマン著『民主主義の展望』佐渡谷重信訳、講談社)を挙げています。
 芸術は、内面との葛藤から生まれ、それを勝ち越えゆく力です。そこから“理想のアメリカ”を、さらに“理想の人類社会”を実現する生命の力が漲っていくにちがいありません。
        ♪
ショーター 私もそう念願しております。
 そしてアメリカは、今こそチャンスと捉えて、直面する困難な課題に取り組み、私たちの共通の未来に対する各々の役割を自ら進んで担っていく、そうした力を備えていると思います。それが、今、私の目に映っているアメリカの姿です。
池田 「理想への前進」とは「間断なき連続闘争」のことです。
 私が、青年たちに何度も贈ったホイットマンの詩に、こうあります。
 「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて!
 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(前掲『草の葉』)
 宇宙は、森羅万象すべてが前進しています。私たちも前進するしかありません。座していては後退です。朗らかな前進こそ勝利です。生き生きと前進する人が勝者です。その意味で、毎日が出発なのです。
 ホイットマンを敬愛し、黒人の桂冠詩人と呼ばれたラングストン・ヒューズは「アメリカを再びアメリカにしよう。今までありつづけた夢にしよう」(『詩・民謡・民話 黒人文学全集12』早川書房)と詠いました。
 いかなる苦難があろうと、遠大な夢をあきらめず、挑み続け、ついに実現する。ここに、アメリカの底流に脈打ってきた、不屈の青年の魂があります。人類は、この希望の光を、今再び、若々しく生命の最も奥深くから輝かせていく時を迎えています。アメリカをはじめ、世界の創価の青年たちが、その先頭に颯爽と躍り出ていくことを私は祈っています。
ハンコック 池田先生が、アメリカ創価大学に贈ってくださった歌「希望の光」には、次のような一節がありますね。
♪艱難に勝る教育なし
 いかなる闇も打ち破らんと
 我らはただベストを尽くすのみ……
 私の最新のアルバム「イマジン・プロジェクト」も、その完成まで、さまざまな困難を乗り越えなければなりませんでした。「もうダメか」と思うことも、何度もありました。
 しかしそのつど、唱題を重ね、御書を拝し、池田先生の指導に勇気をいただいて、不可能を可能にしたのです。
 そうして「艱難」を乗り越えて完成した作品が、私に音楽のみならず、さまざまな平和貢献の道を大きく開いてくれました。
 私たちはこの「希望の光」の歌を、師の信頼の励ましとして、命に響かせて前進していきます。
♪社会に打って出る
 我らの心は
 建設の絆で結ばれている
 我らは誓う
 正義の理想に向かって
 今日も対話の橋を架けようと!
2011-09-17 : 音楽を語る :
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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る 第12回

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第12回 家庭から平和のハーモニーを(2011.8.19/20付 聖教新聞)

親子は一体! 共に理想へ 共に幸福に

父母から学んだこと──
ショーター氏
「皆と仲良く」「広い心を持て」
ハンコック氏
子供の決断を尊重して応援

ハンコック 早いもので、この「芸術」と「人生」と「信仰」をめぐる鼎談の連載が始まって、1年となります。この語らいは、音楽家として、人間として、信仰者としての自分の人生を、より深く掘り下げて考える契機となりました。
ショーター 同感です。私にとっても、この鼎談は、人生を変えるような、自分自身との真剣な討議です。実際、この語らいをさせていただくまで、10代のころの自分を振り返り、現在、成長している自分と比較する機会もありませんでした(笑い)。
 わが家には、若き池田先生の肖像画を飾らせていただいています。ハービーは見たかな? 19歳の池田先生が、戸田先生のもとで誓願を立てられた当時の英姿です。若き先生の顔には、決意と献身、そして慈愛が漲っています。
 一方で、同じ年代の自分の顔は、どのように見えていたでしょうか(笑い)。それは、ちょうど、私がニューヨーク大学に進学したころです。
 その時の私は、仰ぎ見る深遠な智慧を持ち合わせた師など、いないと思っていました。池田先生の存在を知りませんでしたからね。
池田 若きショーターさんが苦闘と思索を重ね、どれだけ真剣に新たな創造の道を開いてこられたか、よく存じ上げています。
 私自身、8月の夏の盛りに、19歳で戸田先生に初めてお会いした日の感動は、今も忘れません。
 昭和22年(1947年)の8月14日──あの日の先生のまなざしは、いつも、私を見守ってくださっています。一人の農しい無名の青年を信じ、最も崇高な使命の旗を託してくださった師恩にお応えし抜いていくことが、私の人生です。
ショーター 当時、池田先生は、哲学を学ばれ、世界を平和的、人道的に、よりよく変えていくために何ができるかについて探究されていました。
 その池田先生と戸田先生との出会いがあって、今のSGIがあり、私たちもあるのです。
ハンコック 本当にそうですね。私たちは、人生の師匠・池田先生と出会い、妙法を受持したことで、人間としての正しき道を歩み始めることができました。感謝は尽きません。
池田 あの日の出会いから、私は誓願の人生を進むことになりました。今、同じように、新しい時代を担う青年たちが、日本中、世界中で陸続と立ち上がってくれています。それが何より嬉しく、頼もしいのです。
ショーター 池田先生が戸田先生と出会ったころ、私はといえば、どう学校から抜け出すかと考えていました(笑い)。チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーの音楽を聴いたのは、そんな時でした。
 バード(チャーリー・パーカーの愛称)には「音楽は、自分自身の体験、思想、そして英知だ」(ウォイデック著『チャーリー・パーカー──モダン・ジャズを創った男』岸本礼美訳、水声社)との言葉があります。今、青年時代を振り返り、あの時に聴いた音楽の魅力と価値創造とが密接に結びついていたことが分かります。今になって、明確に、あの音楽の中に価値があったことが分かるのです。
池田 自分は青春の理想を貫いてきた──来し方を振り返って、そう言い切れる人生は素晴らしい。
 また、妙法は「活《かつ》の法門」です。どんな経験でも、自他共の幸福の価値創造のために活かしていけます。
 たとえ、失敗続きの辛く苦しかった逆境も、あの日があって今の自分があると思えるようになるのです。
 お2人の人生の起点には、その才能を温かく育まれたご両親の愛情がありました。
 日本では、この夏、未来部のメンバーが主役となって、家族が一緒に集い合う創価ファミリー大会が活発に行われています。今回は、お2人のご両親の思い出を、あらためて語っていただければと思います。
ショーター ありがとうございます。私は両親から、多くのことを学びました。特に、「皆と仲良く生きること」「広い心を持つこと」を教わりました。
 私の記憶では、母は、人の出自などを気にかけたことがありません。社会的立場や人種、宗教で、人をえこひいきすることは決してなかったのです。私たち子どもにも、偏狭な考えや先入観を持たせるような躾はしませんでした。ですから、私は母が、誰かのことを悪く言うのを聞いたことがありません。誰かが人を傷つけるような言動をすれば、母は、ただちに断固として反対しました。そして常々、私たちに、「他人の悪口には耳を作さないことよ」と教えていました。
池田 いいお話です。それは、人間教育の真髄ですね。
 御聖訓には、「わざわい(禍)は口より出でて身をやぶる・さいわい(福)は心よりいでて我をかざる」(御書1492㌻)とあります。
 お母様は、人間として最も大切な心の宝を教えてくれました。お母様の「分け隔てしない心」「人を尊敬し大切にする心」は、皆の心を大きく温かく包みゆくショーターさんの音楽の中にも生き続けていますね。
 母は偉大です。日々の暮らしのなかで、母が発する励ましの声は、ジャズの即興演奏のように自在であり、明るく心豊かに、家族を勝利させずにはおかないという知恵と力に満ちあふれています。
 時に耳が痛くなるような厳しい叱咤にも、根底には子どもへの愛情が貫かれています(笑い)。あたかも、ジャズで、ドラムやベースの音律が、一貫して強く深く、正確なリズムを刻み、乱れずに曲を支えていくようにです。
        ♫
ハンコック 絶妙な例えです。私が大学生のころを思い出します。工学を専攻していましたが、2年の終わりに、専攻を音楽・作曲に変えるという、重要な決断をしました。
 両親が学費を捻出してくれていたこともあり、私は決意を電話で伝えました。すると、両親は理解してくれたのです。
 しかし、そう言いながらも、母は、あまり喜んでいませんでした。電話で話すたびに、母はいつも、「本当に、家に帰ってくる気はないの? あなたの部屋は、まだここにありますよ」と言うのです(笑い)。
 私は、いつも「いいえ、家には帰りません。ここでうまくやっています」と答えました。ポケットに、だったの12セントしかなかった時でも。前日から何も食べていなくても。
池田 お母さんは、ハービー青年の声の響きから、すべてを察しておられたことでしょう。子どもが何歳になろうが、親は心配してくれるものです。
 「親思う こころにまさる 親心」とは、日本の幕末、松下村塾という私塾から多くの逸材を輩出した教育者・吉田松陰の辞世の歌の一節です。
 私もアパートで一人暮らしをしていたころ、恩師の事業が大変で給料も遅配が続く時がありました。親には一切話していませんでしたが、母が心配し、家族に託して外食券などを届けてくれたことを思い起こします。
 日蓮大聖人は、「父母の成仏即ち子の成仏なり、子の成仏・即ち父母の成仏なり」(同813㌻)と仰せです。たとえ離れていても、親子の命は、いつもつながっています。生死を超えて、永遠に一体に、生命の幸福と勝利の曲を奏でていけるのです。
ハンコック 本当に今思えば、ありがたい父母の愛情でした。私たちがまだ幼い時から、父も母も、子どもたちが人生の方向性を決める時期が来たら、子どもたちの決断を尊重し、応援することで、同意していました。「あなたたちが、なりたいものが何であっても、私たちは応援しますよ」と言ってくれていたのです。
池田 それは、わが子に対する絶対の信頼であり、最大の愛情ですね。
 仏典には、「父母は、『生』『養』『成』『栄』という四つの働きで、子を護り育てる」と説かれています。一人の生命を生み出し、養い育むとともに、幸福境涯を成就せしめ、使命の人生を勝ち栄えさせてくれる。ここに、父母の人間教育の奥行きの深さがあるといってよいでしょう。
        ♫
ショーター 私の父母も、私が幼いころから、どんなことでも試すのを許してくれました。
 両親は、決して高い学歴ではありません。母は、リウマチ熱のために高校を1年でやめています。陸上競技のランナーで、いくつものレースで優勝メダルを取るような選手でしたが、走るのをあきらめざるを得ませんでした。また、祖母の面倒を見るために働かなければならなかったのです。
 しかし、兄に代数を教えることができるほど、しっかり数学を勉強していましたし、大変な読書家でした。
 小学4年生までの教育しか受けられなかった父も、読み書きはとても上手でした。両親は、家族のために力を合わせて働いてくれたのです。
池田 最も気高いご両親の姿です。
 自らは学校に十分に行けなかったからこそ、子どもたちには、できる限り、よい教育を受けさせ、思う存分に学ばせてあげたい。この父母の心ほど、尊く、ありがたいものはありません。
 創価教育は、そうした父母から託された「向学の心」を、生き生きと燃え上がらせていく挑戦です。
 この夏も、わが創価大学では、生涯教育の先頭に立って、通信教育部のスクーリングが真剣に有意義に行われています。そこには、父や母が子や孫と一緒に学ぶ麗しい光景も見られます。
ショーター 素晴らしい学びのセッション(共演)ですね。
 わが家は貧乏でしたが、母は、楽しいサプライズ(驚き)を思い描きながら、人生を生きました。私たち子どもは、母が食料やプレゼントを買うのに、家計をどうやりくりするのか不思議に思っていました。母は、いつも私たちに「明日はどんな楽しいサプライズがあるのだろうか」と期待をもたせてくれました。ですから、母の周りでは、いつも笑顔が絶えませんでした。母は“即興演奏家”のような人生を送っていたのだと思います。
池田 よく分かります。お母さんは、日々、嘆きの哀音も、生きる喜びの歌に変え、不安や争いの不協和音も、希望と和楽の交響楽へと高めてしまう大音楽家ですね。
 「誰もかれもが、女性のなかの最もすばらしい人を個人的に知り、また愛し、尊敬している──自分の母親を持っている」(『マーク・トゥエインスピーチ集』金谷良夫訳、彩流社)とは、アメリカの作家マーク・トウェインの慧眼でした。
 わが家も、父が病気で倒れ、家業が傾いて、生活が苦しくなりました。母は「うちは貧乏の横綱」つまり“スモウのグランド・チャンピオン”(笑い)と、朗らかでした。その母の明るい笑い声が、私たち家族を、どれほど勇気づけてくれたことか。
 夏のヒマワリ畑では、どの花も太陽の方向を向いて伸びていきます。それと同じように、親子が共に大いなる理想や夢の方向を向いて、互いに成長していく。そうした希望のファミリーが、若き生命の無限の可能性を育む大地となるのではないでしょうか。

親を愛し、友を愛し、人間を愛せ


ショーター氏
両親の“負けない人生”を手本に
ハンコック氏
“母の信頼に応えよう”と成長

ハンコック 池田先生! 先月、パリのユネスコ(国連教育科学文化機関)本部にて、「ユネスコ親善大使」に任命していただきました。
 文化という分野でユネスコの理念を啓発するプロジェクトの一翼を担って、取り組んでまいります。就任式には、池田先生から真心あふれるメッセージをいただき、本当にありがとうございました。
池田 おめでとうございます。わが同志の活躍ほど嬉しいことはありません。
 ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長から、私にも丁重な招へい状をいただき、恐縮しております。式典には多くの来賓が出席されたと伺っています。盟友であるショーターさんも駆けつけられたのですね。
 文化を通じて国際協調を築きゆく、ユネスコの取り組みは、ますます重要です。SGI(創価学会インタナショナル)も公式にユネスコに登録されたNGO(非政府組織)として活動してきました。
 20年前、当時のマヨール事務局長と大阪でお会いした折、ユネスコ憲章の理念を踏まえて、恒久平和への多くの課題を克服するために、まず人間の「心の変革」から始めなければならないと語り合いました。
 マヨール事務局長が、“正義の中の平和”“自由の中の平和”を目指すSGIの運動は、まさに、ユネスコの設立目的と一致していると期待されていたことも深く心に残っています。その意味において、私どもはユネスコと協力して、今後とも、さらに平和・文化・教育の運動を進めてまいります。
 ともあれ、ショーターさんも、ハンコックさんも、多忙を極める音楽活動のなか、尊き人類貢献の使命のために若々しく東奔西走されていることに、深い敬意を表さずにはいられません。
        ♫
ショーター ありがとうございます。
 たとえ年齢が20歳前でも、すでに自分のやり方が固定してしまっている若い人たちが数多くいます。私がこの信仰を始めたのは、すでに壮年部の世代である40歳でしたが、大胆で明るくいこうと思っていました。その時、はっと閃いて、私はこう言いました。
 「私は、40歳であっても、人生のすべてに心が開かれていることを、多くの人々に示していきます!」と。
池田 その通りです。それこそ創価の精神です。初代会長の牧口常三郎先生は入信された時、57歳でした。先生は、「言語に絶する歓喜を以て殆ど60年の生活法を一新」したと綴られています。
 ちょうど、この8月24日は「壮年部の日」に当たります。そこで、お2人に伺いたい。「お父様」には、どんな思い出がありますか。
ハンコック そうですね、私の父は、笑うことと冗談が大好きで、いつも人々をハッピーにしました。とっても面白い人だったので、皆、父の周りにいることを好みました。父は、いつも上機嫌でした。絶えず冗談を言い、楽しいことをして、周囲を良い気分にさせたいと考えていました。
 ところが、家の中では、私たちが何かしようとする時は、父は、いつも「お母さんに聞きなさい」と言いました。父は、とにかく目立たないように、とても静かにしていました。
ショーター 私の父は無口なほうで、人の話をさえぎったり、反対意見を述べたりすることは、まずありませんでした。母の決めたことには、決して異論を唱えませんでした(笑い)。
池田 どちらも、「賢者」の振る舞いの父上でしたね。
 日蓮大聖人は、壮年門下に、たとえ苦境の日々にあっても、揺れ動く感情に流されず、悠然と笑みを湛えていくことを教えておられます。
 池上兄弟が、周囲の讒言によって、大事な仕事から外されてしまった時にも、こまやかに激励を送られました。
 「穏便にして・あだみうらむる気色なくて」「つねにえ(咲)めるすがたてにておわすべし」(御書1107㌻)と。
 また、短気な四条金吾には、特に女性との関わりにおいて、「いさか(争)うことなかれ」(同1176㌻)と厳しく戒め、聡明に包容していくことをアドバイスされていました。
ハンコック 私には、父との忘れられない思い出があります。
 私が16歳の時、ある食料品店のレジ係の仕事に就きました。仕事を始めて2日目、店長が、私を奥のほうに連れていき、お客の支払う代金をごまかしてレジに打ち込む方法を教え、お客から少しずつお金を多くとれと言ったのです。私は悩みました。
 その夜、家に帰って、父に相談しました。不正をしないと、私は解雇されてしまうが、やりたくない──。
 父は語りました。
 「息子よ。これは、お前が自分自身で出すべき決断だよ」
 父は私を信頼し、私が正しい判断をすると信じていたのです。
 私は言いました。「分かった。この仕事は辞めることにする」
 すると、父と母は、「ハービー、お前を本当に誇りに思うよ」と、私を抱きしめてくれました。
        ♫
池田 美事な人間教育ですね。ハンコックさんのお父様は、息子を信じ、あえて自分で考えて決断するように促されました。
 若く清き魂は、信じられた時、その期待を敏感に感じ取るものです。ハンコックさんは、お父さんから、不正に対して勇気を持って立ち向かうことを教わったのですね。
ハンコック その通りです。
 もし父が、即座に「お前は、明日、その仕事を辞めなさい」と言っていたら、私は何も学ぶことはできなかったでしょう。
 自分で学ばせる教え方は、私が音楽の師と仰いだ名ジャズ・トランペッターのマイルス・デイビスがしていたことでもあります。マイルスは、決して答えを教えませんでした。彼は、私たち自身で答えを見出すための道を示すようにしたのです。
池田 信じ、見守る慈愛が、青年の力を引き出します。鍵は「信頼」です。平和研究の母ボールディング博士との対談では、家族の歌声で平和に貢献したトラップ一家が話題になりました。映画「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルです。博士の友人であるトラップ家の母親マリアさんも、「信頼は、新しいエネルギーを生みだす」(トラップ著『サウンド・オブ・ミュージック』谷口由美子訳、文溪堂)と語っています。
 牧口先生は、「すべての子どもに『幸福になる力』を身につけさせる」ことを教育の目的としていました。それは、子どもを一個の人格として尊重し、その可能性を信じ抜く戦いを伴います。先生は、「自らがなすことによって学ぶことのできる」ように指導することを、強調されたのです。
 ハンコックさんのご両親やマイルス・デイビスさんの振る舞いは、まさに巧まずして人間教育の理想を体現されていたといえましょう。
 ともあれ、子どもにとって、父母は最初にして最大の教師です。
 だからこそ、子どもの前での夫婦喧嘩などは、できるだけ避けたいと、教育者の先生方と語り合ったことがあります。
ショーター 私は父から「忍耐」を学びました。私は父が取り乱すのを見たことがありません。怒ったり、不満を漏らしたりする姿も、見たことがありません。最近、家庭内暴力が問題になっていますが、幸い、わが家では一切ありませんでした。
 私は成人するまで、両親が人生の試練に立ち向かい、打ち勝ち、困難な時にも、決して負けることなく生き抜く姿を見ながら育ちました。二人とも、愚痴を言ったり、泣き言を言ったりはしませんでした。
        ♫
池田 立派なご両親でしたね。
 「忍耐」──トインビー博士が私との対談の中で、若い世代に伝えたい助言として一言、「忍耐強くあれ」と言っておられたことを思い起こします。
 ともあれ、「人の振舞」を説く大聖人の仏法では、一貫して「親孝行」の大切さを強調しています。「孝養の人を世尊となづけ給へり」(御書1065㌻)ともあります。さらに、「自身仏にならずしては父母をだにもすく(救)いがた(難)し」(同1429㌻)とも教えられました。
 ショーターさん、ハンコックさんが奏でる人生勝利の曲は、まぎれもなく、ご両親を包む生命の讃歌であり、栄光の凱歌であるに違いありません。
ハンコック ありがとうございます。人間は、肉体的にはヒトとして生まれても、それは真に「人間」として生まれたことにはなりません。成熟した人間へと成長していかねばならない──これは池田先生から教わった仏法の哲学です。それが「人間革命」です。そして、人間主義の宗教の実践では、私たちの振る舞いこそが重要になると思います。
ショーター 私がこの仏法の実践を始めた時、父は既に亡くなっていましたが、一緒に暮らしていた母は、私の信心に対して態度を保留していました。母と、この信仰をめぐって“綱引き”が始まりました。私は母を尊敬していたからこそ、この信仰をして大丈夫であることを分からせる必要がありました。
 わが家で会合があると、母はいつも台所から耳を澄ませ、“オブザーバー”として観察していました。
 そして遂に「あなたにとってその信仰が良いのなら、もう反対はしないわ」と言ってくれ、批判も反発もしないようになったのです。
池田 まさしく「道理証文よりも現証にはすぎず」(同1468㌻)です。お母様は、じっとショーターさんの真剣な姿と成長の様子を見守られていたのでしょう。
 また、親孝行なショーターさんの真心を痛いほど感じられていたに違いありません。ショーターさんの体験は、新入会の友にとって大きな励ましです。
 家族が未入会であっても、信仰のことで争う必要は、まったくありません。焦らなくてもいいんです。自分も家族も共に、永遠の幸福を勝ち開いていくための信仰だからです。
ショーター 「親孝行」ひとつとっても、仏法の原理は、いずれも杓子定規的ではありませんね。
 本来、どんな原理も、人間が活用するためにあるはずです。その原理は、私が音楽を作曲する際にもあてはまります。音楽には、完全無欠の作品はありません。一つの音階でも、無限の表現の可能性を持っています。ですから私は、ずっと学び続けていくつもりです。仏法に対しても、音楽に対しても、私は謙虚にならざるを得ません。
ハンコック そうです。音楽では、無制限に何か新しいものをつけ加えることが可能です。音楽創造の源としての限りない水源を掘り続けていくことができます。すべては自分次第なのです。
 仏法を通じての新たな自分像の発見は、私の創造性を開いてくれました。私の演奏および人生のあらゆる側面において、以前には考えもしなかった新たな眺望が広がり続けています。
池田 まことに大事な視点です。
 戸田先生は、私たち青年に、こう呼びかけられました。
 「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」と。
 ですから、親不孝の青年に対しては、厳しく叱られました。
 親を愛し、友を愛し、人を愛していく──その「人間革命の戦い」のなかで、人々のため、社会のため、未来のため、わが生命に秘められた創造力を必ず自分らしく開いていくことができるのです。
ショーター この仏法の実践が深まるにつれ、私は、自分自身を見出すことができ、自分らしい生き方を貫かなければならないことが分かってきました。私は音楽を通じて多くの人に語りかけたいのです。しかし、そのために自分の音楽をありふれた簡単なものにする必要はありません。
 まだ踏み固められていない道こそ、私の進むべき道です。その道は、たやすく進むことのできない道であり、仏法の使命にも通じる道であると思っております。
池田 法華経には、「知道者(道を知る者)」「開道者(道を開く者)」「説道者(道を説く者)」と記されております(薬草喩品)。
 最高無上の生命の価値を創造しゆく「この道」を学び、開き、広げていくために、私たちは共に、にぎやかに歓喜の音楽を奏でながら行進していきましょう! 不二の同志として! 永遠の家族として!
2011-08-21 : 音楽を語る :
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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第11回 未来を開く善き縁
《えにし》(2011.7.8/9付 聖教新聞)

分かち合えば幸福は大きくなる

学会の座談会は
ハンコック氏
人類益のために協力するモデル
ショーター氏
人生や生命の法則を学べる大学

池田 ますます元気な、お2人の活躍、本当に嬉しい。
 ハンコックさん、さきのグラミー賞、おめでとう! しかも、いっぺんに2部門の受賞、あらためて、お祝い申し上げます。通算では、これで14回目の快挙になると聞いています。全世界の同志が、万歳! 万歳! 万歳! と喜んでいます。
ハンコック 池田先生、即座に心温まる祝電を頂き、ありがとうございました。どんなに忙しい最中でも、真心の励ましを贈ってくださる先生に感謝申し上げます。度重なる激励に、いつもいつも元気と勇気をいただいております。私は、先生の弟子として勝利できたのです。
ショーター 本当におめでとう、ハービー! 音楽家として、同志として、共に前進する戦友の栄誉を心の底から誇りに思うよ。
池田 常に苦楽を分かち合ってこられた、お2人の「友情」と「創造」の誇り高き行進に、私は最大の敬意を表します。
 受賞アルバムを、私は何度も聴きました。偉大な人間の讃歌であり、生命の讃歌であり、そして平和の讃歌です。強く強く心を打たれました。
 ちょうど、授賞式の直後(2月17日)、東京の信濃町では、新しい「創価文化センター」の起工式が行われました。奇しくも、その一角は、かつて一流レコード会社のスタジオがあって、ハンコックさんも30年以上前から、録音を行っていた場所です。来賓の方々も、その縁を聞かれ、感銘を深くされていました。
 来年の秋には完成して、日本そして世界の尊き同志をお迎えする予定です。お2人も、ぜひ、お招きしたい。創価の文化の宝城ですから!
ハンコック 嬉しいです。精魂を込めてレコーディングを行った、懐かしい思い出の場所です。
 この鼎談でも取り上げてくださったように、今回、賞を頂いたアルバム「イマジン・プロジェクト」は、異文化への尊敬や、我々は皆、同じ「人間」だと認識することの大切さについて表現した作品です。
 池田先生が常々、語られている通り、私たちは同じ「ルーツ」(起源)からきており、同じ「母なる地球」から生まれ出ています。言語や文化の違いはあっても、はるかに似通っている点が多い。ですから、お互いに「人間」として、我々が望むグローバル化(地球一体化)を積極的にデザインして、その建設と創造へ、何かを始めよう! と呼びかけています。
池田 素晴らしいことです。
 互いに励まし合い、生きる喜びや感動を広げながら、よりよき未来へ、具体的な行動を起こしていく──。そこには、弾む生命の共鳴があり、前進のリズムがあります。
 わが創価の友は、今日も希望に燃え、勇気に燃えて、日本中、世界中で、社会に貢献しています。大震災の被災地でも、愛する地域の復興のために、皆、懸命に尽くしています。
 この誉れの同志に、魂の凱旋曲を贈ってくれているのが、お2人です。
ハンコック ありがとうございます。
 人々が生命の低次元の境涯から抜け出して、お互いを必要としていることに気づき、皆が真に幸福でなければ誰も真に幸福にはなれないことに気づけるように、人々を励ますため、私たちのやるべきことはたくさんあります。
ショーター 皆がお互いを必要とするという点は、音楽も同じです。というのも、作曲していると、一音一音が「人格」を備えているように感じます。組み合わさることで、すべての音が動き出し、別の音へ変化し、成長していくのです。そこでは、どの音も、他の音調なしには、完全な音にはなれません。
 これは、SGIの会合や活動にも当てはまるのではないかと思います。そこではあらゆる種類の人たちが、同じ人間として、対話し、自分の考えを述べ合い、研鑽するので、自分自身を磨き、成長できる可能性が一段と高まるのです。
池田 嬉しい発言です。
 万人成仏の道を示したのが法華経です。その会座で、竜女は、頑《かたく》なに女人成仏を信じようとしない増上慢の舎利弗らに対して、「我が成仏を観よ」と叫びました。
 御書には、これは舎利弗を責めた言葉であると説かれています。すなわち、自らと関係のない「竜女の成仏」と思うのは間違いであり、「我が成仏」すなわち自分自身の成仏と捉えていきなさい、との叱責が込められているといわれるのです(御書747㌻)。
 独りよがりではない。皆が切磋琢磨しながら、共々に成仏という最高の幸福境涯を開いていくのが、私たちの創価の世界です。だから、苦しんでいる人、悲しみに沈む人を放っておけないのです。
ハンコック 学会の座談会には、対話があります。それは、一方通行ではなく、誰もが自分の人生や生命の法則に関する質問ができる場であります。私たちの座談会では、池田先生の指導を大いに学び合うので、この会合を「池田大学」と呼んでいます。
池田 人権の闘士・キング博士の盟友であるハーディング博士との対談でも話題になりましたが、アメリカの同志たちの間では、体験を「シェアする(分かち合う)」ことが大切にされていますね。
 幸福や喜びは、独り占めしようとしたり、奪い盗ろうとすれば、消え去ってしまう。分かち合えば、それだけ大きくなり、永続していくものでしょう。
 今、東北をはじめ被災地でも前進と希望を掲げ、座談会が行われています。そこでは被災した同志が、悲しみを分かち合い、励まし合い、歌を朗らかに歌って、再起を誓い合っています。こうした心の復興が、どれほど地域社会の力になっているかわかりません。
ハンコック 学会活動は、人生に信心をどう生かしていけばよいのかという体験を、まさしく「シェアする(分かち合う)」機会です。
 他の人の話を聞き、「そういう思いで祈るのか!」と、自分では考えなかったような“応用法”を知り、感動するのです。
 私たちは学会活動を通し、メンバーが互いを応援し、支え合い、つながり合うことの価値を学ぶことができます。
 それは決して、上から下へのトップダウンではありません。学会の会合では全員が平等です。幹部などの中心者はいるかもしれませんが、それは他のメンバーより上という意味ではありません。
池田 その通りです。偉ぶっている人は、少しも偉くないんです(笑い)。
 中国の妙楽大師は、「教弥《いよい》よ実なれば位弥よ下《ひく》く教弥よ権《ごん》なれば位弥よ高き故に」(同340㌻)と述べています。教えが真実であればあるほど、より低い機根の人をも救えるとの意義です。リーダー論に約するならば、信心が深まれば深まるほど、いよいよ、わが身を謙虚に低くし、より苦労しながら、大勢の人に尽くす生き方です。
ショーター 池田先生が、そうしたリーダーの手本を示してくださっていますから、深く理解できます。
 座談会は、他のいくつかの宗教に見られるような、いわゆる信仰告白の場とは違います。普通なら、自分自身の中にしまっておくようなデリケートな話題についても、当惑を恐れず、自由に語り合えます。座談会は、参加者が、それまで胸の内にしまって誰にも明かしたことのないことまで率直に語れる場なのです。
 座談会は、相手の立場に立ち、男女や人種や世代の違い、文化的・地理的な環境の違いによって生じる問題の本質を深く理解していくのに役立ちます。そうした善意と同志を思う精神は、権力や富の獲得のみを願う心とは、まさに対極のものです。
 したがって、座談会は、異なる国の人々が、対話を通してお互いの相違を乗り越え、人類全体の立場に立って力を合わせていくための範例ではないかと思います。
        ♫
池田 戸田先生は言われていました。
 「社会がいくら暗く、殺伐としていても、学会の会合だけは、本来、絶対に明るい、自信と勇気に満ちた会合でなければならない」と。
 たとえ行く時には気持ちが沈んでいても、帰りには元気はつらつと、歌を口ずさむような心で帰ることができる。これが、創価の集いです。
 アメリカで、女性として最初に最高裁判所の判事に任命されたサンドラ・デイ・オコナーさんは、語っておられました。
 「社会変革は、立法府や裁判所だけではなく、主に家庭や道ばた、職場において、人々の心を変えていくことにかかっている。私たち一人一人が、成功への重要な役割を担っている」
 私たちは、創価の対話の交響楽を、さらに賑やかに広げていきたい。地道に見えても、ここにこそ、心の支えが見つからない現代社会を蘇らせる確かな道があるからです。

「核なき世界」は不可能ではない

すべての試練を前進の力に

ショーター氏
今日も痛快な勝利劇を
ハンコック氏
人生は常に光の方向へ

池田 お2人が度々、訪れて、交流を結んでこられた広島の方々も、この鼎談の連載を大変に喜んでくださっています。
 ショーターさんとハンコックさんは、2002年、原爆ドームを対岸に望む、元安川《もとやすがわ》の親水テラスで、「平和と音楽の夕べ」を開いてくれました。さらに2005年、被爆60年の年にも広島を訪れ、青年部を中心に開催した世界青年平和音楽祭に友情出演されました。お2人とも一貫して、「文化の大使」として平和の大切さを訴えてこられました。
ハンコック 広島を訪れるたびに、特別な思いが心をよぎります。心が揺さぶられます。言葉には尽くせない思いが去来します。
 原爆の投下で命を落とした人たち、運命を変えられてしまった人たちのことを思わずにはいられません。
 あの犠牲は、私たちの発想を根本から転換させる礎《いしずえ》となるでしょう。
 あの過ちを2度と犯してはならない。「核のない世界」を実現しなければならない。「非暴力の世界」を目指さなければならない──その目標を達成するためにベストを尽くすとの決意を固めなければなりません。
ショーター 私の広島や長崎についての思いは、すべて、小説『人間革命』の冒頭の一節──
 「戦争ほど、残酷なものはない。
 戦争ほど、悲惨なものはない」
 に言い尽くされています。そして、この思いは、私にとって、仏法の実践と直接、結びついているのです。
 私は、2005年の平和音楽祭で、広島の青年たちに「まだ間に合う!」と訴えました。それは、「焦ってはいけない」し、「性急に行動してはいけない」という意味を込めたものです。
 人類の歴史は、見方を変えれば戦争や紛争、争いを繰り返してきた歴史であったと言えます。人類は、いまだその宿命を転換できずにいます。しかし、焦ると“もう時間がない”“遅すぎる”という思いにかられ、悲嘆して空回りしてしまいます。そうならないためには、将来の目標をしっかり見定め、信念の行動を貫いていくことだと思います。
池田 まもなく、原爆投下から66回目の夏を迎えますが、核兵器の廃絶は、わが師・戸田城聖先生の遺訓です。恩師は逝去される前年(1957年)の9月8日に「原水爆禁止宣言」を発表し、人類の生存権を根源的に脅かす核兵器は“絶対悪”であり、その廃絶が世界平和の実現のために欠かせないと訴えられました。
 以来、半世紀以上にわたって、私はこの師の精神を時代精神に高めるため、各国の指導者と対話を重ね、民衆の連帯を広げるべく行動を続けてきました。
 こうした中、昨年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書で、初めて「核兵器禁止条約」への言及がなされたのに加え、“核兵器の使用がもたらす壊滅的な結果を踏まえ、各国に国際人道法の遵守を求める”という画期的な内容が盛り込まれました。
 時を経て今、まさに戸田先生が訴えておられた方向性へと、国際社会の認識がさらに向かいつつあるのです。
ショーター 時代の変化の兆しが、明確な形になって現れてきたということですね。
池田 その通りです。
 私は今年の「SGIの日」記念提言でも、2015年のNPT再検討会議を広島と長崎で行い、各国の首脳や市民社会の代表が一堂に会して、核時代に終止符を打つ「核廃絶サミット」の意義を込めたものとすることを提唱しました。
 このほど広島市は、長崎市や政府と連携を図りながら、NPT再検討会議の誘致を目指したいとの考えを表明しました。
 もはや機は熟しており、私たち民衆が団結して行動を起こし、「核兵器のない世界」の実現に進まなければなりません。
 日本の青年部は昨年、「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集め、国連事務総長とNPT再検討会議議長に提出しました。
 そして現在も、広島・長崎・沖縄を中心に青年部のメンバーが、2015年を目標に掲げて、一年また一年と、「核兵器のない世界」への潮流を強めていくため、一対一の対話を根本に、若い世代の意識啓発に全力で取り組んでいます。
 私は、原水爆禁止を叫ばれた、あの時の戸田先生と同じ思いで、わが後継の青年たちに呼びかけたい。
 座して地球の危機を看過するのではなく、私たちが生きるこの時代に、「核兵器のない世界」は不可能ではないことを、青年の熱と力で断じて証明しようではないか──と。
ハンコック 「SGIの日」記念提言は、今年で29回を数えるものでしたね。池田先生は、これまで何十年もの間、人類が生存するためのあり方について、語り、綴り、行動されてきました。一貫して平和の擁護者として活動してこられました。
 私も先生に啓発され、音楽を通じ、人々の精神を高めていこう、民衆の歓喜の爆発を起こしていこうと、決意を新たにしています。
池田 尊い志です。心に灯した平和の火は、明るく燃え伝わっていきます。深く病んだ時代だからこそ、人々の心から、生きる喜び、生き抜く勇気を引き出していく躍動の音律が、ますます大切です。妙法の芸術家の使命は重い。今、日本でも、創価の芸術部の友が奮闘してくれています。
 生命は微妙です。いかなる縁に触れるかによって大きく変わります。
 御書には、「春の時来りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生《しゅっしょう》して華敷《さ》き栄えて世に値う気色《けしき》なり」(同574㌻)と説かれます。
 無心の草木も、縁によって開花し、結実し、万物を養育する。人間の生命は、善知識に会うことによって、仏性が現れてくると示されているのです。善知識とは“仏道へ正しく導く善友”のことです。自身が善知識を求めるとともに、多くの人々と仏縁を結んで、善智識となっていくことが、御書の精神に適った仏道修行の正道です。
 次元は少し異なりますが、今回の震災でも、苦境の中で多くの命を支えたものは、人間と人間の絆でした。善き縁を結ぶことは、自他共に生きる力を強めてくれるのです。
ハンコック 仏縁といえば、私に信心を教え、SGIに縁させてくれたのは、私のバンドでベースを弾いていた、バスター・ウィリアムスさんでした。ある公演で、彼は驚くべきソロ演奏を披露し、私たちを高揚させたのです。演奏が終わると大勢の聴衆がステージに走り寄ってきました。感動のあまり泣いている人もいました。その衝撃の公演が終了した後、私は思わず彼を楽屋に連れていき、尋ねたのです。
 「君が、何か新しい哲学か宗教を実践していると聞いている。もし、それが、こんな演奏を可能にするのなら、それが何かを知りたいんだ」と。
 バスターは、それについて私に話す機会が訪れることを祈っていたと言って、「南無妙法蓮華経」の題目について話し始めました。彼は、それが「法」であり、宇宙の法則であると話してくれました。
 私は彼の話に多くの希望が含まれていることに好感をもちました。「南無妙法蓮華経」が何かは分かりませんでしたが、バスターは、私が信じようが信じまいが、題目には力があり、効果があると力説しました。それで私は、「まだ信じてはいないが、試すだけでいいのなら、失うものは何もない」と始めてみたのです。
池田 音楽家として、また人間として、真摯に向上の道を求めておられたのですね。
 今、言われた「試してみよう」という勇気が大事です。撰時抄には、「此の度 仏法を心みよ」(同291㌻)と仰せです。
 私が19歳で入信したのも、仏法の深遠な法理を理解し、納得できたからではありません。むしろ宗教は好きではなかったし、懐疑的なほうでした(笑い)。しかし、戸田先生の偉大な人格に触れ、そして軍部政府と対峙して2年間投獄されていたことを知り、“この人なら信じられる”と直感したのです。
 ショーターさんは、亡き奥様のアナ・マリアさんから信心を教わったのでしたね。
        ♫
ショーター ええ。彼女は、ハービーから、この信心を紹介されました。
 私は、彼女がどう行動するのかを見ていました。勤行を実践してしばらくすると、彼女は別人のように変わりました。私は非常に驚きました。その時の私の気持ちは、言葉は表せません。そこで、私にも教えてほしいと頼んだのです。
ハンコック ウェインは、当初、人間の成長に“決められた形式”は必要ないと考えていたよね。今とは正反対だけど、ちょっと傲慢な部分もあったかなあ……、いや、ちょっとどころではなかったかもしれない(爆笑)。
ショーター そうだったね(笑い)。
 しかし、仏法を実践して最初に感じた功徳は、価値ある哲学と偉大な師匠に巡りあえたとの実感です。
 「私は独りぼっちではなく、自分には、牧口先生、戸田先生、そして池田先生という、人生の何たるかを把握された本物の人たちがいる。自分はようやく素晴らしい宗教に巡りあえた」──そう強く実感できたのです。
ハンコック 本当にそうです。私たちには、池田先生という師匠を持つことのできた福運があります。先生は常に、私たちの方途を照らし、人生を光の方向へと向かわしめてくれます。
 宗教に偏見を抱く人の、心の壁を破るのは、もちろん大変です。しかし、私たちの振る舞いが、その壁を破ることを可能にします。
池田 今日のSGIへの信頼の広がりは、ひとえに広宣流布のため、即世界の平和のため、民衆の幸福のために、同志の一人一人が良き市民として行動し抜いてきたからこそです。どれほど大変だったか。苦楽を共に戦った人のことは、私は絶対に忘れません。
ショーター 私はこの仏法の偉大さを、日々感じています。私は「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(同1242㌻)という仏法の考え方が好きです。この教えのお陰で毎朝、起きると、「さあ、今日も自身の歓喜の勝利劇のヒーローを演じよう」との決意が湧いてくるのです。敵意や悪意など悪鬼の働きをも味方にするのが、仏法です。
 私たちがそれらと共存しながら打ち勝つ道は、「一緒に笑わせること」ではないでしょうか。これは、ちょうど、飛行機が離陸する時、空気の抵抗を味方につけるのと同じだと思います。
池田 一緒に笑わせる──いい言葉です。「立正安国論」では、対話の途中、客人は顔色を変えて反発し、席を立とうとする。すると、主人は「咲《え》み止《とど》めて」(同24㌻)、すなわち笑みをたたえながら客の足を止めて包容し、諄々と諭していきます。そして最後には、客人自身が「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(同33㌻)と立正安国の行動を清々しく決意していくのです。反対者をも味方に変える──まさに究極の座談の模範です。
 日蓮大聖人は「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人=味方)よりも強敵《ごうてき》が人をば・よくなしけるなり」(同917㌻)とも仰せになられました。
 自分の「一念」次第、「勇気」次第で、一切を善知識に変えていけるのです。
 さらに、世界広宣流布の未来を明かされた「顕仏未来記」には仰せです。
 「願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん」(同509㌻)と。
 いかなる人も、御本仏にとっては救うべき存在です。それが仏の慈悲です。
 私たちも、すべての試練を前進の活力にし、あらゆる存在を味方に変えていく、広布と人生の痛快な勝利劇を伸び伸びと演じていきたいものです。
 良き友、良き音楽と一緒に!
2011-07-09 : 音楽を語る :
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