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御書と青年 17/18 冥の照覧の誉れ

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 17/18 冥の照覧の誉れ  (2010.12.28/29付 聖教新聞)

振る舞いが心を変える
誠実・真剣・率先の人たれ


棚野男子部長 池田先生、『新・人間革命』の「厳護」の章の連載、本当にありがとうございます。
 先生に教えていただいた通りに、青年部は創価学会を厳護し、新たな広宣流布の拡大を成し遂げてまいります。
池田名誉会長 頼むよ。創価の未来は、すべて今の君たちにかかっています。その根幹は不屈の信心であり、御書です。
 戸田先生のもとで、私は、日々、御書を一文一文、心肝に染める思いで拝しました。
 「つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし」(御書1124㌻)
 これは、当時の日記に書き留めた御金言の一節です。この仰せ通りに勇敢に進んできたから学会は勝ったのです。
 ともあれ、世界広宣流布への活動ほど、晴れがましい、充実と栄光の青春の大舞台はありません。思う存分、戦って歴史を残してもらいたい。
熊沢女子部長 はい。先月の教学部任用試験でも、「行学の二道」に励む新しい人材が続々と育ちました。この下半期、全国で仏法対話の波が巻き起こり、多くの新入会者が誕生しています。
 私たちは、池田華陽会としての最高の誇りを胸に、ますます朗らかに「太陽の心」を燃やして前進します。

学会の教育力に注目
名誉会長 うれしいね。世界中から毎日のように、新たな地涌の友が躍り出ている報告が届きます。青年部は皆、本当に立派に成長している。「時」が来ているのです。
棚野 ありがとうございます。毎回の青年部幹部会の衛星中継にも、メンバーと一緒に多数の友人が参加しています。学会の会館に来るのは初めてという方も多くいます。
 最初は少しとまどったという人も(笑い)、創価班や牙城会、また白蓮グループなどのさわやかな姿、温かな笑顔に接して安心するそうです。「学会って明るいね」「こんなに青年がたくさん集まっているとは思わなかった」等々、感嘆の声が聞かれます。
名誉会長 学会の実像を見せることは、百万言の説明にも勝ります。
 御聖訓には、「現在に眼前の証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん」(同1045㌻)と仰せです。
 仏法は抽象論でもなければ観念でもない。「現証」です。「人の振る舞い」です。
 皆のために率先して行動する丈夫の英姿、皆の心に清々しい希望の響きを贈る乙女の声……、一つ一つが正しい信心の実証であり、尊き仏の如き振る舞いです。
 また実際に、そうした青年リーダーを無数に育てている事実に、学会の「教育力」の真価を見る識者も多い。
熊沢 はい。北海道・函館大学の河村博旨名誉教授も、道内での学会の行事に訪れた際、清潔感あふれる姿で、礼儀正しく行動する役員の姿に深く感動され、声を寄せてくださいました。
 「(大学で教える立場としては)どうすれば青年たちをこのように育てられるのかを知りたいとさえ感じた」
 「現在の日本において、三代会長の師弟関係のなかで築かれた、平和勢力たる創価学会こそ、青年たちに気概を持たせることができる数少ない宗教団体なのではないかと私は考えます」と。
 不況と厳しい寒さのなか、吹雪に胸張る北海道の友にも、大きな励ましです。
名誉会長 心ある指導者の方々は、未来の柱たる青年をどう育てるかを真剣に考え、手を打っておられます。それだけに、社会に貢献する人材群を送り出している創価の民衆教育、人間教育の意義を深く理解されているのです。
 来館者を迎える役員の人たちは、学会の“顔”ともいえる存在です。企業の経営者や教育者など、苦労を重ねてこられた方が見れば、本物かどうかはすぐわかります。君たち青年部の応対一つ、あいさつからも、多くを察していかれるのです。

御聖訓 陰徳あれば陽報あり
労苦の土台に人生の栄冠は輝く
学会厳護の献身に心から感謝


法華経の文の如く
棚野 はい。先月、中部のある婦人部の友人の方が、会館での会合に参加されました。途中、体調を崩されてしまったそうなのですが、その際の牙城会や創価班、白樺の方などの対応が親切で、非常に素晴らしく、心から感動されたそうです。そのことがきっかけとなって、今月、入会されたとうかがいました。
熊沢 若い世代の友人たちは、会合や会館の運営、警備などが、「ボランティア」で行われていることを知ると、非常に驚き、感動します。
名誉会長 不景気な時代だし、「無縁社会」といわれるほど人間のつながりも希薄になってきた。自分のことだけを考えるので精いっぱいの人も少なくない。
 そうした中で、自分も大変なのに、人のため、地域のため、広宣流布のために、わが身を惜しまず献身する。これほど尊い仏事(仏の仕事)はありません。
 「御義口伝」には、「釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり八字とは当起遠迎当如敬仏の文なり」(御書781㌻)と記されています。
棚野 法華経の28品の要諦は、この「当起遠迎当如敬仏(当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)」の八文字に収まっているとの仰せですね。
名誉会長 寒風吹きすさぶ日もある。太陽が照りつける日もある。どしゃぶりの雨の日もある。大雪の日もあるでしょう。
 しかし、どんな時も、わが創価班、牙城会、そして白蓮グループなど役員の皆さんは、この法華経の経文の如く、仏様を迎える気持ちで、会館に集う同志を迎えてくれている。最敬礼して仏に仕える心で、任務についてくれている。
 これほど尊貴なことはありません。まさしく「当起遠迎当如敬仏」との「最上第一の相伝」(御書781㌻)を身に体しての振る舞いなのです。皆さんは、如来の使いの方々に尽くしている。広宣流布を唯一進める和合僧団である学会を、厳然と護ってくれている。
 大聖人は「末代の法華経の行者を讃え、供養する功徳は、かの三業相応(『身に行うこと』『口に述べること』『心に思うこと』が一致していること)の信心で一劫の間、生身の仏を供養することよりも百千万億倍勝れていると仏典に説かれている」(同1044㌻、通解)と仰せになられました。
 皆さんが同志に尽くしゆく功徳は無量無辺であり、「冥の照覧」は絶対に間違いないのです。
 私はこの場をお借りして、広布の法城を護り、支えてくれている創価班、牙城会、白蓮グループの皆さんをはじめ、白樺グループ、各方面・県の設営グループ、白鳳会、創翔会、デザイングループ、創価桜城会、清輝会、学生部の誓城会・牙城会、また、会館守る会、サテライトグループの方々など、すべての陰の功労者に心からの御礼を申し上げたい。
 私は皆さんの健康と無事安穏を心から祈っています。
棚野 ありがとうございます。皆、「冥の照覧」の誉れを胸に、使命を果たし抜いてまいります。

識者が期待
学会は現在の日本で青年に気概を持たせられる数少ない団体

全部、自身の功徳に
名誉会長 御聖訓には、こう仰せです。
 「人の身には、同生と同名という2人の使いを、天は、その人が生まれた時からつけておられる。この2人の神は影が身に随うように、寸時も離れず、その人の大罪・小罪・大功徳・小功徳を少しもおとさず、かわるがわる天に昇って報告していると、仏は説いておられます」(同1115㌻、通解)
 誰も知らないところで、広宣流布のために、祈り、尽くしている。心を砕いている。
 その尊き行動を、全宇宙の仏天は厳然と見ているのです。
 反対に、「どうせわからないだろう」とさぼっても、それもしっかりと見られている(笑い)。
 因果の理法は峻厳です。
 自分が、どう祈り、どう戦っているか、どう行動してきたかは、自身の生命に厳然と刻み残されている。
 どこまでも真面目に、誠実に信心を貫いた人が、絶対に最後は勝つ。必ず無量の福運を積んでいけるのです。これは60年以上、妙法に生き抜いてきた私の結論です。
 大聖人は「陰徳あれば陽報あり」(同1178㌻)、そして、「かくれての信あれば・あらはれての徳あるなり」(同1527㌻)とも記されています。
熊沢 池田先生と奥様のお姿が、その何よりの証明だと思います。
名誉会長 妙法のために行動したことは、全部、仏因となり、すべて自分の仏性を開く働きとなる。自身の仏性が現れるからこそ、全宇宙の諸天善神が働くのです。必ず「陽報」があり、「あらはれての徳」があるのです。
 仏法は遠いところにあるのではない。広宣流布のリズムの中で行動することは、全部、自分自身の功徳になるのです。また自分だけでなく、一家一族が、生々世々、大功徳に包まれていく因となる。
 誰が見ていようといまいと、妙法の照覧だけは間違いありません。
 今、私がてい談を行っているハービー・ハンコックさんも、学会行事の際に裏方の役員などを喜んで務めてくれました。その姿を見た報道関係者は、世界的な音楽家が一役員として献身する行動に衝撃を受けたといいます。
棚野 それは池田先生が、先頭に立って示してくださった道です。先生の、若き日の日記には記されています。
 「いかなる総会にも、いかなる大事な闘争にも、誰人にも認められず……誰人の感謝も欲せず、いつも、ただ陰にて全魂を傾け、指揮と、楔を打つ自己──その宿命に、微笑を浮かぶ。妙法の照覧を、私は堅く信ずるようになれた」

御聖訓 竹の節を一つ破れば他も破れる

ただ広布のために
名誉会長 誰からもほめられない。反対に悪口罵詈さえされる。それでも、莞爾として己が使命を果たし抜く。
 ただ師匠にお応えしたい。ただ広宣流布のために──私の青春はそれだけだった。
 大聖人は仰せです。
 「一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏・乃至梵王・帝釈・日月等にだにも・ふびんと・をもはれまいらせなば・なにかくるしかるべき、法華経にだにも・ほめられたてまつりなば・なにか・くるしかるべき」(同1135㌻)
 戸田先生のもとで、私は、あらゆる会合の企画や運営にも全力を尽くしました。
 役員の手配、雨天の際の対応、車両や列車など輸送手段の確保……集ってくる同志が最高に歓喜して、決意をして帰れるように、常に万全を尽くしました。
 真剣に祈りました。億劫の辛労を尽くしました。妻も同じ心、同じ祈りです。
 だから私は今、学会を陰で支えてくださる青年部をはじめ、多くの方々の心が、本当によくわかる。皆さんが何を悩み、何に苦労しているのか、手に取るようにわかります。
 それゆえに私は徹して、陰の人を励ましてきました。皆もそれに応えてくれた。だからこそ、学会はここまで発展した。世界的な創価学会になったのです。
熊沢 先生と奥様のお心を私たちは、そのまま、まっすぐに受け継いでまいります。
名誉会長 戸田先生は言われていた。
 「やりにくいところで、うんと苦労してこそ、人間は偉大な人になれるのだ」と。
 苦闘が人間を磨く。労苦の土台の上にこそ、絢爛たる人生勝利の大輪の花が咲き薫っていくのです。
熊沢 白蓮グループの友も、各地で真剣に仏法対話に取り組んでいます。
 岐阜のあるメンバーはこの秋、勇気を出して大学の友人を学会の会合に誘いました。
 その友人は平和のために行動したいとの思いを持っていたそうですが、以前、別の友達から「なに真面目ぶってるの」と言われ、何も行動できずにいたそうです。
 しかし、会合に参加して学会の平和・文化運動に感動。さらに白蓮グループの総会などにも一緒に行って、「私も、人のために尽くせる生き方がしたい」と、11・12「女子部の日」に晴れて入会をしたそうです。
 この弘教が大きな波動となり、多くのメンバーが立ち上がりました。
名誉会長 偉いね。大事なのは「一人」です。一人が立てば、皆が立ち上がる。
 御書に「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(1046㌻)と仰せです。
 人ではない。自分です。自分が勇気を出して壁を破ることだ。そこから、広宣流布の緑野は大きく開けるのです。
棚野 男子部でも、創価班、牙城会などの大学校生が先駆を切って弘教・拡大に挑戦しています。
 大阪のある男子部員は自身を高めたいと、本年、牙城会大学校に入りました。
 大不況の波を受け、自身の会社の経営も悪化し、大変な状況でした。「だからこそ」と折伏に挑戦し、石川県まで対話に走り、友人への弘教を実らせることができました。
 池田先生のご指導通り「誠実」をモットーに仕事に取り組む中、業績は大幅に向上。今では忙しすぎて困るほど(笑い)、全国を飛び回れるようになりました。

「後輩のために!」 それが創価の伝統
新しき人材の陣列を

先駆の師子と光れ

訓練が人間をつくる
名誉会長 青年が青年を呼ぶ。若き創造と開拓の生命で一緒に前進を開始する。ここに人間主義の時代を切り開く、広宣流布の新たな連帯が築かれます。
 弘教に勝る喜びはない。友の幸福を願い、真剣に祈り、語りきった福徳は永遠です。
 こちらが熱心に対話をしても、相手が信心しない場合も当然あるでしょう。それでもいいんです。すでに、仏になる種は、その心の大地に深く植えられているからです。
 大事なのは、勇気を出して、真心で語りきることです。そうすれば、何よりも自分自身が功徳を得、境涯を大きく開き、より確信を深めることができる。
 若き時代に、折伏をやり抜いた人は強い。自身の胸中に金剛不壊の勝利の土台を築くことができる。今は、その最高のチャンスなのです。
棚野 男子部のリーダーの多くは、創価班や牙城会の大学校時代に信心の原点を築いています。皆、口々に語るのは「先輩が実によく面倒を見てくれた」ということです。
 一緒に題目をあげてくれたり、悩みを聞いて励ましてくれたり……あまりの情熱に「少し、しつこいなぁ」と思う場合もあります(笑い)。
 しかし、時がたつほど、そのありがたさが身にしみてきます。
名誉会長 大学校生も大変だろうけど(笑い)、励ましてくれる先輩方も本当に偉い。
 皆、仕事も忙しい。自分の悩みとも格闘している。そうした中で、時間をこじあけるようにして、一人一人に会い、激励をしてくれている。
 「後輩のためなら」と労苦を惜しまぬ先輩がいるから、学会の人材の流れは盤石なのです。広宣流布は断絶することなく、未来へと発展していくことができるのです。
熊沢 学会の講演会に講師として招かれた識者は、深い信念を持ち、生き生きと行動する青年部の姿に、「ここに創価学会の大きな存在意義を感じます」と語っておられました。学会の青年部の役員が、一流企業の社員教育にも匹敵する訓練を受けていることに感銘したそうです。
名誉会長 「訓練の力ほど偉大なものはなく、その効果ほど強力なものはない」
 これは、イタリア・ルネサンスの思想家レオナルド・ブルーニの言葉です。
 若き日に訓練を受けきった生命は、時とともに、新しい歴史を創り開く力を発揮していけるものだ。 
 御聖訓には「根ふかければ枝さかへ源遠ければ流長し」(御書1180㌻)と仰せです。人生においても「根」を張り、「源」を豊かにすることが大事です。それが青春の鍛えなのです。
 学会は、よりよい社会の建設のために、貢献する人間を育てています。ありとあらゆる分野に、深き生命尊厳の哲学を身に体した人材を送り出しているのです。
棚野 私たちも、日々の実践のなかで、皆で励まし合い、錬磨し合っていきます。
 とくに年末年始は、各会館でも、火災などの事故に対して、いっそう注意をするように心掛けてまいります。
名誉会長 よろしくお願いします。事故は断じて起こしてはいけない。皆が不幸になってしまうからです。
 御書には、「神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候」(同1186㌻)と仰せです。「心にふかき・えうじん(用心)あるべし」(同1176㌻)とも戒めておられる。
 絶対に、油断は大敵です。
 私は、この一念で指揮を執り続けてきました。皆も、「自分が学会を護る」との責任感に立って、強盛なる祈りと細心の注意を絶対に忘れないでもらいたい。

時代の変化に智慧と団結で勝て

挑戦は青年の特権
熊沢 今、一般に少子高齢化が進み、青年世代の人が少ない地域が増えています。学会でも、青年部だけの会館任務や行事運営が難しくなっている場合があります。
 こうした中で、どのようなことを心掛けていけばいいでしょうか。
名誉会長 大切な問題です。基本は地域の実情に即して、よく考えていくことです。
 新しい会館も増えているし、会合も多様化している。「昔はこうだった」という考えが通用しないことも多い。
 大事なのは、同志を思いやる「慈悲」から発する「智慧」です。
 皆で「団結」して「工夫」していくことです。
 壮年部や婦人部の方ともよく相談をしながら、「どうすれば万全の運営ができるか」「どうすれば役員の負担が過度にならないか」を考えていっていただきたい。
 今は、ありがたいことに、壮年部の王城会や婦人部の香城会の方々も、着任してくださっている。青年部も、尊き百戦錬磨の先輩方に学び、智慧を出し合いながら、地域の宝城を厳然と護り抜いてほしいのです。
棚野 偉大な「厳護」の魂を受け継ぎながら、広布を拡大し、新時代を必ず勝ち開いてまいります。
名誉会長 牧口先生は「羊千匹より獅子一匹」と叫ばれた。学会青年部は、1人が万軍に勝る勇者の集いです。
 「挑戦」は青年の特権です。「現状を維持しよう」とか「失敗をしないようにしよう」といった「守りの心」に陥ってはいけない。
 どんどん、勇敢に打って出るのです。青年が少なかったら、祈って増やすのです。人材が足りなかったら、 1人を一騎当千に育てればいい。
 学会は、何もないところから、ここまで広げてきた。まさに命懸けの戦いでした。
 大聖人は宣言されている。
 「日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一滞・一微塵のごとし、法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ」(同288㌻)
 これが、永遠に変わらざる広宣流布の方程式です。
 広布の未来も、人類の未来も、すべて君たちにかかっている。若き諸君が地涌の底力を発揮して、新しい「創価青年学会」を築いていくのです。
 「人材・躍進の年」は、その新たなスタートの重要な一年です。壮年・婦人の皆さんも、全力で青年部の活躍を応援してくれています。
 青年らしく、学会っ子らしく、生き生きと、挑戦してもらいたい。
棚野 はい。明年は、日顕宗と決別し、創価ルネサンスの大道を堂々と歩んで20年の節目です。一切に完全勝利するためにもまず、新年勤行会から開幕ダッシュをしていきます。また大躍進の決意を込めて、はつらつと、会館で同志の皆様をお迎えします。

今から! ここから!
熊沢 今、白蓮グループも、アメリカやブラジル、韓国や台湾など、全世界に広がっています。世界中の会館で、池田華陽会のメンバーが、訪れる方々を、最高の笑顔と真心で迎えています。
名誉会長 すごい時代になったね。全世界で地涌の若人が、地域のため、社会のため、人類の幸福と平和のため献身している。
 大聖人のお喜びはいかばかりかと、私の胸は躍ります。
 創立100周年への大闘争の幕は開かれました。いよいよ「今から」「ここから」「自分から」、新たな広布の山を登りゆくスタートです。
 2030年は、世界広布の70周年でもある。どれほど壮大にして絢爛たる妙法流布の時代を迎えることか。
 「広宣流布の時一閻浮提の一切衆生・法華経の行者となるべきを涌出とは云うなり」(同834㌻)と仰せです。人類は、いよいよ妙法の英知を待ち望んでいます。
 新しい一年も私と同じ信心に立って、「陰徳陽報」という、着実にして偉大な一歩また一歩を踏み出してもらいたい。そして、踊躍歓喜して、世界の青年と手を携えながら、人々が目を見張る勝利、勝利の歴史を築きゆくことを、私は祈っています。


ブルーニの言葉は、池上俊一監修『原典 イタリア・ルネサンス人文主義』名古屋大学出版会から。
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2011-01-11 : 御書と青年 :
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御書と青年 15/16 創価の連帯・人間の善性の結合

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 15/16 創価の連帯・人間の善性の結合
  (2010.10.14/28付 聖教新聞)

堂々と語れ! 慈悲とは勇気
御義口伝「喜とは自他共に喜ぶ事なり」
我らは人間の結合を拡大


皆、希望の哲理を求めている。
真実の仏法に出あえた歓喜が
「青年学会」を築いたのです


棚野男子部長 この10月は、池田先生がニューヨークの国連本部で、「21世紀はアフリカの世紀」と展望されて満50年に当たります。
 その佳節に、コートジボワール共和国からの「コートジボワール功労勲章コマンドール章」の受勲、誠におめでとうございます。
 全学会員にとって、これほどの喜びはございません。
池田名誉会長 師弟は不二ですから、牧口先生、戸田先生に謹んで捧げる栄誉です。
 私が拝受する顕彰は、SGI(創価学会インタナショナル)の平和・文化・教育の運動が支持され、讃嘆されている証しでもある。
 ディアゾン理事長はじめコートジボワールの2万人を超える尊き同志は、模範の国民として活躍されています。特に青年部の奮闘が目覚ましい。私は、後継の君たち青年にすべての使命と栄光の大道を譲り、託す思いです。
 50年前、私が「アフリカの世紀」を確信したのは、なぜか。歴史上、最も苦労してきた大地に、独立国家が次々と誕生し、若きリーダーたちが勇んで立ち上がって、清新な息吹で希望の建設を開始していたからです。
 青年には無窮の力がある。いわんや、正しき信仰を持つ青春ほど強いものはない。
熊沢女子部長 今、アフリカは40カ国・地域でメンバーが生き生きと活躍しています。10年以上、内戦で苦しんできた西アフリカのシエラレオネでも、池田華陽会の女性リーダーを中心に活発に座談会を行い、平和へ対話の波を起こしています。

心の空白を越えて

名誉会長 「対話は、弱き者の武器に非ず。強き者の武器なり」──これは、アフリカの賢人と謳われた、コートジボワールのボワニ初代大統領の信念でした。
 君たちの勇気の対話が、いかに大きな力を持っているか。学会の歴史も常に青年が先駆を切ってきた。青年が青年を糾合し、新たな歴史の潮流を起こしていくのです。
 日本も、うかうかしていられないよ(笑い)。
棚野 はい。社会は、ますます先行きが不透明です。友人との人間関係も、携帯電話やメールなど、表面的なつながりはあっても、心を通わせる対話にまでは、なかなか深まりません。
 そのなかで、創価の青年には師が示してくださる未来への指標がある。心から信じられる同志がいる。これほど幸せなことはありません。
 今、日本でも仏法対話の波が広がり、新たに入会を希望する青年が続いています。
名誉会長 うれしいね。
 「二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」 (御書1360㌻)との御断言に違わぬ姿です。大聖人が、どれほど喜んでくださることか。
 ともあれ、青年は本来、心の底で、汝自身を真に輝かせていける確かな哲理を欲しているのではないだろうか。
 私の青春時代、戦後の混乱期もそうでした。大人たちの態度は、戦前の戦争礼賛から180度、豹変し、青年の心には根深い人間不信が影を落としました。
 しかしそれでも、青年たちは信ずるに足る哲学を求めてやまなかった。
 幸いにも、私は戸田先生に巡りあい、生命尊厳の仏法を知ることができた。
 心の底で渇望していたから、本物に出あえた喜びも大きかった。この時代に入信した青年は多くがそうでした。その歓喜が、当時の「青年学会」を築いたのです。
棚野 戦後の荒野とも相通ずる、心の空白や孤独、精神の荒廃が、現代社会にもあります。雇用の問題も深刻であり、真の生き甲斐ある充実の人生を若者は望んでいます。
 だからこそ、青年部の仏法対話が、社会的にも深い意義を持っていると実感します。
名誉会長 そうだね。
 今ほど人々の心が分断され、人間の絆が弱まっている時代はないかもしれない。
 人間は一人では生きていけない。どんなに強がってみても、孤独な人生はわびしい。本当の幸福感を得ることはできません。孤立した青年が増えていけば、社会もまた、多くの問題に直面してしまうでしょう。
 一人一人が本当に豊かな人生を生きるために、今こそ人間の心を結ぶ哲学と対話が求められているのです。

わが身が「宝」の存在
熊沢 先日、ある女子部員から「私たちの創価の対話は、何を目指しているのでしょうか」との質問を受けました。今のお話にも通じる問いかけだと思います。
棚野 そう聞かれると、一言で「広宣流布です」と答えたくなりますが……。
名誉会長 正しいけれど、その女子部員が聞きたかったことは違うんじゃないかな(笑い)。
 大事な質問です。一つの角度から敷衍すれば、私たちの対話は、「人間の結合」を深め、広げていく運動であると言ってよい。それは「善性の連帯」の拡大とも表現できるでしょう。
 「御義口伝」には「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(同761㌻)と仰せです。
 私たちの対話が目指しているものは、何か。自他ともの「仏性」の開発です。それは、智慧と慈悲が輝く生命の最高の善性の開放でもある。
熊沢 以前、先生に教えていただいた不軽菩薩の実践を思い出します。人間尊敬の哲学を復興し、万人が尊極な存在とされる時代を築くことですね。
名誉会長 その通りです。でもそれが簡単だったら、こんなに苦労しない(笑い)。
 「難信難解」というように多くの人は、自身に尊極の「仏の生命」が具わっていることが信じられません。我が身が、無限の可能性を持つ「宝の存在」であることに気がつかないのです。
 自分を卑下する人がいる一方で、「自分は特別だ」と傲って他人を見下し、万人が平等に尊貴だとは認められない人もいる。友人と仏法対話をしても、なかなか理解してもらえないという経験は、皆も多く持っているでしょう。
 究極的に言えば、私たちの対話は、不幸と分断を生み出す魔性との戦いであり、人間への不信と憎悪をもたらす無明との闘争といえる。
 御書には、その激しさについて「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土《どうこえど》を・とられじ・うばはんと・あらそう」(同1224㌻)と記されています。
 折伏も、友好拡大も、家庭訪問も、すべて相手の仏性を敬うという哲学の実践です。エゴと不信が渦巻く社会の中で、これほど人間を信頼し、行動を重ねている団体が、どこにあるだろうか。

仏の種は必ず花開く
棚野 あのマハトマ・ガンジーの精神を受け継ぐ令孫のアルン・ガンジー氏(ガンジー非暴力研究所創設者)も、「人間を人間として尊敬できる自分になる。そうした一人一人の行動が徐々に広がっていくしか、社会を変え、世界を変えることはできません」と語られました。そして、創価の「人間革命」に、その希望を見出しておられました。
 普通だったら、これ以上は無理だとあきらめることも、学会の先輩方は粘り強く対話を続けて、道を開かれました。
名誉会長 御書には「仏をば能忍」(同935㌻)、「忍辱の心を釈迦牟尼仏」(同771㌻)と仰せです。この御金言を、悪世末法で体現してきたのが、わが同志です。
 たとえ反発されようとも、相手に仏性が具わることを信じるからこそ、折伏をするのです。それが友人に対する最高の尊敬の行動となる。
 仏法対話は、お互いを高め合う道です。語りかけた分だけ、相手の仏性が目覚めて動き始める。とともに、こちらの仏性もいよいよ強くなる。
 大聖人は「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(同552㌻)と仰せです。
 仏法を語り、「仏の種」を友の心に植えていくならば、それは必ず花開いていく。
棚野 私も、大阪の友人を折伏するために、半年間、毎週のように東京から彼の家に通ったことがあります。必死に祈り、対話したにもかかわらず、その友人は信心をするには至りませんでした。
 本当に落ち込みました。でも、驚いたことに、隣の部屋で友人の母親がじっと話を聞いていたのです。そして、以前からその方を折伏していた私の母に「信心をしたい」と言って入会しました。
 10年後には、長年の祈りが結実し、私の友人も御本尊をいただくことができたのです。この対話を通して、相手を信じ抜くことの大切さを学びました。友人との絆も、いっそう強くなったと思います。
名誉会長 いい話だね。
 なぜ、一人の男子部の真剣な叫びが相手の心に響くのか。なぜ、さわやかな女子部の笑顔が、固く閉ざされた心を開くのか。なぜ、英知の学生部の熱誠が、友の命を揺り動かすのか。それは、皆の生命に偉大な「対話の力」が備わっているからです。
 法華経には地涌の菩薩の特質として「難問答に巧みにして 其の心に畏るる所無く」と説かれている。若き地涌の君たちは、この悪世に広宣流布を実現する開拓力、突破力をもって出現しているのです。
 根本は勇気です。凡夫にとって、慈悲に代わるのが勇気だからです。「勇気の対話」が「慈悲の対話」に通ずる。
 最も地道な対話こそ、最も確実な「善の行動」です。「幸福の拡大」です。人間の心を結びながら、人類の境涯を変えゆく、壮大な「人間性の復興」でもある。

「火花」を散らして
熊沢 先生は「対話の力」「振る舞いの力」で、全世界に友情と平和の連帯を広げてこられました。36年前には、内外に反対の声が渦巻くなか、冷戦下、中国に続いてソ連も初訪問されました。
名誉会長 当時、日本では、ソ連に対して“怖い”というイメージが先行していました。私は「ソ連が怖いのではない。ソ連を知らないことが怖いのだ」との信念をもって、対話に踏み出しました。
棚野 池田先生は、ゴルバチョフ大統領とモスクワのクレムリンで初めてお会いされた時(1990年7月)、「きょうは、大統領と“けんか”をしに来ました!」と語られました。これには大統領側の通訳も一瞬、ドキッとしたようです(笑い)。
 先生は、「火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう。人類のため、日ソのために!」と続けられました。胸襟を開いて、人間として対話を──その言葉から始まった会見で、大統領は訪日の意向を明言しました。翌春に、ソ連の最高指導者として初めて日本を訪れ、約束を果たされたのです。
熊沢 私たちは、先生と奥様に人間外交の究極の模範を学び、自分のいる使命の場所で、友情と希望の対話の波を広げていきます。
名誉会長 仏法の生命観に照らせば、国家や民族を超えて、人間は皆、十界互具、一念三千の当体です。同じ人間として、幸福を願い、平和を求める心に違いがあろうはずがない。
 これが、根本精神です。

苦境こそ成長の好機《チャンス》
深き祈りで全てを善知識に!


大風を前進の力に
棚野 今の青年層には、職場でも人間関係の悩みを抱えている人が多くいます。同僚との深い関わりを避けてしまい、円滑な関係がつくれなかったり、他方では、すぐに感情的になって衝突してしまったり……。
名誉会長 さまざまな見方はあると思うけれども、やはり根っこには、他者への不信や、その裏返しとしての自信のなさがあるのではないだろうか。時代状況とも無縁ではないでしょう。
 御書には「末代濁世の心の貪欲・瞋恚・愚癡のかしこさは・いかなる賢人・聖人も治めがたき事なり」(同1465㌻)とあります。
 人間の心が乱れ、濁ってしまうのが、末法という時代です。社会も不安定で、閉塞している。人間同士の葛藤も絶えない。だからこそ、確かな哲学が必要となるのです。
 大聖人の御在世でも、四条金吾は、主君を折伏したことや、同僚の嫉妬の讒言などによって、さまざまな圧迫を受けました。多くの人から目の敵にされました。
 苦境にあった金吾に対して、大聖人は仰せです。
 「火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり」(同1136㌻)と。
 求羅は、風に吹かれるほど体が大きくなるという伝説上の虫のことです。大風という苦難が吹き荒れるほど、自分自身を成長させ、信心を強固にしていけると教えられているのです。
 嘆いていても始まらない。自分が人間革命し、強く賢くなっていく力が、信心です。自分を苦しめる「悪知識」をも、必ず、成長の糧となる「善知識」へと変えていけるのが仏法なのです。

師弟不二の祈りで
棚野 大聖人は他方で、金吾に対して、「あなたは短気であるから火の燃えるようなところがある」(同1169㌻、通解)と、直情型の行動を戒められていますね。
名誉会長 金吾は実直だが、短気な側面もあったようだ。そうした行動で、同僚や周囲の人々と無用の軋轢を生んではならない、と御指導されているのです。
 御書を拝すると、大聖人が門下の性格や状況を熟知され、「ここまで」と思うほど、こまやかに激励されていたことがよくわかります。
 また大聖人は金吾に対し、どんな厳しい状況にあっても「すこしも・へつらはず振舞仰せあるべし」(同1164㌻)と言われています。
 正義の信念に生きる人生は、何があろうとも、徹して誇り高くあらねばならない。臆病になり、卑屈になれば、悪を増長させ、魔に付け入る隙を与えてしまうからです。
 それでは同志を護れない。師匠を貶めてしまう。ゆえに、弟子として胸を張って立ち上がるのです。師匠のため、同志のために勝ってみせると、一念を定めた時、師子奮迅の力が漲るからです。
熊沢 その後、金吾は、病気になった主君の看病などを通して再び厚い信頼を得て、以前の3倍の所領を勝ち取ることができました。
名誉会長 その原動力は、大聖人と心を合わせた「師弟不二」の祈りであり、勇気と誠実の振る舞いです。
 御書には「強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」(同1118㌻)とあります。
 この御指導は、永遠の指標です。学会員は、この御金言を心肝に染め、歯を食いしばって戦ってきた。だから強いんです。
 確固たる哲学に根ざした青年の連帯が、いよいよ光り輝く時代です。君たちの人間革命の光が、地域を照らし、職場を照らし、社会を照らす。
 「創価の連帯」「人間の善性の結合」が国家の宿命を変え、人類の未来を変えていく。世界の人々が、胸をはずませ、君たちの躍進を見守っているのです。

御聖訓 災来るとも変じて幸と為らん
奄美の友よ負けるな!


名誉会長 はじめに、この度の奄美豪雨災害に、心からお見舞いを申し上げます。一日も早い復興を祈念してやみません。
棚野 九州青年部も、壮年部、婦人部の皆さんと共に、全力で救援活動、復旧作業に当たっています。
 奄美の方々も、先生からのご伝言を胸に、毅然と立ち上がっておられるとうかがいました。
名誉会長 わが奄美の誉れの同志は皆、師子です。筆舌に尽くせぬ苦難を、すべて「師子王の心」で変毒為薬してこられた。
 今度のことも、「災来るとも変じて幸と為らん」(御書979㌻)、「大悪をこれば大善きたる」(同1300㌻)との御聖訓の通り、奄美の宝土がいやまして勝ち栄えていかれることを、強く強く祈っております。
熊沢 奄美の広布の母たちは、何があっても「いぬちんかぎり、きばらんば(命の限り頑張らなければ)」を合言葉に乗り越えてこられました。名誉会長 日蓮大聖人は厳然と仰せになられています。
 「かかる御本尊を供養し奉り給ふ女人・現在には幸をまねぎ後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて闇に燈の如く険難の処に強力を得たるが如く・彼こへまはり此へより・日女御前をかこみ・まほり給うべきなり」(同1244㌻)
 創価の母たちをはじめ大切な大切な奄美の友を、仏菩薩も、諸天善神も、守りに護れと、私は妻と共に真剣に題目を送っています。
棚野 先生が以前、奄美の友に贈られた和歌に、こうあります。

 我が人生
  断固と勝ちゆけ
    奄美から
   子孫末代
     栄ゆる戦と

 私たちも鹿児島の雄々しき同志と心一つに題目を送り、応援させていただきます。
熊沢 今回、全国ブロック長・白ゆり長大会(本部幹部会)では、同じく鹿児島県の屋久島と、池田先生の故郷である大田区の代表のお二人の活動報告に、大きな感動が広がりました。
名誉会長 こういう尊き方々が、学会を守り、支え、広げてくださっている。
 大聖人も、どれほど誉め讃えてくださるか。佐渡の阿仏房への御文には、「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」(同1304㌻)と仰せです。
 広布に生きる学会員こそ、尊極の生命の宝塔なのです。

大聖人 法華経を持つ人は父母の恩を報ず
わが心に人間革命の太陽を
根本は自分! 家族を照らしゆけ


家庭は人間の「大地」
棚野 今回のお二人の体験では、最前線での拡大、身近な地域への貢献とともに、麗しい「一家和楽」の功徳の実証に大拍手が送られました。
 国民を対象に「あなたにとって一番大切なものは何か」を問う調査があります。最近では、半数が「家族」を挙げており、この答えは約50年で5倍にも増えています。
名誉会長 家族は人間にとって、常に返るべき「原点」であり「大地」といってよい。
 立派な大邸宅に住んで、何一つ不自由がないように見えても、家族の心がバラバラで侘しいという家庭もある。
 反対に、家は狭くとも(笑い)、仲良く温かな家庭は幸福です。どんなに苦労があっても、家族で互いに励まし合い、団結して勝利の城を築いていける。
 「一家和楽の信心」は、戸田先生が残された永遠の指針です。
熊沢 特に最近、社会では、家庭内の不和やトラブルが原因となる事件が目立つようになってきました。
名誉会長 「家が揺らぐところ、すべてが揺らぐ」とは、フランスの大歴史家ミシュレの洞察です。「家庭」を離れて、平和や幸福を論じても、抽象論になってしまう。
 学会は、一人一人の「人間革命」、そして一軒一軒の「家庭革命」という現実に光を当ててきました。地道といえば、これほど地道な、忍耐強い戦いはない。
 しかし、だからこそ、確固として揺るがないのです。
熊沢 わが家も、父は21歳で信心を始めて地域の青年部で薫陶を受け、母は結婚と同時に入会して、地元の婦人部の方に一つ一つ教えていただきました。本当に温かな励ましを受け、育てていただいたそうです。学会の庭に感謝は尽きません。
名誉会長 熊沢さんの活躍を、地域の皆さんも喜んで見守っておられるでしょう。これが学会家族の温かさです。
 伝教大師は、「家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん」(同1374㌻)と記している。
 妙法の音声が響く家庭が増え、地域に生命尊厳の思想が確立されていくことが、いかに重要か。励まし合い、守り合い、支え合う人間の連帯があるところ、どんな災難にも負けない「希望の安全地帯」が社会に広がります。
 ここに、家庭と地域を基盤とした「立正安国」の社会の建設があります。

言葉や振る舞いで、感謝と愛情を示すことです。
それが幸福を創る“音律”となる


親孝行の人たれ
棚野 男子部には、「親が信心に反対です」「妻がなかなか、学会のことを理解してくれない」といった悩みを持つ人がいます。皆、「何とか信心をしてもらいたい」と、祈り、頑張っています。
名誉会長 焦らなくていいんです。私も入信当時、父が信心に反対でした。父と私の間に立って、母がずいぶん苦心してくれたことを思い出します。
 大聖人は「末代の凡夫此の法門を聞かば唯我一人のみ成仏するに非ず父母も又即身成仏せん此れ第一の孝養なり」(同984㌻)と述べておられます。
 まず自分自身が人間革命して、仏の生命を輝かせていくことです。家族を大事にしていくことです。成長して、親を安心させていくことです。
 「一切は現証には如かず」(同1279㌻)です。「道理証文よりも現証にはすぎず」(同1468㌻)です。
棚野 家族ほど、自分の実像をよく知っている人はいません。どんなに取り繕っても、すぐ見破られてしまいます(笑い)。
熊沢 イタリアなど海外でも、入会した青年部員が、生まれ変わったように成長していく姿に驚き、続いて入会する家族が少なくないとうかがっています。
名誉会長 自分が変われば、やがて家族も変わる。根本は自分です。一家の幸福を真剣に祈っていけば、必ず通じていきます。
 恩師の有名な「青年訓」には「青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」とあります。
 青年部の皆さんは、どうか、親孝行であってほしい。
 お金がなくても、できることは、いっぱいあるんだよ(笑い)。明るい笑顔。「ありがとう」の一言。一本の電話……。親というのは、それだけで幸せな気持ちになって、元気になるものです。
 不思議な縁で結ばれた家族に、ちょっとした言葉や振る舞いで、感謝と愛情を示していくことが、生きる喜びの名曲となり、人生の名画となる。幸福を創る音律となります。
 大聖人は若き南条時光に、こう仰せです。
 「如何ぞ此の経の力にて我が母の仏にならざるべき、されば法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり」(御書1528㌻)
 我が父母を絶対に成仏させられるのが、妙法です。妙法を受持し、広宣流布しゆく青春は、それ自体、最高の親孝行の道を歩んでいることを確信していただきたい。
棚野 はい。池上兄弟も、父から猛反対されながら信心を貫き通して、最後は一家和楽の信心を勝ち取りました。

魔に紛動されるな
名誉会長 大聖人は、試練と戦う兄弟に仰せです。
 「第六天の魔王或は妻子の身に入って親や夫をたぼらかし或は国王の身に入って法華経の行者ををどし或は父母の身に入って孝養の子をせむる事あり」(同1082㌻)
 民衆を幸福にさせまい、仏にさせまいとする第六天の魔王の働きは、権力者などの生命に入って、正義の師弟に襲いかかってくる。この魔性に信心を破られてしまえば、一生成仏はできない。広宣流布も断絶してしまう。
 だから、強く賢く、魔を魔と見破って、絶対に紛動されてはならないのです。
 ある場合には、魔の働きは、親や妻子などの家族の身に入って、その人の最も「大切にしている部分」「弱い部分」を責めてくる。
 といっても、その家族の方が魔なのではありません。魔とは、あくまでも“働き”です。家族それ自体は、大切な宝です。
 ですから自分の信心を試してくれるのだと受け止め、勇気を奮い起こして祈り、境涯を開けば、必ず「善知識」に変わっていきます。
 これが妙法です。日蓮仏法では、一切を大きく包みながら、良い方向へと生かしきっていけるのです。
熊沢 池上兄弟は大聖人の御指導通り戦い抜き、父親も、ついに正法に帰依しました。
名誉会長 師弟不二の勝利です。師匠の仰せを根本とする、兄弟の団結が勝利をもたらしたのです。
 身近な人が仏法を理解するには、かえって時間がかかる場合がある。それも、自分の信心を鍛えてくれていると捉えていけばいいんです。
 また、信心をしないからといって「一家和楽」が実現できないなどと、窮屈に考える必要もありません。
 信心していなくたって、家族のため、子どものために一生懸命働いてくれるお父さんも、おられる。学会活動を理解して、応援してくれる家族もいる。ありがたいことじゃないか。まさに諸天善神です。心から感謝していかねばなりません。

必ず宿命転換できる
熊沢 友人の中には、両親の不和や暴力などの問題で悩んでいる人がいます。女子部員の中にも、同じような問題に直面してきたというメンバーがいます。
名誉会長 どうか、一人一人の状況をよく聞いて、心から励ましてあげてほしい。問題によっては、その方のプライバシーを十分に尊重した上で、経験豊かな婦人部の先輩方などにも、力になっていただくことです。
 大聖人は、南条時光のお母さんに仰せになりました。
 「法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ」(同1504㌻)
 家族の悩みは千差万別です。しかし、それこそ世界中の学会員が、どんな深刻な宿命をも打開して、幸福を勝ち取ってきたのが、わが創価学会の80年の功徳の実証です。
棚野 今から20年前、池田先生が台風の渦中に、鹿児島の研修道場を訪問された折、一人の役員の青年を激励してくださったお話を先日、うかがいました。
 青年が自分が養子であることなど、生い立ちをご報告すると、先生は、『新・平家物語』の逸話を語ってくださいました。
 ──実の父が誰かわからず煩悶していた若き平清盛に、“じじ”が言うのです。
 “真の父親が誰であろうと、あなたは間違いなく一人の男の児ではありませんか。心を太々とお持ちなさい。天地を父母と思いなさい”と。
 先生は「君が力をつけて偉くなれ! 君が偉くなれば、育ての親も生みの親も、みんな救っていけるんだよ」と励ましてくださいました。
名誉会長 仏法には感傷はありません。どんな境遇であれ、久遠元初の太陽を、わが生命に昇らせて、今世の使命を立派に果たしきっていけるのです。
棚野 今、その青年は世界を舞台に、重責を担い飛び回っています。ご両親も元気に頑張っておられるそうです。
名誉会長 うれしいね。本当によかった。
 ともあれ、御書には「法華経一部を色心二法共にあそばしたる御身なれば・父母・六親・一切衆生をも・たすけ給うべき御身なり」(同1213㌻)と仰せです。
 家族の中で「一人」が本気になって立ち上がれば、全員に妙法の偉大な功徳をめぐらしていくことができる。
 大空に太陽が輝けば、万物を照らしていけるのと同じなのです。
熊沢 女子部でも「一家和楽」を実現し、はつらつと前進するメンバーがたくさんいます。
名誉会長 真剣の一人がいれば、必ず「一家和楽」を実現できる。苦労した分だけ、皆を包容し、励ませる境涯になるのです。
 特に女子部は、青春時代に「幸福の土台」を築いてほしい。「信心の基盤」を確立してほしい。
 焦らずに、自分らしく賢く朗らかに進むのです。そこに一家一族の永遠の福徳と繁栄を開く道があるからです。
 皆、大聖人の子どもです。大聖人に直結する学会は、仏意仏勅の「妙法の家族」であるといってよい。
 今、その“家族”は世界192カ国・地域に広がった。人類の宝です。
 釈尊の教団は「不敗の集い」と讃えられた。君たち青年の熱と力で、「常勝不敗の集い」たる創価の連帯を、歓喜踊躍して、さらに光り輝かせてもらいたいのです。

任用試験の受験者、頑張れ!
行学二道の英雄に


21世紀の青年学会を
棚野 はい。断じて、新たな「人材・躍進」の連帯を広げてまいります。
 教学部任用試験まで、あと1カ月となり、青年部では活発な研さんを行っています。
名誉会長 人材の躍進といっても、根本は一人一人が「行学の二道」に徹し、信心を磨いていくことです。
 同世代の友に大きく「人間の善性の結合」を広げるとともに、自分が勇敢に戦い、成長していくことだ。
 大聖人は「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(同1589㌻)と仰せです。そのために、真剣に教学を学んでもらいたい。
 受験する人は、仕事など多忙な中での研さん、本当にご苦労さま。一生の宝となります。一緒に勉強し、激励してくださる先輩方も、よろしくお願いします。
 栄光の創立80周年の「11・18」は目前です。
 君たち青年部が地涌の底力を発揮して、21世紀の新たな「青年学会」を築きゆくことを、私は心から期待し、祈り、待っています。  


 ミシュレの言葉は、長谷川光明訳「ルター」、大野一道責任編集『フランス史III』所収、藤原書店から。平清盛については、『吉川英治全集32 新・平家物語(1)』、講談社から。
2010-10-24 : 御書と青年 :
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御書と青年 13/4 未来を創る

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 13/4 未来を創る 
   (2010.8.13/14付 聖教新聞)

2050年へ 第2の「七つの鐘」高らかに!
御聖訓 一切の仏法は人によって弘まる
人材の大河を万代に
未来部は「21世紀の主役」「世界の希望」
担当者に感謝 真心の励ましは必ず花開く 人間を磨くのは人間


熊沢女子部長 このたびは、アジアを代表する名門マレーシア国立マラヤ大学から「名誉人文学博士号」のご受章、誠におめでとうございます! マレーシアの華陽の姉妹も、喜びに沸き返っております。
池田名誉会長 ありがとう! マレーシアの同志は、草創から苦労に苦労を重ねながら、誠実に社会に貢献し、信頼を勝ち取ってこられました。私はその尊き方々と分かち合う思いで、この栄誉をお受けさせていただきました。
佐藤青年部長 先生が開いてくださった教育・文化交流の道が、どれほど大きいか。
 マラヤ大学にも、これまで50人を超す創価大学からの留学生が学んできました。努力を貫いて、マラヤ大学で博士号を取得した友もいます。
名誉会長 うれしいね。
 マレーシアでは、創価幼稚園の園児たちも、伸びやかに成長しています。開園15周年になります。私も2000年に訪問しました。
 多様性に富むマレーシアで、マレー語も、中国語も、英語も自在に話しながら、仲良く凛々しく育ちゆく“世界市民”たちです。皆も日本語だけじゃ、もったいないよ(笑い)。
 今年は創価教育の80周年。牧口先生も、戸田先生もさぞかし、お喜びでしょう。
河本総合未来部長 日本も、未来部育成の夏が真っ盛りです。全国の担当者の方々が、寸暇を惜しんで激励に走ってくださっています。
 特に、今回、池田先生に「正義の走者」の歌詞を加筆していただきました。新たに未来部歌として、皆、大喜びで歌い始めています。本当にありがとうございます!

「現在の因を見よ」
名誉会長 未来部は「学会の宝」です。「世界の希望」であり、「人類の明日」です。
 広宣流布の前途を託す若き友のためならば、私は何でもしてあげたい。できることならば、一人一人と固い握手を交わし、励ましてあげたい。
 でも、どうやっても、私の体は一つしかない。だから私に代わって、皆さんの熱と力で、創価の命というべき後継の人材を激励していただきたいのです。
佐藤 はい。先生のお心を深く胸に刻み、未来部の育成に全力で取り組んでまいります。
名誉会長 法華経の宝塔品では、釈尊のもとへ多宝・十方分身の諸仏が来集して、勢揃いします。それは、何ゆえであったか。
 「開目抄」には、令法久住のためであり、「未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす」(御書236㌻)ゆえであると仰せです。
 法華経の眼目は、「未来の広宣流布」です。仏の眼から見れば、「未来の一切の仏子」、すなわち末法の衆生を救うことが最重要のテーマです。広宣流布こそ、「末法一万年の衆生まで成仏せしむる」(同720㌻)聖業です。そのためには、どうしても、後継の人材が陸続と続くことが必要です。
 そう捉えて、今、一人の青年部・未来部を励ますことは、広布の壮大な価値創造となるのです。
河本 未来部は先生が第3代会長に就任されて、最初に結成してくださった部です。その時の思いを、先生はこう綴られました。
 ──私は、21世紀のことを真剣に考えている。その時に、誰が広宣流布を、世界の平和を担っていくのか。誰が21世紀に、本当の学会精神を伝えていくのか。それは、今の未来部のメンバーに頼むしかない──と。
名誉会長 その思いは、少しも変わりません。
 この21世紀こそ、恒久平和の基盤を築き、生命尊厳の思想を人類の思潮として確立する時です。そのために、創価学会が果たすべき使命はあまりに大きい。
 民衆の精神の土壌を豊かにし、人類の境涯を高めていく創価の実践に、世界各界の識者から絶大なる信頼が寄せられる。いよいよ、そうした時代に入りました。
 今の青年部、そして未来部が地球社会にとって、どれだけ、かけがえのない存在か。
 創価の人材育成は、未来を創る最重要の真剣勝負です。「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(同231㌻)です。大事なのは、未来の勝利のために、今、具体的な手を打つことです。

全員が妙法の当体
熊沢 かつて、私が中等部の代表として参加させていただいた会合でのことです。
 池田先生が、わざわざ私たち中等部員の側に来てくださいました。そして「21世紀を、よろしくお願いします!」と言われて、深々と頭を下げてくださったのです。
 衝撃でした。まるで国家元首に相対するような、丁寧なお振る舞いに深く感動し、「必ず先生のご期待にお応えできる人材に成長しよう!」と決意しました。
名誉会長 法華経の会座において、「女人成仏」「即身成仏」の偉大な実証を示したのは、若い竜女でした。
 南条時光も、日蓮大聖人に最初にお目にかかったのは、7歳の時であったと推察される。その後、16歳で、大聖人のもとに馳せ参じ、直々の薫陶をいただいた。妙法の花の若武者として、逆風の中にあっても、勇気ある信心を貫き通していきました。
 その勇姿を、大聖人は「上下万人にあるいは・いさめ或はをどし候いつるに・ついに捨つる心なくて候へば・すでに仏になるべし」(同1587㌻)と讃えておられます。
 妙法は、若き正義の生命を最高最大に光り輝かせていく大法則です。汲めども尽きぬ妙法の大功力を、「現当二世」すなわち今も未来も、最も生き生きと発揮していける。
 それは、ほかの誰でもない、未来部の友です。未来部の一人一人が、躍動する「妙法の当体」そのものなのです。
佐藤 はい。決して子ども扱いするのではなく、共に「広宣流布の同志」として、向上していきます。
名誉会長 私は、この場をお借りして、男女青年部の「21世紀使命会」、学生部の「進学推進部長」、壮年・婦人部の「未来部育成部長」の皆様をはじめ、各部の皆様に心から御礼を申し上げたい。
 宝の未来部といっても、少年部は、わんぱく盛りです(笑い)。中等部や高等部は、多感な時期です。なかには、言うことを、なかなか聞いてくれないメンバーもいるかもしれない(笑い)。
 担当者の方々は、自身の仕事や家庭、学会活動など、本当に多忙ななか、時間をこじあけて一生懸命に取り組んでくださっている。その労苦が、私にはよくわかります。
 「陰徳あれば陽報あり」(同1178㌻)です。「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(同1598㌻)です。
 未来部のために尽くした行動は、すべて我が身を飾る大福運となる。皆さんのお子さんたちも、子孫も、永遠に功徳に包まれていくことは絶対に間違いありません。

今はわからなくても
河本 21世紀使命会の方々と話をすると、「未来部のメンバーを家庭訪問した時に、心を開いてくれず、なかなか会話がはずまない」という悩みを聞きます。会合に来てもまったく顔を上げず、ひたすら畳を見つめているという子もいます(笑い)。 
名誉会長 そうか。担当者も、子どもたちも、どちらも大変だね(笑い)。でも、会合に来てくれただけでも、すごいじゃないか(笑い)。
 その「心」を最大に讃えてあげてほしい。会合に来るのも挑戦です。未来部のみんなだって、遊びたい盛りだ。いろいろな事情があるなかを頑張って参加している。
 表面的には乗り気じゃなかったり、話を聞いてくれていないように見える時があるかもしれない。でも、戸田先生はよく言われました。
 「たとえ今は何もわからなくとも、後であの会合に参加したと思い出すものだ。目で見て、耳で聞いて、体で覚えることが大切なのだ」と。
 顔を上げなくても、じっと話を聞いていることもある。大事な「一言」が心に深く入っている場合もある。
佐藤 自分自身を振り返ってみても、本当に先生がおっしゃる通りです(笑い)。
名誉会長 後になって、担当者の方々が、どれだけ粘り強く祈ってくれていたか、その真心が痛いほど、わかります。
 仏法の世界に触れ、仏縁を結ぶことが、いかにすごいことか。長い目でみれば、何一つ無駄はない。
 御書には、平和の大指導者アショカ大王の因縁が繰り返し記されています。
 「昔し徳勝童子と申せしをさな(幼)き者は土の餅を釈迦仏に供養し奉りて阿育大王と生れて閻浮提の主と成りて結句は仏になる」(同1380㌻)
 若き清らかな心で、仏法のため、師匠のため、広宣流布のためにと行動したことは、それが、ささやかに見えても、時とともに計り知れない福徳となって花開くのです。
 真心の「土の餅」一つで、「一閻浮提の大王」です。仏法の因果は峻厳であると同時に、おとぎの世界のようにロマンに満ちている。それが現実となるのが妙法です。
 「心こそ大切」です。未来部の活動は、仏法の本義に則って、若き心の大地に、偉大な「勝利」と「栄光」の大指導者に育つ種を蒔いているのです。

幸福の安全地帯
河本 私は小学6年生の時、母親が、がんで入院しました。父は仕事が多忙ななか、懸命に私たちの面倒をみてくれましたが、家を留守にすることも多く、幼い妹たちと3人で不安に押しつぶされそうでした。
 この時、真っ先に駆けつけて励ましてくれたのが、地域の学会の同志の方でした。
 折あるごとに声をかけ、一緒に題目をあげてくれました。ご飯をごちそうになったこともあります。
 池田先生の指導を通しての励ましを支えに、家族は団結し、母も病魔を乗り越えることができました。
名誉会長 学会ほど温かな「励ましの組織」はありません。まさしく学会は「人間共和のオアシス」であり、「幸福の安全地帯」です。
 どんなに優秀なコンピューターでも、人間は育てられない。教科書だけでは、人格は鍛えられない。
 ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けません。人間を磨くのは人間です。人間同士の交流であり、触れ合いです。これだけは、時代が移ろうとも変わらない。
 「あのお兄さんが通ってくれたから!」「あのお姉さんの一言があったから!」──担当者の励ましを原点に頑張ってきた未来部員、青年部員が全世界に幾十万、幾百万といる。私は日本のみならず、各国から、そうした喜びと感謝の報告を受けています。
河本 私が少年部長時代に出会った、埼玉県の未来部の合唱団の友がいます。
 両親の離婚、そして同級生のいじめにあい、中学の後半はほとんど不登校でした。
 転機となったのは、高等部担当者の熱心な誘いで参加した創価大学のオープンキャンパスでした。
 創大生の温かな歓迎に感動するとともに、少年部時代に立てた創大進学の誓いを思い起こしたのです。彼は猛勉強を開始して見事、創大合格を勝ち取りました。
 大学1年の時、池田先生が授業参観に来てくださり、思いもかけず、創立者と並んで法学の講義を受けることができました。先生からの激励を胸に、今、大学院生として研究に励んでいます。
名誉会長 よく知っているよ。立派になったね。
 ともあれ、2030年に迎える創立100周年を勝ち開いていくのは、今の青年部・未来部の君たちです。
 そして、2001年5月3日から7年ごとのリズムで前進を開始した、第2の「七つの鐘」を打ち鳴らし、2050年を堂々と荘厳するのも、君たちです。
 「一切の仏法も又人によりて弘まるべし」(同465㌻)です。
 どんなに法が立派で、建物が整備されても、人材の流れが枯れてしまえば、広宣流布の大河は止まってしまう。
 戸田先生も「問題は人だ。全部、人で決まる。一人の青年で決まるのだ」と常々、語っておられた。
 「顕仏未来記」には、「伝持の人無れば猶木石の(=木像・石像が)衣鉢を帯持せるが如し」(同508㌻)とも仰せです。「伝持の人」とは「後継の人」ともいってよい。
 どんな団体も、後継者がいなければ滅び去ってしまう。正しき信心の後継者をたゆみなく育てていくことが、正法正義を永遠ならしめる唯一の道なのです。

希望の太陽と光れ
佐藤 池田先生は、今日の少子化の流れをいちはやく察知して、先手を打ってくださいました。
 「少子化が進む時代だからこそ、『一人』が大事である。『一人』を徹底して大切にしていくことである。後継の一人一人が、『一騎当千の人材』に育ってこそ、平和の未来は盤石となるのである」と指導してくださいました。私たちも、今まで以上に「一人」を大切にしていきます。
名誉会長 どこまでも真心です。情熱です。誠実です。根本は「必ず自分以上に立派な人材に育てるのだ」との強き祈りです。
 子どもが見ているのは、担当者の「心」であり、「生き方」です。「真剣さ」です。
 私も青年時代から、あらゆる機会を使って、学会っ子を励ましてきました。会合で個人会場を訪れた際には、必ず提供者の方に御礼を述べるとともに、その家のお子さんに声をかけてきました。
熊沢 先生の奥様も、幼き日、牧口先生を、座談会の会場だったご自宅にご案内した未来部の“第1期生”です。さらに奥様は、女子部時代、会合などで、お母さん方に連れてこられた子どもたちに、本を読み聞かせて励まされるなど、まさに「21世紀使命会」の大先輩でもあります。
名誉会長 「子どもは未来の宝だ。未来からの使者だと思って大事にしなさい」──これが戸田先生の指導でした。私も妻も、このご指導通りに行動してきただけです。
河本 上越教育大学の森島慧名誉教授も、学会の人材育成を評価してくださり、「子どもの発達段階において、20代、30代の青年層の方が、就学期の子どもたちとかかわり、良き兄、良き姉として相談等にものっていることは、大変に重要なことだと考えます」と語られました。
名誉会長 良識ある方々は、本当によく見てくださっている。殺伐とした社会にあって、未来の世代を徹して大切にする学会の連帯は、ますます希望と輝いています。
佐藤 先生から、「21世紀使命会」と命名していただいて、今年で15周年。先生は同会の友に、「21世紀の広布の指導者を育てる皆様こそ、最高の使命の人であり、大功労者である」と激励してくださいました。
名誉会長 人材を育てた人こそが真の人材です。太陽の温かな光があればこそ、万物は成長できる。太陽とは「希望」です。「勇気」です。「慈愛」です。
 使命会の皆さんは、ますます意気軒高に未来部員を照らす「太陽」と輝いてほしい。
 人の何倍も忙しいし、思うようにいかないことも多々あるでしょう。でも、太陽は、何があろうとも、平然と悠然と昇る。わが使命の軌道を、迷わず惑わずに進む。
 大聖人は「法華経は日輪のごとし」(同1114㌻)と仰せです。わが胸中に、何ものにも負けぬ常勝の太陽を赫々と昇らせていくのです。

勉学は世界への翼
未来部から英知の陣列を
世代間ギャップはどうすれば?
世代が違うから意味がある。大きな視野に立ち、良き兄・姉として助言を
子どもたちの心を「明るく」「軽く」!
無限の可能性を開く力に
御聖訓「法華経の命を継ぐ人」を育成


家庭教育へのアドバイス
(1)信心は一生。今は勉学第一で
(2)子どもと交流する工夫を  
(3)父母が争う姿を見せない  
(4)父母が同時には叱らない  
(5)公平に。他の子と比較しない
(6)親の信念の生き方を伝える 


熊沢 未来部には、担当者の励ましをきっかけに飛躍したメンバーが多くいます。
 私自身、中学3年生の時に大きな転機がありました。創価高校の受験を考えてはいたものの、勉強が思うように進まず、あきらめかけていた時に、担当者の方が激励してくださったのです。
 「可能性がある限り、絶対にあきらめちゃだめだよ!」──その言葉に奮起して、真剣に勉強を開始できました。今でも深く感謝しています。
名誉会長 創価大学や創価学園を受験してくださった皆さん、また、入学された皆さんの陰に、どれほど多くの方々の激励や支えがあるか。私は、創立者として心から感謝を申し上げたい。
 若い伸びゆく命にとって、真心の一言の励ましは、成長を加速する勢いになります。
 日蓮大聖人は、「人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである」(同1574㌻、通解)と仰せです。
 大切なのは、未来部の友が前へ進めるように、自分の可能性を発揮できるように、励ましていくことです。心を「軽く」してあげることです。「強く」「明るく」してあげることです。
 たとえ会えなくても、電話の一言で、目の前の壁が破れることもある。一通の置き手紙が、その人の人生を変える場合だってある。
河本 特に、大学や高校等への進学を目指すメンバーにとっては、大事な時期に入ります。家族はもちろん、青年部の担当者も、受験生への温かな激励を心がけていきたいと思います。
名誉会長 受験生は、大人が思う以上に、大きな重圧や不安と戦っているものです。
 大歴史学者のトインビー博士は、難関の試験を前に、重圧で押しつぶされそうな時、両親の励ましが支えになったと振り返っておられました。
 「ベストを尽くせばいいんだ。それ以上のことは誰にもできはしない」と。
 伸び伸びと自分らしく力を出し切っていけるように、聡明な応援をお願いします。

「日本第一の智者に」
佐藤 「戸田大学」に学ばれた池田先生は、五大州の最高学府から295もの名誉学術称号を受けてこられました。まさに、世界一の知性の宝冠です。
 私たちは今、誉れある「池田大学」の一員として、先生から一番大切なことを教えていただいています。先生に続いて、創価の青年は、世界最高の英知の陣列を築いてまいります。
名誉会長 「学は光なり」。これが、大教育者であられた牧口先生、戸田先生の心です。この猛暑のなか、創価大学では、夏期スクーリングが行われ、通信教育部の方々が真剣に学ばれています。
 海外からも多くいらしている。これほど尊い向学の姿はありません。
 いわんや、未来部の皆さんにとって、学ぶことは、かけがえのない権利です。特権です。
 勉強をすれば、自分の視野が広がる。活躍の舞台が大きくなる。今まで見えなかった世界が、はっきりと見えてくるようになります。大空から大地を見渡す「翼」を手に入れるようなものだ。
 ゆえに、今は大いに学んでもらいたい。良書を読んでもらいたい。できることなら、大学へも進んでもらいたい。
佐藤 「自分は大学へ行けなかったけれども、君にはぜひ行ってもらいたい」──担当者の熱い励ましで、進学を決意した未来部員もいます。
名誉会長 本当に尊い。真の人間教育者の励ましです。
 大聖人は12歳の時から、「日本第一の智者となし給へ」(同888㌻)と誓われました。この誓願が、日蓮仏法の出発点になっています。
 この大聖人に直結しているのが、創価学会未来部の誇り高き「勉学第一」の道です。
 「御義口伝」には「此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり」(同780㌻)と仰せです。「普賢」すなわち「普く賢い」リーダーが世界の広宣流布を推進していくのです。
 今日、未来部の友が学び、力をつけることは、明日の人類の希望を広げることです。
熊沢 はい。私たち自身が、未来部の友と一緒に、はつらつと学び、仏法の智慧を社会へ発揮してまいります。
 今、子どもが直面する問題は、いじめや不登校、引きこもりなど、ますます複雑で難しくなっています。
名誉会長 80年前、牧口先生は、『創価教育学体系』の発刊に際して、ご自身の真情を綴られておりました。
 “一千万の児童や生徒が修羅の巷に喘いでいる現代の悩みを、次代に持ち越させたくないと思うと、心は狂せんばかりで、つまらない毀誉褒貶などは私の眼中にはない”
 わが教育本部の先生方も、この心を心として、本当に大変ななか、第一線の現場に飛び込んで、奮闘されています。一つ一つの課題を打開しゆく尊い「教育実践記録」も、4万事例を超えました。全国各地の「教育相談室」も、退職教員の集いである「教育名誉会」の方々も、模範の依怙依託の存在と光っています。
 学校だけではなく、家庭も、地域も、社会も、子どもたちの幸福のため、教育力を高めていくことが大切です。
 アメリカの未来学者のヘンダーソン博士も、「子どもたちのために奉仕する愛情と情熱を、社会全体に蘇らせる必要がある」と語られていた。
 その先駆の模範が、地区や支部が一体となって、子どもたちを見守り育む、学会家族の世界です。

1ミリでも前へ!
河本 本当にそうですね。ある地域で、5年に及ぶ不登校を乗り越えた、母と子のリレー体験をうかがいました。
 息子さんは貝のように口を閉ざし、何もしゃべらない日々が続いた。しかし、お母さんは、先生の「夜は必ず朝になる」との指導と先輩の励ましに勇気を奮い起こし、一心不乱に題目をあげました。学会活動にも、どんどん積極的に飛び出していった。
 そして、その日のことを、息子さんに語って聞かせたといいます。すると、ぽつりぽつりと口を開くようになり、やがて笑顔が戻り、ついには「大学に行きたい」と言い出すまでになった。
 夢を実現し、今、創価大学の大学院で学ぶ彼は、先生の『青春対話』の一節を大切にしています。
 「もがきながら、題目をあげ、1ミリでも2ミリでもいいから、何か前へ進む。そうやって生き抜いていけば、あとで振り返って、ジャングルを抜けたことがわかる」と。
名誉会長 私もうかがいました。このお母さんは一番、苦しい時に、「必ず乗り越えて、いつか同じ悩みを持つ人を励ましていこう」と決めておられた。だから強かった。
 そして、今、その通りに、地域の子育てのネットワークの要となって、皆を励まされています。
 ここに、仏法の「願兼於業(願、業を兼ぬ)」という、宿命を使命に変えていく生き方があります。
 経済苦や病気など、どの家庭にもそれぞれの課題があるでしょう。御書には、それは「十羅刹女が信心を試しているのであろう」(同1544㌻、通解)と説かれています。
 どんな難問に直面しても、臆してはならない。いよいよ、自分の信心が試されているのだと心を定めて、勇敢に立ち向かうことです。必ず変毒為薬して、大きく境涯を開くことができるからです。
佐藤 学会家族には、こうした黄金の体験が、無数にあります。内外の友に、功徳の体験を大いに語っていきたいと思います。
名誉会長 時代は、仏法を強く深く求めています。大聖人は「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(同1361㌻)と仰せです。
 青年部は大確信に燃えて、新しい広宣流布の拡大の波を起こしていただきたい。
熊沢 はい。私たち池田華陽会も、最高に充実した朗らかな青春の道、そして最高に価値ある幸福な人生の道を、同世代の友に自信満々と語ってまいります。
佐藤 悪縁の多い時代にあって、創価の対話こそ善縁の拡大です。
 今は携帯電話やパソコンによるメールやインターネットを介した犯罪に、未成年が巻き込まれるケースも増えています。大切な未来部員や青年部員が、事件や事故に絶対に巻き込まれないよう、皆で注意していきたいと思います。
名誉会長 大聖人は、末法悪世の乱れた人心を「虎のごとし」(同1217㌻)と述べておられる。
 とくに現代は、凶悪な犯罪や、これまでの常識が通用しないような事件も多い。日ごろから、地域や家庭で注意を呼びかけていくことが重要です。「心にふかき・えうじん(用心)あるべし」(同1176㌻)です。油断は大敵です。根本は、真剣な日々の勤行・唱題です。

まず話を聞くこと
河本 ところで、未来部と接するなかで、「どうしても世代間ギャップを感じてしまう」という担当者の声もあります(笑い)。
名誉会長 そうだね。ただ、君たちが未来部員だった時の担当者の方々も、きっと同じ悩みを持っていたと思うよ(笑い)。
 でも、世代が違うからこそ、子どもたちに伝えられることがある。
 学校では、だいたい同じ年齢の友人たちとの付き合いしかないのが普通です。
 そうした中で、社会経験もあり、一回り大きな視野に立つ先輩の意見やアドバイスは、本当に貴重です。教育の面でも、社会的に見ても、実に深い意味があります。
 良き兄、良き姉として、話をじっくりと聞いてあげることです。まず、こちらが心を開いて仲良くなることです。
 難しく考えることはありません。仏法は本有無作です。広宣流布へ邁進する、ありのままの大情熱を誠実に伝えていけばいいのです。
佐藤 池田先生が今、対談を進めておられるアメリカの歴史学者のハーディング博士も、語られていました。
 「大人や教師が、失意や焦燥の中で、子どもたちに接しなければならない場合もあるでしょう。しかし、それ自体も、格好の教育環境となるのです。つまり、子どもたちに、大人がそうした困難をどう乗り越えていくかを見せてあげる好機となるからです」
名誉会長 子どもたちは本当によく見ている。大空へ伸びゆく若木のように、太陽の希望の光を求めている。心を満たす豊かな滋養を、真剣に求めています。だから、スポンジのような吸収力を持っている。グングン成長していくんです。
 前にも申し上げた通り、大聖人は、南条時光を未来部の年代から、何度も何度も激励しておられました。
 若くして父を亡くした時光に、まさに慈父のごとく、一人の人間としての大成を願われて御指導されています。
熊沢 時光が大聖人から賜った御手紙は、御書全集で30編を超えます。
名誉会長 その一編一編が、未来部にとっても永遠の指針です。
 「親によき物を与へんと思いてせめてする事なくば一日に二三度え(笑)みて向へとなり」(同1527㌻)とも、こまやかに教えてくださった。子どもが微笑んでくれるだけで、親はうれしいものなんだよ(笑い)。
河本 「親孝行」は、先生から繰り返し教えていただいた、未来部の合言葉です。
 
三世に輝く王者に
名誉会長 大聖人は、未来を担いゆく時光に期待されるがゆえに、信心の姿勢については厳しく御指導された。
 10代の時光に、退転者、反逆者の名前を列挙されて、その師敵対と破和合僧の本質を教えてもおられます。
 「日蓮が弟子にせう房と申し・のと房といゐ・なごえの尼なんど申せし物どもは・よくふかく・心をくびやうに・愚癡にして・而も智者となのりし・やつばらなりしかば・事のをこりし時・たよりをえて・おほくの人を・おとせしなり」(同1539㌻)
 要するに「貪欲」「臆病」「愚癡」「増上慢」に心を食い破られた人間であると。
 後継の若き生命に、正義と真実を鮮烈に刻みつけていかれたのです。この御指導を受け切って、時光は悪と戦い、同志を守る破邪顕正の指導者へ成長していきました。
 弟子が師弟不二の正義に奮い立った時、令法久住の道が開かれるのです。
熊沢 長い目で見守ってくださる師匠のまなざしほど、ありがたいものはありません。高等部の代表で結成された鳳雛会、鳳雛グループの方々が、結成25周年(1991年)の夏にお届けした記念文集に、池田先生は揮毫してくださいました。

 「鳳雛会 永遠に万歳
  勝利の旗高く 万歳 合掌」

 「学会と同志のために
  戦い尽した勇者は
  人間として
  また正義の人として
  三世に輝きわたる
  幸福と勝利の王者なり」

 この言葉の下には、舞い飛ぶ、たくさんの鳳雛の絵を描いてくださったのです。
名誉会長 人を「育てる」ということは、その人のことを「祈り続ける」「励まし続ける」ことです。一人一人が鳳雛から大鳳へ立派に成長していく晴れ姿を見守る。これほどの喜びはありません。

自身の成長が根本
佐藤 今年の未来部躍進月間では「家庭における信心の継承」も重要なテーマです。未来部の子どもを持つメンバーからは、どのように信心を継承していけばいいか、相談を受けることがあります。
名誉会長 かつて私は、家庭教育へのアドバイスとして大要、次の点を挙げました。

 1、信心は一生。今は勉学第一で。
 2、子どもと交流する日々の工夫を。
 3、父母が争う姿を見せない。
 4、父母が同時には叱らない。
 5、公平に。他の子と比較しない。
 6、親の信念の生き方を伝えよう。

 子どもたちは、一人一人が無限の力を秘めている。かけがえのない豊かな個性を持っています。朗らかに自信をもたせ、ほめて伸ばしてあげてほしい。
 ともあれ、信心の継承といっても、根本は親自身が信心で成長する以外にない。「信心の偉大さ」「学会の素晴らしさ」を、自らの躍動する姿で快活に示していくのです。
 戸田先生は「子どもは、いつも理想をもって引っ張っていってあげなさい」と語られていた。子どもたちに自分の理想を誇りをもって語れる。こんな素晴らしい親から子への贈り物はありません。
 大聖人は、門下のお子さんの誕生を寿がれて「現世には、必ず跡を継ぐ親孝行の子であり、後生には、この子に導かれて仏になられるであろう」(同1123㌻、通解)と仰せです。
 学会家族にあっては、地域の未来部が、みな、わが子に等しい宝です。やがて迎える2030年、創立100周年のその時、今の未来部のメンバーは、さっそうと若きリーダーに成長していて、口々に語ることでしょう。
 ──自分の今があるのは、あの時に励ましてくれたお兄さん、お姉さん、また、地域のおじさん、おばさんたちのおかげだ、と。
 そして深き恩返しの心で、今度は、その時の未来部の友を真剣に育てていってくれるに違いない。地涌の友から、次の地涌の友へ、「法華経の命を継ぐ人」(同1169㌻)のリレーが続きます。
 壮大な師弟の魂の継承がある限り、創価学会は万代に栄えます。広宣流布の松明は、万年へ燃え続けます。
 「正義の走者」「勝利の旗の走者」である未来部、そして青年部の皆さんに、私はあらためて心から申し上げたい。「21世紀の創価学会を、よろしくお願いします!」と。

トインビーについての引用は山口光朔・増田英夫訳『A・J・トインビー 回想録I』社会思想社から。
2010-08-15 : 御書と青年 :
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御書と青年 12 不軽の不屈の精神

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 12 不軽の不屈の精神
      (2010.6.30付 聖教新聞)

英知と情熱で歴史の大転換を!
民衆奉仕の指導者に
「どうせ無駄だ」の決めつけは無慈悲
我らは不軽の勇者!
粘り強く 真剣に 誠実に語れ
不軽菩薩の実践
人間尊敬の哲学の復興へ
「断じて戦い続ける」
「人の振る舞い」こそが仏法実践の肝要です。相手の生命を変える力です


佐藤青年部長 「広布に走れ」──池田先生からいただいた歌のままに、青年部は勇んで戦い、走っています。
 この6月30日は、学生部の結成記念日です。今年で結成53周年。創価の知性のスクラムは五大州に広がりました。
 男子部も、女子部も、「池田大学」に学ぶ誇りを胸に前進しています。
池田名誉会長 若き地涌の英知光る君たちの成長が、世界の希望です。
 「一切の法は皆是れ仏法なり」(御書564㌻)と説かれています。
 学問の探究においても、社会への貢献においても、わが創価の英才たちは、世界中で、勝利の実証を堂々と示している。これほど、うれしいことはない。
 私が世界の大学と友情を結び、交流を進めているのも、君たちが胸を張って活躍しゆく平和の大道を開くためなのです。
大山女子学生部長 ありがとうございます。
 私たち女子学生部は、先生の弟子として、世界中に知性と正義の連帯を広げてまいります。
名誉会長 戸田先生が学生部を結成された目的は何か。それは、真に民衆に奉仕し、人々を幸福と勝利へリードする、力ある指導者を育成することにあります。
 指導者と権力者の違いは、どこにあるか。権力者は民衆を見下し、青年を利用する。それに対し、真の指導者は民衆を敬い、青年のために手を打ち、青年を育成する。
 本来、民衆の幸福を第一義とすべき指導者たちが、権力の魔性に狂って、傲り高ぶり、多くの人々の幸福を踏みにじってしまった。軍国主義の日本が、その最たるものだった。
 この顛倒が、これまでの痛恨の歴史です。その大転換を、戸田先生は妙法の学徒に託されたのです。
宮尾学生部長 今でも、口では立派そうなことを言いながら、結局、自分たちの保身ばかりを考え、庶民を愚弄し、利用するエリートが多く見受けられます。

尊き婦人部に感謝
大山 アメリカ建国の指導者ジョージ・メイソンも「すべての権力はもとより民衆に授けられており、ひいては、民衆から生じている」と述べています。
名誉会長 どこまでも民衆が根本です。御書には、「王は民を親とし」(同1554㌻)と仰せです。
 指導者は、民衆を父と思い、母と思って、大切にし、尽くしていくべきだと教えておられるのです。
 さらに、指導的立場にありながら「民の嘆きを知らなければ悪の報いを受ける」(同36㌻、趣意)という厳しい戒めもあります。
 社会的な地位があるから、有名な大学を出たから偉いのか。そうではない。
 一番偉いのは、友の幸福のため、地域の繁栄のため、平和のために、来る日も来る日も行動を貫いている庶民です。広宣流布のために戦っている皆さんのお父さん、お母さん方です。学会の大先輩方です。
 この尊き方々の一心不乱の戦いで、世界的な創価学会ができあがった。
 若き皆さんは、その大恩を忘れず、庶民に尽くし抜く大指導者に成長してもらいたい。そのための学問です。信心です。青春の薫陶です。
宮尾 私には、忘れられない一つの原点があります。
 私はアメリカ創価大学に入学する前、モンタナ州の大学で学びましたが、授業についていけず、友人もできず、散々でした。悩んで帰国さえ考えていた時、草創から戦ってこられたアメリカの婦人部の方に激励されました。
 「だらしないわね!
 あなたは日本にいた時は、両親の信心で守られてきたのよ。今度は自分の信心で、しっかり立ちなさい!」と。
 強烈でした(笑い)。そこから本気になって信心と勉学に挑戦しました。アメリカ創価大学へ入学を志し、弘教も実らせることができました。
名誉会長 ありがたいね。婦人部が強く、偉大なのは、万国共通だ(笑い)。
 婦人部には深い信心の体験がある。だから確信の深さが違う。
 私とともに、幾多の三障四魔を乗り越え、広宣流布の道なき道を開いてきてくださった尊い宝の方々です。
 どんなに悪口を言われようと、雨の日も風の日も、炎天下の日も、健気に対話に駆けてこられた。
 その姿は、まさしく法華経に説かれる「不軽菩薩」の行動と重なります。
 御聖訓に「法門の故に人にも・あだまれさせ給ふ女人、さながら不軽菩薩の如し」(同1419㌻)と仰せの通りです。
 今回は、この不軽菩薩をテーマに語らいを進めたら、どうだろうか。青年部の目指すべき言論戦の原点も、この不軽の精神にあるからです。

自ら歩み寄って
佐藤 不軽菩薩といえば、常不軽菩薩品第20に登場する菩薩ですね。一切衆生に仏性があるとして、会う人ごとに「二十四文字の法華経」を唱えて礼拝しました。
 それは「私は深く、あなた方を敬います。決して軽んじたりしません。その理由は、あなた方は皆、菩薩道の実践をして、必ず仏になることができるからです」という内容の経文です。
名誉会長 そうだね。ここには、根本的な対話のあり方が示されています。
 不軽菩薩は、万人の生命に内在する仏性を礼拝し、「二十四文字の法華経」を語った。遠くにいる人に対しても、自分から歩み寄って、語りかけていった。
宮尾 じつにバイタリティーあふれる行動力です(笑い)。
名誉会長 しかし、増上慢の衆生は、この不軽菩薩に反発し嘲笑する。
 法華経の「万人が仏である」との絶対尊厳の哲学が、信じられなかったからです。
 人々は不軽菩薩に対して杖木瓦石をもって迫害する。それでも不軽は、決して礼拝行をやめない。皆を決して軽んじない──ゆえに「不軽」「常不軽」というのです。
宮尾 どんなに非難され、迫害されても、修行をやめなかったのですね。
名誉会長 そこが不軽の偉大さです。増上慢の人々の所に勇敢に飛び込んでいく。絶対にあきらめない。戦いをやめない。粘り強いのです。
 これは「受け身」で、できる行動ではありません。
 大聖人は「彼(=不軽)は初随喜の行者」(同1277㌻)と仰せです。
 「初随喜」とは、仏の滅後に法華経を聞いて随喜の心を起こした人の位です。
 そこには、最極の正義にめぐりあった、真実の喜びがあった。だからこそ「不退」だった。いうなれば、青年部であり、学生部・女子学生部の君たちに通じます。

絶対無事故で進め
佐藤 私たちは、常に「初心忘るべからず」で行動を貫いてまいります。
 それにしても、不軽は実に賢明です。相手が、杖木瓦石で迫害してこようとすれば、いったん走って避ける。そして遠くから、「二十四文字の法華経」を大きな声で叫びます(笑い)。
名誉会長 そうです。揺るぎない正義の信念に徹しているからこそ、快活であり、柔軟なのです。
 今は五濁悪世の時代です。ずる賢い悪人も増えている。騙されてはならない。悪事に巻き込まれてもならない。
 決して悪縁を近づけさせない聡明さを、青年は鋭く持たねばならない。強く賢くなることだ。
 「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(同1169㌻)と御書にも仰せです。特に女性は、心に隙をつくらないで、絶対無事故をお願いしたい。
大山 はい。常にご指導をいただいている帰宅時間などについても、皆で注意し合って気をつけてまいります。
宮尾 池田先生と対談されたネパールの著名な仏教学者シャキャ博士は、こう語られました。
 「不軽品に登場する常不軽菩薩は、すべての人に仏性ありとして、礼拝行を貫きました。あらゆる生命存在の仏性を確信し、それを開いていく行動──。人格完成のための最高の哲学が、ここにあります」と。
 そして、この菩薩道を現代に展開しているのが、池田先生の指導されるSGI(創価学会インタナショナル)であると指摘されています。
名誉会長 博士は、釈尊生誕の国ネパールを代表する知性です。博士と語りあったことは忘れられません。
大山 不軽菩薩は、なぜ迫害にあいながらも不屈の実践を貫いたのでしょうか。
名誉会長 不軽菩薩が活躍したのは、威音王仏の像法時代の終わりです。仏の真実の教えが忘れ去られ、「増上慢の比丘」が充満していた。
 不軽菩薩は、混沌とした社会にあって、「仏の教え」の肝要に自ら歓喜し、人々にもそれを蘇らせようとしたと考えられる。
 「仏の教えを隠没させてなるものか!」「仏の教えの通り、あらゆる人を救い切っていくのだ!」――この人間としての切なる思いが、不屈の実践の原動力となったのではないだろうか。
 シャキャ博士が言われていたように、不軽菩薩の実践には「人間復権」の大哲学があります。
 創価の師弟の運動も、末法という濁世にあって「人間尊敬の大哲学」を復興しゆく戦いです。
宮尾 だから、「人間を軽賤する」「生命の尊厳を軽んじる」勢力との闘争が必然になるのですね。
名誉会長 そうです。正しいからこそ、圧迫される。中傷される。
 これに打ち勝ってこそ、真の「立正安国」が実現できる。民衆の団結の力で平和と共生の世界を築いていくことができるのです。
佐藤 学生部結成の日、先生は北海道の地から、祝福の電報を打ってくださいました。「夕張炭労事件」の渦中でした。
 この結成の日に、大阪府警は、まったく無実の先生に出頭の命令をしてきたのです。「大阪事件」の勃発です。
宮尾 かつて先生は関西の学生部の代表に「出獄と 入獄の日に 師弟あり」「七月の 三日忘れじ 富士仰ぐ」と贈ってくださいました。
 学生部の永遠の根本精神としてまいります。

「振る舞い」で決まる
名誉会長 正義の革命児は、怒濤の人生を恐れなく、まっしぐらに進むのです。
 不軽菩薩は、増上慢の勢力にも怯まず、非暴力を貫いた。それは、人間としての最高の行動である「人を敬う振る舞い」にほかなりません。
大山 この「一人を大切にする」振る舞いが、法滅の時代を変えていったのですね。
名誉会長 大聖人は、「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(同1174㌻)と断言されています。
 「人の振る舞い」こそ、仏法実践の肝要です。この振る舞いが相手の生命を変える。
 どこまでも「誠意」です。
 全身全霊の「情熱」です。
 ひたむきな「真剣」です。
 その根本は「勇気」です。
 それでこそ、人々の心を大きく動かしていくことができる。不軽菩薩も、信念と誠実を貫いて、最後は勝利した。
佐藤 はい。不軽菩薩自身は、「六根清浄」という大功徳を得て、寿命を「二百万億那由他歳」という長きにわたって延ばします。そしてこの不軽が後に釈尊となります。
 さらに御書には「不軽菩薩を罵打し人は始こそ・さありしかども後には信伏随従して不軽菩薩を仰ぎ尊ぶ」(同1125㌻)とあります。
 最終的には、迫害した側も、自分たちの誤りに気づいていくのです。
名誉会長 勇気と誠実と忍耐の勝利です。
 「御義口伝」には「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(同769㌻)とあります。上慢の四衆の仏性は、実は不軽菩薩を礼拝していると仰せなのです。
 私たちが、相手の仏性を尊敬して対話をした時、たとえ、その時は反発されたとしても、相手の仏性は実は私たちの仏性を礼拝しています。
 私たちが誠実に語った分だけ、仏種が植えられ、必ず相手の生命も変革への一歩を始めているのです。
 勇気をもって語れば、こちらの仏性も強く現れる。相手の仏性も薫発される。
 私たちの対話は、お互いが心豊かになり、「自他共の幸福」を開き、「皆が勝者」へと前進しゆく行動なのです。
 「広宣流布」即「世界平和」の推進も、私たちのたゆみない対話の繰り返しの中にしかありません。

祈りを込めた対話を
大山 本当に地道な戦いだと思います。
名誉会長 そう。地道といえば、これほど地道な労作業もない。しかし着実に、そして確実に相手の生命は変革されます。それが「下種仏法」の対話の力です。
 大聖人は仰せです。
 「少しも恐れなく法華経を弘め続けたので、今は日本国の人びとの中にも、『日蓮の言うことが道理かもしれない』と言う人もあろう」(同1138㌻、通解)と。
 君たちの若き対話の力が、広宣流布を大きく前進させることは間違いありません。
宮尾 はい。私たちは、ますます自信満々と対話に邁進してまいります。
名誉会長 人間は必ず変わる。それを「どうせ話しても無駄だ」と決めつけてはいけない。決めつけは無慈悲に通じてしまう。これが不軽の精神なのです。
 戸田先生は言われました。
 「祈りを込めた対話には、必ず強い強い仏の力がこもる」「折伏すれば信用が残る」
 さらに先生は、青年に、「一人の強き生命力が、多くの人の生命に影響を与え、よりよく変えることができる。この働きを最も確実に推進する力が妙法なのである」と語られました。
 君たちの勇気の声は、清々しい波動を広げる。そして、信頼を深めるのです。
佐藤 はい。広宣流布の対話の渦のなかで、断じて勝利を開いてまいります。
名誉会長 それでこそ、現代の不軽菩薩です。
 あらためて言えば、「万人が尊極の存在である」という真実が見失われ、増上慢の勢力が充満している時代に不軽菩薩は出現した。そして、「人間尊敬の哲学」の力で人々の生命を変えていった。
 現代にあって、友の幸福のために生き抜く学会員の姿は不軽菩薩と同じです。その不軽の勇気を青年部は受け継いでいってもらいたい。
 21世紀の勝利はすべて、青年の手にかかっている。君たちの「不軽の不屈の精神」で、民衆凱歌の新時代を威風堂々と勝ち開いていってもらいたいのです。
2010-07-01 : 御書と青年 :
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御書と青年 8/9 御書根本の常勝

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 8/9 御書根本の常勝
       (2010.5.26/30付 聖教新聞)

確信の講義が「大阪の戦い」の原動力に
不屈の関西魂を燃やせ


創価の師弟が大聖人の御遺命を実現
大難を越えて全世界に妙法流布


熊谷関西青年部長 このたびは、中国最高峰の名門・清華大学から「名誉教授」称号のご受章、誠におめでとうございます!
 平和友好の壮大なご貢献を讃嘆する歴史的な授与式に、関西青年部の代表も参加させていただきました。本当にありがとうございました!
池田名誉会長 ありがとう! わが創価の青年の意気軒高のスクラムを、清華大学の顧秉林学長はじめ先生方も、感嘆されておりました。
 すべて、戸田先生に捧げゆく栄誉です。私が今日あるのは、一切、「戸田大学」の薫陶のおかげだからです。
 戸田先生から私は、万般の学問と最高の人間学を学ばせていただいた。根本の哲学と究極の社会貢献の道を教えていただいた。
 こんなにありがたい師匠はおりません。私は、先生から教わった一切を、君たちに伝えたい。
川島関西女子部長 私たち関西女子部は昨年から、「御書で勝て! 関西池田華陽会」を合言葉に、先生の講義を学び、実践しています。この「行学の二道」の息吹の中から、新しい人材が陸続と育っています。
 関西は断じて勝利します!
名誉会長 関西はいいね! 何よりも、元気だ。
 関西は私の手づくりです。青春の大舞台です。関西と聞けば懐かしい。心が躍る。胸が熱くなります。
 常勝関西こそ、創価学会の心臓部であり、柱です。関西は、いかなる大難も私と共に乗り越え、勝ち越えてきた「師弟不二の錦州城」です。
古屋関西男子部長 はい! 先生が死身弘法で築き上げてくださった大関西を、私たちが断固として受け継いでまいります。
 関西男子部の一般講義も、関西約170会場で1万数千人の精鋭が参加する大行事になりました。また、部長、本部長などを対象に、人材グループとして「常勝教学大学校」を結成し、池田先生の教学著作を学んでいます。
熊谷 男女学生部も「教学大学校」などで仏法即社会の哲理を研さんしています。
 先生が教えてくださった最強無上の「法華経の兵法」で、関西青年部は、勝って、勝って、勝ちまくります!

わが力を千倍万倍に
名誉会長 昭和31年(1956年)も、関西の友は私と一緒に御書を拝し、御書のままに戦った。そして御書の通りに勝った。
 御書は、希望の源泉です。
 御書は、歓喜の音律です。
 御書は、勇気の宝剣です。
 御書は、正義の旗印です。
 御書は、平和の光源です。
 御書は、師弟が永遠に常勝しゆくための経典なのです。
 日蓮大聖人は、「信力の故に受け念力の故に持つ」(御書1136㌻)との天台大師の一文を引いておられる。正法正義を受持することこそが、人間として最極の信念なのです。
 民衆が正しき生命哲学を学べば、恐れるものはない。青年が立正安国の信念に立てば、無敵です。
 御書を心肝に染め、絶対の大確信に立って前進する民衆のスクラムは、誰も止めることはできない。
川島 錦宝会(多宝会)の先輩方から、先生の烈々たる御書講義の波動で、関西本部が軍艦のように揺れたとうかがっています。先生は、御書根本の闘争を、全関西に植え付けてくださいました。
名誉会長 戸田先生は、よく言われました。
 「御書には、一切の肝要が完璧に記されている。妙法という最高の価値観に立てば、何ごとであれ、どう進めばよいかがわかるのだ」と。
 御書の一文字一文字には、御本仏の燃え上がるような民衆救済の大情熱が脈打っています。
 御聖訓には、苦悩の底にある人々を蘇生させ、幸福へと立ち上がらせる大慈悲と大哲理が光り輝いている。
 御書には、人生と広宣流布の勝利への「方程式」が記されている。妙法の「将軍学」が厳然と留められている。
 「正義によって立て! 汝の力、二倍せん」とは、先哲の箴言である。
 御書を根本とすることは、人間として最も強く、最も深く、最も尊い正義の中の正義によって立つことです。
 汝自身の力を百倍にも、千倍、万倍にもすることができる。全人類の幸福と未来を開く広宣流布の闘争に勝利していくことができるのです。
 大聖人は法華経を身読なされました。
 その大聖人に直結して、御書を身で読まれたのが牧口先生であり、戸田先生です。これが創価の師弟の誉れです。

「不可能」を「可能」に
古屋 牧口先生は、妙法流布のゆえに、国家権力の弾圧を受け、投獄されました。獄中で、「立正安国の旗」を掲げて最後まで戦い抜かれ、殉教されました。
名誉会長 「開目抄」には「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(同232㌻)との大聖人の烈々たる叫びが記されています。牧口先生は、この御書の一節に赤の傍線を引いておられた。
 まさに、大聖人の仰せのままに、身命をなげうって広宣流布に生き抜かれたのです。そして戸田先生は、この牧口先生に、最大の感謝の心でお供し、2年間の獄中闘争を戦い抜かれました。
熊谷 池田先生は、関西で法難を一身に受け切られ、戸田先生を守り通されました。あらゆる三類の強敵を打ち破って、今日の世界広宣流布の基盤を築いてくださいました。私たちは、いかに感謝しても、感謝しきれません。
名誉会長 「撰時抄」では、「法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(同265㌻)と、末法における世界広布が断言されています。創価学会は、大聖人の仏法を世界192カ国・地域に流布し、この未来記を現実のものとしました。
 御聖訓に違わず、三障四魔に打ち勝って、世界広布を進めている仏意仏勅の団体は、創価学会しかありません。
 だから、功徳も大きい。
古屋 不可能を可能とした「大阪の戦い」は、まさしく「御書の偉大さ」「妙法の大功力」を現実社会に示しゆく戦いでした。
名誉会長 戸田先生は宣言されました。
 「妙法を持って努力してゆけば、必ず人間革命できる。広宣流布はできる。御書には、そのことが記されているのだ。あとは決意と実践だ」
 このことを、「大阪の戦い」に参加した同志が、一人一人、証明してくれました。

広布の母は人類の宝
名誉会長 「大阪の戦い」の時、みんなは、まだ生まれていないね(笑い)。家族の中で参加された方はいるかな?
川島 私の祖母は昭和30年に京都で入会し、「大阪の戦い」にも参加しました。一緒に入会した母は小学生でしたが、大闘争の熱気はよく覚えているといいます。
 じつは母は、入会前、耳が不自由だったんです。しかし、家族で学会活動に走り抜くなかで、耳がよく聞こえるようになりました。祖母も結核を克服するなど、大きな大きな功徳をいただきました。
 祖母と母は、私が小さいころから、先生と一緒に戦える喜びを私に語ってくれました。二人とも、今も元気に活動しています。
名誉会長 うれしいね。本当に立派なおばあちゃんであり、おかあさんです。
 大聖人は、けなげな女性の門下を讃え、こう仰せです。
 「日蓮よりも強盛の御志どもありと聞へ候は偏に只事にあらず、教主釈尊の各の御心に入り替らせ給うかと思へば感涙押え難し」(御書1126㌻)
 関西をはじめ、日本全国、そして世界中に、大聖人から讃嘆される偉大な「広布の母」たちがおられる。
 この方々こそ、学会の宝です。いな、人類の宝です。
古屋 私の祖父母も母も、草創の大阪支部の一員です。
 「先生のお役に立つ人材になりなさい」が口癖で、私を関西創価学園、創価大学に送り出してくれました。
 関西には、いずこにあっても、池田先生との原点を胸に、素晴らしい宿命転換の実証を示された先輩方がおられます。私たち青年を励ましてくださっています。
名誉会長 苦楽を共にしてきた関西の同志との絆は、三世永遠です。
 御書には、弟子の功労を「いつの世にか思い忘るべき」(1193㌻)と仰せです。
 関西が、どれほどの思いで「常勝の城」を築き、守ってくれたか。共に戦ってくれた全同志に、私と妻は毎日毎日、題目を送り続けています。

わが栄光の劇を!
熊谷 「大阪の戦い」に参加した先輩は、一様に「あの時は大変だったけど、本当に楽しかった」と言われます。「なんだか矛盾するような気もしますが、どういうことなんでしょうか」と、ヤング男子部の友が語っていました。
名誉会長 本来、「苦」と「楽」は一体なのです。
 真の「楽しさ」とは何か。それは「生命の充実」です。その充実とは、苦難と戦う中にこそある。
 労苦を厭わず、必死に祈って、壁を破る。勝利する。だから喜びも大きい。本当に楽しいのです。
 自分だけの小さな悩みで一喜一憂する青春では、あまりにも侘しい。
 広宣流布は、人類の幸福を勝ち取る大闘争です。ゆえに楽な戦いではない。しかし、「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(同788㌻)と仰せです。
 大仏法を実践し、自他共の幸福のために尽くしゆく喜びに勝るものはない。これ以上の充実はありません。
古屋 昭和31年1月5日、「大阪の戦い」の出発の地区部長会の折、先生は、緊張して固くなっている皆の様子をご覧になって、歌を歌い、舞うことを提案されました。参加された方々も、びっくりしたそうですね。
名誉会長 そうだった。皆、即興で自由奔放というか(笑い)、一生懸命、踊りを披露してくれた。おかげで雰囲気が一気に明るく弾けた(爆笑)。
 御書には「迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」(同1300㌻)と仰せです。
 学会歌の指揮も、この御書に則った在り方なのです。
 私は、大阪中、関西中の大地から、新たな地涌の菩薩を続々と誕生させてみせるとの一念で指揮を執りました。
 同じ戦うならば、地涌の菩薩としての誇りを胸に、悠然と舞うように戦うことです。創価という最極の青春の晴れ舞台で、栄光の劇を演じ切っていくのです。
 「一生成仏抄」には、「皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり」(同383㌻)とあります。
 広布の活動は、最後は全部、自分の福運となって返ってくる。必ず宿命転換ができる。これほど楽しく、これほど価値のある行動はない。
 とともに、笑いがあり、喜びがあり、感激の涙があるところに人は集まってくる。こういう機微が大事なのです。
 「戦いというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければいけない。そうでなければ、本当の戦いとはいえない」
 これも、恩師の指導です。

御聖訓 法華経の兵法をもちひ給うべし
御書は永遠の勝利の源泉
強き祈り 一念から無限の智慧が


目の前の一人に勇気を贈り、立ち上がらせる。そのための教学です

億劫の辛労を尽くし
川島 関西本部での早朝講義は、毎朝8時から行われたとうかがいました。参加者は大阪はもとより、関西各県から集われたといいます。
名誉会長 始発に乗って勇んで集ってくださった方もいた。皆、真剣だった。私も真剣勝負でした。だから「心」が一致し、無量の「力」が生まれたのです。
 いまだ信心をして日が浅い同志に、どうすれば、信心の偉大な功力を伝えられるか。億劫の辛労を尽くす思いで毎回の講義に臨みました。講義が終わると、皆、師子奮迅の力で飛び出していきました。
 朝の講義だけではない。あらゆる会合や個人指導で、御書を通して激励をしました。
 戦いのスタートにあたって、まず拝したのは、「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132㌻)との一節です。
 世間の常識から見れば不可能な戦いだったかもしれない。しかし「不可能を可能」にできるのが信心です。強盛な祈りです。題目です。皆の心に、その大確信を燃え上がらせたかったのです。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192㌻)
 これが大阪の大闘争において、私が一貫して訴え、そして自ら示したことです。
古屋 先生は御書を通し、「時に応じた指導」を自在にしてくださったと、先輩方は回想されています。
 メンバーの呼吸が合っていないと感じられた時には、「異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なし」(同1463㌻)の一節を拝して、団結を訴えられました。
 地域の中心者の一念が弱いと見抜かれた時には、「軍には大将軍を魂とす大将軍をく(臆)しぬれば歩兵臆病なり」(同1219㌻)の御金言を通して、リーダーを鼓舞していかれました。
名誉会長 学会の教学は「実践の教学」です。目の前の一人に、勇気を贈る。目下の課題を打開する智慧を湧き起こす。そして、仏の生命力を涌現させて、共に大勝利への道を開いていく。そのための御書であり、教学です。
 何としても、皆を奮い立たせ、勝たせたい。この強き一念で御書を拝し、率先して祈り、行動していく中で、「随縁真如の智」が滾々と湧き出てくるのです。
熊谷 先生は、それこそ大阪の全会員と会われたのではないかというくらい多くの方に、個人指導をされました。また夜中には手紙やハガキを書かれて、同志や拠点に送られています。
名誉会長 私は、できることは何でもやりました。
 戸田先生に断じて勝利のご報告をしたい。喜んでいただきたい。その一心で大阪中を駆けめぐった。
 師弟を根本に、御書を根幹に一人一人を励まし抜いた。だからこそ、勝利できた。それゆえに今の関西がある。
 若き君たちが、この道に続いてくれるかぎり、常勝関西の大発展は永遠です。
川島 以前、池田先生に私は、「どうすれば新入会の友に、師弟の精神を伝えることができるでしょうか」と質問させていただく機会がありました。
 その時、先生は「難しく考えることはないよ」と言われながら、「日ごろの触れ合いのなかで、一歩一歩、信心を教えていけばいい。先輩として、親しい友人として、ふつうに、ありのままに接していけばいいのです」と温かく語ってくださいました。
 「大切なのは、友の心を知り、時と場合に応じて語っていく、人間哲学者の直観の智慧である」とも教えてくださいました。私の原点となりました。
名誉会長 そうだったね。無理したり、背伸びをしたりする必要はないんだよ。
 大聖人の仏法では、成仏といっても特別な存在になるのではない。最も人間味あふれる人格が、仏の生命です。
 「九界即仏界」であり、「仏界即九界」です。信心したからといって、悩みや苦しみがなくなるわけではない。
 しかし、真剣に妙法を唱え、法のため、人のため、社会のために行動するなかで、「本有無作」のありのままの凡夫の身に、偉大な仏の境涯を現していける。久遠元初のわが生命を旭日のように光り輝かせていけるのです。
 「御義口伝」には、「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘と云う義なり」(御書759㌻)と説かれています。
 気取りや見栄など、いらない。人と比べて、自分を卑下してもいけません。
 最高に明るく伸び伸びと、自分らしさを発揮して、社会に貢献できるのが、正しき「自体顕照」の信仰です。
 ともあれ、女子部は一人も残らず、これ以上ないという幸せを勝ち取ってもらいたい。そのために教学がある。
 戸田先生は「女子部は教学で立て」と言われた。生命尊厳の哲理、平和と幸福の哲学に生きゆく青春ほど、気高く尊いものはありません。
 もちろん、男子部は手を抜いてもいいというわけではないよ(笑い)。男子部も「剣豪の修行」の如き錬磨を重ね、「実践の教学」で前進してもらいたい。
熊谷 はい! ヤング男子部も、学生部も、先生が教えてくださった「立正安国」の哲学を真剣に学び、社会をよりよい方向へ変革していこうと、若い世代に連帯を広げています。

共生の文明を創造
名誉会長 かつて戸田先生は東北のラジオ局のインタビューで、「創価学会に青年が多いのはなぜか」と質問されました。先生の回答は明快でした。「それは哲学が深いからである」と。
古屋 「哲学不在」の時代を開く学会の前進に、世界の識者も大きな期待を寄せてくださっています。5年前の春、池田先生に「名誉博士号」を授与されたパラグアイの国立イタプア大学のゴンサレス総長は語られました。
 「SGI(創価学会インタナショナル)の哲学は『世界の指針』といえます。より良い世界への変革は、池田博士の卓越した指導のもとに推進される『人間革命』によってのみ、実現可能です」と。
名誉会長 ゴンサレス総長は忘れ得ぬ信念の大教育者です。南米のパラグアイでも、わが同志は社会貢献に尊い汗を流しています。
 この大哲学の基盤こそ、御書です。御書は、人類の未来を開く智慧の宝庫です。戦争や暴力、差別や環境破壊といった、世界が直面する課題も突き詰めれば、人間自身、そして生命の問題に帰着する。
 大聖人の仏法は、その根本に光を当て、真の平和と共生の文明を創造しゆく英知を明かしているのです。
 「立正安国論」には、「若し先ず国土を安んじて現当(=現在と未来)を祈らんと欲せば速に情慮を回らしいそいで対治を加えよ」(御書31㌻)と仰せです。
 君たち青年には、この大哲学で社会を照らし、全世界を照らしていく重大な使命がある。権利がある。責任がある。大難を勝ち越えよ
古屋 立正安国といえば、関西の同志が命に刻みつけている歴史が、昭和32年(1957年)の7月3日、池田先生が事実無根の冤罪によって不当に逮捕された「大阪事件」です。
 「小失なくとも大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ」(同297㌻)と御聖訓に仰せの通りの法難です。先生は敢然と戦われ、無罪判決を完璧に勝ち取られました。
名誉会長 学会が、なぜ御書根本で進むのか。それは、教学の利剣がなければ、難に打ち勝てないからです。
 戦時中の弾圧で、牧口先生、戸田先生以外の最高幹部は、ことごとく退転した。組織は壊滅状態になりました。教学がなかったからです。
 信心をすれば功徳がある。幸せになる。そう言われて信心を始めたのに、大変な目にあった。それで疑いを起こして退転してしまった。お世話になった牧口先生に悪口を言う恩知らずもいた。
 しかし、大聖人は御書で厳然と仰せです。
 「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず」(同1087㌻)
 「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)
 正法を行ずれば、必ず大難がある。正しいがゆえに圧迫される。それを勝ち切ってこそ、永遠に崩れざる成仏の幸福境涯を築くことができる。
 大聖人は御書の中で、このことを繰り返し、教えてくださっています。
 戸田先生は、戦後、徹して教学に力を注がれた。御書全集の発刊も、先生の深き一念が結実したものといえます。
熊谷 大聖人は、青年門下の南条時光にも「難を乗り越える信心」を訴えられました。
 「自身が大事と思っている人たちが信心を制止し、また大きな難がくるであろう。その時、まさに諸天の守護が叶うに違いない、と確信して、いよいよ強盛に信心に励むべきである」「くれぐれも人の制止があったならば、心に嬉しく思いなさい」(同1512㌻、通解)と。
名誉会長 若き時光も、不当に多くの課税を強いられるなど、さまざまな迫害や中傷を受けました。その矢面に立って同志を守ったのです。
 大聖人は時光が青年だからこそ、甘やかされなかった。若き魂に「師子王の心」を打ち込まれた。
 「師子王の心」で戦えば、必ず一切に勝てることを示されました。
 学会は、この勝利の経典の真髄を行じているのです。
古屋 この御書を軽視し、違背したのが、邪宗門です。
 それは「御書」の収集や書写、なかんずく、御消息を含めた御書の講義に力を注がれた日興上人の御心を踏みにじる悪行であり、五老僧と同じです。
名誉会長 「日興遺誡置文」には「当門流に於ては御書を心肝に染め」(御書1618㌻)と仰せです。
 また「五人所破抄」には、「大聖人の御書も、広宣流布の時には、また仮名交じり文を外国語に翻訳して、広く世界に伝えるべきである」(同1613㌻、趣意)とも示されている。
 創価学会は、日興上人の御精神の通りに、御書を世界の諸言語に翻訳し、全世界に流布してきました。
 いまやアジアの各国でも、北中南米でも、欧州でも、アフリカでも、オセアニアでも、多くの同志が喜々として御書を拝し、行動している。これほど、すごい仏教研さんの運動はありません。
 ここにも、学会こそが大聖人・日興上人に直結した、仏意仏勅の広宣流布の団体である証しがあります。

激闘の中で学べ
熊谷 平成3年11月、邪宗門が学会に滑稽千万な「破門通告」なるものを送りつけてきた時も、御書の引用は全く一つもありませんでした。
 要するに衣の権威で、学会を服従させようとしただけでした。その邪義を、学会は御書を根本にして、ことごとく打ち破りました。
名誉会長 戸田先生は師子吼なされた。
 「創価学会の一つの誇りとするところは、世界最高の教学をもっていることだ」と。
 ともかく、一節でも、一文でもいい。御書を心肝に染め、実践していくことです。
 よく戸田先生は言われた。「仏法はあまりにも深いのだから、『ああ、そうですか』と簡単にわかるものではない(笑い)。そして、わかってから実践するよりも、最初に信じて実践して、後でわかったほうが得じゃないか」と。
川島 池田先生の若き日の日記には、御金言がたくさん書き込まれています。
 21歳の時の日記には、「御義口伝」の「妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750㌻)の一節とともに、「雄々しく進め。大胆に進め。若いのだ。若いのだ。常に、伸びるのだ。飛躍を忘れてはいけない」との決意が記されていることに感動しました。
名誉会長 どんなに忙しくても、いな忙しいからこそ、御書を声に出して拝読しました。大聖人は、社会から離れた安穏とした環境で、御書を執筆されたのではない。命にも及ぶ大難の中で、御書を認められたのです。
 ゆえに私は、渾身の激闘の中でこそ、御書を自身の血肉にできると定め、要文を書き留めました。
 諸君も、壁に突き当たった時こそ、御書を拝し、勇気を奮い起こすことです。
 「妙と申す事は開と云う事なり」(同943㌻)と仰せです。御書を開けば、わが生命から偉大な勝利の智慧を開くことができる。

「最前線」が大事
熊谷 「大阪の戦い」の時も、池田先生は、当時の大阪のあらゆる地区に、御書を通して激励を贈ってくださいました。
名誉会長 一番大事なのは、最前線の「地区」であり、「支部」です。御聖訓には、「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(同1467㌻)と仰せです。
 日蓮大聖人から、直接、それぞれの地域の広宣流布を託されているのが、創価学会の支部長、支部婦人部長であり、地区部長、地区婦人部長です。
 そして、若き部長、地区リーダーの皆さん方です。どれほど深い宿縁であり、どれほど大きな福運であるか。
川島 昭和32年の7月17日、池田先生が冤罪による投獄から出獄された時、大阪拘置所の前には、関西の地区婦人部長(当時は地区担当員)をはじめ、多くの女性リーダーも集われたとうかがっています。
 そして「負けたらあかん」と、総決起されたのです。
名誉会長 御聖訓には、佐渡流罪の法難の渦中に、師のもとへ駆け付けた乙御前の母を讃えられ、「あなたの信心が、どれほど素晴らしいか──その素晴らしさが現れるために、私は佐渡に流されたのでしょう」(同1222㌻、趣意)とまで、仰せになられています。
 学会が一番大変な時に、一心不乱に祈り、戦ってくれたのが、関西の婦人部です。日本中、世界中の創価の母たちです。
川島 池田華陽会も、その心を受け継いでまいります。
 池田先生のもと、関西の先輩方が歩み抜いてきた御書根本の常勝の道を、まっしぐらに前進してまいります。
名誉会長 入信直後に、戸田先生から直接教えていただいた御文は、私の原点となっています。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり」(同790㌻)
 戸田先生は「学会の闘士は、この御文を生命に刻むのだ。絶対に忘れるな」と断言されました。
 「大阪の戦い」の時も、常に私の胸奥から離れなかった御文です。
 「一念に億劫の辛労」とは、一次元からいえば、自分が一切の責任を持つ「一人立つ信心」から始まる。
 勝利といっても、簡単に得られるものではありません。だれよりも真剣に祈り、真剣に思索し、真剣に行動し抜いた果てに、絶対に負けない大生命力と智慧が、わが胸中に泉の如く湧き上がる。
 私は、一日が一週間にも、一カ月が一年にも匹敵する歴史を、という決心でした。
 「法華初心成仏抄」には、「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同557㌻)と仰せです。
 私たちの強き一念によって、一切の環境を必ず広宣流布の力へと揺り動かしていけるのです。
 私も大阪中を回りながら、全関西のあらゆる人々が、一人でも多く広宣流布の味方となることを、祈りに祈り抜きました。
 御書には「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(同1242㌻)との法華経の文も記されている。
熊谷 先生の祈りに、関西の同志も心を合わせて戦いました。当時の先輩方は、仏法対話をやりきって家に帰ると、今度は、会った人の顔を思い浮かべて、一人一人を信心に“糊付け”するような思いで題目をあげた(笑い)と、語っておられました。

今が「まことの時」
名誉会長 関西の友と一緒に拝した「乙御前御消息」の一節には「いよいよ強盛の御志あるべし」「同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(同1221㌻)とあります。
 「志をかさねる」──。戦いは粘りです。執念です。思うようにいかない時もある。しかし、少々のことで、へこたれない。勝つまで何度でも、粘り強く、辛抱強く、忍耐強く戦い続ける。
 「関西魂」とは究極の「負けじ魂」です。この不撓不屈の信力・行力に、仏天も応えて動くのです。厳たる仏力・法力の加護があるのです。
 また、御聖訓には「此の娑婆世界は耳根得道の国なり」「是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり」(同415㌻)と仰せです。
 勇気をもって正義を語りきることです。「声の力」が人々の心を変える。功徳の華を広げる。国土も大きく変革していくことができるのです。
 世界広布の未来は、現在の青年部の君たちで決まる。今が「まことの時」です。
 人生も勝負、青春も勝負です。その一切の勝負に勝ち抜くために、仏法はある。
 大聖人は、大事な戦いに臨む門下に仰せられた。
 「但偏に思い切るべし」「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」(同1451㌻)
 正義は勝たねばならない。いな勝ってこそ正義である。
 御書を根本とした師弟の大闘争こそ「今生人界の思出」であり、三世の栄光です。
 断固と勝ちまくって、永遠に輝きわたる青春常勝の金字塔を、威風も堂々と残してもらいたい。関西、頼むよ!
2010-06-01 : 御書と青年 :
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