「スクープ・インデペンデント・ニュース」のインタビュー

「スクープ・インデペンデント・ニュース」のインタビュー
         (2014.4.16/5.7付 創価新報)

 3月16日、ニュージーランドのニュースサイト「スクープ・インデペンデント・ニュース」に、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長のインタビューが掲載された。これは、同サイトのアレスター・トンプソン記者による書面での質問に、SGI会長が返答したもの。

暴力と憎悪の渦を乗り越え「平和の文化」建設を

「生命の尊厳」を精神的基軸に
 
 ──池田SGI会長は、2013年の「SGIの日」記念提言で「生命の尊厳」について触れておられますが、人間の本能の、どのような側面が平和に貢献し、また、どのような側面が平和を妨げると思われますか。

 私は昨年の提言で、国連などで目指すべき世界像として焦点となっている「持続可能な地球社会」を建設するための方途を展望しました。
 「生命の尊厳」は、その建設への挑戦を進めるにあたって、精神的基軸に据えるべきものとして提起したものに他なりません。
 人間には、「家族との暮らしを大切にしたい」という感情もあれば、「強く力ある存在になりたい」という感情もあります。
 一見すれば、前者が穏健的で後者が好戦的な印象がありますが、状況次第ではそれが全く逆転します。
 例えば、ある集団と別の集団との対立が深刻化した時、多くの人々を最終的に暴力に駆り立ててしまうのは前者の感情の働きであり、一方で後者の感情は、ガンジーやキング博士のように憎悪や差別の渦に打ち勝つために、自身の内なる生命から“非暴力”という限りない勇気と希望を湧き出す働きともなるからです。
 その意味では、人間の何らかの本能そのものが、戦争や暴力を引き起こす本質的な原因ではないと言えましょう。
 実際、ユネスコ(国連教育科学文化機関)で採択された声明(1989年の「暴力についてのセビリア声明」)でも、「戦争あるいはその他の暴力行動は、私たち人間の本性のなかに遺伝的にプログラムされている──という言い方は、科学的に正しくありません」と強調されている通りです。
 むしろ思想家のオルテガが、現代は「『風潮』の時代」であり、思想や政治など「あらゆるものの中に吹き荒れている皮相的な旋風に対して抵抗する人はほとんどいない」(『大衆の反逆』神吉敬三訳、筑摩書房)と警告したように、集団心理や暴力的な扇動に人々が押し流されない社会の気風を育むことが、最重要の課題となります。私は、その基盤となるのが「生命の尊厳」から発する“同苦”の精神だと考えるのです。
 「愛する家族を大切にしたい」という感情が戦争や暴力の方向に押し流されないようにするには、他の集団の人々も自分と同じく「かけがえのない家族を失いたくない」と切実に願っていることに思いを馳せることが欠かせません。また、「強く力ある存在になりたい」という感情が、他の人々の生命や尊厳を脅かす方向に向かわないようにするには、「他の人々の犠牲や不幸の上に、自分の幸福を追求しない」との自戒を忘れないことが大切になります。
 ゆえに私は昨年の提言で、社会で常に顧みられるべき精神性として、「他者と苦楽を共にしようとする意志」「生命の無限の可能性に対する信頼」「多様性を喜び合い、守り抜く誓い」の三つの指標を提起しました。
 つまり、ここで「意志」「信頼」「誓い」との言葉を用いたように、社会の悪しき風潮に押し流されず、平和と共生の土塁を堅固に築くためには、「生命の尊厳」に根差した一人一人の揺るがない信念が重要となってくるのであり、その生き方を広げるために、私どもSGIでは、国連の推進する「平和の文化」や「人権文化」の建設に民衆レベルで取り組む活動を続けてきたのです。

“一対一の対話”が祖互理解広げる

 ──市民社会のエンパワーメント(内発的な力の開花)を目指すSGIの活動に関連して、一人一人の人間が「消極的暴力」の根絶のためにできる役割とはなんでしょうか。また、そのための行動が、社会の「レジリエンス(脅威や問題を乗り越えて社会を立て直す力)」に、どんな影響を与えることができると思われますか。

 一般に暴力というと、暴行や殺人から戦争にいたるまで、何らかの力を行使して人々の生命を奪ったり、負傷させたりする行為──すなわち、「物理的暴力」の問題を想起しますが、もう一つの暴力として、その横行を決して見過ごしてはならないのが、直接的に危害を加えないまでも、差別的な言葉や抑圧的な態度などで人々の権利を脅かし、尊厳を傷つける「消極的暴力」です。
 この「消極的暴力」は、それ自体、苦しみや痛みを他者に与えるばかりでなく、その横行を放置しておけば、何かのきっかけで社会が混乱した時に、より多くの人が、他の集団を排除するための「物理的暴力」に走ったり、その行為を簡単に容認してしまう状況を招く“温床”ともなりかねません。
 近年、多くの国で社会問題になっているヘイト・クライム(憎悪犯罪)とヘイト・スピーチ(憎悪表現)を見ても明らかなように、この二つは、直接的な暴力か否かの区別はあっても、“憎悪に基づいて他者を意図的に傷つける”という点では同根なのです。
 その関係を表したのが「憎悪のピラミッド」と呼ばれるもので、社会的分断や紛争は突然起きるのではなく、①先入観による行為②偏見による行為③差別行為④暴力行為⑤ジェノサイド(大量虐殺)、の5段階で問題がエスカレートし、暴力の渦が強まる中で、取り返しのつかない惨劇が引き起こされるのです。
 その意味で重要なのは、「憎悪のピラミッド」の下層──つまり、問題の端緒において、そうした行為を許してはならないと、自らの行動を戒めるのみならず、周囲の人々にも働きかけることだと言えましょう。そこで思い起こされるのは、ガンジーの令孫として「非暴力の精神」の普及に努めるアルン・ガンジー氏が、私との対談で語っていた言葉です。
 「『消極的暴力』とは、間接的で、自分でも気づかないうちに暴力に加担しているものです。他人に圧力をかける。抑えつける。差別する。強制的に何かをさせる……肉体的でないので、見過ごされてしまいがちです。祖父は、悪の行為を『見逃す』ことや、『見て見ぬ振りをする』のも、『暴力』の一種だと言っていました」
 私ども創価学会の牧口常三郎初代会長は、第2次世界大戦中に、日本の軍部権力による思想的弾圧に対して信念の闘争を貫き、獄中で生涯を閉じましたが、その牧口会長も投獄される前年に、同様の警鐘を鳴らしていました。「不善を善と考え、悪と異なると思い、法律に触れさえしなければ不善は構わないと誤解するところに、現代の病根があり、独善主義や偽善主義が横行する所以がある」(『牧口常三郎全集第10巻』第三文明社、現代表記に改めた)と。
 私どもSGIは、こうした牧口会長の信念の闘争を原点としながら、憎悪と暴力の渦にのみ込まれないよう、常に社会を平和と共存の方向へと向け直す力を高める努力を、民衆レベルで進めてきました。
 SGIは、民族や人種の違いを超えて“一対一の対話”を進めることを通し、友情という根を社会に幾重にも深く張ることに日頃から取り組んできましたが、これはレイシズム(人種差別主義)に基づく扇動や、排他的な集団心理に人々が押し流されることを防ぐ、社会の「頑強性」を高めることにつながるものと思います。
 政治や経済などで国家間の緊張が高まった時も、民衆レベルでの教育交流や文化交流に一貫して取り組み、対話と相互理解を行うためのチャンネルを断じて閉ざさないように心掛けてきました。
 また、国家と国家との友好を深める取り組みは自分の世代だけで終わらせて良いものではなく、世代から世代へ友誼の心を継承し、平和共存のための教訓(知恵)を受け継いでいくことが重要と考え、青年世代の交流の拡大に努めてきました。
 苦しんでいる人を支援する挑戦は、SGIに限らず、さまざまなNGOや市民団体が取り組んできたものでもあり、私たちは、志を同じくする団体や人々と協力しながら、引き続き社会の「レジリェンス」を高める民衆の連帯を広げていきたいと思います。

歴史を教訓に「平和と共生の道」開く

多様性尊ぶ対話で差異を超克

 ──平和構築のために、異なる宗教間の協力は可能だと思われますか。また、どうすれば最も効果的に協力を推進できるとお考えですか。

 そうした協力は可能であるし、むしろ、積極的に努力を傾けていかねばならないと思います。私自身、仏法者の一人として、世界平和の構築に向けて人間と人間との心の連帯を育むために、40年以上にわたって、異なる宗教的背景を持つ各国のリーダーや各界の識者の方々との「対話」を重ねてきました。
 その経験を踏まえて実感することは、宗教的な教義に関する見解や、信仰の根幹部分を支える思想は違っていても、「平和を求める思い」や「世界が直面する問題への懸念」、また「人類の未来に対する切なる希望」といった面では、同じ人間として共感できる部分が明確に存在しているという点です。
 例えば、インドネシアの元大統領で同国最大のイスラム団体の指導者であったワヒド氏は、私との対談で、「青年には、自身の利益だけを考える人ではなく、社会の利益を考える人、世界の平和共存のために行動する人になってもらいたい」(『平和の哲学 寛容の智慧』潮出版社)と切望しておられました。
 こうした思いは、信じる宗教は違っても、心ある人々の胸に等しく宿っているものではないでしょうか。
 では、どのようにして「宗教間協力」を築いていけばよいのか──。
 私は、紛争や環境破壊、貧困や災害といったグローバルな問題について、具体的なテーマを一つ一つ掲げながら、“自分たちは何をなすべきで、どのような智慧や精神を社会に発信していくべきか”について対話を進めて、具体的な活動についても協力を模索したり、意見交換を行っていく──いわば「問題解決志向型」のアプローチが有益ではないかと考えます。
 人類史を振り返ると、宗教的な対立が原因となって起こった紛争は少なくありません。
 しかし近年、宗教の違いなど関係なく、人々を苦しめるグローバルな脅威が“共通の課題”として深刻さを増す中で、「宗教と精神性は、動機づけ、包摂性、参加および持続可能性にとって強力なプラスの社会・文化的な力であり得る」(『宗教と開発』ジェフリー・ハインズ著、阿曽村邦昭・阿曽村智子訳、麗澤大学出版会)といった、宗教が果たす役割への期待も寄せられるようになってきました。
 実際、SGIの代表も参加しましたが、東日本大震災の数カ月後(2011年6月)にジュネーブで開催されたUNHCR(国運難民高等弁務官事務所)とNGO(非政府組織)の年次協議会でも、「保護の強化──信仰を基盤とした団体の役割について」と題する分科会が行われるなど、宗教団体の役割に焦点が当たるようになってきているのです。
 その意味から言えば、それぞれの宗教が、「破壊」ではなく「建設」、「分断」ではなく「連帯」を求める“人間の善性”を呼び覚まし、地球的問題群の解決に向けての貢献の行動を重ねて切磋琢磨し、その磨かれた人間精神の発現を通して、さらに協力関係を深めていく──こうした挑戦を、国連を軸に本格的に進めていくべき時代を、私たちは迎えているのではないでしょうか。
 この挑戦について考える時、チェコのハベル元大統領が21世紀を展望して述べた、「来たるべき世紀のヨーロッパに課せられている唯一無二の重要課題は、〈最良の自己〉であること、すなわち、その最良の精神的伝統を蘇らせ、それを通じて、新たな形の地球規模の共生の実現に創造的に関わっていくことである」(『ヨーロッパは書く』ウルズラ・ケラーほか編、新本史斉ほか訳、鳥影社・ロゴス企画)との言葉が思い浮かんできます。
 ここでいう“ヨーロッパ”という主語を、“それぞれの宗教”に置き換えてみれば、21世紀の世界で宗教が果たすべき役割が、明確な姿を帯びてくるのではないかと、私は考えるのです。
 さまざまな団体や機関と同様に、私が創立した三つの研究機関(東洋哲学研究所、戸田記念国際平和研究所、池田国際対話センター)でも、一貫して「宗教間対話」とともに「文明間対話」に意欲的に取り組んできました。
 その最大の目的も、宗教や民族や文化といった豊かな多様性を互いに尊重しながら、対話を通じて、それぞれが〈最良の自己〉とは何かを見つめ直し、地球的問題群の解決のために互いの差異の垣根を超えて行動する道を、一緒になって模索することにありました。
 現在、国連では、貧困や飢餓などに苦しむ人々の状況を改善するための「ミレニアム開発目標」に続く、2015年以降の新しい国際共通目標の検討が進められています。
 この取り組みを、人類史を画する挑戦と位置づけ、新しい国際共通目標の達成を共に目指していく中で、「宗教間対話」、そして「宗教間協力」を軌道に乗せていくべきであると、私は呼び掛けたいのです。

確かな人生観養う「人間教育」

 ──絶え間なく変化する現代世界において、インターネットや情報技術の役割をどのようにお考えですか。こうした現代社会において、私たち一人一人は、どのように行動していくべきであると思われますか。

 今から30年ほど前(1982年)に基本概念が確立し、冷戦終結を機に急速に広まっていった「インターネット」をはじめとする情報通信技術の飛躍的な発展──いわゆる「情報革命」と呼ばれる新しい時代の波は、かの18世紀の「産業革命」に匹敵するインパクトを世界に及ぼしています。
 その結果、瞬時にして世界各地で起きた出来事やニュースが伝わるというグローバルな情報伝達が可能になるとともに、冷戦時代には想像もできなかった、自由かつ柔軟なコミュニケーションの場がネット上で形成されるようになり、伝達手段という技術的意味合いにおいては、遠く離れて住む人々の交流を長らく隔ててきた地理的・物理的な制約は、急速に取り払われました。
 そして何といっても、「情報革命」の大きな意義は、知識や情報が一部の人やグループに独占されることを防ぎ、民主的に、多くの人々に共有できる道を開いた点にあるといえましょう。
 私たちは長い間、新聞やテレビなどのマスメディアが一方的に発信する情報に接してきたわけですが、貴紙のようなインターネット上のニュースサイトが、独自の視点でさまざまな問題を取り上げることの意義は大きく、その取り組みによって、人々が新たな問題に目を向けるようになったり、多様な視点に気づくことができるようになったりしたことは、社会の健全化の基盤となるものです。
 私どもSGIも、長年にわたって途上国の視点に立ったニュースを配信してきた国際通信社IPS(インタープレスサービス)と共同で、「核兵器のない世界を目指して」と題するサイトをインターネット上に開設し、記事や論考を発信するプロジェクトを進めてきました。
 2年前に行われたリオ+20(国連持続可能な開発会議)の公式関連行事として、SGIが教育をテーマに円卓会議を開催した際、IPSのコスタンツォ中南米総局長が「私たちメディアが発信する情報は、読者の意識を高めることができます。報道の力によって、社会的な問題への関与が生まれます。メディアは情報提供によって、教育に携わっていると考えられます」と強調していましたが、貴紙をはじめとするインターネット上のニュースサイトの役割は、今後ますます大きくなっていくと思えてなりません。
 もちろん一方で、情報技術の発展がもたらした可能性を悪用する動きもみられ、ネット空間が偏見や憎悪に基づく対立を増幅する温床として利用されたり、恣意的な情報操作やステレオタイプ(紋切り型)的なイメージの吹聴によって世論が巧みに誘導されたりしてしまう危険性も、よく指摘されるところです。その意味からえば、まさに「技術」を善の方向に生かすか、悪用するかは、それを使う「人間」の側にかかっていると言えましょう。
 また、ネットで検索すれば、どんな知識もたちどころに閲覧できるようになったのは便利に違いありませんが、そうしたデータの多くは玉石混交であり、場合によってはミスリードを目的にした悪意に基づくのさえあります。
 ゆえに、貴国やオーストラリアなどの国々が取り組んでいるような、「メディアリテラシー(情報や知識を主体的・批判的に読み解く力)」を磨くための教育を、世界全体で進めていくことが喫緊の課題であります。
 私の師であり、教育者であった、創価学会の戸田城聖第2代会長は、「知識を智慧と錯覚しているのが、現代人の最大の迷妄である」「知識が即智慧ではない。知識は智慧を開く門にはなるが、知識自体が決して智慧ではない」と喝破していましたが、どれだけ情報を集めても、かえって自分の考える力を埋没させたり、悪意の情報に流されてしまえば、本末転倒になってしまう。「知識」へのアクセスがより簡易になり、多くの人々に開かれた時代であればこそ、その「知識」を正しい方向に生かしていく「智慧」を育むことが欠かせないのではないでしょうか。
 私は、こうした「智慧」の源泉となるものは、自分の生き方の基盤に“何のため”という目的観を据えることであり、メディアリテラシーの力を磨く努力とともに、そうした確固たる人生の目的観を涵養する「人間教育」に焦点を当てていくことが、一切の基盤になると考えるものです。

人道的競争への転換を

 ──池田SGI会長は以前、牧口初代会長の著作を通し、ニュージーランドについて言及されたことがありますが、「水半球」の中心と位置づけられるニュージーランドの担う役割とは、どのようなものとお考えですか。

 創価学会の牧口初代会長は、“国家に奉仕する人間”を育むことが教育の最優先課題とされていた戦前の日本にあって、「子どもたちの幸福」を第一義に掲げた教育者でした。
 その一方で地理学にも造詣が深く、20世紀初頭(1903年)に著した『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第1巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)で、地球の姿を従来のように国境線が引かれた平面図として捉える見方だけでなく、人間の生活に与える影響という面から地球を「陸界」と「水界」に二分して捉える視座を提示し、具体的にロンドンを一方の極とした「陸半球」と、ニュージーランドをもう一方の極にした「水半球」を、それぞれ球体を示す円形の地図として紹介していました。
 その上で牧口会長は、海を他の国々との間を隔てる“壁”とみなすのではなく、他の国々との間をつなぐ“道”と捉えて、世界に「平和の道」「友情の道」「調和の道」を開いていく気風を育むことが重要になる、と訴えました。
 そうした限りない可能性に満ちた海を中心に構成される「水半球」の中心に、貴国ニュージーランドが位置していることは、現代的な視座からみても、極めて意義深いと、私には思えてなりません。
 歴史を振り返れば、第2次世界大戦中、「大西洋」が第1次世界大戦に引き続いて戦場となっただけでなく、ニュージーランドと日本が面する「太平洋」もまた、激しい戦闘が繰り広げられた場所となりました。
 こうした歴史の教訓を踏まえて、「水半球」から平和と共生のゾーンを広げるためには、貴国が長い歳月をかけて育んできた「多様性を尊重する文化」に加えて、明確な非核政策に基づいて「南太平洋非核地帯」の成立に尽力した努力のような、悲惨な戦争を二度と起こさない断固たる意志が欠かせません。
 また、貴国は、世界でいち早く国政レベルでの女性参政権を実現させるなど、人権保障の確立に力を入れると同時に、社会福祉制度の充実を図ってきたことで知られており、「人権」と「人道」を国家の重要目的に据えていることは、世界の多くの国が後に続くべきモデルとなる存在に他なりません。
 牧口会長は、先の『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)において、国家間の競争の主軸を、自国の利益を限りなく求めるあまりに他国に多大な犠牲をもたらすことを厭わない「軍事的競争」「政治的競争」「経済的競争」から、他国や世界全体への貢献を良い意味で競い合い、その努力を通じて自国の姿をさらに良いものへと磨き上げていく「人道的競争」へと転換しなければならないと訴えていました。
 私は、こうした「人道的競争」を21世紀の世界においてリードしていくのが、ニュージーランドであると考えております。
 いつまでも、弱肉強食的で冷徹な“ゼロサム・ゲーム(覇権争い)”によって、多くの国の人々が虐げられるような世界の状態を、続けて良いはずがありません。
 そうではなく、自他共の平和と幸福を追求する「人道的競争」を通じて、どの国の人々の尊厳も輝く“ウィン・ウィン(共存共栄)”の世界を目指す必要があり、私は、貴国のリーダーシップに日本をはじめとして多くの国が続く形で、こうした新しい地球社会が建設されていくことを、強く願っているのです。
2014-05-05 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.119 新時代の人材城

随筆 我らの勝利の大道 No.119   
              (2013.12.27付)

新時代の人材城

友に会おう! 励まそう!
新しき世界は我らの手で!
 来る年も 仏法勝負の 広布旅


 この一年
  我らは勝ちたり
   晴ればれと
  常勝創価の
    源流なるかな

 今も胸に熱く蘇る、忘れ得ぬ光景がある。
 昭和26年(1951年)7月、戸田城聖先生のもと執り行われた、創価学会常住御本尊を奉戴しての総会の折のことだ。
 「大法弘通慈折広宣流布大願成就」とお認めの御本尊の御前に、先生は、目覚ましい奮闘をした30数人の代表を招かれた。そして讃えられたのである。
 「ここに並ばれた方々は、私が褒めるよりも先に、大聖人様がお褒めになっているに間違いありません。私は、この方々に何も差し上げられないが、大聖人様は、すごいご褒美をくださるでありましょうから、なんの心配もいたしません」
 今、私も、全く同じ心で、尊き同志の一人ひとりをねぎらい、感謝し、讃嘆したい。
 創価の太陽・婦人部も、黄金柱の壮年部も、敬愛する多宝の友も、皆、本当に、本当によく戦ってくださった。ありがとう!
 さらに戸田先生は、総会の最後には、壇上に立った青年たちを紹介しながら、こう言われたのである。
 「皆さん、この青年男女諸君に、どうか期待してください。この若者たちが、この大法戦をやり遂げる人びとです。これら青年がいる限り、学会は絶対に盤石であります」と。
 以来60有余年──今、日本中、世界中に澎湃と躍り出ている地涌の青年の大陣列を、戸田先生はいかばかり、お喜びであろうか。創価の未来は晴れやかだ。

不軽菩薩の実践
 新時代の開幕に呼応し、各地で新リーダーが勇み、指揮を執っている。決意が漲る、皆の息吹が嬉しい。
 広宣流布の新たな前進は、どこから始まるか。
 それは、リーダーが人と会うことから始まる。
 一人また一人と、どんどん会って、語り合っていくことだ。心から友を励ましていくことだ。そこから人材が伸び、波動が広がる。これが鉄則だ。
 日蓮大聖人は「今日蓮等《ら》の類は不軽なり」(御書766㌻)と御断言であられる。
 生命の次元からみれば、いかなる人も仏性を具えている。その尊極なる仏の生命を信じて、人びとを敬っていく。誰もがその仏性を必ず開いていけることを信じ、励ましを送り続ける。
 この不軽菩薩の実践を現代に展開しているのが学会の運動である。不軽の精神とは人間尊敬の心だ。
 リーダーにその心があれば、必ず相手にも伝わる。それぞれの良さや持ち味も分かる。ここを伸ばせば、という部分にも自然と気づくものだ。
 私自身、ありがたくも、戸田先生に見出され、育てていただいた一人である。ゆえにその報恩の思いで、私は、わが友が秘めている生命の宝をより磨き輝かせるために、全力を注いでいった。誠実に友と接した。温かく包容した。粘り強く関わり続けた。
 私は青年部時代、書くことが苦手な友には、あえて会合の感想文を書くことを提案した。数字に弱い人に会計を担ってもらったこともあった。
 真剣に祈れば、知恵は必ず出る。それが妙法だ。
 人間は、機械ではない。ああ言えば、こう動いて当たり前というものでは決してない。「人生、意気に感ず」というではないか。
 まず、こちらの胸中に大情熱が燃えていてこそ、友の心も動くのだ。
 現場を歩き回り、駆け巡りながら、どれだけ祈り、考え、悩んで戦ったか。本当に苦労した分だけ、自分の力がつく。力を伸ばした分だけ、成長した分だけ、周囲も触発される。
 ここに、希望の方程式がある。
 60年前(1953年)の1月、男子部第1部隊長となった私が、出発に際し、班長会で共々に拝した御聖訓がある。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451㌻)
 この一節を通し、私は、わが部隊が1年間で部員1千人の結集を成し遂げ、弘教75万世帯という師の誓願の達成へ先駆しようと呼びかけたのである。

人材拡大の4指針

 そして、いよいよ1年の総仕上げをする勝負時を、若き盟友たちと、4つの指針を掲げて走り抜いた。
 1、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であることを確信しよう。
 2、教学に励もう。
 3、行動にあたっては、沈着にして強く。
 4、学会精神を会得して、自ら広宣流布の人材たらんと自覚しよう。
 このうち第1、第2は、「信行学」の実践である。
 御書には「法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである」 (1505㌻、通解)と仰せである。
 この信心は、いついかなる時も、“いよいよ”の生命力で、前へ前へ進み切っていく仏道修行である。
 その上で、やみくもに動いても結果は出ない。ゆえに第3の指針を強調した。
 実は1千人の目標に対して、10月に入った時点での部員数は600人余り。頭を抱えていたある班長に私は大確信で語った。
 「簡単だよ。一人が一人を連れてくればいいんだ」
 それを聞いた友は心軽やかに、再び動き始めた。
 今の戦いのホシが何なのかを明確につかむ。その沈着な行動が大切なのだ。
 また第4は、大目的を明確にするためであった。
 何のために戦うのか。それは広宣流布という大目的のためである。
 目的意識がなければ、その中でやり抜いていくことはできない。ロマンがなければ、勇気も湧かない。
 私は、皆に訴えた。
 ──我ら青年、これ新しき世界の創始者である、と。
 地域を変え、社会を変え、世界を変えていくのは我々なのだ! やろう、広宣流布は我らの手で!
 この心意気で走り抜いた第1部隊は、年末の男子部総会で、美事に1千人の陣列を達成したのである。
 時あたかも、学会本部が西神田から信濃町に移転した新時代の節目を、私たちは大勝利で飾ったのだ。
 総会翌日、1年の最後の本部幹部会で、戸田先生は烈々と師子吼された。
 「仏法は勝負なり!」
 絶対勝利の信心を持《たも》った我らは、いかなる悪戦苦闘があろうが、負けじ魂を燃やし、最後は勝つのだ!

「世界広布の歌」
 ♪学会健児の歌声は
 七つの海に轟き渡り
 若き地涌の天翔ける
 ともに讃えん平和境
 ああ世界広布の鐘は鳴る

 「世界広布新時代」第1回の本部幹部会(本年11月)では、この学会歌「世界広布の歌」の調べを、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の芸術部によるスーパーサウンズの皆さんが壮麗に奏でてくださった。さらに青年部の友らが大合唱を轟かせてくれた。
 この曲の誕生は50年前(1963年)。わが音楽隊初代隊長の作曲である。
 今も歌い継がれる歌詞の原案は、群馬から栃木まで広がる地域を舞台に活動していた青年たちが作成してくれたものであった。
 メンバーには、進学の夢も断念して必死に働く友もいた。皆、苦労していた。だが、青年部の誇りを胸に、行学の二道に励み、広布の夢に敢闘していった。
 そんな日々の中で、私が「大白蓮華」に発表した、巻頭言「青年よ世界の指導者たれ」を読んだのだ。
 そして、そこに綴られた「理想は高く、現実は、あくまでも堅実に、一歩一歩力強く進まなければならない」等の私の呼びかけに、青年たちは懸命に応えようとしてくれたのである。
 「世界広布の歌」の歌詞には、その熱き共戦の心が反響している。
 彼らは世界を旅したこともなければ、直接、海外と関わる仕事でもなかった。しかし同志と熱く理想を語り合いながら、世界を見つめ、世界を呼吸し、今いる場所から、堂々と誓願の心を広げていったのだ。
 「志」は広く世界へ! 「行動」は足元の地域から──こうした地涌の勇者たちの志念《しねん》堅固な大前進が、私の最高の喜びである。

立正安国の主人公

 置かれた状況がどうであれ、理想を持ち、向上し続ける人は「世界を変えゆく主人公」となれる。これが立正安国の信心だ。
 世界広布の内実は、地域広布に他ならない。そこで眼前の一人と仏縁を結び、語り合い、励まし合いながら、自他共の人間革命の波を起こすことなのだ。
 その確かな生き方こそ、どんな権威よりも強く気高いことを証明し、その異体同心の団結こそ、いかなる権力にも勝る平和の力となる──この真実を示してきたのが、我ら創価の誉れの歴史なのである。
        ◇
 民衆詩人ホイットマンは快活に叫んだ。
 「まだ試みられていない手つかずの未来は、まったく何の差別もなしに、君たちのため、ぼくのため、皆のためにある」
 新しい世界、新しい未来を創る主役は誰か?
 他ならぬ君であり、貴女《あなた》だ。我ら民衆なのだ!

全員が使命あり!
 見よ、堂々とそびえゆく創価の新時代の人材城を!
 全員が尊き地涌の使命を持《も》った天下の良材だ!
 ゆえに、一人ひとりを尊敬し、「一騎当千」の広宣流布の闘士に育てよう! 多くの同志が仲良く力を発揮できる団結をつくろう!
 どんな試練も、苦難も、妙法と共に、学会と共に生きゆく我らに、変毒為薬できないものはない。
 これからも、共に大勝利の人生、所願満足の人生を飾りゆこう! いやまして朗らかに、「我らの勝利の大道」を進み抜くのだ!
 皆、勿体を大切に!
 心晴れやかに、よいお正月をお迎えください。

 来る年も
  仏法勝負の
   広布旅


 ホイットマンの言葉は『草の葉』杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳(岩波書店)。
2013-12-27 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.118 読書は青春の宝

随筆 我らの勝利の大道 No.118      (2013.10.31付)

読書は青春の宝

さあ 魂の宇宙を広げる旅に
学び鍛えよ 民衆護る言論の力を


 青春の
  英知の光の
    読書かな
  創価の哲人
     心鍛えて

 今月27日の「文字・活字文化の日」から、恒例の「読書週間」が始まった(来月9日まで)。
 読書は、どこか山登りに似ている。
 一ページ、また一ページと本を読み進める。それは、一歩ずつ山道を登っていくようなものだ。途中の景色を楽しみながら、自分のペースで歩んでいけばよい。その歩みの先に、山頂の絶景が待っている。

民衆が賢く主役に
 戸田先生は喝破された。
 「民衆が、自己の教養を外にして、一部分の文化人に引きずられていくということは、文化国家の姿ではない」と。
 民衆自身が学んで賢明になり、知恵と力を発揮して、社会建設の主役とならなければ、どうして真の文化国家といえようか。
 ゆえに先生は、その中核たるべき青年に、「心に読書と思索の暇をつくれ」と叫ばれたのである。
 恩師の膝下で薫陶を受けた人材グループ「水滸会」(男子部)、「華陽会」(女子部)が、「御書」を根本とし、世界の名作を教材としての人材育成であったことにも、誠に深い意義が感じられてならない。
 思えば、日蓮大聖人は、佐渡流罪の渦中にも、仏典とあわせ、中国の治世の指南書『貞観政要』等の書物を取り寄せておられた。
 書物を読まれることも、筆を執られることも、命に及ぶ迫害の真っ只中での大法戦であられた。
 私は若き日から、その蓮祖のお姿を拝し、読書もまた真剣勝負の戦いと決めて取り組んできた。
 今、全国の創価班・牙城会などの青年たちも、御書の研鑽をはじめ真剣に「行学の二道」に励みながら、読書に挑戦し、自身の人間革命の青春を謳歌している。
 読書は、生命と生命の打ち合いだ。その積み重ねの中でこそ、どんな時代の激流にも動じない生命力をもった、大いなる自己を鍛え上げることができる。
        ◇
 16人の子の母であり、幾多の試練と戦い、祖国オーストリアを栄えさせたマリア・テレジアは語った。
 「読書なさることをお薦めします。読書は私たちの頭と心を豊かにする唯一の手立てだからです」と。
 私が最初の対談集を発刊した“欧州統合の父”クーデンホーフ=カレルギー伯爵も、この女帝が創立した学校に学び、世界的名著を読破し、探究を深めたことを誇りにされていた。
        ◇
 それは、昭和47年(1972年)の春のことであった。山梨の会館に集った20人ほどの女子部の代表が、人材育成グループを結成する運びとなった。
 私は、グループに「山梨読書研究会」の名称を贈り、乙女たちに提案した。
 “聡明なる21世紀の女性リーダーとなっていくために、まず教学を学び、何があっても揺らぐことのない、生き方の哲学を確立していただきたい。さらに教養を身につけ、知性を磨いてほしい。それには良書を読むことだよ”と。
 その後、彼女たちは、私が恩師のもとで学んだホール・ケインの『永遠の都』や、ユゴーの『九十三年』などを読み合っては、感想を書き、届けてくれた。
 彼女たちは今も、この時の思い出を宝として、互いに励まし合い、広布の誉れの人生を歩む。そして町の男女共同参画推進委員長を務める友など、地域・社会の女性リーダーとして生き生きと活躍されている。
 「学び」は一生である。教学を研鑽し、名作に挑んで“人間大学”の学位を勝ち取った幸福博士たちを、私は心から讃えたい。

心の復興を支え
 先般、北九州で開催された「世界の書籍展」も大きな反響を呼んだと伺った。
 読書は自己教育の尽きせぬ源泉であり、心の世界を広げる翼である。この読書の豊饒な力を、時代は渇望していると、私は思う。
 活字離れが叫ばれて久しいが、一方で読書の活発化の動きも確実に見られる。
 毎年実施されている、ある調査によれば、全国の小・中学、高校生の読書量は2000年代に入って全体的に増加傾向にある。1カ月に1冊も本を読まない児童・生徒数も、比較的、減少傾向にあるようだ。
 また昨秋、発表された文部科学省の調査結果では、図書館における国民一人当たりの貸出数が過去最高を記録している。
 そこには、家庭や地域での読み聞かせ運動、学校現場における読書への地道な取り組み、さらに図書館、書店や出版など関係の方々の、どれほど忍耐強い努力があることだろうか。
 あの東日本大震災の被災地にあっても、東北の書店の方々が不屈の執念で立ち上がられた。そして今こそ文字・活字の力によって「心の復興」を──と、月々日々に奮闘されている。
 フランスの作家バルザックは、友人へ「書物は戦闘よりも影響力がある」と書き送った。
 すなわち、かのナポレオンの戦勝よりも、名著の方が、祖国のために貢献し、「ヨーロッパ中で、連日勝利を獲ち取っている」というのだ。
 活字文化の力を強め、支える苦闘は、人間精神の勝利への尊い貢献である。
        ◇
 青春時代、わが心の友であった楽聖ベートーベンは「私は格言によって養われた」と言った。彼が、読書の中で心に響いた一言《いちごん》一言を宝の如く日記に書き留めたことは有名である。
 彼は、幼い頃からピアノやバイオリンの練習に明け暮れ、満足に学校教育を受けることができなかった。
 しかしベートーベンは、ピアノの家庭教師として通った家にある本を読み、読書の楽しさを知った。古典をはじめ多くの書に挑戦した。読書サークルにも加わり、大いに学んでいる。
 読書で耕された豊かな心の大地から、偉大な創造の生命も開花していくのだ。
 私が親交を結んだ「アメリカの良心」ノーマン・カズンズ博士の言葉が蘇る。
 「医学の助けを借りないで、簡単に寿命を延ばす方法がある。それは『書物』という名の方法である」
 その理由は、書物を通して「数百回の人生」、それも「信じられないほどすばらしい選択を楽しむことができる」からである。
 未来を担う青少年には、ぜひとも、この読書の醍醐味を昧わってもらいたい。

良書をわが血肉《けつにく》と
 わが愛する創価学園生たちも、朝の読書運動をはじめ、電車通学の時間なども活用しながら、喜々として読書に励んでくれている。
 各校の「ロマン図書館」「ノーベル図書館」「プラトン図書館」「蛍雪図書館」「万葉図書館」は、皆が楽しんで本に触れる、知性と詩心光る学びの広場となっている。
 良書に親しめば、それがそのまま心の栄養となる。若き日の読書は、精神の血肉となり、人間性の骨格をつくる。読書し抜いた人が、最後に勝つ。「負けじ魂」を朗らかな心根の中に培う秘訣も読書であろう。
 以前、創価大学の中央図書館を訪れた折、私は学生たちに言葉を贈った。
 「読書は勝利者の源泉」「読書は幸福の伴侶なり」「読書は意義ある世界旅行」……まさに魂の宇宙を広げゆく旅なのである。
 ともあれ、学園生、創大生・短大生、アメリカ創大生、また男女学生部、未来部の友が若き読書博士となり、挑戦と向上の青春を歩んでくれて、嬉しい限りだ。
        ◇
 御書に「文字は是一切衆生の心法の顕れたる質《すがた》なりされば人のかける物を以て其の人の心根を知って相《そう》する事なり」(380㌻)との仰せがある。
 書を読めば、人の心を知っていける。人間の本質が見えてくる。読書は、わが心の明鏡を磨いてくれる。
 我らは、その英知の光で人びとの心を照らす、希望の聖業を進めゆくのだ。
 青年よ、戦いの中で普賢(普く賢い)の智慧を鍛え、堂々と正義を叫び抜け!
 破邪顕正の勇気ある言論の力で、民衆を護り、新時代を牽引してくれ給え!

 今に見よ
  賢者の君と
    育ちゆけ
  世界の友を
   包み照らせや


 テレジアの言葉はパウル・クリストフ編『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡』藤川芳朗訳(岩波書店)。バルザックは『バルザック全集26』伊藤幸次訳(東京創元社)。ベートーベンは青木やよひ著『ベートーヴェンの生涯』(平凡社)。カズンズは『人間の選択』松田銑訳(角川書店)。
2013-11-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.117 人生の舞 文化の光彩

随筆 我らの勝利の大道 No.117     (2013.10.24付)

人生の舞 文化の光彩


使命の舞台で 君よ名優の如く!
魂の勝鬨から広がれ「平和」の調べ


第一級の輝きに触れよ!


 生命の
  明朗王の
    君なれば
  悲劇の友も
   喜劇に変えゆけ


 人生は波瀾万丈の劇だ。
 苦難の夜を越えれば、晴れわたる朝が来る。試練の風雪を耐え抜いてこそ、栄光の太陽は輝きわたる。
 我らは、何があろうとも毅然と前を向き、断固として使命の舞台で舞う。
 苦悩に沈む友には勇気を贈り、戦い疲れた友には安穏をもたらし、孤独に悩む友には希望を広げる。
 持てる力を自他共に発揮しながら、大いなる勝利劇の主人公となって「人間はかくも偉大なり!」と謳い上げていくのだ。
        ◇
 日蓮大聖人は、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(御書970㌻)と門下に厳命なされた。
 安逸に流されても一生。激流と戦い切っても一生。
 同じ生きるならば、悔いなく、最高の充実と誇りの人生を飾り、永遠に消えざる福運を残していきたい。
 そのための信仰である。
 私は、21歳の日記に、こう記した。
 「詩想豊かな青年、感激と努力に生きる青年。その尊き青年の生涯こそ、芸術上の極致の生き方なりと表現したいものだ」
 わが師・戸田城聖先生のもと、私は無上の青春の劇に全身全霊で挑み抜いた。
 戸田先生は、断崖絶壁のような事業の窮地の中でさえも、私を徹して鍛え、学ばせてくださった。
 「一流を見よ!」とは、一貫した師の薫陶である。
 妙法は、大宇宙を貫く根本の大法だ。あらゆる次元において、滾々と尽きせぬ価値を創造できる「活の法門」なのである。
 この一切を活かせる最高の哲学に若くして巡りあったからこそ、君よ、求めて一流に触れ、世界を舞台とする平和指導者に育ちゆけ、と期待されたのだ。
 では、求めるべき一流とは何か。何をもって自身を高めていくのか──。
 恩師が常に凝視されていたのは、誠実に精魂を傾けた仕事かどうかという一点であった。世間の評判ではない。自分の仕事に誇りを持ち、何事もゆるがせにしない真剣さがあるかどうか。そこに一切の基準を置かれていた。
 そして、青年に対して、「誠実に生きるのだ、尊い自己の使命を果たし抜け」と、真実一路の生き方を教えてくださったのである。
 一流の文学を読む。
 一流の音楽を聴く。
 一流の絵画を観る。
 一流の魂に触れる、その切磋琢磨によって、一流の人格も磨かれるのだ。
 私と不二の青年部は、創価の平和と文化の大運動の中で、世界第一級の芸術もわが友としながら、心の宇宙を広げ、気宇壮大に前進していただきたい。

人間結ぶ芸術の力
 中国の国学大師・饒宗頤博士は、「第一級の作品」が持つ感化力に注目され、「勇気や希望を心に灯し、或いは清澄な心を引き出すのが、真の芸術といえましよう」と、私に語られた。
 芸術は、人びとの魂を鼓舞する。心を豊かにし、前進への力を漲らせる。
 たとえ言語や民族、歴史、風土の違いがあっても、芸術に国境はない。人間と人間を近づけ、心と心を結ぶ不思議な力がある。
 私が民主音楽協会(民音)や東京富士美術館(富士美)を創立したのも、その一助となればとの思いからである。
 当時は東西冷戦──。“文化の力で世界を平和に!”という願いなど、夢物語だと笑う人もいた。
 しかし私には、どこの国であろうと、そこに住んでいるのは、同じく平和を願う「人間」であるという確信があった。平和だから文化運動をするのではない。平和のために文化運動を断行するのだ。
 私は青年に語ってきた。「地味な作業かもしれないけれど、文化交流が一番の平和の近道なんだ」
 ゆえに、人びとに一流の芸術を! 文化の力で平和の人間世紀を!

民音の創立50周年 東京富士美30周年
 先日、創立50周年の佳節を刻んだ民音の交流は、今や105カ国・地域に及ぶ。
 開館30周年を迎える東京富士美術館は、世界各国の美の名品を招来した展覧会を40回以上、館蔵品による海外展も約20カ国・地域で30数回にわたって開催してきた。
 関係者をはじめ、献身的に支えてくださる皆様方への感謝は尽きない。
 今秋、東京富士美術館では記念展として「光の賛歌 印象派展」が始まった。
 世界8カ国の40美術館からルノワールやモネなど巨匠の名作が一堂に会しての、いわば“幸福の光の競演”である。この美の園に多くの方々が集われ、新たな喜びの花が咲き薫っていくことが嬉しい。
 また民音では、私が深き友情を結ぶブラジルの世界的ピアニスト、アマラウ・ビエイラ氏が来日コンサートを開かれる。ビエイラ氏は、創価の文化活動を、古代ギリシャの理想に通ずる「民衆のため、人間のため、後世のために、人類の財産を残す行動」と讃え、連帯してくださっている。

心の復興の支えに
 あの東日本大震災から2年7カ月──。
 大切な家族、同志を失った皆様、今なお避難生活を余儀なくされる方々に、題目を送らない日はない。
 日本中、世界中の多くの方々が、被災地の復興支援のために奔走されている。その中で、民音、富士美も尽力してきた。
 民音では、宮城、岩手、福島の三県で「東北希望コンサート」を重ねている。また本年、民音が招聘した中国瀋陽雑技団もこの三県で友好公演を行い、深い感動を広げた。
 富士美では、福島で館蔵品100点による「洋画の巨匠たち」展を企画・支援した。
 この展示会の来賓の方が、「素晴らしい作品を見ることで、生きる力を得ていく──本当にすごいことです。物資の面での復興も、当然大切です。しかし、心の復興が進めば、数十倍、数百倍の効果となって、社会を潤していくに違いありません」と述懐されていたそうである。
 「心の復興」に果たす文化・芸術の役割は、いやまして大きいと確信する。
        ◇
 今月から私は、「生命の光 母の歌」と題し、オーストリアの元文部次官で声楽家のユッタ・ウンカルト=サイフェルト博士と新たな対談を開始した。
 以前、博士は力を込めて語られた。
 「芸術は私たちの中にある『聖なるもの』の表現なのです」と。
 鍛錬と精進を貫き、研ぎ澄まされた創造的生命から現れる本然の輝き──それは、わが生命の尊さ、内なる「聖なるもの」への目覚めをも促すに違いない。
 そして、我らの自行化他の実践は、自らの心を磨き、万人の心を開きゆく聖業といえまいか。皆で励まし合いながら最も尊貴な仏の生命を輝かせていく連帯は、「最高の人間芸術」そのものであると、私は思う。
 “創価の華”と薫る芸術部の皆様、また音楽隊、鼓笛隊、各地の合唱団などの皆様は、偉大な民衆芸術を彩る先駆者なのだ。
 今回、渾身の演奏で日本一に輝いた音楽隊の創価グロリア吹奏楽団も、本当におめでとう。ありがとう!
 ともあれ、現実の生活の中で、喝采があろうがなかろうが、人びとの心に希望の光を送り、幸福劇に導く我らの広宣流布こそ、究極の「平和の文化」の創造ではないだろうか。
 中国の人民の母・鄧穎超先生は、ある劇団の団員を労《いたわ》って言われた。
 ──演劇は、素晴らしい演技をする俳優とともに、舞台の準備、照明、シナリオ、演出などのチームワークです。裏方の仕事をしてくれている「無名の英雄」に感謝を捧げたい、と。
 現在、管楽器の修理工房で働く、音楽隊出身の東京・葛飾の壮年がいる。
 彼には、演奏の道への憧れもあった。だが、父親の会社が倒産し、家計を支えるために働かざるを得なかったのである。
 飛び込んだ修理の世界では、初めて手にする楽器もあった。助けてくれる人も教科書もない。言うに言われぬ苦労の挑戦であった。
 しかし、「ここで戦い切る」との音楽隊魂で一歩も退かず、この仕事は「夢を支える天職」と誇りをもって修業を積み重ねていった。今や「扱えない管楽器はない」と評されるほどの一流の技を鍛え上げた。
 人生は戦いだ。いいことばかりではない。しかし、困難を一つ一つ粘り強く乗り越える中で、魂の勝鬨という幸福の交響曲を自在に指揮し、演奏できる境涯が開かれていくのである。

「ご褒美は名月!」
 先日、岐阜県の広大な山村で、聖教新聞の配達をしてくださっている「無冠の母」から、尊い尊いお便りをいただいた。
 中部広布60周年を、聖教の拡大で祝賀しようと対話を開始された。
 壁にぶつかる戦いの連続だったが、題目を唱えて挑戦する中で込み上げる大歓喜があった。「自分の悩みを突き抜けて、広宣流布の大願のために祈れるとは、何と幸せだろうか」と。
 遂に目標を達成し、共に戦ってきた兄に報告した。すると兄は会心の笑顔で言った。「ご褒美は中秋の名月だよ!」。仰ぎ見た夜空には、幾山河を越えてきた歩みを讃えるように、満月が宝の光を放っていた。
 広布のロマンに生きゆく人生には、生命の歓喜踊躍の名曲があり、所願満足の福徳の名画がある。名優のような誇り高き凱旋がある。
 大聖人は「迦葉尊者にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをど(踊)りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書1300㌻)と仰せになられた。
 我らは共々に舞を舞うが如く、未来永遠に語り継がれゆく偉大な絵巻を綴っていこうではないか!

 天高く
  創価の文化は
       大勝利
        ◇
 大型台風が再び接近しています。どうか防災対策を万全に対処してください。安全無事故を祈ります。


 鄧穎超の話は高橋強、水上弘子、周恩米・鄧穎超研究会著『人民の母──鄧穎超』(白帝社)。
2013-10-24 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.116 広布の模範・離島部

随筆 我らの勝利の大道 No.116     (2013.10.19付)

広布の模範・離島部

一人立つ勇者こそ希望の灯台なり
不屈の前進! 支え合い励まし合って


わが島 わが郷土に 幸あれ 栄えあれ

 台風26号による深刻な豪雨災害に、胸を痛めております。被災された皆様、ご関係の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 伊豆大島では甚大な土砂災害が起こり、多くの方々が亡くなられました。行方不明者の捜索活動も懸命に続けられています。
 茨城県等、八丈島、青ケ島等でも被害がありました。
 各地の農業にも影響が出ています。被災地の復旧を深く祈念しております。
 私たちには、金剛不壊の「心の財」があります。不撓不屈の強き信心で、必ず変毒為薬していけるのです。
 私は、亡くなられた方々のご冥福を衷心より祈るとともに、いやまして真剣に題目を送り続けます。

島を起点に世界へ
 明年の学会のテーマは、
 「世界広布新時代 開幕の年」と発表された。
 ここでは、あらためて「顕仏未来記」を拝したい。
 日蓮大聖人が示された「未来記」とは何か。
 それは「仏法西還」すなわち妙法の「世界広宣流布」の成就に他ならない。
 本抄の冒頭に引かれた法華経に云く、「後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」(御書505㌻)と。
 そして大聖人は、「仏法必ず東土の日本より出づべきなり」(同508㌻)と仰せになられた。
 太陽が東から昇って地上を照らす如く、大仏法が世界を照らす時が必ず来る。
 大聖人は、この大宣言を佐渡の島で、「今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり」(同509㌻)という流難の境遇の中、一閻浮提へ、末法万年の人類のために放たれたのである。
 この大願に直結して死身弘法の戦いを起こしたのが創価の師弟である。
 1960年(昭和35年)の10月、世界広布の第一歩を踏み出した私の最初の訪問地は、アメリカ・ハワイのオアフ島であった。
 それに先立つ7月、パスポートを携えて初めて訪れたのは、復帰前の沖縄本島である。またアジア最初の座談会を行ったのは、翌年の1月、香港島であった。
 さらに、1975年(同50年)1月、SGI(創価学会インタナショナル)が発足した天地は、グアム島である。世界広布への大航海は、不思議にも「島」から始まったのである。
 そして今、世界の島国、また島々でも、地涌の同志が、希望のスクラムを組んで、力強く活動に励んでおられる。島の広布も、“世界同時進行”である。

「宝友《とも》」と生き抜く
 宝友《とも》ありて
   我らの島は
       宝島

 本年の7月、聖教新聞の「地域紀行」では、北海道・奥尻島が掲載された。
 20年前に襲った、北海道南西沖地震。津波で壊滅状態となったあの日から、苦難を越え、復興を遂げた様子が報じられ、紙面を飾った友の誉れ高き笑顔が、島の勝利を物語っていた。
 また、島根県・隠岐諸島の友からは、先月、「世界ジオパーク」に認定されたとの大きなニュースが届いた。
 ジオパークとは、地質や地形が地球科学的価値を持つ自然公園のことを指す。
 隠岐諸島の場合は、ユーラシア大陸と一体の時代、湖や深海の底の時代、火山活動で隆起した時代など、「七変化」ともいわれる多様な変遷を重ね、現在の島の形になったそうだ。
 島の自然が、幾多の変化や試練を経てきたように、人びとの暮らしも様々である。離島ならではの悩みや苦労も多いに違いない。
 海洋島嶼国・日本の有人島の数は418島。その中で、わが離島部の友は、地涌の誇りを胸に、「我らの島に幸あれ」「わが郷土に繁栄あれ」と、誠実に地域に貢献してこられた。
 ただ一人、あるいは数人で、旗を掲げて奮闘されている同志もおられる。
 どんなに小さな地域も、“広宣流布の起点”となる偉大な使命と力をもつ。
 私は固く確信していた。
 「離島こそ広宣流布の先駆の天地なり」と。
 その出発点は、何よりも「一人立つ」ことだ。
 広布の誓願に燃えた一人がいれば、そこから新たな前進が始まる。正しき法を持《たも》った「一人立つ」勇者が、地域社会を明々と照らす希望の灯台となるのだ。
 これが、「立正安国」の信心の方程式である。
 まさしく、離島部の友は“創価の全権大使”との決意で、「執念の祈り」と「誠実の行動」に徹し、着実に、堅実に、理解の輪を広げてくれている。
        ◇
 今年の10月7日は、「離島部の日」35周年──。
 東日本大震災からの復興を進めている東北でも深き意義を込めた「離島代表者会議」が、宮城県の野々島で意気軒昂に行われた。
 記念の会合は既に北海道や和歌山県(大島・串本友好の集い)で開かれ、今後、兵庫の家島で行われる。
 さらに中部・岡山・広島・長崎では、離島サミットが開催されると伺っている。

大福運の根っこを
 この「離島部の日」は1978年(昭和53年)の10月7日、離島の友が学会本部に集い、第一回総会を行ったことが淵源である。
 求道の友が全国約120の島々から、遠路を厭わず海を越えて参集された。
 北海道の礼文島や利尻島、東京の伊豆大島、八丈島、関西の淡路島、中国・四国の因島、周防大島、伯方島、小豆島、直島、九州の壱岐・対馬、五島列島、奄美大島、沖永良部島、トカラ列島、沖縄の久米島や石垣島、宮古島などで奮闘する、尊き同志の方々であられた。
 まさに「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(同1223㌻)と、大聖人が讃えられた通りの方々であった。潮《うしお》に磨かれた精悍な顔、太陽のように明るい顔を、にっこり、ほころばせていた。
 私は総会の最後に御金言を拝した。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然《じねん》に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ」(同234㌻)
 大聖人が厳寒の佐渡で認められ、創価の師弟が生命に刻んできた「開目抄」の一節である。いかなる苦難があろうが、我らは不動の信念で進むのだ。不退の正義を共に貫くのだ。
 「子孫末代までの大福運の根っこを!」──私の呼び掛けに呼応し、参加者はそれぞれの島で、美事な根っこを築いてくださった。今、広布の大樹が、あの島この島に、大きく揺るぎなく成長している。
        ◇
 総会の最前列に、伊豆諸島の三宅島から参加した壮年がいた。三宅島初の支部長であった。
 1955年(昭和30年)に夫婦揃って入会。郷里の三宅島で地域広布に尽力してこられた。
 草創期、学会への偏見は根強かった。弘教に歩けば、水を掛けられ、塩をまかれた。「何を企んでいるんだ」と罵声を浴びせられたこともあったという。
 しかし夫妻は朗らかに答えた。「私たちは、島の宿命転換と人びとの幸福のために戦っているんです」
 御聖訓には、「心の一法より国土世間も出来《しゅったい》する事なり」(同563㌻)と仰せである。
 大事なのは「心」だ。
 広布に戦う「魂」だ。
 自分が変われば周囲が変わる。周囲が変われば世界が変わる。「心の一法」の在り方で、全てを変えていくことができるのだ。
 混迷の闇が深いほど、仏法の智慧は光り、誠実と勇気の振る舞いが光る。
 ご主人は支部長として奮闘する傍ら、島の教育委員長や消防団長等も務めた。誠心誠意の行動の積み重ねから、学会への信頼も広がっていったのである。
 2000年(平成12年)8月の三宅島の大噴火で、島の人びとの生活は一変した。4年半にわたる全島避難を余儀なくされた。
 この間、首都圏をはじめ全国に避難された友は励まし合い、支え合ってきた。いずこでも、同志の温かさが大きな力になった。
 困難に断じて屈しない負けじ魂で、三宅島の友は「広宣流布のモデルケース」を築いてくださった。
 夫妻は共に80歳を迎える今も、学会精神に燃えておられる。ご自宅を個人会館としても提供してくださり、感謝に堪えない。

使命の大地の柱に
 文永8年(1271年)、大聖人は佐渡に御到着された直後に仰せである。
 「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(同955㌻)
 大難の真っ只中で掲げられた御本仏の「世界広宣流布」の大誓願に、有り難くも連なる我らである。その宿縁はあまりにも深く、福徳はあまりにも大きい。
 わが島を──
 自他共の「和楽島」に!
 幸福輝く「希望島」に!
 「世界広布新時代」の前進を、わが使命の天地で新しい地涌の人材を呼び出しながら、仲良く力を合わせて開始しようではないか!

  誉れある
   使命の島の
    柱たれ
   その名は三世に
     諸仏も讃えむ
2013-10-20 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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