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希望は人生の宝なり

希望は人生の宝なり
          池田 大作

希望は
人生の宝なり。

常に
希望を持てる人は
幸いなり。

どんな財宝を持ち
どんな権勢を持ち
どんな名声を持とうとも
希望を見失った人生は
早々《そうそう》と挫折していくに
違いない。

古代ローマの哲人
キケロは言った。
「重要なのは、
 金銭よりも希望だ。
 希望が潰《つい》えれば、
 残りのものも、
 いくら積み上げても
 いずれ失われることに
 なるだろう」

希望の人を侮る傲慢は
やがて
後悔の落伍者として
落ちてしまうであろう。

希望に輝く
この一生を
台無しにしては
絶対にならない!

希望は
人生を励ます宝石である。
希望のある限り
人間には行き詰まりがない。

そこには
常に勝利が待ち
喜びの笑顔が広がっている。

私と妻の忘れ得ぬ友である
気高きアフリカの環境の母
マータイ博士は語った。
「希望は花のようである。
 どんな状況においても
 誰が見ていようがいまいが
 花は精一杯、咲き誇る。
 人間もまた同じである」と。

希望は
努力と忍耐に咲く花である。
希望は
陰徳を積みゆく人の
誇り高き陽報なのである。

希望に
生き抜く人には
堕落がない。
惰性がない。

悩める友に
希望を贈りゆく
貢献の日々には
成長がある。
充実がある。
向学がある。
創造がある。
連帯がある。

「闇が深いほど
 光が明るくなるように、
 苦しみが募るほど
 強くなるのが
 ほんとうの希望」とは
スペインの大作家
セルバンテスの叫びであった。

希望は何ものにも負けない
不屈の旗である。
人生は戦いだ。
来る年また来る年を
どのように強く朗らかに
生き抜くかである。

創価の父・
牧口常三郎先生と
交友を結んだ
東北の偉人・
新渡戸稲造博士が
断言した如く
最も暗い悲哀の中でさえ
希望は見出せる。

その希望は
「信仰」と「勇気」の
心眼によってこそ
見えるというのだ。

牧口先生は
法難の獄中にあっても
「心一つで地獄にも
 楽しみがあります」と
悠然と綴っておられた。

この殉教の師に対して
弟子である戸田城聖先生は
「あなたの慈悲の広大無辺は
 私を牢獄まで連れていって
 くださいました」と
感謝を捧げられたのである。

第三代の私は
あまりにも峻厳な
この不惜身命の
師弟の大道を
まっしぐらに
走り通してきた。

師匠が
思い抱かれた希望は
すべて
命を賭して実現した。
晴れ晴れと
一点の悔いもない。

御聖訓には仰せである。
「大闇をば日輪やぶる」と。
勇気ある信仰こそが
大いなる希望の太陽なのだ。

正義に徹する師弟は
試練の逆境を下に見て
生命の究極の光を
永遠に放ちゆくに違いない。

無限の希望!
これが妙法である。
無限の境涯!
これが信心である。

法華経には
心広々と説かれている。
「願わくは
 此の功徳を以て
 普く一切に及ぼし
 我れ等と衆生とは
 皆な共に仏道を成ぜん」と。

広宣流布こそ
全人類を
平和と幸福の大境涯に
高めゆかんとする
無上にして壮大なる
希望なのだ。

ああ
希望! 希望! 希望!
希望は人生の宝なり。

新しき一年も
新しき一日も
我らは
元初の太陽を胸に
明るい希望に燃えて
出発する!

いかに深き乱世の混迷も
決然と打ち破って
みずから希望を創りゆくのだ!

あの友にも
この友にも
絶対勝利の希望を贈りながら
我らは勝ち進むのだ!

フランスの行動する知性
ロマン・ロランは言った。
「今日《こんにち》の最後の希望は
 青年たちにある」

今 私は高らかに宣言したい。
「未来の最強の希望は
 創価の青年たちにある」と。

君よ
貴女《あなた》よ
決して負けるな!

いかなる
艱難辛苦があろうとも
金色に輝く希望の光を
断じて忘るるな!

おお 君たちよ
私が心から信頼し
愛する君たちよ
希望に生き抜くのだ!
断固と勝ち抜くのだ!

 2012年1月2日
     84歳の誕生日に
          世界平和詩人


キケロの言葉は根本和子訳。セルバンテスは荻内勝之訳。ロランは山口三夫訳。
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2012-01-05 : 詩・句等 :
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新年の歌

新年の歌(2012.1.1付 聖教新聞)

 聳え立つ
  世界の希望と
      創価城
  天下一なる
     団結光れや

 新生の
  広布の力を
    出《いだ》しゆけ
  若き地涌は
    乱世に勇みて


 この一年
  君よ 勝利の
      旗を振れ
   いかなる山も
    師弟で勝ち越え

     2012年 元旦

新年の歌(2012.1.1付 創価新報)

 堂々と
  君の闘争
   攻勢に
  仏も祝さむ
   創価の凱歌を

 負けるなと
  父母ともに
   全力で
  叫びし姿を
    永遠《とわ》に忘れじ

 思い知れ
  正義の学会
   晴れわたる
  功徳と勝利の
   毎日なるかな

     2012年 元旦
2012-01-01 : 詩・句等 :
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新年の歌

新年の歌   (2011.1.1 聖教新聞)

 天高く
  広布の夢を
   君よ 持て
   元初の誓い
   燃え立つ友らと

 鮮やかに
  激戦 勝ち越え
   晴れ舞台
   師弟の宝冠
    世界を照らさむ

 いざや立て
  使命の庭で
   乱舞せむ
   師子は奮迅
   躍進 勝利を


     2011年 元旦


新年の歌   (2011.1.1 創価新報)

 晴ればれと
   今日一日を
    菩薩舞
    華陽の天使は
   幸福《さち》を広げて

 百万の
  強敵《ごうてき》 来たるも
   我は勝つ
   師弟の誓願
    不敗の歴史を

 おお我は
  汝の力に
   託さなむ
   青年学会
    世界の柱

     2011年 元旦
2010-12-31 : 詩・句等 :
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輝き光れ!  我らの五月三日

輝き光れ! 我らの五月三日


おお
我らの5月3日!
永遠に忘れ得ぬ
5月の3日よ!
   
それは
恩師・戸田城聖先生が
会長になられた日である。
そして
師弟不二の境涯の上から
私が第3代として
立ち上がった日である。
   
寒風の2月と3月を
乗り越え
桜の咲く4月を見つめつつ
遂に迎えた輝ける新緑の朝!
5月は一年で
最も晴れがましい季節だ。
   
尊貴な光に包まれた
我らの5月3日よ!
光とは正義であり
闇とは邪悪である。
   
光は闇を恐れない。
光を持つ人は
何も恐れない。
光は永遠に輝く勝利だ。
   
闇に生きゆく人は
心も暗い。
創価とは
あらゆる人々の心を
強く正しくする
勇気の光だ。
   
闇は光を塞がんとする。
しかし
光は立ち止まらない。
創価とは
限りない希望の未来を
照らしゆく前進の光だ!
   
おお
勝利に輝きわたる
我らの5月3日よ!
未来永劫に光りゆく
師弟の5月3日よ!
   
めぐり来る
  五月三日の
    嬉しさに
  同志の笑顔と
    決意の歴史は
   
世界の歴史には
数多の祝賀の日がある。
しかし民衆と遊離して
形骸化してしまった
死せる記念日も少なくないと
ある学者は叫んだ。
   
広布に生きゆく
我らの5月3日は
なんと晴れやかで明るく
なんと生き生きと
朝日の昇りゆく
心爽やかな
大歓喜の一日であろうか。
   
天高く澄みわたる
昭和35年の5月3日
32歳の若き指導者は
尊き晴れ姿の民衆と共に
新たな大遠征に旅立った。
それは
世界の広宣流布である。
   
前人未到の峰を一歩一歩と
登り続けて50年──。
今や我らの眼前には
壮大な眺望が開かれている。
はるか地球を包みゆく
平和と幸福の大連帯の隊列だ。
   
「報恩抄」に曰く
「小失なくとも
 大難に度度値う人をこそ
 滅後の法華経の行者とは
 しり候はめ」
  
正法正義に生き抜く
我らには
荒れ狂う嵐が幾たびもあった。
みな断固と勝ち越えてきた。
険難の山があり谷があった。
みな敢然と踏み越えてきた。
   
「法華経を信ずる人は
 冬のごとし
 冬は必ず春となる」
この御金言を胸に
あの友も この友も
皆が歓喜しながら
変毒為薬の劇を演じてきた。

ああ
初代・牧口常三郎先生が
喜んでおられる。
2代・戸田城聖先生が
喜んでおられる。
広布の途上に逝いた友も
常楽我浄の霊山浄土で
満足の笑顔で見つめている。
   
我ら創価の師弟を
御本仏・日蓮大聖人が
無量の仏菩薩と共に
讃嘆くださっていることは
御聖訓に照らし
絶対に間違いない。
なんと嬉しいことか!
なんと痛快なことか!
   
我らは勝った。
創価は勝ったのだ。
おお 我らの5月3日よ!
君も あなたも
万歳を叫ぼうではないか。
自分自身の勝利、万歳!
全同志の勝利、万歳!
師弟不二の勝利、万歳! と。
   
「勝利に際して
 おのれに勝つ者は
 二度勝ったことになる」とは
古代ローマの鋭き箴言である。
  
油断は大敵だ。
勝って兜の緒を締めよ。
5月3日の心は
どこまでも勇猛精進だ。
   
弟子は戦う!
青年は戦う!
生死を超えて
今世の大法戦に勇み立つ。
命を惜しまず
広布の一歩前進のために!
   
わが生命には絶え間なく
師の誓願が鳴り響いている。
「われわれには
 広宣流布を断じて
 為さねばならぬ使命がある。
 未来は君たちに任せる。
 頼むぞ広宣流布を!」と。
   
師匠・戸田先生は
わが胸中にあって
永遠の太陽の如く
光り輝いておられる。
その師に常随給仕の思いで
私は今日も
師と共戦するのだ!
師との誓いを果たすのだ!
   
太陽と共に進めば
永遠に勝ち光っていける。
これこそが
最極の生命の軌道だからだ。
   
人間には
立ち上がるべき時がある。
戦わねばならぬ
決定的な時が必ずある。
その「時」を逃さず
時に適う行動を起こすことだ。
そして必ず勝つことだ。
これが師弟の道であり
永遠不滅の仏法だ。
これに勝る名誉はない。
   
「撰時抄」には仰せである。
「闘諍堅固の仏語
 地に堕ちず」
「法華経の大白法の
 日本国並びに一閻浮提に
 広宣流布せん事も
 疑うべからざるか」

昭和5年11月18日
世界の大恐慌が
子どもたちの未来まで
暗く閉ざさんとする渦中
先師・牧口先生は
創価教育学会を創立された。
   
昭和26年5月3日
文化の大恩深き隣国の民衆が
戦乱に苦悩する真っ只中に
恩師・戸田先生は
第2代会長に就任され
東洋の広宣流布を誓願された。
 
第3代の私も
東西冷戦の軛の下で
危機と紛争の炎が
残忍に世界を引き裂くなか
人類を結ぶ対話を開始した。
   
世界に平和を!
民衆に幸福を!
人間に勝利を!
この根本の誓願と原理を
「立正安国」といい
「広宣流布」という。
仏意仏勅の創価学会は
そのために生まれたのだ。

「地上から
『悲惨』の二字をなくしたい」
この師の悲願のままに
苦悩に喘ぐ民衆がいる限り
創価学会は断じて戦い続ける。
母子の悲嘆の涙が消えるまで
創価の師弟は前進を止めない。
そして絶対に勝利するのだ。
   
艱難は一切覚悟の上である。
 「いまに一日片時も
 こころやすき事はなし
 此の法華経の題目を弘めんと
 思うばかりなり」
この御心を受け継ぐのが
三代の師弟であるからだ。
   
ゆえに私は
誰よりも悩む!
誰よりも苦しむ!
そして誰よりも
無冠の庶民の味方として
一番苦労している友を
渾身の力で励ますのだ!
   
厳寒の冬には
寒風に一人立つ友を思い
熱暑の夏には
額に汗する友の健闘を祈った。
脚光を浴びる舞台を見れば
人知れぬ裏方の尊き苦闘に
南無し感謝を捧げた。
   
苦労知らずの甘ったれなど
私は眼中にない。
陰の陰で
祈りに祈り
動きに動き
誰が誉めなくとも
ただ冥の照覧を信じて
道なき道を開拓していく
わが真実の同志のために
わが誠実な同志のために
私は生き抜くのだ。
   
あの遠く離れた佐渡の
千日尼への御返事には
「御面を見てはなにかせん
 心こそ大切に候へ」と
仰せになられている。
   
たとえ会えずとも
我ら創価家族の心と心は
いつもいつも
一緒であり一体である。
来る日も来る日も
広宣流布の最前線に立つ
誰よりも健気な
強く明るい友の顔が
私と妻の心から
離れることはない。
   
「此の法門を申すには
 必ず魔出来すべし
 魔競はずは
 正法と知るべからず」
我らは
競い起こる三障四魔にも
怯まず勝ち切ってきた。
   
おお
仏法即社会の英雄たちよ!
心ない悪口罵詈など
朗らかに はね返して
宿命を使命に転じてきた
偉大な幸福博士の母たちよ!
猶多怨嫉の難があるほど
負けじ魂を燃え上がらせて
激戦に挑み勝ちゆく
尊き勇敢な青年たちよ!
   
この同志こそ
私の無二の宝である。
この後継こそ
私の最上の誇りである。
   
地球上における
最大の神秘とは一体何か?
アメリカの民衆詩人
ホイットマンは結論した。
「それは
 あなたにも そして
 あらゆる人の中にも
 存在する生命である」と。
その通りである。
   
自分自身の生命こそ
宇宙の一切の宝を集めた
功徳聚である。
幸福の尊極の当体が
わが生命なのだ。
その宝蔵を開く秘術が
妙法の信仰である。
   
我らには勇気がある。
勇気が慈悲に代わる。
勇気がある限り
智慧は滾々と湧き出ずる。

法華経には
久遠からの師弟の結縁は
「五百塵点劫」
「三千塵点劫」という
長きに及ぶと明かされる。
古の奇しき縁で結ばれた
師弟の5月3日よ!
   
創価の不惜身命の驀進には
経文の通り
御文の通り
三類の強敵が襲いかかった。
   
昭和45年
就任10周年の5月3日も
烈風に大鷲は飛翔した。
昭和55年
就任20周年の5月3日も
法難の嵐に師子は走った。
   
「大難・度度重なり候いしかば
 一年・二年こそ つき候いしが
 後後には皆或は をち
 或は かへり矢をいる」と
御書には喝破なされている。
   
第六天の魔王に
心を食い破られた
怨嫉の反逆者も出た。
異体同心を攪乱する
悪党どもも暴れ回った。
峻厳な師弟を忘れ去り
心暗く堕ちた
背恩の弟子もいた。
   
古代ギリシャを代表する
劇作家メナンドロスは言った。
「忘恩の徒は
 友と見なされてはならぬ。
 悪人も
 善人の場を占めてはならぬ」
   
恩を忘れ
悪事に走りゆく愚者など
相手にするな!
笑い飛ばせ!
自ら堕落して
同志を裏切り
退転反逆する卑怯者など
眼中に入れるな!
叱り飛ばせ!
   
邪心に染まり転落していく
人間として最悪の背信者は
清浄無比なる仏法の世界に
いられなくなる。
入れてもならない。
   
おお 
わが愛する同志よ!
いかなる卑劣な陰謀にも
庶民の勇者たちは
微動だにしなかった。 
我らは勝った!
勝ち抜いてきた!
憤激に身を震わせ
破邪顕正の宝剣を掲げ
苦難を共にしてくれた
真の同志に感謝したい。

日蓮大聖人は仰せである。
「大難来りなば
 強盛の信心弥弥
 悦びをなすべし」
  
昭和55年の5月3日を
私は関西の天地で迎えた。
絶対に信頼できる
関西の同志と共に
一切の魔軍を打ち砕く
反転攻勢の烽火を上げたのだ。
   
この時 私は
「五月三日」と大書した。
この日は創価の原点である。
ここに
学会精神の真髄がある。
異体同心の究極がある。
師弟不二の極致があるからだ。
   
脇書として私は
3年後の
昭和五十八年五月三日
21年後の
西暦二〇〇一年五月三日と
書き留めた。
   
「今に見よ」
新たな創価学会の大発展を
必ず開いてみせると
私は我が一念に固く
誓い定めていたのだ。
   
「一心の妙用」は厳たり。
昭和58年の5月3日には
第2総東京の八王子の天地に
新たに誕生した東京会館で
私たちは勝鬨をあげた。
  
ここには
本陣たる大東京 
埼玉・神奈川・千葉をはじめ
関東 さらに全国の盟友も
集い来った。
今 この師弟の宝城は
東京牧口記念会館となりて
創価大学を見守り
堂々と聳え立っている。

2001年の5月3日には
カリフォルニアの陽光輝く
アリソビエホの丘で
夢に見たアメリカ創価大学の
開学式が盛大に挙行された。
   
我ら創価の友は
いかなる試練に直面しても
常に原点の5月3日から
元初の太陽を心に燃やして
勝利へ出発するのだ。
目標と定めた
新たな5月の3日へ
完勝の旗を打ち立てゆくのだ。
   
戸田先生は叫ばれた。
「師子は
 打たれれば打たれるほど
 強くなる。
 師子は
 叩かれれば叩かれるほど
 猛然と立ち上がる。
 そして天下に
 大きく師子吼するのだ」
   
目立たぬ水底にあって
創価の民衆革命の潮流は
「人間主義」を求める
世界史の渇望と
深く強く合流していった。
戦争と暴力の旧世紀から
平和と生命尊厳の新世紀へ!
人類の歴史は
大きく回転を始めた。
   
全世界
192の国と地域で
幾千幾万の民衆が
「我らは勝った」と
快哉を叫び抜く人生を
勝ち開いてきた。
なんと素晴らしきことか!
なんと偉大なことか!
三世十方の諸天善神も
こぞって大喝采を
送ってくれているに違いない。
   
今日も
我ら地涌の平和の使者は
全地球を舞台に
人道の大行進を始める!
 
世界中の偉大な母は
創価の母たちと共にある。
アメリカの人権の母
ローザ・パークスさんも!
中国の人民の母
穎超さんも!
ロシアの芸術の母
ナターリヤ・サーツさんも!
フィリピンの教育の母
ラウレアナ・ロサレスさんも!
北アイルランド出身の平和の母
ベティ・ウィリアムズさんも!
アフリカの環境の母
ワンガリ・マータイさんも!
   
我らの5月3日は
「創価の母」に
心から感謝を捧げる日だ。
母を大切に!
婦人部を護り抜け!
   
大聖人は宣言なされた。
「法華経の師子王を持つ女人は
 一切の地獄・餓鬼・畜生等の
 百獣に恐るる事なし」
   
この世界第一の
母の祈りと行動で
壮麗に織り成された
民衆勝利の大絵巻こそが
広宣流布の実像なのだ。
   
私ども夫婦の結婚式も
戸田先生のお計らいによって
昭和27年の5月3日に
決めてくださった。
先生の会長就任1周年の
その日である。
私と妻の若き門出を
恩師も 
良き先輩たちも
心から喜び
見守ってくださった。
   
師は創価の組織は
命よりも大事だと叫ばれた。
なぜならば
師弟不二の結合ありてこそ
「一生成仏」の血脈は
滔々と流れ通うからだ。
ここにこそ
永遠に民衆を救済しゆく
「創価学会仏」の大生命力が
受け継がれていくからだ。

一閻浮提広宣流布という
永遠平和の旗を掲げて
我らは自ら誓って結集した。
久遠の大願を絆とするゆえに
我らの団結は永遠に崩れない。
   
アフリカ広布の先駆
コートジボワールの友からも
常勝への合言葉が轟く。
「イタイドウシン(異体同心)!」
「ビクトワール(勝利)!」
   
日本で そして世界で
わが50年の勝利を
受け継いでくれる青年が
「地涌の義」のままに
躍り出ている。
その数は無数である。
   
回を重ねるごとに
水かさを増しゆく
全国の青年部幹部会
そして本部幹部会には
世界の若き友も
馳せ参じてくれている。
   
♪青葉茂れる桜井の……
あまりに懐かしき
〝大楠公〟の調べを 
後継の誓いに託して歌ったのは
仏教誕生の大恩ある
偉大なインドの丈夫であった。
   
「広宣流布は
 お任せください!」
清らかな白蓮の華の如く
報恩の決意を光らせたのは
世界広布の王者ブラジルの
華陽の乙女であった。
   
師弟不二の心で
広宣流布の誓願に
徹し抜いていく時
生命の奥底から仏の力を
漲らせていけるのだ。
愛弟子が誓いを果たした時
師弟の誓願は成就するのだ。
これが日蓮仏法の極理である。
   
我らの前には
友情と希望と栄光に満ちた
平和の大道が輝いている。
世界の知性も見つめている。
新たな50年の
師弟勝利の回転は始まった。
さあ出発しよう!
   
時は来た。
おお 
晴れ晴れとした5月3日よ!
老いも若きも
はち切れんばかりの生命力で
仏天に見守られながら
新しき戦いを起こしゆこう!
   
おお 我らの5月3日よ!
5月3日の生命は
永遠に朗らかに
永遠に前進する!
永遠に勝利また勝利だ!
   
共に呼吸を合わせて
進みゆけ!
そして
人間革命の大讃歌を
高らかに歌いゆけ!
おお
輝き光れ!
5月の3日よ
我らの5月3日よ!
   
  尊くも大切な大切な
  わが同志である皆様方の
  平和と幸福と健康を
  妻と共に心から祈りつつ
            合掌
   
 2010年5月3日の朝に贈る
        世界民衆詩人

 ※古代ローマの箴言はギリシャ人のププリリウス・シュルスの言葉(柳沼重剛訳)。メナンドロスの言葉は中務哲郎訳
2010-05-03 : 詩・句等 :
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長編詩 わが友よ 正義は前進せよ!

わが友よ
正義は前進せよ!



わが友よ
正義は前進せよ!
君の人生は
永遠に勝負だ。

君よ
見たまえ!
苦戦を乗り越え
勝ち抜いた人こそが
歴史上の偉人たちだ。

古代ローマの哲学者
ボエティウスは語った。
 「あなたがたも
 勇ましく
 偉大な先達の示す
 崇高な道を歩むがよい」

君よ
諸天善神も
毎朝毎日 見ている。
君が一歩を踏み出せば
諸天善神も勇んで
君と一緒に
動き始めるのだ。

君よ
君の人生を
勝ちまくれ!
それが
君の使命だ。
君の晴れの姿だ。

ああ 重苦しい雲が
垂れ込めてきた。
激しい暴風雨が
迫り来る予感の
曇天の朝だ。

しかし
君よ
すべてを
悠々と乗り切れ!

雨であれ
嵐であれ
汝自身が強く輝く
黎明の心境でいけば
すべてが
君の勝ちだ!

中国の国学大師と仰がれる
饒宗頤博士も
私との対話のなかで
語っておられた。

 「私は何度も
 困難の壁に
 ぶちあたってきました。
 『忍辱』によって
 苦難に立ち向かい
 克服するまで諦めずに
 奮闘してきたのです」


いかなる事態になろうと
いかなる艱難の
連続であろうと
天空に雲一つなき
大晴天の
君の生命の宇宙を
輝かせていくことだ。

そのために
今日も前進だ!
今日も決戦だ!
今日も勝利だ!
これが人生の英雄だ!

万有流転──
大宇宙の運行は
瞬時たりとも
止まることはない。

400年前
あの天文学の先覚者
ガリレオ・ガリレイは
彼方の天座を見つめつつ
我らの地球が
回転していることを
おごそかに宣言した。

彼は叫んだ。
──地球は
常に変化し
絶えず生成している。
だからこそ
高貴なのだ。
賞讃に値するのだと。

万物は
間断なき前進から
生まれ出ずる。
前進こそが
宇宙を貫く黄金則なのだ。

ガリレオ自身が
真理の探究の軌道を
雄々しく突き進んだ。
過酷な迫害も忍び
失明の試練も耐え
勇敢な弟子とともに
誠実な愛娘とともに
最後の最後まで
知性の格闘を続けたのだ。

勇気と英知という
至高の人格の光を
彼は金星の如く
鮮烈に放っていった。

 「日月天の
 四天下をめぐり給うは
 仏法の力なり」と
御聖訓には仰せである。

大宇宙を
前進せしめゆく
究極にして
根源の力こそ
妙法である。

この大哲理を
若くして受持した君よ
何があっても
前へ前へ!
たゆみなく進むのだ。
堂々と!
朗らかに!

法華経の寿量品には
「未曾暫廃」──
未だ曾て暫くも廃せず
と説かれる。

師匠は
衆生を救わんがために
しばしも
仏の仕事を止めない。
常に勇気凛々と
戦い抜くのだ。

法華経の会座において
師匠は弟子に
「勇猛精進」を示された。
弟子も師匠に
「勇猛精進」で応えた。

師匠も
勇猛精進!
弟子も
勇猛精進!
恐れなき前進において
師弟は
不二となるのである。

日蓮大聖人は
末法万年尽未来際の
令法久住のために
御入滅の時まで
戦い通された。

病の身を押されて
武州池上へと
歩みを進められ
若き門下とともに
烈々たる破邪顕正
そして
立正安国の大闘争を
示してくださったのだ。

 「必ず三障四魔と申す
 障いできたれば
 賢者はよろこび
 愚者は退く」とは
権力の魔性と戦う
池上兄弟へ打ち込まれた‘
御金言である。

いかなる宿縁であろうか
御本仏が
魂魄を留め置かれた
この大東京の大地で
創価学会は誕生した。
学会こそ
仏意仏勅の教団たる
重大な符合が
ここにもあるのだ。

創価の師父
牧口常三郎先生は
本陣東京を中心として
常に最前線を奔走された。

牧口先生は
語っておられた。
 「仏法を伝えたい
 友人がいれば
 私に会わせなさい。
 それがそのまま
 折伏になるのだ」

この率先垂範の
燃え上がる闘魂と
断固たる責任感で
創価の師弟は
戦い勝ってきたのだ。

その師を仰ぎ見て
不二の弟子たる
戸田城聖先生は
感嘆された。
 「牧口先生の思想は
 いつでも
 若竹の如く
 伸び続けている」

軍部権力の
狂暴なる迫害にも
創価の師弟は
師子王の如く悠然と
微動だにしなかった。

金剛不壊なる
この師匠の生命と
弟子の一念が合致するとき
無窮の前進の力が
湧き起こるのだ。
あらゆる障害をも
突破しゆく
師子奮迅の力が
漲り溢れてくるのだ。

創価とは──
師とともに
目覚めたる民衆が
一人また一人
頭を上げて胸を張ることだ。

そして
生きる喜びと
尊極なる生命の誇りに
満ちて闊歩しゆく
希望の大行進である。

それは
人類が願い
求めてやまなかった
幸福の前進である。
正義の前進である。
人道の前進である。
平和の前進である。
文化の前進である。
教育の前進である。

最も正しいゆえに
権力の魔性は
嫉妬に狂い
襲いかかってくるのだ。

しかし
いかなる悪口も
いかなる陰謀も
いかなる弾圧も
我らの異体同心の前進を
阻むことはできなかった。

私は青春時代
わが師・戸田先生と
幾たびとなく
大文豪ゲーテの言葉を
語り合ってきた。

 「新しい誓いのたびごとに
 古いつきあいを
 新たにしよう!」

 「われわれの屈託のない
 つきあい
 心からの仲間意識の
 すこやかさ!
 これからも
 いつに変らず
 心と心を寄せ合おう
 われわれの友情には
 つまらぬことで
 水が入ったりしないのだ」

今や
世界192力国・地域に
創価の人間主義の連帯は
晴れ晴れと広がった。

私が招へいを頂き
2度の講演をした
行動する人間を
前進する知性を
育んでこられた。

近代ハーバード大学の父
エリオット学長は
毅然とモットーに
掲げている。

 「上を向け
 下を向くな
 前を向け
 後を向くな」
 「そして
 手を差しのべよ」

この学長は
若き教育者に尋ねた。
 「君は戦えるかね」
青年教育者は
 「イエス」と答えた。

すると学長は
さらに念を押した。
 「すべての人が
 君に反対するとき
 君を支持する人が
 一人もいないときでも
 君は戦えるかね」

この一人立つ
学長の巌の如き奮闘が
原動力となって
ハーバード大学は
比類なき
大発展を遂げたのだ。

エリオット学長は語った。
 「私は寂しいと
 思ったことがない。
 いつも
 戦っていたからだ」

学び戦い
そして前進する人生には
悲哀も感傷もない。
常に充実があり
発展がある。

御聖訓には仰せである。
 「月月・日日に
 つより給へ
 すこしも
 たゆむ心あらは
 魔たよりをうべし」

トインビー博士も
文明の衰亡は
成長への躍動を
失うところから始まると
喝破されていた。

社会であれ
個人であれ
傲り高ぶって
「愚者の楽園」で
安閑と休息するところに
敗退がしのびよるのだ。

かのルネサンスの巨人
レオナルド・ダ・ヴィンチは
錆ついてボロボロになった
剣の絵を描いて
「自分を鍛えないので」と
添え書きを残している。

前進を止めた心は
愚痴と不満に囚われる。
ゆえに
歓喜と使命に輝いて
前進を続ける人間が
妬ましくて
仕方がなくなるのだ。
これが
提婆達多の本性であり
どす黒い怨嫉の生命だ。

戸田先生は叱咤された。
 「たゆまず流れ出ずる
 水の信心であれ!
 溜まり水は
 動かないから
 腐ってしまう。
 人間も同じだ。
 進まざるは退転である」

腐臭を放つ
浅ましい退転の輩の
嫉妬や裏切りなど
笑い飛ばしていけばよい。

戸田先生は断言なされた。
 「誰が何と言おうと
 強く強く
 同志と一緒に
 前へ進むのだ」
 「仏から最大に賞讃され
 大功徳を受けるのは
 大勇猛心で
 進んだ人である」

正義の行進は
断じて
停滞してはならぬ。
逡巡してはならぬ。

大聖人も
光を当てておられた
唐の大詩人・白楽天は
善人が前進すれば
悪人が後退すると
謳い上げている。

善が弱まれば
悪が蔓延《はびこ》る。
そこに
社会の混迷の元凶がある。
「立正安国」とは
正義が前進することだ。
正義が勝利することだ。

それは
紀元前の6世紀
ローマで
ある邪悪な輩が
謀略によって王となった。
その悪党と一族は
横暴の限りを尽くした。
人々は「傲慢王」と
恐れおののいた。

その時
決然と立ち上がった
一人の英雄がいた。
青年時代から
仇討ちを胸に秘めた
ルキウス・ブルートゥスだ。
 「わが身に能う限りの力で
 追及しよう」と
邪悪を攻め抜く魂は
炎の如く
燃えたぎった。

その渾身の叫びに
熱血の青年は結集し
傲慢王の一族は
ついに追放されたのだ。

そして
それまでの古き王政は
世界の歴史に光る
新たな共和政へと
大転換したのである。

一人の勇気から
正義は前進する。
正義が勝ち誇れば
すべてが
変わっていくのだ。

黙っていては
何も動かない。
行動しなければ
何も変わらない。

かつて私は
いわれなき
誹謗中傷の渦巻くなか
高熱に苦しみながら
『私の人生観』の
執筆を続けた。

原稿用紙を
一枚書くごとに
「正」の字で
数を記録していった。
一枚また一枚
一日また一日
「正」の字を
積み重ねながら
完成させていったのだ。

その「正」の字を
記録した紙は
幾山河を勝ち越えた
わが家の宝となった。

ともあれ
戦いは
もうこれくらいでと
油断したならば
そこから負ける。
最後まで
粘り抜いた方が勝つ。
走り切った方が勝つ。

あの電撃的な
米中の新時代を開いた
周恩来総理と
キッシンジャー博士は
お二人とも
私の敬愛する友人である。

歴史に薫る外交交渉で
キッシンジャー博士は
語られた。
 「変化は
 生命の法則のようですね」

その発言に
周恩来総理は応じられた。
 「問題は
 変化が前進しているか
 後退しているか
 ということです」

博士も
そして総理も
創価の民衆の前進に
平和の希望を
託してくださっていたことは
ご存じの通りである。

さあ
わが友よ
人生は前進だ!
正義は前進だ!
人類史の新しい地平を
我らの勝利で
断固と開きゆくのだ!



2009年6月3日
 学会本部・師弟会館にて

 初代・牧口先生の
 生誕138周年を
 記念して

 わが広布に走る
 一千万の同志の
 無事故と御多幸を
 心より祈りつつ 合掌

       桂冠詩人
       世界桂冠詩人
       世界民衆詩人


ボエティウスの言葉は渡辺義雄訳、ゲーテの言葉は松本道介訳、エリオットの言葉は村田聖明・南雲純訳、ダ・ヴィンチの言葉は三神弘彦訳、ブルートゥスの言葉は鈴木一州訳、周恩来・キッシンジャーの言葉は宮城大蔵訳。
2009-06-06 : 詩・句等 :
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