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「スクープ・インデペンデント・ニュース」のインタビュー

「スクープ・インデペンデント・ニュース」のインタビュー
         (2014.4.16/5.7付 創価新報)

 3月16日、ニュージーランドのニュースサイト「スクープ・インデペンデント・ニュース」に、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長のインタビューが掲載された。これは、同サイトのアレスター・トンプソン記者による書面での質問に、SGI会長が返答したもの。

暴力と憎悪の渦を乗り越え「平和の文化」建設を

「生命の尊厳」を精神的基軸に
 
 ──池田SGI会長は、2013年の「SGIの日」記念提言で「生命の尊厳」について触れておられますが、人間の本能の、どのような側面が平和に貢献し、また、どのような側面が平和を妨げると思われますか。

 私は昨年の提言で、国連などで目指すべき世界像として焦点となっている「持続可能な地球社会」を建設するための方途を展望しました。
 「生命の尊厳」は、その建設への挑戦を進めるにあたって、精神的基軸に据えるべきものとして提起したものに他なりません。
 人間には、「家族との暮らしを大切にしたい」という感情もあれば、「強く力ある存在になりたい」という感情もあります。
 一見すれば、前者が穏健的で後者が好戦的な印象がありますが、状況次第ではそれが全く逆転します。
 例えば、ある集団と別の集団との対立が深刻化した時、多くの人々を最終的に暴力に駆り立ててしまうのは前者の感情の働きであり、一方で後者の感情は、ガンジーやキング博士のように憎悪や差別の渦に打ち勝つために、自身の内なる生命から“非暴力”という限りない勇気と希望を湧き出す働きともなるからです。
 その意味では、人間の何らかの本能そのものが、戦争や暴力を引き起こす本質的な原因ではないと言えましょう。
 実際、ユネスコ(国連教育科学文化機関)で採択された声明(1989年の「暴力についてのセビリア声明」)でも、「戦争あるいはその他の暴力行動は、私たち人間の本性のなかに遺伝的にプログラムされている──という言い方は、科学的に正しくありません」と強調されている通りです。
 むしろ思想家のオルテガが、現代は「『風潮』の時代」であり、思想や政治など「あらゆるものの中に吹き荒れている皮相的な旋風に対して抵抗する人はほとんどいない」(『大衆の反逆』神吉敬三訳、筑摩書房)と警告したように、集団心理や暴力的な扇動に人々が押し流されない社会の気風を育むことが、最重要の課題となります。私は、その基盤となるのが「生命の尊厳」から発する“同苦”の精神だと考えるのです。
 「愛する家族を大切にしたい」という感情が戦争や暴力の方向に押し流されないようにするには、他の集団の人々も自分と同じく「かけがえのない家族を失いたくない」と切実に願っていることに思いを馳せることが欠かせません。また、「強く力ある存在になりたい」という感情が、他の人々の生命や尊厳を脅かす方向に向かわないようにするには、「他の人々の犠牲や不幸の上に、自分の幸福を追求しない」との自戒を忘れないことが大切になります。
 ゆえに私は昨年の提言で、社会で常に顧みられるべき精神性として、「他者と苦楽を共にしようとする意志」「生命の無限の可能性に対する信頼」「多様性を喜び合い、守り抜く誓い」の三つの指標を提起しました。
 つまり、ここで「意志」「信頼」「誓い」との言葉を用いたように、社会の悪しき風潮に押し流されず、平和と共生の土塁を堅固に築くためには、「生命の尊厳」に根差した一人一人の揺るがない信念が重要となってくるのであり、その生き方を広げるために、私どもSGIでは、国連の推進する「平和の文化」や「人権文化」の建設に民衆レベルで取り組む活動を続けてきたのです。

“一対一の対話”が祖互理解広げる

 ──市民社会のエンパワーメント(内発的な力の開花)を目指すSGIの活動に関連して、一人一人の人間が「消極的暴力」の根絶のためにできる役割とはなんでしょうか。また、そのための行動が、社会の「レジリエンス(脅威や問題を乗り越えて社会を立て直す力)」に、どんな影響を与えることができると思われますか。

 一般に暴力というと、暴行や殺人から戦争にいたるまで、何らかの力を行使して人々の生命を奪ったり、負傷させたりする行為──すなわち、「物理的暴力」の問題を想起しますが、もう一つの暴力として、その横行を決して見過ごしてはならないのが、直接的に危害を加えないまでも、差別的な言葉や抑圧的な態度などで人々の権利を脅かし、尊厳を傷つける「消極的暴力」です。
 この「消極的暴力」は、それ自体、苦しみや痛みを他者に与えるばかりでなく、その横行を放置しておけば、何かのきっかけで社会が混乱した時に、より多くの人が、他の集団を排除するための「物理的暴力」に走ったり、その行為を簡単に容認してしまう状況を招く“温床”ともなりかねません。
 近年、多くの国で社会問題になっているヘイト・クライム(憎悪犯罪)とヘイト・スピーチ(憎悪表現)を見ても明らかなように、この二つは、直接的な暴力か否かの区別はあっても、“憎悪に基づいて他者を意図的に傷つける”という点では同根なのです。
 その関係を表したのが「憎悪のピラミッド」と呼ばれるもので、社会的分断や紛争は突然起きるのではなく、①先入観による行為②偏見による行為③差別行為④暴力行為⑤ジェノサイド(大量虐殺)、の5段階で問題がエスカレートし、暴力の渦が強まる中で、取り返しのつかない惨劇が引き起こされるのです。
 その意味で重要なのは、「憎悪のピラミッド」の下層──つまり、問題の端緒において、そうした行為を許してはならないと、自らの行動を戒めるのみならず、周囲の人々にも働きかけることだと言えましょう。そこで思い起こされるのは、ガンジーの令孫として「非暴力の精神」の普及に努めるアルン・ガンジー氏が、私との対談で語っていた言葉です。
 「『消極的暴力』とは、間接的で、自分でも気づかないうちに暴力に加担しているものです。他人に圧力をかける。抑えつける。差別する。強制的に何かをさせる……肉体的でないので、見過ごされてしまいがちです。祖父は、悪の行為を『見逃す』ことや、『見て見ぬ振りをする』のも、『暴力』の一種だと言っていました」
 私ども創価学会の牧口常三郎初代会長は、第2次世界大戦中に、日本の軍部権力による思想的弾圧に対して信念の闘争を貫き、獄中で生涯を閉じましたが、その牧口会長も投獄される前年に、同様の警鐘を鳴らしていました。「不善を善と考え、悪と異なると思い、法律に触れさえしなければ不善は構わないと誤解するところに、現代の病根があり、独善主義や偽善主義が横行する所以がある」(『牧口常三郎全集第10巻』第三文明社、現代表記に改めた)と。
 私どもSGIは、こうした牧口会長の信念の闘争を原点としながら、憎悪と暴力の渦にのみ込まれないよう、常に社会を平和と共存の方向へと向け直す力を高める努力を、民衆レベルで進めてきました。
 SGIは、民族や人種の違いを超えて“一対一の対話”を進めることを通し、友情という根を社会に幾重にも深く張ることに日頃から取り組んできましたが、これはレイシズム(人種差別主義)に基づく扇動や、排他的な集団心理に人々が押し流されることを防ぐ、社会の「頑強性」を高めることにつながるものと思います。
 政治や経済などで国家間の緊張が高まった時も、民衆レベルでの教育交流や文化交流に一貫して取り組み、対話と相互理解を行うためのチャンネルを断じて閉ざさないように心掛けてきました。
 また、国家と国家との友好を深める取り組みは自分の世代だけで終わらせて良いものではなく、世代から世代へ友誼の心を継承し、平和共存のための教訓(知恵)を受け継いでいくことが重要と考え、青年世代の交流の拡大に努めてきました。
 苦しんでいる人を支援する挑戦は、SGIに限らず、さまざまなNGOや市民団体が取り組んできたものでもあり、私たちは、志を同じくする団体や人々と協力しながら、引き続き社会の「レジリェンス」を高める民衆の連帯を広げていきたいと思います。

歴史を教訓に「平和と共生の道」開く

多様性尊ぶ対話で差異を超克

 ──平和構築のために、異なる宗教間の協力は可能だと思われますか。また、どうすれば最も効果的に協力を推進できるとお考えですか。

 そうした協力は可能であるし、むしろ、積極的に努力を傾けていかねばならないと思います。私自身、仏法者の一人として、世界平和の構築に向けて人間と人間との心の連帯を育むために、40年以上にわたって、異なる宗教的背景を持つ各国のリーダーや各界の識者の方々との「対話」を重ねてきました。
 その経験を踏まえて実感することは、宗教的な教義に関する見解や、信仰の根幹部分を支える思想は違っていても、「平和を求める思い」や「世界が直面する問題への懸念」、また「人類の未来に対する切なる希望」といった面では、同じ人間として共感できる部分が明確に存在しているという点です。
 例えば、インドネシアの元大統領で同国最大のイスラム団体の指導者であったワヒド氏は、私との対談で、「青年には、自身の利益だけを考える人ではなく、社会の利益を考える人、世界の平和共存のために行動する人になってもらいたい」(『平和の哲学 寛容の智慧』潮出版社)と切望しておられました。
 こうした思いは、信じる宗教は違っても、心ある人々の胸に等しく宿っているものではないでしょうか。
 では、どのようにして「宗教間協力」を築いていけばよいのか──。
 私は、紛争や環境破壊、貧困や災害といったグローバルな問題について、具体的なテーマを一つ一つ掲げながら、“自分たちは何をなすべきで、どのような智慧や精神を社会に発信していくべきか”について対話を進めて、具体的な活動についても協力を模索したり、意見交換を行っていく──いわば「問題解決志向型」のアプローチが有益ではないかと考えます。
 人類史を振り返ると、宗教的な対立が原因となって起こった紛争は少なくありません。
 しかし近年、宗教の違いなど関係なく、人々を苦しめるグローバルな脅威が“共通の課題”として深刻さを増す中で、「宗教と精神性は、動機づけ、包摂性、参加および持続可能性にとって強力なプラスの社会・文化的な力であり得る」(『宗教と開発』ジェフリー・ハインズ著、阿曽村邦昭・阿曽村智子訳、麗澤大学出版会)といった、宗教が果たす役割への期待も寄せられるようになってきました。
 実際、SGIの代表も参加しましたが、東日本大震災の数カ月後(2011年6月)にジュネーブで開催されたUNHCR(国運難民高等弁務官事務所)とNGO(非政府組織)の年次協議会でも、「保護の強化──信仰を基盤とした団体の役割について」と題する分科会が行われるなど、宗教団体の役割に焦点が当たるようになってきているのです。
 その意味から言えば、それぞれの宗教が、「破壊」ではなく「建設」、「分断」ではなく「連帯」を求める“人間の善性”を呼び覚まし、地球的問題群の解決に向けての貢献の行動を重ねて切磋琢磨し、その磨かれた人間精神の発現を通して、さらに協力関係を深めていく──こうした挑戦を、国連を軸に本格的に進めていくべき時代を、私たちは迎えているのではないでしょうか。
 この挑戦について考える時、チェコのハベル元大統領が21世紀を展望して述べた、「来たるべき世紀のヨーロッパに課せられている唯一無二の重要課題は、〈最良の自己〉であること、すなわち、その最良の精神的伝統を蘇らせ、それを通じて、新たな形の地球規模の共生の実現に創造的に関わっていくことである」(『ヨーロッパは書く』ウルズラ・ケラーほか編、新本史斉ほか訳、鳥影社・ロゴス企画)との言葉が思い浮かんできます。
 ここでいう“ヨーロッパ”という主語を、“それぞれの宗教”に置き換えてみれば、21世紀の世界で宗教が果たすべき役割が、明確な姿を帯びてくるのではないかと、私は考えるのです。
 さまざまな団体や機関と同様に、私が創立した三つの研究機関(東洋哲学研究所、戸田記念国際平和研究所、池田国際対話センター)でも、一貫して「宗教間対話」とともに「文明間対話」に意欲的に取り組んできました。
 その最大の目的も、宗教や民族や文化といった豊かな多様性を互いに尊重しながら、対話を通じて、それぞれが〈最良の自己〉とは何かを見つめ直し、地球的問題群の解決のために互いの差異の垣根を超えて行動する道を、一緒になって模索することにありました。
 現在、国連では、貧困や飢餓などに苦しむ人々の状況を改善するための「ミレニアム開発目標」に続く、2015年以降の新しい国際共通目標の検討が進められています。
 この取り組みを、人類史を画する挑戦と位置づけ、新しい国際共通目標の達成を共に目指していく中で、「宗教間対話」、そして「宗教間協力」を軌道に乗せていくべきであると、私は呼び掛けたいのです。

確かな人生観養う「人間教育」

 ──絶え間なく変化する現代世界において、インターネットや情報技術の役割をどのようにお考えですか。こうした現代社会において、私たち一人一人は、どのように行動していくべきであると思われますか。

 今から30年ほど前(1982年)に基本概念が確立し、冷戦終結を機に急速に広まっていった「インターネット」をはじめとする情報通信技術の飛躍的な発展──いわゆる「情報革命」と呼ばれる新しい時代の波は、かの18世紀の「産業革命」に匹敵するインパクトを世界に及ぼしています。
 その結果、瞬時にして世界各地で起きた出来事やニュースが伝わるというグローバルな情報伝達が可能になるとともに、冷戦時代には想像もできなかった、自由かつ柔軟なコミュニケーションの場がネット上で形成されるようになり、伝達手段という技術的意味合いにおいては、遠く離れて住む人々の交流を長らく隔ててきた地理的・物理的な制約は、急速に取り払われました。
 そして何といっても、「情報革命」の大きな意義は、知識や情報が一部の人やグループに独占されることを防ぎ、民主的に、多くの人々に共有できる道を開いた点にあるといえましょう。
 私たちは長い間、新聞やテレビなどのマスメディアが一方的に発信する情報に接してきたわけですが、貴紙のようなインターネット上のニュースサイトが、独自の視点でさまざまな問題を取り上げることの意義は大きく、その取り組みによって、人々が新たな問題に目を向けるようになったり、多様な視点に気づくことができるようになったりしたことは、社会の健全化の基盤となるものです。
 私どもSGIも、長年にわたって途上国の視点に立ったニュースを配信してきた国際通信社IPS(インタープレスサービス)と共同で、「核兵器のない世界を目指して」と題するサイトをインターネット上に開設し、記事や論考を発信するプロジェクトを進めてきました。
 2年前に行われたリオ+20(国連持続可能な開発会議)の公式関連行事として、SGIが教育をテーマに円卓会議を開催した際、IPSのコスタンツォ中南米総局長が「私たちメディアが発信する情報は、読者の意識を高めることができます。報道の力によって、社会的な問題への関与が生まれます。メディアは情報提供によって、教育に携わっていると考えられます」と強調していましたが、貴紙をはじめとするインターネット上のニュースサイトの役割は、今後ますます大きくなっていくと思えてなりません。
 もちろん一方で、情報技術の発展がもたらした可能性を悪用する動きもみられ、ネット空間が偏見や憎悪に基づく対立を増幅する温床として利用されたり、恣意的な情報操作やステレオタイプ(紋切り型)的なイメージの吹聴によって世論が巧みに誘導されたりしてしまう危険性も、よく指摘されるところです。その意味からえば、まさに「技術」を善の方向に生かすか、悪用するかは、それを使う「人間」の側にかかっていると言えましょう。
 また、ネットで検索すれば、どんな知識もたちどころに閲覧できるようになったのは便利に違いありませんが、そうしたデータの多くは玉石混交であり、場合によってはミスリードを目的にした悪意に基づくのさえあります。
 ゆえに、貴国やオーストラリアなどの国々が取り組んでいるような、「メディアリテラシー(情報や知識を主体的・批判的に読み解く力)」を磨くための教育を、世界全体で進めていくことが喫緊の課題であります。
 私の師であり、教育者であった、創価学会の戸田城聖第2代会長は、「知識を智慧と錯覚しているのが、現代人の最大の迷妄である」「知識が即智慧ではない。知識は智慧を開く門にはなるが、知識自体が決して智慧ではない」と喝破していましたが、どれだけ情報を集めても、かえって自分の考える力を埋没させたり、悪意の情報に流されてしまえば、本末転倒になってしまう。「知識」へのアクセスがより簡易になり、多くの人々に開かれた時代であればこそ、その「知識」を正しい方向に生かしていく「智慧」を育むことが欠かせないのではないでしょうか。
 私は、こうした「智慧」の源泉となるものは、自分の生き方の基盤に“何のため”という目的観を据えることであり、メディアリテラシーの力を磨く努力とともに、そうした確固たる人生の目的観を涵養する「人間教育」に焦点を当てていくことが、一切の基盤になると考えるものです。

人道的競争への転換を

 ──池田SGI会長は以前、牧口初代会長の著作を通し、ニュージーランドについて言及されたことがありますが、「水半球」の中心と位置づけられるニュージーランドの担う役割とは、どのようなものとお考えですか。

 創価学会の牧口初代会長は、“国家に奉仕する人間”を育むことが教育の最優先課題とされていた戦前の日本にあって、「子どもたちの幸福」を第一義に掲げた教育者でした。
 その一方で地理学にも造詣が深く、20世紀初頭(1903年)に著した『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第1巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)で、地球の姿を従来のように国境線が引かれた平面図として捉える見方だけでなく、人間の生活に与える影響という面から地球を「陸界」と「水界」に二分して捉える視座を提示し、具体的にロンドンを一方の極とした「陸半球」と、ニュージーランドをもう一方の極にした「水半球」を、それぞれ球体を示す円形の地図として紹介していました。
 その上で牧口会長は、海を他の国々との間を隔てる“壁”とみなすのではなく、他の国々との間をつなぐ“道”と捉えて、世界に「平和の道」「友情の道」「調和の道」を開いていく気風を育むことが重要になる、と訴えました。
 そうした限りない可能性に満ちた海を中心に構成される「水半球」の中心に、貴国ニュージーランドが位置していることは、現代的な視座からみても、極めて意義深いと、私には思えてなりません。
 歴史を振り返れば、第2次世界大戦中、「大西洋」が第1次世界大戦に引き続いて戦場となっただけでなく、ニュージーランドと日本が面する「太平洋」もまた、激しい戦闘が繰り広げられた場所となりました。
 こうした歴史の教訓を踏まえて、「水半球」から平和と共生のゾーンを広げるためには、貴国が長い歳月をかけて育んできた「多様性を尊重する文化」に加えて、明確な非核政策に基づいて「南太平洋非核地帯」の成立に尽力した努力のような、悲惨な戦争を二度と起こさない断固たる意志が欠かせません。
 また、貴国は、世界でいち早く国政レベルでの女性参政権を実現させるなど、人権保障の確立に力を入れると同時に、社会福祉制度の充実を図ってきたことで知られており、「人権」と「人道」を国家の重要目的に据えていることは、世界の多くの国が後に続くべきモデルとなる存在に他なりません。
 牧口会長は、先の『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)において、国家間の競争の主軸を、自国の利益を限りなく求めるあまりに他国に多大な犠牲をもたらすことを厭わない「軍事的競争」「政治的競争」「経済的競争」から、他国や世界全体への貢献を良い意味で競い合い、その努力を通じて自国の姿をさらに良いものへと磨き上げていく「人道的競争」へと転換しなければならないと訴えていました。
 私は、こうした「人道的競争」を21世紀の世界においてリードしていくのが、ニュージーランドであると考えております。
 いつまでも、弱肉強食的で冷徹な“ゼロサム・ゲーム(覇権争い)”によって、多くの国の人々が虐げられるような世界の状態を、続けて良いはずがありません。
 そうではなく、自他共の平和と幸福を追求する「人道的競争」を通じて、どの国の人々の尊厳も輝く“ウィン・ウィン(共存共栄)”の世界を目指す必要があり、私は、貴国のリーダーシップに日本をはじめとして多くの国が続く形で、こうした新しい地球社会が建設されていくことを、強く願っているのです。
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2014-05-05 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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牧口初代会長生誕141周年記念提言  「持続可能な地球社会への大道」

牧口初代会長生誕141周年記念提言
「持続可能な地球社会への大道」
          (2012.6.5/6付 聖教新聞)

 きょう6月5日は「世界環境デー」。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は、ブラジルのリオデジャネイロで20日から本会合が始まる国連持続可能な開発会議(リオ+20)に寄せて、「持続可能な地球社会への大道」と題する提言を発表した。あす6日の牧口初代会長生誕141周年の意義も込められた提言では、“できること”の追求から“なすべきこと”の追求への転換を訴えたローマクラブの創始者ペッチェイ博士の警鐘に触れながら、牧口初代会長が提唱した「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」人道的競争の現代的意義に言及。環境破壊や災害など、“かけがえのない尊厳”を脅かす危機を乗り越えるためには、一人一人が変革の主体者となって行動することが欠かせないとし、その足場となる「地域」の重要性を、ケニアのマータイ博士が取り組んできた植樹運動を通して浮き彫りにしている。その上で、リオ+20で合意を目指すべき課題を3つの角度から提示。第1に、ミレニアム開発目標に続く新たな共通目標の制定を通し、人道的競争の積極的な推進を呼びかけている。第2に、国連の環境部門と開発部門の統合で「持続可能な地球機構」(仮称)を設立し、市民社会の声を意思決定に反映させる制度の導入を提唱。第3に、「持続可能な開発のための教育の10年」を発展的に継承した枠組みを2015年から開始することを提案。教育の力で人間の可能性を開花させ、希望の未来を民衆の手でつくりあげることを訴えている。

一人一人が「変革」の主体者
希望と勇気の波動の拡大を‼


 ブラジルのリオデジャネイロで行われる国連持続可能な開発会議(リオ+20)に寄せて、世界192カ国・地域のSGIを代表し、所感と提案を述べたいと思います。

「リオ+20」の焦点
 世界では今、5万3000平方㌔(日本の面積の約7分の1に相当)の森林が毎年減っているほか、多くの国で帯水層の枯渇による水不足が生じ、砂漠化の影響も地球の陸地の25%に及んでいます。
 リオでの会議では、こうした目下の課題への対応を念頭に置くだけでなく、テーマに「私たちが望む未来」と掲げられているように、人類と地球のあるべき姿を展望した討議を行うことが大きな焦点となっています。
 同じ地球で暮らす“隣人意識”に根ざした確かなビジョンを打ち立てることが急務ですが、同時に重要になると思われるのが、ビジョンの実現に向けて行動する人々の裾野を着実に広げ、連帯を強めるための挑戦です。
 どれだけ優れたビジョンであっても、市民社会の強力な後押しが不可欠であり、より多くの人々が自分に関わる課題として“共有”し、日々の生き方に“反映”させ、行動の輪が社会に“定着”していってこそ、実効性は高まると思われるからです。
 会議での主要議題は、「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」と「持続可能な開発のための制度的枠組み」となっていますが、どのような新しい経済を模索し、国際的な制度を検討するにせよ、その点を十分に踏まえておかなければ、画竜点睛を欠く恐れがあるのではないでしょうか。
 ゆえに、会議においては、“変革の担い手”となる一人一人をどのようにして育み、その行動を持続的なものにしていくかという点を視野に入れて、議論を深め合うことを呼びかけたい。
 「私たちが望む未来」は、「私たちがつくりあげる未来」との自覚が伴ってこそ、手に届くものにすることができるからです。
 そこで私は、一人一人に備わる無限の可能性を引き出すエンパワーメントの重要性に光を当てながら、「生命の尊厳」を第一とする持続可能な地球社会の建設を目指し、皆が主役となって地域へ社会へと変革の波動を広げていく「万人のリーダーシップ」を確立するための方途について論じたいと思います。

何のための成長か
 この課題を展望した時、私の胸に強く響いてきたのが、国連開発計画のヘレン・クラーク総裁が昨年、リオ+20の意義を踏まえつつ行っていた次の呼びかけです。
 「持続可能性とは、環境だけの問題ではなく、環境が主たる問題でもない。持続可能性とは要するに、私たちが取る行動のすべてが今日の地球上で生きる7億の人々、さらには今後何世紀にもわたって生きる多くの世代に影響を及ぼすという前提のもとに、どのような生き方を私たちが選択するのかという問題である」(横田洋三/秋月弘子/二宮正人監修『人間開発報告書 2011』阪急コミュニケーションズ)
 その意味で、今日叫ばれる「物質的拡大」から「持続可能性」へのパラダイム(思想の枠組み)転換は、経済や環境政策の見直しはもとより、社会や人間のあり方までも根底から問い直す文明論的課題としての性格を帯びています。
 いまだ多くの国で経済成長が優先目標であり続けていることは、考慮しなければならない点ではあります。ただしどの国においても、「何のための成長か」「他に配慮すべきことは何か」を、今回の会議を機に吟味する必要があると思えてなりません。
 その問いかけを、日本のみならず、世界の多くの人々に投げかけたのが、昨年3月の東日本大震災だったのではないでしょうか。
 そこで浮き彫りになったのは、どれだけ目覚ましい経済成長を遂げ、最先端の科学技術が浸透した国でも、被害の拡大を食い止めるのは容易ではないという現実でした。
 また、巨大化した科学技術は目的の如何にかかわらず、時として未曽有の被害──福島での原発事故の場合には、大勢の人々が避難を強いられたことをはじめ、放射能汚染の度合いが強かった地域の環境をどう回復していくかという課題とともに、人々の健康への晩発性の影響が懸念されるなど、取り返しのつかない事態を招くことがあらためて痛感されました。
 大切な人々の命が奪われ、尊厳が傷つけられ、住み慣れた地域の自然や生態系が損なわれる事態は、災害のみならず、環境破壊や紛争などによっても容赦なく引き起こされるものです。特に環境破壊は、温暖化がもたらす気候変動が象徴するように、長い目でみればリスクから無縁であり続けることができる場所は地球上のどこにもなく、将来の世代にまで危険の及ぶ恐れがあります。
 “かけがえのない尊厳”の重みに思いをはせ、社会にとって最も大切なものは何か、皆で力を合わせて守るべきものは何かを見つめ直す──。そうした営為を通じてこそ、「持続可能性」への転換という文明論的課題も、一人一人が生活実感に根ざした等身大のテーマに置き換えて考えることができるようになるのではないでしょうか。
 ゆえに「持続可能性」の追求も、可能な範囲で経済と環境のバランスをとることを模索するといった、政策的な調整にとどまるものであってはならないと強調したい。
 あくまでその核心は、現在から未来の世代にいたるまでのあらゆる人々の尊厳と、地球の生態系のかけがえのなさ──つまり、「生命の尊厳」を何よりも大切にしていく社会を築くために、皆で共に行動する挑戦にあらねばならないと訴えたいのです。

「生命の尊厳」守る生き方が未来の礎に


ペッチェイ博士が鳴らしていた警鐘
 そこで思い起こすのが、ローマクラブの創設を通じて、リオ+20の淵源である国連人間環境会議=注1=にも影響を与えたアウレリオ・ペッチェイ博士が、私との対談集で述べていた言葉です。
 「われわれは自らの力に魅惑され、“なすべきこと”ではなく“できること”をやっており、実際に“なすべきこと”や“なすべきでないこと”に対しても、あるいは人類の新しい状況に潜んでいると考えなければならない道徳的・倫理的規制に対してすらも、なんら配慮することなく、どんどん前進しています」(『二十一世紀への警鐘』、『池田大作全集第4巻』所収)
 このペッチェイ博士の警鐘は、私ども創価学会の牧口常三郎初代会長が『人生地理学』で提起していた問題意識とも通底したものだっただけに、深く共感したことを覚えています。
 牧口初代会長は、弱肉強食の論理のままに他の犠牲を顧みず、“できること”の追求が強行されていた20世紀初頭の世界の姿を、こう描写していました。
 「各々いやしくも利益のある所、すなわち経済的侵略の余地ある所、政治的権力の乗ずべき罅隙《かげき》(=すきま)ある所に向かって虎視眈々たり。さればあたかも気界における現象の低気圧の部分に向かって高気圧部より、空気の流動するが如き現象を国際勢力の上に生ぜり」(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社、現代表記に改めた)
 それから110年近くの歳月を経た現在、どれだけ状況は変わったのか──。
 他国に脅威を与えることで威信を誇示し合う軍拡競争や、貧困や格差の拡大に目を背けた形でのグローバルな経済競争はやむことなく、現代文明の軸足は今なお、倫理的なブレーキが十分に働かないまま、“できること”をどこまでも追い求める思考の磁場から、容易に抜け出せない状態にあるといえましょう。
 最初は十分コントロールできると思い込んでいた欲望が、次々と現実となる中で肥大化し、気がついたら手に負えない状態に陥ってしまう──そんな欲望のスパイラル(連鎖)がもたらしたものこそ、非人道的兵器の最たる存在である核兵器であり、経済成長を最優先させるあまりに各地で急速に広がった環境破壊であり、投機の過熱によるマネーゲームが引き起こした昨今の経済金融危機ではなかったでしょうか。
 昨年3月の福島での原発事故も、災害が引き金になったものとはいえ、核分裂反応の制御による発電にエネルギーの一部を依存することが抱える重大な危険性が、安全神話が叫ばれる中で半ば見過ごされてきたことに問題があったのではないかと思われます。

「グリーン経済」の確立へ国際協力を
人道的競争で文明の基軸を転換


自他共の幸福を目指すビジョン
 もちろんその一方で、“できること”の追求が、人々の健康と福祉面における向上や、衣食住に関する状況の改善をもたらしたり、交通・通信技術の発達によって人やモノの交流が飛躍的な広がりをみせるなど、さまざまな恵みを社会にもたらし、発展の大きな原動力になってきたことも事実です。
 牧口初代会長も、そうした追求自体を否定してはおらず、むしろ競争を通じて人々が切磋琢磨し、活力を引き出し合う点に着目し、「競争の強大なる所これ進歩発達のある所、いやしくも天然、人為の事情によりて自由競争の阻礙せらるる所。これ沈滞、不動、退化の生ずる所なる」との認識を示していました。
 ただしその主眼は、利己主義に基づいて他の犠牲を顧みない軍事的、政治的、経済的競争から脱却し、「自己と共に他の生活をも保護し、増進せしめん」と願い、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」人道的競争へのシフトを促す点にありました。
 これは、欲望の源にある“自分の置かれた状況を何とかしたい”という思いが持つエネルギーを生かしつつ、それをより価値的な目的へと向け直すことで「自他共の幸福」につなげようとするビジョンであり、競争の質的転換を志向したものに他なりません。
 仏法では、その人間精神の内なる変革のダイナミズムについて、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(御書710ページ)と説いています。いわば、自分を取り巻く状況に対する怒りや悲しみを、他者を傷つけ、貶めるような破壊的な行動に向けるのではなく、自分を含めて多くの人々を苦しめている社会の悪弊や脅威に立ち向かう建設的な行動へと昇華させる中で、社会を「希望」と「勇気」の光明で照らしていく生き方を促しているのです。
 仏法の思想とも響き合う牧口初代会長のビジョンを現代に当てはめてみると、軍事的競争の転換については、「国家の安全保障」だけではなく「人間の安全保障」の理念に基づいて、防災や感染症対策のような分野でどう貢献していくか、切磋琢磨することが一つの例に挙げられましょう。
 “共通の脅威”の克服のために努力し合うことが、どの国にとっても望ましい“共通の利益”となっていくからです。 
 政治的競争についても、これを「ハードパワーによる覇権争い」ではなく、いかに創造的な政策を打ち出し、どれだけ共感を広げるかを競っていく「ソフトパワーの発揮競争」という次元に置き換えていけば、同じような構図が浮かび上がってきます。
 有志国とNGO(非政府組織)が触発し合い、力強い連帯を形づくる中で成立した「対人地雷禁止条約」や「クラスター爆弾禁止条約」などは、その象徴的な例といえましょう。
 これは、軍事目的を理由にした“できること”の追求よりも、人道的に“なすべきこと”を優先させるよう、各国に迫った運動に他ならず、その共感が国際社会に広がったからこそ実現をみたものなのです。
 では、経済的競争において、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」方式へと踏み出す契機となる挑戦は一体何か──。
 私は、リオ+20の主要議題となっている「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」の確立が、まさにその鍵を握っていると訴えたい。
 温室効果ガスの発生を抑える低炭素で資源効率の高い「グリーン経済」への移行を、地球的規模で進めるための方法として、各国の成功体験や技術を蓄積し、他の国々がそれを応用するための支援を行う国際的な制度づくりを求める声が高まっています。
 私は、この制度を会議での合意を経て成立に導き、先駆的な実績を重ねてきた国々が「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」行動、そしてさらには、人道的競争の理念を時間軸に開いた「未来のためにし、未来を益しつつ現在も益する」行動に、意欲的に踏み出すことを切に願ってやみません。
 「持続可能性」の追求というと、何かを制限されたり、抑制的な姿勢が求められるといったイメージで受け止められてしまうかもしれませんが、その段階にとどまっていては変革の波動は広がりません。
 資源は有限であっても、人間の可能性は無限であり、人間が創造することのできる価値にも限りがない。その価値の発揮を良い意味で競い合い、世界へ未来へと共に還元していくダイナミックな概念として位置付けてこそ、「持続可能性」の真価は輝くのではないでしょうか。
 「他の国々(人々)のために行動する中で、自国の姿(自分の人生)をより良いものに変えていく」、また、「より良い未来を目指す中で、現在の状況をさらに良いものに変えていく」──その往還作業の中で、「持続可能性」の追求は、互いの“かけがえのない尊厳”を大切にしながら、皆が平和で幸福に生きられる世界の構築へと着実につながっていくと、私は確信するのです。

無力感を乗り越え現実と向き合う
 ここで問われてくるのは、「同じ地球に生きる責任感」であり、「未来への責任感」に他なりません。
 しかし実際には、世界各地で起きている悲惨な出来事や、地球生態系への深刻な脅威をニュースなどで見聞きし、心を痛め、何とかしたいと思っても、次々と起こるそうした出来事を前に、むしろ無力感を募らせてしまう場合が少なくないという現実があります。
 ハーバード大学で文化人類学を共同研究してきたアーサー・クラインマン、ジョーン・クラインマン夫妻は、こう述べています。
 「われわれの時代に蔓延している意識──われわれは複雑な問題を理解することも解決することもできないという意識──は、苦しみの映像の大規模なグローバル化とともに、精神的疲労、共感の枯渇、政治的絶望を生みだしているのである」(坂川雅子訳『他者の苦しみへの責任』みすず書房)
 現代の高度情報社会の陥穽ともいうべき点を突いた鋭い指摘だと思います。
 そのような無力感に自分を埋没させないためには、自らの行動の一つ一つが「確かな手応え」をもって現実変革に向けての前進として感じられる「足場」を持つ以外にありません。
 私は、その足場となるものこそ、「地域」ではないかと考えるものです。
 「同じ地球に生きる責任感」や「未来への責任感」が大切といっても、日常の生活実感を離れて一足飛びに身につけられるものではありません。顔の見える関係や身近な場所で築くことのできないものが、世界や未来といった次元で築けるはずがないのです。
 責任感を意味する英語の「レスポンシビリティ」は、字義的な成り立ちを踏まえると「応答する力」という意味になります。
 今、自分が人生の錨を下ろしている地域での出来事に対し、「応答する力」を粘り強く鍛え上げていく先に、「同じ地球に生きる責任感」や「未来への責任感」を培う道も開けてくるのではないでしょうか。
 かつて私どもSGIが制作を支援し、10年前の南アフリカ共和国での国連環境開発サミットを機に発表された映画「静かなる革命」は、そのモデルともなる各地での民衆による活動に光を当てたものでした。
 地球評議会が制作し、国連環境計画と国連開発計画が協力したこの映画は、インドのニーミ村の水資源改革、スロバキアのゼンプリンスカ湖の汚染防止、ケニアの砂漠化を防ぐ植樹運動を取り上げ、愛する地域や子どもたちの未来を守るために立ち上がった人々の挑戦のドラマを紹介する内容となっています。
 SGIではこれまで55カ国・地域以上で上映を推進する中で、“一人の人間には、世界を変えていく無限の力がある”とのメッセージを発信してきました。


「地域」こそ課題に臨む意志と責任感育む足場

マータイ博士とイチジクの木
 そこで私は、映画でも取り上げられていた、ケニアの環境運動家ワンガリ・マータイ博士によるグリーンベルト運動を手がかりに、地域に根差した民衆の運動が、どのように「未来への責任感」を一人一人の心の中に育んでいったかを浮き彫りにしてみたい。
 昨年惜しくも逝去されたマータイ博士とお会いしたのは、2005年2月のことでした。
 長年の功績をたたえる意義を込め、アメリカ創価大学に博士の名を冠する「イチジクの木」の記念植樹を提案すると、太陽のような周りを包み込む笑顔で喜んでくださったことが、懐かしく思い起こされます。
 マータイ博士にとって「イチジクの木」は、故郷における“かけがえのない尊厳”を象徴するもので、植樹運動に身を投じる大きなきっかけとなったものでした。
 アメリカ留学から帰国した後、家族に会うために故郷に立ち寄った博士は、わずか数年で実家の周りの自然が大きく変貌してしまったことに胸を痛めました。経済優先の風潮が強まり、商業用の耕作地を広げるために森の木々が伐採される中で、幼い頃、母親から神聖な存在として大切にするよう教えられた「イチジクの木」までもが切り倒されていたのです。
 以来、周辺で地滑りが頻繁に起こるようになっただけでなく、きれいな飲み水の水源まで乏しくなった事実にも気づきました。
 その後、環境悪化が引き起こす問題にケニアの多くの女性が日々苦しんでいることを知った博士が、「私たちの課題の解決策は、私たち自身のなかにある」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース・ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)との信念で、自分の暮らす地域から始めたのがグリーンベルト運動だったのです。

納得と手応えが参加の輪を広げる

 マータイ博士が「一人ひとりに環境史の流れを変える力があることを証明するもの」(福岡伸一訳『モッタイナイで地球は緑になる』木楽舎)と、誇りをもって語っていたこの運動を通し、特に重要だと思われる点を3つ挙げたいと思います。
 第1は、参加する人々の「納得」と「手応え」をどこまでも大切にしながら、活動の輪を着実に広げてきた点です。
 博士は運動を進めるにあたって行ったセミナーで、直面している問題を皆に次々と挙げてもらい、「こういった問題の原因はどこにあると思いますか?」と聞くと、ほとんどの人が「政府の責任」と答えたといいます(以下、小池百合子訳『UNBOWED へこたれない』小学館)
 それは正しいとしても、政府だけが悪いと考えているうちは、いつまでも状況は改善しない。ゆえに博士は呼びかけました。
 「これはあなたがたの土地なんですよ」
 「あなたがたのものなのに、あなたがたは大事にしていません。土壌の浸食が起こるままにしていますが、あなたがたにも何かできるはずです。木を植えられるじゃないですか」
 また、植樹をしていると、成長の遅さを理由に木を植えたくないと話しかけてくる人が少なからずいる。そんな時、博士は、こう諭してきたといいます。
 「今あなたが切っている木は、あなた自身が植えたのではなく、先人たちが植えたものでしょう」
 「だから、将来この地域に役立つように、私たちは木を植えなければならない。木の苗のように、太陽と良い土壌と豊富な雨があれば、私たちの未来の根っこは地中深くに根づき、希望の大樹は空高く伸びるでしょう」
 どれだけ目的が立派であろうと、納得が伴わなければ、人は動くものではありません。疑問を丁寧に受け止めながら、その一つ一つが氷解するまで心を配り、誠実に言葉をかけ続けてこそ、納得は芽生える。
 こうした粘り強い対話の末に得られた「納得」とともに、運動の成果が目に見える形ではっきりと表れ、参加した一人一人が確かな「手応え」を感じられたからこそ、多くの人々を次々と巻き込むことができたのではないでしょうか。
 博士は語っています。
 「植樹はシンプルで、十分実現でき、そう長くない期間内に確実な成果が得られる活動でもあります。これにより、人々の関心と貢献を維持しつづけることができるのです」
 「ですから私たちは、みんなで3000万本以上の木を植えることで、燃料、食料、集会所、そして子どもの教育費や家計を補う収入を提供してきました。同時にこの活動は、雇用を生み出し、土壌と河川流域を改善してきました」(以下、前掲『ピース・ウーマン』)
 私はここに、人々が無力感や悲愴感にとらわれることなく、むしろ自分の行動が現実の変革につながっている「喜び」と「誇り」をもって活動に連なることができた最大の要因があったと思えてなりません。

人間の可能性を開花させる鍵は自ら決めた「使命」を貫く中に

救われる側から救う側への転換
 続く第2の点は、一人一人の「エンパワーメント」に重点を置き、内在する無限の可能性を引き出す中で、より大きな使命に目覚めて生きることを人々に促してきたことです。
 グリーンベルト運動の成果は、これまで達成された植樹の本数もさることながら、本当の意義は、次の博士の言葉が物語っているように、人々のエンパワーメントにありました。
 「私はいつも、自分たちの活動はただ木を植えるだけのことじゃない、と思ってきました。これは、人々が自分たちの環境や政府、生活、そして未来について責任を持つように啓蒙する活動なんです。私は自分のためだけでなく、もっと大きなもののために働いているんだとわかりました。それを知ってから、私は強くなれたのです」
 つまり、運動に参加した人々、特に農村部の女性たちが、自らの手で植樹や育樹を進める中で、「環境を維持・再生させるか、それとも破壊するのか」という選択権を本当の意味で得ることができた。
 その上で、運動に参加するたびに行われてきた意識啓発の機会を通じて、植樹への取り組みや、森を伐採から守るために行動することが、「『民主主義や社会的良識を尊重し、法律と人権、女性の権利を遵守する社会を作る』という、もっと大きな使命の一部だということを自覚していった」というのです。
 こうして、最初は「薪と衛生的な飲み水がほしい」と博士のもとを訪れていた女性たちが経験を重ねて自信を深める中で、次々と地域のリーダーになり、苗床を管理し、雨水の貯蔵や食糧の確保といった共同体ぐるみのプロジェクトを担うまでになっていった。
 彼女たちの変化にみられる「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」というプロセスを見るにつけ、仏法の真髄である「法華経」で説かれた、“救いを求める側”から“人々を苦しみから救うために行動する側”への目覚めのドラマが二重写しになって浮かんできます。
 苦しみを根本的に解決する力は、自分の外にあるのではない。内なる無限の可能性に目覚め、それを開花させる中で自身が変わり、周囲の人々をも「幸福」と「安心」の方向へ導いていく──その一人の偉大な蘇生のドラマの中に、自己の苦しみさえも“社会をより良くするための糧”にする道が開けてくると仏法では説くのです。
 仏典には、そうした誓いを固めた一人の女性の言葉が、こう記されています。
 「今後わたくしは、身よりのない者、牢につながれた者、捕縛された者、病気で苦しむ者、思い悩む者、貧しき者、困窮者、大厄にあった人々を見たならば、かれらを救恤(=救援)せずには一歩たりとも退きません」(『勝鬘経』、中村元『現代語訳 大乗仏典3』東京書籍)
 そして、彼女は自ら立てた誓願のままに、生涯、苦悩に沈む人々のための行動を貫き通したのです。
 マータイ博士も、この誓願的生き方と響き合う信念を語っていました。「私たちは、傷ついた地球が回復するのを助けるためにこの世に生を受けたのです」(以下、前掲『ピース・ウーマン』)と。
 つまり、法律のような形で外在的に決められているから行動するのでも、何かの便宜や報酬だけを求めて行動するのでもない。
 また、何かが起これば吹き飛んでしまうような決意でも、誰かの力を頼んで状況の変化を期待して待つような願望でもない。
 誓願的生き方とは、博士が「今後やらなければいけない仕事の膨大さを認識することで、力というより、エネルギーが湧いてくる」と述べているように、どんなに困難な課題でも、それが自分の使命である限り、勇んで前に進もうとする生き方に他なりません。
 地域を舞台にしたエンパワーメントで人々の勇気と智慧を涌現させていく中で、状況の改善のために自ら立ち上がること(リーダーシップの発揮)を促す。そして、皆で力を合わせて“小さな前進”を一つ一つ積み重ねながら、その生き方を自分たちの「誓い」や「使命」として踏み固めていくことが、持続可能性を追求する裾野を地球大に広げていく基盤になると、私は考えるのです。


次代を担う青年たちへ 精神の着実な継承を!

ロートブラット博士が託した思い
 最後に第3の点は、若い世代への励ましと教育を大切にしながら、運動を永続的なものにするために心を砕いてきたことです。
 あるインタビューで、マータイ博士が何かをやろうという時、「私は」ではなく「私たちは」との言い方を常にしてきたことを指摘された時、その理由について博士が語った言葉は、深く胸に残っています。
 「私は、一人では何事も成し遂げられないことを肝に銘じています。とにかくチームワークなんです。一人でやってたら、自分が抜けた後は誰も引き継いでくれない、ということになりかねないのですから」(前掲『モッタイナイで地球は緑になる』)
 確かに、運動を始めることは、一人でも可能かもしれない。しかし目標が大きければ大きいほど、それを成し遂げるためには、長い年月と多くの人々の協力が欠かせません。
 私がこれまで地球的問題群の解決に取り組む世界のリーダーと語り合う中で、避けて通れない課題として浮かび上がってきたのも、いかに運動の精神を世代から世代へと継承させていくかという点でした。
 核兵器と戦争の廃絶のために半生をささげた、パグウォッシュ会議のジョセフ・ロートブラット博士も、その一人です。
 東西冷戦対立の厳しい時代から、国境を超えた科学者グループの精神的連帯を築き上げるために奔走されてきた博士は、70歳になった頃(1979年)、未来を見据えて、若い世代の科学者を対象に、スチューデント・ヤング・パグウォッシュという組織を結成しました。
 かつて、「ラッセル=アインシュタイン宣言」=注2=が発表された時、最も若い署名者が博士でした。晩年、若い科学者たちが「私は、自分が受けた教育を、人類や環境を害すべく意図された、いかなる目的にも用いない」との宣誓の下に、運動の陣列に次々と加わっていく姿を目にした時、博士の胸に去来したものは何だったのか──。
 同じく、師である戸田城聖第2代会長が発表した「原水爆禁止宣言」を胸に、若き日から核兵器廃絶を求める民衆の連帯を広げる努力を重ねてきた私にとって、近年、青年たちが「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集めて国連に提出するなど、意欲的な活動に取り組んでいる姿ほど、心強く感じるものはありません。


7本から始まった植樹は今125億本に
 マータイ博士も、各地の学校に育苗園をつくり、子どもたちが植樹に参加できるように働きかけたほか、グリーンベルト運動を通して若い世代が環境保護に取り組むことを支援していました。博士はそうした若い世代への期待を、未来への確信と重ね合わせるように、こう綴っています。
 「どんなに暗雲が垂れこめていようとも、必ずうっすらと差し込む希望の光があるもので、これこそ私たちが探し求めなければならないものだ。そう、私はずっと信じてきた。私たちの代でかなわなくとも、次世代、あるいはさらに次の世代に、希望の光が差してくることを。そしておそらくその世代になれば、もはや光はうっすらとしたものではなくなっているだろう」(前掲『UNBOWED へこたれない』)
 歴史を振り返れば、マータイ博士がグリーンベルト運動の淵源となる7本の木を、仲間たちと共にナイロビ郊外のカムクンジ公園に植えたのは、35年前のきょう6月5日でした。
 以来、植樹運動の輪がケニアの各地で広がり、アフリカ各国にも大きな波動を及ぼす中で、4000万本もの植樹へとつながった。そして2006年からは、国連環境計画などに協力する形で博士らが植樹キャンペーン=注3=を呼びかけた結果、現在まで世界全体で125億本を超える植樹が成し遂げられるまでにいたったのです。
 そして博士が逝去した後も、その数は増加の一途をたどっている……。
 これは、決して奇跡などではありません。“身の回りで起きている危機を何とかしたい”と立ち上がった博士たちの強い思いが、幅広い共感を得る中で、世界の大勢の人々の心を動かし、積み上げられてきた成果に他ならないのです。
 私たちは、こうしたマータイ博士の実践から学びつつ、あらゆる分野において持続可能な地球社会への大道を開く挑戦を、力を合わせて本格的に進めていこうではありませんか。


人類の新たな共通目標を制定

 ここで私は、今回のリオ+20の会議に寄せて、3つの角度から具体的な提案を行いたい。
 1、人類が今後目指すべきビジョンとなり、同じ地球に生きる人間としての行動規範の礎となる、持続可能な未来のための共通目標の制定に着手する。
 1、国連の環境部門と開発部門を統合した新たな国際機関を設立し、「市民社会との協働」を柱に、持続可能な地球社会に向けた取り組みを力強く進める体制の確立を目指す。
 1、一人一人が地域を足場に持続可能性を追求する担い手となれるよう、「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」までの一貫した意識啓発を進めるための教育枠組みの制定を国連総会に勧告する。

未来のための行動で現在も変える


ミレニアム開発目標に続く挑戦

 第1の提案として、劣悪な環境下での生活を余儀なくされている人々の窮状の改善を求めた国連のミレニアム開発目標の精神を継承しつつ、持続可能な地球社会の建設のために互いにプラスの変化を起こし合うことを志向した、新しい目標の制定を目指すべきであると考えます。
 ミレニアム開発目標は、マクロ的な経済指標の改善に重点を置く旧来の国際的な取り組みと違って、人々の窮状の改善に焦点を当てながら、“2015年までに1日1㌦未満で生活する人々の割合を半減させる”といった形で、明確な期限と数値目標を掲げた点で画期的なものでした。
 現在のところ、極度の貧困に苦しむ人々の割合は2015年までに15%未満に低下し、目標達成が十分見込まれているほか、初等教育の普及が最貧国の間で前進してきたのをはじめ、より安全な水を18億人もの人々が新たに利用できるようになっています。
 ただしそれらの改善も、経済的に最も厳しい生活を送る人々や、性別、年齢、障がい、民族などを理由に社会的に不利な立場に置かれた人々には十分に行き届かない傾向がみられます。今まで以上にきめ細かく、緊急性をもって対処していくことが欠かせません。
 こうした中、2015年以降についても何らかの対応を求める声が高まっており、国連の潘基文事務総長の主導で設置された「地球の持続可能性に関するハイレベル・パネル」の報告書でも、新たに「持続可能な開発目標」を設ける必要性が強調されていました。
 そこでは、目標の方向性を検討する上で、「途上国にとどまらず、全ての国にとっての挑戦を網羅する」「気候変動、生物多様性の保全、災害に伴うリスク削減や復旧をはじめ、ミレニアム開発目標の対象外だった重要課題を組み込む」「各国政府とともに、地域共同体、市民社会、民間セクターを含む、持続可能な開発に関わる全ての人々を活動に取り込む」などの留意点を列挙しています。
 私は今年1月に発表した「SGIの日」記念提言で、リオ+20での合意に、新目標を検討する作業グループを立ち上げて討議を開始することを盛り込むよう提案しました。「持続可能な開発目標」の内容を検討するにあたっては、先ほどの留意点に加える形で、次の2つの理念を反映させていくことを呼びかけたい。
 1つは、より多くの国々や人々が、人道的な方式に基づく競争への質的転換に踏み出せるような、地球益や人類益に根差したビジョンを、目標の柱として位置付けていくことです。
 先に触れた「人間の安全保障」や「ソフトパワー」、また「グリーン経済」などは、その最有力の候補となるものと考えます。
 例えば、国連憲章には「世界の人的及び経済的資源を軍備のために転用することを最も少くして国際の平和及び安全の確立及び維持を促進する」(第26条)との目的が掲げられています。これは全ての国にとっての課題であると同時に、その取り組みが前進すれば、全ての国はおろか、地球上の全ての人々、そして未来の世代にとっても“最上の贈り物”になることは間違いありません。
 また、今年は国連の定めた「すべての人のための持続可能エネルギーの国際年」ですが、この分野で実績のある国々が良い意味で貢献を競い合っていけば、貧困に苦しむ国々も環境負荷を増すことなく、人々の生存・尊厳・生活を支える社会基盤の整備を進めることができる。
 それはそのまま、未来においての環境負荷の大きな軽減にも、必ずつながっていくはずです。
 同じような構造は、リデュース(廃棄物の発生抑制)、リユース(再使用)、リサイクル(再資源化)の「3R」を通じて、循環型社会への転換を目指す活動にも当てはまります。
 新目標の制定を機に、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」行動や「未来のためにし、未来を益しつつ現在も益する」行動のうねりが巻き起こるような項目を内容に反映すべきだと思うのです。

誰もが身近な場で実践できる項目を

 もう1つ、この「人道的競争」の要素と並んで呼びかけたいのは、「地域」を足場に、より多くの人々が自らの行動を通じてプラスの変化を生み出し、その貢献が持続可能な未来につながっていることが実感できる、身近な目を織り込んでいくことです。
 ある意味でミレニアム開発目標は、貧困などの苦しみをどう減らし、生命や尊厳を危険にさらす脅威をいかに取り除くかといった「社会や人々に及ぼすマイナスの影響を可能な限りなくすこと」に重きを置くと同時に、初等教育の普及や教育面での男女格差の解消のように「主として国家の役割が問われる分野」が中心であったといえます。
 こうした努力をさらに強力に進める一方で、「誰もが身近な場所で取り組むことができ、プラスの連鎖を社会に広げることのできる目標」を組み入れていくべきではないでしょうか。
 例えば、緑化や自然保護を地域ぐるみの活動として定着させたり、住民主導で防災や減災のための街づくりを軌道に乗せる取り組みや、周辺地域と連携して地産地消=注4=の割合を高めたり、ゴミの削減や廃棄物のリサイクルを皆で協力して習慣化していく。また、それぞれの風土に適した再生可能エネルギーの導入に積極的に取り組み、環境負荷を低減させていくような、“地域発”の主体的な取り組みです。
 そこで重要となるのは、地方自治体と地域社会の役割であり、とりわけ都市の果たす役割は大きな鍵を握っています。
 世界の都市の面積を合わせても地球の表面の2%にすぎませんが、その都市が地球の資源消費の75%を占め、大気や水の汚染物質と廃棄物の75%を排出しているだけに、世界の都市がどう行動するかが地球の命運を決めるとまで言われているのです。
 ゆえに私は、新目標において特に「都市」に関する項目を設け、いくつかの指標を掲げた上で、自分たちの都市が前年比でどれだけ状況を改善させたのかを確認し合う流れを定着させるとともに、成功事例のノウハウを蓄積し、共有する制度を設けてはどうかと提案したいと思います。
 こうした人々の生き方に則した目標を生み出すには、従来の政府間討議を中心としたアプローチだけでは困難が予想されます。
 ゆえにリオ+20では、市民社会の代表が討議のプロセスに加わることも十分に保障した上で、より多くの人々が「これこそが私たちが果たすべき共通目標である」と納得し、そのために協力したいと思えるような新目標が、会議を契機に打ち立てられることを、強く願うものです。

環境部門と開発部門を統合し21世紀型の国連へ体制を強化


人々の苦しみの解消を最優先に
 続く第2の提案は、リオ+20の中心議題の一つとなっている「持続可能な開発のための制度的枠組み」に関するものです。
 この議題が取り上げられた背景には、多くの国が「持続可能な開発」に関する国連の取り組みの遅れを懸念し、関係諸機関の活動の重複や断片化、資金不足や調整不足などの問題を何らかの形で克服しなければならないとの認識の高まりがあります。
 現状の課題を解消することは急務であるとしても、私は、改革の眼目がその点だけに置かれてはならないと考えます。むしろ今回の改革論議を通し、21世紀の世界の状況に即応した、新しい国連の運営のあり方を確立するために、その先駆的なモデルとなる国際機関の樹立を目指すべきではないかと訴えたいのです。
 具体的には、①国連環境計画や国連開発計画などの関連部門の統合②希望する全ての国の討議への参加③市民社会との協働④青年層の積極的参画、を柱とした大胆な質的転換を伴う改革を果たし、「持続可能な地球機構」(仮称)を設立することを提案したい。
 1つ目のポイントに関しては、国連が昨年、優先課題の筆頭に「インクルーシブで持続可能な開発」を掲げていたように、この問題を考える上で最も重視すべきことはインクルーシブ──全ての人々が参画し、その恩恵を受けることの追求にあります。
 特に恩恵の確保という面から言えば、地球的な課題を“脅威の様相”で区分けし、国連の組織がそれぞれ対策を講じるアプローチでは、個々の改善は図られたとしても、問題が複雑化し相互が関連して危機の連鎖を起こしている現代にあって、人々の苦しみを根本的に解消することは容易ではない。そうではなく、“苦しんでいる人々が何を求めているのか”を出発点にして、尊厳ある生活と人生を送るための基盤づくりを総合的に進める体制を整えることが大切になっていると思われるのです。
 次の2つ目のポイントは、希望する全ての国が意思決定のプロセスに参加できる枠組みづくりです。
 国連環境計画や国連開発計画では、理事会のメンバー国でなければ最終的な意思決定の場に加わることができないという状況があります。しかし、持続可能な開発というテーマの重要性と対象範囲の広さを考える時、希望する全ての国の討議への参加を最優先に考えることが、何よりも欠かせない要件になってくるのではないでしょうか。
 今、国際社会に求められている「行動の共有」は、そうした制度的基盤が保障されていてこそ、より堅固なものとなり、大きな力を発揮するものとなると思うのです。

市民社会との協働を制度に組み込む
 この2つのポイントに加えて、私が最も強調したい改革は、「市民社会との協働」を制度的に組み込み、地球の未来のために行動する「万人のリーダーシップ」の結集軸となる国連機関をつくりだすことです。
 これは、40年前にストックホルムで行われた国連人間環境会議を起点とし、一歩一歩重ねられてきた挑戦の延長線上に、明確な像として姿を結んでくる制度改革に他なりません。
 同会議では政府間会議に並行し、市民社会の代表らによる「NGO(非政府組織)フォーラム」が開催されたほか、政府代表団にNGOのメンバーを加える呼びかけが行われました。
 まさにそれは、主権国家の集合体としての性格が根強い国連の活動に、国連憲章前文の主語となっている“われら民衆”──すなわち、市民社会の声を反映させていく上で重要な一歩といえるものでした。そしてこの会議が、1970年代から80年代にかけて国連が人口や食糧といった地球的問題群をテーマに行った一連の国際会議の方向性を決定づけ、「市民社会の参画」という路線を敷く原点となったのです。
 その伝統の上に画期的な前進を果たしたのが、92年の地球サミットでした。
 国連の会議で初めてサミット(首脳会議)方式を採用したのと同時に、国連との協議資格を得ていないNGOにも一定の条件で参加の道が開かれたほか、科学界や産業界をはじめ、さまざまな人々が参加できる枠組みがつくられました。
 その結果、ストックホルム会議ではわずか2カ国だった首脳の参加が94カ国にまで拡大する一方で、参加するNGOの数も4倍以上に増え、途上国で草の根の活動に取り組むNGOがその半数以上にのぼるなど、「市民社会の参画」は量的にも質的にも大きな前進をみたのです。
 また、地球サミットを契機に、多くの国で政府代表団にNGOのメンバーを加える流れができました。
 私が現在、対談を進めているドイツの環境学者、エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー博士は、地球サミットが開催までのプロセスも含めて、世界の大勢の人々が関わる“巨大なプロジェクト”となったことで得られた成果について、こう評価していました。
 「もしこのようなNGOの推進力と一般市民の圧力がなかったら、すべては何カ国かの政府によって、おきまりの外交として安易にかたづけられ、その結果重要問題に関する『北』と『南』の深い溝は埋まることなく、会議は失敗に終わってしまっていたであろう」(宮本憲一・楠田貢典・佐々木建監訳『地球環境政策』有斐閣)
 このようにして営々と積み上げられてきた成果を基盤に、今回のリオ+20を、「国連と市民社会との協働」を新機構の制度的な柱に組み込む機会とすべきではないでしょうか。
 具体的には、国際労働機関で採用されてきた「三者構成」(各国代表を政府、労働者、使用者の三者で構成)の原則にならう形で、多様な行動主体からなる市民社会の広範な関与を保障する「四者構成」(各国代表を政府、NGO、企業、学術研究機関の四者で構成)の原則の導入を検討することを呼びかけたい。
 国連には現在、企業などビジネス界に関するグローバル・コンパクト=注5=の枠組みと、大学などの高等教育機関に関するアカデミック・インパクト=注6=の枠組みがあり、国連のパートナーとして活動を支援するプロジェクトが立ち上げられています。
 いずれも、それぞれの立場で“なすべきこと”の追求を目指した活動であり、私が先ほど新目標の制定に関して提起したような、地域や社会でプラスの価値を生み出し、世界にプラスの変化を広げることを志向した自発的な取り組みであるといえましょう。
 リオ+20に向けての最初の意見取りまとめの文書でも、「意思決定に広範な人々が参加することは、持続可能な開発の達成のための基本的な前提条件である」と強調されていましたが、まずはこの分野で「国連と市民社会との協働」を具体的な制度として確立させた上で、その実績をもとに他の地球的問題群についても同様の制度の導入を進める流れをつくりだすべきであると提唱したいのです。


世界の青年の力を結集した「未来世代委員会」を創設

将来の世代にまで課題を放置しない
 その上で4つ目のポイントとして提起したいのは、次代を担う若者たちが積極的に関与できる仕組みを設けることです。
 昨秋、国連環境計画が行った国際青年会議に118カ国の1400人の青年が集い、バンドン宣言が採択されました。そこには、「地球の将来──わたしたちの将来──は危機的状況にある。わたしたちは次の世代まで、すなわちリオ+40まで、何も行動せずに待つことはできない」と、自分たちの手で時代変革のための行動に立ち上がる決意が綴られています。
 この宣言に象徴されるような青年の情熱と力を注ぐことで、人類の未来を「希望」の方向へと大きく向けていく“アルキメデスの支点”(物事を動かす急所)となる場を、早急に設けなければなりません。
 そこで私は、世界の青年たちの代表が持続可能な未来のためのオルタナティブ(代替案)を検討し、新機構の毎年の活動方針への諮問などを行う「未来世代委員会」の発足を提案したい。そして、この委員会を軸に、世界各地での若い世代による活動のネットワークの強化を図るべきではないでしょうか。
 青年たちは、変革を求める意識が高いだけでなく、自らの行動で社会に力強い変革の波動を起こすことのできる潜在力を持っています。この青年たちの力を、国連の活動の大きな源泉にできるか──。その成否に人類の未来の一切はかかっていると、私は声を大にして訴えたいのです。
 以上、4つのポイントに基づく改革案を提示しましたが、未来への責任感を果たすためには抜本的改革も厭わないとの覚悟で各国の代表が討議に臨み、後世に輝く合意を実らせることを強く念願するものです。

現実変革に向けた行動を生み出す教育枠組みを2015年から開始

リーダーシップの発揮促す意識啓発
 リオ+20に向けて第3に提案したいのは、一人一人が地域を足場に“かけがえのない尊厳”を大切にする担い手として行動できるよう、「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」までの一貫した意識啓発を進めるための教育的枠組みの制定です。
 具体的には、現在の「持続可能な開発のための教育の10年」(ESDの10年)を発展的に継承する形で、2015年からの「持続可能な地球社会のための教育プログラム」の開始を求める勧告を、国連総会に行うことを呼びかけたい。
 振り返れば10年前、私は南アフリカ共和国のヨハネスブルクで行われた国連環境開発サミットに寄せて、ESDの10年の制定を提唱する中で、「現状を知り、学ぶ」「生き方を見直す」「行動に踏み出すためのエンパワーメント」の3段階を念頭に置いた、総合的な意識啓発を進めることの重要性を強調しました。
 ESDの10年が2005年にスタートして以来、学校教育の場でも、NGOなどが進めてきた社会教育の場でも、「現状を知り、学ぶ」と「生き方を見直す」という面では、さまざまな工夫がなされ、意識啓発の方法の改善で歓迎すべき前進がみられました。
 しかし、そこから「エンパワーメント」へ、さらにその先の「リーダーシップの発揮」へとつなぐ流れをつくりださずして、現実を変革する力を大きく生み出すことはできません。
 ゆえにESDの10年の後継枠組みでは、特にこの部分のプロセスを重視し、生涯を通じて“変革の主体者”となり、“周囲に希望の波動を広げる存在”であり続けられる人々をどれだけ育てていくかに主眼を置くべきであると訴えたい。
 SGIが地球憲章委員会と共同制作し、2002年の国連環境開発サミットでの展示以来、27カ国・地域で開催してきた「変革の種子──地球憲章と人間の可能性」展や、その内容を改定して2010年から行ってきた「希望の種子──持続可能性のビジョンと変革へのステップ」展が、何より心がけてきたのも、意識の啓発だけに終わらせず、「エンパワーメント」の触媒となり、「リーダーシップの発揮」を促す一つの契機になることでした。

郷土で日々培う「共生の生命感覚」が世界市民意識を大きく育む源泉に

100年前に郷土科を提唱した牧口会長
 確かにそれは容易ならざる挑戦でしょう。しかし、挑戦を前に進ませる鍵は、先に触れたマータイ博士の実践が示す通り、「地域」を足場にした教育にあると、私は確信しています。
 博士は、こんな含蓄に富む言葉を残しています。
 「教育というものに意味があるとしたら、人を土地から引き離すのではなく、土地に対してより多くの敬意をもつように教え込むものであるべきだ。なぜならば、教育を受けた人は、失われつつあるものがわかる立場にあるのだから」(小池百合子訳『UNBOWED へこたれない』小学館)
 こうした自分たちが暮らす土地に根差した教育の大切さを、100年前に訴えていたのが、人間教育の実践と探究に生涯をささげた牧口初代会長でした。
 「地を離れて人無く人を離れて事無し」との思想を背景としながら、あらゆる学科の中心軸──いわゆるコア・カリキュラムに、子どもたちが実際に生活している地域の風土や営みを“生きた教材”として学ぶ「郷土科」を据えることを提唱したのであります。
 それは、山や川がもたらす地理的な影響や、森や海の生きものとの生態的なつながりを概論的に学び、自然一般についての知識を広げるような「博物科等の材料の如き、自由に一つ一つ持ち運びのできる孤立的のもの」(以下、『牧口常三郎全集第3巻』第三文明社、現代表記に改めた)を習得することを念頭に置いてはいません。
 「郷土における自然界、人事界の複雑多方面なる勢力、関係に影響せられて吾らが生長発育せしものなることを明瞭に自覚するように、四周の天然人為の森羅万象を観察せしめ、その各事物、相互間における美妙なる関係を認識」することで、土地と人間の切っても切れない絆を日々の生活に基づいて実感として学び、自己の存在基盤をなす“かけがえのないもの”として郷土を大切に思う心を育む中で、有形無形の恩に対する思いを自身の行動に還元していく生き方を促すことを目指したものです。
 牧口初代会長はすでに『人生地理学』の段階で、「慈愛、好意、友誼、親切、真摯、質朴等の高尚なる心情の涵養は郷里を外にして容易に得べからざることや」と指摘する一方で、「人間が他日大社会に出でて、開かるべき智徳の大要は実にこの小世界に網羅しつくせり。もし能く精細に周囲の事物を観察せんか、他日世界を了解すべき原理はここに確定せらるべし」(以下、『牧口常三郎全集第1巻』第三文明社、現代表記に改めた)と強調し、広く社会や世界を動かしているさまざまな原理が身近な姿を通して展開される集約的な場として、郷土を位置付けていました。
 この認識に基づいて提唱された郷土科は、郷土と自分との交わりを通じて培った「共生の生命感覚」を基礎に、良き郷土民として生きるだけでなく、その延長線上において、広く社会のため、国家のため、さらには人類のために貢献する生き方の萌芽を育むことまで射程に入れた教育に他ならなかったのです。
 牧口初代会長は郷土を、生まれ故郷としての概念に狭めることなく、自分が暮らし、歩き、さまざまな出来事を直接見聞きし、その一つ一つに胸が動かされる場所──いわば、今現在の生活の立脚点となっている「地域」の意味として幅広く捉えていました。
 この郷土民としての自覚が、「生命を世界に懸け、世界をわが家となし、万国を吾人の活動区域となしつつあることを知る」という世界市民意識の礎になると考えていたのです。


目覚めた民衆の力強い連帯こそ地球的課題を乗り越える原動力


「地域」を舞台に生涯学習を推進
 こうした牧口初代会長の洞察を踏まえ、私は、ESDの10年から新たな枠組みへと続く活動の中で、「地域」を足場にした教育を進めるために、今後ますます重要になると思われる3つの観点を提起したい。
 1、地域の風土や歴史を知識として学ぶだけでなく、そこで育まれてきた郷土を愛し大切に思う心を受け継ぐための教育。
 1、地域の人々の生産や経済活動を含め、自分を取り巻く環境がもたらす恩恵を胸に刻み、その感謝の思いを日々の行動に還元することを促す教育。
 1、これから生まれてくる世代のために何を守り、どんな社会を築けばよいのか、地域の課題として共に考え、自身の生き方の柱に据えていくための教育。
 この取り組みを学校教育の場で進めるだけでなく、あらゆる世代や立場の人たちを含める形で「地域を舞台に共に学び合う機会」を社会で積極的に設けることが必要でしょう。
 それがそのまま、地域全体を巻き込む形で、さまざまな人々の思いを共有し合う場となり、世代から世代へと思いを受け継がせていく「生涯学習」の場になっていくと思うのです。
 また、子どもたちが主役となって地域の自然環境を守り、持続可能な地域づくりを進める活動を定期的に行う中で、大人の目線では見過ごされがちな課題や問題点を洗い出し、率直な指摘や改善のための提案を行う場を設けることも有益ではないでしょうか。
 マータイ博士が、幼い頃から故郷のシンボルとして大事にしてきたイチジクの木が失われてしまったことを契機に、地域が直面している危機を鋭く感じ取ったように、さまざまな脅威が最悪の状況にいたる前の“わずかな変化の兆し”に気付くことができ、その進行を押しとどめるために人々が協力して立ち上がることのできる最前線が「地域」に他なりません。
 グローバルな危機も元をたどっていけば、各地で起こった問題が負の連鎖を起こし、深刻さを増す中で、いつのまにか手に負えない猛威と化してきた側面があります。その一方で、グローバルな危機を放置しておけば、新たな問題や脅威が地域にふりかかってくる恐れも十分にあるのです。
 であるならば、わずかな変化や問題の兆候が表れやすい地域で、一人一人がその意味を敏感に感じ取り、心の痛みを決意に変えて、できることから行動を始めていく。そして、共々に地域の“防風林”としての役割を担い、また、地域同士で横の連帯を広げてグローバルな脅威の拡大に歯止めをかけつつ、持続可能な地球社会の大道を開く地域づくりを、一つまた一つと堅実に推し進めていこうではありませんか。


未来を開くための比類なき世襲財産

 以上、リオ+20に向けて提案を行いましたが、「共通目標の制定」や「制度改革」に加えて、「教育枠組みの推進」をセットにしたのは、生涯を通じて“変革の主体者”となり、“周囲に希望の波動を広げる存在”となる人々の育成こそが、持続可能な地球社会を築く挑戦の生命線であると考えるからです。
 まさに人類と地球の未来がかかっている重要な会議を目前に控え、私の胸に再びよみがえってくるのは、ローマクラブのペッチェイ博士の言葉であります。
 「一人一人の人間には、これまで眠ったままに放置されてきた、しかし、この悪化しつつある人類の状態を是正するために発揮し、活用することのできる資質や能力が、本然的に備わっている」「この人類の潜在能力は、いざというときの切り札として、局面の逆転を助けてくれるはずです。われわれはまだこの能力を甚だしく浪費し、誤用していますが、最も有能で幸運な人々から最も貧しい底辺の人々にいたるあらゆる人間に本来備わっている、この生得の、活気に満ちた、豊かな資質と知性こそは、人類の比類なき世襲財産なのです」(『二十一世紀への警鐘』、『池田大作全集第4巻』所収)
 博士が着目していた、全ての人々の持つ無限の可能性という「人類の比類なき世襲財産」を、持続可能な地球社会の建設という未曽有の挑戦のために生かす最大の原動力となるのが、教育に他なりません。
 教育は、どんな場所でも、どんな集まりでも実践でき、あらゆる人々が主体的に関わることのできるものです。そして、すぐには目に見えた結果が表れなくても、じっくり社会に根を張り、世代から世代へと受け継がれるたびに輝きを増していく──。
 私どもSGIが、どのような地球的問題群の解決を目指す上でも、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」を運動の根幹に据えてきた理由は、その点にあります。
 持続可能な未来を共に考えるための対話のフォーラムとして開催してきた展示会のタイトルを、「希望の種子」や「変革の種子」と名付けたのも、仏典に「物たね(種)と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(御書971ページ)とあるように、一人一人の胸に種を植えていくことが時代変革の直道であると固く信じてきたからでした。
 また、多くの国々で環境を保全するための活動に取り組む際も教育的な観点を重視してきました。今年で開設20周年を迎えるブラジルSGIの「アマゾン自然環境保護センター」でも、熱帯雨林再生プロジェクトに取り組む一方、持続可能な社会づくりを住民主導で進めることを、教育の力で後押ししてきました。
 こうした活動などを通じて、私が友情を深めてきた一人に、ブラジルを代表する詩人のチアゴ・デ・メロ氏がいます。
 リオ+20に向けての提言を締めくくるにあたり、“地球の肺”と呼ばれるアマゾンの大切な自然を守るために戦い続けてこられたメロ氏の言葉をもって結びとしたい。その言葉とは、97年4月に再会した折に、メロ氏が私に贈ってくださった即興詩です。
 「私は、愛を武器として、謳いながら働く。あすの建設のために。
 愛は全てを与える。私は希望を分かち合い、新たな生命の光を植えていく。
 時には、炎が立ちのぼるアンデスの峰で、わが友愛の心の叫びが封じ込められようとした。だが私は、その炎を乗り越えて、今も謳い続ける。
 新しい道などないのだ。あるのは、ただ、新しい歩み方だけだ。
 不遇な人々の痛みをわが痛みとし、空腹で眠る子どもたちの悪夢に同苦しながら、私は学んだ。この地球は、自分だけのものではないということを。
 そして、私が学んだ最も大切なこと。それは、わが命が尽きる前に、変えるべきことを変えるために行動することである。
 一人一人が自分らしく、自分の立場で──」


語句の解説
注1 国連人間環境会議
 1972年6月にストックホルムで開催された国連の会議。「かけがえのない地球」を合言葉に、環境問題が初めて世界的規模で総合的に議論される場となり、人間環境宣言や国際環境協力に関する行動計画などが採択された。同年、これらの合意を実施に移すために「国連環境計画」が設立されたほか、会議が行われた6月5日が「世界環境デー」に定められた。

注2 ラッセル=アインシュタイン宣言
 哲学者のラッセルと物理学者のアインシュタインを中心に湯川秀樹など11人が1955年7月に署名した宣言。核兵器による人類の危機を克服するため、人間性に基づく新たな思考への転換を呼びかけている。その精神を踏まえて57年に結成されたのがパグウォッシュ会議で、科学者の良心の訴えを通じて核兵器と戦争のない世界を求めてきた運動は高く評価されている。

注3 植樹キャンペーン
 2006年11月、国連気候変動枠組条約の第12回締約国会議を契機に、国連環境計画などが始めた運動。当初の目標だった10億本の植樹は、5歳から80歳まで幅広い年齢層が参加する中、開始から1年を待たずに達成された。その後も運動は継続され、参加の輪が193カ国に拡大する中、125億本もの植樹が実現している。

注4 地産地消
 地元で生産されたものを地元で消費することを目指す取り組み。食料品の産地と消費地をつなぐ輸送距離が短縮されれば、その分、環境負荷の軽減も進むことから、地産地消の割合を高める重要性が叫ばれてきた。食に対する安全・安心志向の高まりを背景に、消費者と生産者の相互理解を深める活動としても期待されている。

注5 グローバル・コンパクト
 国連のアナン事務総長(当時)の提唱で、2000年7月に発足した国際的なイニシアチブ。人権、労働基準、環境、腐敗防止の4分野における10原則が定められ、賛同した企業や団体は自発的な取り組みを進める一方で、説明責任が求められるようになっている。これまで140カ国、1万以上に及ぶ企業や団体が参加している。

注6 アカデミック・インパクト
 国連と教育機関を結びつけることを目的に、国連の潘基文事務総長が提唱し、2009年から本格化したグローバルな取り組み。賛同した世界の高等教育機関(主に大学)には、人権、識字能力、持続可能性、紛争解決の4分野における10原則のうち、毎年少なくとも一つの原則を積極的に支持した活動を進めることが求められる。「知的分野の社会的責任」を確立するための試みとして注目されている。
2012-06-06 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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2015年へ『核兵器禁止条約』の推進を

2015年へ『核兵器禁止条約』の推進を   (2012.4.25付 ジャパンタイムズ)

 池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長が、英字紙「ジャパンタイムズ」(4月25日付)に、本年の「SGIの日」記念提言の主張を踏まえ、「2015年へ『核兵器禁止条約』の推進を」と題する論説記事を寄稿した。同紙のオンライン版に掲載中の論説記事は、国際原子力機関(IAEA)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会等のウェブサイトでも紹介されている。


人類と核兵器は共存できない
青年を先頭に民衆の力の結集を


 イランの核開発問題や、北朝鮮による長距離ロケットの発射など、中東や北東アジアで地域的な緊張が高まる中、2015年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けた準備委員会が、4月30日からウィーンで開かれる。<5月11日まで>
 NPT発効から40年以上の歳月を経てもなお、やむことのない核兵器の拡散──。こうした現実を見るにつけ、NPT前文で謳われた「貯蔵されたすべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去する」とのビジョンに立ち返る以外、根本的には解決の道は開けないと思われる。
 核兵器が存在する限り、他国を強大な軍事力で威嚇しようとする衝動が生き続け、それが多くの国々に不安や恐怖をもたらす。そして、その不安や恐怖が呼び水になって、新たな核拡散の脅威が広がり、世界をどれだけ不安定にさせてきたか計り知れない。こうした負のスパイラル(連鎖)は、核兵器に安全保障を依存する思考から全ての国が脱却しない限り、完全に断ち切ることはできないものなのだ。
 かつてハンス・ブリクス氏らの大量破壊兵器委員会は、「ある国々の手にある核兵器は脅威ではないが、他の国々の手にある核兵器は世界を破滅の危機に陥れる、というような考え方を認めない」との見解を示した。全く同感であり、核兵器というダモクレスの剣はどの国が保有しようと、人類の生存権を脅かす“絶対悪”であることには変わりなく、一律に禁止することが焦眉の課題といえよう。
 国際社会がその課題に踏み出す上で、2010年のNPT再検討会議の最終文書は重要な礎となるものである。そこでは、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」との一文が盛り込まれ、国際法の遵守において一切の例外を認めない旨が明記された。
 今こそ、この合意を突破口に、「核兵器の非合法化」を明確な条約の形に昇華させるための挑戦を本格的に開始しなければならない。ウィーンの準備委員会では、2010年の最終文書を踏まえ「核兵器に対する国際法の適用」を議題の一つに乗せ、核兵器を包括的に禁止する「核兵器禁止条約」(NWC)を視野に入れた討議に着手すべきであると、強く訴えたい。
 NWCの制定を求める声は、今や、162カ国が加盟する「列国議会同盟」や、5200以上の都市が加盟する「平和市長会議」をはじめ、各国の首相・大統領経験者による「インターアクション・カウンシル(OBサミット)」からも表明されるまでになってきた。また、マレーシアなどを中心にNWCの制定を求める決議が1996年以降、国連総会に毎年提出される中、昨年には130カ国が賛成するまで支持が広がっている。
 NWCの実現に向けて、カスケード(雪崩《なだれ》的な拡大)現象を巻き起こすためには、もうひと押しの努力が必要だ。私はそのために、従来の国際人道法の精神に加えて、「人権」と「持続可能性」を、グローバルな民衆の意思を結集するための旗印に掲げ、青年たちを先頭に「核兵器のない世界」を求める声を力強く糾合することを呼びかけたい。「人権」と「持続可能性」の観点に立てば、核兵器に基づく安全保障政策が維持されることで、同じ地球で暮らす多くの人々や将来世代にもたらされる被害と負荷の問題が浮き彫りになり、関心を高めることができると考えるからだ。
 NWCの交渉開始という難関を突破する一つの方途として提案したいのは、基本条約と議定書をセットにする形で核兵器の禁止と廃絶を追求するアプローチである。つまり「『核兵器のない世界』の建設は人類協働の事業であり、国際人道法と人権と持続可能性の精神に照らして、その建設に逆行する行為や、理念を損なう行為をしない」との合意を基本条約の柱とするものだ。その眼目は、全ての国が安心と安全を確保できるような“人類共同の事業”としての枠組みを打ち立てることにある。
 そうした“脅威から安心への構造転換”を基本設計とする条約が成立すれば、次の段階となる議定書の発効が多少遅れたとしても、現在のような先行き不透明で脅威が野放図に拡散していく世界ではなく、明確な全体像に基づいた国際法によるモラトリアム(自発的停止)の状態が形成されていくのではないか。そのための準備を早急に開始することが必要であり、有志国とNGO(非政府組織)が中心となって「核兵器禁止条約のための行動グループ」(仮称)を発足させることを呼びかけたい。
 かねてより私は、原爆投下から70年にあたる2015年に、各国の首脳や市民社会の代表が参加して、核時代に終止符を打つ意義を込めた「核廃絶サミット」を広島と長崎で行うことを提案してきた。また、その一つの方式として、NPT再検討会議の広島・長崎での開催も呼びかけてきた。
 被爆地での開催を念願してきたのは、会議の参加者が訪問を通じて「核兵器のない世界」への誓いを新たにすることが、核問題解決の取り組みを“不可逆で揺るぎないもの”にしていくと信じるからだ。その会議で、NWCの基本条約の調印か、最終草案の発表が行えるよう努力していくべきだ。SGIとしても、平和市長会議や核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)をはじめ、志を共にする諸団体と連帯し、そのための国際的な機運を高めていく所存である。
 「核兵器による悲劇は二度と繰り返されてはならない」「人類と核兵器は共存できない」──それこそが、広島と長崎への原爆投下から得た教訓だったはずだ。その教訓を明確に核兵器を禁止する条約の形に結実させるために、日本が、ウィーンでの準備委員会において建設的な議論をリードし、2015年のNPT再検討会議に向けて「核兵器のない世界」への潮流を形づくる役割を発揮することを切に願うものである。
2012-05-11 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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国際通信社IPSのウェブサイトへの寄稿

国際通信社IPSのウェブサイトへの寄稿
                (2012.3.23付)

 世界130カ国以上に取材・報道のネットワークをもつ国際通信社IPS(インタープレスサービス)に、池田大作SGI会長がコラムを寄稿した。
 タイトルは「中東地域の危機を乗り越えるために」。
 イランの核開発をめぐる緊張の高まりについて、各国の政治指導者に「自制する勇気」を求め、対話をあきらめることなく“核兵器のない地域を”という民衆の希望の実現へ努力するよう求めている。
 コラム記事は、IPSから各国メディアに配信される。


中東地域の危機を乗り越えるために

 今、イランの核開発問題をめぐって、中東地域で緊張が高まっている。その状況を前に私の胸に迫ってくるのは、核時代の下で世界が直面する課題について「ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代りに辛抱強く指でほどかなければならない」との警鐘を鳴らした歴史家トインビー博士の言葉である。
 緊張が武力紛争に転化することへの懸念も叫ばれる中、関係国を含めて政治指導者が、今こそ「自制する勇気」をもって、事態打開に向けて互いに歩み寄ることを強く望むものである。
 軍事力などのハードパワーを行使して、根本的に解決できる問題など何もない。一時的に脅威を抑えつけることができたとしても、それ以上に大きな憎しみや怒りを生み出す禍根を残すだけだ。
 緊張が高まると、相手を強い調子で威嚇したり、激しい非難の応酬が行われることは、残念ながら国際政治の常となってきた。
 今から50年ほど前の「ベルリン危機」の際、ウィーンでケネディ大統領との会談に臨んだソ連のフルシチョフ首相が、「米国が戦争を望むならば、それは勝手だ。ソ連は受けて立つよりない。戦争の惨禍は同じように受けよう」と言い放ったことが思い出される。
 しかし忘れてはならないのは、ひとたび戦争が起これば、一番苦しめられるのは無数の市井の庶民であるという現実だ。20世紀の戦争の時代を生きた世代は皆、同じような体験を共有している。私も戦争で兄を失い、家を焼かれた。空襲の中、幼い弟の手を引いて逃げ惑った記憶は、今も鮮烈である。まして、大量破壊兵器を用いるような事態に発展した場合には、取り返しのつかない甚大な被害をもたらしかねない。その非人道性の最たる兵器こそ、核兵器である。
 1961年の「ベルリン危機」でも、その翌年に起こった「キューバ危機」でも、すんでのところで米ソ首脳は踏みとどまった。それはなぜか。一触即発の厳しい対峙が続く中で、両首脳が、その行き着く先にあるものを垣間見たからであろう。
 翻って現在、イランの核開発施設への攻撃があれば、どれだけ混乱が広がってしまうのか──。攻撃が報復を生むことは確実であろうし 、それが政治的に大きな変動が起きている中東地域にどのような事態を引き起こすかは、予測困難であろう。
 国際政治の次元では、不信が新たな脅威を呼ぶ負のスパイラル(連鎖)が続いているが、一方で、中東地域の一般市民のレベルでは「核兵器のない地域」の実現を望む声が少なくないことを、断じて見過ごしてはならないだろう。その一例として、昨年12月にブルッキングス研究所が発表した世論調査によると、イスラエル人の中では二対一の割合で、イランとイスラエルを含めた中東を非核地帯にする合意を支持する、という結果がでている。
 こうした人々の率直な思いを現実の形にするために、本年開催が予定されている「中東の非大量破壊兵器地帯化」に関する国際会議を何としても成功させなければならない。両国と中東地域全体にとっても、それこそが、共通の安全保障の新たなステージを切り開く選択肢だ。現在、ホスト役を務めるフィンランドが懸命の努力を重ねているが、被爆国の日本も、対話のための環境づくりの旗振り役となるべきだ。
 先の二つの危機を乗り越えたケネディ大統領は、「希望は歴史の慎重さによって鍛えられなければならない」との言葉を残した。
 この言葉通り、「核兵器のない世界」への希望も、それを求める人々が様々な試練と危機を忍耐強く乗り越える中で着実に育まれてきた。非核地帯条約の先駆けとなった中南米のトラテロルコ条約も、キューバ危機をきっかけに構想が一気に進展したものだったのである。
 “時間の無駄だよ。こんな条約は合意できるわけがない”との声もささやかれる中で、粘り強い交渉を重ねた人々の努力によってトラテロルコ条約は成立をみた。現在では、33カ国全てのラテンアメリカ及びカリブ諸国と5つの核兵器国全てが参加するに至っている。
 今、中東地域の危機を乗り越えるために、国際社会に求められているのは、まさにこの「対話をあきらめない精神」と「不可能を可能に変える信念」ではなかろうか。厳しい現実の中で、それがどれだけ険しい隘路だったとしても、「希望」は営々たる平和的努力を通じてしか育まれないことを忘れてはなるまい。
2012-03-24 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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復興への勇気(The courage to rebuild)

Japan Times(ジャパンタイムズ)
2011年6月28日付への寄稿文。

復興への勇気(The courage to rebuild)

 「人生行路の平濶ならざるを知れり」「想像夢思だも及ばざる難路なり」──福島県が生んだ歴史学者にして平和運動家・朝河貫一博士(1873─1948)の慨嘆であった。
 未曾有の被害を残した3・11の東日本大震災から3カ月余が過ぎた。犠牲になられた方々は1万5000人を超え、約7500人もの行方不明の方々がおられる。その一人一人が、わが父であり、わが母であり、わが子である。わが家族であり、わが友であり、かけがえのない命である。
 仏法者として追善回向の祈りを捧げるとともに、被災者の方々の御健康と無事安穏、そして被災地の復興をひたぶるに祈らずにはいられない。
 被害はあまりにも甚大である。いまだ避難生活を余儀なくされている方は、11万人を超え、筆舌に尽くせぬ御苦労が偲ばれてならない。国や行政機関には、より集中的で迅速、効果的な対応が求められている。
 愛する家族や生活の基盤を一瞬にして奪われた苦しみに加え、先の見えない不安、収束しない原発事故への懸念、景気の後退、風評被害等々、再起に立ちはだかる壁は少なくない。だからこそ、心は負けてはならない。
 国際法学者のナンダ博士が送ってくださったメッセージにも、「今こそ、いかなる脅威にも打ち勝つことができる精神の安全、すなわち強き心を深く培わねばなりません」とあった。
 仏法では、「蔵の財よりも身の財すぐれたり、身の財より心の財第一なり」と明かされる。
 慈悲や勇気や希望など、人間としての至高の資質に勝る財宝があろうか。そして、この「心の財」は、どんな不慮の事故や災害に遭っても絶対に壊されない。

三つの「希望」
 言葉を失う残酷な大災害であったが、私たちは大きく三つの「希望」を見出している。
 第1の「希望」は、世界との、また身近な地域での人間の連帯である。
 大震災が起こるやいなや、世界中から迅速にして具体的な救援の手を差し伸べて頂いた感動は、決して忘れることはできない。その真心に、私たちは感謝しても感謝しきれない。
 一方、被災地では、より強固な共助の絆が生まれている。大災害の試練に皆で立ち向かうなかで、思いやりや助け合いが光る、尊貴な人間共同体が創出されている。決して一人きりで苦しむ人を出してはならない。
 第2の「希望」は、被災者の不屈の勇気である。
私が言葉に出来ないほどの感動を覚えたのは、自らも被災しながら、他の人々の救援活動に行動されてきた友の献身的な姿である。
 岩手県釜石市のある婦人は、荒れ狂う津波から隣人たちの命を救った。アパートの2階にまでなだれ込んだ濁流の中、自らは空調設備につかまりながら、乳児を抱えて流されかける男性を背中で壁に押しつけ、片手でもう一人の隣人の襟元をつかみ、「腕がちぎれても離すものか」と守り通したと伺った。
 こうした幾千、幾万の無名の英雄たちが、家族や友人を失い、家や財産も流されながらも屈することなく、今も不眠不休で、郷土の復興に奔走されているのだ。各地で避難所になった私どもの会館でも、被災者の方々が、自らも悲哀や疲労を抱えているにもかかわらず、進 んで運営を担っておられた。
 私たち創価学会も、大震災の直後から会館への避難者の受け入れをはじめ、救援活動に全力を挙げてきた。現在は、特に宮城、岩手、福島の三県で、中長期の復興支援の態勢を固めている。
 仏典には、“人のために火をともせば、自分の前も明るくなる”と説かれる。人のためにと行動を起こすことによって、自らの苦悩は前進へのエネルギーに変わる。そこには、自他共の新たな明日を照らす希望の光が生まれる。
 第3の「希望」は、行動する青年たちの熱と力である。
 私の知る宮城県石巻市の青年は、大津波に呑み込まれながらも、松の木に一晩中しがみついて九死に一生を得た。配管工の彼は店も家も奪われたが、押し潰されるような無力感を払いのけ、水回りの修理など、市内全域を駆けずり回って献身した。荒れ野と化した街のかつて自宅のあった場所に、仲間と廃材を使って打ち立てた巨大な看板「がんばろう! 石巻」は、市民の心意気の一つのシンボルとなった。
 青年は、その若さゆえに「希望」の当体である。どんなに闇が深くとも、青年が立ち上がるところ、そこから太陽は昇る。
 復興への道は遠い。しかし、このような勇気ある青年たちの姿に励まされながら、地域の方々と手を携え、被災地復興のため、前進していきたい。
 どんなに地道であっても、その一歩から希望の種がまかれ、「心の財」が積まれるからだ。
 「されど人は境遇に支配せられる如き弱きものにあらず」「願はくは悲哀の下に屈せずして悲哀の上に屹立せよ」。朝河貫一博士の言葉が、東北の人々の心意気を示している。

朝河貫一博士の言葉は『朝河貫一書簡集』(早稲田大学出版部)。一部表記を改めた。
2011-07-05 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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