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ゴルバチョフ元ソ連大統領と会談

池田SGI会長 ゴルバチョフ元ソ連大統領と会談    (2009.12.9 渋谷区・東京国際友好会館)

SGI会長
歴史を創るのは民衆 人間主義しか道はない
ゴルバチョフ総裁
貧困を見捨てぬ世界へ再構築
ライサ夫人
私は希望を手放さない!
あきらめない人が最後の勝者


 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は9日午後1時半前から、明治大学等の招聘で来日中の元ソ連大統領であるゴルバチョフ氏(ノーベル平和賞受賞者)と渋谷区の東京国際友好会館で再会し、約1時間にわたり親しく語り合った。両者の語らいは、2年6カ月ぶり10度目。氏は現在、「社会・経済・政治研究国際財団(ゴルバチョフ財団)」総裁として世界を奔走。平和・核軍縮等に尽力する。席上、逝去から10年を迎えたライサ夫人の思い出をめぐり、語らいが広かった。さらに「ベルリンの壁」崩壊20年にあたり、今後の情勢を展望。世界を襲った経済危機の原因に迫るなど、話題は縦横に。約1時間にわたった会見は、人類が歩むべき21世紀の道を照らして──。会見には、総裁の令孫のアナスタシアさん、同財団のパラシチェンコ国際交流・広報部長、ポリャコフ補佐官、学会の原田会長、江藤・池田(尊)副会長が同席した。

池田SGI会長 ようこそ、お越しくださいました! お会いできてうれしいです!
ゴルバチョフ総裁 私も本当にうれしいです!
 ──出会いの瞬間、トレードマークの“ゴルビー・スマイル”を満面に浮かべた総裁。
 さらに総裁は、一段と笑顔をほころばせながら、「孫娘のアナスタシアです」と同行の令孫を紹介した。
 「お会いできて、うれしいです! 以前にもお会いしました。お久しぶりです!」──あいさつする令孫のアナスタシアさん。そのはつらつとした声が、出会いの劇に、みずみずしい彩りを添える。
 「ようこそ! ようこそ! お元気でうれしい、うれしい」と会長も何度も喜びを。

追悼文集の最初に真心の一文が
 2年6ヵ月ぶり、10度目の出会い。
 この日も麗しい家族の語らいが花開いた。
 多忙な総裁を気遣いながら、「きょうは、わが家に帰ってきたと思って、ゆっくりしてください」と語る会長。
 さらに会長は、総裁の胸に手をあて、逝去から今年で10年を迎えたライサ夫人を偲びながら、こう語った。
 「私の妻も、きょうは朝から、奥様(ライサ夫人)との思い出を懐かしそうに話しておりました。
 本当に奥様のことが大好きでした。心から尊敬していました。
 きょうは、本来ならば妻も出席したかったのです。
 しかし、総裁とお会いすれば(ライサ夫人のことを思い出して)涙が出てしまうからと、参加を控えさせていただいたことを、ご了解ください」と。
 その瞬間、込み上げる思いを抑え切れない様子で、目頭を熱くした総裁。周囲にも深い感動が広がった。
 席上、総裁は大切に持っていた1冊の本を取り出した。それは、ライサ夫人の逝去10年に寄せて発刊された「追悼文集」であった。
 総裁は、澄んだ眼で、まっすぐに会長を見つめながら語った。
 「この追悼文集は、娘のイリーナが、親しい友人だちと一緒につくったものです。この本には多くの人の文章が載っていますが、一番最初に収められているのが、池田会長の文章なのです」
 そして総裁は、その場で、本の扉のページに、次のように感謝の言葉を綴った。
 「親愛なる池田大作会長、香峯子夫人」
 「温かい友情と、深い追悼文を寄せてくださったこと、すべてに感謝します」
 その文集を手渡すと、会長は「光栄です。うれしいです。素晴らしい“宝”です」と深い感謝を。
 追悼文集を開くと、最初のページを飾っているのが、総裁夫妻と会長夫妻の写真──。
 1997年に関西創価学園を訪れ、学園生に笑顔で手を振る場面である。
 その写真とともに、SGI会長の一文(『人生は素晴らしい』〈中央公論新社刊〉に収録されたライサ夫人の人物エッセー)が掲載されている。
 追悼文集には、ほかにも、フランスのミッテラン元大統領夫人、イギリスのサッチャー元首相、統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領など、総裁夫妻と深い親交のあった著名な人物の寄稿が収められている。

一家の勝利は夫人の勝利!
会長 ライサ夫人は、世界中の女性に愛された方でした。
総裁 その通りです。私よりも、彼女のほうが、愛されていたと思います(笑い)。
会長 本当に、聡明で、美しい女性でした。博学で、謙虚な指導者でした。優しく、そして強い母でした。
 ライサ夫人は、綴っておられました。
 「私がいつも願うことは、主人が知り合った若い頃のままでいてほしいということです。勇敢で、たくましく、かつ心優しく。そして、好きな歌をまた歌えるように、好きな詩を朗読できるように、今までのように屈託なく笑えるように、願っています」と。
 このライサ夫人の願い通り、総裁は、元気で、お嬢さん、お孫さんと行動を続けておられます。
 ご一家の勝利は、ライサ夫人の勝利です!
総裁 ありがとうございます。ご紹介してくださった言葉はごライサが生前の手記の中に書いた言葉です。
 私たちの人生には、劇的なことがありました。ロシアにも、たくさんの辛いことがありました。
 そのすべてを彼女は、わが事のように一緒に苦しみ、乗り越えてきたと思います。
 ──ライサ夫人には『私は希望をもつ』と題する著作がある。
 総裁は、さらに夫人が生前、新たに本を書きたいと願い、たくさんの資料を収集し、すでに各章の名前まで決めていたことを紹介。ライサ夫人が一枚の紙に赤い字で「何のために心が動いたか」との言葉を残していたことに触れ、これを本のタイトルにしたかったのではないかと思うと語った。そして、彼女の代わりに、私か長生きをして、後世に本を書き残したいと述べた。
 かつて錦秋の関西創価学園を訪れたライサ夫人は、学園生にこう呼びかけた。
 「人生には、さまざまな痛手を受けることがあります」
 「しかし『達成できる何か』はあります! 何か『実現できる夢』は必ずあるのです! だから、最後に勝利する人とは、たとえ転んでも、立ち上がり、再び前に進む人です」
 この夫人の言葉は、創価の友への希望のメッセージとなって、今も光り輝いている。

「部屋にある富士山が一番」
総裁 一昨日、(東京から)大阪に行く途中、富士山が見えました。その時、私は周りの人たちに、こう言ったのです。
 「自分の部屋にある富士山が一番だ」と。その富士山とは、池田会長からいただいた富士山の写真です。
パラシチェンコ国際交流・広報部長 池田会長もご存じと思いますが、(モスクワにある)ゴルバチョフ財団の賓客を迎える部屋に、富士山の写真が飾られているのです。
総裁 私は、この写真のことを会う方たちに話しています。
会長 光栄です。
総裁 ところで、“ゴルバチョフ夫婦桜”は育っていますでしょうか。
 〈1993年4月、ゴルバチョフ夫妻が創価大学を訪問した際に、大学の構内に“夫婦桜”を植樹した。関西創価学園にも97年11月、夫妻が訪れた折に、枝垂れ桜が植樹されている〉
会長 立派に育っています。
総裁 私はまだまだ元気で、長生きしますから(笑い)、ぜひ次回の来日の際には見せてください。
会長 もちろんです。桜は一番いい場所に立っています。大事にしています。
総裁 桜は私と池田会長の友情のシンボルだと思っています。
会長 ありがとうございます。
総裁 来年は、創価学会の創立80周年であり、学会は幾重にも大きな佳節を迎えられます。ぜひ、そのお祝いにうかがえればと思っています。
 ただ、最近は以前に比べれば、長時間、飛行機に乗ることは少なくなってきました。
 池田会長も私も、生涯を通して世界中を駆け巡ってきましたね。
会長 本当に、その通りです。
 総裁は世界一です!
 歴史に輝く偉大な指導者です。
 私も世界の各地で、忘れ得ぬ思い出を幾つも刻んできました。平和のため、人類の未来のために、各国のリーダーや識者と胸襟を開いて対話を重ねてきました。
 お忙しい総裁に、きょうはゆっくりしていただきたいのです。
総裁 ありがとうございます。
 ──ここで、ゴルバチョフ総裁は関西創価学園を訪れた時の思い出を述懐。
 総裁は「生徒たちが、制服の上着をいっせいに投げ上げた光景が忘れられません」と、懐かしそうに語った。
総裁 世界で、少しずつ変革の波が高まり、さまざまな変化が起こっています。
 アメリカにオバマ大統領が誕生したのは、意味のあることだと思います。
会長 同感です。そうした変化を、歴史を開く跳躍台にしていかねばなりません。
総裁 私たちの対談集も、新たな言語で発刊されました。
 互いに喜びあいたい。よき書物を残すことができ、うれしく思います。
 〈『20世紀の精神の教訓』のスロバキア語版が11月末に発刊された。これで10言語目となる〉
会長 各国の学術界や教育界から、“未来への教科書”として、大きな反響が寄せられています。
総裁 教科書というのも、わかります。対談を行いながら、私は池田会長から、たくさんのことを学ばせていただいた。
 ですから、私が“最初の生徒”なのです(笑い)。
会長 偉大な人は、ご謙虚です。
 ──次いで、SGI会長と総裁の新たな対談が本年、月刊誌「潮」に3回にわたって掲載されたことも話題に(2~4月号)。
 総裁は「21世紀の朝《あした》のために、池田会長と、さらに対話を続けたい」と心情を語った。

「崩すべき壁はたくさんある」
会長 本年は「ベルリンの壁」の崩壊から20年。
 私は、この“分断の壁”がつくられ始めた2カ月後に、西ドイツへ渡りました。今から48年前のことです。〈1961年10月〉
 冷たい壁を前に、私は、同行の友に、こう語りました。
 「この壮大にして強固な壁は、30年後には、なくなっているだろう」と。
 その際、将来、必ず壁が破られる日が来ることを願い、深き祈りを捧げたことは忘れられません。
 そして、28年後の89年11月、壁は崩壊したのです。
 先月、ゴルバチョフ総裁は、英国の「タイムズ」紙に論考を寄せられました。「この壁を破ろう! そして地球を救おう!」と。
 その中で、総裁は、「今、我々が崩すべき壁は、一つではなく、たくさんある」と指摘されました。
 それは“発展を手にした先進国と、発展を遅らせたくない途上国との壁”“気候変動を起こした国と、気候変動に苦しむ国との壁”“自らの行動も変え、地球規模の大胆な行動を求める民衆と、民衆を置き去りにしようとする指導者との壁”などであると。
 そして「今再び『壁を破ろう!』との叫びが響く……これは、歴史の声である」と力強く呼びかけておられます。
 思えば、かつて冷戦の時代、人々の心を閉ざしていた「あきらめの壁」「無力感の壁」を破ったのは、総裁でありました。
 今再び、「どんな壁も必ず打ち破れるのだ」という勇気を、私は総裁とともに、世界の青年に贈りたい。
総裁 光栄です。
 このように私の発言に目を通してくださり、ありがたく思います。
会長 また先月、総裁は「ベルリンの壁」崩壊20年を記念して、ドイツの首都ベルリンを訪問されました。
 多くのそうそうたる指導者が居並ぶ中で、総裁の発言は、ひときわ光っていました。
 ──東西のドイツ統合の主役は「民衆」であった。
 第一に「ドイツの民衆」である。そして、新たなドイツヘの信頼を表明した「ロシアの民衆」である──と。
 歴史を動かす力は何か。それを、ロシアの大文豪トルストイは一人一人の民衆の中に見出し、名作『戦争と平和』に綴りました。
 創価の民衆の連帯は今、世界192力国・地域に広がりました。たくさんの同志が、総裁を敬愛し、支持しています。これからも、ともに「平和と教育」の大叙事詩を綴り残しましょう!

SGI会長
創価大学 関西創価学園に“ゴルバチョフ夫婦桜”
日露友好の桜花よ薫れ
ゴルバチョフ総裁
SGI会長のお陰で桜の季節に初来日
友情と協力の道を共に


世界中が“創価”
 ──ここで話題は、創価同窓生の活躍に。
 ゴルバチョフ総裁夫妻は、幾たびとなく、創大生・学園生に熱い声援を贈ってきた。
会長 創価大学の学生から「総裁にくれぐれもよろしくお伝えください」との伝言を預かってまいりました。
 総裁は、創価大学の「名誉教授」「名誉博士」であられるので、敬意を表して、創大をはじめ、創価教育の現状をご報告します。
 また、アメリカ創大へも、開学式などに、度々、メッセージをいただき、感謝に堪えません。
 総裁をはじめ、世界からの期待に応えて、創価同窓生は、各界で力強く活躍しております。
 例えば──
 司法試験合格者は約230人。
 公認会計士・税理士は約350人。
 博士号取得者は約400人。
 国会議員は10人。地方議員は約400人。
 医師は、医学生を含め約370人。
 教員採用試験合格者は約6000人です。
 世界に羽はたく約8万人もの創価の同窓生は、総裁と私の対談集も学び、総裁の平和の信念と理想を受け継いでいます。
総裁 世界中が“創価”ですね!。
 これほど、若い、素晴らしい専門家が育っているというのは、すごいことです。
会長 うれしい言葉です。
総裁 池田会長が毎年決まって、卒業生と会われていることも、うかがっております。
会長 ありがとうございます。尊いお話、感謝します。皆に伝えます。
総裁 お願いします。必ず、創価教育の皆さんによろしくお伝えください。
会長 責任を持って伝えます。きっと喜ぶでしょう。

ペレストロイカの苦闘
 ──会見は佳境に。昨年から広がった世界的な経済危機が話題にのばった。
会長 今回の経済危機が引き起こされた最大の要因は何であったと思われますか。
総裁 1980年代、ソ連の内部で起こった「ペレストロイカ」(改革)、「グラスノスチ」(情報公開)が、世界的な潮流を生み出し、東欧の自由化にも波及しました。
 ソ連とアメリカの関係、ソ連と中国の関係も改善し、国際関係の良い流れがつくられていたのです。
 (1991年4月には)池田会長のおかけで日本にも初めて訪れることができました。首相の海部さんとは何度も会談し、非常に深い話し合いができました。
 ──答えを探し求めるように、総裁の回顧は続いた。
 極端なリベラリズム(自由主義)の弊害を取り除くと同時に、極端な共産主義の弊害をも取り除こうと努力したペレストロイカの苦闘。
 その渦中の90年7月、総裁はSGI会長と出会った。
 そして初会見の場で「ペレストロイカの『新思考』も、池田会長の哲学の樹の一つの枝のようなものです」と語ったのである。
 当時を振り返って総裁は「新しい秩序が世界に築かれるチャンスでした」と強調した。
 冷戦は終わった。しかし、衝撃的なクーデター未遂事件などを経て、ペレストロイカの試みは挫折した。

独裁権力を捨てた権力者
 ──SGI会長とゴルバチョフ総裁。二人が語り合う部屋には、ライサ夫人の追悼文集が置かれている。
 そこに掲載されたSGI会長の文章には、次のような一節が刻まれている。
 「私は、いつも思っていた。
 『なぜ、これほどの平和の功労者が迫害されなければならないのか! ご夫妻のおかけで冷戦も終わったのではないか。人類みなが感謝し、大切にするべきではないか!』」
 「考えてもみよう。かつて氏には『万能』ともいうべき独裁権力があった。その権力を使って、氏がやったことは何だったか?
 独裁体制を捨てて民主化を進め、民衆の自由を回復することだったのである!
 ひとたび『自由の水門』を開けば、批判や攻撃の奔流は氏自身にも容赦なく襲いかかってくるかもしれない。その危険を覚悟の上で! 他のだれに、そんなことができただろうか?」
総裁 西側諸国は、“自分たちは勝利した”と思い込み、自分たちのシステムを変える必要はないと考えました。
 一方、旧ソ連の人々は、“国の指導者が独裁者だったから事態が悪化したのだ。ゴルバチョフに責任がある”と批判しました。
 ──SGI会長の追悼文にも分析されている。
 「(ゴルバチョフ夫妻は)国内のみならず、人類が『戦争の恐怖なしで暮らせる』よう、東西冷戦を終わらせた。ある人々は、それを『西側の勝利』と呼んだが、はたしてそうだったろうか」
 冷戦の終結は、「全人類が平和に暮らしていける道」を開こうとした人々の願いの結実ではなかったか。SGI会長は続ける。
 「その本質を各国の指導者が理解し、学ばなければ、冷戦後の21世紀も、『戦争なき世界』は創れないであろう。
 ライサさんは明快であった。
 『主人は苦しみや、裏切りを味わいました。しかし、世界のために戦い続けました。自分のためではないことは、そばにいて、私が証明できます。裏切った人たちは、結果的に悪くなっています』と」

新たな規範を
 ──無理解と中傷の嵐の中を生きた総裁は、SGI会長の前で真情を吐露した。
 「権力闘争が激化して、ヨーロッパでも紛争が起こりました。本当に心が痛みました。
 中央アジアは分断され、“世界の民主化を進める”
というスローガンのもと、中東への攻撃が始まりました。
 アメリカは“あの国々を近代化する”と言いながら、まったく違う方向に事態は進んだのです」
 ──さらに総裁は訴えた。
 「本当にすべきだったのは、『発展』のモデルそのものを、違う方向へと転換することでした。
 それまで、どんな犠牲を払ってでも利益を大きくすることが『発展』であるとし、貧しい人々を置き去りにしてきた。その“考え方そのもの”を変えねばならなかったのです。
 この失敗から様々な悲劇が起こり、昨年来の経済危機も生じたのだと私は考えます」
会長 危機を打開するために、今できることは何だと総裁は考えますか。
総裁 危機を乗り越えるカギはどこにあるでしょうか。現在の政治の世界にも、現状に目を開き始めた人々がいます。
 金融危機から、一つの現実が見えてきました。私たち人類は、今までの生き方を変え、新たな規範、新秩序をつくらねばならない、という現実です。
 「競争」だけではなく、「協力」する世界をつくらねばならない。軍事力の世界も「競争」です。この競争を止めなければなりません。
会長 まったくその通りです。人間主義しか道はありません。
 ──さらにSGI会長は、総裁が推し進めている、各分野で貢献した女性を顕彰する「世界女性賞」の活動に触れた。

あらゆる分野に生かせ女性たちの声を!
会長 もしご存命なら、ライサ夫人こそ「世界女性賞」にふさわしい方だったでしょう。
 今年は、私の友人でもあるベティ・ウィリアムズさん(ノーベル平和賞)も受賞されました。
 平和の原動力は女性です。社会で活躍する女性たちの姿から学ぶことは何でしょうか。
総裁 ライサが生きていた時、「ライサ・マクシーモブナ・クラブ」と呼ばれる女性の集まりをつくりました。
 その趣旨は、「女性の声を、国のなかでしっかり聞こえるものしなければならない」というものでした。
 女性たちは喜んで加わりました。さまざまな女性の声を集め、一国の指導者に送るのです。
 現在では女性のほうが男性よりも活発で、信頼性も高い。政治の世界でも、そのように感じます。
 社会生活の全般にわたって、もっと女性の声が反映されれば、おそらく世界は今よりずっとよくなり、失敗も少なくなるのではないでしょうか。
会長 素晴らしいお考えです。

人道主義の温かさを!
 ──語らいの時は瞬く間に過ぎる。
総裁 私は、池田会長との友情を本当に大切に思っています。私たちの協力関係において、会長はエネルギッシュに、すべてを前へと引っ張ってくれています。
 これからも創造の才を発揮してください。会長の平和・文化へのリーダーシップに、私もついていきたいと思います。
会長 ご謙遜です。しかし、そのお気持ちがうれしい。二人の友情を、さらに強く! 今、私は固く決意しました。
総裁 池田会長の力は、権力でもなく、腕力でもありません。会長は詩人であり、哲学者です。
 その会長の力は、人格であり、哲学の深さであり、人間性の大きさです。それを心から尊敬しています。
 その人道主義の温かさがなければ、政治も経済もすべて、冷たいものになってしまう。ゆえに、池田会長の影響力が、世界に、いやまして浸透していかなければいけないと思っています。
 ──出口に向かいながら、「ぜひ、お互いに、お元気で」と快活に語る総裁。
 SGI会長は、「お元気で。きょうの対話は一生忘れません」と応え、アナスタシアさんにも温かく声をかける。
 総裁と令孫を乗せた車が動き出し、大きく手を振るSGI会長。
 積み重ねられた10度の出会い。
 時代は転変した。しかし、日露友好の大きな扉を開けた二人の友情は、いささかも変わらず、さらに深みを増して──。
 芳名録には、次のように綴られていた。
 「私たちは貴殿のもとを訪れることができ、大変に幸せでした。友情に心から感謝します。またお会いできる日を楽しみにしております。 M・ゴルバチョフ アナスタシア」
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2009-12-12 : 世界との語らい :
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世界との語らい 第37回

第37回
英国の名門 クイーンズ大学 グレッグソン学長
                (2009.9.17付)
教育こそ最大の解放者
知識を人類に還元=世界市民の育成を


 アイルランドの誇る大詩人イェーツは絶唱した。
 「今こそ、わが魂を磨こう。高邁なる“叡智の殿堂”で、つとめて学ぶことによって」
 人の世に、有為転変の波は荒く、毀誉褒貶の風は激しい。
 その風波《かざなみ》を超克して、不滅の価値を創造しゆく道は、何か。学び続けることだ。磨き合うことだ。そして、人を育てることだ。
 20世紀最高峰の文豪と仰がれる、このイェーツも名誉博士として愛してやまなかった“叡智の殿堂”が、北アイルランドのクイーンズ大学ベルファストである。
        ◇
 荘厳であった。壮麗であった──新緑まばゆき創価大学の本部棟に伝統の曲が流れた。それは、クイーンズ大学の卒業式を寿ぐ旋律であった。
 本年の5月18日である。
 本国での儀典に則って、私に対する「名誉博士号」授与式を厳かに挙行してくださった。会場へと進む両大学の列席者の一番前には、創価大学の学生代表の凛々しき姿。ピーター・グレッグソン学長は、全責任を担うが如く、行列の最後尾におられた。
 「学生が先頭」──これも、クイーンズ大学に流れ通う、崇高な精神の象徴であった。
 式典におけるグレッグソン学長の第一声は、アイルランドの偉大な劇作家バーナード・ショーの名言であった。
 「平和は、戦争より良いだけではなく、戦争より、はるかに至難の業なのである」
 そこに学長が込められた。平和への断固たる不退の決意に、私は強く胸を打たれた。
 「破壊は一瞬 建設は死闘」。なかんずく平和の建設という最大の死闘に、いずこにもまして勇敢に挑んでこられたのが、同大学であるからだ。
       ◇
 北アイルランドでは、30年以上にわたり、対立と分断の紛争が繰り返されてきた。その終結と和平の前進に尽力してきた「平和創出の大城」が、クイーンズ大学である。
 1845年、ビクトリア女王により創立され、1908年に総合大学となった。社会の各分野をリードする、力ある俊英を育成してこられた。医学界の先駆者、政治指導者、ピュリツァー賞受賞者、オリンピックの金メダリスト、著名な俳優等、誠に多彩な人材群である。
 この栄光の名門学府を、さらなる躍進へとリードしてこられたのが、グレッグソン学長だ。「英国王立工学アカデミー」の評議員にも選出された、最優秀の研究者である。
 2004年8月、46歳の若さで学長に就任すると、研究機関としての一段の拡充を進められ、全英トップ20大学で構成される「ラッセル・グループ」加盟にも到った。
 大学の教職員の4分の1が、高等教育アカデミーの会員とも伺っている。
 「教育とは“クイーンズ大学で体験すること”の異名」との自負が、誇り高い。

開かれた大学
 クイーンズ大学は、その「使命」として、文化・社会・経済の発展に貢献することを、明快に掲げている。なかでも、学生たちが中心となって舞台芸術や視覚芸術などを披露する芸術祭「ベルファスト・フェスティバル」は、世界的に高く評価される。
 この祭典は、厳しい紛争中も決して中断されることはなかった。執念の持続であった。
 「暴力」は人間を引き裂く。
 「文化」は人間を結び合う。
 この芸術運動が、どれほど敵対する人々の心と心を結び、和平と連帯への道標《みちしるべ》となったことか。それは、さらに「アルスター(北アイルランド)・ルネサンス」と謳われる新たな文芸興隆の拠点ともなったのである。
 詩の朗読会やパンフレットの出版などを通じて、いまだ無名の若き詩人を次々と世に送り出していった。クイーンズ大学の卒業生で、後にノーベル文学賞に輝く国民詩人ヒーニー博士も、その一人だ。
 時代がどうあれ、社会がどうあれ、今この場所で、直ちにできる平和への闘争がある。それは、目の前の一人の青年を励ますことだ。その若き生命から、力を引き出すことだ。
 授与式に先立つ語らいで、グレッグソン学長は晴れ晴れと明言された。
 「文化・芸術は平和を建設する偉大な要素です」
 「北アイルランドの文化、わが大学の文化は、私たちの核心であり、私たちの心です」
 それだけに、学長は、私が創立した民音を訪問されて、多くの啓発を受けたとも語ってくださった。
 ともあれクイーンズ大学は、歴史からの挑戦に敢然と応戦する中で、世界に示された。
 このキャンパスがある限り、この学生たちがいる限り、必ず明るい未来が開ける──そう市民に信頼され、地域に希望を贈ることこそ、「開かれた大学」の使命である、と。
        ◇
 創価大学では、この夏も、市民の方々と「学ぶ喜び」を分かち合う「公開講座」が活発に行われた。工学部で進めた桑の新品種の開発は、桑都と呼ばれてきた八王子市の経済活性化にも寄与している。
 地元の防犯・安全のための地道な取り組みや、地域と世界を結ぶ「周桜観桜会」の開催等々、八王子を愛する学生有志の英知の行動も清々しい。
 アメリカ創価大学でも、「インターナショナルフェスティバル」が伝統の地域行事になりつつある。今年の5月には、1万人を超える市民が集まってくださった。この
 「文化の祭典」はオレンジ郡教育局の文化プログラムに指定された。地元有力紙でも報じられるなど、広く市民に愛され、親しまれている。
 「知識は社会に貢献しなければ意味がない」──グレッグソン学長と深く一致した。

師恩に報いる
 学長の祖父君は、機械技師協会の会長を務めた大学者であられた。学長は、幼い頃から祖父の研究に魅了され、工学を志したのである。
 その若き学才は、学生時代の師匠・フラワー教授との出会いで、大きく花開いた。
 「師は私に教えてくれました。確固たる証拠に裏付けされた着想こそ、新たなる学問の地平を開く、と。
 そして私は、師から学びました。若い学生たちを、やる気にさせるには、どうしたらよいか、を──」
 探究においても、教育においても、この師匠の教えを、学長は誠実に実践されている。
 「師匠の存在は、いかなる人にとっても大変に重要なものです」──学長は、授与式の前日に訪問された創価学園で、学園生たちの真心の歓迎に応えて語ってくださった。
 「私が受けた数々の師の恩を言葉で語り尽くすことはできません」。師恩に生き抜く学長の心は、あまりにも尊い。
 私はベルファスト市が掲げるモットーを思った。
 「これほどの恩に、何をもって報いるべきか」
 わが胸中の師と常に語らいながら、報恩の誠を尽くす。
 そこには、人間の最も高潔にして尊貴なる生命が、絶えることない光を発するのだ。

学生第一!
 「創価教育の価値観は、クイーンズ大学の価値観と深く共鳴するものです」
 授与式で、グレッグソン学長は、そう宣言なされた。
 対話が弾むほど、クイーンズ大学と創価大学の共通の理念が響き合った。
 その一つは「学生第一」。
 「教育は、学生あってこそ」との学長の信念は固い。
 一個の人格として、学生に最大の敬意を払う。そして、学生が可能性を最大に発揮できるように献身する。この責任感に徹底しておられる。
 創価大学との学術交流協定についても、「紙の上だけの協定ではなく、人の人生そのものを大きく変革するものだと確信しています」と言われた。
 式典で学長は、私の敬愛してやまぬマンデラ元大統領の言葉を紹介された。「教育こそ最大の解放者なのです」──。元大統領もクイーンズ大学の名誉博士である。「教育に携わる者は、この叫びを、決して忘れてはならない」と、学長は結論された。
 授与式の翌日には、両大学主催のシンポジウムが開催された。協定を現実の上で一つ一つ、時を置かず前へ進めていかれる学長の電光石火の行動力に、皆が感嘆し敬服した。
        ◇
 両大学の二つ目の共通点は「世界市民の育成」である。
 クイーンズ大学には、世界90力国から2万4千人の学生が学ぶ。「クイーンズ・ファミリー」と呼ばれる、10万人を超える卒業生の輪は、世界に広がっている。創大からの留学生も、温かく迎えていただいており、感謝に堪えない。
 大詩人のヒーニー博士も、世界に開かれた母校を誉れとされた。大学とは、「土地の言葉」だけではなくして、幾つもの「普遍の言語」に出会い、マスターしていく環境であると振り返つておられる。
 「ローカル(地域)に生き、グローバル(地球大)に思考する詩人」と評価される詩心の原点は、紛れもなく母校クイーンズ大学にあったのだ。
 “弟の大学”たる創価大学でも、新たに「世界市民育成プログラム」が開設される。
 グレッグソン学長は、創価大学には「世界市民を育成するための環境が整っています」と評価してくださっている。
 学園生についても「学ぶことに対して大いなる熱意を持っている」、そして「国際的
な人材になりたいという強い意欲を持っている」と讃えてくださった。国を超えて、青年を愛し、見守る大教育者の慈愛に満ちた慧眼だ。
        ◇
 「クイーンズは壮大な旅の途上にあるといえましょう」
 学長はこう語られながら、さらなる高みへ前進される。
 式典の日、東京からも堂々たる富士山の雄姿が見えた。「4度目の来日にして、やっと見ることができました」と学長の顔がほころんだ。
 富士の如く嵐にも微動だにせぬ、大信念の人格を鍛え上げる──。共に目指す、教育の勝利の真髄が、ここにある。

 白き雲
  彼方に見ゆる
   富士の山
  威風厳たる
   不滅の勝者と

〈参考文献=風呂本武敏編『アイルランド・ケルト文化を学ぶ人のために』世界思想社〉

 ピーター・グレッグソン(1957年~)
 スコットランド生まれ。ロンドン大学インペリアル・カレッジで材料科学を専攻し、博士号を取得後、サウサンプトン大学へ赴任。航空宇宙材料学の教授を務める。 96年、英国素材鉱物採掘研究所「ローゼンハイム・メダル賞」受賞。サウサンプトン大学副総長補、英国王立工学アカデミー特別研究員などを経て、2004年にクイーンズ大学ベルファスト学長兼副総長に就任。アイルランド王立工学アカデミーの特別研究員、公認経営者協会員を務めるなど、多方面で活躍する。
2009-09-20 : 世界との語らい :
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世界との語らい 第36回

第36回
ロシア連邦・サハ共和国 ボリソフ文化大臣
                (2009.7.23.付 聖教新聞)
わが身は難攻不落なり
胸中に輝く智慧と勇気の“北極星”‼


 困難な闘争に、勇んで勝負を挑む人間は、尊貴である。
 逆境の中を、苦労して戦い抜く人生は、荘厳である。
 サハ共和国が誇る、大詩人クラコフスキーは謳った。
 「果てしなき勇気をもって
 絶望さえも打ち払い
 再び立ち上がるのだ!
 何百倍も
 燃え上がりながら!」
 この不屈の精神を体現しておられるのが、アンドレイ・ボリソフ文化大臣である。
        ◇
 サハは、ロシア連邦を構成する共和国の一つ。「シベリアの中のシベリア」と呼ばれ、国土の40%は北極圏である。
 最低気温の記録は、マイナス71・2度。夏と冬の気温差が100度に及ぶこともある。
 ボリソフ文化大臣を日本にお迎えしたのは、2004年の厳冬の1月であった。
 激務の大臣である。加えて、この時期は、空港もしばしば閉鎖される。マイナス50度以下では、飛行機の機体に付着した水分まで氷結し、エンジンの回転も鈍り、運航が危ぶまれるのだ。
 その中を、断固たる意志で来日くださった真心は、終生、忘れることができない。
 私との語らいで、文化大臣は言われた。
 「私たちは厳しい寒さも、やっかいとは思いません。マイナス40度といった寒さだと、ウイルスや細菌が活動できず、疫病は流行らない。
 私たちは、使命感を持っています。地球環境のために。私たちの自然豊かな広大な土地を守るという使命です」
 このサハの人々の誇り高き魂を、先師・牧口常三郎先生は、すでに100年前の『人生地理学』で讃えられていた。
 牧口先生も北国の育ちだ。
 「勇者にとっては、厳寒も友である」──サハの格言である。
 それは、北海道、東北、信越、北陸など、雪国で吹雪に胸張り、広宣流布の道なき道を開いてきた、創価の同志の気概と重なり合う。

民衆のために!
 ボリソフ文化大臣は、舞台芸術家としても名高い。32歳で、サハーアカデミー劇場の主席監督に就任した。手がけた作品は、ロシア連邦の名だたる賞に輝いている。
 溢れる才覚と篤実な人格。私との語らいでも、快活な名優そのものの振る舞いであった。「天才の中で、最も親しみやすい人」「大臣の中で、最も気さくな人」──サハの民衆の心を引きつけてやまぬ魅力を、垣間見る思いがした。
 大臣がリードしてこられたサハ・アカデミー劇場が標榜する理念には、こうある。
 「我らは芸術のための芸術を拒否する」
 「我らは、人間と民衆の運命のために作者が戦っていると、はっきり鋭く感じられる戯曲のみを認める」
 「我らは、役者が一個の人間として、人間と民衆の運命に真に心を痛めたとき、初めて役者の才能と情熱が観客に伝わり、演ずる役も観客を魅了し、共感を呼ぶことができると確信する」──と。
 何と誇らかな人間芸術、民衆芸術の宣言であろうか。「人間として人間のために!」「民衆と共に民衆のために!」
 それは、労苦をいとわず、声も惜しまず、尊き大使命に奔走してくれる、わが創価の芸術部の精神とも一致する。
        ◇
 大臣は、各国との芸術交流を積極的に推進されてきた。
 私が創立した民主音楽協会が、サハの国立民族舞踊団「ホトゥグ・スルス(北極星)」を招聘したのは、2001年、新世紀の出発の年である。日本の23都市で、3万人以上が鑑賞し、深い心の共鳴を広げた。
 大臣は語っておられる。
 「文化・芸術を伝えるには、“お互いを高め合い、豊かにしていくのだ”という『使命感』が大切です」
 日本にとって、大切な隣人であるサハの方々と、共に向上しゆく魂の交流を結び得た喜びは、誠に大きい。

言葉は偉大な力
 国土のほぼ全域が永久凍土に覆われたサハ。そこには、世界一の生産量を誇るダイヤモンドが眠っている。金、銀、石炭、石油、天然ガスなども豊富だ。
 凍土の中で「生存時のまま」保存されていたマンモスは、サハ共和国の尽力で、4年前に愛知で開催された「愛・地球博」や、一昨年、西大阪の住之江区で行われた展示会でも注目を集めた。
 豊かな自然、価値ある資源。それにも増して、サハを代表する真の宝は「人間」である。
 文化大臣は、私の対談集をはじめ『私の釈尊観』などの著作も読んでくださっていた。
 「一人一人の胸中に、仏の生命がある」と説く仏法哲学に鋭く共感を示されている。それは、「人間の心は海の如く、必要なもの全てを包含している」という大臣の洞察とも、響き合っているのだ。
 一人一人の生命に英知の精神があることを、演劇を通して思い起こさせたい! ここに、大臣の気高き信条がある。
 創価の人間革命の運動も、わが生命の大海に秘められた最上の智慧と力を、万人に発揮させゆく戦いだ。皆が励まし合いながら、人生と社会の大舞台で、幸福と勝利の劇を飾りゆくことである。
 そのための武器は、何か。勇気と慈愛の「言葉」である。
 「言葉は偉大な力を秘めている。言葉は人を元気にすることもできれば、殺すこともできる」とは、言葉の芸術を織り成す文化大臣の箴言だ。
        ◇
 若き日のボリソフ大臣が、庭掃除のアルバイトで掴んだ発見を伺ったことがある。
 冬、庭一面に張り詰めた、分厚い氷を割る時に、あっちこっちと突いても、少ししか割れない。しかし、一カ所を定めて打ち叩いていくと、そこから一気に、ひびが広がり、大きく割れるというのだ。
 万般にわたり、急所がある。そしてまた、大きく波動を広げるキーパーソンがいる。その人を見つけ、味方にすることだ。そこに勝利の方程式がある。
 ともあれ、一点に勢いを結集すれば、必ず活路は開ける。
 仏法で、「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(御書1046㌻)と説かれる通りだ。

母は“心の理想郷”
 サハが一番、美しい季節は、一番、寒い時だという。
 人生も同じであろう。最も苦しい時にこそ、人間は最も光るのだ。それを、何よりも神々しく示してくれるのが、けなげな母たちである。
 文化大臣も語られている。
 「母は“心の理想郷”です」
 「感謝を込めて母のことを思えば、私たちを向上させてくれる、大いなる精神のエネルギーが発揮されるでしょう」
 ここに、人間が平和と幸福の道を歩みゆく原点がある。
 母に感謝しゆく青年は、人間の正道を外れない。
 母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていくのだ。

光れ!北区の友

 大臣は、私に語られた。
 「私たちのヤクート語では、北極星のことを『天の支柱』と呼びます」
 ソ連邦の崩壊をはじめ世紀をまたぐ激動の中、ボリソフ大臣ご自身が、揺るぎなき「文化の支柱」となり、不動の芸術の「北極星」となって、祖国を護り照らしてこられた。
 いかなる社会にあっても、仰ぎ見る北極星の存在が、勝ち光っていくならば、誰もが正しき進路を自信をもって進んでいくことができる。
 私は、北国の信頼する同志に、広宣流布の北極星と光れと語ってきた。さらに「北」の文字を冠した北区の友にも、同じ期待を寄せてきた。東京の北区をはじめ、札幌、さいたま、新潟、浜松、名古屋、京都、大阪、そして堺、神戸、岡山など、全国で北区の友の健闘が冴え渡っている。
        ◇
 大臣は、北極文化芸術国立大学の初代総長として、「人間」を育て上げてこられた。
 「誠実な心は、常に偽りを見破る」と、大臣は厳しく言われた。誠実でなければ、また真実でなければ、人の心は決して動かせぬことを、誰より知悉されている方である。要領や策など通用しない。
 その大臣が、創価の新春幹部会に出席され、感動されていたことがある。
 それは、会場の前方が青年部によって凛々しく埋め尽くされ、社会的な有力者などは、むしろ脇や後ろで、青年を見守っている配席である。
 そこに、正しき教育と文化の精神を見出してくださったのだ。さらに大臣は言われた。
 「演出家なので、どうしても舞台裏や演出に目が行きます。きょうの会場の、特に青年の方々の瞳を見て、『これは、作ろうと思って作れるものではない』と確信しました。心が鼓舞されました。
 こんな気持ちは、何十年来なかったことです。私の人生にとって、かけがえのない一日となりました」と。
 わが創価の青年こそ、新しき人類社会の北極星なのだ。
 その真摯な大情熱の瞳を、一段と強く燃やして、民衆の心を揺り動かしゆくことだ。そして、壮大なる正義の勝利の叙事詩を、21世紀の歴史に綴り残してもらいたい。
 サハには、名もなき民衆が作り上げた「オロンホ」という雄大な英雄叙事詩がある。
 その一節を、大臣と一緒に、私は世界の青年に贈りたい。
 「わが運命は不屈なり。
 わが力は無尽なり。
 わが身は難攻不落なり。
 わが威力は尽きず。
 わが運命は崇高にして
 永久《とわ》に崩れることなし!」


アンドレイ・ボリソフ(1951年~)
 サハ共和国文化大臣。オユンスキー記念サハ・アカデミー劇場主席監督。
 サハ共和国ニジリ村生まれ。サハ・アカデミー劇場の俳優、監督として活躍。演出した作品で「ロシア連邦国家賞」「ゴールデンマスク賞」などを受賞。ソ連人民代議員、ユネスコ・フォークロア委員会副会長、北極文化芸術国立大学の初代総長などを歴任。「ロシア連邦功労芸術家」「サハ共和国功労芸術家」の称号を持つ。
2009-07-23 : 世界との語らい :
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世界との語らい 第35回

池田名誉会長の世界との語らい 第35回
国際原子力機関(IAEA) エルバラダイ事務総長
                (2009.6.16付 聖教新聞)

“強き心”に依って立て!
勝ち越えられない困難はない


 「声は力」である。
 平和を願う母たちの声ほど、胸を打つ響きはない。
 この4月、北欧ノルウェーの首都オスロで開かれたSGI制作・主催の「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展の折、1本のDVDが上映され、深い感動を呼んだ。
 それは、広島、長崎の女性たちが、自らの被爆体験を語り、核兵器がいかに残酷であるかを訴えた証言集である。創価の女性平和委員会の友が作成されたものであった。
 「私は生きている限り、必ず原爆のことを話していきます。3度の原爆を許すまじ。私は死ぬまで、生きて生きて生き抜いて、使命を果たしていきたいと思います」──自分も我が子も、原爆症と闘い続けてきた母の魂の叫びだ。
 このDVDは、五つの言語で、世界に反響を広げている。
 「草の根」の声にこそ、人類の心を結び、そして核兵器の廃絶を進めゆく希望がある──この信念を、私が強く共有する平和指導者がいる。
 IAEA(国際原子力機関)のモハメド・エルバラダイ事務局長、その人だ。
        ◇
 IAEAは、原子力の軍事転用を防止し、核兵器が拡散せぬよう努める要の存在である。「IAEAは、戦争か平和かの分かれ目を決する大きな重要性を持っている」とは、事務局長の発言だ。この重責を、巌の如く担い立ってこられた方である。
 事務局長との語らいは、2006年の11月30日であった。過密な日程の中、教育者であるアイーダ夫人と御一緒に、聖教新聞社へ、お越しくださったのである。
 平和の未来を託しゆく青年たちと共に、熱烈に歓迎した。
 国益や利害が衝突し、猜疑心が交錯する渦中で、調整役を果たす難しさ……。だが、重圧を一身に受ける事務局長の体躯からはこのエネルギーが放たれていた。働き盛りの快活。四方八方に知性のアンテナを張り、鋭敏に思考を巡らせる頭脳の冴え。命を賭して戦う丈夫の信念と息吹が伝わってきた。

恩師の遺訓
 IAEAの設立は1957年であった。奇しくも、神奈川の横浜で、わが師・戸田城聖先生が「原水爆禁止宣言」を発表された年である。
 先生の先見は鋭かった。
 すでに、その2年前の秋には、大阪の第1回堺支部総会で「核兵器全廃を訴えていくことが、唯一の被爆国たる日本の使命」と叫ばれていた。
 翌56年にも先生は、戦時中、原爆投下の候補地とされた北九州で反核を訴えられている。核開発競争が激化する冷戦下の国際情勢を見据えながら、達観しておられた。
 「政治や外交の力で、核兵器の脅威を避けるために努力することも、益々大事である。
 それはそれとして、我らは一日も早く、広宣流布を前進させることだよ。人間生命に巣くう無明に打ち勝つことが一切の根本であるからだ」
 その遺志を、私は受け継いだ。衰弱の著しい恩師が行きたくても行けなかった広島と長崎へも走った。世界への対話の行動を、勇んで開始した。
 3度にわたる国連軍縮特別総会や、83年以来毎年の「SGIの日」に寄せた平和提言で、核兵器の廃絶を一貫して訴えてきた。大国の幾多の指導者とも語り合い、反核の真情を率直にぶつけた。
 恩師の遺訓を全人類の滔々たる思潮にしてみせる。すべては、この一念からである。

勝利の要諦
 エルバラダイ事務局長は、エジプトの出身である。
 文明発祥のロマンをたたえる大地。私は2度、訪問し、同国のリーダーと親しく交流を結んできた。国運のガリ元事務総長もカイロが故郷である。“人類の議会”のビジョンを展望して、対話を重ねたことも懐かしい。東京・目黒区にある駐日エジプト大使館にも、お伺いした。
 事務局長は、幼い頃から勉強熱心で、何事にも一生懸命に取り組む熱血漢であった。「好奇心旺盛で、いつも質問攻めにされました」と母君は回想されている。
 97年、IAEAの事務局長に就任。欧米出身以外で初のトップである。
 「偏ることなく独立した国際公務員としての原則と価値を守り、客観的な事実を伝えていくのが信頼に応える道」と決意されている。
 職場の方々は「仕事人間」と口をそろえる。原則は頑固なほどに曲げない。プロとしての筋を通す。休暇でも一日に何度も部下と連携を取る。まさに常在戦場だ。
 勉強を怠らない。文献、学術誌、関係者からの聞き取りなど、必ず自らの目と耳で情報を得る。そして、猛烈な勢いで決断を下す。
 「現場主義」と「スピード第一」。勝利の要諦は、いかなる世界でも不変である。
 また、いかに多忙でも、組織を支える陰の仕事に目を配り、心から讃えるリーダーだ。
 核拡散防止の新たな体制づくりに尽力。巧みな手腕と公正な眼、人間性が各国から評価され、05年、国連関係機関の長としては、異例の3期目の再選を果たされている。
 私が対談集を発刊したジョセフ・ロートブラット博士(パグウォツシユ会議名誉会長)とも、深い交友があった。
 「核兵器は廃絶されなければならない。平和は軍備に依存するものではない」との主張で強く共鳴されたという。共同で論文を執筆したことを最高の誇りとされていた。
 本年4月5日、チェコの首都プラハで、アメリカのオバマ大統領は「核のない世界」を目指す包括戦略を発表した。
 その4日前には、ロシアのメドベージェフ大統領と会見し、新たな核軍縮条約の交渉開始で合意している。
 今回の決断を、事務局長も「大変、勇気づけられる決定だ」と歓迎されている。
 核軍縮か、一層の核拡散か。国際情勢は重大な岐路に立っている。
 薄氷を踏むような緊張感の中で、世界を奔走される日々に、敬意を表したい。
        ◇
 会見では、エジプトの弁護士協会会長であられた、お父様の生涯も話題に上った。
 父君は、アラブ弁護士連盟の会長も務められている。法の正義を守る弁護士への侮辱を許さず、検事総長を議会で謝罪させた逸話も知られる。権力からの不当な圧迫には、断じて屈しなかった。
 「偉大な父君の思い出を」と尋ねると、髭を蓄えた顔から柔らかい笑みがこぼれた。
 「父からは“自分自身の良心”に従って生きるのだということを学びました。自分の良心に妥協したら、自分の魂に対して妥協することになる。魂を裏切ることになる」
 私は賛同の拍手を贈った。
 世には、「良心」ではなくして「私心」に左右される人が、何と多いことだろうか。
 仏法では、「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」と説かれる。
 父の信念は、事務局長の生き方そのものでもある。さらに、父君の言葉を重ねられた。
 「どんなに状況が困難であっても、自分の内なる声に耳を傾けることだ。自分の内なる強さによって立つならば、必ず勝利がもたらされる。
 どんなに状況が困難で、それが長く続いたとしても、必ず勝利できる──父は、そのように教えてくれました」
 「正義」に生き抜く誇りと勇気。そして断じて「勝利」を打ち立てゆく希望と執念。
 これこそ、我が人生の劇を通して、後継の世代に厳として贈り託しゆく、無形にして無上の宝ではないだろうか。

焦点は「人間」
 2006年の来日の折、事務局長のスケジュールは、極めて多忙だった。京都に赴かれ講演もされている。しかし、寸暇を割いて、創価大学生へ言葉を綴ってくださった。
 「肌の色や人種、宗教に関わらず、私たちが皆『人間家族』の一員であると理解すること──これが、私たちが平和を達成するための力です」
 「『人間の安全保障』こそが、世界の平和と安全保障を実現するための唯一の道なのです」
 焦点は「人間」である。一人一人の生存であり、安全だ。人権であり、尊厳である。
 そして共生であり、持続可能な地球の発展であろう。
 一国の安全や国益を守るという大義が、他国の人間を抑圧すれば、本末転倒である。
 「国家」ではなくして「人間の幸福」を機軸とした平和への新たな思想を、世界市民のレベルで広げていく重要性は、日に日に増している。
 それは、「仏法中道」の智慧とも深く響き合っている。
 事務局長は、05年のノーベル平和賞受賞記念の講演でも語っておられた。
 「私たちに必要なのは、海の向こうの人々を、自らの隣人と思うことのできる“新しい思考”と“心の変革”なのです」
 ゆえに、国境と国益を超えたSGIの運動を高く評価してくださった。
 私との対話でも、終始、「人類が価値を共有する重要性」を語られた。あらゆる差異を超え、人間が人間として生き、一体感を実現できれば、平和は実現できる、と。
 そして、その担い手は青年であるという点でも、完璧に一致した。事務局長の言葉は今も耳から離れない。
 「私たちには、同じ希望があります。同じ志があるのです。若い人々がそのことを自覚し、気づいてくれれば──。これが私たちの『未来』であり、『唯一、人類が救われる道』なのです」
 青年に託すしかない。
 若き決意に頼むしかない。
 世界史を動かす重鎮も、創価の青年を、万感の期待を込め、熱く見守り続けている。


モハメド・エルバラダイ(1942年~)
 エジプト・カイロ生まれ。 64年にエジプト外務省に入り、外相特別補佐官を務め、国連代表部に勤務。 84年から国際原子力機関(IAEA)のニューヨーク常駐代表。法律顧問などを経て97年、I AEA事務局長に就任。2001年、05年に再選され、現在3期目。同年、IAEAと共にノーベル平和賞を受賞した。
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