未来対話 夢の翼 第1回〜第4回

未来対話 夢の翼

第1回 夢は青年の特権なり
   (2017年5月1日付 未来ジャーナル)

必ず開ける! 君の使命の舞台が

 ──新しい「未来対話」、本当にありがとうございます。未来部の友から、喜びの声が数多く届いています。

池田先生 みんなのためだったら、何でもしてあげたい。未来部の皆さんの前進こそが、私の希望だからです。
 さあ、大いに語り合おう!

 ──今年度は「夢の翼」と題し、「仕事」や「職業」をテーマに、お話を伺いたいと思います。

池田先生 いいね! とても重要なテーマだね。
 「あの仕事がしたい」「この職業に就きたい」と、夢に向かって挑戦する青春は、春の太陽のような朗らかな輝きがあります。
 今、みんなは、どんな「夢」を描いているかな。
 私の恩師•戸田城聖先生は、よく「青年は夢が大きすぎるくらいでいい」と言われました。
 夢は「翼」です。世界のどこにだって、羽ばたていける。
 夢は「スイッチ」です。自分の眠っていた力を目覚めさせてくれる。
 夢は「灯台」です。苦しい暗闇の時も、進むべき道を示してくれる。
 そして、夢は「青年の特権」です。夢に挑む限り、永遠に成長できるのです。
 もちろん、夢は叶っていないからこそ夢です。実現するためには、現実の上で努力する以外にありません。
 まだ、なかなか夢を持てないという人もいるでしょう。でも、焦らなくていいんです。大事なことは、目の前の一つ一つの課題に一生懸命、取り組むことです。その人には、自分らしい夢と出あうチャンスが必ず巡ってくるからです。

 ──伝統の夏季研修会では、 各分野で活躍される先輩方を講師に、未来部時代の体験や、仕事のやりがいなどを学ぶ「ドリームブース」が大好評です。
「海外留学なんて、諦めていた。でも、お話を聞いて、もう一度、本気で英語を勉強して、 世界の人と話してみたいと決意しました」「仕事への見方が変わり、将来への期待が膨らみました。必ず夢を叶えます」などの声が寄せられています。

池田先生 未来部のために尽くしてくださっている全て方々に、あらためて心から御礼を申し上げます。
 社会には、たくさんの仕事があります。皆さんの身の回りの物を見ても、多くの「仕事」でできていることが分かります。
 洋服を手に取れば、原材料を作る仕事、生地を作る仕事、デザインをする仕事、裁縫の仕事、完成した服を運ぶ仕事、店で売る仕事……どれか一つが欠けても、私たちは服を着ることができません。
 どの仕事も、楽しいばかりではない。それぞれに大変な苦労があります。でも、その仕事を通して、人々の笑顔を広げ、自分も笑顔になる。「仕事」とは、皆の幸福を創り、自分も幸福になる「喜びの源泉」なのです。
 「はたらく」とは、「はた (=そばにいる人)を楽にすること」と言った人がいます。そこには、「人の役に立つ」喜び があり、誇りがあります。
 また、「働」という字は「にんべん(人)」に「動」と書きます。悩んでいる人、苦しんでいる人のために信念を持って行動することが、どれほど尊いか。
 ゆえに、人々の幸福のために、より良き社会のためにと動き、 尽くし抜いている、皆さんのお父さんや、お母さん、おじいさんや、おばあさん、皆さんを支えてくれる学会のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんは、一番、偉大な人たちであると、私は断言したいのです。

 ──挑戦する前から、「自分には無理だ」「できっこない」 と考えてしまい、夢を広げられない友もいます。

マータイ博士の言葉
ささやかな行動でも 何度も繰り返せば 世界を変えられる

池田先生 今は、情報があまりに溢れているから、あれこれ考えすぎて、一歩、踏みだせないこともあるだろう。
 でもね、何でも、やってみないと分からないものだよ。
 私も若き日、ある尊敬する先輩から、「池田君、何があっても、青春は、『当たって砕けろ』の勇気でいこうよ!」と励まされたことがあります。今でも思い出す言葉です。
 たとえ、君が、貴女が、自身を持てな くても、私は皆さんを信じます。皆さんの無限の可能性を信じます。皆さんの無敵の勇気を信じます。
 「できない」理由を探すよりも、「できる」と決めて、努力した方がいい。困難は多 いけれど、その分、「できた」 時の喜びはひとしおです。仮に思った迎りの結果が出なかったとしても、努力したことは、必ず生きます。そこから新たな希望の道が絶対に開けます。
 ともあれ、皆さんは若い。若さは、どんな財産にも勝る、最高の生命の宝です。だから、失敗しても、くよくよしないで、 朗らかに粘り強く挑戦し抜いてほしい。
 苦労しながら学び、使命の道を開いた一人として、私は、ワンガリ•マータイさんを思い起こします。「もったいない(MOTTAINAI)という日本語を世界に広めた、アフリカの環境の母です。2005年2月、聖教新聞社で1時間にわたって語り合いました。太陽のように明るい笑顔と、人間への慈愛に満ちた姿は、今も脳裏に焼き付いて離れません。

 ──マータイさん は、ケニアの出身です。アメリカ留学をへて、母国のナイロビ大学で博士号を取得。アフリカの大地に木を植える「グリーンベルト運動」をしました。独裁権力と戦い、逮捕・投獄されたこともあります。
 2004年、「持続可能な開発、民主主義と平和への貢献」で、アフリカ人女性初のノーベ ル平和賞を受賞しました。

池田先生 マータイさんたちが推進した植樹は、開始以来、約30年間で、実に3000万本に上りました。「木を植える」 ことは、地味に見えるかもしれない。しかし、その小さな行動の執念の積み望ねが、やがて世界をも動かしたのです。
 「行動の人」「信念の人」であったマータイさんは語っています。
 「私たちは、自分たちのささやかな行動がよい変化をもたらしていることを知っています。 私たちがこれを数百万回繰り返せば、世界を変えられるんです」
 この不屈の精神は、幼少時代から、働きながら学び続けた努力に支えられていました。
 マータイさんが生まれた頃、 ケニアでは、女性に教宵は必要がないと思われていたのです。 彼女も幼い日から、農作業や家事を手伝ってきました。
 懸命に働きながら向学心を燃やし続けたマータイさんは、中学を卒業した後、全寮制の女子高校に進学します。そこで、先生方から、大切な信念を教わりました。
 「社会は本来善きもので、人は最善を目指して行動する」
 私も 、強く深く共感します。
  どんなに悲惨な事件が続こうとも、どんなに悲観主義に覆われようとも、世界は、そして未来は、必ずより良く変えていける。
 日蓮大聖人は、「仏の住む浄土といっても、汚れた国土を意味する穢土といっても、二つの別々の国土があるのではなく、そこに住む私たちの心の善悪によって違いが現れる」(御書384㌻)と教えてくださいました。
 社会を、未来を、明るく、楽しく、希望に満ちあふれた世界に! その変化は、私たちの「心」からスタートするのです。
 マータイさんは、未来を信じ、自身の可能性を信じて、挑戦に挑戦を重ねました。結局は、心が負けなかったからこそ、世界を変え、現実社会で勝利を開くことができたのです。
 私が出会い重ねてきた世界の一流の方々も、皆、不屈の楽観主義の闘士です。
 環境がどうあれ、現状がどうあれ、〝絶対に乗り越えてみせる!〟〝必ず変えてみせる!〟という気概を持って、戦ってきた。そして、〝世界はもっと良くなるはずだ!〟 と信じ、行動し抜いてきたのです。
 いわんや、若くして仏法を持ち、日々の唱題で希望の太陽を胸中に昇ららせゆく、わが後継の皆さんは、どうか確信してほしい。
 君が縦横無尽に活躍する使命の舞台が、必ず開けることを!
 貴女の未来は、前途洋々と広がっていることを!

 ──若き日の池田先生も、戸田先生の事業が苦境に立たされていた日々に、未来を見つめ、奮闘されました。どんな思いで 仕事に励まれたのでしょうか。

池田先生 ただ「戸田先生のために」──その一点です。私は肺病を患っていて、医師からは「30歳まで生きられない」と言われた体でした。でも、「師匠のために」と決め、真剣に祈りながら働くと、勇気も希望も、智慧も力も、そして、生命力も湧いてきました。大きく活路を開くことができたのです。
 先生が経営する出版社に入社し、少年雑誌の編集に携わった時は「正義を伝え、勇気を贈る記者になりたい」という、子どもの時の夢が叶ったようで、とてもうれしかった。でも、戦後の不況で、先生の事業が思うようにいかなくなり、それまでと全く違う仕事することになりました。私にとっては、苦手な仕事でした。
 しかし、私は決めていました。どんな仕事でも、世界一の哲学を持ち、世界一の師匠に薫陶を受けいるのだから、世界一の仕事をするのだ。世界一の戸田先生を、仕事で絶対に宣揚してみせるのだ、と。日々、阿修羅のように働き、勉強も望ねました。戸田先生の夢をわが夢として、一つ一つ実現してきました。これが私の誇りです。
 大聖人は「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」(御書1295㌻)と仰せになられました。仕事を「法華経の修行」と思いなさいということです。社会で奮闘する皆さんの先輩の指針にもなっている、希望の御金言です。
 皆、「自分がいる場所が、わが使命の舞台だ」「仕事を通して人間して、社会に実証を示そう」と心を定め、会社や職場の発展を祈り、真剣に、誠実に、努力しています。負けじ魂に燃えて働 く学会員には、経営者や識者からも、多くの称賛と信頼が寄せられています。
 英語の「Work」とという言葉には「仕事」のほかに「勉強」「努力」といろ意味があります。夢を持って一生懸命、働き、学び、努力できる人は、すでに勝利者です。誰が何と言おうと、私は皆さんの未来の大勝利を確信しています。
 右手にも左手にも勝利のVサイン、合わせれば「Work」のWサインになります。この努力と栄光のサインを掲げて、日本中、世界中の同志と共に、私は、皆さんの成長を楽しみに待つています。


参考文献はワンガリ•マータイ著『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳(小学館)、同著『モッタイナイで地球は緑になる』福岡伸一訳(木楽舎)、筑摩書房編集部著『ワンガリ•マータイ「MOTTAINAI」で地球を救おう』(筑摩書房)


第2回 語学は「互学」   (2017年6月1日付 未来ジャーナル)

相手の側に立つ国際人たれ

 ──前回は、夢を持つことの素晴らしさや、働く意義などについて語っていただきました。
未来部の友から、「自分にしか果たせない夢を見つけます」「夢は大きく! そのために目の前の課題にベストを尽くします」など、数多くの決意の声が 寄せられています。

池田先生 うれしいね。未来は「待つ」ものではなく、「創る」ものです。みんなの心に描かれる夢や理想こそが、将来の自分を築く力であり、未来を照らす光です。

 ──今回のテーマは「語学」です。グローバル化が進む今、語学の力は、ますます重要になっています。

池田先生 みんな、語学が大事だということは、十分、分かっているよね。だけど、いざ教材を開くと眠くなってしまうこともある……(笑い)。

 ──英語の勉強について「苦手意識がある」「なかなか成績が伸びない」という悩みも、よく聞きます。

池田先生 壁に直面していると感じるのは、前進している証拠です。そこで、あきらめないことだ。自転車だって、みんな初めから乗れたわけではないでしょう。乗れるまで練習を続けたから乗れたのです。転んでも手足をすりむいても、歯を食いしばって。
 でも、いったん乗れるようになってしまえば、体が覚えてくれる。勉強も同じではないだろうか。
 私がお会いした世界的な学者の方が言われていたことがあります。学んでいくと、「ここは越えられない」という壁にぶつかる。その時が勝負だ。そこで踏みとどまって、もう一歩、また一歩と挑戦すると、パッと開けてくる、というのです。
 とくに語学は〝世界へのパスポート〟です。習得すべき時を逃したら、もったいない。うまくいかなくても、体当たりでぶつかれば、必ず身に付きます。「若い今がチャンス!」と、学び抜いてほしいのです

 ──現在、日本では2020年の東京五輪へ向けて、外国人の観光客や留学生の倍増が目指されています。英語を社内公用語とする企業もあります。社会に出てからも、英語の勉強は欠かせなくなっています。

池田先生 国際化の流れは、 あらゆる次元で進んでいるね。
 今はインターネットの普及によって、〝いつでも〟〝どこでも〟世界とつながる環境に暮らしています。世界のインターネット情報は、ほとんどが外国語であり、半分以上が英語だともいう。その意味からも、語学力があれば、自身の世界をそれだけ大きく楽しく広げていくことができます。
 皆さんがリーダーとして踊り出る時代には、さらに社会は国際化、多様化、IT化が進み、 想像を超える変化が起きているでしょう。
 その中で、世界中の人々と手を携えて、幸福と平和の方向へ社会をリードしていくのが、皆さんだ。だから、語学は、ぜひとも自在に使いこなしてもらいたいんだよ。

 ──日本人は、英語を使う〝楽しさ〟よりも〝恥ずかしさ〟の方が先立ってしまうとい 指摘があります。

池田先生 これは、語学に限った話ではありません。気を付けたい〝心のクセ〟です。
 よく「プラス思考」「マイナス思考」と言ううでしょう? ここでは、分かりやすく、「足し算思考」「引き算思考」と言い換えてみよう。
 足し算思考では、自分が今いるところを〝ゼロ地点〟と見る。だから、英単語を一つ覚えれば〝プラス1〟です。一言でも外国人と会話ができたら、大きなプラスだ。上手に話せなくても、良い経験としてプラスにとらえればよい。挑戦する限り、失敗はない。全てを向上の糧にできるからです。
 一方で、引き算思考では、〝100点満点〟と比べて、自分がどれだ劣っているかを考えてしまう。英単語を一つ覚えても、〝まだ一つ〟と感じる。 外国人と会話できても、うまく話せなかったことを気にして、クヨクヨする。やっぱり語学は苦手だなと、気持ちが重くなる。引き算思考は、そういう傾向があるんじゃないかな。
 そもそも、語学を身に付ける上でも、頭がいいとか、悪いとか、大したした違いなんか、ないんです。
 私の師匠である戸田城聖先生は天才的な数学者でした。でも、「頭がいいのと悪いのと、 どのくらいの差があるか」と質問されると、筆をとって半紙にサッと一本の線を引いて、「この線の『上』と『下』くらいの差しかないんだよ」とニッコリされました。その「線一本」とは、何だろうか。
 「やってみよう」「学んでみよう」という「挑戦する勇気」 だと、私は思う。勇気ならば、 いくらでも出せる。いわんや、 皆さんには、勇気の源泉となる勤行•唱題があるじゃないか。
 まずは一歩を踏み出してみよう。単語帳を開くことも、学校の先生に質問することも、勇気の一歩です。英語の歌を聴くことだって、大きな前進だよ。
 御書には「一は万が母」(498㌻)とあります。全ては最初の一歩から始まる。地道な一歩また一歩の積み重ねがあって、万里の先のゴールに到達できるのです。

 ──ある未来部の先輩は、英語の教科書の音読•暗唱に挑戦したところ、成績がぐんぐん伸びたと語っています。

池田先生 努力の勝利だね。人間は、生まれた時から、言葉 のシャワーを浴びながら、その言葉をまねる中で、言語を習得していきます。この点からも、 正しい英文を繰り返し聞き、音読し、体で覚えていくことは、 大事な基本なんだね。
 中国の外国語大学の先生方に、「人は何カ国語ぐらいまで、しゃべれるようになります か」と聞いたことがあります。
 答えは、「7、8カ国語」です。若いみんなは英語力を、いくらだって伸ばせるし、さらに幾つもの言語を習得できる。
 マレーシア創価幼稚園では、かわいらしい世界市民たちが、マレー語と中国語と英語の3つの言語で学んでいます。
 未来部の先輩の中からも、通訳をはじめ、数多くの語学のエキスパートが誕生しています。
 今から45年前の5月、世界的な歴史学者アーノルド・J•トインビー博士と、ロンドンにある博士の自宅で対談を開始しました。翌年もロンドンでお会いし、対談集を発刊しました。
 ある日、トインビー博士が、バッキンガム宮殿の近くにある格式高いクラブの昼食に招待してくださったことがあります。
 食事後、通訳がつかないで、博士と二人きりで話すことにな りました。いや、この時ほど、もっともっと英語を勉強しておけばよかったと悔やまれたことはありません(笑い)。
 それでも、博士は、ゆっくりと簡単な英語で話してくださいました。私は、博士のお気遣いに感謝しつつ、身ぶり手ぶりを交えて語り、なんとか意思の疎通ができました。
 「思いを伝えよう」という誠意は、必ず相手に伝わります。
 それはそれとして、若い後継の皆さんには、私の分まで語学を磨いて、世界のどこへ行っても、堂々と自らの信念を語り、友情の輪を広げられる人になってほしいんです。

 ──東京•関西の創価中学校では毎年、アメリカ創価大学(SUA)での英語研修を実施しています。同じ時期にブラジル創価学園の生徒もSUAを訪れ、合同の研修や交流会を行っています。

池田先生 うれしいね。これから、創価教育のネットワークを軸に青年の大交流時代が到来します。その主役は皆さんだ。
 「百聞は一見にしかず」です。今は、いろいろな奨学金制度や、語学の研修プログラムなども充実しているから、学校の先生や、先輩に相談して、大いに活用してほしい。
 世界のどこへ行っても、SGIの同志がいます。勤行と唱題を実践し、「ザダンカイ」を明るくにぎやかに開いています。この世界広布の息吹を、心広々と呼吸してください。
 地球は丸いのだから、皆さんがいる場所が「地球の真ん中」です。だから、自分らしく、今いる場所で輝くことが、世界広布につながります。
 何より、真の国際人のモデルは、皆さんのお母さんやお父さん、おじいさんやおばあさんです。自分中心ではなく、世界の人々のため、平和のために、智慧と慈悲と勇気を発揮して行動している。「人のため」「社会のため」という大きな心こそ、国際人の根本の要件なのです。
 一次元からいえば、語学の習得は、「相手の側に立つ練習」ともいえます。言語には、国や地域の文化•思想•歴史も詰まっていて、丸ごと学ぶことができるからです。
 私も、SGIの同志を迎える時や、海外の方との会見の際には、相手の言語や文学などを事前に学び、その言葉であいさつし、その国の心を語り合おうと心掛けてきました。
 「相手の側に立とう」「相手から学ぼう」という〝生き方〟を培うことが、語学を磨く醍醐 味です。それは、お互いに学び合い、共に成長しゆく〝互学〟の道なのです。

 ──創価大学、SUAは今、 世界から留学生を迎え、心豊かな国際人を育成するキャンパスとして大きく発展しています。

池田先生 創大は、やがて希望できる全ての日本人学生が、卒業までに留学・研修など海外 で学びを経験できる時代になります。国際教養学部の学生も頼もしく成長している。私も視察に伺った男子の滝山国際寮、女子の万葉国際寮にも、世界中から最優秀の学生を迎えていま す。また、SUAでは、3年生になると、全ての学生がアメリカ国外へ留学することになっています。全米でも、全学生が留学する大学は珍しいと言われています。
 「世界民(世界市民)」を唱えられた牧口先生、「地球民族主義」を訴えられた戸田先生も、今の創価教育の発展の様子をご覧になられたら、どれほど喜ばれるだろうか。
 世界に誇る創価教育の学びやも、そして世界の友との創価の大連帯も、一切、皆さんに託しゆく〝師弟の大城〟です。私が世界に道を開いてきたのは、全て、皆さんのためです。
 皆さんが、世界平和の大空へ、勢いよく雄飛する日を、私は楽しみに待っています。さ あ、今こそ語学の翼を鍛えに鍛えよう! 朗らかに挑戦だ!
 「The wise will rejoice while the foolish will retreat(賢者はよろこび愚者は退く)」。
 これが我らの合言葉なり!


第3回 法律家 民衆を守る勇者
  (2017年7月1日付 未来ジャーナル)

抜苦与楽の専門家《スペシャリスト》たれ

創価の人権闘争
「誰もが人間らしく幸福に生きる権利」が最も尊重される社会を

 ──みんなで「夢の翼」を広 ける連載は、今回からいよいよ、具体的な仕事や職業に光を当てていきたいと思います。

池田先生 愛する未来部の皆さんが、夢に向かって努力し、夢をかなえていくことほど、私にとってうれしいロマンはありません。
 どの仕事にも、かけがえのない使命とやりがいがあります。仕事を通して、自分の生命を輝かせ、人々と社会に貢献していくことができるからです。
 だから皆さんが、この「夢の翼」で取り上げていく仕事に就かないとしても、それぞれの道で働いている人たちのことを学ぶ意義は大きい。人知れぬ舞台で、世のため、人のために尽くしている偉い人が、いずこにもいます。
 そうした意味でも、「夢の翼」では、その職業に徹して、尊い責任を果たしている人たちへの敬意と感謝を忘れずに語り合っていきたいと思うが、どうだろうか。

 ──はい! よろしくお願いします。
 まず最初に取り上げる職業は、弁護士や検事、裁判官など、「法律に関わる仕事です。ニュースやドラマなどでも目にする場面があります。

池田先生 「法律」と聞くと、みんな、何を思い浮かべるかな。「難しい」「堅苦しい」「近づきがたい」といったイメージがあるかもしれない。
 けれど、法律は、私たちの暮らしを、見えないところでしっかり守り、支えてくれている。 日々の当たり前の暮らしは、法律があるからこ成り立っています。
 例えば、未来部の会合を行い、自由に皆で集まって、学び合い、語り合うことができる。 これは今の日本の憲法で、言論や集会の自由が保障されているからです。
 皆さんが毎日、学校で学べるのも、誰もが差別されることなく等しく教育を受けられることが「教育基本法」で定められているからです。
 残念ながら、まだ世界には、十分に教育を受けられない子どもたちが、数多くいます。

 ──「いじめ」を防ぐための法律もあります。最近まで、いじめは、①弱いものに対して一方的に、②継続的になされ、③相手に深刻な苦痛が生じた、④それを学校が事実確認した、という条件がそろって初めて認められていました。これでは、誰かが苦しい思いをしているのに、いじめと認められないケースが出てきてしまいます。
 そこで「いじめ防止対策推進法」が制定(2013年)されて、いじめられた側が心身の苦痛を感じているなら、インターネットでの行為も含めて「いじめ」と認定されるようになったのです。

池田先生 被害者が泣き寝入りせず、すぐに対策が取れるようになったんだね。いじめの多くは「犯罪」です。絶対にしてはならないし、させてもならない。また、いじめを受けたら、我慢しないで声を上げるべきです。人間の権利を軽んじてはなりません。
 法律とは、「人権を守る」ものであり、「暮らしを守る」ものです。だから、とても身近で、なくてはならない存在なんです。

 ──法律に関する仕事も、たくさんあります。弁護士や検察官、裁判官をはじめ、行政書士、司法書士、弁理士、社会保険労務士……まだまだあります。どれも重みのある名前です。

池田先生 みんなは「六法全書」という、分厚い本を見たことはあるかな。「憲法」「民法」「商法」「民事訴訟法」「刑法」「刑事訴訟法」という六つの基本的な法律をはじめ、さまざまな法令を集めた本です。
 法律のスペシャリスト(専門家)になることは、そうした膨大な法律を学び、使いこなしていく挑戦です。
 未来部の皆さんの先輩で、弁護士になる夢をかなえたメンバーが、「法律家」とは、どんな仕事ですか?」と聞かれて、誇り高く 答えています。
 「事件など、さまざまな問題にぶつかった時に、人の悩みを軽くしてあげる仕事です。人の生活を守る事です」と。
 仏法で説く「抜苦与楽」すなわち「苦を抜き、楽を与える」という精神にも通じます。
 法律は「剣」です。人をだます悪や、人間を不当に苦しめる原因を断ち切ります。
 法律は「盾」です。襲い掛かってくる苦難や、思いも寄らないトラブルから厳然と守ってくれます。
 法律は「地図」です。私たちの現状を知らせ、次に進むべき造を示します。
  ゆえに、人生という〝冒険〟に臨む上で、法律を知ることは大いなる力です。
 たとえ法律家にならなくても、法律を学ぶことは大切です。その学びを通して、人の意見に振り回されたり、その場の雰囲気に流されたりせずに、「自分の頭でじっくりと考える」という、未来を切り開いて いく力がつきます。

  ──弁護士を目指しているメンバーから、「創価の法律家の使命は?」「正義の法律家とはどういう人ですか?」と質問がありました。

池田先生 素晴らしい質問だね。
 私が確信を持って言えるのは、「創価とは、母と子の幸福を創る闘争なり」「正義とは、邪悪を許さない庶民の心なり」 ということです。
 21世紀に入って間もない2002年、私は、フィリピンのヒラリオ•ダビデ最高裁判所長官と会見しました。巌の如き信念光る大指導者でした。その際、 私は、長官が法律家を志したきっかけを尋ねました。
 長官は、幼い日々を思い出すように原点を語ってくださいました。
 田舎の生まれで、家庭が貧しかったこと。そのために周囲から差別され、軽蔑され、 心ない言葉を何度も何度も浴びせられてきたこと。まるで、押しつぶされるような思いで生きていたこと
 「そのなかで、私は考えました 貧しい人々が虐げられ、 バカにされるような社会は、まちがっている、と。それが、きっかけでした」
 偉大な負けじ魂が、偉大な人生をつくるのです。
 さらに、長官は言われました。
 「『裁判官は、ピースメーカー(平和の創造者)であるべきだ』というのが私の持論なんです。平和を促進すること──これこそ裁判官の本当の役割だと思います」と。
 「創価の正義の法律家」の信念と響き合っています。

 ──7月6日は、戦争中の1943年に、悪法である治安維持法違反と不敬罪容疑で、牧口常三郎先生と戸田城聖先生が軍部政府に逮捕された日です。

池田先生 峻厳なる創価の人権闘争の歴史です。当時の軍部政府は、国民に対し、自由に信仰することすら許さなかった。 人間が人間として生きていく最も根本の権利である、思想•信教の自由を押しつぶしてしまった。悪法は、正義の人を弾圧する凶器となります。
 牧口先生は牢獄にあって一歩も退くことなく信念を貫き、殉教されました。牧口先生の獄中闘争は、まさに、「信教の自由」を守るための偉大な人権闘争だったのです。
 戦争が終わり、憲法で「信教の自由」が保障されました。そして戸田先生は、牧口先生の遺志を継がれ、苦しむ庶民のため、日蓮大聖人の仏法を弘め、 人々を幸福へと導いていかれました。皆さんが日々、勤行•唱題ができるのは、何よりも尊く、 価値のある「権利」なのです。
 戸田先生は、よく言われていた。「世法(世間法)は評判」「国法は賞罰」「仏法は勝負」である、と。
 皆さんのお父さん、お母さんは、よき隣人、よき社会人として世法•国法を尊重し、日々、仏法を実践して自他共の幸福の社会を築いています。それは、人類が長い時間をかけて命がけで獲得してきた「人権」を、最も輝き光らせていく戦いです。 誰もが人間らしく幸福に生きる権利が尊重される、勝利の歴史を開いているのです。これ以上、尊い人生はありません。

 ──7月3日は、1945年、戸田先生が出獄された日です。さらに池田先生が、1957年、無実の選挙違反の容疑によって大阪府警に不当逮捕された日です(「大阪事件」)。本年はちょうど60年の節目です。

池田先生 15日間、勾留され、取り調べけました。当時の検察は横暴でした。私に「罪を認めなければ、戸田会長を逮捕する」と迫ったのです。悪いことなど、何一つしていないにもかかわらず、です。
 苦悩しました。やっていないことを認めるわけにはいかない。しかし、戸田先生の身に、もしものことがあれば……。
 そして私は、戸田先生を守るため、いったんは罪を認め、裁判で正義を示し切ることを決意したのです。
 戸田先生は、「裁判長は、必ずわかるはずだ」「最後は勝つ」と言われました。
 弁護士は、私に、〝無実であっても、検察の主張を覆すことは難しい。有罪は覚悟してほしい〟と告げました。裁判では、 検事が事実を曲げてでも、私に罪をかぶせようとしました。権力の魔性の底知れない恐ろしさです。
 4年半に及んだ裁判で、私は堂々と真実を語り抜きました。 裁判長の判決は「無罪」──。 正義を満天下に示すことができました。
 私は自らに言い聞かせました。どれほど多くの罪なき市民が、不当な権力に苦しめられてきたことか、と。そして、一生涯、信頼する青年たちと共に、 民衆を守り、民衆に尽くしゆくことを、誓ったのです。

 ──創価大学には、開学(71年)と同時に法学部が設立され、2004年には、法科大学院が開設。以来、昨年までで300人以上が司法試験に合格しています。

池田先生 頼もしいね! 卒業後の大活躍の様子も伺っています。
 私は、創価大学の法科大学院に、「邪悪を正す冷徹な知性」「人間を愛する温かな慈愛」「勝利を決する強靭な魂」との3指針を贈りました。この精神を胸に、皆さんの先輩方が、社会に雄飛しています。
 日運大聖人は、「智者とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではない。世間において、世を治める法を十分に心得ている人を智者というのである」(御書1466㌻、通解)と仰せになられました。
 大聖人ご自身も、凶暴な権力から、民衆の正義を守るために、「問注」という当時の裁判を通して戦われ、見事なる勝利の歴史を刻まれています。
 ともあれ、人間のため、民衆のため、正義のため──ここに真の法律家の魂がある。皆さんの中から、そうした力ある法律家が一人でも現れれば、社会は必ず、変わっていきます。
 未来と世界平和の扉を大きく開くのは、君たち、貴女たちの正義のスクラムなのです。


第4回 言論人──希望を贈る賢者  (2017年8月1日付 未来ジャーナル)

言葉の力で友を笑顔に!

 ──「未来部躍進月間が明るくスタートしました(8月31日まで)。メンバーは夏の太陽のように元気いっぱい、勉学に、部活動等に努力を重ねています。中学•高校の3年生は、 進路を決める重要な時期を迎えています。

池田先生 みんな、よく頑張っているね。活躍の様子は、いつも聞いています。本当にうれしい!
 受験生の皆さん、ご苦労さま! ここからが勝負です。これまで思い通りに勉強が進んでいなくても、今から、いくらでも実力を伸ばしていける。
 どうか、健康第一で、「きょうもベストを尽くそう」と、自分らしく思い切り挑戦していってください。私も妻と、朝な夕な、皆さんの前進と勝利を真剣に祈っています。

 ──伝統の「読書感想文コンクール」「E1ランプリ」も始まりました。毎年、全国や海外から寄せられる力作に、担当者が感動しながら審査に当たっています。

池田先生 私も毎年、とても楽しみにしているよ。皆さんの力作を拝見すると、希望が広がります。美しい心、新鮮な発想、あふれんばかりの想像力、豊かな表現力……。いつも感心しています。
 何より「応募してみよう」「やってみよう」との、心自体が尊い。チャレンジする一人一人の頭に、私は〝青春勝利の月桂冠〟をかぶせてあげたいんです。

 ──そこで今回は、「書く」ことに携わる職業を取り上げていただきたいと思います。
 新聞記者や雑誌編集者、ジャーナリスト、作家等々、「書く」職業はたくさんあります。 また、どんな仕事に就いても、 企画書や報告書をまとめるなど、文章力は必要不可欠です。

池田先生 その通りだね。
 幸福な人生とは何か—それは、使命に生きることだ。我が使命を果たすために戦い抜くことだ。その戦いを勝ち抜く非暴力の武器が「言葉の力」であり、「書く力」です。
 私が少年時代になりたいと思った職業は、新聞記者でした。
 19歳の夏、戸田城聖先生と出会い、やがて師弟の語らいから聖教新聞が生まれました。
 そして私は、先生と共に、書いて、書いて、書きまくり、夢がかないました。全て恩師のおかげです。
 言葉には力がある。思いを伝え、心を動かし、共々に人間革命していくパワーが、文字にはあります。
 日蓮大聖人は「仏は文字によって人々を救っていく」(御書153㌻、通解)と仰せです。
 言葉は、どんな距離も超えて、人と人を結びます。空間も時間もやすやすと超えて、過去を今に伝え、今を未来へと伝えます。なかんずく文字には、永遠性の力があります。
 一方で、人を傷つける言葉や嘘の言葉もある。人々の心を引き裂き、惑わす卑劣な言葉も少なくない。社会を混乱させる言論が存在するのは、まぎれもない事実です。ゆえに、正義の走者たる皆さんは、邪論を鋭く見破っていく眼を培ってほしい。
 戸田先生は、「広宣流布は言論戦」と言われました。人々を幸福に導く言論、邪悪を喝破していく言論を広げていことが、そのまま世界平和につながっていくのです。

 ──いざ原稿用紙を前にすると、「何を書けばよいか思い付きません」と語るメンバーもいます。「どうしたら上手に文章が書けますか」との質問もありました。

池田先生 いきなり原稿用紙に向かわなくても、携帯電話でもパソコンでも、メモ用紙でも、何を使って書き始めてもいいんだよ。堅苦しく考える必要はありません。また、たとえ短くとも、想いを込めた文章は伝わります。短歌は31文字だし、 俳句は17文字です。最初から、うまく、長く書こうなんて思わなくていいんだ。
 考えすぎないで、まず手を動かして書いてみる。書いていくうちに、考えも深まる。自分の新しい一面を発見することだってできる。文章は、書けば書くほど、うまくなります。
  大事なことは一点、心が光っていることです。文を書こうとすることは、すでに偉大な挑戦なんです。皆さんが書く文章には、テス卜のような「不正解」はありません。それぞれが「正解」です。だから人と比ベる必要もないんです。
 もし、何も思い浮かばなかったら、本を読んで心に響いた一文を「書き写す」ことから始めてみてはどうかな。「これはいいな」と思った言葉や文章を、ノートに書き写してみる。
 若き日のナポレオンは、「読書の鬼」でした。絶えず本を開き、大切なところはノートに書き写したそうです。私も青春時代から、日本や世界の名著を読んでは、「書き写し」を実践してきました。
 日記を書くことも、良い練習になるよ。その日にあった出来事や感じたことを、素直に記していけばいい。自分との対話です。世界中で読まれている『アンネの日記』も「キティー」という自らの分身との語らいでした。一日を振り返って一言でもつづっていけば、それが自らの黄金の記録になります。文章を書くことは、自分を励まし、自信を深める力なんだね。

 ──池田先生は若き日、戸田先生のもとで、編集者として働かれました。

池田先生 懐かしい原点です。戸田先生が経営していた出版社「日本正学館」で、雑誌 「冒険少年」(後に「少年日本」と改題)の編集を担当しました。若き編集長として〝日本一の少年雑誌を!〟と、全力で取り組んだのです。
 連載の企画や、原稿の依頼・受け取り、挿絵の依頼、レイアウトなど、一人で何役もやりました。作家の都合がつかない時には、「山本伸一郎」のペンネームで、自ら偉人の伝記を執筆したこともありました。
 みんなが今、何を読み、求めているのか、直接、子どもたちの意見も聞いて回りました。未来に生きる子どもたちに、少しでも勇気と希望を送りたい! どんなに疲れていても、子どもたちのことを思えば、カと知恵が湧いてきました。
 うれしいことに、「鉄腕アトム」や「火の鳥」などで知られる大漫画家の手塚治虫先生も、「この本(『冒険少年』)からは、何か特別な情熱みたいなものを感じたよ」「『冒険少年』 は、ぜひ描きたい雑誌だった」 と述べてくださいました。
 やがて、戦後の経済の混乱の中で、会社が経営不振となって、雑誌は休刊を余儀なくされましたが、この時の経験は、私の文筆活動の礎です。
 青春の労苦に、何一つとして無駄はありません。

 ──将来、ジャーナリストを目指すメンバーから「さまざまな情報があふれる現代にあって言論人に大切なことは何でしょぅか」との質問がありました。

池田先生 鋭い質問だね。
 何より大切なのは「信念」です。戸田先生は、「信なき言論、煙のごとし」、すなわち信念のない言論は、所詮、煙のように消え去っていくと喝破されました。
 最高の信念は、妙法の信仰です。広宣流布に生きる以上の信念はありません。ゆえに、若くしてこの信仰を持った皆さんは、たとえ自分自身は書くのが不得意だと思っていたとしても、生命の奥底からは、「言葉の泉」が、こんこんと湧き出てくるんです。
 そして皆さんが真摯に書き、 語った本物の言論は、必ず時代を動かしていきます。
 忘れ得ぬ〝ペンの闘士〟に、 中国の大文豪・巴金先生がいます。私も4度、語り合いました。先生は世の毀誉褒貶にも揺るがず、幾多の困難をを耐え抜き、勝ち越えました。
 作家活動は、70年間に及びました。晩年は、けがや病気で、 握ったボールペンが何キロもの重さに感じたこともあったといいます。
 それでも、「私はペンに火をつけて、わが身をを燃やします」と、命懸けの言論闘争を貫き、 一日に200字、300子字ずつでも、毎日、書き続けました。著者の秘訣は「心を読者に捧げることです」と。
 誰のために畜くのか、民衆のため、人々の幸福のため、そして全ての母が、全ての子どもが、 笑顔になるために書く。これ以上の正義の言論はありません。
 牧ロ先生、戸田先生の言論は、まさに真の正義でした。苦悩に沈む友を、断じて不幸にしてなるものかという烈々たる信念に貫かれ、どこまでも温かく、慈愛に満ちていました。だからこそ、悪に対しては鋭く、厳しかったのです。この両先生に、私も続きました。
 涼やかな瞳の未来部の友から、「どうして、そんなに、たくさん小説などを書かれるのですか?」と質問を受けたことがあります。
 私は、こう答えました。
 「それは、人を励ますためです。一人でも読んだ人が励まされるならと思い、私は書くのです」と。
 皆さんのお父さん、お母さんのため、そして、君のため、貴女のため、読んでくれる「一人」 のために、その顔を思い浮かべれば、ペンを執らずにはいられません。後継の皆さんは、この師弟の言論戦に続いていってください。
 創価の父母たちは、どれほど、いわれのない悪口を浴びせられ、悪らつな嘘を書き立てられたことか。そうした悪口罵詈など、未来永遠に圧倒していく正義と真実の言論を放っていただきたいのです。

 ──8月24日は「聖教新聞創刊原点の日」です。1950年のこの日、戸田先生と池田先生の語らいで、聖教新聞の構想は生まれました。そして、師弟の闘争で事業の苦境を勝ち越え、 翌51年4月20日、創刊されました。

池田先生 「聖教新聞を日本中、世界中の人々に読ませたい」それが戸田先生の願いでした。その願いの通り、聖教新聞は世界の〝セイキョウ〟として愛され、デジタル時代を迎えて地球のすみずみにまで読者を広げています。
 今、私は愛する未来部の皆さんに真実の歴史を伝え残すために、小説『新・人間革命』を、 毎日、書きつづっています。
 未来部員の中からも、立派な言論人が続々と育ち、世界的な大文豪もか必ずや誕生することを、私は大確信しています。
 これからのリーダーは、ますます「書く力」が大切になります。21世紀のの大指導者に育ちゆく皆さんは、この夏も、夢に向かって、実力を磨いていってください。
 日本中、世界中に、皆さんがつづり、語る、希望の言葉を、 今か今かと待ち望む人たちが大勢いることを、心に刻み、思い描きながら!
2017-08-14 : 未来対話 夢の翼 :
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光の星のメッセージ 第1回〜第4回

光の星のメッセージ

第1回 ハワイの「砂の白馬」   (2017年5月1日付 少年少女きぼう新聞)

平和をつくる「アロハの心」

 地球は、命の星です。
 私たちが生きる世界には、たくさんの命が満ちています。
 鳥も虫も魚も、花や木も、生きています。道ばたを見れば、コンクリートのすき間からも、たくましく草が伸びています。
 そして、どの国でも、元気な少年少女たちが育っています。
 この世界を、生命かがやく平和な「光の星」にしたい。私は、この願いをこめて、いろんな国へ行って、多くの人と友情を結び、未来を語り合ってきました。
 その旅の中で、私が時間を見つけては、続けてきたことがあります。それは、写真をとることです。
 〝日本でがんばっている友人たちにも見せて、いっしょに旅をしたような、楽しい気持ちになってもらいたい。他の国の人たちとも、美しい景色を共に味わい、友情を深めたい〟──そんな思いからでした。
 写真は「光のまほう」であり、「心の窓」です。この光で照らせば、「今」という 〝しゅんかん〟を「永遠」にとどめることができます。この窓を開ければ、世界のどこの国にでも行けます。
 さあ、少年少女部のみなさん!  いっしょに、この「光の窓」から 〝世界旅行〟に出かけよう!
 この命の星に生き生きとかがやく、花や草木、山や海、家や街、 公園や港などの風景から、にぎやかなメッセージを聞きとろうよ!
        ★ ★ ★ ★ ★
 見わたす限りの、海、海、海。
 どこまでも広がる青い海原に白い波が立つ、太平洋の真ん中に、 火山のふん火でできた島々があります。
 アメリカの島、ハワイです。
 1960年、私が世界への第一歩を踏み出したのは、ハワイでした。師匠である戸田城聖先生の夢を受け継いで、平和の仏法を地球全体へひろめる旅を、私はハワイから始めたのです。
 うれしいことに、その後、たくさんのメンバーが増えていきまし た。初めての訪問から25年たった1985年7月には、みんなで平和をちかう文化の祭典が、盛大に行われました。
 晴れわたる空とまぶしい太陽。 エメラルドグリーンの海。
 しお風にゆれるヤシの木。
 滞在していた宿舎で会合の準備をしていた時です。外から、楽しそうな声が聞こえてきます。
 窓の外を見ると、白い砂浜の上を駆け回る、子どもたちの姿がありました。
 未来っ子の明るい元気な声こそ、みんなの希望です。平和の力です。私も、とってもうれしくなりました。
 バルコニーの真下の砂浜に目がとまりました。そこに、すてきな白い馬がいたからです。まるで今にも走りだしそうな、砂でつくられた白馬でした。
 私は、思わず手元のカメラのシャッターを切りました。そして、心の耳をすましたのです──。
        ★ ★ ★ ★ ★
 砂浜に打ちよせる波の音が、ひびいています。
 「やあ、元気かい? 気持ちのいい日だね!」
  波くんが、砂浜の白馬くんに話しかけました。
 「こんにちは! すばらしい天気だね。散歩にでも、出かけたいな」
 砂の白馬くんは、そう言って起き上がり、みぶるいをして、動きだそうとしています。
 波くんは、白馬くんの近くまで来ては、「またね」と海に帰っていきます。砂でできた白馬くんの体にさわって、こわしてしまわないように気づかっているのです。
 やさしい波くんと白馬くんとは、同じ浜辺で楽しくお話しする、仲のいい友だちなのです。
 「ハワイは、いいところだね」
白馬くんは言いました。
 「あたたかくて、気持ちいいね。こんな平和な日が、いつまでも続けばいいのにな」
 すると、そばで聞いていたヤシの木さんも、そよそよとうなずいて、おしやべりに参加します。
 「そのとおりよね。でも……」
 ヤシの木さんは、少し悲しそうに、広げた葉をふるわせました。
 「楽園のようなこの島でも、私のおじいさんが生まれたころ、ひどい戦争があったのよ。
 ばくだんを落とされ、建物や船がこわされて、何人も、命を失ってしまったの」
 それを聞いていた波くんも、言いました。
 「戦争で、しずめられた船が、今でも海の底に、横たわっているんだよ。
 戦争が終わってから、もう何十年もたっているのに、今も船からは、油がもれ出しているんだ。
 人間が二度とそんな戦争をくり返さないように、教え、ちゅういしているんだ」
 波くんとヤシさんのお話を聞いていた白馬くんが言いました。
 「人間は、なぜ、戦争なんかしてしまうんだろう。
 なぜ、敵と味方に分かれて、争ってしまうんだろう。みんな地球の仲間なのにね」
波くんは答えます。
 「そうだよね。ぼくたちみたいに、みんなちがって、いろいろだから、いいのに。砂だけの地球でも、波やヤシの木だけの地球でも、全然おもしろくないよ」
 するとヤシさんは言いました。
 「だから私たちは、ずっと仲良しでいきましよう!
 もちろん、ヤシの実を砂にぶつけてしまうこともあるし、砂が風にあおられて暴れることもあるけど、すぐに仲直りよ。
 それが、ハワイの『アロハ』の心だもの」
        ★ ★ ★ ★ ★
 「アロハ」とは、「こんにちは」「ようこそ」など、いろいろな意味を持つ、あいさつの言葉です。
 さらに「おはよう」や「さようなら」「大好きだよ」という意味まであるのです。
 だから、「アロハ」とあいさつされた人は、心があたたかくなり ます。「アロハ」と言った人も元気になります。私も、ハワイの友と何度も「アロハ」とあいさつをかわしてきました。
 ハワイの友人たちは、どんな人とでも家族のように仲良くなり、はげまし合い、平和をつくる「アロハの心」を大切にしています。
 それは、どんなにひどい戦争や暴力にも負けず、自分と人とのちがいをみとめ合い、相手を大切にしていこうとする心なのです。
 私は、ハワイの人たちが伝えてきた、相手を思いやる「平和の心」を世界中に仏げる思いで、これまで、54カ国・地域を訪問してきました。みなさんのお父さんやお母さん、おじいさんやおばあさん、近所の学会のおじさん、おばさんたちも、私と同じ思いでまわりの人をはげましてくれました。
 そして、きょうも、平和のために、行動してくれています。ハワイでも、今、多くのSGIのメンバーが、活やくしています。
 みなさんも、白馬に乗って、さっそうと世界中に平和の友情を結ぶような人になってください。
 いつか、お父さんやお母さんをハワイなど世界に連れて行っていただきたいとも願っています。
 では、また来月、お会いしましよう!  アロ丨ハ!
                  
第2回 ロサンゼルスの「花かご」   (2017年6月1日付 少年少女きぼう新聞)

自分の良さを光らせよう

 どこまでも広がる青空のもと、色あざやかな花が咲いています。
 ここは、アメリカ•カリフォルニア州のロサンゼルスです。映画の都ハリウッドがあることで有名な、とても大きな都市です。
 「晴れの日」が1年間に300日もあり、「太陽の街」と呼ばれています。
 近くのサンタモニカには、アメリカSGIの本部があります。そしてロサンゼルス南東のオレンジ郡には、わがアメリカ創価大学のキャンパスが広がっています。この5月、13回目となる卒業式が行われ、世界国々から集った英才たちが、使命の舞台へ羽ばたいていきました。
 みんなもいつか行ってみてね。
 アメリカ創価大学が開学したのは、2001年の5月3日です。 21世紀とともに出発しました。その5年前の1996年6月、私は、開学の準備などのため、ロサンゼルスを訪れていました。
 車から降りると、きりっとした街灯に、美しいゼラニウムの花々が、かごに入ってかざられていました。赤い色はお姉さん、ピンク色は妹さんみたいでした。街灯が、明るい姉妹の花と、楽しく話し合っているように見えました。
 私はカメラを取り出して、シャッターを切りました。すると、その楽しそうなおしゃべりが聞こえてきたのです──。
        ★ ★ ★ ★ ★
 「こんにちは! すばらしい天気ね」
 ゼラニウムの姉妹が、街灯くんを見上げながら声をかけました。
 「ああ、気持ちのいい青空だよ。みんなもきれいに咲いたね」と、街灯くんが答えました。 「ありがとう。うれしいわ」
 姉のレッドさんが、ほほえみました。
 「さっき、歩いていた人も、私たちを見て、思わず笑顔になっていたわ」
 妹のピンクさんも、ほこらしそうです。
 街灯くんは言いました。
 「2人はいいね。人を笑顔にできるから」
 レッドさんは、しばらく考えた後、やさしく語りました。
 「でも、私たちも最初から、みんなを笑顔にできたわけじゃないわ。まだ『種』だった時は、だれも見てくれなかったもの」
 ピンクさんも語り始めました。
 「種の時は小さくて、色も決して『きれい』とは言えないし……。『君が花になるなんて信じられないよ』と笑われたこともあったわ」
 レッドさんが続けます。
 「それでも私たちは信じてたの。『必ず花を咲かせられる』って。でも1人でがんばったわけじゃないわ。水やりをしてくれる人がいたり、恵みの雨が降ったり、太陽が光のエネルギーをいっぱいくれたりしたの。『負けないで!』って」
 街灯くんは、つぶやきました。
 「そうだったんだね。今では想像もつかないなあ。君たちが咲いてくれたおかげで、ぼくも鼻が高いよ。いつもは全然、見向きもされないからね」
 レッドさんが、花びらをふるわせました。「そんなことはないわ。街灯くんにしかできないことが、あるじやないの!」
 街灯くんは「何のこと?」と、 首をひねりました。
 ピンクさんが答えました。
 「街灯くんは、夜になると、明かりがつくでしょ? その明かりがあるから、みんな、ほっと安心できるのよ」
 レッドさんは「そうね。それに、街灯くんが、私たちを高くつり上げてくれるから、みんなが見くれるんですもの」と。
 ちょうど日が暮れてきました。
 街灯くんの表情が、パッと明るくなり、ランプに明かりがともりました。
 花の姉妹は、声をはずませました。「わあ、とっても明るいわ。 やっぱり、かがやく笑顔が、街灯くんにはぴったりだわ!」
 夕暮れのロサンゼルスの空に、3人の笑い声がひびきました。
        ★ ★ ★ ★ ★
 花には、花の色や咲き方などに合わせた「花言葉」があります。
 ゼラニウムの花言葉の1つは、「尊敬」です。「尊敬」とは、どんな相手にも、良いところを見つけて、大切にしていく心です。
 お父さんやお母さんや家族、学校の先生方や仲良しの友だちは、 みなさんにとって大切な人たちです。クラスを見まわすと、いつもみんなを明るくする子もいれば、 ふだんは目立たないけど、いざという時に光る子もいるね。それぞれに、必ず良いところがあります。
 そう思って、まわりの人を見て大切にしていくと、今度はまわりの人が、みなさんの良いところを発見してくれるようになります。
 人を尊敬できる人が、やがて人から尊敬される人になるのです。
 人に向かって「あなたを尊敬しています」とは、なかなか言えませんね。でも、大丈夫です。だれにも言えて、相手に尊敬の心を伝える2つの言葉があります。
 1つは、「おはよう」です。 朝、起きて、お父さん、お母さんに言えば、尊敬の心が伝わります。笑顔をそえれば、最高の親孝行です。「おはよう!」と元気に朝を出発すれば、学校の先生やクラスのみんなにも「おはよう」「こんにちは」「さようなら」と、 その日一日あいさつができます。
 私も、少年時代、朝の新聞配達をしている時、会う人ごとに「おはようございます!」と、元気にあいさつをしました。すると、みんなニコニコして、声をかけてくれました。あいさつは、最高の尊敬の言葉なのです。
 もう1つは「ありがとう」です。感謝を伝えることは、最高の尊敬の心を伝えることです。ごはんを 作ってくれて「ありがとう」、知らないことを教えてくれて「ありがとう」、温かいはげましの声をかけてくれて「ありがとう」……。
 「ありがとう」は、相手に尊敬の心が伝わるとともに、言えば言うほど自分も元気になっていく、とてもふしぎな言葉です。
 私は、広宣流布という、世界に平和と幸福の花を広げていく運動を私といっしょに進めてくださっている、みなさんのお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、一人一人にお会いして、「ありがとう」と申し上げたい気持ちでいっぱいです。私の後をつぐ少年少女部のみなさんは、どうか私にかわって「ありがとう」をたくさん言ってください。
 みなさん、今回も続んでくれて、ありがとう!
 みなさんが伸び伸びと、自分らしく成長することが、私にとっても、世界の創価家族にとっても、1番の希望です。ありがとう!
                           

第3回 カナダ「ナイアガラの滝」   (2017年7月1日付 少年少女きぼう新聞)

続けることは偉大な力

 私たちは、いくらでも大きくできる、ふしぎな宝物を持っています。いったい、何だと思います か? それは、「心」です!
 心は大海原よりも深く、大空よりも広々と、大宇宙さえも包みこんでいける大きさがあります。
 それなのに、小さなことにとらわれて、友だちとけんかばかりしたり、終わったことにいつまでもクヨクヨしたりしていては、もったいない。
 大きな大きな心で、みんなと仲良く前へ進んでいこう! 新しいことを、どんどん学び合っていこう! そう決めると元気がわき、笑顔にもなります。
 私には、大きな自然に恵まれた国で、大きな心をもって、仲良く楽しく前進している友人たちがいます。そんな国の1つが、アメリ力のとなりにあるカナダです。日本の約27倍もの面積です。
 1960年の秋10月、私は初めてカナダを訪れました。飛行機の窓から見わたす限りの大地に木々の葉が広がり、あざやかな赤や黄色のじゅうたんのようでした。
 すばらしい「ナイアガラの滝」にも出あいました。
 この滝はアメリカとカナダの間を流れる川にあり、3つの滝が並んでいます。1番大きなものは、水が50メートル以上も下に落ち、幅は675メートルもあります。 世界一の東京スカイツリーの高さが634メートルだから、それよりもさらに広いんだね。
 近づくと、ものすごい量の川の水が真っ逆さまに落ちて、地鳴りのような音がとどろいてきます。
 私は1981年の6月にも、青年たちと、ナイアガラの滝に行きました。巨大な滝は、20年以上をへても、まったく変わることなく流れ続けていました。
 まるで、川が大きな口を開けて、ごうかいに笑っているようにも見えました。数え切れないほどの水しぶきは、楽しそうに、はしゃいでいる子どもたちのようです。
 私は、そのにぎやかな語らいを聞く思いで、カメラを向けました。
        ★ ★ ★ ★ ★
 ざざざー、ざざざー。
 ごごー、ごごごー。
 「わっはっはー。やあー、こんにちはー。気持ちいい日だねえ」
 ナイアガラおじいさんは、きょうも元気に笑っています。その笑い声は、ずっと昔から変わることなく、おおらかで、明るく、力強いのです。
 ナイアガラおじいさんのまわりには、いつも、数えきれないほどの水しぶきが、太陽に照らされてキラキラと光っています。みんな、この川で生まれた子どもたちです。
 「きゃっ、きゃっ!」
 「わーい、わーい!」
 「ナイアガラおじいさん、こんにちは!」
 子どもたちは、とびはねて遊ぶと、また、滝の中に帰っていきま す。ナイアガラおじいさんが、大きな声で言いました。
 「みんなー、この先には、大きな湖があるよー。そして、さらに川を下っていくと、広い広い海に出るぞー。さあ、手をつないでー。わっはっはー」
 水の子どもたちは大はしゃぎ。
 「わー、とびこむぞー!」
 「高いよー!」
 子どもたちの中には、おとなしい子も、ちよっとこわくて泣いている子もいます。
 「大丈夫だよ!」「心配ないよ!」
 ナイアガラおじいさんは、やさしく笑いながら、すべての子をしっかりとだきかかえ、川下の湖へと送り出すのです。
 水しぶきの子どもの1人が聞きました。「おじいさんは、いつから、ここにいるの?」
 「そうだねえ」と、ナイアガラおじいさんは、少し考えました。
 「1万2000年くらい前からかな。実は昔は、11キロも川下の方にいたんだ。でも、こうして、ずーっと水が流れ続けるうちに、 岩でできた川の底が、少しずつけずれてきて、だんだん上流にうつってきたんだ。みんなが、力を合わせて流れ続けてくれたからなんだよ」
 「へえ—、すごい。ずっと流れ続けていれば、さらさらした水でも、かたい岩だって、けずることができるんだね!」
 子どもたちは、新しい発見に大喜びです。ナイアガラおじいさんは、にっこりして言いました。
 「どんなことでも、やり続ければ、思ってもみないような自分になれるんだ。それに、1つのことを一生けんめいにがんばっていると、だれかが見ていてくれるものさ。私もこうやって大きな声を出して、みんなと対話しているから、今では、たくさんの人が世界中から来てくれるようになったんだよ—」
 水しぶきの子どもたちは、いっせいにうなずきました。
 「ぼくたちも、挑戦だ!」「私たちも努力を続けましょう!」「さあ、みんなで海を目指して、仲良く出発だよ!」
 子どもたちが太陽の下で、勢いよとびはねると、大きな大きな虹があらわれました。
        ★ ★ ★ ★ ★
 ナイアガラの滝が、長い時間をかけて岩をけずったように、自分が決めたことを一生けんめい、やり続ければ、必ず成長できます。 願った以上の自分自身になれます。その「やり続けるパワー」を 引き出してくれるのが、題目なのです。
 だから、題目を唱えて、挑戦を始めてみよう。たとえば——
 早寝早起きをする。
 元気な声であいさつをする。
 部屋をかたづける。
 進んで歯みがきをする。
 勉強•宿題の時間を決めてやる。
 読書の時間をとる。
 毎日、「いつやるか」を自分で決めて、リズムをつくるといいね。 ちゃんとできたら、カレンダーなどに丸をつけるのも楽しいよ。
 できないときがあっても、また、挑戦すればいい。やった分だけ、自分の力になるんだから。へこたれないで、何度でも挑戦し続ける。この努力が大事だよ。
みなさんのお父さんやお母さんも、身近な人はもちろん、世界中の人たちを幸せにしたいという大きな心で、流れ続ける滝のように、毎日、祈り、はげましを送り続けています。本当に偉大です。
 そして、だれよりも、何よりも、みなさんの成長を願い、がんばってくれているのです。
 私たちは、世界中の人が明るく、楽しく、平和に生きていけるよう、大きな大きな心で祈り続けよう! 語り続けよう!
 そしてきょうも、自分のできることから挑戦を続けよう!
 とうとうと流れ続ける、ナイアガラの滝のように、たゆまず、おそれず、朗らかに!

池田先生とカナダ
 池田先生は、カナダを3度、訪れています。初訪問は1960年10月。信心をしていない1人の女性が、日本にいるお母さんからの依頼を受け、空港で出むかえてくれました。その女性が後に入会し、メンバーが全土に広がっていったのです。
 3度目は、93年9月から10月。7日間の旅の中で先生は、すばらしい人を生きるための5項目として、「懸命の生きる人生は美しい」「余裕ある人生は内実が豊か」「快活に生きる人生は強い」「 仲良く生きる人生は明るい」「誇りに生きる人生は崇高」と語りました。
 また、名門モントリオール大学の元学長で、「がん」という病気の研究で有名なシマー博士、同大学のブルジョ博士とともに『健康と人生』と題する本を刊行しています。
 本年は、先生がカナダの友に、長編詩 「ナイアガラにかかる虹」をおくられて30周年。記念の集いがが、各地で盛大に開催されました。


第4回 ブラジル「クワレズメイラの木」   (2017年8月1日付 少年少女きぼう新聞)

胸を張れ! 君も私も一番だ

 待ちに待った夏休み。みんな、元気にすごしているかな? 事故には気をつけて、楽しい思い出をつくってね!
 地球は広い。北半球の日本が夏の今は、南半半球では冬なんだよ。
 ちょうど去年の今ごろ、オリンピック•パラリンピックの大会が、ブラジルのリオデジャネイロという場所でおこなわれたのを、みんなは、おぼえているかな。
 ブラジルは、私の大切な友だちがいっぱいいる大好きな国です。
 ブラジルといえば、サッカーやサンバのおどりも有名だね。日本から見ると地球の反対側で、時差は12時間。夜、日本の私たちが一日の行動を終えようとする時、バトンタッチするように、ブラジルの友人たちが朝、はつらつと一日の行動をスタートするんだよ。
 面積は円本の約23倍。南米大陸の実に約半分にあたる、広大なスケールです。アマゾンのように熱帯林におおわれた地域があるかと思えば、大草原や大湿原も広がり、砂漠のような地域もあります。
 私はこれまで4度、ブラジルに行きました。4回目となった1993年2月から3月にかけての訪問で、サンパウロという南半球で最も大きな都市の近くにある、ブラジルSGIの自然文化センターを訪れました。
 日本は寒い季節でしたが、ブラジルは夏まっさかり。センターにはスイレンやハイビスカス、ヒマワリなど、SGIのみなさんが真心こめて育ててくれた花々が、色とりどりに咲き薫っていました。
 サンパウロを代表する木で、むらさき色とピンク色の花をつけた「クワレズメイラ」も満開でした。日本でいう、野ボタンの仲間で、英語では「むらさきの栄光の木」と呼ばれます。
 見とれていると、青空に、どこからともなく大きなわたあめのような雲があらわれました。さわやかな風が吹きわたり、まるで大自然が一体となって、みんなとおしゃべりしているかのようです。私は手元のカメラをかまえ、その声に耳をかたむけました──。
        ★ ★ ★ ★ ★
 おひさまの陽光さんが、ニコニコとかがやいています。その光をめいっぱい浴びているクワレズメイラの木のメイラさんは、とっても気持ちよさそうです。メイラさんは、陽光さんに語りかけました。
 「陽光さん、いつもありがとう。 毎日毎日、世界を明るくして、み んなを元気にしてくれる陽光さんは、本当にすごいわ。私は、陽光さんが『世界で1番』だと思うの。私も、陽光さんみたいになりたいな」
 陽光さんが、やさしく答えました。「そう言ってくれて、うれしいわ。でも白雲《しらくも》くんのほうが、もっとすごいと思うのよ。だって白雲くんは、いつも大空で伸び伸びしていて、いろんな形に変身できる。私をかくしてしまうことだってできるし、雨をふらせて草花の成長を助けたりもできる。白雲くんこそ、『世界で1番』よ」
 メイラさんは、大きくうなずきました。その時、地平線の向こうから、ちようど白雲くんがもくもくとやってきたので、メイラさん は声をかけました。
 「ねえねえ。陽光さんから、白雲くんが世界で1番だって聞いたの。だから私も、白雲くんみたいになりたい。どうすれば、なれるかしら?」
 白雲くんは言いました。「うわー、照れるなあ。でもやっぱり1番は薫風くんじゃないかな。薫風くんのおかげで、ぼくはいろいろな形に変身できるし、遠いところまで飛んでいけるんだから」
 メイラさんは、「なるほど」と思いました。すると、ちようどそこに、長旅をしてきた薫風くんが、元気いっぱい、ぴゅーっとかけぬけていこうとします。
 メイラさんは、大きな声で呼びとめました。「ねえねえ、薫風くん、薫風くん。私を薫風くんのようにしてください。私も1番になりたいんです」
 薫風くんは、おどろいたような顔をして答えました。「ぼくが、1番だって? いやいや、それなら、ぼくじゃないよ。だって、どんな風に吹かれても、ぜんぜん、 びくともしない木が、ブラジルにはあるというんだ。ぼくは、その木に会いに来たんだよ」
メイラさんが聞きました。
 「なんていう名前なの?」
 薫風くんは、ちよっと考えてから言いました。
 「たしか、『クワレズメイラ』 と言ったかな。なんでも、大地にしっかり根を張って、とっても美しい花を咲かせるらしいんだ。そう! 君みたいに!」
 「え?」。メイラさんはびっくりして、顔をピンク色にそめました。
 「私が……1番……?」
 陽光さんが、ほほえみました0「たしかに! 私も、いつだって、メイラさんの姿に勇気をもらっているのよ。だから毎日、いっぱい光を送ろうと、がんばれるの」
 白雲くんも言いました。
 「うん。ぼくは何にでも変身できるけれど、メイラさんみたいに、きれいな花は咲かせられない。メイラさんはずっと同じ場所でがんばって、みんなに喜びを広げている。 すごいことだよ」
 薫風くんが、そよそよと、さわやかな風を、みんなに送りました。
 「みんながみんな、だれかを喜ばせているんだ。みんながみんな、何かの1番なんだね」  どこまでも広がる夏の空に、楽しくにぎやかなおしゃべりの声が、いつまでもひびいていました。
        ★ ★ ★ ★ ★
 陽光さんは1番、明るい。
 白雲くんは1番、伸びやか。
 薫風くんは1番、元気。
 メイラさんは1番、がんばりやさんです。世界には、いろいろな 「1番」が、かがやいています。
 みなさんのまわりにも、いろんな1番の友だちがいるでしょう?
 勉強が得意な人もいれば、読書が好きな人もいます。スポーツで光っている人もいれば、絵や歌が上手な人もいるでしょう。
 時には、ほかの人をうらやましく思ったり、自分に自信が持てなくなったりすることもあるかもしれません。
 でも、落ちこむ必要なんてありません。なぜなら、君もあなたも、何かの「1番」になれるからです。だから、胸を張ろう!
 〝1番、親孝行をするぞ〟
 〝1番、友だちを大切にしよう〟
 〝1番、本を読もう〟
 〝1番、勉強をがんばるぞ〟
 〝1番、体をきたえるぞ〟
 自分が好きなことでも、興味があることでも、何でもいい。
 1番をめざし、努力していけば、何かの1番に必ずなれます。
 題目をあげれば、みんなの中にある「1番の力」が、どんどん引き出されていくのです。
 さあ、「挑戦の夏」がやってきました。自分の「1番」を光らせる冒険へ、元気に出かけよう!

池田先生とブラジル連邦共和国
 池田先生が初めてブラジルを訪問したのは、1960年10月のことでした。
 アメリカ、カナダを訪れた先生は、途中、体調をくずしてしまいました。心配したまわりの人たちは、次の訪問地であったブラジルへわたることに反対しました。しかし先生は、「私は行きます。私を待っている同志がいる」と、10月19日にブラジルのサンパウロへ。翌20日、海外初の支部である「ブラジル支部」が結成されたのです。
 メンバーは「良き市民」として、地域の発展に尽くしてきました。こうしたSGIの行動に信頼が広がり、池田大作博士環境公園など、創価の3代会長の名前がついた公園や通り、橋などが次々と誕生。先生には、ブラジルの最高勲章である「南十字国家勲章」、また150にのぼる名誉州民•市民証がおくられています。
 また、サンパウロには、ブラジル創価学園が創立され、みなさんの仲間が元気いっぱいに学んでいます。
2017-08-14 : 光の星のメッセージ :
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随筆 永遠なれ創価の大城 22 未来部と共に成長

随筆 永遠なれ創価の大城 22   (2017年8月1日付 聖教新聞)

未来部と共に成長

広布のバトンを「正義の走者」へ!
「従藍而青」を信じ 師子を育てゆこう


 新たな生命が、この世に生まれることは、何という希望であろうか。
 門下の子どもの誕生を喜ばれた御聖訓が、私の胸にこだまする。
 「法華経流布あるべきたね(種)をつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ」(御書1109㌻)
 わが未来部は一人ひとりが妙法の宝塔であり、広宣流布を担い立つ「玉の子」として、今この時に躍り出てくれた。
        ◇
 恩師・戸田城聖先生の出版社で私が働き始めたのは、21歳の時である。大変な毎日だったが、楽しくて嬉しくて仕方がない仕事があった。
 少年誌の編集である。
 〝全ての子らが、正義を愛し、平和を愛する、よき人生を〟と願った。
 よき言葉、よき物語を、子どもたちに届けようと、日本を代表する作家たちのもとを勇んで訪れ、誠心誠意、思いを伝えて、執筆や連載を快諾してもらった。
 依頼した作家の原稿が締め切りに間に合わず、自ら「山本伸一郎」のペンネームで、大教育者・ペスタロッチの伝記を書いたことも懐かしい。
 ペスタロッチは叫ぶ。
 「少年・少女が成長して、花咲いてゆくのをみることは名状し難い喜びではないか」と。
 私も同じ思いだった。ありがたくも今、「未来ジャーナル」や「少年少女きぼう新聞」を通して、若き宝友と心の対話を続けることができている。
 使命の花を咲き開かせていく未来部の友の姿に接する時、私の胸は、はち切れんばかりの喜びに満たされるのだ。

歌声に誓い込め
 7月の本部幹部会で、少年少女部、中等部、高等部の代表メンバーが、力強い演奏と共に、創価の希望の歌声を爽やかに響かせてくれた。
 一人ひとりが、勉強に、クラブ活動に、親孝行にと、挑戦を重ねて迎えた、感動のステージであった。家族の病や、学校でのいじめなどに負けず、祈りと勇気で勝ち越えた友もいると伺った。
 合唱してくれた歌は未来部歌「正義の走者」。
 第一次宗門事件の渦中の1978年(昭和53年)7月、私が岡山の地で作詞した歌だ。
   
 〽君も負けるな いつの日か
 共々誓いし この道を
 嵐も吹雪も いざや征け……
   
 「君よ」ではなく、「君も」と綴った。
 若きメロスよ! 君には、同じ志を抱き、嵐に挑む友がいる。
 君たちが進む道を開きゆかんと、苦難の道を走る創価の父母がいる。
 君たちの成長と勝利を厳然と見守り、楽しみに祈り待つ人がいる。
 ゆえに絶対に負けない。負けてはならない。同志と共に、父母と共に、「君も」また、断じて正義の道を踏破するのだ!
 私は、この万感の思いを歌詞に託した。
 誓いのバトンを受け取ってくれた当時の未来部の友は今、広布と社会のリーダーと光っている。
 未来部躍進月間――。「学会の永遠性の確立」の急所は、まぎれもなく、未来部の育成にある。
 伝統となった「E-1グランプリ」をはじめ、読書感想文や作文のコンクール、また「少年少女希望絵画展」も、皆で最大に応援していきたい。
        ◇
 人間教育において大事なポイントに、一方的に教えるのではなく、「共に学び、共に成長する」ということがある。これは、創価教育の父・牧口常三郎先生が先駆的に示されていた点でもある。
 学会の庭には、先輩も後輩も一体となって前進するなかで、人づくりの智慧が蓄積されてきた。
 各地の創価ファミリー大会なども、子どもたちと一緒に学会の歴史や活動の意義を学び、信心を深められるようにと、多彩に工夫されている。
 特に、壮年・婦人部の未来本部長、青年部の21世紀使命会、学生部の進学推進部長をはじめ、育成に尽力してくださる方々には、心からの敬意と御礼を申し上げたい。教育本部や国際本部等の尊いサポートにも、いつも感謝している。

「将棋」の思い出
 今、世界中で未来部世代の活躍が目覚ましい。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、奮闘する10代のアスリート(競技者)たちの姿も眩いばかりだ。
 将棋界でも、中学生棋士の連勝記録が日本中の話題となった。
 実は、戸田先生も将棋がお好きだった。折々に、私も相手をさせていただいたものである。
 思い出深いのは、戦後の混乱の不況下で、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げ、私が編集長を務めていた少年誌などの休刊が決まった日のことだ。
 先生は、いつものように、親しい来客に「一局どうだ」と、愉快そうに将棋を指しておられた。
 その泰然自若とされた王者の雄姿に、私も「何があろうと変わるまい。自分の今なすべきことを、なすまでだ」と、腹を決めたものである。
        ◇
 将棋の駒の「歩」は、じっと動かなければ、「歩」のままだ。しかし、一歩また一歩と、前へ進み、ひとたび敵陣に突入すると「と金」に成り、「金」と同じ働きをする。
 「桂馬」の動きは、面白い。いざという時まで動かないことで、敵の攻めを封ずることもある。
 駒それぞれに特性がある。一つとして意味のない駒はない。戦い続けていくならば、本来備わっている偉大な力を発揮することができる。
 人間も同じであろう。
 仏法は、桜梅桃李すなわち、一人ひとりが己の個性を伸ばし、開花させていく生き方である。
 未来部時代、また青春時代は、鋭敏であるゆえに、人と比べ、一喜一憂してしまうこともあるだろう。だが、決して悲観などすることはない。
 妙法と共に、広宣流布という偉大な誓願の人生に生き抜く時、誰もが、自分にしかない無限の可能性の花を、必ずや悔いなく咲かせ切っていくことができるからだ。

理想の人華の園
 将棋の起源は、古代インドの「チャトランガ」という盤上ゲームにあったとされる。それが中国をはじめ東アジアに伝わる中で、日本では「将棋」へと姿を変えていった。
 「仏法東漸」――インド発祥の仏教が東へ伝来してきた歴史と重なるようで、興味深い。
 先日、大発展するインドの地涌の若人200人が、「先駆」の誉れも高き九州を訪れた。
 各地での交流交歓会で、歓迎の歌声や笑顔を広げてくれたのは、凜々しき未来部であった。
 国を超え、民族を超えて、同じ志を分かち合い、励まし合って進む、桜梅桃李の人華の園よ! 人類が願ってやまない理想の人間共和の縮図が、ここにこそあるのだ。
 この歓喜を、崇高さを、希望を、私たちは、自信満々と若き世界市民に伝えていきたい。

親子の心は感応
 御書には、「譬えば鳥の卵の内より卵をつつく時・母又同じくつつきあくるに・同じき所をつつきあくるが如し、是れ即ち念慮の感応する故なり」(810㌻)と仰せだ。
 親が懸命に力を尽くし抜いた時、子も、その祈りに応えようとして、硬い卵の殻を割ることができる。生命の次元で、心と心は感応し合う。
 親の信心は、必ず子に伝わる。たとえ、時間がかかっても、回り道を重ねても、絶対に伝わる。
 飾る必要はない。失敗を恐れなくてよい。信念を曲げず、自ら決めた道を朗らかに進む。その親の生き方こそ、子に贈る「最上の宝」なのだ。
        ◇
 植物の「藍」から生まれ出る「青」は、重ねて染め抜くことで、藍にも増して色鮮やかに光る。同様に、後継の友を、自分以上に立派に、そして陸続と成長させるのだ。
 この「従藍而青(青は藍より出でて而も藍より青し)」の法理を、関わる側が信じ抜くことだ。
 「師子」を育てられるのは「師子」だけだ。
 「子どもを育てること、それ自体が平和のための仕事である」
 これは、忘れ得ぬ平和研究の母・ボールディング博士の信条であった。
 一人の未来部の生命を輝かせゆくことは、地球社会を希望で照らす平和の大事業なのである。
 いよいよ「未来部夏季研修会」が、八王子市の創価大学で始まる。
 世界各国でも未来部員が一堂に会し、有意義な研修会が行われている。 
 イタリアの研修会では、皆で御書を学んだ。教材は、かつて私が高等部に講義した「生死一大事血脈抄」。講師は、当時、講義を受けた高等部第1期生のリーダーである。半世紀を経て、滔々たる人材育成の大河は全世界に広がり、その伸展は世界同時進行である。
 さあ、創価の宝、人類の希望の未来部を励まそう! 共に成長しよう!
 広宣流布の永遠の流れを確立する聖業に連なる誇りを胸に前進し、充実と鍛えの夏を、健康第一で送ろうではないか!
    
 地涌の義は
  未来部にあり
   世界まで
  誉れの人材
    育つ嬉しさ
 
ペスタロッチの言葉は『ペスタロッチー全集1』長田新訳(平凡社)。
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 21 大東京に凱歌の朝

随筆 永遠なれ創価の大城 21   (2017年6月17日付 聖教新聞)

大東京に凱歌の朝

「いまだこりず候」と今日も前へ!
感激の同志と綴る誉れの歴史は不滅


 戸田先生と私との師弟の語らいは、常に御書と共にあった。
 1957年(昭和32年)の7月、「大阪事件」の渦中、関西本部で先生と拝した一節がある。
 「今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人)よりも強敵が人をば・よくなしけるなり」(御書917㌻)
 先生は、私と一緒に難に立ち向かってくれた関西の同志を讃えられ、「これで、ますます強くなるぞ。福運に満ち満ちた、大境涯への飛躍を遂げた」と微笑まれた。
 私は申し上げた。
 「『いまだこりず候』――この仰せ通り、いよいよ強く朗らかに、民衆の正義の大連帯を拡大してみせます。どうか、ご安心ください」と(御文は御書1956㌻)。
 東京に舞い戻り、私は直ちに常勝不敗の〝東の錦州城〟を築き始めた。けなげな宝友たちが、私と同じ不屈の闘魂で、汗を流し戦ってくれた。
 それが、愛する庶民の都・荒川であったのだ。

牧口先生と郷土
 以来60年となる、この6月6日、私は懐かしい荒川へ向かった。西日暮里、町屋へと進み、わが友が模範の近隣友好を進める商店街の賑わいも、うれしく拝見した。
 牧口先生の生誕146周年の日であり、荒川文化会館では、先師の遺徳を偲び、懇ろに勤行をさせていただいた。
 思えば、牧口先生の故郷は新潟の荒浜(現・柏崎市内)。荒川と同じ「荒」の字を含むことに、不思議な縁を感じる。
 先生は大著『人生地理学』において、郷土こそ「自己の立脚地点」なりと着目なされている。人が長じて国家、世界で活動しゆく〝源の力〟が郷土であるとされ、その大恩に報いていくべきことを強調されたのである。
 先生ご自身が、身近な縁を大事にされていた。同郷の集い「東京荒浜協会」の会長も務め、後輩たちに尽くされている。1928年(昭和3年)7月に、現在の東京・調布にあった京王閣で総会を開き、会長として挨拶されたことは、郷土の新聞でも報じられた。
 それは、牧口先生が、日蓮大聖人の仏法と巡り合われた直後であった。
 6月に先生は、豊島の池袋に住む紹介者のもとへ約10日間、通われた。そして57歳のこの年、日蓮仏法の実践を開始された。以来、ここ大東京を本陣として、広宣流布の対話の波を起こし、仏縁を広げ抜いていかれたのだ。
 まさに、「仏種は縁に従って起る」(御書1467㌻)である。
 東京中に留められた先師と恩師の足跡に思いを馳せつつ、私は荒川からの帰り道、思い出深き足立を回り、さらに隅田川沿いに進んだ。
 葛飾、墨田、台東、江東など、いずこも共戦の地涌の友らが走る街並みに題目を送りながら!

人生勝利の要諦
 日蓮大聖人は、大難の佐渡で綴られた。
 「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」(同1357㌻)
 この御文を拝し、戸田先生は「法華経の行者」たる私たちの広布と人生の勝利の要諦を教えてくださった。
 第1に「信心に退転無く」である。「進まざるは退転」という。題目で元初の太陽を昇らせ、勇敢に、弛まず前へ進むのだ。
 第2に「身に詐親無く」とは、自らの行動にウソ偽りがないことだ。誰人にも誠実を貫き、真実を語り切る。それが仏の慈悲に通ずるのだ。
 第3に、「一切法華経に其の身を任せて」いくことである。何があろうとも、全てを御本尊への祈りに入れて、一つ一つ勝ち切っていくのだ。「法華経に勝る兵法なし」である。
 最後に、「金言の如く修行」である。如説修行であり、「権門をかっぱと破りかしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」(同502㌻)と、折伏精神を燃やして打って出るのだ。
 創価学会は、この通りに戦ってきたからこそ、「勝妙の大果報」を得て、世界広宣流布の大願成就へ大前進してくることができたのだ。

師弟共戦で勝つ
 わが故郷であり、創価の源流である東京――。
 牧口先生と戸田先生は暴走する国家主義と対峙し、共に巣鴨の牢獄に囚われ、先師は殉教された。
 恩師は敗戦直前に移送された中野の獄舎から出獄し、戦後の焼け野原にただ一人立ち、「妙法流布の大願」を高く掲げられたのである。
 学会再建への第一歩を踏み出したのは、目黒駅の近く、品川の上大崎に借りた事務所からであった。戦前に創価教育学を実践した時習学館があった地域でもある。
 私は大田で、この師と出会い、立正安国の戦いを起こした。
 東京には、仏意仏勅の教団たる学会の指揮を、三代の師弟が厳然と執ってきた不滅の歴史がある。それがゆえに、常に、障魔の嵐は我が東京に襲い掛かってきた。
 だが我らは、師と共に、「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)と胸張り、全ての強敵に打ち勝ってきた。
 師と同じ誓願、師と同じ責任感、そして師と同じ威光と勢力で、万年の創価の勝利を決するのが、本陣東京の永遠の誇り高き使命なのである。
 「東京は強い根っこだ。東京は徹して断じて強くあろうよ」と、東京・北区の十条で語り合った思い出がある。1979年(昭和54年)の7月のことだ。
 偉大な婦人部の献身に感謝を込め、東京の歌「ああ感激の同志あり」を、皆で声高らかに歌った。
 「感激の同志」との異体同心の前進ある限り、感激の逆転劇を必ず創っていける。師弟誓願の魂が燃える大東京は明るく、底抜けに朗らかだ。今こそ、創価家族の模範の団結で進むのだ。
 わが新宿・信濃町には、広宣流布大誓堂が、威風堂々と聳え立つ。
 時折しも、2020年の東京オリンピック・パラリンピック会場は、間近で建設されている。
 今、この時、世界広布の本陣で戦う我らには、どれだけ大きい使命があることか。計り知れない宿福深厚の人生を歩んでいるのである。

青年が立つ時だ
 6月から7月へ、学会は燃え上がる「青年」の勢いで進む。それが創価の栄えある伝統である。
 6月30日には、男女学生部が結成60周年の佳節を迎える。英知と智慧の若き諸君が、民衆勝利という父母の願いを胸に、希望の突破口を開いてくれていることを、私はよく知っている。
 さらに7月11日は、わが後継の闘将・男子部の結成の日。
 7月19日は、平和と幸福の門を開く女子部の結成の日――。いずれも66周年の節を刻む。直前の8日は、「白蓮グループの日」でもある。
 青年が立つ時だ。青年が戦い勝つ時だ。
 君よ、貴女よ、新時代の地涌の若人たちよ、創価の完勝を担いゆけ!

夜明けが来た!
 今、何よりも有り難いことは、尊き多宝の父母が学会精神を満々と漲らせ、意気軒昂に奮闘してくれていることだ。
 「肉体は老いても、精神の若い老人がいる」
 これは、戸田先生が「妙悟空」の筆名で執筆された小説『人間革命』の一節である。
 私はこの一書を恩師より直接、賜った。
 60年前(1957年)の7月3日――恩師の「出獄の日」より12年。奇しくも私の「入獄の日」のことであった。
 「夕張炭労事件」を皆で勝ち越えた北海道から、大阪に向かう途中、羽田空港で飛行機を乗り換える待ち時間である。
 この折、権力の魔性が牙をむく「大阪事件」の嵐に突き進む私に、文京支部の婦人リーダーが必死の声で言った。
 「同志へのご伝言を!」
 私は一言、贈った。
 「『夜明けが来た』と伝えてください」
 獄中闘争は、約2週間に及んだ。7月17日、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会で、私は烈々と訴えた。
 ――最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!
 この師子の確信を、今、21世紀の後継の直弟子が、厳然と受け継いでくれている。
 いかに困難が立ち塞がろうが、最後は勝つ。断じて勝つ!
 これが我ら創価の信念であり、誓願であり、本懐なのだ。
 さあ、いよいよ世界広布新時代の本門の「夜明け」が来た!
 師弟の日「七月三日」の晴れやかな凱歌の朝を共に! 歓喜と感激の同志と万歳を共々に!
     
 後継の
  元初の生命よ
     勝ち昇れ
  万年照らす
    凱歌の朝に
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 20 世界一の学会家族

随筆 永遠なれ創価の大城 20   (2017年5月31日付 聖教新聞)

世界一の学会家族

我らには「異体同心」の信心がある
広布の父母に最敬礼! 共に人生の凱歌を


 わが師・戸田城聖先生の言葉が今日も蘇る。
 「我らは、久遠元初からの麗しき同心の友である。法華経の会座で共に誓い合って、今また娑婆世界に涌出したのだ」
 学会は、広宣流布の仏勅に立ち上がった、世界で唯一の異体同心の和合僧団である。「創価家族」と言われる通り、ここには、いずこにもまして温かな人間連帯がある。
 実の父母に限らない。壮年部・婦人部という、学会の父母が、男女青年部や未来部を「わが息子、わが娘」と、大切にしてくれている。真心の応援に包まれ、中部、北海道、関東、関西と、各地の青年大会も大成功である。
 多宝会・宝寿会・錦宝会の大先輩方の存在もまた、どれほど大きいか。
 さらに目を世界に転ずれば、192カ国・地域の同志が万人尊敬の励ましの輪を広げている。
 人類が夢に見た共生社会の縮図がここにある。この団結と和楽をもって、「立正安国」の建設に今日も走りゆく同志の皆様を、恩師も笑顔で見守られているに違いない。

白ゆりに幸光れ
 婦人部誕生の6月は〝女性の月〟である。
 6月4日に、世界の華陽姉妹の記念日を迎える女子部との、婦女一体の大前進の報告を、妻と嬉しく伺っている。
 1951年の6月10日、婦人部の晴れの結成に際して、戸田先生は和歌を贈ってくださった。
 「白ゆりの
   香りも高き
     集いかな
  心の清き
   友どちなれば」
 たとえ今、どんなに苦しくとも、悩みが深くとも、白ゆりのような清らかな信心があれば、断じて負けない。
 先生は草創のある日、涙ながらに苦悩の来し方を語る下町の母を、全力で励まされた。
 「信心で勝とう! 時が来れば、全て懐かしい思い出になるよ」
 この母は、庶民の都・足立で、恩師の指導通りに懸命に祈り、戦い、そして勝った。
 苦楽共に「今生人界の思出」となり、永遠の「心の財」を積んで生命の凱歌を轟かせる。これが信心の極意である。
 日蓮大聖人は、苦難の渦中にあった池上兄弟と夫人たちに、団結の大切さを教えられながら、どこまでも信心第一に生き抜けと指導なされた。
 「たとえ、どんなに煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい」(御書1088㌻、通解)
 苦しい時も題目、嬉しい時も題目、何があっても題目――誓願の祈りを根本に戦ってきたのが、広布の母たちなのだ。
        ◇
 現実社会では、憎悪や反目の争いが絶えない。その悲劇の流転に終止符を打つ希望は、いずこにあるか。
 それは「哲学と勇気と慈愛」で結ばれた女性の連帯にこそある。
 私と妻は、ノーベル平和賞受賞者のベティ・ウィリアムズさんと、友情を結んできた。北アイルランド紛争の解決へ、対立する双方の女性を結集して、奇跡的な平和運動を成し遂げた母である。その聡明な眼は、〝ウソは対立を煽り、民衆を分断させる元凶である〟と見破ったのだ。
 彼女は語っていた。
 「『真実』はいつまでも隠すことはできません。人々の努力でウソの飾りがはぎ取られた時に、美しき心の泉から『希望』がわき出てくるのです」
 我らの創価の母が動き語る、賢明にして誠実な言葉は、どれほど幸の仏縁を結んでいることか。
 ある初期の仏典には、こう説かれている。
 釈尊は「離反した人々を結びつけ、仲よくしている人々をさらに仲よくさせ」「和合を喜び、和合をもたらす言葉を語っている」と――。
 私たちの勇気の対話もまた、信頼を固め、友情を結び、乱世にあって、真実と希望の安全地帯をつくり広げているのだ。

君よ師子の如く
 6月6日は、殉教の先師・牧口常三郎先生の生誕146周年である。
 先生は常々、「羊千匹よりも獅子一匹」と言われ、壮年門下に一人立つ師子たれと示された。
 御書に、「師子王は前三後一と申して・あり(蟻)の子を取らんとするにも又たけ(猛)きものを取らんとする時も・いきを(勢)ひを出す事は・ただをな(同)じき事なり」(1124㌻)と仰せだ。
 眼前の戦いを、〝ここが我が勝負なり!〟と腹を決め、全力を尽くす。それが師子だ。
 壮年部は、社会のため、地域のため、広布のためにと奮迅の勢いを出す。
 あの真剣な広宣の父の雄姿を見よ! 壮年部の堂々と戦う姿を見れば、家族も地域の皆も、安心する。勇気をもらう。
 日蓮大聖人が佐渡流罪中のことである。
 中興次郎入道という年配の壮年がいた。裕福で心根も立派であり、地域からの信頼も厚い長老格の人物であった。
 この壮年が、世の風評などに惑わされることなく、自らの曇りなき心で大聖人の人格に共鳴し、「この方は、何かいわれのある方に違いない」と正義の声を上げたのだ。
 この一言に一族の人びとも従い、さらに大聖人を憎み、危害を加えようとする周囲の動きも収まった。まさに重鎮の一人の声――大確信の師子吼によって、皆の心を一気に善の方へ動かしていったのである。(御書1333㌻など参照)
 この次郎入道の夫妻が逝去した後も、子息(中興入道)夫妻は、大聖人門下として強盛な信心を貫いている。
 「声仏事を為す」だ。なかんずく、壮年の声の力は計り知れない。ゆえに、断じて声を惜しむまい。声の限り、力の限り、創価の勇将が正義を叫んで、必ずや国土世間を仏国土に変えていくのだ。

「兄弟会」の誓い
 「学会家族」の団結を語る上で、私が常に思い起こすのが、「兄弟会」の存在である。
 慣れ親しんだ地を離れ、新天地で苦境に直面した時、懐かしき同志からの激励で、立ち直ることができた――。
 そんな報告を、幾たび伺ってきたことか。今、北海道から沖縄まで全国各地に兄弟会があり、その友情の水脈は世界中に流れ通っている。〝支部兄弟会〟などとして交流を深めている地域も多い。
 同志と結んだ「心の絆」は、環境や場所が変わろうと、切れはしない。物理的な距離は離れても、心はいよいよ近い。
 この「兄弟会」の模範の原点といえば、東京・中野である。
 スポーツの集いと記念撮影会を行った折(1973年2月4日)、参加した青年たちを「中野兄弟会」と命名し、毎年、集い合うことを提案した。一人ひとりが30年後の目標をメモに記し、誓いを共々に果たそうと呼び掛けたのである。
 同じころ、東京の港、渋谷、世田谷、杉並、目黒、大田等でも兄弟会が結成され、新宿、千代田等にも仲良きグループが誕生した。後年、品川、豊島、北、足立、江東、墨田、荒川、また村山、町田、調布等々、新たな兄弟会が発足している。
 地涌の兄弟姉妹は、民衆の幸と平和を築く広布の誓いを貫いてきた。今や学会でも、社会でも、地域でも、欠かすことのできない大事な要の存在となってくれている。
 つい先日も、私と妻は目黒方面を走り、題目を送った(7日)。若き日に夫婦して住んだ三田も通った。地域に根差し、信頼と友情を広げる友の奮闘が、嬉しくてならなかった。
 石と石を打ち合えば、火が生まれる。大使命に生き抜く意気と意気が共鳴すれば、生命の底から感激が湧き上がる。
 東京の歌「ああ感激の同志あり」を初めて会合で声高らかに歌ったのは、1978年の夏、場所は忘れもしない荒川文化会館であった。
 そこには、東京の支部長・婦人部長、男女の部長の代表が集っていた。誰もが歓喜に胸を高鳴らせ、声も限りに歌った。
 「仏の使いに 誇りあり/ほまれの東京 光あれ」と皆が心を一つにし、まさに“感激の同志”として勝利へ総立ちの出陣となったのである。

栄光の峰へ雄飛

 大切な広布の父母よ!
 〝黄金柱の壮年部〟と〝太陽の婦人部〟が、ガッチリと心を合わせ、青年と共に「空飛ぶ者の王」鷲の如く進みゆくのだ。そうすれば、いかなる群雲をも突き抜け、旭日に輝く栄光の峰に到達できないはずがない。
 我らには、異体同心の信心がある。あらゆる壁を打ち破る、不屈の負けじ魂がある。無限の価値創造の大空を飛ぶ、慈悲と智慧の翼がある。
 さあ常勝のスクラムをさらに強く、勇気の前進、また前進だ!
    
 未来まで
  凱歌の物語
     綴りゆく
  我らは地涌の
    兄弟なるかな


仏典の引用は『パーリ仏典〈第2期〉1 長部・戒蘊篇Ⅰ』片山一良訳(大蔵出版)から。
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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